2013年10月26日土曜日

「つけ麺 坊主」の魅力 総集編


今回は「つけ麺 坊主」訪問の最終回スペシャルとして、このお店の魅力について私なりに語ってみたい。


■ 「つけ麺 坊主」の魅力あれこれ

水戸のラーメン店「つけ麺 坊主」ののれんを初めてくぐったのは、たしか2010年の夏だった。もともと激辛が大好きだったので、辛いという評判を聴きつけて早速足を運んでみたのだった。
とりあえず「つけめん」を頼んだ。これがものすごく辛かった。ひいひい言いながらなんとか麺だけは完食。しかしつけ汁は、スープ割りしてもほんの一口しか飲めなかった。

それでも、たちまち私はこの店のとりこになったのだ。多いときは週3回くらい通った。その頃、開店1周年の記念ということで、店の名前入りの赤い(唐辛子の色だ)タオルをもらったのを覚えている(今は期間限定の「極辛麻婆らーめん」を完食するともらえるあのタオルだ)。

通っているうちに辛さにも慣れて、「つけめん」ならつけ汁まですいすいと平気で完食できるようになった。近頃は辛さが物足りなくて「つけめん」を頼むことはない。
最初の頃は美味しいお店だからと、何回かラーメン好きの知人を連れて行ったものだ。しかし辛さのために一人も完食できた人はいなかった。以来、他人を誘って行くのはやめにしている。

このお店の魅力はもちろんその味だ。辛いだけでなくて、ちゃんと美味しい。というより辛さと旨さが一体になっている。だから、このお店の味から辛さを抜いたら美味しいのだろうかとも思う。

それとこのお店のもうひとつの魅力は、御主人の几帳面な人柄だ。カウンターの中の厨房で調理をしているのだが、動きがとにかくきびきびしている。麺を鍋から上げてテボで湯切りしているときなど誠心誠意やっているのが伝わってくる。
その他、器や道具の洗い方から、店内の掃除までこの姿勢が一貫していて見ているだけでじつに気持がいい。カウンターに座りながら頼んだものができるのを待つ間、御主人の動きを見ているのが、ちょっとした楽しみでもある。

それからこれも魅力のひとつと言えると思うのだが、それは満腹になれることだ。このお店は全メニューで麺の大盛が無料。大盛だと、麺は茹で上がりの状態で450グラム。生麺換算だと約300グラムになると思う。生麺の1食分は150グラムがふつうだから、けっこうな量だ。
それからご飯(ここでは「白めし」と呼んでいる)が100円というのも安い。しかもこれも大盛無料なのだ。私はラーメンを食べるときは、つねにご飯も一緒に頼むので、これは本当にうれしい。
辛くて美味しいものを無我夢中で食べ、満腹になれる。何ともぜいたくで幸せなひと時をこの店は味あわせてくれるのだ。


■ 「坊主」における私の流儀と楽しみ

坊主での私の定番は「特製らーめん」だ。この美味しさをとことん味わうために、私はいつも次のような食べ方をしている。

<第一の段階>  まずレンゲてスープをすくって飲む。今日のスープの出来はどんな具合かじっくり吟味する。脂の量、甘さ、旨み、味噌のこく、塩気の塩梅等々を味わう。日によって微妙に違う。しかしまあ結局のところ、いつも美味しいことに変わりはない。
「判定」が済んだら、今度は心おきなくくレンゲですくって飲む。何度も何度もひたすらレンゲを口に運ぶ。この間、具材や麺にはいっさい手を触れない。ただときどき合い間に、ご飯を食べて口直しをする。こうして食べるご飯がまたこの上なく美味しい。
このあたりで、すでに鼻水が出始める。

<第二の段階> ひと心地ついたところで、今度はは麺に取り掛かる。
どんぶりの中央に盛り上がっているモヤシと豚肉の山を崩して平らにならし、さらに周囲に寄せてどんぶり中央にスープの池を作る。そしてそこから箸を入れ、隠れている麺を軽く揺すってほぐし、それから少しずつ麺をすくい上げる。
スープに浸っていた麺は口に入れると熱い。その熱さで口の中が辛い。刺されるように痛辛い。それでも麺の歯応えを楽しむ。モチモチして旨い。しかし、口の中は火事場状態なので、のんびりはしていられない。これがいいのだ。そしてひたすら麺だけを食べる。モヤシや豚肉はよけて、麺だけを食べ続ける。

鼻水に加えて、顔面や頭の全体から汗が噴き出してくる。忙しくティッシュで鼻をかみ、ハンカチで汗を拭いながら食べ続ける。いつの間にか食べることに没入して無我夢中になっている。無我の境地だ。これが激辛の醍醐味なのである。

<第三の段階> そうやって麺が減ってきたら、そこでようやく具材と麺を一緒にからめて食べ始める。麺に比べて具材の比率がかなり多いから、具材の歯応えと旨さをぜいたくに堪能できるのだ。相変わらず口の中は火事場状態だが、その中で味わうモヤシのシャキシャキの食感や豚肉の旨さはまた格別だ。
そうこうするうちに麺と具材を完食して、無我の境地から醒めることになる。

<第四の段階> そしてここからは、<第一の段階>以来手をつけていなかったご飯と残ったスープを交互に口に入れながら楽しむことになる。そして完食。当然満腹になっている。

食べ終えても鼻水と汗はすぐにはおさまらない。それがおさまるまで、コップの水を飲み鼻をかみながら辛さの余韻を味わう。何んとも言えない至福の時間だ。ああ今日もおいしかった。


■ 「坊主」のメニュー紹介(「激辛」以上)

「つけ麺 坊主」のメニューのうち、「激辛」以上のものは以下のとおりだ。上から辛い順になっている。カッコ内の辛さの表示は、店内のメニューに記載のもの。

・極辛麻婆つけめん (超極辛、2月・8月限定)
・極辛麻婆らーめん (超極辛、2月・8月限定)
・特製麻婆つけめん (極辛)
・特製麻婆らーめん (極辛)
・特製つけめん (超激辛)
・特製らーめん (超激辛)
・麻婆辣麺 (激辛)
・つけめん (激辛)
  *
・麻婆めし(激辛)

