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2013年8月14日水曜日

「日本写真の1968」展


7月上旬の雨模様の日、恵比寿の東京都写真美術館に行って「日本写真の1968」展を観てきた。感想としては、かなり期待はずれの展覧会だった。しかし、それはもっぱら私の期待の仕方が間違っていたことによる。私は写真作品そのものを観たかったのたが、この展覧会はあくまでも写真史をテーマにしたものだったからだ。

展覧会は1968年に起こった日本の写真史の上で重要な四つの出来事を紹介している。
その四つとは以下のとおり。いずれも写真の社会的な枠組みを考える上で重要な出来事と位置づけられている。

① 「写真100年-日本人による写真表現の歴史展」の開催
② 同人誌『プロヴォーク-思想のための挑発的資料』の創刊
③ 『カメラ毎日』での「コンポラ写真」の特集
④ 激化する学生運動を、闘争の内側から撮影した写真群が撮られたこと

展覧会場は四つのセクションに分かれ、それぞれの出来事を紹介する資料と作品が展示されている。つまり作品は、あくまでこれらの出来事を紹介するための「資料」としての扱いだ。
この展覧会の企画者である東京都写真美術館の金子隆一氏もこの点について次のように語っている。

「本展で取り組みたいのは、実は写真の表現の問題ではないんです。それよりも、写真というものが、どういう状況の中で成り立っているのか、その枠組みを解き明かすことができたら良いなと思っています。」
(同展ホームページの解説)

まあ資料としてではあっても作品がたくさん観られればよいのだが、点数的にはまったく物足りなかった。金子氏自身も、上のように語りながらも、この5倍くらいの写真を展示したかったと言っているが私も同感だ。

以下セクションごとの感想等。


① 「写真100年-日本人による写真表現の歴史展」

いかに写真史上重要な展覧会であっても、部分的な再現と説明文だけではやはりその意義を実感できない。というようなことを今回の展示で痛感した。


② 同人誌『プロヴォーク-思想のための挑発的資料』

今回の展覧会の中でも特に私が期待していたのは中平卓馬や森山大道など『プロヴォーク』の作家たちの作品だった。
プロヴォークと言えば「アレ、ブレ、ボケ」だ。すなわち、粒子は粗く荒れていて、カメラはブレブレ、そしてピントが合っていないピンボケの写真。つまり、それまでの写真というものの概念を、ことごとく否定したような表現だ。
彼らがあえてこのような手法を取ったのは、近代の写真というものを根底から問い直そうとしたためであり、さらにそもそも写真とは何かを問うためであった。そしてそれはまた同時に、なぜ自分は写真を撮るのか、という自らに向けた問いでもあったろう。そのような思いの強さが、プロヴォークの写真からは伝わってくる。

現在のデジカメには、「アレ、ブレ、ボケ」の写真が自動的に取れるモードが用意されているという。そのことをもってプロヴォークの写真家たちの手法が現在では一般化した、などと言っている人がいる。それはとんでもないまちがいだ。プロヴォークにおける「アレ、ブレ、ボケ」は写真の様式ではない。写真そのものについての激しい問いかけの結果なのだ。「アレ、ブレ、ボケ」の写真は簡単に取れても、そんな激しい問いかけを持ち続けている人はもうどこにもいない。

ところで現代美術というものの存立の要件の一つが、その表現そのものについて問うという態度にあるのだと思う。すなわち単に現代において作られているから現代美術なのではない。美術というものの存立について問うメタ美術であるもののみが現代美術なのである。

日本の1970前後の美術の世界を見回すと、もっとも輝いていたのは絵画でも彫刻でもなく写真だったと私は思う。
その理由を考える上でのヒントを今回の展覧会で得た。それは、「写真100年-日本人による写真表現の歴史展」が、写真家たち自身の手によって開かれたことだ。
この展覧会は日本写真家協会が開催したもので、東松照明を中心に、プロヴォーグに参加する多木浩二、中平卓馬をはじめ内藤正敏、松本徳彦ら当時の若い写真家たちが資料の収集と調査を行ったという。写真家自身によって、それまでの日本の写真史が体系づけられた点が重要だ。
これに関わった多木浩二、中平卓馬ら若い写真家たちは、その作業の中でこれまでの写真の道筋をきちんと見据え、その延長線上に自分たちがいることをはっきりと意識したことだろう。プロヴォーグでの実験的な試みは、これまでの写真というものをきちんと踏まえた上での、いわば地に足のついた問い直しだったことになる。 それだからこそ、そこに重い説得力があり、そしてその問いかけが作品としての輝きを放ったのだと思う。
他の絵画や彫刻には、そのような自分の足元を見直す契機はなかった。彼らの試みが上滑りした実験に終始したのもそのためだろう。

しかし「アレ、ブレ、ボケ」の写真の問い直しの先にプロヴォークの作家たちが見出したものは何だったのだろう。
10年ほど前の2003年に川崎市民ミュージアムで森山大道展が開かれ、ほとんど同時に横浜美術館で中平卓馬展が開かれた。どちらも彼らのこれまでの作品を回顧する大規模な展覧会だった。
この二つの展覧会を観て、私がもっとも魅かれたのは、結局二人ともプロヴォーク時代の作品なのだった。写真を、そして自分自身を問い直そうとするギラギラしたエネルギーが作品にあふれている。ストイックでアグレッシヴな姿勢が、強力な魅力を放っていて素晴らしかった。
それに対しその後の作品は、二人とも自分の獲得したスタイルの拡大再生産のように見えてしまって面白くなかった。

今回の展覧会では、プロヴォークの写真家たちのエネルギッシュな作品にたくさん出会えるものと私は期待したのであった。『プロヴォーク』の現物や掲載写真のオリジナル・プリント、またオリジナル・プリントの失われたものについては、掲載ページそのものを展示するなど貴重な展示もあった。しかし、点数の少なさもあって、彼らのエネルギーは十分には伝わってこなかったのだった。


