2012年2月29日水曜日

エリック・クラプトンのアルバム5選

私がロック少年だった1970年代の初め頃を思い出してみると、当時のエリック・クラプトンがまさかこんなに長い間活躍し、大物になるなんて想像もできないことだった。
ギタリストとして一世を風靡していたクリームが、1968年に解散してからの活動がぱっとしなかったからだ。
クリーム解散後、ブラインド・フェイス、ソロ・アルバム、そしてデレク・アンド・ドミノスとして出したアルバムが、クリーム時代のような熱い演奏を期待する者には、どれも今ひとつだった。そしてそのうちにドラッグでリタイア。ちょうどあのころはクラプトンのそんな時期だったのである。
当時の思い入れはいろいろあるのだが、今現在のクラプトンはずいぶん遠い人になってしまった。はっきり言って、昔のクラプトンとは別人である。

2005年にロンドンとニューヨークで、クリームの再結成コンサートが開かれた。一説には、クラプトン以外のメンバーであるジャック・ブルースとジンジャー・ベイカーの経済的困窮を救うために行われたとも聞く。そういう先入観があるせいか、映像で見ると、歳をとって衰えたジャック・ブルースと、渋くはあるが元気一杯ではつらつとしたクラプトンとの対比があまりにもくっきりとしている。
このときのクラプトンのプレイは、なかなか見ものだった。手堅いのは当然としても、奏法が千変万化して、三人で演奏していることは同じなのに昔よりもかなり多彩な音の世界を作り出していて見事だった。
しかし、そこに昔のようなドキドキするインタープレイのスリルがないのも事実。やっぱり昔のアルバムを聴いていれば十分だな。

というわけでクラプトンのアルバム・ベスト5を選んでみることにした。

【エリック・クラプトンのアルバム・ベスト5<オモテ編>

『カラフル・クリーム』(クリーム)
『スーパー・ジャイアンツ』(ブラインド・フェイス)
『いとしのレイラ』(デレク・アンド・ザ・ドミノス)
461 オーシャン・ブールヴァード』
『アンプラグド』

まあこんなもんでしょうね、誰が選んでも。そこが選んでいて何とも面白くない。そこでもうひとひねりして、ごくごく私的なもうひとつのベスト5を選んでみた。

【エリック・クラプトンのアルバム・ベスト5<ウラ編>

『ブルースブレイカーズ・ウィズ・エリック・クラプトン』(ジョン・メイオールズ・ブルースブレイカーズ)
『ホイールズ・オブ・ファイア(クリームの素晴らしき世界)』(クリーム)
『ライヴ・クリーム VOL.2』(クリーム)
『ライブ・アット・ザ・フィルモア』(デレク・アンド・ザ・ドミノス)
『レインボー・コンサート』

 何だかどれも脛(すね)に傷を持っているようなアルバムばかりだな。以下はそれぞれについてのコメント。<オモテ編>は誰もが認める名盤なので、あえてひとこと悪口を書いてみる。

【クラプトンのオモテ・ベスト5 コメント】

『カラフル・クリーム』(クリーム)
 サイケデリック再評価で、いつの間にかクリームの最高傑作と言われるようになっていた。ジャック・ブルースの曲がどれも魅力なし。演奏とソング・ライティングでクラプトンが光る。

『スーパー・ジャイアンツ』(ブラインド・フェイス)
メンバーが豪華なのにひどく地味な内容。曲数が少ないうえに駄曲多し。フォーク風味が味わい深い。

『いとしのレイラ』(デレク・アンド・ザ・ドミノス)
発表当初は酷評されたのに今は名盤。前半のラブ・ソングがたるい。クラプトンのギターが丸い。

461 オーシャン・ブールヴァード』
 クラプトンのゴリゴリのギターを聴きたくて買ったのだったが……、無惨に轟沈。当時の私は全然レイド・バックしていなかったので。ヤケクソで「アイ・ショット・ザ・シェリフ」は繰返し聴いた。

『アンプラグド』
高品質AORアルバム。オシャレ過ぎで聴いているのが気恥ずかしい。でもやはり「ティアーズ・イン・ヘブン」はしみる。

【クラプトンのウラ・ベスト5 コメント】

『ブルースブレイカーズ・ウィズ・エリック・クラプトン』(ジョン・メイオールズ・ブルースブレイカーズ)
クラプトンのというより、ブリティッシュ・ブルースの名盤。
クラプトンが独自のギター奏法を確立したアルバム。今彼のやっているブルースはぐっとマイルドだけど、この頃のクラプトンの演奏はやる気満々で鋭角的でガッツがあった。

『ホイールズ・オブ・ファイア(クリームの素晴らしき世界)』(クリーム)
すっとクリームの最高傑作と言われてきたが、最近は『カラフル・クリーム』にその座を奪われてしまった。がんばれ。
曲のできは、でこぼこ。ライヴ盤のB面「トレインタイム」とその後のジンジャー・ベイカーのドラムソロなんて勢いのみの迷演だ。
しかし、クラプトンの「クロスロード」は掛け値なしの名演。何度聴いても4分間の魔法だ。

『ライヴ・クリーム VOL.2』(クリーム)
クリーム解散後に出たアルバム。なので「余りもの」の寄せ集め?と思われがちで世間的な印象は薄い。しかし、ファンにはうれしい有名曲がいっぱいのライヴ・アルバム。
クリームのライヴはメンバー三人の演奏がどんどんばらばらに分解していって、曲としての形がよくわからなくなる感がある。しかしこのアルバムの大半の曲は、一体感のあるグループとしての魅力にあふれた演奏だ。
しかし、5曲目「サンシャイン・オブ・ユア・ラブ」の終盤で助走を始めたクラプトンは、最後のブルース曲「ステッピン・アウト」でついに爆発。13分半のこの曲の最初から最後まで延々と弾きまくる。たぶんクラプトンの生涯の名演の一つに数えられるだろう。そして、この曲がクリームの最後の作品となったのだった。悲しい。

『ライブ・アット・ザ・フィルモア』(デレク・アンド・ザ・ドミノス)
ドミノスのライヴ・アルバムだ。先に出た『イン・コンサート』の拡大盤。ビートを細かく刻むソウル・ファンク的な展開が印象的。

『レインボー・コンサート』
ピート・タウンゼンド、スティーヴ・ウィンウッド、ロン・ウッド、ジム・キャパルディといったブリティッシュ・ロックのスターたちがバックをつとめる。彼らが、麻薬のためにリタイアしていたクラプトンの復帰を支援するために開いたコンサートのライヴ。
豪華メンバーのわりに当のクラプトンが不調で、世間的にはあまり評判のよくないアルバムだ。だが、私は好きですね。
寄せ集めメンバーゆえのルーズでゆるい演奏には、ブリティッシュ風味がある。それがクラプトンの(不調のせいの?)哀愁あふれる歌と演奏とにぴったりマッチしていると思う。「プレゼンス・オブ・ザ・ロード」は泣ける。

次点『ノー・リーズン・トゥ・クライ』
AOR歌手と化したソロ時代のクラプトンにはもう何の興味もない。このアルバムの次の『スローハンド』以降のソロ・アルバムはみんな処分した。
このアルバムを捨てなかったのは、ひとえにザ・バンドとディランが参加しているから。クラプトンというよりは、ディラン/ザ・バンドのアルバムとして聴いている。

