2013年11月25日月曜日

キンクス、ヴァン・モリソン、ハンブル・パイ


ザ・キンクスと、ヴァン・モリソンと、ハンブル・パイ。
さて、この三組(人)の共通点は何でしょう?

取りあえず言えることはある。60年代から70年代初めにかけて、イギリスのロック・ミュージシャンたちは、みんなアメリカの黒人音楽にあこがれていた。そんな中で、この三組(人)は、ひときわユニークな形でアメリカ音楽を自分の中に取り込んで、それぞれに個性的な音楽を作り出したという点が共通している。やや強引かな。
そしてもうひとつ共通点がある。それは、それぞれの代表作のデラックス・エディションが、つい最近発売された(る)ということなのでした。あんまり関係ないか。今回は、その3枚のアルバムについての感想などを書いてみよう。


<その前に、最近のリイシュー事情についてあれこれ>

相変わらずリイシューもののボックスやデラックス・エディションの発売が怒涛のように続いている。
これまでを振り返ってみると、まずボブ・ディランの『アナザー・セルフ・ポートレイト』があり、発売は結局遅れたがザ・バンドの『ライヴ・アット・アカデミー・オブ・ミュージック1971』があった。さらに、ベック・ボガード&アピスの『ライヴ・イン・ジャパン』があって、そして極めつけは、キング・クリムゾンの24枚組『ザ・ロード・トゥ・レッド』。オマケとしてクロスビー・スティルス&ナッシュ関連9アルバムの初紙ジャケ化なんてのもあった。

これらの誘惑を大いに楽しみつつ、何とかかわしてきた(つまり買わなかったと)というのに…。この間出た『レコード・コレクターズ』誌(2013年12月号)を見たら、またまたいろいろと、とくにデラックス・エディションの発売が続くらしい。

まあ世間的に注目されているのは、『レコ・コレ』誌の特集にもなっているザ・ビートルズ『オン・エア~ライブ・アット・ザBBC Vol.2』(これはデラックス・エディション〕とは関係なかった)とか、ザ・フーの『トミー』、それに・クラプトンの『アンプラグド DELUXE 2CDDVD』あたりなんだろうな。クラプトンはこの後、『ギヴ・ミー・ストレンクス~1974/1975』というのも出るとのこと。

それにしても値段が高い。『トミー』は、2CDのデラックス・エディションの上に、3CD+ブルーレイのスーパー・デラックス・エディションがあるけど、こちらは12600円だ。
クラプトンの『ギヴ・ミー・ストレンクス~1974/1975<スーパー・デラックス・エディション>』は、5CD+1ブルーレイで21000円也。
みんな年末に向って、たいへんだねえ。でも私には関係ない。ビートルズも、ザ・フーも、クラプトンももちろん好きだけど、これらのアイテムには興味がわかないからだ。

私の好きなビートルズは、何といっても中期以降。「本来の」ビートルズは、やっぱりオリジナル曲でしょ。ビートルズのアルバムは、ひととおり持っているけれど、これまで唯一持っていないのが『ライヴ・アット・ザBBC』だった。これで持っていないアルバムに、BBCVol.2が加わることになったわけだ。

ザ・フーは、「サマー・タイム・ブルース」や『フーズ・ネクスト』が好きだ。けれどもロック・オペラは苦手。私にはどうにもその面白さがわからない。だから『トミー^』と『四重人格』は、一応持ってはいるがほとんど聴かない。

クラプトンのAORの総集編が『アンプラグド』。耳に心地よいが、まあそれだけ。
『ギヴ・ミー・ストレンクス~1974/1975』は、アルバム『461…』から、『ライヴ(E Was Here)』までの頃の音源を集めたものとのこと。クラプトンのロッカーとしての最後の輝きの時期にあたるわけで、その意味でまとめた意義はあるのだろう。ちなみにこの後、このギター・ヒーローは、AORヴォーカリストへと転身していくわけだ。でもまあ74年から75年は、一応オリジナル・アルバムがあればそれで十分でしょう。


<秋から冬へ、私が気になるデラックス・エディションたち>

さてそんな中で、私が気になったのは、次の3枚だ。

ザ・キンクス『マスウェル・ヒルビリーズ+13~デラックス・エディション』紙ジャケ2枚組。3800円。9月18日発売。

ヴァン・モリソン『ムーン・ダンス~デラックス・エディション』2枚組。2625円(安い!)。10月23日発売。(悲しいことに日本盤は出ないが、4CD+1ブルーレイのスーパー・デラックス・エディションもあるようだ。この輸入盤は、アマゾンで6359円(安い!)。)

ハンブル・パイ『パフォーマンス~ロッキン・ザ・フィルモア/コンプリート・レコーディングス』6825円。11月27日発売。

それともう一枚ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの『ホワイトライト/ホワイトヒート(45周年記念スーパー・デラックス・エディション)』というのもちょっとばかり気になるのだが、ここでは触れないことに。

しかしいずれにしても、私はこれらのアルバムを買わないのである。隠居したときに、もうデラックス・エディションは買わない、と心に決めたからだ。
お金がないせいもある。しかし、それだけではない。結局、アルバムというのは、オリジナルの形のままがいちばんいいと思うのだ。
ボーナス・トラックとして入っている、アウト・テイクとか、デモ・テイクとか、セッションとか、ミックス違いなどに、面白いものなどめったにあるもんじゃない。やっぱりボツになったのには、それなりのわけがあるのだ。そんなものに気を取られるより、当初出たとおりののオリジナルの形で、じっくり味わいたいと思ったわけなのだった。

しかしやっぱりデラックス・エディションというのは、気になるものだ。そんなとき私は、手元にあるオリジナルの形の盤を聴くことにしている。そうやって気を静めるのだ。効果は、かなりある。というわけで、上の三枚の感想など。


<アメリカにあこがれたイギリス人たち>

■ザ・キンクス『マスウェル・ヒルビリーズ』

『マスウェル・ヒルビリーズ』は、キンクスの最高傑作だと思う。
1971年の発表。この前後、キンクスは『ヴィレッジ・グリーン…』から始まって、延々と続く商業性無視のコンセプト・アルバム/ミュージカル路線を突き進んでいた。
『マスウェル…』は、その狭間で、ふっと一歩引いて作られたような雰囲気のアルバムだ。印象は、ジャケット写真のアーチウェイ・タヴァーンというアイリッシュ・パブの雰囲気そのまま。

曲調は、ブルース、カントリー、ヴォードヴィルと多彩なアメリカン・ミュージックをベースにしている。例によってレイ・デイヴィスのシニカルで、よじれきったユーモア・センスによって、哀愁漂うくすんだ色合いになっている。ブラス隊もその雰囲気に輪をかける。遠くからあこがれるアメリカ、そして振り返ると、自分がいるのはショボイ現実。俺たちはヒルビリーにあこがれる、マスウェル・ヒルの田舎者(ヒルビリーズ)だ、というわけだ。そんな歌の世界が、さまざまに展開されている。

それにしても、人生の酸いも甘いもかみ分けたような歌の数々。こんな情けなくてちょっともの哀しい、そしてオヤジ臭くてアクの強い音楽を書いたレイ・デイヴィスが、当時まだ26,7歳の若者だったとはあらためて驚きだ。うーん、やっぱりこの人の本質は小説家だな。
ちなみに、『マスウェル…』の次に私が好きなのが次作の『この世はすべてショー・ビジネス』。哀愁漂う世界がさらに展開されている。