辛さのランクが「激辛」→「超激辛」→「極辛」→「超極辛」と上がっていくわけだ。そしてそれぞれの辛さで、つけめんとらーめんが対になっている。ただし、ちょっとややこしいのは「激辛」で、「つけめん」と対になるのは「麻婆辣麺」。名前的には「らーめん」のはずなのだが、どういうわけか「らーめん」は「やや辛」なのだった。

店内に辛さランキングが表示してある。それによると、同じ辛さであれば、らーめんよりつけめんの方が辛いことになっている。たしかに、らーめんのスープよりつけめんのつけ汁の方が、中身は同じでも濃いわけだから、成分的には辛いにちがいない。しかし、つけめんは冷たい麺に絡めて汁の温度が下がるのに対し、らーめんの方は全体が熱々の状態で食べるので、体感的にはらーめんのほうがずっと辛いと感じると思う。

それから辛さがアップしていくにつれて具材が若干違っている。一番大きな違いは、超激辛メニューにだけ、他には入っている麻婆豆腐が入っていないことだ。そのかわり具材のモヤシと豚肉は他よりもたくさん入っている。私はこの具材が多い点がうれしくてもっぱら「特製らーめん」を食べている。

季節限定の「極辛麻婆つけめん」と「極辛麻婆らーめん」は、辛さも具材の豊富さもそして値段も、このお店の最高峰のメニューだ。具材はレギュラーのモヤシと豚肉に加えて、ニラ、メンマ、ユズなどが入る。トッピングには、麻婆豆腐に刻みネギと赤い粉末(唐辛子+だし粉?)がかかり、さらに海苔が添えられている。このお店の美味しいものが総終結した感じだ。これで値段は1080円也。安いのでは?
そして辛さがすごい。スープの色が見た目からして違う。限りなく深い赤。そして限りなく奥深い辛さだ。極辛以下のメニューにカウンターに用意してある唐辛子を入れても、こんな辛さにはならない。
食べていると、忘我の境地になる。絶え間なく鼻水と汗が噴き出して、食べ終えた後には体の中がすっきりと浄化されたような気分になる。この爽快感が味わいたくて、2月と8月には何回もお店に足を運ぶことになる。ただし、このメニューだけは、激辛好きの私でも、食べた後かなり胃にこたえるのもたしかだ。

ちなみにこのお店の人気の第一位のメニューは「坊主つけめん」(ちょい辛)なのだそうだ。


■ 「坊主」のトッピング・メニュー紹介

「つけ麺 坊主」にはさまざまなトッピング・メニューがある。中にはこのお店ならではのユニークなものも。一応全部頼んでみたので、コメントを添えながら紹介しよう。

・ 「ネギ」 (100円)
刻みネギがラーメンとは別の器にたっぷりと出てくる。これで100円は安い。個性の強いスープの絶妙のアクセントになる。いちばんのお奨め。

・ 「バター」 (100円)
一辺が2センチ以上はありそうな立派なサイコロ型。麺に絡めて食べると、濃厚な風味が広がって、ぜいたくで幸せな気分になれる。辛さもマイルドに。

・ 「コーン」 (100円)
スープに甘さとコクを付け加えるし、その歯応えがいいアクセント。麺の後に残ったスープが、コーンのおかげで「御馳走感」アップ。最後の最後まで楽しめる。

・ 「味付玉子」 (100円)
ここの味玉は、つけておく調味液も激辛。半分にカットせずに丸のまま麺に乗ってくる。黄身はかなりユルめ。箸で割ると中身がどろり。これを麺と絡めると美味しい。

・ 「生玉子」 (50円)
50円はお得な感じ。割ってないものが小鉢に入って出てくる。これをいつラーメンに割り入れるか、そしていつくずすのか…。楽しく悩みたい。辛さがマイルドに。

・ 「納豆」 (50円)
水戸ならではのトッピング。これも50円でお得。一緒に刻みネギと辛子とタレが付く。ラーメンに入れると意外な美味しさ。クセのある味がスープに奥行きを与える。

・ 「のり」 100円
海苔は3枚。枚数的には、ちょっと物足りない。でも上物らしくスープの味に負けない風味がある。私はスープをたっぷり吸わせてご飯に乗せて食べるのが好き。

・ 「白めし」 (100円)
ついでに紹介。普通のご飯のこと。普通盛でもけっこうな量だが、さらに無料で大盛にも。これで100円はすごく安い。ラーメンの合い間に口直しに食べている。

以上だけど、これらを単品だけでなく、組み合わせても面白そうだ。たとえば「生玉子」と「納豆」とか、「ネギ」と「納豆」なんて、意外な美味しさが楽しめそう。


以上で私の「つけ麺 坊主」訪問の連載は終了です。御愛読ありがとうございました。


2013年10月23日水曜日

レコ・コレ誌のキング・クリムゾン『レッド』特集


今月号の『レコード・コレクターズ』誌(2013年11月号)は、キング・クリムゾン『レッド』特集。言うまでもなく『レッド』の40周年記念エディションとボックスの発売に合わせて組まれたものだ。

それにしてもこのボックス『ザ・ロード・トウ・レッド』にはビックリだ。ディスク24枚組という重厚長大なヴォリューム。この内CD20枚が1974年の北米ツアーのライヴ音源とのこと。前の『太陽と戦慄 コンプリート・レコーディングズ』の15枚組ボックスにも驚かされたけど、今回はそれをはるかに上回る驚きだ。ロバート・フリップという人は、本当に次々ととんでもないことを仕掛けてくるなあ。
これでお値段は30000円也。このヴォリュームを考えれば、けっして高くはない。高くはないが、私にはやっぱり買えない。それよりなにより、中身を聴いてみたいと思う前に、内容についての話を聞いただけで満腹という感じになってしまう。