2012年2月28日火曜日

「つけ麺 坊主」訪問 「極辛麻婆らーめん」を食べる

久しぶりに「つけ麺 坊主」を訪問。もう何度も書いたけれど、「つけ麺 坊主」は私の大好きな水戸の激辛ラーメンのお店だ。数えてみると前回訪問からまたまた一ヵ月以上も経っている。3ヶ月に2回くらいのペースということになるか。ちょっとさびしい。

今日はラッキーなことが二つあった。
一つは、月曜日なのにこのお店が開いていたこと。一応「不定休」ということになっているのだが、月曜日に休みのことが多い。だから半ばあきらめながら向かったのだが、近づいていくと、あの開店を示す店頭ののぼりがはためいているのが見えて、ついうれしくて足が速くなってしまう。われながら大人気(おとなげ)ないなあ。

平日の11時半に入店。先客一人。
食券販売機と向き合う。ざっと見ていくと、何と「極辛麻婆らーめん」のボタンのランプが点灯している。つまりアベイラブルということだ。
このメニューは期間限定らしく、今までタイミングが悪くてどうしても食べられなかった。店内にはこのメニューの貼紙がずっと貼ってあるし、券売機にはボタンがそのまま設けてある。見るたびそれがほんのちょっと恨めしかった。そう今日のもう一つのラッキーは、このメニューが頼めたことだ。
おずおずとそのボタンを押す。そして、もちろんいつものように「白めし」と「ビール」のボタンも忘れずに押す。
カウンターで中ビンのアサヒ・スーパードライをゴクゴクと飲みながら(そうしないとラーメンが出てくるまでに飲み終わらないのだ)製作中の様子を眺める。何やらいろいろ掬いながら鍋に入れ火にかけている。ご主人の段取りを見ていると、期待がどんどん膨らんでくる。わくわくするなあ。

待つことしばし、やがてカウンターの天板にどんぶりが置かれる。お初にお目にかかります。どんぶりの上にトッピングが盛り上がって山をなしていて、なかなか素晴らしい景色だ。
 トッピングはもやしと豚バラと麻婆豆腐。その上に多めに魚粉が振りかけてあって、どんぶりのふちには海苔が一片。スープの赤い表面に、麻婆のあんが流れ込んでつくる赤い濃淡の取り合わせが心をときめかせる。スープの量もたっぷりで、トッピングの小山を崩すと、「海面」が上昇してどんぶりからこぼれてしまいそう。
「海面」上昇を心配しながら慎重に小山を上からそおっと崩しながら食べ始める。あれあれ、今までこの店ではお目にかかったことのない、メンマとニラがもやしの間にあるぞ。
そして、「海面」を低下させるため、ときどきスープをレンゲですくってはふうふうしながら飲む。いつもながら表面の脂が熱い、けどふわっと旨い。そしてそのつど「白めし」を一口ずつ食べる。今度は、麻婆豆腐をはしで二つにして、口に運びふうふうしながら食べる

内容的には、この店の定番「麻婆辣」と「特製らーめん」を合体させた感じだ。この店のメニュー構成は「つけめん系」と「らーめん系」に別れている。そして、それぞれの系列に、この店の売りである麻婆豆腐トッピングのものと、もやしバラ肉トッピングのものとがあるのだ。
たとえば「つけめん系」には、「つけめん」(辛さランキング5位、麻婆のせ、デフォルト・メニュー)と「特製つけめん」(辛さ2位、もやしのせ)がある。これを合体したものが「特製麻婆つけめん」で、これが堂々の辛さランキング第1位の座を占めている。
「らーめん系」でこれに対応しているのが、「麻婆辣」(辛さ4位、麻婆のせ)と「特製らーめん」(辛さ3位、もやしのせ)ということになるのだが、これを合体した、「つけめん系」でいうと「特製麻婆つけめん」にあたるものが、どういうわけかないのである。
今回の「極辛麻婆らーめん」は、「麻婆辣」と「特製らーめん」を合体させ、しかもさらに辛さをアップさせたと思われる「らーめん系」の最高峰メニューということになる。私にとっては大変うれしくも完璧なメニューなのだ。それにしても、このネーミングはなかなかすごいね。私はもはや何も感じないが、初心者はひくかも。

ハウハフと麺を食べ、ハフハフと具材を食べ、レンゲでスープを飲み、そのつどご飯を一口食べる。いつものようにこの作業の回転がだんだんと加速していき、しだいに私は無我と陶酔の境地に突入していく。
そのうち汗と鼻水がとめどなく流れ出してくる。汗は顔面から、頭皮から、首筋から噴き出す。鼻水はあとから後から湧き出してくる。一口、二口、おはしを使っては、ハンカチで汗をぬぐい、ティッシュで鼻をかむ。とにかく忙しい。しかしそうしないと顔を伝った汗が顎からカウンターに滴り落ち、鼻水はどんぶりの中にたれ落ちてしまう。

やがていつの間にか、どんぶりとご飯の茶碗が空になり、私はこちらの世界に戻ってきた。完食。気がつくとそこには汗まみれで、鼻がぐしょぐしょになった私がいた。体内の不浄な物質がすべてきれいに排出されたようなすっきりした気分だ。
汗と鼻水が落ち着いたところで、私はコートを抱えたまま、寒空の下に出て行った。珍しく今回は、この辛さがジャブのように胃に効いてきた。
でもまたすぐに来たくなるんだよよなあ

<関連記事>
「つけ麺 坊主」訪問 「極辛」月間 第一回戦

2012年2月26日日曜日

ローリング・ストーンズのベスト・アルバム5選

今回は私の好きなローリング・ストーンズのアルバム・ベスト5のお話。

1970年前後からロックを聴いてきたロック・オヤジたち(私を含む)にとっては、ビートルズと、ストーンズと、ボブ・ディランの三組はとにかく別格の存在である。つまり、嫌いな人はいないということ。あるいは嫌いかもしれないが、その気持ちは表には出さないで、いちおう奉(たてまつ)っておく。
その上で、ハード・ロックがどうの、プログレがどうの、南部がどうのと言っているわけだ。もしかして違う人もいるかな?
だから聴いている守備範囲の違う人とでも、この別格大物三組の話題を出せば、たいていは話が通じて共通点を見出すことができる。
ただし、注意しなければならないのは、この年配のオヤジの中に少なからずいるストーンズのコアなファン、すなわちストーンズ・フリークの人たちである。この方たちは、他人の話に耳を貸さないばかりか、自分と違う意見をけっして許容しないので、深入りしないにこしたことはない。

去年の12月にローリング・ストーンズの『サム・ガールズ(女たち)』のデラックス・エディションが出た。内容はアルバム本編+ボーナス・ディスクの2枚組。たまたま通りかかったタワーレコードでは、かなり大々的にキャンペーンをやっていた。
前回書いたように、最近ではピンク・フロイドのデラックス・エディションのシリーズにも心を動かされたのだったが、ストーンズのこれにもちょっとそそられた。けれど、結局がまんして、買わなかったけど。
ちなみに私は『サム・ガールズ』も、ピンク・フロイドもすべて通常盤では所有している。ここで言っているのは、それに加えて、さらに買うか買わないかという話。
その前に出たストーンズの『エグザイル・オン・メインストリート(メイン・ストリートのならず者)』のデラックス・エディションは、とにかく何をおいても買った。通常盤はすでに2枚持っていたのだったが…(さいわいボーナス・ディスクはかなり良かった)。
しかし『サム・ガールズ』に対しては、そこまでの気持ちにはならなかったわけだ。悪くないアルバムだが、そんなに思い入れがあるわけでもない。「ひいき」の度合いが違うということだ。
というわけで、私はストーンズのどのアルバムが好きなのか、自分のストーンズ・アルバム・ベスト5を選んでみることにした。