ところで『マスウェル・ヒルビリーズ』は、当初2枚組の予定だったといううわさがある。もしそうだとすると、今回の2枚組デラックス・エディションは、より本来の形に近いのでは、とも思われて、欲しい気持ちがムズムズと頭をもたげてくる。でもそこから曲を厳選してシングル・アルバムにしたからこそ、結果、名曲ぞろいになったわけだし、やっぱりオリジナルでいいことにしよう。

ジャケットのようなアイリッシュ・パブで、ギネスでもちびりちびり飲みながら、こんな音楽が聴けたら最高だな。


■ヴァン・モリソン『ムーン・ダンス』

レコ・コレ誌の扉ページにある写真連載「LEGENDARY LIVE IN U.K.」。今号はヴァン・モリソンだった。めでたい。
でも、やっぱり日本での人気はマイナーなのだな。上にも書いたが、今回の4CD+1ブルーレイのスーパー・デラックス・エディションは、日本盤が出ないらしい。やっぱり売れないからだろう。日本盤は、2CDのエクスパンデット・エディションのみ。しかもこれ2枚組なのに2625円とひどく安い。

それはともかく久しぶりに聴く『ムーン・ダンス』は、相変わらず良かった。
これは、ヴァン・モリソンが、ゼムをやめてアメリカに渡って作ったソロ3作目。1970年発表。前作の『アストラル・ウィークス』と並んで、初期の名作と言われている。

タイトル曲について、かつて大鷹俊一が面白いことを言っていた。
「このタイトル曲(「ムーン・ダンス」)を久しぶりに聞いてみると、スティングが『ナッシング・ライク・ザ・サン』あたりでアルバム2枚にわたって大げさにやってたことが、4分半でみごとに凝縮されて描かれていることに改めて感動させられる。」(大鷹俊一『レコード・コレクターズ』1991年3月号ヴァン・モリソン特集)
あんまりスティングのこと悪く言わないでくれよ。これはつまりジャズ的なアプローチということだ。ピアノとサックスとフルート、そしてウォーキング・ベースという完全なジャズ・スタイルのバックにのって、ヴァン・モリソンのヴォーカルがクールにしかも熱く展開される。

ヴァン・モリソンといえば、アイリッシュ・ソウル・シンガーであり、「ベルファスト・カーボーイ」と呼ばれる。しかもあのいかつい顔だから、どうしても土臭くて、汗臭くて、黒っぽい歌のイメージがある。熱いのは間違いないのだが、クールで繊細でもある。その辺がアイリッシュ風ということなのだろうか。そして、これが大事なのだが、彼の音楽は何だかせつない。
これはわれわれの世代の、あるいは少なくとも私にとっての「演歌」みたいなものだと思う。私は日本の演歌はキライいだ。紋切り型の歌詞と、紋切り型の節回し、そして何より紋切り型の叙情が安っぽいからだ。
ヴァン・モリソンの歌は、心の奥に届いてくる感じがする。人生のツラかったこと楽しかったことを、しみじみ思い返しながら、焼酎を飲むときに、こんな音楽を聴きたい気がする。そんな意味での私の「演歌」なのだ。


■ハンブル・パイ『パフォーマンス~ロッキン・ザ・フィルモア』

1972年発表。ハンブル・パイの5作目にして、ライヴ2枚組。この後の『スモーキン』や『イート・イット』も良かったが、やっぱりこのライヴが彼らの最高傑作だろう。
中身は前年の1971年5月28、29日、ニューヨークのフィルモア・イーストでの演奏。今回出る「コンプリート・レコーディングス」は、4CDとのことだから、この2日間の演奏を丸ごと収めたのだろうな。

このライヴ盤のオリジナルは、アナログ2枚組なのに、曲数はたったの7曲。やたら長い曲が多いのだ。C、D面は各1曲のみの収録。このうちハンブル・パイの完全オリジナル曲は1曲だけ。あとは、マディ・ウォーターズ2曲、レイ・チャールズ2曲、ドクター・ジョン1曲、アイダ・コックスというブルース・シンガー1曲のそれぞれカヴァー。まさに、黒人音楽のカヴァー集みたいな趣だ。この内容を見ただけで、ハンブル・パイの中心人物スティーヴ・マリオットが、いかにブルースやR&Bに入れ込んでいたかがわかる。

1960年代の後半、ブリティッシュ・ブルースのブームの中から、フリートウッド・マックやサヴォイ・ブラウンやチッキン・シャックのようなブルース・ロックと言えるものが現れる。そこから一歩踏み出して、ハードなブルースからハード・ロックが生まれるわけだ。たとえば、ジェフ・ベック・グループの『トゥルース』(1968年)やレッド・ツェッペリンのファースト・アルバム(1969年)や、さらたにディープ・パープルが方向転換した『イン・ロック』(1970年)あたりがその最初の例だ。

そんな流れに逆行するように、ハンブル・パイは、当初グループが持っていたいろいろな音楽的な要素を切り捨てて、ハードなブリティッシュ・ブルースの方向へとのめり込んで行ったのだった。まあ、このライヴ盤の後のハンブル・パイは、女性コーラス隊もメンバーに加えるなどしてソウル・レヴュー的な色合いも深め、それなりに時代の流れに乗っていくわけだが。

とにかくこのライヴ盤『パフォーマンス』での、ハンブル・パイは、大好きな黒人音楽をベースに、思う存分ソロを弾きまくり、伸び伸びとやりたいことをやっている感じがある。ここで聴けるマリオットの絶唱にも、これがオレたちのやりたいことなんだ、という潔さを感じてしまう。そこがまず聴いていて気持いい。
しかも、けっして本場の黒人ブルースのように泥臭くはならない。ブリティッシュ・ブルースに特有な繊細でマイナーな陰影があって何とも味わい深い。この時点でまだメンバーだったピーター・フランプトンのギターが、とくにブリティッシュ風味を添えている。全体としてとにかくじわじわと迫ってくる演奏だ。

これはウイスキーでも飲みながら、じっくりと耳を傾けたいな。


2013年11月14日木曜日

キング・クリムゾン最後の4日間


前回に続いて、お手軽音源で辿る『レッド』への道。
今回は、1974年北米ツアーの大詰めにしてハイライト、最後の4日間の公演を聴いてみる。
ちなみに私にとってのキング・クリムゾンは、この時期まで。『ディシプリン』以降のクリムゾンは、やっぱり別物だ。偏狭と言われようと、これが正直な気持。クリムゾン・ファンの大多数は同じ気持だと思うんだけど、どうでしょう。
だから、この4日間は、本当に私にとってのキング・クリムゾン最後のライヴなのだった。


■ 1974年6月28日 アズベリー・パーク公演

・『ザ・ロード・トゥ・レッド』ディスク15、16に収録(この2枚は曲目が同じでミックス違い)。
・ライヴ・アルバム用に録音車で録音された音源。
・この音源は、<コレクターズ・キング・クリムゾン>シリーズの1枚として日本盤が発売されている。