ところで『レッド』は、クリムゾンのアルバムの中では、あまり好きなアルバムではない。演奏はともかくとして、曲の出来が今ひとつで魅力が薄いのだ。
私のベスト3は、『太陽と戦慄』、『クリムゾン・キングの宮殿』、そして『アイランズ』だ。ライヴなら『アースバウンド』。
ところが今回の特集は、私的には読みどころも多く、久しぶりに楽しませてもらった。というわけで今回は、この特集そのものについての感想をいくつか書いてみようと思う。
ボックス『ザ・ロード・トゥ・レッド』については、また別項であれこれ思うことを書く予定。

やっぱりレコ・コレ誌の特集は全体に内容が深いし読ませる。ネット上にあふれている当てにならない情報や底の浅い感想(私のこのブログがそのひとつでないことを祈る)とは段違いだ。今回の『レッド』特集の中でも、特に私が感心したのは次の三ヶ所。順に紹介してみよう。


■■その1■ 「アイランズ」クリムゾンのあのやけっぱちツアーにも大きな意味があった

今回の特集のメイン原稿のひとつが、松山晋也 「トリオ編成での限界に挑戦し ついにたどり着いた“鋼鉄の塊”」だ。
この中で松山は、『太陽と戦慄』以降のいわゆるメタル・クリムゾンの背景のひとつに「アイランズ」クリムゾンのツアーがあったことを指摘している。メタル・クリムゾン結成の呼び水になったのが、「アイランズ」期のメンバーによる、「72年初頭のやけっぱちなライヴ・ツアー」であったというのだ。意表を突いているけれども、なるほどと思わせる。

フリップとグループの他の3人のメンバーとの人間関係が分裂し、フリップにとっては苦々しい思い出となった「アイランズ」期のクリムゾンのツアー。それなのに、フリップはこのツアーのライヴ・アルバム『アースバウンド』をリリースした。グループ内の人間関係も劣悪、そしてまた録音の音質も劣悪だったにもにもかかわらずだ。フリップには、この演奏によっぽど強い思い入れがあったことになる。

松山はその思い入れを、「4人の荒々しいインタープレイが放出するとてつもない熱量の大きさと美しさをフリップは気に入ったのだ」と説明している。さらにはそれを、「フリップが、初めて、自分で制御できない音に触れた瞬間ではなかったか。その忌々しさと戸惑いは、しかし彼にとってはひとつの新たな可能性の発見でもあった。」と指摘しているのだ。
そこでフリップは、次の「太陽と戦慄」クリムゾンのメンバーに、「制御できない音」を出す「野人」ジェイミー・ミューアを加えたのだという。なるほど納得。

これまで『アースバウンド』が語られるとき、つねに当時のメンバー間の人間関係の悪さばかりが注目されてきた。しかし、この演奏にフリップがポジティヴな評価をしていたからこそ、アルバムとしてリリースされたことは間違いない。このアルバムを聴いていて感じていたその辺りのモヤモヤ感を、松山のこの文章はとてもすっきりとさせてくれた。


■■その2■ 曲解説では音楽を語れ

こういうアルバム単位の特集だから、例によって「全曲ガイド」のページがある。今回の『レッド』全曲ガイドは、前回2012年12月号の『太陽と戦慄』全曲ガイドも書いていた小山哲人が書いている。

一般的に曲の解説というものは、曲の構成の説明と、曲に関する情報と、そして曲を聴いた感想の三つから成り立っている。このうち曲に関する情報と感想は、ちまたにあふれている。たいていは他人の受け売りの情報と、舌足らずの感想ばかりだけれども。ところが曲の構成についてはめったに語られることがない。音楽を言葉で表すのは難しいからだ。

しかし小山哲人の曲の説明の語り口はかなり具体的で独特なものだ。たとえばアルバムのタイトル曲「レッド」についてはこんな調子だ。
「イントロ部、フリップのギターが5+5+5(+1)のシークエンスを跨いで上昇していく。17泊目から8分の8となるブリッジの後、メタリックなリフが鳴り響いてメイン・テーマが始まる。…」。
この後コード進行を示して説明は続いていくのだが、その辺は私にはちょっと難し過ぎる。が、とにかくこういう具体的な曲の描写の仕方はとても好ましいと思う。
というのもメディアの曲解説には、曖昧な印象と強引な解釈ばかりが、あまりにもはびこり過ぎているからだ。曲解説はあくまでまず音楽そのものから語ってほしいのだ。

そしてもちろん小山の解説には、トリビア情報も満載だ。たとえば「レッド」は、「最後の北米ツアー中の6月15日、ソルトレイク・シティでのリハーサル時にフリップが弾いたリフが原型」といった具合に。ネタ元はフリップの日記なのかな。どうでもいいトリビアではあるが、とにかく興味深い。

ただこの人には、若干ドラマチックに語り過ぎてしまうきらいがある。たとえば「プロヴィデンス」の解説のしめの部分はこうだ。
「ロードアイランドの州都プロヴィデンスの地名を冠した演奏で、クリムゾンは“神の摂理(Providence)”に従ったのか、それとも背いたのか?」。書きながら酔っていないか。
またラスト曲「スターレス」ではこんな調子。
「プログレッシヴ・ロックの共同幻想が世界中で広まるのは…(中略)…「スターレス」がこれ以外ありえないかたちでグループの歴史を自己完結させたからだろう。」ホンマかいな。

もうちょっと地道に感想に徹した方がいいと思うけれど まあこれもこの人の「芸」なのだろうな。


■■その3■ クリムゾン最高の瞬間へと至るスイッチが入った日 

そして今回の特集の目玉は何といっても、24枚組ボックス『ザ・ロード・トゥ・レッド』の詳細解説だ。今回は坂本理が、「『レッド40thアニバーサリー・ボックス』徹底解説」と題して書いている。相手が相手だけに大変な労作だ。
メインはもちろん24枚のディスクの内、1974年のライヴ音源を収めたCD20枚についての解説だ。