まず結果は以下のとおり。
① 『ベガーズ・バンケット』
② 『スティッキー・フィンガーズ』
③ 『エグザイル・オン・メインストリート』
④ 『ラブ・ユー・ライヴ』
⑤ 『レディース&ジェントルマン』(DVD) 
次点(同順で)
⑥ 『ブラック・アンド・ブルー』
〃 『サム・ガールズ』

⑤はアルバムではなくて映画だからちょっと反則だけど、単なる記録映像ではなく、彼らが作品として作ったものだから、まあアルバムに準じるものということで。72年のライブはCDになっていないし。

これは厳密に言うと好きな順番に並べたのではなく、好きな盤5枚を発表年代順に並べたわけだったのだが、結果的には好きな順ということにしてもいいかな。
なんとなくわかると思うけれど、私はミック・テイラー在籍時の米国南部サウンド志向の時期のストーンズが好きなのだ。そういうファンはたくさんいると思う。というかたぶんそれがストーンズ・ファンの多数派なのでは?
最近のアルバム『ア・ビガー・バン』も良かったけれど、「昔の音に戻った」と言って評価するなら、昔の音そのものを聞いたほうがよいのでは?
以下ベスト5について一言コメント。

① 『ベガーズ・バンケット』
 とにかく渋いアルバムだ。
 初期の「サティスファクション」も「黒く塗れ」もたしかに良かった。けれどもそんな初期ストーンズは前作で終わり、まさにこのアルバムとシングル「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」からストーンズの黄金時代が始まったのだ。
音作りはシンプルで、アコースティックな音が耳に残る。その分、米国南部を志向する彼らの骨太な骨格がごつごつと見える。
 今はトイレ・ジャケットが標準仕様になって、以前の文字だけのジャケットがレアになってしまった。だが、あれにはあれで長い間眺めてきて愛着がある。なので、私は以前のデザインの紙ジャケ盤を大事に保有している。

② 『スティッキー・フィンガーズ』
 私が、リアルタイムで買った最初のストーンズのアルバムで思い出深い。高校1年生のいたいけない少年は、このアルバムでストーンズに完全にヤラれたのだった。
 「…ヒア・ミー・ノッキン」とか「ムーンライト・マイル」とか、変な曲があったり、何となくバランスの悪いアルバムだが、そこもまたストーンズらしいと思えてしまう。でもそもそもストーンズにバランスのいいアルバムなどあったか。

③ 『エグザイル・オン・メインストリート』
 ジャケも中身も混沌としていて、どろどろしたエネルギーに満ちたアルバム。今はストーンズの最高傑作なんていう人もいるが、出た当時の評価はあまりよくなかったと思う。
出た時は不評だったのに、その後「最高傑作」と言われるようになった2枚組3大アルバムというのを思いついた。ストーンズのこれと、ビートルズの『ホワイト・アルバム』、そしてクラプトンの『レイラ』。
それにしてもこのアルバムは、もともとLP二枚組だった。それが現行紙ジャケのようにCD1枚で、インナー・スリーブの片方が、ペラの紙というのでは、あまりにも寂しい。二枚組仕様の紙ジャケを出してくれないかな、即、買うけど。

④ 『ラブ・ユー・ライヴ』
上記『エグザイル・オン…』の次に、さらに期待を高まらせたわれわれに届けられたのが、あの『ゴート・ヘッド・スープ(山羊の頭のスープ)』だったのだ。私はがっくりし、しばらくストーンズから離れてしまう。
そんな私を再び引き戻したのが、このライブ・アルバムだ。
ちょうどこの頃からロック批評のイディオムとして「グルーブ」という言葉が使われるようになった記憶がある。このアルバムは、まさに濃いグルーブ感覚が大きくうねりながら持続していた。
ブルースとロックンロールをカヴァーしたLPのC面エル・モカンボ・サイドも、シンプルでルーズなパワーが素晴らしい。

⑤ 『レディース&ジェントルマン』(DVD) 
ストーンズのライブの絶頂期は、1972年の米国ツアーだろう。
残念ながらこのときのライブ録音はCDになっていない。しかし、約40年後、やっとこのツアーの映像(テキサス2daysから編集)がDVD化された。
暗いステージの上で、体を異様にくねらせながら歌うミック・ジャガー。妖しく強烈なオーラを放出し続けるその姿には、時代をねじ伏せる圧倒的な存在感がある。
その一方、直立不動のままギターからブライトで流麗なフレーズを繰り出すミック・テイラーもまた印象的だ。
ニッキー・ホプキンスのピアノと二人のホーンセクションをサポート・メンバーに加えたぶ厚い音の米国南部サウンドは、今聴いても完璧。

次点 『ブラック・アンド・ブルー』&『サム・ガールズ』
いったん離れたストーンズに『ラブ・ユー・ライヴ』で、再び回帰した頃聴いたアルバム。やっぱり全体のバランスは多少へんてこだが、どちらもそれなりによい内容だ。ずいぶん聴いた。
時流にあわせて方向を変えながらも自分たちの世界を展開していくこの人たちのしぶとさはすごい。


〔関連記事〕
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2012年2月22日水曜日

EL&Pのライブ盤とグループの評価

  ずいぶん久しぶりに新譜のCDを買った。
エマーソン、レイク&パーマー(以下EL&P)の『Live At The Mar Y Sol Festival』(輸入盤)だ。

ずっと買わないでいたのは、第一にお金がないせいもあるが、そもそもほんとうに欲しいと思わせるブツがなかったためだ。強いて言うなら、例のピンク・フロイドのデラックス・エディションのシリーズ(「狂気」、「炎」、「ウォール」と続いている)には、ちょっと心を動かされた。けど、かなり高いしね。

それで、今回EL&Pを買ったわけだが、先日NHK大河ドラマの「タルカス」について書いたこととは全然関係ない。
このアルバムは、昨年末に発売されたらしい。別に大河ドラマとは関係なしに…、輸入盤だから関係ないのは当然か。

アルバムの内容は、1972年4月にプエルトリコで開催された国際音楽祭に出演した時のライブ演奏を収録したもの。72年の演奏ということで聴きたくなった。
ジャケットはプエルトリコのイメージからトロピカルでチープ。内容を知らないで、これだけ見たらちょっと購買意欲は萎える。
このプエルトリコでのロック・フェスは、『海と太陽の祭典』という邦題で当時ライブ盤も出たが、私の記憶では同時代的にはたいして話題にならなかったと思う。
ユー・チューブで、このフェスのムービー・クリップという映像を観た。フェス周辺の様子をとらえたもの。降り注ぐ陽光、波の打ち寄せる砂浜、水着か、ジーンズに上半身裸の若者たち。能天気な「裸天国」だ。