③ 「コンポラ写真」

「コンポラ写真」についても私は一定の興味はある。しかしこのセクションの展示も散発的で『プロヴォーク』のコーナーと同じような物足りなさを感じた。
日常への私的なまなざしを特徴とする当時の日本の若い写真家たちの動向について、大辻清司が「コンポラ写真」と命名したとのこと。しかし、結局この流れは一時のものではなく、現在に到るまで日本の写真の主要な動向となったわけである。

カメラ機能のあるケータイの普及によって誰もが自分の日常を写真に撮るようになって、「コンポラ写真」というものもすっかり一般化したと言う人がいる。しかし、これも大きな誤りで、「コンポラ写真」もまた「アレ、ブレ、ボケ」の写真と同様、単なるスタイルではなくて、写真への問いかけをはらんでいたのだと思う。
つまり個人のまなざしで日常を撮るという「コンポラ写真」の態度には、それまでの写真というものが、個人のまなざしではなく、また日常を撮るものでもなかったという認識があるのだ。つまり写真とはあくまで社会的な出来事を記録するものだったのである。それをいったん否定することによって、写真とはいったい何なのかを「コンポラ写真」は問うているのだと思う。
たとえば、私の好きな田村彰英や鈴木清の写真を見ていると、極私的な興味と関心から発せられたまなざしが、この世界の本質へとつながっていくスリルを感じる。
しかし、「コンポラ写真」のセクションには、そのような根底にある意識を浮かび上がらせるだけの数の写真が、やはり展示されていなかった。


④ 激化する学生運動の写真

最後の学生運動の写真や全日本学生連盟関係の写真にはほとんど興味がわかなかった。撮られている内容そのものには興味がある。しかし「写真の無名性」という視点はピンとこないし、それからこのセクションの作品の集合的な展示方法にもなじめなかった。


最後に展覧会全体についての感想を。この展覧会は、写真とそれを成り立たせている時代との関係をテーマにしていたわけだ。しかし、私の関心は、そうした写真と時代との関係ではなくて、むしろ写真そのものの中で何が起きていたかということの方にある。今回の展覧会を観て、あらためてそのことを意識した。
ぜひこの時期の写真の表現をテーマにした展覧会、とりわけプロヴォークの作家たちの表現をテーマにした展覧会の開催を期待したい。


2013年3月23日土曜日

「二年後。自然と芸術、そしてレクイエム」展

茨城県近代美術館で2013年2月5日から3月20日まで開かれていた展覧会「二年後。自然と芸術、そしてレクイエム」展を見てきた。
開会直後から気にはなっていたのだが、このタイトルに気持が萎えてしまい、ついつい行きそびれていた。結局、閉幕直前ぎりぎりに駆け込みで見ることになってしまった。
それにしてもこの展覧会タイトル、句読点を含んでいてひどく散文的だ。そして、展示の中身の方も、このタイトルにみごとに(?)対応して散文的な内容だった。何となくまとまりがなく雑然とした感じ。

受付でこの展覧会のチラシをいただいた。裏面の説明文が、なかなかスバラしい。最近ではめったに目にしなくなった哲学的とも言えるような内容の文章である。
たとえば「自然とのあいだに想定していた遠近法の世界が崩壊する恐怖」とか、「私たちは、死者たちと共に在ることで、生かされている」といった難しい言い回しが並んでいる。知的な刺激を感じる反面、抽象的過ぎてこの展覧会の解説にはなっていないことも事実。
結局何だかよくわからないまま展示室に足を踏み入れた。

後で美術館のホームページを見て、この展覧会の趣旨と概要を何とか理解することができた。
この展覧会は、次の三つのグループの作品から成っているとのこと。すなわち、(1)震災(関東大震災、阪神淡路大震災、東日本大震災)に関わる作品、(2)それぞれの作家が独自の視点で自然の本質を捉えようとした作品、そして(3)死者を思う作品。
言うまでもなく芸術にとって「自然」も「死」も古くから問い続けられてきた大きなテーマのはずである。ここでこの三つのグループの作品をくくるのが東日本大震災の体験ということになるらしい。
その前提として、「突然おこった大地震は私たちのものの見方に影響を与えていると思われる」(茨城近美HPより)とあるように、今回の震災によりわれわれの自然と死者に対する認識が大きく変化したことが指摘されている。
その新しい認識をもとにして「震災」と「自然」と「死者」をひとくくりにしようというわけだ。

しかし、その点に関して私は実感として納得できない。また来るかもしれない自然の脅威を恐れつつも、結局はこれまでとあまり変わることなく自然と向き合っているのが現実ではないのか。死者についても同様だ。
何しろ、あのような被害をもたらした原発に対してさえ、何ごともなかったかのように再稼動を容認し、今後も依存していこうとする「懲りない」人たちが世の主流を占めているくらいなのだから。

というわけで、この三つのグループの作品をひとつに関連付けることには無理を感じた。
さらに(1)の震災に関わる作品のグループも、①作品そのものが震災をくぐり抜けたという作品(横山大観「生々流転」や木村武山の杉戸絵など)と、②震災を描いた作品(萬鉄五郎「地震の印象」など)ないし震災をきっかけとして制作された作品(河口龍夫の作品など)とに分かれる。
前者①は来歴は震災に関連しているものの、作品の内容は当然震災とは無関係だ。だからこの二つを一つのグループとしてまとめるのもおかしな気がする。

会場ではこれら三つのグループの作品がコーナー分けされることなく混在して展示されている。これも一定の意図があってのことなのだろう。しかし私は関連のないいろいろなテーマの作品がばらばらに並んでいるような印象を受けた。