収録された個々のコンサートついて要領よくコメントしている。
その上で注目されるのは、ツアーの日程をこなしていく中で、しだいに進化していくこのグループの変化にも触れている点だ。
坂本はこの20枚のCDを説明のために三つのセクションに区切っている。①ディスク1~3と②ディスク4~10と③ディスク11~20の三つだ。
最初のディスク1から3までの区切りは、北米ツアーの前半の音源で、この後ツアーはいったん小休止に入るわけだから妥当だろう。
この中断の後、北米ツアーは再開して後半へ。6月4日から7月1日の最終日までの後半日程をこなしていくことになる。坂本はこの間の音源を二つのセクションに区切っているのだ。すなわちディスク4から10(6月5~23日)までと、ディスク11から20(6月24~7月1日)までの二つにだ。注目すべきは日にちが連続しているのに、6月の23日の公演と翌24日の公演との間に一線を引いたことだ。それはなぜか。

この一連のツアーの中でキング・クリムゾンの最高の瞬間は、6月28日のアズベリー・パークと最終日7月1日のセントラル・パークのステージだと言われている。この最高の瞬間に向けてバンドの上昇にスイッチがはいったのが、この6月24日の演奏だと、坂本は聴き取ったのであった。
「ここにはバンドとして歯車が噛みあい、それまでに到達し得なかった領域にまで踏み出した瞬間が封印されている。」と坂本は述べる。何だか読んでいるだけでわくわくしてくる。実際に自分の耳で聴いて確認したくなる。これが解説記事の醍醐味というものだ。今回はこの記事でたっぷり味あわせてもらった。

しかしこの記事のためにCD20枚にわたるライヴ音源を聴きとおすのはさぞや大変なことだったろう。それも、相互に比較したり、フリップの日記と丹念に対照しながらだから、なおさらだ。この記事を読んでいるだけで、いけないことだけど何だか満腹になってしまった。
自分のCD棚を調べてみたら、このボックスのCD20枚に収められている16公演の内、大体半分くらいは手元のCDで聴けそうだ。ボックスはとても買えないけれど、今回の記事を参照しながら手元のCDをあらためてじっくり聴いてみたいと思っている。その感想はまた後で。


〔『ザ・ロード・トゥ・レッド』関連記事4部作〕




2013年10月21日月曜日

「つけ麺 坊主」訪問 最後の「特製らーめん」


「つけ麺 坊主」訪問は、今回で実食レポートを終了。次回のまとめ記事で最終回となります。御愛読ありがとうございました。詳しいことは文末に。

10月中旬のある日、久しぶりに水戸に出かけて「つけ麺 坊主」を訪問。
8月の「極辛」限定月間には、4回ほど通ったのだけれど、その後は9月の末に1回、そしてその次が今回。すっかり月イチのペースになってしまった。

前回の9月のときは、土曜日のせいか開店後10分くらいに入ったらもうほぼ満席状態。すごい人気ぶりにあらためてビックリ。そしてさらに驚いたのは、厨房の中に御主人も含めて3人もスタッフがいたこと。失礼ながらここの厨房はかなり狭い。そこに3人の方が立ち働いていると、かなり窮屈そうだ。
でも、こういう体制で対応しないとさばききれないくらいはやっているということなのだろうな。めでたいことだ。

このときは「特製らーめん」を食べるつもりだったのだが、券売機の調子がよくなかったのか、「特製らーめん」のボタンを押しても反応がない。ふつうならスタッフに声をかけるところだけど、忙しそうなので気がひけた。それでやむなく同じ値段の「特製つけめん」に。
ひとつだけ空いていた席になんとか座ってほっとしたけど、いつになくぎゅうぎゅうな感じ。多少長めに待って無事「特製つけめん」到着。
その間にも後客が次々にやって来て、お店の外に並んでいる。私のすぐあとに来たのは、なんと6人連れのグループ。そのグループを一緒に並んで座らせるために、食べてる最中に席を移動しなければならなくなったりで、何となく集中できない。どうせヒマなんだから、やっぱり平日に来るに限るなあ、と思った次第。
「特製つけめん」はもちろん美味しかった。

さてそういうわけで今回は平日に訪問。11時5分入店。先客はなし。本日のいちばん客だ。気持いい。そして、今日こそは「特製らーめん」のボタンをプッシュ。そして、「白めし」&「ビール」も。これで、私の定番黄金トリオ完成だ。
カウンターの一番奥に座る。厨房には、御主人とスタッフがひとり。スタッフの方に、麺とめしは普通盛りでと食券を渡す。厨房二人体制で固定化したようだ。商売発展でめでたい。

ビールを飲みながら店内を見回してみる。厨房の中の人が増えただけで、あとは何も変わっていない。落ち着くなあ。わくわくしながら待つ。例によって麺が3分で茹で上がり、あっという間に(何しろいちばん客なもんで)「特製らーめん」登場だ。まだビールを飲み終わっていない。

「特製らーめん」はすごく久しぶり。8月はずっと極辛麻婆ばかり食べていたので、3ヶ月ぶりの御対面だ。
しかし相変わらずの立派なお姿。どんぶりの中央にモヤシと豚バラの山が盛り上がっている。その上に散らされた白い刻みネギがいい感じだ。さっそくその山の周囲の赤い赤いスープをレンゲですくって口に運ぶ。熱い。今日は脂が多めでマイルド感強し。それに味噌の風味とコクが強いが、塩気はそれほどでもなくてグッドだ。辛さは私には今ひとつ。

スープをすくって飲む。何回も飲む。ひたすら味わい続ける。ときどき口直しにご飯を食べるのだが、これがまた旨い。こんなに美味しいご飯の食べ方って他にあるだろうか。
このあたりで、もう鼻水が出始める。以後ひんぱんにティッシュでかみ続けることになる。
思わず夢中になって飲んでいたら、スープがだいぶ減ってきた。そこで、ここから第2段階にはいる。具材の山を崩して平らにならし、さらにどんぶり中央にスープの池を作って、そこから底の方の麺をほぐしながら引き出すのだ。
どうやらスープを先に飲み過ぎてしまったようだ。汁気が少ないので、麺がさばきにくくなってしまった。それでも何とか麺を引っ張り出して食べる。熱い。熱さで口の中の辛さが暴れる。これがたまらない。もちもちした歯応えがいい。熱くて辛くてもちもち。心の中でひーひー言いながら今度は麺だけを食べる。モヤシと豚バラはよけて麺だけ味わうのだ。
途中でカウンター上に置いてある唐辛子をひとすくい投入。汁気が少ないので、ちょっともそもそした食感になってしまう。顔に少し汗が出はじめ時々ハンカチで拭う。