このときのEL&Pの演奏はじつに素晴らしい。こんな場違いな状況下で、自分たちの世界を堂々と展開している。
しかし、ダークな世界観の「タルカス」や、内省的でセンシティブな「テイク・ア・ペブル(石を取れ)」(「ラッキー・マン」とピアノ・インプロヴィゼーションを間に挟んでいる)を演奏する彼らの姿は、陽光の下の「裸天国」とはまったくのミスマッチで、相当シュールな光景が目に浮かぶ。こんな踊れない、さらには体を揺らすこともできない音楽を、裸の人たちはどんなふうにして聴いていたんだろう。

1972年のこの頃が、たぶん彼らの絶頂期のではないだろうか。
デビュー時のセカンド・ギグである1970年のワイト等のライブはまだ生硬な感じがある。1974、75年の3枚組ライブ『レディース&ジェントルマン』で聴ける演奏は、かなりこなれ過ぎの感もある。

ラプエルトリコ・フェスの演奏には欠点もないではない。グレッグ・レイクの三味線ベース、カール・パーマーの軽音ドラム。「ロンド」でのドラム・ソロも蛇足だ。
しかし、そんな三人が絡み合い一体となってたたみかけてくるスリリングな音が、はつらつとしていて素晴らしい。
それとアコースティック・ピアノから、アコースティック・ギター、そしてまたアコースティック・ピアノへと展開していく「テイク・ア・ペブル」の瑞々しさも沁みる。

ここで話は少し変わるけれど、EL&Pの世間的な評価は、下落の一途を辿っているように思える。かつてその一つに数えられていた「プログレ5大バンド」に、今もちゃんと入れてもらえているのだろうか?(笑)
評価下落の原因もなんとなくわかる。ひとつは、その過剰なエンターテイナーぶり。そしてこれと表裏だが、思想性のないことだ。「思想性」というと大げさだが、ようするに表現したいことがないのだ。
原因のもう一つは、才能の枯渇を露呈したぶざまなグループの終焉ぶりである。『ワークス・ボリューム1』、『同2』、『ラブ・ビーチ』、『イン・コンサート』と人々を次々にがっかりさせながら、グループは分解していって幕を閉じたのだった。しかも、あろうことか、懲りずに再結成までしたというのだから…。

しかし、先日書いた『「情けない」ロックバンド』には、私はEL&Pを入れなかった。イエスやジェネシスといった「プログレ5大バンド」の中のお仲間を入れたにもかかわらず。
それは、EL&Pが、他の人たちのようにお金に走らず、あくまでミュージシャンシップに殉じたように見えるからだ。
グループの末期、アルバム『ワークス』の音を再現するために、多額の費用をものともせずオーケストラを帯同して行ったツアー。グループは、このツアー途中でかさむ費用のため経済的に破綻し、多額の借金を背負うことになる。ツアー後半は、オーケストラなしでスケジュールをこなし、借金の回収をはかることになる。
オーケストラの帯同を、ミュージシャンの(というかキース・エマーソンの)エゴと言うなかれ。金儲けしたければ、そもそも最初からそんなことはしない。
 だから私には彼らが、ミュージシャンシップに殉じたように見えるのだ。ただしことわっておくと、この末期のEL&Pは、音楽的には全然ダメです。演奏以前に曲がどれもつまらない。表現したいことがもう何もなくなってしまったのだろうね。
 またファーと・アルバム聴こうっと。

2012年2月15日水曜日

奈良の冬の旅

奈良へ行くのは、じつに二十数年ぶり。今回は奈良公園周辺と西の京を巡った。
以前に訪れたことのある場所も、今回再度訪ねてみると前回の仔細をほとんど忘れてしまっていて(情けないけれど)、あらためて新鮮な思いで観ることが出来た。

奈良には,何かのんびりとした空気がある。同じ「古都」でも、都会の京都とはその辺が違う。畑がそこここに見える西の京はもとより、町の中心に近い奈良公園周辺にも、ひなびていてのどかな感じがあった。

今回の奈良で印象に残ったものランキング

その1 興福寺の阿修羅像……「人気者」はやっぱり不思議な魅力を放っていた。

その2 東大寺の大仏……やっぱりそのすごい大きさにびっくり。大仏殿の前の回廊に囲まれた空間の壮大なスケール感もすごい。

その3 お水取りの松明を担ぐ人(東大寺ミュージアムの映像で)……火の粉を浴びながら重い松明を舞台に運ぶ人たち。下で歓声を挙げる観客と対照的に、その姿が黙々としていて、つい引き込まれてしまった。

その4 仏像たちの姿……たくさんの仏像を見た。興福寺の国宝館、東大寺ミュージアム、奈良国立博物館、薬師寺、唐招提寺。仏像のことは何もわからないが、この世のものではない姿がどれも印象的。

その5 近くに鹿のいる風景(奈良公園)……非日常的な光景には、神聖さと同時に癒しも感じる。

その6 薬師寺の伽藍の彩色……創建当時を再現したという麗々しさ、きらびやかさが刺激的

その7 唐招提寺の裏手の風情……埋め込まれた瓦が見える独特の築地塀の連なる風情と鑑真御廟の周辺の静かな佇まい。

その8 奈良墨の製造の工程 (西ノ京「がんこ一徹長屋」の映像で)……気の遠くなるような手間と段取り、大変な労力と熟練の技に唸らされた。

その9 奈良ホテルの風格(今回の宿泊先)……歴史を感じさせる雰囲気があり、大きな池に挟まれ緑豊かな周囲の環境も含めてゆったりとした空間だった。

その10 春日大社の石灯籠……ものすごくいっぱいあって迫力

寒かったけれど、思い出深い旅だった。
お世話になった奈良のO御夫妻。いろいろとお気遣い、おもてなし大変ありがとうございました。

2012年2月10日金曜日

私は温泉が嫌いだ  偏屈日記その2

みんな温泉が好きだ。温泉に行ってゆっくりしたいなと言えば、みんながそうだねとうなずく。
ブームというにはもうずいぶん長いこと、温泉ブームが続いている。定番の温泉から山間の秘湯まで、毎日毎日ラジオやテレビで温泉の情報が流れない日はない。みんな温泉に行って疲れた心と体を癒したいのだろう。温泉の時代である。

こんな時代の風潮の中で、ものすごく言いにくいけど、じつは私は温泉が嫌いです。
世間の人に知られないように、人にはなるべく言わないようにして生きてきた。しかし、ついうっかりはずみで口にしてしまうこともある。すると、またまた周囲から白い眼で見られ、変人扱いされることになる。

近場の温泉で、泊りがけの宴会があったりする。そういう場合、私はいつも温泉には入らないまま帰ることになる。お酒を飲んでお風呂に入ると体に良くないから(これは本当らしい)などと言ってごまかしながら。

でも本当は、もともと風呂が嫌いなのだ。嫌いというより、まず、とにかく面倒。服を脱いで、体を濡らし、その体を拭いて、また服を着る。これが面倒。……あきれてますね。
そして、あの湯ぶねにつかっている時間が、何とも退屈というか、手持ち無沙汰というか、何をしたらいいのかわからないというか、とにかく時間をもてあましてしまう。皆さんそういうときどうしているのでしょう。そんなこと感じないんでしょうね、風呂好きの方は。……そうとうあきれてますね。
ただ唯一例外があって、家族で旅行したとき、風呂上りのあのビールが飲みたいばっかりに、自らすすんで風呂に入る、ということはまあある。
というようなわけで、私は風呂が嫌いなのだ。