ここまで展覧会の趣旨そのものについてゴタクを並べてしまった。しかし本来私の持論としては、展覧会全体のコンセプトはどうあれ、その中に良い作品があれば、それは良い展覧会ということになる。ちなみに良い作品はないけれども、コンセプトだけは良い展覧会というものもあり得ないと思う。
さて今回の展覧会ではどうか。
何といっても牧島如鳩(まきしま・にょきゅう)の「魚籃観音像」と橋本平八「石に就て」の印象が強烈だ。この美術の既成概念を逸脱したヘンテコな迫力。久しぶりに美術館で理屈抜きのセンス・オブ・ワンダーを味わった。
それからあとは、現代作家たちの作品がどれも充実していた。とりわけ井上直、野沢二郎、間島秀徳らの作品には、深い内省と沈思が感じられて良かった。
中でも井上の描く世界は震災後のわれわれの心象風景を象徴的に示していて心打たれた。もっともっとこの作家の他の作品も見たい気がした。

それから横山大観の「生々流転」と河口龍夫の作品が向かい合うように並んでいたのも印象的だった。
河口は一定のコンセプトをもとにして作品を生み出す作家だ。一種のコンセプチュアル・アートなのだが、それを造形としてまとめるデザイン・センスが非常に優れている。
しかしややもするとそのデザイン・センスが、コンセプトを超えてしまっているようなところがある。コンセプトが骨太に迫ってこないのだ。今回もそんな感じをちょっと受けた。

片や大観の「生々流転」は何しろ重要文化財であるから、近代絵画の最高峰ということになっている。
しかし、これは結局、人の一生を水の流れになぞらえるというコンセプトを、優れたデザイン・センスで視覚化した絵解き画なのだと思う。
しばしば行われているようにこの作品をその造形性ではなく精神性という観点で語るのは、一見、的外れのようでいて、じつはこの作品のコンセプチュアル・アートとしての本質を抑えた当を得た発言なのかもしれない、とさえ思えてくる。
 というわけで、大観と河口の向き合う配置は、その対比から(たぶん)期せずして大観のコンセプチュアル性を思い起こさせるという点でとても面白いものだった。

美術館はこの展覧会を、「3.11の震災から二年後の時期にあたり、自然の不条理という現実に対して美術と美術館が何をなしえるかを問う企画展です」(茨城近美HPより)と謳う。しかし、その一方で「芸術が震災後の社会に力になれるなどとは申しません」(展覧会チラシ)とも語っている。もちろん後者が正しい。
悲惨な現実を前にして美術は無力だ。しかし、人間が生きていくためにやはり美術は不可欠なものだと思う。
だから美術館は直接に不条理な現実にコミットしていく必要はない。なすべきは良い作品を見せること、見せ続けることなのだ。ひたすらそのことに専心して欲しいと願う。それがつまり震災に打ちひしがれた人を含むすべての人々が生きていくことを支えていることになるのだから。

2012年10月10日水曜日

「与えられた形象 辰野登恵子/柴田敏雄」展

国立新美術館の「与えられた形象 辰野登恵子/柴田敏雄」展を見てきた。
自分から進んで見ようとは思っていなかった。ところが薦めてくれる人がいて招待券までもらってしまった。それで思い切って見に行ったのだったが、思いのほか良い展覧会だった。

もともと辰野登恵子は良い画家だとは思っていた。しかし、今回の展覧会を見に行く気になれなかったのは、柴田敏雄との二人展だったからだ。
抽象の画家と社会派(とこれまで私は認識していた)写真家、何ともちぐはぐな取り合わせに思えた。それで見に行く気持を殺がれてしまっていたのだ。
くわえてこの二人は東京芸大の油画科の同級生だったとのこと。新聞には「同級生2人展」なんていう見出しもあった。そういう作品とは関係ないくくりの二人展と聞くと、よけいばかばかしくなってしまった。

柴田敏雄には、もともとあまり興味がなかった。写真集までは手に取ったことはなかったが、写真雑誌でよく作品は目にしていた。彼の作品は、つねに山奥の土木工事による構築物の写真だった。土砂崩れを防ぐためにコンクリートで固めた崖とか、ダムの写真だ。
私はそれらの写真を、自然対人間の対立、あるいは日本社会の発展の裏にある自然破壊、といったような社会派的視点から撮られたものとてっきり思っていたのだった。

今回の展覧会を見て、それがまったくの誤解であることがわかった。
柴田が撮っていたのは、もっぱらそうした土木的構築物が見せる造形的な面白さだったのだ。今回の展覧会を見る限り、初期から近作まで、この視点はまったく変わっていない。むしろ、この造形性への興味は、どんどん深化していっているようにも見えた。
ただそうだとすると、そのような造形的な美をなぜ都市やその周辺ではなく(「ナイト・フォト」シリーズのような例外もあるが)、もっぱら山野の中に求めるのかが今ひとつよく伝わってこない。

さて会場は辰野と柴田の展示室がほぼ交互に配置されている。各展示室の構成は単純にクロノジカルではなく、時代を前後させたりテーマや素材によってくくったりと、なかなか工夫が凝らされている。
辰野の展示では、1980年代の作品を並べた一番目の展示室「1980年代」と二番目の展示室「円と丸から」がやはり素晴らしかった。私にとってはこの展覧会全体の中でも白眉といってよい。

この頃の辰野の作品に特徴的なのは、タイルや建築物に見られる装飾の文様のパターンを、非具象の空間に描き込むことだった。
繰り返される文様の導入は、とりとめのない抽象空間に装飾性をもたらして一定の秩序を与える。また同時に、その文様のパターンは、見るものに一種の既視感を引き起こし、過去の記憶のシーンを呼び覚まそうとする。
しかし、この時期の辰野の作品の素晴らしさは、そのような単なるモチーフのアイデアにあるのではない。何といっても彼女の色彩が放つ瑞々しい叙情性と画面にあふれる躍動感にあると思う。
「円と丸から」のシリーズは、その意味でこの作家の頂点を示す作品群だろう。こんなに豊かで軽やかな情感と浮遊感のある自由な動きに満ちた抽象絵画は、少なくとも同時代の日本にはなかった。

1990年代以降、辰野はまた違う方向へと進んでいく。より現実感のある造形を描く方向とでも言ったらいいか。情感は深化し、造形性は堅固なものとなっていく。
二人の展示室を次々に進んでいくにつれ、両者の作品がどんどん接近しているように見えてくる。造形の重厚さをしだいに増す辰野の絵画と、モノクロからカラーに変わり対象の造形性にさらに集中していく柴田の写真。その距離はもうそんなに遠くない。
なるほど、この二人展の本当のオチは、「同級生云々」ではなく、ここにあったか。と、あらためて企画者の意図を了解した次第。お見事。