こうやって麺を半分くらいまで食べたところで、今度は第3段階。ここから具材と麺を一緒に食べるのだ。汁気が少ないので、野菜炒めを食べているような状態。でも口いっぱいにほおばったモヤシがしゃきしゃきで美味しい。
追加投入した唐辛子はしっかり役目を果たしている。ひーひーしながら食べ続ける。やがて具材と麺をほぼ食べ終えている。スープが残っている。これを飲みながら、残っていたご飯を食べる。もうだいぶ満腹。その最後の仕上げという感じ。そして、スープとご飯を完食。
美味しくて辛いものをたらふく食べて満腹になる。最高の幸せだ。後客は1人。のんびりとした店内で、余韻を味わいながら鼻をかみ、鼻水のおさまるのを待つ。そして、ごちそうさま。

外は秋晴れで、まだ残暑が続いているような陽気だ。今日は、水戸の台地の北側の崖下を散歩。保和苑の谷から台地の上に上がり、裏道を通って水戸駅に戻った。

さてこの「つけ麺 坊主」訪問記も今回で39回目を迎えた。一回食べに行くたびにそのつどリポートを書いてきた。二回の訪問分を一回にまとめて書いたこともあったので、今回でちょうど40回食べたことになる。昨年の4月から書き始めたから、期間は19ヶ月。平均すると月にだいたい2回というペースになる。あんまりたいしたことないな。
ともかくきりもいいので、このへんでそろそろ終わりにすることにした。訪問リポートは今回で最終回。そして、次回第40回目の「つけ麺 坊主訪問」で、これまでのまとめをして終了ということにする。
というわけで、今回のタイトルは「最後の特製らーめん」。でも、これまでと同様坊主さんには食べに行くつもり。御愛読ありがとう。ごちそうさま。


2013年10月19日土曜日

焼そばより美味しい 焼そばスパゲッティのレシピ


あいかわらず炒めスパゲッティにこっている。
茹でた極太の麺をフライパンで炒める懐かしい味。けっして「パスタ料理」なんていうシャレたものではありません。あくまで日本だけのスパゲッティ料理。しかも、カロリーたっぷりのB級メニュー。でもこのジャンクな味がやめられないのだ。

これまでケチャップ味のナポリタン、しょう油味の和風、塩味の炒めタマネギ味と紹介してきたわけだが、今回は焼そば風の炒めスパゲッティ。作ってみると本来の中華麺の焼そばより、こちらの方が美味しいと思った。


<前説 ソースで炒めても焼きそば味にはならなかった>

これまでケチャップやしょう油などで太麺のスパゲッティを炒めてきた。何か他に炒めるのに使える美味しい調味料はないかと考えていたらいいことを思いついた。ソースで炒めるのだ。そうすればソース焼きそば味になるのではないか。これはいいことを思いついたぞと思った。

しかし、実際にソースで炒めてもあの焼そば味にはならなかったのだ。しょう油やオイスター・ソースを足したり、いろいろ調味料を加えたりと、試行錯誤をしてみても結果は今ひとつ。
そこでためしにネットで調べてみたら、何と、焼きそばスパゲッティのレシピがいっぱいあるではないか。私の思いつきと思っていたら、もっと先に思いついていた人がたくさんいたわけだ。

それらを見るとだいたいみなさんは味付けに、市販の焼そばソースを使っている。私は今まで使ったことがなかったので知らなかったが、スーパーに行くとちゃんと売っていた。
そしてこれを使って作ってみたら、当たりまえだけどちゃんと焼きそば味になった。しかもこれがかなり美味しい。
ネットで見た焼そばスパゲッティの多くは、茹で上がった麺に焼そばソースを和えるだけだ。しかし、私のは麺を焼そばソースと一緒にしっかり炒める。焼そばソースの袋の説明にも「しっかり炒めると香ばしいソースの香りが広がる」と書いてあるから、ソースを麺と一緒に炒めることで美味しさがアップしたのだと思う。

せっかくなのでさらに焼そば気分を盛り上げようと思って、焼そばにつきもののあれこれも用意した。天かすや青のりや紅ショウガなど。そうしたらなるほどたしかにさらに美味しくなった。
それならと富士宮焼そばのトッピングとして有名な「だし粉」もかけてみたくなった。「だし粉」とは、粉末状のイワシの削り節で、富士宮焼そばは、お皿に盛り付けた上からこれを香り付けにたっぷりかけて食べる。
 しかしこれはイワシの削り節を作るときに出るもので、普通には手に入らない。そうしたら、スーパーで「天然だしパック」というのを見つけた。これは、カツオ、サバ、イワシ、昆布などの粉末をパックに入れたもので、ティーバックのようにしてだしをとるのに使う。このパックから中身を取り出して使うことにした。

さらにさらにもっと美味しくならないものかと、これまでの経験からいろいろの味を加えてみた。コンソメ、和風だし、オイスター・ソース、ウスター・ソース、しょう油などなど。しかし、結論としては何にも余計なことはしない方がよいことがわかった、焼そばソースにお任せして、その味を天かすや、青のりや紅ショウガやだし粉で引き立ててあげればいいのだ。結局、麺がスパゲッティなだけで、あとは限りなく焼そばに近いレシピになった。

ただちょっとだけ私なりの工夫をした。天かすとだし粉はトッピングとしてではなく、茹であがった麺を炒める直前にフライパンに入れて麺やソースと一緒に和えた。この方が味がなじんでより美味しいと思う。
それからトッピングとしてマヨネーズをかけるかどうかはお好みだ。私は味的にはかけたいのだが、そうすると全体がべちゃっとした感じになってしまうので、かけないことにしている。