それでも不潔になるから仕方なく日常的には風呂に入っている。私の場合は、朝風呂。仕事をしている頃から一年を通じていつも朝風呂だ。この頃のような厳寒の時期も、もちろん朝に入っている。その分早く起きているが、一日を始める段取りの一部になっている。
ちなみに北大路魯山人も朝風呂派で、その後「湯から出れば間髪を入れずビールの小壜を数本痛飲する」のだそうだ(「小生のあけくれ」1959年)。なんとうらやましいこと。
当然、朝風呂については、家族からエネルギーの無駄だからやめろと言われている。たしかにその通りです、スミマセン。
しかし、夜、さああとは寝るだけ、というくつろいだ時間に、この面倒臭いことをするのはいやなのだ。すぐ布団に入って安らかに眠ってしまいたい。

というわけで風呂は、入らなくてよいなら入らないで済ませたい。だから風呂に入るために、入ることを目的として、どこかに出かけていくなんてことは、私にはとても考えられないのでした。
これは私だけなのでしょうか。そうかもしれない。でも、今、一人暮らしの若い人には、バスタブに湯をはってつかることをせず、シャワーだけで入浴を済ます人が増えているという。こういう人たちには、私の気持ちがわかってもらえるのではないかな。

ともかく温泉が大好きな皆さん、世の中の人全員が、あなたと同じように温泉が好きなわけではないのです。世の中には、あなたと違う感じ方の人もいるのです。そんな人もどうか許容してあげてくださいね。

2012年2月9日木曜日

私は犬が嫌いだ  偏屈日記その1

以前、初めてのスーパーに立ち寄った時のこと。店内を歩いていたら、何かお酒のつまみによさそうなものが目に入ったので、うまそうだなと手に取った。そしたら連れに「それ、犬の食べ物だよ」と言われた。よく見るとそこはペットフードのコーナー。恥ずかしかった。
スーパーのペットフード売り場が、いつの間にか充実している。散歩していると、犬を連れて歩いている人を頻繁に見かける。うちの近所には、こんな田舎なのに畑のまん中に犬のトリミングとトレーニングをするお店があったりする。
間違いなくペットブームらしい。犬は家族の一員となり、ペットのためのホテルとか、あるいはお墓まであるという。
飼い主たちは、ペットによって癒しを与えられ、孤独を慰められている。ペットの時代である。

こんな時代の風潮の中で、ものすごく言いにくいけど、じつは私は犬が嫌いです。
世間の人に知られないように、人にはなるべく言わないようにして生きてきた。しかし、ついうっかりはずみで口にしてしまうこともある。すると、一瞬の間(ま)の後、「えっ」と驚かれ、とたんに白い眼で見られ、変人扱いされることになる。
癒しの時代の犬嫌いは、禁煙の時代の喫煙者よりも、もうちょっとさらに分が悪い、というのが私の実感。

私は幼児の頃、一度、犬に追い回されて、咬まれこそしなかったが心底怖い思いをした。たぶんそれがトラウマになっているのだと思う。
いまだに少し大きな犬を見ると怖いと感じる。なるべく離れて行き過ぎることにしている。飼い主は、うちの犬に限って絶対に人に咬みついたりしないと思っている。実際にそのとおりかもしれない。が、第三者である私には、それが猛犬に見えてしまうのである。

そういうトラウマがあるから、怖いだけでなく、犬は嫌いだ。こちらが嫌いだと思っていると、向こうにもそれがわかるらしく、よく吠えられる。
ここから少し偏屈なこと書くけど、犬が吠えかかるのは人間に対して失礼だと思う(半分冗談ですよ)。
たとえば庭で遊んでいる幼児がいて、通りがかりの見ず知らずの人に、「ばかたれ」とか「向こうへ行け」とか声を挙げたとする。いくら子供のしたこととはいえ、失礼だし言われた方はいい気持ちはしないでしょ。
犬だから、動物だから、吠えかけるのはしょうがない、ということになっている。けれど、不愉快になるのは同じだ、少なくとも私には。どうか、吠える犬は人の目に触れない奥のほうに押し込んでおいて欲しい(それでは、番犬にならないか)。
それにしても、本当に犬嫌いの人って私以外にいないのでしょうか。
 
まあ冗談(半分)はこれくらいにして、ともかく愛犬家の皆さん、世の中の人全員が、あなたと同じようにあなたの犬を可愛いと思っているわけではありません。世の中には、あなたと違う感じ方の人もいるのです。そんな人もどうか許容してあげてくださいね。

2012年2月8日水曜日

「一汁無菜」 シンプルなメニューが旨い

 私は単品メニューの食事が好きだ。
 もりそばとか、うどんとか、あるいはご飯と何か一品、つまり「一汁一菜」である。そのかわり、それをある程度の量は食べたい。こういう食べ方は、栄養学的には、当然良くないとされている。たしか一日に30品目の食品を摂りなさいとも聞く。
こんな私に対し、うちの奥さんはいろいろのおかずが、ちょこちょことたくさんある食事を好む。たとえば、セット・メニューとか、幕の内的なものとか、懐石料理風のものである。
ときどき奥さんと外食するときに、彼女に付き合って私もそういうメニューを食べることはある。しかし美味しくても、どうしても多少の不満が残る。
並んでいる中で特に美味しい一品を、もっと食べたいのに食べられない物足りなさがまずある。そして、いろいろなものが目の前に並んでいるが故の気ぜわしさ(これはもちろん私の心の中の問題)。さらに、ひとつずつじっくり味わいたいのに、お互いの味が邪魔しあってしまう感じ。ちょっと大げさかな。まあ、わかる人にはわかるし、わからない人にはわからないだろうな。

こういう食事の嗜好は、私の個人的なものなのだろうか。それとも、男性に特有で一般的なものなのだろうか。サラリーマン諸氏には、毎日毎日、お昼にもりそばだけ食べている人がかなりたくさんいるよね。私もその一人だったけど。
ところが女性に関しては、うちの奥さんと同様の「少量他品目」メニュー派の人にしか私は出会ったことがない。これも女性特有の一般的傾向なのだろうか。そういえば、「レディース・ランチ」と銘打ったものには、そんなメニューが多かったかもしれない。

アメリカの作家ウィリアム・サローヤンの小説「パパ・ユーア クレイジー」の中に私と同じようなことを言う登場人物が出てくる。
これは十歳の男の子「僕」と小説家である「僕の父」との二人の生活を、会話を中心に描いた作品だ。「僕の母」は、離婚したのか別居しているのか、一緒には住んでいない。
それまで母と住んでいた「僕」が、今度は父と暮らし始めることになる。最初の食事のときのこと、「僕の父」が自分の作った料理をテーブルに運び、二人は向き合ってそこに座った。それがどういうメニューだったかはもう覚えていない。が料理は一品だけだった。
「僕の父」が自分は単品の料理を量多く食べるのが好きなのだと「僕」に語る。けれど、おまえのママは、いろいろなものを少しずつ食べるのが好きだった、とも。
「僕の父」と「僕の母」との微妙な生活感覚の違いが浮かび上がり、別居するに至るさまざまな事情がぼんやりと暗示されるエピソードだ。
が、それはそれとして、私は単純にこの「父」の食事の好みに共感を覚えたのだ。ああこの人も私と同じだと。ちなみにうちの夫婦の場合は、互いの食事の嗜好性の違いを乗り越えて(?)、夫婦仲は良いほうです。