でもやっぱり辰野登恵子の個展として見たかった、というのが本音ではある。

2012年9月3日月曜日

「BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展」その他

東京に出て新宿で時間が空いた。ふと思いついて東京オペラシティをのぞいてみることにした。
ここに行くのははじめて。以前からどんなところなのか、一度行ってみたいとは思っていた。が、なかなか足が向かなかった。
行く気が起きなかった理由は簡単。私はNTTが嫌いなのだ。電電公社時代のお役所的ゴーマン体質を濃厚に受け継ぐNTT。その牙城であるオペラシティには、足が向きかねた。
しかしもうそろそろ「大人の対応」ということで…。

あんまりなじみのない都営新宿線に乗り、まったくなじみのない初台の駅で降りると、そこはもうほとんどオペラシティ専用駅なのだった。
オペラシティの全容が理解できないうちに何とかアートギャラリーに辿り着くと、やっていたのは北野武の展覧会「BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展」だった。
テレビで再三本人が宣伝していたのはこの展覧会だったのか。

人気お笑い芸人、そして今や日本を代表する映画監督の話題の展覧会、しかも会期は残り一日ということで、入り口には行列が出来ていた。美術展の行列というよりも、どちらかというとデパートのイベント会場の行列に近い客層だ。とりあえず中に入る。

内容は北野の描いた絵画(一部版画などもあり)が半分。
もう半分が北野のオモシロ・アイデア(たとえば魚と動物が合体した生き物とか)を実体化したものが並ぶコーナーである。後者は、お祭りの会場か、はたまた遊園地のようなしつらえになっている。

絵を描くタレントというのはこれまでにもいた。工藤静香とか八代亜紀とか。でもたいていはふつうの日曜画家とおなじで習い事として洋画の作法をなぞっているだけのものだ。
北野の描く絵は、それらとはまったく違う。漫画というか、イラストに近く、いわゆる「洋画」とは別物だ。

一種の開き直りなのだろうが「ペンキ屋のせがれ」と自称しているだけあって、北野の画面は原色にあふれてカラフル、しかも色面はアクリル絵の具によってフラットに塗られている。マチエールはなし。
内容は自分の思いつきやワン・アイデアを具象的に描いたもの。人物や猫がよく登場する。ただし、タイトルはなく、風刺的な意味合いを過剰に込めているわけではない。自分の好きなように描いていて自由な感じが伝わってくる。
「好きなように描く」というのは、できそうでいて素人にはけっしてできることではない。北野の絵はあくまで素人だが、その自由さにおいてやはり才人ならではの絵だなと感心する。

しかし、たぶんかなり意識していわゆる「アート」風にならないように努力しているのだと思う。しかも、これでもアートなのだという主張がその裏には強く感じられる。
会場冒頭のあいさつ文の中で、北野自身が次のように語っている。

「この個展を通して、アートって言葉に、もっと別の意味をもたらせたらいいなと思う。アートって特別なものじゃなく、型にはまらず、気取らず、みんながすっと入っていきやすい、気軽なものであるべきだと思う。」

自由に無手勝流に描いているが「これもアートだ」という主張があるのだ。ツービート時代からの既成の価値観を突いてやろうという批評精神の性根は、ここにも一貫しているのを感じる。
「これもアートだ」という主張を観る者に想起させるかのように、画中の人物の顔は、つねにピカソ風に描いてある。「これってやっぱりアートなのか」と観る者を惑わせる仕掛けだ。あるいは、これを見て観客は、アートって何だろうとあらためて考え始めるのだろうか…。

しかし、その心意気はわかるにしても、全体的に言えば絵画としての感動や感興というようなものは、私にはまったくわかなかった。なるほど従来のアートにはこだわっていないかもしれないが、そもそもこれが広い意味でのアートとも思えない。
ひねったアイデアを具現化した立体物のコーナーは、面白いものもあったが、そうでないものもあった。まあ、絵のおまけみたいなものだろう。じっくり腰をすえてみる気にはなれなかった。

ついでに同時に開催していた所蔵作品展「難波田龍起・舟越保武 精神の軌跡」と「関口正浩展」も観てきた。

このうち難波田龍起のコレクションはじつに素晴らしかった。質、量ともに十分に一つの特別展に匹敵する内容だ。
繊細で控えめな作品群だが、日本における西欧のモダン・アートの影響の中でも最も良質な成果と言えるのではないか。その世界をじっくりと堪能させてもらった。本当に観に来てよかった。
舟越の作品は、頭像が中心でプライベート・コレクションと言った感じ。

関口正浩は、昨年のVOCA展に入選したまだ二十代の若手とか。でもやっていることはちっとも新しくない。こんなことやっていると、北野武に笑われそう。

2012年8月17日金曜日

「須田国太郎展」

「須田国太郎展」(茨城県近代美術館)を観てきた。
考えてみると洋画の展覧会に足を運ぶのは、ずいぶん久しぶりのこと。「洋画」というものに、もうあんまり興味を持てないのだ。しかし、今回は特別だった。
私は以前からこの須田国太郎という洋画家に少なからぬ関心を持っていたのだ。作品に触れたことはそれほど多くないが、この画家の画集は手に入れて図版でだいたいの作品は知っていた。
数年前に須田の回顧展が中央で開かれたが、観に行く機会を逸してしまった。
そうしたら、今回、没後50年ということで、再度、回顧展が企画された。しかもそれが地元水戸に巡回すると聞いて、期待して待っていたのだ。