名演の誉れ高いこの日の演奏。今さら言うまでもないが『USA』に収録された曲の内、「21世紀の精神異常者」以外は、この日の演奏が音源。
今回、ボックスと共に『USA』の40周年記念エディションも発売された。その内容は、これまでの『USA』と大きく異なっている。「アズベリー・パーク」や「イージー・マネー」に施されていた編集作業を一切やめ、曲順もセット・リストどおりに並べ直したという。ということは結局、このアズベリー・パーク公演の記録そのままということじゃないのかな。

というわけでこの日の音源を聴いていると、どうしてもそれを元に加工した『USA』と比較してしまう。
USA』との大きな違いは、次の3点。

① 「太陽と戦慄パートⅡ」と「21世紀の…」のクロスのヴァイオリンを、エディ・ジョブソンの演奏に差し替えたこと(もっとも「21世紀の…」はこの日の演奏ではないが)。
② 「アズベリー・パーク」のクロスの演奏を削り、さらに曲の長さを短く編集したこと。
③ 「イージー・マネー」の後半、フリップのソロの途中でフェイド・アウトしていること。

でもあんまりこの比較にこだわっていると話が長くなるので、なるべく端折ります。

以下<コレクターズ・キング・クリムゾン>シリーズの『ライヴ・イン・アズベリー・パーク』を聴いての主な感想。

「太陽と戦慄パートⅡ」はパーフェクト。『USA』で、ジョブソンの演奏に差し替えられたクロスのヴァイオリンも、このままでも全然悪くないと思うのだが。

つづいて「ラメント」、「エグザイルズ」と気迫に満ちた充実した演奏が続いていく。

そして問題の「アズベリー・パーク」。 『USA』収録版の原曲で、時間は『USA』版の約2倍の12分弱の演奏。
このインプロヴィゼイションは、ほとんど終始一定のリズムがキープされている点が、彼らのインプロ曲としては逆に異色だ。何度かのブレイクがあるものの、まもなくまたビートが刻まれ始めるのだ。
全員が一体となって突き進んでいく前半から、ぐいぐいと引き込まれる。クロスがおずおずと繰り出すフレーズをかわすように、フリップが細かいパッセージで這いずり回る。フリップの絶好調ぶりが伝わってくる。
中盤のブレイクの後、今度はフリップがストロークでリズムを刻み始め、これに乗ってベースが暴れ、じわじわと盛り上がっていく。そして再びバンド全体で突撃状態へ。ここでのクロスのヴァイオリン・ソロも光っている。

『USA』版の「アズベリー・パーク」は、このオリジナルの前半部分のみの短縮版で、クロスのキーボードの音をきれいに削り、代わりにベースを前面にフィーチャーしている。フリップと、ウェットンとブラッフォードの三人で暴走しているような感じだ。これはこれで良い。結局このオリジナルと『USA』ヴァージョンは、まったく別の曲という印象だ。そう思って聴くべきなのだろう。

次の「イージー・マネー」も『ライヴ・イン・アズベリー・パーク』が出るまで問題の曲だった。
初めにヴォーカル・パートがあって、その後、間奏に入る。ここで、フリップの素晴らしいソロが展開される。ところが『USA』版では、ソロがさらに続いていきそうなままフェイド・アウトされていたのだった。いったいこの先どんな風に続いていくのか。それがクリムゾン・ファンにとっての積年の関心事だった。

ところがこのオリジナル版を聴いて、われわれがちょっとした誤解をしていたことに気づく。「イージー・マネー」は、ふつうなら間奏の後に再びヴォーカル・パートに戻って終わる。ところが、この日は、後半のヴォーカル・パートがなかったのだ。だからわれわれが間奏と思って聴いていたのは、実質的には「イージー・マネー」に続くインプロヴィゼイションだったというわけだ。『ザ・ロード・トゥ・レッド』に収められた新ミックスでは、2曲に分けて曲目がカウントされている。
「イージー・マネー」を途中で切ったと思うと腹が立つが、インプロ曲をきりのいいところで絞ったと思えば多少許せるかも。

『USA』版の「イージー・マネー」のフェイド・アウトの後、オリジナル版ではさらに4分ほど演奏が続いている。それまでのゆるやかな雰囲気からテンポ・アップしていって、メラメラと、しかしクールに燃え上がるギターとベースのソロがなかなかよい。
しかし全体にクールでありながら緊張感に満ちたこの曲でのフリップのギターは、まさに神がかり的で、ほんとうに素晴らしい。

この曲も「アズベリー・パーク」と同様、『USA』の短縮ヴァージョンには濃縮された感じがある。やはり、あくまでもオリジナル版とは別の曲と考えるべきだろう。

この後、この時期のセット・リストの定番「フラクチャー」と「スターレス」の重量級の曲の2連発。いずれも濃密な演奏で、聴いているとかなり疲れる。

そして長い拍手の後、アンコールの「21世紀の…」。これは圧倒的な演奏だ。間奏部のクロスのソロも、他の三人から浮いていると言われればそうかもしれないが、私は伸びやかな感じで悪くないと思う。
しかしこの「21世紀の…」は、この日の演奏曲目の中で唯一『USA』に採用されなかった。採用されたのは、御承知のとおり翌々日のプロヴィデンス公演のテイク。どう違うのか聴き比べてみた。
なるほどプロヴィデンスのテイクの方が、間奏のフリップのギターが破天荒というか暴力的。それに間奏の時間もアズベリー・パーク公演より短めだったので、アルバムにはあちらのテイクを取ったのだろう。一応納得。でも、アズベリー・パークでのこの曲も、名演であることに変わりはない。

この日の公演の全体としては、やはり素晴らしい演奏だと思う。『USA』でさんざん聴き親しんできたということもあるかもしれないが。


■ 1974年6月29日 ペン州立大学公演

・『ザ・ロード・トゥ・レッド』ディスク17に収録。
・ライヴ・アルバム用に録音車で録音された音源。
・全9曲の内の3曲を、『ザ・グレート・ディシーヴァー』のCD2と3で聴ける。曲数としては3曲だが、演奏時間(30分30秒)としては、短かったこの日のコンサートの約半分にあたる。
『ザ・グレート・ディシーヴァー』に収録されているのは、「イージー・マネー」と2曲のインプロ曲すなわち「…イット・イズ・フォー・ユー・バット・ノット・フォー・アス」と「イズ・ゼア・ライフ・アウト・ゼア?」の計3曲。

『ザ・グレート・ディシーヴァー』に添付のフリップの日記によると、この日フリップは体調を崩していたという。前夜アズベリー・パークでの演奏の後、深夜にシーフード・バーで食べたクラム(二枚貝)によって軽い食中毒になっていたのだ。そのため、このペン州立大でのコンサートは、1時間7分で打ち切り。アンコールもなしだったので、観客とプロモーターを怒らせたという。

以下『ザ・グレート・ディシーヴァー』収録の3曲を聴いての感想。

「…イット・イズ・フォー・ユー・バット・ノット・フォー・アス」は、「イージー・マネー」の後半に当たるインプロ曲。この日も前日同様「イージー・マネー」のヴォーカル・パートは、前半部だけで後半部はなし。したがって通常なら間奏部のところから、インプロ曲に入っていく構成。
前日のアズベリー・パークでの「イージー・マネー」のときと同様テンポを落とした展開。しかし、フリップのギターには、前日のような鬼気迫る緊張感はない。そのかわりに、ストイックで、かつ繊細な表情があって、そこがなかなかよい。そのトーンがそのままクロスのヴァイオリン・ソロに引き継がれて静かに終わる。