香ばしい焼そばソースの味と香りが、中華麺よりも歯応えのしっかりしたモチモチの極太麺に絡んで大満足の一品となった。上にも書いたが、私としては本来の焼そばよりこちらの方が美味しいと思う。
それに中華麺の蒸し麺は買い置きしておくと賞味期限を気にしなければ成らない。しかしスパゲッティの乾麺なら、常時ストックしておけるので、いつでも気が向いた時に手軽に作れるのもいい。

ちなみに、沖縄にはスパゲッティを炒めた焼そばを出す店が実際に何軒もあるのだそうだ。やっぱり先に思いついていた人がいるのだなあ。


■■ 焼そばスパゲッティのレシピ ■■

〔材料〕(1~2人前)

スパゲッティ 250g
*2.2ミリのものが絶対におすすめだ。デュラムセモリナに加えて強力粉が配合されており、モチモチ感がある。炒めスパゲッティには最適だ。
スーパーでは手に入りにくいので、私は通販で取り寄せている。

[具材]

・魚肉ソーセージ 1本
*豚肉や普通のソーセージやハムなど何でもよいが、ここジャンクの王道ということで魚肉ソーセージを。安いしね。

・ニンニク 1片

・野菜  合計約300グラム
*何でもよい。定番のキャベツ、モヤシなどの他、タマネギ、ピーマン、ニンジン、キノコなど何でも可。

[調味料等]

・サラダ・オイル  大さじ1
・塩・コショウ  適宜
・焼そばソース  70~80グラム
*市販のもの
・天かす  約40グラム
・だし粉  約10グラム
*富士宮焼そばのトッピングとして有名。イワシの削り節の粉末のこと。でも入手困難。
スーパーでカツオ、サバ、イワシ、昆布などの粉末を入れた「天然だしパック」というのをみつけたので、ここではパックからこの中身を出して使っている。

<トッピング>

・青海苔  適宜
・白ゴマ  適宜
・マヨネーズ お好みで


〔作り方〕

1 具材を切る。野菜と魚肉ソーセージは適当な大きさ、ニンニクは千切りか、みじん切りにする。

2 お湯を沸かして麺を茹でる
*茹でるお湯は麺の10倍と言われている。なので、ここでは、2500ccのお湯で茹でる。
*茹で時間は2.2ミリの麺の場合、麺を入れてから13分。製品によってはもっと長い時間を指定しているものもあるが、経験によるとそれらも13分で十分だ。

3 麺を茹で始めたら、フライパンを火にかけあたためてから、サラダ・オイル大さじ1を入れて具材を炒める。

4 茹で上がりの時間が近づいたら(1~2分前)、フライパンに天かすとだし粉を加えて炒めた具材とざっと混ぜる。
そして、塩コショウ適宜と焼きそばソース少しで、具材に軽く味をつけておく。

5 茹で上がった麺をザルに取り、フライパンに投入。焼そばソースの残りも加えて麺と具材を混ぜ合わせながら2~3分よく炒める。
最後に味を確認して必要があれば調整する。

6 お皿に盛って、青のりと白ゴマをふりかけ、お好みでマヨネーズをかけて完成。


2013年10月15日火曜日

ベック・ボガート&アピス 『ライヴ・イン・ジャパン~40周年記念盤』


この(2013年)9月から10月にかけて、ロック・ファンのサイフを直撃する重量級アイテムの発売が相次いでいる。ボブ・ディランの『セルフ・ポートレイト』関連のブートレッグ・シリーズ最新版が出て、ザ・バンドの『ロック・オブ・エイジズ』の完全版が出た。
個人的には、CS&N関連アルバム9枚の初紙ジャケ化なんていうジャブ攻撃もあった。そして今月はいきなりキング・クリムゾンの24枚組(内CD20枚は1974年のライヴ音源)という巨大爆弾が落下。みんな無事に生き延びてますか。

そんな中、さらに加えて先月の『レコード・コレクターズ』誌の記事で、ベック・ボガート&アピスの『ライヴ・イン・ジャパン~40周年記念盤』の発売を知った。これははたして買いか、それとも…。
発売元が発表したこのアイテムのポイントは次の五つ。

1 オリジナル・アナログ・マスターからのリマスター
2 当日の演奏曲順通りの収録
3 ツアー・パンフの復刻封入
4 7インチ・アナログ・シングル・サイズの紙ジャケ化
5 豪華ブックレット

ボーナス・トラックはなしということだ。となるとリマスターは私にはあんまり関係ないし、シングル・サイズの紙ジャケなんてCD棚でいかにもじゃまくさそう。私的には、演奏曲順通りに曲を並べ直したことくらいしか興味がわかない。
というわけで、こういうときにいつもしているように、手元にあるBB&Aの『ライヴ・イン・ジャパン』を聴きなおしてみた。私の持っているのは2005年の紙ジャケ版だ。
で、結局のところ結論としては手元の盤で十分、わざわざ買い直す必要はなしということになった。

なぜかというと、このアルバム、そもそも曲順がどうのこうのというほどの内容じゃないからだ。
『レコード・コレクターズ』誌20052月号ジェフ・ベック特集の中で、このアルバムについて小野島大は「体育会系のノリ」とか「肉体派ハード・ロック」という言い方をしていた。私もまったく同感。だから曲の順番なんてどうでもいい感じ。

それにアナログ時代からのこのアルバムの曲順も、これはこれでそれなりに良くできていると思う。ちなみにその曲順とは以下のとおり。

〔A面〕 1 迷信
2 君に首ったけ
3 ジェフズ・ブギー
〔B面〕 4 ゴーイング・ダウン
5 ブギー
6 モーニング・デュー
〔C面〕 7 スウィート・スウィート・サレンダー
8 リヴィン・アローン
9 アイム・ソー・プラウド
10 レディー
〔D面〕 11 黒猫の叫び
12 ホワイ・シュッド・アイ・ケア
13 プリンス/ショットガン