なぜ私が須田国太郎に興味を感じるのか。
理由のひとつは、彼がかなりデビューの遅い画家である点だ。どうでもいいような理由ではある。
須田は留学から帰ると、高校の講師をしながら制作に励み帝展に応募するがみごとに落選。これが32歳のとき。その後、東京銀座の資生堂画廊で初めての個展を開いたのが、なんと41歳のときだった。
十代や二十代で逝く夭折の画家がもてはやされる日本の近代美術の歴史の中で、須田のこの「遅咲き」ぶりは、いぶし銀のような鈍い輝きを放っている。しかも、周囲とは隔絶したようなあの暗い作風での開花だったのだから。

しかし、私が須田国太郎に興味を感じる本当の理由はもうひとつ別にある。それは、この画家が西欧の油彩画(つまり「本場」の油彩画)をちゃんと見据えた上で、物まねでない「日本固有の油彩画」を生み出そうとした点だ。
この点について語る前にまず私なりの「洋画」観について語る必要がある。
先日の国立新美術館「『具体』展」の感想にも書いたことだが、私は「日本の洋画」というものが、いまだに西欧絵画の模倣の枠内にあると思っている。「洋画」は日本の中で、ガラパゴス的展開は遂げたが、世界にはまったく通用しない奥の細道に入り込んでしまっている。
近代以降日本の独自の美術と言えるのは、1950年代以降の現代美術からだろう。海外において日展の大家の作品は値無しだが、奈良や村上の作品に何億の値がつくことが、このことを如実に示しているとも言える。
須田は京大で美学・美術史を学び、その後渡欧して現地で「本場」の作品にじかに接している。そのようにして深く西欧の絵画を理解したうえで、単なる物まねでない「日本固有の油彩画」を創り出そうとしたのだった。
総体としては、未だに西欧の物まねの域を出ていない「洋画」の中で、はたして須田の「日本固有の油彩画」は実現したのだろうか。そこがずっと気になっていた。

展示作品は約120点。時代別、テーマ別に並んだ作品を見ていくと、描いているテーマの特異性はとりあえずおいておくとして、暗い色彩と装飾的なマチエール(塗ったり削ったりの繰り返しで生まれる)の実現の方に、もっぱら須田の関心は収束していったように見える。
それが「日本固有の油彩画」というものについての須田の結論であったのだろうか。このような表現法こそが、「日本の風土に根を下ろした日本固有の油彩画」(須田自身の言葉)なのだろうか。

そうなのかもしれない。そうなのかもしれないがが、私は手放しで共感することはできなかった。
須田のこのような作風は、厚塗りによって油彩画に接近してきた現代日本画のそれに結果的に限りなく近い。単純化と様式化による装飾性が、写実とミックスされている。日本的な美意識と西欧的な理性の混交。たしかに西欧の模倣の域は脱しているのかもしれない。
ただしかし、決定的に言えるのは現代的でないということだ。ということは、つまり東西を越えた普遍性には到っていないということではないのか。
須田国太郎の生き方、画家としての姿勢、そして「絵との格闘」の軌跡には共感する。しかし彼の作品は、良い意味でも、そしてまた悪い意味でも「日本固有」と言わざるを得ないようである。

平日とはいえ会場はかなり空いていた。やはり、一般的にはマイナーな画家なのだな、とあらためて思った。

2012年8月15日水曜日

「北斎展」

『北斎展』(いわき市立美術館)を観てきた。
べつに葛飾北斎に特別の関心があったわけではない。と言うか私はそもそも浮世絵というものにさほど興味がわかない人なのだ。
私の知人に日本美術なら古代から近代まで何でも大好きという人がいる。ところが、ただ唯一、浮世絵だけは例外というのだ。その気持、私にも何となくわかる。わたくし的に言うと、浮世絵のあの何とも感情移入のしようのない感じ、ということはつまり共感の持ちようがないというところがちょっと苦手なのだ。

いきなりの浮世絵批判みたいなことになってしまった。
もう少し言わせてもらうと、北斎と言えば日本人なら誰もが知っているいわば手垢のついた存在である。私だって興味がないとはいえ、一応はその作品について知ってはいるつもりだ。だからなおのこと、あらためて作品を見ようなどという気にはなかなかならない。
というわけで、まったく期待度ゼロの状態で(なら何で観に行くんだ、と言われそうだけど)、会場に足を踏み入れたわけなのだった。

ところがところが…である。結果的には、つい見入ってしまうような作品にも何点か出会い、いろいろな発見もあったりで、思いのほか良い展覧会だったのだ。
会場に入って最初のあたりは、「まあこんなもんだろう」と、流していた。しかし、だんだん進んでいくにつれ、「おっ」とうならされるような作品があり、さらにいくつかの作品には思わず引き込まれてしまった。
何に驚いたのか。何がそんなに良かったのか。簡単に言ってしまえば、その「異常」とも言える造形のセンスだ。
北斎といえば日本を代表す美術家である。先ほども触れたように、日本人で北斎を知らない人はいない。しかし、目の当たりにした彼の作品に見られる美意識は、とても日本のスタンダードな美意識とは言えないものだ。それはもっと「異常」だ。

『富嶽三十六景』や『諸国瀧廻り』といったシリーズにとくに顕著に見られるのだが、遠近の歪んだ空間の表現や、写実的な描写(たとえば風景)と様式的な表現(たとえば水面の波)との混合や、波や滝の水しぶきの抽象的とも見える表現法などなど…。有名な『富嶽三十六景』の内の「神奈川沖浪裏」、「遠江山中」(手前にのこぎり男)、「尾州不二見原」(手前に桶屋)などみんなそうだ。
そしてとくに『諸国瀧廻り』の落下する水の表現の奇矯なこと。
これらは、日本のスタンダードというより、かなりクセの強い独自のものだ。そしてそのどれもが、現代のわれわれの意表をついてきて魅力的だ。

こうした表現法は、当時の浮世絵購買層の注目を集め、購買意欲を刺激するために、ウケをねらい、どぎつさを強調し、極端な誇張をエスカレートさせていった結果なのであろう、たぶん。その先で行き着いたのが、この強烈で異常で奇矯な表現の数々であったのだろう、たぶん。しかし、それは日本の美を越えて、ワールドワイドの近代意識に通用する普遍的な美だったというわけだ。