私も年をとってきたせいか、最近このような単品嗜好というか「一汁一菜」好きがさらに高じてきた。
ひところ「ご飯のお供(友)」というのが流行った。「食べるラー油」ブームの余波だったかもしれない。
「ご飯のお供」として名前が挙がるのは、たとえば、海苔、納豆、明太子、生卵、ふりかけ、漬物、たらこ、梅干し、佃煮、いくら、塩辛などなど。どれも、かなりそそられる。
ご飯と味噌汁と、この中からどれかひと品があれば、ご飯1.5合、お茶碗で4杯くらいは、美味しく食べられそうだ。
ただし、「ご飯のお供」は、いずれか一種類でなければならない。二種以上を取り合わせると、お互いに邪魔しあってよろしくない。
海苔でも納豆でも明太子でもふりかけでも、とにかく一種類のものでご飯4杯。そうすれば、そのものの旨さを味わい尽くしたという満足感を得ることができる。大事なのは満腹感ではなく、この満足感。満腹感も大事だが、私にとってはこの精神的な満足感が食事にはあって欲しい。

ところで「一汁一菜」は、正確に言うと白飯と味噌汁とおかず(惣菜)一品と漬物の四種をセットにして食べることだ。通常、漬物は数に含めないため主食以外が「一汁一菜」ということになる。
「ご飯のお供」として、名を挙げた品々も、この伝でいけば、ちゃんとしたおかずの数には含まれそうもないものばかりだ。これらのどれか一品だけでご飯を食べると、「一汁無菜」ということになる。

今、一人暮らしをしている義理の父がいる。
ご飯だけは自分で炊くが、料理はほとんどしない。昔の人なので洋風のもの、たとえば肉やソースやマヨネーズやドレッシングは口にしない。それでもインスタントの味噌汁と佃煮や漬物のようなもので、きちんと三食、食事をしている。ときどき、好きな刺身を買ってきて食べることはあるらしい。まさに、「一汁一菜」の日常である。
当然周りのものは偏食による栄養不足を心配するのだがが、当人は平気で、たいした病気もせず元気に暮らしている。
その義理の父が、しみじみ言うのだ。栄養のバランスがどうの、ビタミンがどうのと言うけれど、結局、人間は自分の好きなものを「美味しいなあ」と思って食べてさえいれば大丈夫なんだよ、と。

『レコーディング・ダイエット』の岡田斗司夫の説も思い出す。レコーディング・ダイエット法により、最終の段階に達すると、自分の体が今どの栄養素を必要としているかわかるようになるという。
ストレスの解消や惰性の食習慣から自由になって、すなおに体の声を聞き、その時々に求めている栄養を、食事で摂ればよいのだ。それが一番美味しいと感じるし、栄養の過不足はなくなって太ることもないということだ。

私の好きな単品の食事や「一汁無菜」は、美味しいものを、たくさん食べるということだ。それが美味しければ、あとは何もいらない。栄養的には「バランスが取れた食事」とはは言えないだろう。しかし、そういう食事をすると、おなかも満足するが、何より心が満足する。これって、結局大きくみれば体にも良いことなのではないか。

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2012年2月7日火曜日

原発はいらない

今現在、日本国内で稼動している原子力発電所が3基のみとなった。全部で五十数基ある日本の原発のうち、たった3基しか動いていないのだ。
他は定期検査などにより停止して、そのまま休止している。現在稼動している3基も、今年の4月末までに停止を迎える予定とのこと。そうなれば、国内のすべての原発が停止することになる。
そのため電力供給が綱渡り状態で、電力会社の間で融通し合ったり、使用者に節電を呼びかけているらしい。

しかし、別段、計画停電をしている話までは聞かない。
電力使用の少ない時期ならともかく、このところ厳寒の日々が続いていて、今は電力使用の冬のピーク時期にあたるはずだ。それでも何とかなっているわけだ。
ということはつまり、普通に考えたら、日本は原発なしでも何とかやっていけるということではないのか。

今まで言われてきた「日本の電力供給はかなりの割合で原子力発電に依存しているから、どうしても原発なしでは立ち行かない」というのは、つまり大ウソではないですか。
もうちょっと節電の工夫をし、省エネ技術の開発を進め、その一方で他エネルギーによる発電や自然エネルギー発電にシフトすれば、電力の安定供給は十分可能に思える。

昨年の福島第一原発の事故で、故郷喪失とか避難とか大変な被害を受けた。当時発表されなかった政府の「最悪のシナリオ」を聞くと本当にぞっとする。そしてまだ事故は終わっていない(ドジョウさんは「終息」したと言ったけど)。不安はまだまだ続いている。
もうみんなこりごりしているものと思っていたら、一方で日本経済のためには当面は原子力発電に頼らざるを得ない、などという言い草がまかり通っていて驚く。まったく、こりない人たちだなあ。
安全と経済は、どっちを優先するかではなく、全然次元の違う話でしょう。まず安全があっての経済じゃないの。家が火事になって足元で火が燃えているのに、明日の朝飯は何にしようと考えているようなもの。
原発は即停止して廃止。これを前提にした上で、じゃあどうやって電力を確保しようかという話ではないのか。冒頭に書いたように、とりあえず何もしなくても、何とか電力がまかなえているのは本当に幸いだ。

にもかかわらず、再稼動だの、原発の寿命は40年だの、20年の延長もありえるだの、政府は相変わらず原発路線から転換しようとはしない。

事故を起こした東電福島第一原発の立地している大熊町双葉町に対するバッシングが激しい。
さんざん交付金をもらっていい思いをしてきたくせに、事故で周囲の自治体には迷惑をかけ、しかも国や東電のせいにしている、というような言われ方だ。そう言いたくなる気持ちはよくわかる。
先日の国会事故調査委員会で、双葉町長は「批判されているように原発の交付金で確かに町は潤った。いろいろ整備もした。しかし、今はそれらをすべて失ってしまったのだ」というようなことを言っていた。でもやっぱり、これは泣き言にしか聴こえない。
原発推進派だったはずの町民たちも、東電や国を責めている。絶対「安全」と言っていたのに、ということらしい。
しかし、「安全」なものを設置しただけで、あんなに莫大な金がもらえるはずがない。そんなに「安全」ならそもそも、東京電力の管外ではなく(柏崎刈羽原発もそう)、東京や首都圏に設置しているはず。
ちょっと考えれば、判りそうなものだけど、それが判らなくなってしまったのは金に目がくらんだからだろう。町の財政収入の半分近くが、原発関連のお金(電源立地交付金や固定資産税など)だったという。これも普通に考えれば、かなり異常。

しかしまあそれも今だから言えること。電力会社や国が「安全」と言うのだから信じたくもなる。
だが今回の事故で、原発が絶対安全ではないということがよくわかった。だから、これから再稼動を許可した自治体は、事が起これば被害者だとはもう言えない。

福島の事故後いち早く再稼動を認めた自治体は、玄海原発が立地する九州の玄海町だった。その後、ストレス・テストの導入など国の側のごたごたがあって、結局、再稼動は中止になった。
しかし、よくこの町は再稼動を許可したなと思っていた。そうしたら、その後の報道で、この町の町長の弟の経営する土建屋が、九州電力から56億円もの工事を受注していたとの事。やっぱりね、と思った。これって、限りなくワイロに近い金のやり取りではないの。
全国の原発立地自治体の皆さん、くれぐれも目先のお金で故郷を売らないでくださいね。