「イズ・ゼア・ライフ・アウト・ゼア?」は、珍しくドラムスの連打から始まるインプロヴィゼイション。前半部は重心が低いヘヴィーな演奏。メンバー全員が一体となってグイグイ前進していく感じがいい。フリップの体調不良など全然感じさせない。無ビートの中間パートを挟み、再び激しいビートに乗って暴走を始める終盤の展開もよい。

全体としては、フリップの体調不良を全然感じさせない密度の濃い演奏だ。やっぱり、この3曲の前後の演奏も聴いてみたくなる。が、今のところそれは、ボックス『ザ・ロード・トク・レッド』でしか聴けないのだった。


■ 1974年6月30日 プロヴィデンス公演

・『ザ・ロード・トゥ・レッド』ディスク18、19に収録。
・ライヴ・アルバム用に録音車で録音された音源。
・全10曲が『ザ・グレート・ディシーヴァー』のCD1と2にコンプリート収録されている。

この日のインプロ曲「プロヴィデンス」が『レッド』に収録、アンコール「21世紀の…」が『USA』に収録された。

以下『ザ・グレート・ディシーヴァー』収録のプロヴィデンス公演を聴いての感想。

「太陽と戦慄パートⅡ」アズベリー・パークの演奏に勝るとも劣らない圧倒的な演奏。

続いていつものように静かに始まる「ラメント」だが、中盤からのフリップのストロークなど、尋常ではないテンションの高さを感じる。

「ア・ヴォイージ・トゥ・ザ・センター・オブ・ザ・コスモス」は、15分に及ぶ長いインプロヴィゼイションで、タイトルのとおりのドラマチックな展開だ。
不穏でヘヴィ-な前半部。暴れるベースとは対照的に、フリップのギターは歪んだ音色をサステインを効かせて長く引っ張っている。何か神がかったような感じだ。ブレイクして中盤は、ビートなしの緊迫感あふれるフリー演奏。クロスのヴァイオリンが活躍。やがてクロスとフリップによるメロトロンの嵐が吹き始める中を、リズム隊がハードにビートを刻んで突進、終盤に到る。

「イージー・マネー」。前日までと違って、間奏からそのままインプロへ突入するのではなく、再びヴォーカル・パートに戻って終わる通常のパターン。
ここでもフリップのギターが異常なほどハイ・テンションだ。ヴォーカル・パートのオブリガードなど、これまでに聴いたことがないほど異様だ。そして、間奏部分。ハーモニクス音から始まるギター・ソロは、神経がきりきりと引き絞られていくような緊迫感がある。そして後半のヴォーカル・パートの後、曲の最後の最後までギターが鳴り続けるラスト。まさに、レッド・ゾーンに踏み込んでしまったかのような印象。

「プロヴィデンス」は、終始ヴァイオリンを中心としたインプロヴィゼイション。ここでのクロスのプレイは素晴らしい。
この曲については、レコ・コレ誌(2013年11月号)『レッド』特集の全曲解説の該当ページを参照のこと。小山哲人の描写が、なかなかの見ものだ。
ヴァイオリンの不安気なソロから静かに始まり、アブストラクトなフリー状態へ。ヴァイオリンのピチカート音やメロトロンによるフルートの音なども交え、さまざまなフレーズが交錯し絡み合う緊迫した空間だ。
そして後半、ドラムスのビートに乗って、歪んだベースがデカい音で暴れ、歪んだギターが這い回る。 『レッド』収録のヴァージョンは、ここへヴァイオリンが絡んできた辺りで強引にフェイド・アウトされていた。オリジナル・ヴァージョンではその後、さらに2分ほど演奏が続いている。ワウを効かせたギターのストロークにのって、ヴァイオリンの激しいソロが展開、そこへドラムスも入って盛り上がり大団円を迎える。

「フラクチャー」は前にも書いたが、あまり好きな曲ではない。だがしかし、くねくねと折れ曲がったフレーズを辿る前半部ののち、たまりにたまったエネルギーを、後半で一気に吐き出すわけだが、ここでの暴走ぶりはさすがにすごいと思った。

「スターレス」。フリップが中盤ではリズムに微妙に乗り切れていない感じがあるし、終盤ではミスタッチがあったりする。気持が入り過ぎて、冷静さを失っているのでは。この日の日記で、フリップは「「スターレス」を裏切ってしまった」と記しているのはこのことかも知れない。

「21世紀の…」は、この日の演奏が『USA』に収録された。間奏の時間はアズベリー・パーク公演のテイクより若干短い。しかしフリップのソロも暴力的で、猛烈な演奏だ。間奏終盤のストロークで盛り上がっていくところも、異様なほどの爆発力がある。まさにバンドがレッド・ゾーンへ振り切れていくような印象。
『USA』版は、ヴァイオリンをエディ・ジョヴソンに差し替えたり、全体に音を整えているためか、衝撃力はオリジナル版の方が勝っているように感じる。

公演の全体としては、各々の曲でも書いたが、バンド、とくにフリップの演奏のテンションが異様に高い。まさにレッド・ゾーンに踏み込んだクリムゾンの姿がここにある。


■ 1974年7月1日 ニューヨーク、セントラル・パーク公演

・『ザ・ロード・トゥ・レッド』ディスク20に収録。
・サウンド・ボードではなく、オーディエンス録音のブートレグ音源。
・この音源は、<コレクターズ・キング・クリムゾン>シリーズの1枚として日本盤が発売されている。

この日の公演は、北米ツアー最終公演であると同時に、キング・クリムゾンの最後のライヴでもある。そのこととたぶん関係があると思われるが、この日は、ツアー終盤のセット・リストで、アンコールにやっていた「21世紀の…」を冒頭に持ってきている。そしていつも1曲目だった「太陽と戦慄パートⅡ」を「トーキング・ドラム」つきでラストにもってきた。

以下<コレクターズ・キング・クリムゾン>シリーズの『ライヴ・イン・セントラル・パーク』を聴いての主な感想。

「21世紀の…」は、前日もすごかったが、この日の演奏はさらにすごい。間奏では、フリップのギターが、よじれながらのた打ちまわる。後を受けたクロスのヴァイオリンも、同じようにのた打っている。まさに壮絶。コンサートの1曲めからこれでは聴衆はたまらない。

『TRTR』の曲目表では、「エグザイルズ」の前に「インプロ」があるが、これは「エグザイルズ」の長めのイントロといった程度の1分くらいの演奏。

インプロ曲「ケルベロス」は無ビートのフリー状態からスタート。東洋的な響きも聴こえる濃密な空間だ。
やがてベースのリフでビートが刻み始められる。ここでクロス
のメロトロンが嵐のように吹き荒れる。この嵐を縫うようにフリップのギターが轟音をあげ、やがて鋭角的で刺激的なストロークを繰り出す。クロスがヴァイオリンに持ち替えてギターと短く切り結んだ後、ようやく収束を迎える。ラスト・コンサートにふさわしい充実した内容だ。

