2014年11月29日土曜日

ジョージ・ハリスンの箱


ジョージ・ハリスンの箱、「アップル・イヤーズ196875」が発売された(20141015日国内発売)。ジョージ・ハリスンがアップルから出した最初のソロ・アルバム6作を、リマスターしてDVDと本つきでボックスにしたものだ。
 私もビートルズ好きで、ソロ初期のジョージ・ハリスン好きで、しかもついでに「箱」好きときているから、当然この箱にも興味をそそられたのだった。

しかしやっぱり引っかかるのは最初のソロ・アルバム2枚。すなわち『不思議の壁』と『電子音楽の世界』のこと。これは、誰もが御承知のとおり、ジョージのアルバムではあるが、「別格」というか「番外編」の存在だ。思い切り言い方を変えれば、クズorゴミということになる。私も一応持ってはいる。持ってはいるが、どちらも2,3回しか聴いたことがない。それ以上聴く気も起きないし、また聴く必要もないシロモノ。これを、ボックスの一部とはいえ、また買い直すというのはかなり抵抗がある。

しかし、ここで考えはぐるぐる巡って、思い直すのだ。
もし、『オール・シングス・マスト・パス』が、オリジナル通りの形で再現されて収められているのなら、この箱を買ってもいいかな、と。

2001年に『オール・シングス・マスト・パス』のリマスター盤が、〈ニュー・センチェリー・エディション〉と銘打って出たのだが、これには本当にがっかりした。
「がっかり」の第一は、ジャケットが変更されていたこと。オリジナルのモノクロームの写真に、着色が施されてカラーになっていた。しかも、インナー・スリーブでは、このジャケットの風景の背景に、建物や高架の道路が描かれ、田園が都市化されていく様子を示していたのだ。そうやって「オール・シングス・マスト・パス」というフレーズの意味を、絵解きしたつもりなのだろう。けど、これじゃあ台無しだ。この言葉の持つ深遠な意味が、きれいさっぱりと拭い去られている。

がっかりしたことの第二は、アルバムの曲構成がいじられていることだ。元のアルバムにあった練り上げられた構成の妙が損なわれてしまっていた。
オリジナルはLP3枚組で、A面からF面までの6面の各面が、それぞれ巧みに構成されていた。ところが、このリマスター盤では、CD2枚組になり、ディスク1の最後、つまりLPではC面の後に、5曲のボーナス・トラックが追加されているのだ。これでは全体の流れが乱されてしまう。ボーナス・トラックの中には、「ビウェア・オブ・ダークネス」のデモ・テイクなど聴きものもあった。しかし、「マイ・スイート・ロード」の新録なんかは完全に蛇足だろう。
それでもこれだけならCD化の際によくあることだから、まあやむを得ないと言えなくもない。しかし、LPの3枚目のアップル・ジャムの収録にあたっては、曲順が変更されているのだ。3枚目の冒頭にあった「アウト・オブ・ザ・ブルー」が、ラストに回されている。これはかなり違和感がある。

そんなわけで、今回のボックスに収録されている『オール・シングス…』が気になったわけなのだ。本来の形に戻されていればよいのだが…。事前の情報によると、ジャケットはオリジナルのモノクロを再現している(ただし箱ではなくてデジパック仕様)ようなのだが、中身は、2001年のリマスター盤と同じとのこと。これでは、がっかりだ。

それでも、こういうときの常で、一応手持ちの盤で、この箱に収められている6枚のアルバムを聴いてみることにした。
『不思議の壁』と『電子音楽の世界』の2枚は、やっぱり今聴いてもゴミでした。
『オール・シングス…』は、やっぱり素晴らしい。ぜひともオリジナルを再現したエディションを発売してほしいと思う。くどいようだけど、私の要望は次の点だ。①ジャケットはモノクロのボックス仕様。②CDLPにならって3枚組。③インナー・スリーブもオリジナルとおりの色違いを再現。④そして、当然、アルバム構成は、オリジナルとおりで、もちろん曲順はそのまま。ボーナス・トラックはいらない(どうしても入れるならディスク2のラストに)。

さて、『オール・シングス…』の後に出した3枚のソロ・アルバムはどうか。『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』、『ダーク・ホース』、そして『ジョージ・ハリスン帝国』の3枚だ。
ところで『不思議の壁』と『電子音楽の世界』はあくまで「番外編」、『オール・シングス…』は、それまでビートルズ時代から書きためた曲をいっきに大放出したスペシャル版ということなので、本来の意味でのジョージのソロ・アルバムは、『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』からだ、と言っている人がいる。たしかにそうなのだろう。そして、そうだとすると、ジョージ・ハリソンという人の才能は、まあ「それなり」ということになる。この3枚のアルバムが、どれも「それなり」の出来だからだ。

ただ、この人の曲とヴォーカルには、何とも言えない哀愁がある。とくにこの3枚には、『オール・シングス…』よりももっと強く哀愁を感じる。『オール・シングス…』の音はかなり厚めだったので、それがない分、よけいはっきりとヴォーカルの個性が聴こえるのだろう。ジョージの根強いファンの多くがこの哀愁に魅かれるのも良くわかる。
しかし、私にとってのジョージは、結局『オール・シングス・マスト・パス』だけの人なんだなあ、ということをあらためて確認したしだ次第。
で、結論、「アップル・イヤーズ196875」は買いません(でも、中古で安く出ていたら買ってもいいかなあ…)。