私はもともと原発が嫌いだった。事故も心配だけれど、それより何より、運転すると放射性廃棄物ができてしまうのがいやだ。これを無害化することは今の技術では出来ないのだ。
最終的な処理方法は、「地層処分」といって、ガラスで固めて地中深く埋めることだという。
現在のところ反対があったりして、この「処分」は行われに至っていないのだが、次々に増えていく核廃棄物が、埋められるのを待っている状態だという。
こんなのその場しのぎではないですか。地震や事故で、地中で放射能が漏れ出したらどうするのだろう。以前ラジオで、タレントを使いこの「地層処分」の安全性をPRする番組をやっていたが、福島原発の事故後ぱったりやらなくなった。

本来なら、使用済み核燃料を無害化する方法が確立しなければ、原発は実用化してはいけなかったのだ。それを、見切り発車してしまったのが、今の原発だ。
原発は地球を汚す。さかんに言われているCO2によるオゾン層の破壊も問題だが、同様に原発の放射性廃棄物による地球の汚染も大問題だ。自分の子供やその子供たちのために、きれいな地球を残したい。だから原発はいらない。

2012年2月4日土曜日

玉子麺を研究中

節分には豆を撒かないでしまった。去年までずっと続けてきたのだったが、何となくしそびれて…。少し寂しい気もする。
その代わりにうちの奥さんが買ってきたいわしの丸干しを食べた。懐かしい味がした。

さて相変わらず毎日ラーメンを食べている。
私の大好きな水戸のお店「つけ麺 坊主」の味を目差して略式で作っているのだが、そのレシピは以前このブログに書いた。
使う麺はずっとスーパーで生緬を買ってきていた。しかし、このところは自分で麺を打っている。
また、スープは以前どおり激辛なのだが、「坊主」とはちょっと違う方向に行ってみた。別に飽きたわけではないけど、麺も変わったのでちょっと違う味を狙ってのこと。

麺は「かん水」の代わりに玉子を使う玉子麺だ。しかし、まだまだ未完成。材料の配合は試行錯誤中で、麺の切り方は練習中。
「かん水」はラーメンの麺に特有の添加物で、麺に伸びと滑らかさをだす。ラーメンの麺独特の黄色い色はこの「かん水」の色だ。この「かん水」の代わりに、つなぎに玉子を使っているわけだ。

ちなみに試行錯誤中の最新の配合は、小麦粉の中力粉400グラム、塩10グラム、これに玉子2個と水をあわせて200ccにしたものを加えて混ぜる。
面倒なのでこの作業は、ホーム・ベーカリー(「ゴパン」です)の機能を使っている。でも結局は足で踏むので、ここでこねる必要はなく、手で混ぜても十分。
これを丸くまとめてビニールの袋(お米の空き袋を使っている)に入れ足で踏む。平らに伸ばしては折り畳み、また平らに伸ばしては畳むということを5回ほど繰り返す。
そして、これを1,2時間放置して熟成させる。

その後、麺棒で薄く延ばして包丁で細く切ることになる。これがかなり難しい。
まずなかなか思うように薄くならない。あまり力任せに麺棒を押し付けると、生地の組成上よくないらしいので、根気よく延ばす。しかしどうしても厚さ2ミリくらいまでしか薄くできない。
さらにそれを折り畳み、こま板を当ててそば包丁で切るのだが、うまく細くそろって切れない。
麺は茹でると生の状態よりかなり太くなるので、茹で上がりはラーメンというよりうどんに近いもの、というかほとんどうどんそのものになってしまう。もともと材料の配合からいっても、うどんとあまり変わらないわけだし。

今後、生地の伸びをよくして薄くするために、水分の量を増やすなり、中力粉の一部を薄力粉に置き換える方向で工夫する予定。その場合、つながりが弱くなってぶつぶつ切れるようなら、玉子を増やす必要があるだろう。
それで、今のところうどんのような麺なのだが、これはこれなりに美味しく食べている。

スープのほうは、以前紹介した「坊主」風レシピでは、動物系のスープとして鶏ガラスープ(顆粒)と白湯豚骨スープ(顆粒)を使っていた。これを今は試みに味覇(ウェイパー)を使ってみている。麺がかなり太いので、こってりした感じにしたかったのだ。
味覇(ウェイパー)は、知る人ぞ知る(?)高級中華スープの素。成分は鶏骨・豚骨スープがベースだからこれまでと基本的に変わらないのだが、かなりコクがでている感じ。さすが「高級」(値段がけっこう高い)だからか。
これはこれまでの顆粒のスープより塩分が少ないので、その分を補うためもあってオイスターソースを少し入れたら、さらに美味しくなった。

〔追記〕その後、かん水を使った本格的な麺を自分で作れるようになった。興味のある方はご参照を。「ラーメンの手打ち麺のレシピ

2012年2月3日金曜日

自民党のこと消費税のこと

自民党って本当にどうしようもない政党だ。
このところやっていることといったら、相手の足を引っ張ったり、重箱の隅をつついたりするだけ。まったく見苦しい。政策について論議したり、対案を提示したりなんてことは全然しない。
民主党が消費税のことでマニフェストを破ろうが破るまいが、それはよそ様の家のことなんだから、あんたらが口突っ込む筋合いではないでしょ。
谷垣さんは、早期解散・総選挙を求めているけれど、そんなことになったら、自民党に勝ち目があると本当に思っているのか。今の自民党に票を投じる人がいるとは、とても思われない。民主党とともに自民党も討ち死にするのは目に見えている。
それとも私のような政界シロウトには想像もつかない勝算というか目算があるのだろうか。

だいたい今現在顕在化してきた国政上のいろいろの問題は、そもそも長く続いた自民党の失政が招いたものだ。
借金まみれの財政体質。補助金と公共事業中心のバラまきを際限なく続けてきたから、こんなことになんたんじゃないですか。
そして社会保障の破綻。こうなることは目に見えていたのに、対策をずるずると先送りしてきたばかりか、年金をつまらない運用(保養施設など)に使ってドブに捨ててきた。
それから原発を国策としてバリバリ推進してきたこともそう。
また農業政策でも「減反」などという愚策を行ってきた。そうした手厚すぎる保護政策によって、日本の農業を、TPPに加盟したらたちまち壊滅してしまいそうなひ弱なものにしてしまった。
そして、沖縄問題でも表面化しているけど、とにかくべったりのアメリカ追随の姿勢。

振り返ってみると自民党の人たちは、国政そっちのけで覇権争いに明け暮れ、利権を奪い合い、私腹を肥やすことに汲々としてきたとしか見えない。国の行く末のことなどちゃんと考えていた人はいたのか。
現在『週刊 池上彰と学ぶ日本の総理』というシリーズが小学館から刊行されている。吉田茂、田中角栄、池田勇人と一冊に一人ずつ取り上げている。
このシリーズの新聞広告を見ると、「名総理」とか「日本のリーダー」みたいな(うろ覚えだから正確ではない)、要するに「偉人」としてのキャッチ・コピーをつけている。これに、非常に違和感を持った。死ねばみんな「立派な人」になっちゃうわけ。田中角栄なんか犯罪人ではないですか。
現状という結果がすべてを示している。この人たちがだめだったから、日本が今のようなひどい状況になったと言うしかないでしょう。
日本をだめにしたのは自民党だ。しかし、本当に悪いのは、そんな自民党を長年支持し続けてきたわれわれ日本の国民なのだ。だから被害者面(づら)は許されない。