「イージー・マネー」は、間奏から再びヴォーカル・パートに戻って終わる通常のパターン。
間奏は、クロスのメロトロンが終始緊張感を高め、それにのってウェットンのベースがかなり前面に出ている。フリップのギターは、いつもどおりのポキポキしたフレーズだが、前日の方が異常度は上だ。しかし間奏部終盤の全員が一丸となっての盛り上がり方はやはりすごい。

そして、曲間をおかずそのまま連続して「フラクチャー」へ。「フラクチャー」は、音質が悪いせいなのかもしれないが、やや大雑把な印象。そのため爆発力も弱め。

「スターレス」は、中盤からじわじわとゆっくりゆっくり盛り上がっていき、ついに爆発した後の終盤のフリップの暴走ぶりがすごい。こちらは、音質の悪さゆえに凶暴な印象を増した感じだ。

そしてアンコールに「トーキング・ドラム」と「太陽と戦慄パートⅡ」。前日までのセット・リストでは、アンコールは「21世紀の精神異常者」だった。また「トーキング・ドラム」は、しばらくセット・リストから、はずされていた。
しかしツアーの最終ステージを、この2曲で締めようとしたのには、フリップなりの思いが、おそらくあったはずだ。この2曲が、このメンバーで演奏するために作られたものであり、そしてこの日がこのエメンバーで演奏する最後の機会だったからなのではないか。
ここでの「太陽と戦慄パートⅡ」は、まさに力尽きたような演奏だ。しかし、最後の曲目としてこの曲を選んだフリップの胸中を考えながら聴いていると、何だかほろっとしてくるのだった。

この公演の後、ホテルに戻ったフリップは、次のように日記に記している。「ものすごいエネルギーの高まり。かなり強烈。演奏を楽しんだ。」


■ 最後の4日間のまとめ

クリムゾン最後の4日間の演奏は、まさにレッド・ゾーンに足を踏み入れたような様相を呈している。
そのピークは、6月30日のプロヴィデンス公演だと思う。まさに手に汗握る、スリリングな演奏だ。レッド・ゾーンで振り切れて、バランスを崩す寸前(部分的には崩れている)という感じを受ける。

翌日の最終日のセントラル・パークでの演奏は、屋外での演奏ということもあり、音源の音質も悪いせいか、壮絶度という点では、前日のプロヴィデンスでの演奏に、一歩を譲る印象だ。それにしても、この日の演奏が、録音車でライヴ・レコーディングされなかったのは、本当に惜しい。

結局、高密度でしかもバランスの取れた演奏という点から、アズベリー・パークの演奏が選ばれて、ライヴ・アルバム『USA』に収録されたのだと思う。しかし、一部手を加えられ編集された『USA』に比べると、その元となった音源は、より生々しい迫力を感じさせてくれるのは確かだ。

この時期の日記を見ると、フリップは疲労困憊しきっていたことがわかる。しかもメンバー間の人間関係も、ギクシャクしていた。しかし、そのような事情を越えて、バンドの演奏は限りない高みへと昇りつめていったわけなのだ。
それが可能だったのは、そうしたメンバー個々や相互の事情があったにせよ、少なくとも音楽への志(こころざし)というものを、彼らが共有していたからなのだと思う。良い演奏によって良い音楽を実現しようとするシリアスな志。言い換えれば、損得抜きのミュージシャンシップということでもある。
お金や名声を目差したバンドはたくさんある。プログレ界には、とくに多いかもしれない。そんな中、最後までシリアスに音楽を志したバンドとして、キング・クリムゾンは天然記念物とも言える。
そんな稀有なバンドの稀有な音楽に触れる喜びを、この4日間の音源はたっぷりと味あわせてくれたのだった。


〔『ザ・ロード・トゥ・レッド』関連記事4部作〕


2013年11月12日火曜日

6日間で辿る『レッド』への道(ザ・ロード・トゥ・レッド)


先日発売されたキング・クリムゾンのボックス・セットのタイトルは、『ザ・ロード・トゥ・レッド』。つまり、『レッド』への道。このボックスでは、74年北米ツアーから16公演の音源を収録し、アルバム『レッド』へと到る道を辿っている。
この内12公演については、既発の音源があり、ボックスを買わなくても聴くことができる。さらにその内の6公演については、とりあえず日本盤で入手可能だ(全曲収録でないものもあるのだが)。これなら私の手元にもそろっている。

ボックスを買うのはなかなかたいへんだ(コアなマニアなら平気なんだろうけど)。そこで、手元にあるこの6日間のステージの音源だけで、お手軽に『レッド』へと到る道を辿ってしまおう、というのが今回の趣旨である。
『ザ・ロード・トゥ・レッド』を買わない人も(そして買えない人も)、これらをじっくりと聴けば、「キング・クリムゾンの真実の姿」に迫れる…かも?


さてその6公演とは次のとおり。

<> 4月29日 ピッツバーグ公演 (『ザ・ロード・トゥ・レッド(以下TRTRと略)』ディスク2、3に収録)
1974年北米ツアー前半の中盤。ラジオ番組「キング・ビスケット・フラワー・アワー」用の録音が音源。

<> 6月24日 トロント公演 (『TRTR』ディスク11、12)
1974年北米ツアー終盤の「最高の瞬間」へと向かってバンドにスイッチが入った日。

<> 6月28日 アズベリー・パーク公演 (『TRTR』ディスク15、16)
バンドがレッド・ゾーンへと振り切れる怒涛の4日間の始まり。
ライヴ・アルバム『USA』の曲の大半はこの日の演奏。

<> 6月29日 ペン州立大学公演 (『TRTR』ディスク17)
フリップが体調を崩してアンコールなしだったが、それを感じさせない演奏。

<> 6月30日 プロヴィデンス公演 (『TRTR』ディスク18、19)
ツアー最後の屋内ステージ。この日のインプロ曲「プロヴィデンス」が『レッド』に収録、アンコール「21世紀の…」が『USA』に収録された。

<> 7月1日 ニューヨーク、セントラル・パーク公演 (『TRTR』ディスク20)
ツアー最終日。クリムゾン最後のライヴ。メンバーが、このツアーで最高と振り返る演奏。


<各公演についてのコメント>

■ 1974年4月29日 ピッツバーグ公演

・『ザ・ロード・トゥ・レッド』ディスク2、3に収録。
・ラジオ番組「キング・ビスケット・フラワー・アワー」用の録音が音源。
・ダウンロード版で入手可能。
・全15曲の内の11曲を『ザ・グレート・ディシーヴァー』のCD3で聴くことができる。ただし「太陽と戦慄パートⅡ」は、あっという間に終わる短縮版。割愛されているのは「ラメント」、「フラクチャー」、「イージー・マネー」とアンコールの「21世紀の…」の4曲。

この日のセット・リストはやたらと曲数が多い。ラジオ番組収録のための録音だから、番組の尺に合わせているのかもしれない。

以下『ザ・グレート・ディシーヴァー』収録の11曲を聴いての主な感想。

「ザ・グレート・ディシーヴァー」。当時のセット・リストでは、コンサートの幕開けが、この曲だった。開幕と同時にいきなり変拍子で目まぐるしく畳み掛けてくる。聴衆はいっきにクリムゾンの世界に連れていかれるにちがいない。
フリップは、ライヴでのこの曲の演奏は満足の出来るものではなかった、と語っている。しかし、この日の演奏はスタジオ版に勝るとも劣らない出来に聴こえる。