北斎は数々の奇行で知られる人物らしい。
生涯に93回も引越しをしたとか、食事は自分では作らずすべて買ってきたものですまし、食べ終わるとその包装やいれものをそのまま放置するので室内はゴミだらけだったとか、絵が売れてそれなりの画料を得ていたのに金額も確認せずに集金の商人に与えてしまうので、つねに貧乏だったとか…。どれも何となくウソ臭いが、むしろ作品の奇矯さから、そんな風変わりな作者像が形作られていったのではなかろうかという気もする。

 最後に展示について。今回の展示数は全部で170点。すごいヴォリュームだ。しかし、同じような大きさのものが延々と並んでいると、最初から最後まで集中力を持続させることはほとんど不可能だ。個人的には100点くらいが限度。ところが、今回の場合、後のほうに行くにつれ作品のテンションが上がってくる感じ。なので、前半でくたびれて後半を流してしまっては何とももったいない。会場構成に何か工夫はないものなのだろうか。

2012年7月15日日曜日

「『具体』 ニッポンの前衛18年の軌跡」展

「『具体』 ニッポンの前衛18年の軌跡」展を観た。
会場の国立新美術館には、先月「大エルミタージュ美術館展」を観に来たばかりだが、その折チラシでこの展覧会の開催を知り、また足を運んだという次第だ。

この展覧会は、1954年に関西で結成され、72年まで活動した前衛美術グループの老舗「具体美術協会」(略称「具体」)の回顧展だ。「具体」は日本の現代美術の先駆者であると同時に、もっとも重要なグループの一つと言われている。しかし、その実態に触れる機会は、これまであまりなかった(少なくとも関東では)。そこでこの機会にぜひその作品群を実際に観てみたいと思ったのだ。
結果から言うと、このグループの概要がそれなりに理解できたし、歴史的事実を含め、いろいろな点で発見もあった。その意味では有益な展覧会と言えるだろう。ただ初期の作品や活動を、もっと観たいという不満は残ったのだが。

結成された直後のあの有名な芦屋市の林の中での野外展が、どのように再現されているのか。この点にもっとも期待して会場に足を踏み入れた。
しかし、実際に会場に来てみれば、そもそもあの型破りな野外展を美術館の中で再現することなど最初から不可能だったことがわかる。
松林の風景をプリントした幕を壁に掛けて雰囲気作りをした展示室の中に、いくつかの実物の作品と、あとは説明つきの写真パネルが置かれている。これで当時の現場の空気を多少なりとも体感しようというのは、しょせん無理な話だ。ただそこで何か特別なことが起こっていたことは、何となく伝わってきた。

そして残りの会場の大半は、壁面に絵画作品が続くことになる。以後のインスタレーションやパフォーマンスの紹介はカットされたのかと思いきや、現実の「具体」そのものが急速に絵画を志向し、それ以外の表現を切り捨てて行ったということが、会場の説明でわかった。
先日、東京都現代美術館でメンバーの一人、「電気服」の田中敦子の回顧展を観た。そのとき展示の内容が、ほとんど絵画中心であることに多少の不満を感じたのだが、「具体」そのものが基本的に絵画に特化したグループだったというわけだ。

たしかに初期の主力メンバーの絵画作品は、どれも非常によかった。やはり画家としての優れた絵画センスを持っていた人たちであることがわかる。くわえて、破天荒なインスタレーションやパフォーマンスによって開放された感覚が、画面上に横溢している感じもあった。
そしてその絵画路線のキーパーソンとして、フランスの批評家・画商ミシェル・タピエがいたこともこの展覧会で知った。

しかし、会の活動は急速にマンネリ化していったことも作品から何となく見て取れる。その打開のために60年代中盤から迎えた若い新メンバーたちの作品も、今の眼で見るとどれも小粒で、創立メンバーたちの初期のエネルギッシュな作品には遠く及ばない。
だから72年の解散は、リーダー吉原治良の死が直接のきっかけではあったが、「具体」のグループとしての命脈が尽きたという見方もできるのではないか。

ところで、当時、日本各地で同時多発的に結成された数ある前衛美術グループの中で、なぜこの「具体」が代表的存在として語られるのかは私にとってひとつの疑問であった。
今回の作品を観て「具体」のメンバーの作品が、同時代の日本の他の前衛グループよりも傑出していたとは思えない。しかもなお「具体」が他を差し置いて美術史に名を残し得たのは、次の三つの点によるのではないかと今展を見て思い当たった。
理由のひとつめは、リーダー吉原治良の一種独裁者的な指導の下、グループのコンセプトが明確に一つの方向性に収斂していたこと。他のグループは、民主主義的であったがゆえに、このような統一性は持てなかったのではないか。
理由のふたつめは、フランスのミシェル・タピエに認められることによって、「日本のアンフォルメル」として海外に紹介され、海外での一定の評価を得たこと。他のグループにはそのような機会がなかった。
理由のみっつめは、上のふたつめの理由とも関連するが、インスタレーション、パフォーマンスの活動を早々に切り捨てて、絵画のグループとして特化したこと。絵画は、一過性のインスタレーションやパフォーマンスと違って、海外への輸送も容易だし、モノとして時間を越えて残るので後世の評価も可能となるからだ。

それから会場の解説には、「具体」の活動が日本の高度経済成長と軌を一にしているという視点が示されていた。「具体」の明るく前向きな表現は、そうした日本の国そのもの発展の反映というふうに捉えられていた。
なるほど、そのとおりだろうと私も思う。しかし、同時に私には美術というものが時代の表層ではなく、もっと深層の普遍的なところに根差しているべきではないか、という思いもあるのだ。そのような矜持がもし「具体」にあったとしたなら、日本の高度成長を批評する視線も持ち得たのではないか。もしそうであったなら、大阪万博への参加は果たしてあり得たのだろうかとも思うのだ。