アナログの4面に、収録時間の関係から演奏順には眼をつぶって割り振ったらしい。しかし、A面からD面へとちゃんと起承転結の構成になっている。
「迷信」や「ジェフズ・ブギー」でいきなりギュっと聴く者の心をつかむA面。続くB面は、実際のコンサートでのアンコール・ナンバー「ゴーイング・ダウン」と「ブギー」の2連発でさらに盛り上げる。そしてC面で一転、「スウィート・スウィート…」や「アイム・ソー・プラウド」など、メロウなバラードのソウル・サイドとなる。
そしてD面は「ブルース・デラックス」入りの「黒猫の叫び」から、ギターとベースのかけあいがある「ホワイ・シュッド・アイ・ケア」へと盛り上げていき、「プリンス/ショットガン」の怒涛のメドレーに突入してエンディングとなっている。
たしかに「君に首ったけ」では、アルバム2曲目にして長い長いベース・ソロが入ったりするなど多少不自然なところはあるかもしれないけど、曲順はもうこれでいいんじゃないの。


それにしても今月号の『レコード・コレクターズ』誌(201311月号)のBB&A特集にはちょっとビックリ。この『ライヴ・イン・ジャパン』の発売に合わせて組まれた特集とはいえ、何だかBB&Aをホメ過ぎのょうな気も…。
アルバム『ライヴ・イン・ジャパン』だけならともかく、BB&Aのヒストリー記事はあるし、前作のスタジオ作『ベック・ボガート&アピス』の全曲ガイドやらボガートとアピスのBB&A以外の活動の詳細まで紹介するという力の入れようだ。
『ベック・ボガート&アピス』の全曲ガイドをやるなら、もっと先にやるべきベックのアルバムはいっぱいあるはずなんだけど。

BB&A期は、ジェフ・ベックのキャリアの中の谷間の時期だ。つまりあまり高く評価されてこなかった。
これは私だけの見方ではなくて、これまでのごく一般的な見方だったし、何よりジェフ・ベック本人もそう考えている。BB&Aはベックにとって、始めてしまったものの、次のステップに進むために早く終わりにしてしまいたい「消化試合」だったのだ。
そして結局BB&Aはセカンド・アルバムの制作までいったものの、発売には至らないままベックがグループを放り出してしまったわけだ。
ベックが『ライヴ・イン・ジャパン』の日本以外での発売を、いまだに許可しないのは、やっぱり「消化試合」だったからだろう。

この「消化試合」はハード・ロックだったので、とくに日本では大いに受けた。今回の『レコ・コレ』誌の特集で、中重雄がその辺の事情を次ように上手くまとめている。
「BBA期のハード・ロック路線は、やりたい音楽とそれに見合う人選、自分の弾きたいギター・スタイル、一緒にやってみたいメンバーの個性などすべてがバラバラで四苦八苦していたために、集めた人材でできることを最優先した結果」(中重雄「トリオ編成による“ハード・ロック化”路線の真相」)。だからコンセプトが曖昧で、中途半端だったというのである。
私がBB&Aにあまり執着を感じない理由は、まさにその辺にある。今回あらためてスタジオ作の『ベック・ボガート&アピス』も聴き直してみたら、意外に曲はいいのだけれど ヴォーカルがダメだし演奏も中途半端で印象の薄いアルバムだと思った。一言で言えばダサいのだ。

『ライヴ・イン・ジャパン』は、ベックのプレイが伸び伸びしている点は悪くないのだが、サウンドの全体はアメリカっぽく田舎くさい。この泥臭くて垢抜けない感じが今ひとつだ。前々作までの第2期ジェフ・ベック・グループのあの洗練されたシャープな感じはない。ベック・ファンは、みんなこの泥臭さも平気なんだろうか。
今回の『ライヴ・イン・ジャパン』の40周年記念盤のオマケがテンコ盛りの売り方を見て、そんなふうにでもしないと売れないのだろうなとかんぐってしまった。たんにリマスターしただけでは、商品としての魅力が薄いと発売元は踏んだのだろう。そうだとしたらメーカーの方が、『レコ・コレ』誌よりよっぽど冷静だということになる。


ジェフ・ベックは天才だと思う。プレイヤーとしても音楽的な創造性の点でも、ジミー・ペイジやエリック・クラプトンを上回っているかもしれない。しかし、その天才性ゆえというべきか、気まぐれですぐ飽きてしまう。バンドを組んでも音楽性のツメが甘いし、バンドの運営もちゃんとできない。
そんなベックの残した最高の成果は、第1期と第2期のジェフ・ベック・グループのそれぞれセカンド・アルバムだと思う。つまり『ベック・オラ』と『ジェフ・ベック・グループ(オレンジ)』だ。
これらも今回あらためて聴いてみたら、そのシャープでひらめきに満ちたプレイに思わず聴きほれてしまった。とくに『オレンジ』は、ベックの最高傑作だと思う。バンド・サウンドそのものも、しなやかで繊細でセンスがきらめいている。アルバム全曲ガイドをやるなら、こっちが先でしょう。
BB&Aのような横道にそれずに、このソウル、ファンクとロックの合体路線でもっと先に進んで欲しかった。

〔追記〕
BB&A『ライヴ・イン・ジャパン~40周年記念盤』が発売された直後のこと、このアルバムがタワー・レコードの週間洋楽売り上げランキングで、5位に入っていた。4位より上は、ポール・マッカートニーの新譜以外は、近頃の知らないアーティストばかり。これらに続いて5位に食い込むというのは、かなりすごいことなのでは。
やっぱりみんなベックが好きなんだなあ。しかし、これはオヤジ世代ばかりでなく、若い人の中にもベック・ファンが多いということでもある。なら、第1期と第2期ベック・グループのアルバム群も40周年記念エディションを出して欲しかったな。
(2013年11月3日)