「バートリー・バッツフォード」。クリムゾンのメンバーたちは、ひとつのコンサートで、2曲のインプロヴィゼイションを演奏することをポリシーとしていた。この日の曲目には、この曲とは別に2曲のインプロ曲がある。だから、この曲は「インプロ」と標記されているけれども、次の「エグザイル」のためのほんのちょっとした前奏として聴くべきだろう。

インプロヴィゼイション「ダニエル・ダスト」は、ヴァイオリンを前面にフィーチャーした穏やかで牧歌的な曲。『暗黒の世界』の「トリオ」にかなり近い曲調だ。
ディスク1に収められた前日の公演でも、この位置のインプロ曲は同じような曲調であったらしい。次の「ナイト・ウォッチ」のイントロへ向けて収束していくことを前提にしているためだろう。

「ドクター・ダイアモンド」は、ブートレグでおなじみの曲だ。スタジオ盤には未収録のヴォーカル曲として、ずいぶんありがたがって聴いていたものだった。
しかし、これは何度聴いてもバランスの悪いヘンな曲だ。ヴァイオリンとギターの切れ味の悪いリフ、ウェットンの字あまりヴォーカル、テンポを落としてからの意味のない間奏などなど。フリップもこの曲について「一つの曲としてぴったりと納まることは決してなかった」と述懐している。
『ザ・グレート・ディシーヴァー』への収録は、一つの「記念」みたいなものだったのだろう。そういえば、今回のボックスでも、この曲が入っているのは唯一このディスク3のみだ。

「ウィルトン・カーペット」は、『暗黒の世界』の「ウィール・レット・ユー・ノウ」を思わせる不穏なトーンのインプロ曲。同じリズムが繰り返されて、まるで「ボレロ」のようにクレッシェンドしていく。その間、クロスのエレピとフリップのギターがくねくねと絡み合いながら濃密な空間を作り出す。これがかなりスリリングだ。
しかし、ついに「ウィール・レット…」のようには爆発しないままに終わる。「トーキング・ドラム」につながる設定だからだろう。つまり「トーキング・ドラム」の前のインプロは、「トーキング・ドラム」とセットというか一体のものとして聴くべきなのではないか。

コンサートの全体としては(といっても4曲は聴いていないのだが)、なかなか充実した演奏だと思う。
しかし、フリップ自身はこの日の演奏の出来について、まったく悲観的だ。フリップは、この日の日記に次のように書いている。「私の演奏は最低だった。くじけてしまい、誰とも話すことができなかった。」(『ザ・グレート・ディシーヴァー』のパンフレットに掲載)
なぜ彼がそう思ったのかはわからない。しかし、そのことよりもむしろ、いつも冷静な印象のフリップが、思わず見せた心の弱さの方がより興味深い。ああ、彼もやっぱりわれわれと同じような人間なんだなと安心させてくれる。今日の演奏も、なかなか良かったぜ。


■ 1974年6月24日 トロント公演

・『ザ・ロード・トゥ・レッド』ディスク11、12に収録。
・ライヴ・アルバム用に録音車で録音された音源。
・全11曲の内の4曲を、『ザ・グレート・ディシーヴァー』のCD4で聴ける。収録されているのは2曲のインプロヴィゼイションと「ナイト・ウォッチ」と「フラクチャー」。
・この公演のコンプリート音源は<キング・クリムゾン・コレクターズ・クラブ>からも出ているが、日本盤にはなっていないようだ。なので、私は持っていない。

今号のレコ・コレ誌(2013年11月号)『レッド』特集の坂本理の記事によると、この日がクリムゾンに「スイッチが入った」日ということになる。「スイッチ」とは、ツアー終盤のアズベリー・パークやセントラル・パークでの「最高の瞬間」に向って上昇を始める「スイッチ」ということだ。
その指摘の中で坂本が例として言及していた「イージー・マネー」と「21世紀の…」の2曲が、よりによって『ザ・グレート・ディシーヴァー』の4曲では聴けないのは何とも残念。たまたま私はこの日のブートも持っているのだが、それも全曲収録ではなくて、やっぱりこの2曲が入っていない。無念。

以下それでもめげずに『ザ・グレート・ディシーヴァー』収録の4曲を聴いての主な感想。

「ゴールデン・ウォールナット」は、坂本の記事の中でも言及されていたインプロ曲。いきなりハイテンションのインタープレイが聴ける。まさに爆発的な演奏。フリップのギターが、ときには痙攣的によじれ、ときには伸びやかに、自由自在に宙を舞う。クロスのエレピはその陰で、まったく存在感がない。
後半は一転して「ウィール・レット・ユー・ノウ」を思わせるスカスカの展開に。しかし各人の繰り出す断片的な音の応酬が、爆発しそうでしない異様な緊張感を作り出している。

「フラクチャー」は、ここでの演奏がとくにどうということではなく、もともと私は好きではない曲。ディシプリン期のような曲調で、曲そのものに魅力を感じない。

もうひとつのインプロ曲「クルーレス・アンド・スライトリー・スラック」(「スターレス・アンド・バイブル・ブラック」の駄ジャレ?)は、終始クロスのヴァイオリンを中心にしている点で異色の曲。
前半はほとんどクロスのソロ。ヴァイオリンが静かに空間をつむいでいく。不穏な空気が流れ始めると、ヴァイオリンが、ベースやパーカッションと細かいフレーズを応酬して、それなりにドラマチックに展開。
後半は重いビートにのって、不協和音のヴァイオリンが不気味に舞う。そしてくるくると舞い降りるフレーズで幕。デヴィッド・クロスもがんばっている。何もクビにしなくても…。

全体の印象としては、緊張感があってよい演奏だと思う。
しかし、はっきり言ってこの4曲だけでは、上昇に向い始める「スイッチ」がバンドに入ったかどうかは、私にはわからない。ブートレグで、11曲中の9曲を聴いてもやっぱりわからない。この日の前後の公演と比較してないのだから当然か。


残りの4公演については、次回に続く。

2013年11月9日土曜日

炒めスパの基本  しょう油味炒めスパゲッティのレシピ


いろいろな炒めスパゲティを作ってきた。炒めスパゲティとは、本格的なパスタとは違って、極太の麺を茹でてからフライパンで炒めて作るスパゲッティのこと。昔、喫茶店で食べた懐かしい味であり、カロリーたっぷりのジャンク・フード系の旨さがポイントだ。

以前も書いたけれども、いわゆるジャンク・フードの旨さの真髄とは、何といっても炭水化物と油と焦げたしょう油風味の三位一体だと思う。
以前これを踏まえた「和風炒めスパゲッティ」のレシピを紹介した。これは、しょう油味をベースにして、塩昆布、ゆかり、干しエビなどちょっと個性的な和風食材をアクセントに加え、さらにバターを加えバターしょう油風味に仕上げてゴージャス感(?)をねらったものだった。

