2014年12月5日金曜日

ボブ・ディラン&ザ・バンド 『ベースメント・テープス・ロウ』


ディランのブートレグ・シリーズ第111集『ベースメント・テープス・ロウ』(The Basement Tapes Raw: The Bootleg Series Vol. 11)を買った(201411月発売)。あくまで『…コンプリート(デラックス・エディション)』ではなくて、『…ロウ(スタンダード・エディション)』の方。
正直言って『コンプリート』と『ロウ』のどっちを買うか迷った。『コンプリート』が6枚組、全138曲収録で、お値段は¥20,000+税。これに対し、『ロウ』の方は、2枚組、全38曲収録で、値段は¥3,600+税。ディラン・ファンは、きっとみんな『コンプリート』の方を買ったんだろうな。私はいろいろ考えた末に『ロウ』にした。

このアルバムの発売を知ったとき、ブートレグ・シリーズの前作『アナザー・セルフ・ポートレイト』と同様、今回もやっぱりパスしようかなと思った。理由はふたつある。ひとつは、値段がバカ高いこと(デラックス・エディションの方)。他のアーティストのボックスと比較しても異様に高いし、これのスタンダード・エディションと比べてもおかしな値段設定だ。スタンダード・エディションが2枚組で3600円なんだから、6枚組なら3600円×3で、10800円くらいでよさそうなもんだ。これはあきらかにディラン・ファンの足元を見ている。いいかげんにしてほしいな。

そしてパスしようと思ったもう一つの理由は、1975年に出たペースメント・テープス・セッションの公式盤『地下室』が、そもそもあんまり好きじゃなかったからだ。
しかし久しぶりに『地下室』を引っ張り出して聴いてみたら、これがすごく良かった(という話は前回書いたとおり)。歳をとってこのアルバムの良さがわかるようになったということなのだろうか。これらの曲を録音した時のディランは、たしか26歳だったはずなんだけど。
ともかく、そうなると俄然、今回のブートレグ・シリーズの『ベースメント・テープス・コンプリート』が欲しくなってしまった。

折しも今月号の『レコード・コレクターズ』誌(201412月号)はこのアルバムの特集。ついじっくりと目を通してしまった。読んでいて記事の本題ではないけれど、75年の『地下室』に関する記述にはちょっとびっくり。『地下室』収録のザ・バンドのみの曲8曲は、本当はベースペント・テープス・セッションのものではないというのだ。看板に偽りがあったというわけだ。

あと今回の特集でひっかかったのは、『レコ・コレ』誌の特集がいつもそうであるように、このアルバムを過大に評価し過ぎている感じがすること。
ベースメント・テープスが、ザ・バンドの『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』や、ザ・バーズの『ロデオの恋人』に影響を与えたというのは、まあわかる。しかし、さらにグレイトフル・デッドの『ワーキングマンズ・デッド』とか、ストーンズの『ベガーズ・バンケット』や『メインストリートのならず者』とか、トラフィックのセカンド・アルバム、そしてビートルズのゲットバック・セッションにまでその影響が及んでいるというのは、はたしてどうか。多少なりの影響はあったにしても、要するにルーツ・ミュージックへの回帰が時代の大きな流れだったということでしょ。ベースメント・テープスの影響だけを取り上げるのはちょっとおかしい。

で、それはともかく『ベースメント・テープス・コンプリート』はどうするか。買うのか、買わないのか。
記事中の文章でやっぱり気になったのは、『コンプリート』の内容についての次のような個所。「1分にも満たない断片的なものやグダグダな演奏のものまでひっくるめて、すべて入っていた」とか、「はっきりいって、ディランが歌っているのでなければ、ただのゴミといったものもなくはない」(佐野ひろし「新たな研究段階に入った“ベースメント・テープス”の実像」『レコード・コレクターズ』201412月号)
コンプリートと言うからには、たしかにそういうものも含まれているんだろうな。つまり、資料性が高いということにはなる。
でも、毎日楽しんで聴くにはちょっとヘヴィ過ぎる感じ。
そこで結局私は、スタンダード・エディションの『ベースメント・テープス・ロウ』を選択した次第。何で「ロウ(Raw)」というのか不思議だったけれど、これは『地下室』収録曲の音が後から手を加えられたものであるのに対し、こちらは「原形のまま」という意味のようだ。何だか『地下室』を過剰に意識しているような気もするのだが。
『ロウ』の方を買ったのは、結果的にはいい選択だったと思う。安いし、厳選された良い曲がいっぱい入っているし、しかも気軽に聴ける。この気軽に聴けるというのがいい。で、ここ最近、ずっとこればっかり聴いている。

『ロウ』収録曲のうち『地下室』とダブっている曲には、「復元ヴァージョン」とか「オーヴァー・ダブなし」と表示されている。『地下室』の曲と聴き比べてみたが、どちらもそれなりに良かった。ディランの歌の本質はそんな違いには左右されないという感じがする。くねくねとうねり、強引に引っ張るディランのヴォーカル・フレーズ。それが何だか魔法のように、私の心を引き付けるのだった。


2014年12月4日木曜日

ボブ・ディラン&ザ・バンド 『地下室』(1975)


ちまたでは、ディランのブートレッグ・シリーズ第11集『ベースメント・テープス・コンプリート』(The Basement Tapes Complete: The Bootleg Series Vol. 11、201411月)の発売が話題になっている。が、今回は、あえてこのブートレッグ・シリーズではなくて、ベースメント・テープスの最初の公式盤である1975年に出た『地下室』のお話。