ところで、平日だったせいもあるだろうが、会場は空いていた。エルミタージュ展とはあまりにも違う人の入り具合だ。
展覧会のチラシの「世界が認めた日本の前衛美術グループ」云々というコピーを見て、海外の評価をありがたがる日本人の弱みを見透かしたエグい売り方だと鼻白んでしまった。しかし、こんななりふりかまわない売り文句を使わないと、人が入らないという担当者の危機感の表れだと思えば許そうという気になった(上からのもの言いで申し訳ないが)。

世界の美術史という視点で見ると、日本独自の美術と言えるのは、まず江戸時代以前の美術と、その伝統を受け継ぐ近代以降の日本画ということになるだろう。幕末から明治初期に西欧から移入された洋画は、その後、日本固有のガラパゴス的展開を遂げるが、西洋絵画の模倣の域を出るものではないだろう。
そして、近代以降、本当の意味で日本独自の美術と言えるのは、昭和50年代以降の現代美術ということになるのだと思う。その意味で、この時期の重要な動きの一つである具体美術協会の回顧展が、国立の美術館で開かれた意義は大きい。
今後もこの時期の他の動向について取り上げてくれることを期待したい。

2012年6月19日火曜日

「大エルミタージュ美術館展」

雨なので「大エルミタージュ美術館展」を見てきた。

6月の半ばの雨の土曜日、用事があって東京に出かけた。用事が済んだあと、展覧会でも見ようと思い国立新美術館に行ってきた。なぜ「雨なので」なのかというと、国立新美術館は地下鉄の乃木坂駅に直結しているので、濡れないで入れるからだ。まあそれだけのこと。

ところで今回はエルミタージュ美術館だが、これまで数々の有名無名の海外の美術館展が日本で開かれてきた。
一般論として、こういう美術館展というのは、内容的にはあまり期待できないというのが私の印象だ。
そもそもその美術館で持っている良い作品を、洗いざらい持ってくるはずがない。みんな持って来てしまったら、本家が空っぽになってしまう。それに大事な一級品を全部ではないにしろ、遠い日本に運ぶというのは、その美術館にとっては大変なリスクのはずだ。
だから、一握りの良いものと、あとは二級品以下の作品で埋めてお茶を濁すというのが、こういう展覧会の通例ではないだろうか。だいたい有名美術館の所蔵品が、すべて一級作品と考えるのが間違いだ。

エルミタージュ美術館展といえば、これまでにも国内で何回も開かれている。しかし、今回は国立の美術館で開いている展覧会なので、これまでとは違うのかなとちょっと期待はした。
展覧会名の頭に堂々と「大」をつけているのも、その辺の違いを強調したいせいではなかろうかとも思った。

それで見てみたわけだが…。結果、あまり面白くなかったというのが率直な感想。
展覧会は大評判だし、ネット上でも圧倒的に好評、そして実際に会場はたくさんの来場者であふれている。なので、一人くらい否定的な感想を言ったところで、何の影響もなかろう、ということで言わせてもらう。

あまり面白くなかったという理由の大半は私の側にある。が、展覧会の中身の方にも多少不満は感じる。それを順番に書き出してみよう。
まず私の側の問題。西欧の近代以前の絵画は、やっぱり私の体質には合わない感じがある。文化の違い、宗教観の違い、世界観の違い人間観の違い、生活の違いがどうしようもなく感じられて、見ていても共感できないのだ。
近代以降は、個人主義の時代ということもあり、もうちょっと身近な感じで見ることが出来るし共感もできる。

でもこの感じっていうのは、日本人に一般的なものなのではないのだろうか。
明治初期に日本に移入されたルネサンス以来の西欧の絵画は結局日本には定着しなかった。そして明治中期に黒田清輝らがもたらした印象派以降の西欧絵画が、結局は日本の洋画のスタンダードになったわけだ。
これを見ても、やっぱり日本人には、印象派以前の西欧絵画は体質的に合わないんじゃないかと思う。自分の感覚を正当化するわけではないのだが。

閑話休題。私がこの展覧会をあまり面白いと思わなかった理由は、展覧会の内容にもある。
第一には、作品の大半が、中型から小品ばかりだったこと。
大きければよいというものではないのだけれども。
第二には、作品が少ないこと。
「西欧絵画の400年」ということで、16世紀から世紀ごとに会場はコーナー分けしてある。しかし各世紀が約20点の中小作品では、あまりにも漠然として、焦点が合わない感じ。
第三には、なじみのある画家の名前があまりなかったこと(知らない私が悪いのかもしれないけど)。
第四には、なじみのある画家も、作品が少なく(1~2点)、しかも、それがあんまりぱっとした作品でなかったこと。
たとえばルーベンス、レンブラント、ドラクロワ、ルソーあたりの作品なんかどうでなんだろう。感銘したというような感想も見かけたけれども。私に見る眼がないのか。

しかしこの展覧会で最大の見所が、アンリ・マチスの大作「赤い部屋(赤のハーモニー)」だった。
この作品は文句なしに素晴らしかった。
装飾的な形態と、色彩によって強引に自分の美の世界を実現してしまうマチスの力技が堪能できた。
このクラスの作品があと4,5点もあれば、十分満足できたと思うのだが。

しかし、土曜日とはいえ会場がたくさんの人でにぎわっていたのには驚いた。
会場の最初のあたりだけ混んでいても、進んでいくうちに飽きて流れが速くなり、後半がすいているというのはよくあることだ。ところがこの展覧会は、最後までみんなていねいに見ていて混雑していた。
日本人というのはほんとに文化的なことに熱心だなと、これには素直に感心した

2012年5月5日土曜日

「靉嘔展」と「田中敦子展」を観る

連休の一日、東京都現代美術館を訪ねて「靉嘔展」と「田中敦子展」を観てきた。

この二つの展覧会、なかなかよくできた取り合わせだ。二人とも日本を代表する前衛美術家であることはもちろんとして、それぞれ著名な前衛美術集団「フルクサス」と「具体美術協会」に属していたという点でも共通している。
さらに実際に展覧会を観て、美術家としての二人のあり方が、次のような点でパラレルであると私には感じられた。