今回はあらためて原点に返って、シンプルなしょう油味の炒めスパゲッティを作ってみた。
しかしいくらシンプルとはいっても、茹でたスパゲッティを炒めて、しょう油で味を付けただけでは、当然物足りない(これで満足する人もいるのかもしれないが)。あっさりし過ぎで、味が単調になってしまう。もっと旨みとコクがほしい。
私のレシピでは、いつも大量の野菜を炒め合わせるので、野菜から出る旨みは加わっている。しかしさらにもっと旨みが欲しいし、コクも足りない。

いろいろ試してみた結果、最終的に次の三つのものを加えることで、求めていた味を一応実現することができた。その三つとは、①だし粉、②マヨネーズ、③麺の茹で汁だ。
だし粉は旨み、マヨネーズはコクをアップさせてくれる。茹で汁は、具材や調味料を乳化させて全体をマイルドにまとめてくれるのだ。
だし粉とは焼そば風のスパゲッティを作るときに使ったものだ。スーパーで「天然だしパック」というのを売っている。これは、カツオ、サバ、イワシ、昆布などの粉末をパックに入れたもので、本来はティーバックのようにしてだしをとる。このパックから中身を取り出し、だし粉としてふりかけて使うのである。旨みがぐっと増して重宝している。

なおこのレシピは、いろいろなアレンジの炒めスパゲッティを考えているときに思いついたものだ。いずれ紹介していくつもりだが、たとえば豆腐とか大根おろしを和えた炒めスパゲッティを考えていた。そういう和えもの系のスパゲッティの場合、和えるものに付けた味だけで、本体のスパゲッティを食べようとするとどうもうまくいかないのだった。

やはりスパゲッティには、スパゲッティ本体として、ちゃんと味をつけておいた方が良いことがわかった。スパゲッティ本体だけで食べても、おいしく食べられるような味。そこで、考えたのが今回のレシピだ。
シンプルなしょう油味だから、いろいろな食材を和えたり乗せたりしても、うまく調和するはずだ。もちろん今回紹介しているように、それだけで食べても十分美味しい。その意味で「基本の」と頭につけたわけなのだ。
この基本のスパゲッティに、何を取り合わせるか。今私の頭の中で、とんでもない思い付きがぐるぐると飛び交っている。そちらは、いずれ御紹介しよう。


■■ 基本のしょう油味炒めスパゲッティのレシピ ■■

〔材料〕(1~2人前)

スパゲッティ 250g
*2.2ミリのものが絶対におすすめだ。デュラムセモリナに加えて強力粉が配合されており、モチモチ感がある。炒めスパゲッティには最適だ。
スーパーでは手に入りにくいので、私は通販で取り寄せている。

[具材]

・魚肉ソーセージ 1本
*豚肉や普通のソーセージやハムなど何でもよいが、ここはジャンクの王道ということで魚肉ソーセージを。安いしね。

・ニンニク 1片

・野菜  合計約300グラム
*何でもよい。定番ならタマネギ、ピーマン、ニンジン、キノコ、キャベツなど。

[調味料等]

・サラダ・オイル  大さじ1
・塩・コショウ  適宜
・しょう油 適宜
・マヨネーズ 適宜
・だし粉  約10グラム
*富士宮焼そばのトッピングとして有名。イワシの削り節の粉末のこと。でも入手困難。
スーパーでカツオ、サバ、イワシ、昆布などの粉末を入れた「天然だしパック」というのをみつけたので、ここではパックからこの中身を出して使っている。
・麺の茹で汁 50~100cc

<トッピング>

・白ゴマ、刻みノリなど  適宜


〔作り方〕

1 具材を切る。野菜と魚肉ソーセージは適当な大きさ、ニンニクは千切りか、みじん切りにする。

2 お湯を沸かして麺を茹でる。
*茹でるお湯は麺の10倍とされている。なので、ここでは、2500ccのお湯で茹でる。
*茹で時間は2.2ミリの麺の場合、麺を入れてから13分。製品によってはもっと長い時間を指定しているものもあるが、経験によるとそれらも13分で十分だ。

3 麺を茹で始めたら、フライパンを火にかけあたためてから、サラダ・オイル大さじ1を入れて具材を炒める。

4 茹で上がりの時間が近づいたら(1~2分前)、フライパンに、塩、コショウ、だし粉、マヨネーズ、麺の茹で汁を加えて具材とよく混ぜる。

5 茹で上がった麺をザルに取り、フライパンに投入。しょう油を加えて、麺と具材を混ぜ合わせながら強火で2~3分よく炒める。
最後に味を確認して必要があれば調整する。

6 お皿に盛って、白ゴマ等をふりかけて完成。


2013年11月2日土曜日

キング・クリムゾン『ザ・ロード・トゥ・レッド』の攻略法


ロバート・フリップが、クリムゾンのファンにまたまた爆弾を落とした。『ザ・ロード・トゥ・レッド』のことだ。みんな無事かな。私も吹き飛ばされて一時気を失ったけれど、今は何とか意識を取り戻したところだ。
『ザ・ロード・トゥ・レッド』とは、キング・クリムゾンのアルバム『レッド』の40周年記念として今回発売されたボックス・セットだ。『レッド』関連音源を集めたディスク24枚組という壮大な内容。これで値段は30000円。
今号の『レコード・コレクターズ』誌(2013年11月号)は、この発売に合わせた『レッド』特集だ。この特集で、ボックス・セットの内容の詳細を知ることができた。


<これは『USA』のコンプリート・レコーディングだ>

24枚のディスクの内CD20枚は『レッド』制作に到る1974年の北米ツアーのライヴ音源を収めたものだ。20枚のライヴ音源、しかも74年のものばかり、と聴けばクリムゾン・ファンなら、頭がクラクラするはずだ。まさに魅力的な爆弾。…まあ値段も「爆弾」だけど。
この爆発の衝撃でいったん意識を失ったわけだが、あらためてじっくりと『レコ・コレ』誌のページをめくってみる。

この20枚のCDに収められているのは、全部で16公演。いずれも1974年の北米ツアーからのものだ。ここで、ちょっと不思議に感じたのは、この年の北米ツアーの前に行われたヨーロッパ・ツアーからの音源が入っていないこと。
1974年の3月に、アルバム『暗黒の世界』をリリースしたクリムゾンは、これと同時にヨーロッパ・ツアーを開始。3月19日から4月2日にかけて13公演を行っている。
その後4月11日から5月5日までが第1期の北米ツアーで、17公演。この後少し間を置いて6月4日から7月1日までが第2期の北米ツアーで、21公演を行った。よく働く人たちだなあ。
ツアー終了後、アルバム『レッド』の制作に入り、これがこの年の11月にリリースされた。そして、これと同時にクリムゾンは解散したのだった。

このボックスに収められているのは、第1期北米ツアーからの2公演と、第2期北米ツアーからの14公演だ。文字通り「ザ・ロード・トゥ・レッド」つまり『レッド』への道、ということであれば、前作『暗黒の世界』以後、『レッド』制作までの間のライヴ音源のすべてが対象となるはずだろう。ところが、ヨーロッパ・ツアーの音源は、まったく採用されていないのだ。録音された音源が、ないわけではない。マインツやハイデルベルクやカッセル公演など<キング・クリムゾン・コレクターズ・クラブ>のシリーズに入っているものもけっこうある。
どうしてヨーロッパ・ツアーの音源は入れなかったのか。ここでひらめいた。北米公演のみということはつまり、このボックスは「ロード・トゥ・レッド」であると同時に、『USA』コンプリート・レコーディングズということなのだ。たぶん。