今回のブートレッグ・シリーズも買おうかどうしようか迷った。こういうときに私は、手元にあるそのアルバムの関連音源を聴いてみることにしている。そこで今回はベースメント・テープス関連のアルバムということで、75年の『地下室』、ザ・バンドの『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』、ディランの『ジョン・ウィズリー・ハーディング』、そしてついでにザ・バーズの『ロデオの恋人』なんかを聴き直してみたのだった。それぞれどんな関連があるかは省略。
そうしたら自分でも意外だったことに、久しぶりに聴いた『地下室』が、すごく良かったのだ。何で「意外」かというと、私はこのアルバムが、ずっとあまり好きではなかったからだ。ゴメンね。

私はこの『地下室』を、1975年の発売と同時に手に入れて、ずいぶん繰り返し聴いたのだ。しかし、全然その良さがわからなかった。
このアルバムが出た1975年といえば、ディランは生涯で2度目のピークを迎えていた頃だ。74年に『プラネット・ウェイヴズ(Planet Waves)』、75年には『血の轍(Blood on the Tracks)』、そして76年には『欲望(Desire)』が発表された。いずれも名盤だ。その深く鋭い叙情は、聴く者の心をわしづかみにした。
思えばこんな一連の名盤群のはざまに『地下室』は発売されたのだった。見劣りしてしまうのは、しょうがない。『地下室』のデモ録音のような大雑把な演奏と歌は、当時の私の心には全然響かなかったのだ。

ついでにいうと、『地下室』のアルバム・ジャケットもいただけなかった。あの猥雑でごちゃごちゃしたジャケットのイメージは、収められている曲と演奏が、庶民というか大衆の音楽に根ざしたものであることを表しているのだろう。その意図があまりにも単純過ぎて面白味がないのだ。
そんなふうだから、その後このアルバムを聴くことはめったになかったし、あまりいい印象も持っていなかったのだ。

ところが、今回久しぶりに引っ張り出して聴いてみたら、なかなか良かったというわけである。ファンキーでラフでワイルドなところがまず魅力的だ。しかも、それが気取っていなくて、自然体の演奏なのもいい。しかし、もちろんそれだけではない。それだけではないのだが、この良さをどう表わしたらいいのだろう。

ちなみに、このベースメント・テープス・セッションの曲を、ザ・バーズがアルバム『ロデオの恋人』で2曲ほどカヴァーしている。「どこにも行けない(You Ain't Goin' Nowhere)」と「なにもはなされなかった(Nothing Was Delivered)」だ。
ザ・バーズの『ロデオの恋人』は、カントリー・ロックの先鞭をつけた作品と評価されている。しかし、今の耳で聴くと、ここで聴けるのは、ただのつまらないカントリーそのものだ。ディランのカヴァー2曲も、じつに平板で凡庸な演奏。
しかし、この演奏を聴いてみて、逆にディラン&バンドの元の演奏がいかに魅力的かがよくわかる。ディランのうねうねとよじれた歌い回し、そしてバンドの悠然としたサポートぶり、それが一体となってじつに味わい深いのだ。

ところで、発売以来ずっと興味がなかったので、この『地下室』に関する情報は、ほとんど何も知らなかった。なので、今回、ブートレグ・シリーズの発売にあわせて遅ればせながら知った『地下室』に関する事実の数々は、私にとってはまさに“驚きの真実”だった。
いちばん驚いたのは、収録されている全24曲中、ザ・バンド単独の8曲が、じつはベースメント・テープスのものではなかったことだ。そればかりか、何とその8曲の中には、75年の時点での新録も含まれていたというのだ。
また、ディラン参加の曲にも、ザ・バンドによるオーヴァー・ダブが施されるなど、かなり手が加えられているという。これらは、このアルバムの編集にあたったロビー・ロバートソンの仕業ということだ。

ちなみにロビー・ロバートソンは、ずっと私のギター・ヒーローのひとりだった。ザ・バンドの曲作りの中心人物(「ザ・ウェイト」とかね)であると同時に、その渋いギター・プレイは他に類がなかった。しかし、だんだんこの人の良くない評判を聞くようになる。そしてあの映画『ラスト・ワルツ』で見た彼の姿。本当にうさん臭い人物に映った。
なるほど『地下室』を、本来の姿から、よりザ・バンド色の強い形に改変する事など、彼ならいかにもやりそうなことに思えた。

とはいえそんなディランよりもザ・バンド側に偏ったこのアルバムの音楽性は、割り切って聴けば、そんなに悪くはないのだった。ザ・バンド的にみると、ここで聴ける音は、『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』とセカンド・アルバム『ザ・バンド』の中間あたりに位置するように聴こえる。これはこれで良い。もう一曲「アイ・シャル・ビー・リリースト(I Shall be Released)」が入っていれば完璧だったのだが。
ただし、このアルバムを、オリジナルのベースメント・テープスが録音された1967年の作品と考えてはおかしなことになる。どちらかというとロバートソンが手を加えた1975年の作品と考えるべきだろう。だからこそ、オリジナルの形である今回のブートレッグ・シリーズの『ベースメント・テープス・コンプリート』の発売に大きな意義があるわけだ。

さてそれで、ブートレッグ・シリーズの方は買ったのか?って。それはまた次回にね。