でもさすがにみんな自民党のだめさに気づき、嫌気がさして民主党に投票したわけだった。
私も期待しました。とくに財政の無駄を、ばっさりと切り捨ててくれるものと思っていた。そうすれば、税金は上げなくてもすむと高らかにうたってもいた。
それがねえ、ご覧のとおりですよ。自民党のだめなところを丸ごと継承しているとしか思えない。お金がないというのに今年の国の予算は、過去最高に膨れ上がっている。

今の国会の焦点は、マニフェストであんなに上げないと言っていた消費税の増税問題。足りないなら増税も仕方ないと私も思う。けれども、公共事業をやめてからにして欲しい。
国会議員定数の削減とか公務員給与の減額ばかりが、増税の交換条件として取りざたされるけれど、それでは話を小さくしてしまっている。べつに国民と国(議員と公務員)とが張り合って、いるわけではないのだ。両者で痛みを分け合うという形にして手を打とうとしているようにしか見えない。

とにかく公共事業をこそやめてほしい。八ッ場ダムや整備新幹線など、何千億円もかかるわけでしょう。そんなところにジャブジャブ使うために消費税を取られたくない。
八ッ場ダムや整備新幹線が無駄なのか、本当に必要なのか、それは専門家でないからわからない。しかし、仮に必要だとしても、何もこんなに財政が苦しいときなのだから、先送りするべきでしょ。もう何十年もなかなか進まないできたんだから。ともかく「ない袖は振れない」というのがふつうの考え方のはず。
公共事業で景気浮揚を図りたいというなら、唯一東北の復興に向けるなら許す。全国の土建屋が工事がないと「死活問題だ」と騒ぐなら、全部東北の復興に借り集めたらどうでしょう。

 会社はいつ潰れるかわからない、不景気なのに税金は上がる、年金はもらえないかもしれない。問題山積で、明るい将来はなかなか見えてこない。第一次大戦後、ナチス台頭前夜のドイツが、ちょうどこれと同じような状況だったらしい。
そうした政治の混乱と、人々の不満・不安をついてヒトラーは国民の支持を集めたのだった。
関西方面の例の某市長が、ヒトラーでないことを祈る。

2012年2月1日水曜日

NHK大河ドラマの「タルカス」

今年も早2月になってしまいました。
さてみなさんNHKの大河ドラマ『平清盛』視てますか?たぶん視てないよね。歴代の大河ドラマの視聴率ランキングでワースト3位らしいから。でも、うちは視ている。うちの奥さんが昨年の『江』が好きで視ていたので、その流れで今年も何となく。

それで『平清盛』の初回を視ていたら、私にとっては、ごくごくおなじみのメロディが流れてきたので、ちょっとびっくりした。これ「タルカス」じゃないの、エマーソン、レイク&パーマーの。
エマーソン、レイク&パーマー(以下EL&P)は、1970年代のイギリスのプログレッシブ・ロック・バンドである。「タルカス」は、彼らの2枚めのアルバム『タルカス』に入っている表題曲。
テレビから聴こえてきたのは、この「タルカス」をオーケストラ・バージョンにアレンジしたもののようだった。

しかし、日本の平安時代のお話と、EL&Pという取り合わせはかなり突飛だ。他の劇伴の曲は、このドラマ用のオリジナルのようなのだが、そこになぜこの曲だけを唐突によそから持ってきたのか。もしかしてメロディが似ているだけの別曲なんじゃないか、と半信半疑の気持ちもぬぐえなかった。
そこでネットで調べてみたら、本当にあれは「タルカス」だったのだ。いったい平清盛とEL&Pにどんなご縁があったのか(その次第は、ネットで調べるとすぐわかります)。

ところでNHKの大河ドラマは、その演出法が以前から少々鼻についていた。登場人物たちの感情の表現が、とにかく極端なのだ。台詞まわしが大げさで、登場人物たちはしばしば怒鳴りあっているようにしか見えない。これは「視聴者の皆さま」の誰にもわかり易くするための配慮ゆえなのだろうか。
それともうひとつ、いつの時代の誰を主人公にしていても、何だか話が小さくなってしまうのも面白くない。事件は常に「外」で起こっていて、お話そのものは結局、主人公周辺の人間模様に終始してしまう印象がある。言ってみればホーム・ドラマの歴史版みたいな感じ。
毎年話は変わっても、この点はいつも変わらない。大河演出の型となって受け継がれているのだろうか。
ところでEL&Pの音楽の特徴を少しひねくれた言い方で言えば、「大仰」ということになる。
『平清盛』とEL&P、両者は奇しくもその「大仰」であることにおいてもつながっていることになる。

ネットによるとこの大河ドラマの「タルカス」の一件は、世間ではかなり話題になっているらしく、知らないのはどうも私だけだったようだ。
そういえば先日、EL&Pの二枚組のベスト・アルバムというのが発売された。日本独自編集とのこと。何で今この時期に?と思ったけれど、なるほど、こういうわけだったのね。
そして、こんな風に話題にのぼるとEL&Pは「至高」のプログレ・グループということになり、「タルカス」は彼らの「最高傑作」みたいな言われ方がされる。ずいぶんざっくりした言い方だ。

EL&Pの『タルカス』は、私にとってはすごく愛着のあるアルバムだ。初めて買ったEL&Pのアルバムが、この『タルカス』だった。当時高校1年の私は、例によってなめるようにこのアルバムを繰り返し聴いた。LPのA面全部を占める組曲「タルカス」はもちろん、このアルバムのすべての曲について、隅から隅まで頭の中で再生可能だ。

しかし、今から振り返ると、複雑と思えた音の構造が、意外に単純であることに気づく。だからこそ一般受けして、大ヒットしたのだろうけど。ここにはイエスの曲のようなめくるめく入組んだ音の世界はない。そしてあるように見えた思想的な深さも、じつはない。もともと、そういう人たちではなかったのだ、ということが今ならわかる。

その後しばらく、EL&Pの「最高傑作」の座には『タルカス』が座っていた。が、時代が経つにつれて『展覧会の絵』がときどきそれに取って代わるようになる。そうして現在では、彼らのベスト・アルバムと言えば、疑いもなく5枚目の『ブレイン・サラダ・サージェリー』といことになっている。
私もずっとそう思ってきた。ただ『ブレイン・サラダ・サージェリー』は、プログレというよりも、むしろハード・ロック・アルバムとして、聴いてきたような気もする。グレッグ・レイクの「大仰」ボーカルが全開のせいでもある。

私の好きなEL&Pの他のアルバムは、ファースト・アルバムの『エマーソン・レイク&パーマー』と今では省みる人の少ない4thの『トリロジー』。
とくに、ファースト・アルバムは今聴いてもじつに新鮮だ。リリカルで、ナイーブで、シャープな音を聴くことができる。開発途上でまだ出番の少ないシンセサイザーの代わりに、全面で聴けるアコースティック・ピアノやオルガンの音色が逆に瑞々しい魅力を放っている。意欲的ではあるが、「大仰」さもそれほどではない。
もしかするとじつは、これが彼らの最良のアルバムかもしれない。彼らには悪いけど。