よし、ここでひとつ予言しよう。
新生クリムゾンの結成から『太陽と戦慄』の録音に到るまでの1972年のライヴ音源は、昨年『太陽と戦慄 ザ・コンプリート・レコーディングズ』としてボックス化された。そして今回『暗黒の世界』から『レッド』に到るまでのライヴ音源の内、後半の北米ツアーの音源が『ザ・ロード・トゥ・レッド』としてボックス化されたわけだ。
となると残るは1973年の『太陽と戦慄』以降、『暗黒の世界』をはさんで、その後の1974年初めのヨーロッパ・ツアーまでのライヴ音源だ。これがやがてボックス化されるに違いない。タイトルは、もちろん『暗黒の世界 ザ・コンプリート・レコーディングズ』。
『暗黒の世界』は、実質的にこの時期のライヴ音源集だから、この前後のライヴ音源の集成は大いに意義があるはずだ。ただしこの間の彼らの公演数は相当な数にのぼる。したがって、このボックスは、かつてない巨大なものになるだろう。以上が私の予言。


<箱がファンに求めていること>

今号の『レコード・コレクターズ』誌の『レッド』特集のボックス紹介記事(「『レッド40thアニバーサリー・ボックス』徹底解説」)で、筆者の坂本理は、ライヴ音源を収録したCDについて、次のように語っている。
「何よりこの20枚を聴き切ること。これこそ、このボックス・セットの求めていることであり、それによって鮮明に浮かび上がってくるキング・クリムゾンの真の姿を読み取ることにこそ意味がある。」
坂本はさらに次のようにこの文章をしめくくっている。
「時系列で日々の演奏を音と日記で辿るということは、キング・クリムゾンをまるごと追体験することだ。(中略)…バンドが急速に成長し、途轍もない高みに登り詰めていった時間をつぶさに検証する。(中略)ファンにとってこれ以上の至福はない。」

何ともストイックな態度である。まるで修行のような言い方だ。まさに求道的なクリムゾン・ファンの姿がここにある。私だっていっぱしのクリムゾン・ファンのつもりだから、やはりそんな「至福」を味わいたい。
しかし、この「求道」を極めるためには、この3万円のボックスを買う必要がある。ストイックであるためには、まずお金が必要なのか。
何とか買わないで済む方法はないものか…。


<箱の攻略法>

あらかじめお断りしておくが、この文章はこのボックス・セットのカスタマー・レヴューではない。このボックスを買った人のレヴューを期待している人は、どうかよそでご覧下さい。

『ザ・ロード・トゥ・レッド』に収録されている16公演のデータを見てみた。するとこれまで未発表だった音源が意外に少ないことに気づいた。初公開音源は4公演のみ。ヒューストン(6月5日)、エル・パソ(6月8日)、デンヴァー(6月16日)、グランド・ラピッズ(6月23日)の4公演だ。
これらの公演は、内容をちょっと見ただけで、なるほどこれまで未発表だった理由が何となくわかる。曲の一部が欠落していたりして、いわゆる「キズモノ」というか「ワケあり」の音源なのだ。
たとえばエル・パソ公演では「スターレス」の真ん中部分が欠落していて、曲の初めと終わりだけの収録。さらにデンヴァー公演にいたっては、「トーキング・ドラム」の途中に会場の電源トラブルのせいで録音はぶっつり中断、そのままコンサートも中止になっているのだ。このあとに「太陽と戦慄パートⅡ」が来るはずだったのにね。

この4公演以外の12公演については、その音源がすでに世に出ているということになる。『レコ・コレ』誌の特集の「1974年の全公演スケジュール」の表を見ると、残る12公演のうち11公演の音源については、DGMのホーム・ページからダウンロードで購入可能とのこと。どういうわけか配信されていないトロント公演は、DGMの通信販売アイテム<キング・クリムゾン・コレクターズ・クラブ>シリーズの1枚として入手可能だ。

それらを入手していれば、今回のボックスのライヴ音源については、四分の三はカヴァーできることになる。これくらい聴ければ十分のような気もするが…。
しかしじつは私はダウンロードも海外通販もやらない(本当は出来ない)人なのである。何しろ今時珍しい旧式人類なもので…。
そこでさらに入手が容易な国内盤で、どこまでこのボックスの内容に迫れるか調べてみたのだ。

74年のライヴ音源と言えば、まず4枚組のボックス『ザ・グレート・ディシーヴァー』だ。そして、DGMの通販アイテム<キング・クリムゾン・コレクターズ・クラブ>の日本版である<コレクターズ・キング・クリムゾン>シリーズの内にも何枚かある。
これらで聴くことができる『ザ・ロード・トゥ・レッド』収録音源は以下のとおり。

・4月29日 ピッツバーグ公演(今回のボックスのディスク2、3に収録)
全15曲の内の11曲を『ザ・グレート・ディシーヴァー』のCD3で聴くことができる。

・6月24日 トロント公演(ディスク11、12)
全11曲の内の4曲を、『ザ・グレート・ディシーヴァー』のCD4で聴ける。
この公演の音源は<キング・クリムゾン・コレクターズ・クラブ>からも出ているが、日本盤にはなっていないようだ。

・6月28日 アズベリー・パーク公演(ディスク15、16)
<コレクターズ・キング・クリムゾン>シリーズとして日本盤が発売されている。

・6月29日 ペン州立大学公演(ディスク17)
9曲の内の3曲(演奏時間にするとコンサートの半分にあたる)を、『ザ・グレート・ディシーヴァー』のCD2と3で聴ける。

・6月30日 プロヴィデンス公演(ディスク18、19)
全10曲が『ザ・グレート・ディシーヴァー』のCD1と2にコンプリート収録されている。

・7月1日 ニューヨーク、セントラル・パーク公演(ディスク20)
<コレクターズ・キング・クリムゾン>シリーズとして日本盤が発売されている。

以上のとおり日本盤アイテムで一応ボックスの16公演の内、6公演の音は聴くことができる。コンプリート収録でないものもあるが、ざっと見てボックスの三分の一くらいがこれでカヴァーできるのではないだろうか。
三分の一ではあるが、これらの音源の中に、このツアーのハイライト、坂本理が言うところのこのバンドが「途轍もない高み」に登り詰めた瞬間が含まれている。その瞬間とは、6月28日のアズベリー・パーク、6月30日のプロヴィデンス、そしてツアー最終日7月1日のニューヨーク、セントラル・パーク公演だ。これらを、いずれもコンプリートで聴くことができる。
ちなみにこの間に挟まれた6月29日のペン州立大学公演は、3曲のみしか聴けないが、この日は日記によるとフリップが体調をひどく崩していたとのことなので、一部しか聴けなくてもあきらめがつく。

というわけでこれらの手持ちの音源に、あらためてじっくりと耳を傾けてみようと思う。
これだけでは、坂本のようにクリムゾンの急速な成長を検証し「まるごと追体験すること」はできないかもしれない。しかし坂本の言う「キング・クリムゾンの真の姿を読み取ること」は、不可能ではないと思っている。「ファンとしての至福」のかけらを手に入れられんことを…

各コンサートについての感想は、また別項で書く予定。