すなわち二人の共通点としてまず第一に、①従来の美術表現に対する批判、あるいは否定を制作の出発点としていること。
次に、②その結果、それまでにないまったく独自の表現を作り出したこと。靉嘔ならレインボーの作品、田中なら電気服。
そしてここからが私見だが、③その表現が自身にとっての大きな「呪縛」となり、そこから逃れようともがくことが、その後の表現の軌跡となったこと、である。

 靉嘔展の会場に入ると、暴走する表現主義とキュビズム的表現があり、その合間に深化する孤独感が垣間見え、やがてパフォーマンスの嵐の中へと突入していく。そうして至り着いたのがレインボー・カラーによるミニマル形態という表現だったことがわかる。
レインボーの作品の意義は、何よりもまず美術史や美術についての既存の価値観(美術は高級なものという価値観)に対する批評であったろう。外界を構成する事物のミニマル的な表現という作家の言い分は、後でくっつけたもののような気がする。
 しかし、このシンプルで強い表現のスタイルは、たちまち作者自身を縛りつけることになる。何を描いてもみんな同じになってしまうからだ。どうやってこの呪縛から逃れるか。その後の靉嘔の歩みは、ほとんどこのための試行錯誤であったように見えた。

田中敦子にも同様のことを感じた。
誰も行なったことのない表現をモットーに、新しい表現に挑戦した「具体美術協会」の作家たち。田中の「ベル」や「電気服」もそうした独自性の追求の結果として生み出されたものだ。
当然そこには、それまでの美術表現、美術の価値観に対する批評、否定、批判が内包されている。いくら「電気服」の電球の点滅が美しいといっても、この作品の意義は、新しい美の創出よりもむしろその批評性の方にあると私は思う。
しかしそれはともかくこの強烈な「電気服」に、田中は縛られ、その呪縛の中で、その後の画家としての活動は終始したといってもよいだろう。どこまでいっても画面に現れるのは電球のイメージである丸と、配線コードのイメージである線のみなのだった。

「前衛」とは既成の価値を否定し、新しい何ものかを生み出していくことだろう。靉嘔も田中敦子も、そのような強烈な意思によって、まったく新しい表現を創出した点は素晴らしいと思う。
しかし、それが「呪縛」となって以後、その「呪縛」から逃れる過程においては、自分自身が戦う相手になってしまっていて、初めにあったような既成の価値に対する強い批評性は失われてしまっているように見えて、私には残念だった。
その意味で、とくに靉嘔の展示作品の数の膨大さと、近作の巨大さは、ちょっとばかり虚しくも見えたのだった。

2012年3月26日月曜日

展覧会「抽象と形態」(川村記念美術館)を観る

久しぶりに美術館に行って展覧会を観てきた。
観たのは千葉県佐倉市の川村記念美術館で開かれている「抽象と形態」展。作家によるギャラリー・トークがあるという3月25日に行ってみた。

川村記念美術館は、佐倉市の郊外に位置している。辺鄙な片田舎の細い道を行くと、忽然と姿を現すというロケーションにまずびっくり。
この美術館は豊かな自然に囲まれた環境も素晴らしく、建物も立派。「美術館に出かけてみよう」というときに抱く期待感を、建物に入る前にもう十分に満足させてくれる。
私は今回が2回目の訪問。

開かれている展覧会は「抽象と形態:何処までも顕れないもの」。このタイトル、いろいろ企画者の思いがこもっているのだろうけど、あまりにも大まか過ぎて、何も言っていないのと同じなのでは。それにキャッチーでもないしね。
内容は7人の現代作家の作品展。この7人の作家の作品とあわせて、モネ、ピカソ、ブラック、ヴォルス、モランディ、サム・フランシスなどなど、「20世紀美術に多大な影響を与えた芸術家」の作品を展示し、両者を対比させて共通するものを示すというのが「ミソ」というか見所らしい。
しかしモネ、ピカソらのそれぞれの作品がいずれも1,2点で、それも小品(所蔵品からという制約もあったのだろうが)では「対比」がちょっと中途半端。いっそ、そんな小細工はやめて7人の現代作家の展覧会としたほうが、よっぽどすっきりしたのでは?よい作家がそろっているのだし……。

ギャラリー・トークの時間になると、たくさんの人が集まってきたのでちょっと驚く。
私は元来、アーティスト自身のトークにはそれほど期待していない。さらに言えば、作家の言葉を聞いて作品の理解の参考にしようとするのは基本的に間違っていると思っている。観客は作品と向き合うことによってしか作品を理解できないのだから。
だいたい作家が自分の作品を客観的な意味で理解しているとはかぎらないし、そもそも自分が描くということについて理路整然と説明できるものでもないだろう。
作家のトークというのは、作品理解とは切り離して、その作家の人となり、考え方について知る機会なのだと思う。
だから作家の皆さんには、自分の作品の「解説」(今回もけっこうあったけど)よりも、むしろ自分の技法と制作している場での思いを語ってほしい。

その点で作品もよかったけど野沢二郎氏の話は、具体的で面白かった。
スキージを使い肉体的、感覚的な作業の結果として画面が出来上がると話していたが、それでは「水面」のイメージというのは、どのようにそこに現れてくるのか、質問が許されるのなら尋ねてみたかった。
赤塚祐二氏の作品は、旧作(カナリア・シリーズ)3点の方が造形的なダイナミズムが圧倒的で私は好きだ。
彼の話では、描くにあたって「自分が面白いと感じることが大事」という言葉に作家としてのリアルな実感が感じられてよかった。
吉川民仁氏の展示は、最初、同じ人が描いたとは思えないくらい作風がまちまち。このセレクションでは作者は損をしていると思う。力がある人なのだから近作一本で勝負した方がすっきりしてよかったのでは?
トークはちょっと難しかった。

 今回の展覧会は、作家のセレクションもよく考えられていて、なかなかよい展覧会だと思った。
常設展示では、ルイス、ロスコ、ニューマン、ステラなどアメリカ現代美術のコレクションがやはり充実していて見ごたえがあった。