2014年11月25日火曜日

理想形のジャズ  マイルスの60年代クインテット

この夏、久しぶりに古くからの友人に会ってゆっくり話をした。彼はジャズ好きで、話題はいつのまにかマイルス・デイヴィスのことになった。マイルスがいちばん良かったのは、どの時期か?というような話である。
私は原則的には「ロックの人」なのだが、ロックおやじの多くがそうであるように、ジャズもそれなりには聴いてきた。中でもマイルスは基本だから、ひととおりアルバムは手元にある。

さて友人は、ハード・バップ期のマイルスがいちばん好きだと主張した。これに対し私は、エレクトリック・マイルスもなかなかいいよ、と言った。私は『オン・ザ・コーナー』が、かなり気にいっている。
友人は、エレクトリック化してからのマイルスは、『イン・ア・サイレント・ウェイ』と『ジャック・ジョンソン』はいいと思うけど、あとは聴いたことがないなあ、と言う。聴いたことがないんじゃ、話はかみ合わないわけで…。
しかし、マイルスのいちばん良いのは、やっぱり60年代クインテットだな、ということで両者の意見は無事に一致したのだった。

60年代クインテットとは、サックスがジョン・コルトレーンではなく、ウエイン・ショーターになった頃のマイルス・グループのことだ。「黄金のクインテット」とも言われている。ピアノがハービー・ハンコックで、ベースがロン・カーター、そしてドラムスがトニー・ウィリアムスだ。
このグループは、スタジオ録音のアルバムを4枚残している。『E.S.P.(1965)と、『マイルス・スマイルズ(Miles Smiles)』(1966)と、『ソーサラー(Sorcerer)』(1967)と、『ネフェルティティ(Nefertiti)』(1967)だ。この4枚がとにかく素晴らしい。
このスタジオ4部作こそが、結局マイルス生涯の最高傑作ではないかと思う。たしかに『バグス・グルーブ(Bags Groove)』(1954)も、『ラウンド・アバウト・ミッドナイト(Round About Midnight)』195556)も、『カインド・オブ・ブルー(Kind of Blue)』(1959)もいい。どれも名盤だ。ついでに『ビッチェズ・ブリュー(Bitches Brew)』(1969)もすごいとは思う。しかし、それらよりも60年代クインテットの4部作の方が上だ。さらに大げさなことを言えば、マイルスのアルバムの中だけでなく、数あるジャズのアルバムの中でも最高峰に位置すると思う。

一般にジャズと一言で呼んでいるが、そこに含まれる音楽は多岐にわたる。スウィング・ジャズのようなクラシックなものから、モダン・ジャズ、前衛ジャズ、フュージョン、それにヴォーカルものなどなど…。そんな中で、ジャズという言葉から思い浮かぶ私にとってのもっともスタンダードなジャズが、マイルスの60年代クインテットの音ということになる。言い方を変えると、これが私にとっての理想形のジャズとも言える。
ちなみにこのクインテットと、その周辺の人たちがやっていたジャズは、その昔「新主流派」と呼ばれていた。それまで主流であったハード・バップに対する新しい流れという意味だ。しかし、今は「新主流派」という言葉もすっかり死語になってしまった。それは、このマイルスたちのスタイルこそが、完全にジャズの主流そのものになったからだ。

では当時「新主流派」と呼ばれたマイルス・クインテットの音とは、どんなものだったのか。それを一言でいえば、ハード・バップに「モードの技法やポリリズム、さらにはフリー・ジャズ的な要素も取り込んだ」音楽(村井康司「マイルス・デイヴィスという“巨大な謎”」『マイルス・デイヴィス・ディスク・ガイド』レコード・コレクターズ増刊2011年)ということになる。
特徴的なのは、ショーターの書くいびつで、幾何学的ななメロディーだ。メンバーそれぞれのソロのフレーズも、歪(ゆが)んでいる。ハンコックのピアノ・ソロなど、まるで傾いた床の上で弾いているような感じ。そして、打楽器であることを越えてシャープに突っ込んでくるトニー・ウィリアムスの天才的なドラム・サウンドの見事さ。
その上、ソロのバックでピアノがほとんどコードを弾かなかったりとか、トランペットとサックスがソロなしで、テーマのメロディを繰り返すだけの曲があったりなど、かなり奇抜なこともやっている。フリー・ジャズになる一歩手前で、ぐっと踏みとどまっているようでもある。つまり新しい表現に向かって、やる気満々なのだ。そんな精神的なテンションの高さを感じる演奏だ。

友人と4部作の話をしたあと、家に帰ってこの4枚のCDを聴いたら、やっぱりすごく良かった。聴き始めると止まらなくなって、今年の秋はこの4枚を繰り返し聴いて過ごした。
そこで、この機会にこの4枚をリマスター&紙ジャケ盤に買い替えることにした。もちろん中古で、だけど。
たいしたシステムで聴いているわけではないので、あまりリマスター盤にはこだわらないのだが、聴いてみるとやはりよい音だった。買い替えて良かったと思った。

それにしても当時まだ若手だったこのクインテットのメンバーたちは、その後いずれもジャズ界の巨匠となった。ソロや自分のグループで数々のアルバムも出している。しかし、彼らそれぞれの最良の演奏は、このマイルス・クインテットにいた時のプレイだったのではないかという気がする。私の友人もこれに同意してくれた。若い才能を見抜き、そして使いこなしたマイルス。やっぱりマイルスってすごいなあ。