2013年10月9日水曜日

クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング 『デジャ・ヴ(Déjà vu)』


<『デジャ・ヴ』というアルバムのバラバラ感>

CSNCSNYは、合計3枚のアルバムを残した。面白いことに、この3枚は、それぞれまったく個性の違うアルバムになっている。私は何といっても3作目のライヴ2枚組『4ウェイ・ストリート』がいちばん好きだ。ライヴならではのピリピリと張りつめた緊張感と躍動感がたまらない。賛同してくれる人は少ないけれど、このグループの最高作は断然このライヴ盤だと思っている。
ファースト・アルバムは、繊細でさわやかで軽快。きれいにまとまっている1枚だ。そして一般的には、このグループの最高傑作であり、ロックの歴史の上でも名盤のひとつに数えられているのが2作目の『デジャ・ヴ』ということになる。

私も『デジャ・ヴ』はいいアルバムだと思う。名曲が詰まっているし、私なりの強い愛着もある。しかし、このアルバムが何とも不思議なアルバムであることもたしかだ。
ジャケットのセピア色の写真がバンドのイメージを強調しているにもかかわらず、中身はまるでバラバラなのだ。このアルバムについてのコメントには、つねに「前作の方がまとまりはよい」という一言が添えられている。
『レコード・コレクターズ』誌19922月号CSNY特集のアルバム評で萩原健太は、このアルバムを次のように言い切っている。すなわち、「4人のソロ・アーティストがそれぞれ自分の作品を数曲ずつ持ち寄り、それぞれのやり方で主導権を握りつつレコーディングしたオムニバスアルバム」だと。

しかもなおこのアルバムをCSNYというひとつのグループの音としてくくっているものがはたしてあるのだろうか。
とりあえずオープニングの「キャリー・オン」(スティーヴン・スティルス作)と、ラストの「エヴリバディ・アイ・ラブ・ユー」(スティルスとニール・ヤングの共作)だけは、リード・ヴォーカルなしの強力なコーラスで、このグループの特徴を全面に打ち出している。アコースティック・ギターと力強いコーラスが中心だ。
しかしその間にはさまれた曲のかずかずの曲調はまちまち。コーラス・ハーモニーが添えられている点が、かろうじて共通項とも見える。しかし、コーラスなしの「カット・マイ・ヘア」や、さらに完全にスティルスが一人で弾き語りしている「4+20」なんかもある。
まさにオムニバス・アルバムだ。ウェブ上では、このアルバムの中でとりわけニール・ヤングの曲が異質だとか、浮いているという感想が目に付いた。けれども他の曲についても、ほとんど大同小異だろう。
そんなバラバラな感じを認めつつも、われわれはこのアルバムを愛してきたのだった。

しかし時を経て今振り返ると、このバラバラ感はじつはわざとやっていたことではないかとも思えてくるのだ。というのが言い過ぎなら、バラバラになってしまったけれども、あえてそのままにしたのではないかと。
なぜなら前回にも書いたように、彼らがこれまでのバンドとは全然違うあり方、すなわちお互いを束縛しないで尊重しあう「自由な個人の集合体」というグループ・イメージを、いわば売りにしていたからだ。当時の彼らに対する圧倒的な支持の幾割かは、確実にこのグループ・イメージによるものであった。そんなグループのアルバムとして、『デジャ・ヴ』のバラバラ感は十分に許容され得るものだったのではないか。いやむしろその方が、メンバー各人の個性の違いが際立って、グループ・イメージに相応しいとさえ言えたかもしれない。

だが不思議なことがある。このアルバムを聴いてその中のいずれかの曲に感動したとする。当然その曲の作者に興味がわく。もっとその作者の曲を聴きたくなる。しかし、『デジャ・ヴ』には、各メンバーの曲が2曲ずつしか入っていない。そこで、ソロ・アルバムに手を出してみる。しかし、クロスビーもスティルスもナッシュも、それぞれのソロ・アルバムを聴いてもなぜか物足りないのだ(ヤングだけはとりあえず別だ)。『デジャ・ヴ』を聴いて期待していたのとはちょっと違う。
やっぱり『デジャ・ヴ』に入っている曲は、ソロ・アルバムとはひと味違うのだった。何だかよくわからないこの「ひと味」、それぞれのソロ作にはない「ひと味」。これがつまりCSNYという場の中だからこそ生じる何かであり、『デジャ・ヴ』のバラバラな曲をくくるものと言えるのかもしれない。


以下『デジャ・ヴ』の各曲についてのコメント。

1 キャリー・オン(Carry On

前作の「青い眼のジュディ」と並んでCSNYの魅力を凝縮した曲だ。
リード・ヴォーカルはなして、歌はずっとコーラスだけ。アコースティック・ギターのサウンドに乗って強靭なコーラス・ワークが展開される。間奏のアカペラのコーラス・ハーモニーの素晴らしさ。そこから、ナッシュのコンガとスティルスのオルガンに導かれてラテン・ロック風の後半部へと入っていく。この意表をつく展開がまたカッコいい。
この曲には、ニール・ヤングが参加していない。またギターの他にベースとオルガンもスティルスが一人で弾いている。そういう意味では、前作『クロスビー、スティルス&ナッシュ』とほとんど同じ体制で作られたわけで、サウンド的にも前作そのままと言えるだろう。

ところでボックス・セット『CSN』(1991)では、この曲のタイトルが「キャリー・オン/クエスチョンズ」と標記されていた。つまりこの曲はメドレーで、後半は本当は「クエスチョンズ」という曲らしいのだ。
スティルスのバッファロー時代の曲に「クエスチョンズ」という曲がある。バッファロー・スプリングフィールドのサード・アルバム『ラスト・タイム・アラウンド』に入っている。この曲と「キャリー・オン」の後半を聴き比べてみると、たしかにメロディーが部分的に似ている。また歌詞のサビの部分がそのまま「キャリー・オン(/クエスチョンズ)」に使われている。でもまったく同じ曲とは言えない。「クエスチョンズ」は「キャリー・オン(/クエスチョンズ)」の後半部の原曲と考えればいいのだろう。

2 ティーチ・ユア・チルドレン(Teach Your Children

グレアム・ナッシュは要するに、CSNYにおける「ポップ性&ヒット・チャート」担当だと思う。だからアルバム・アーティストではないと私は思っている。
この曲もシングル・ヒットしたり映画で使われたりして当時ずいぶん耳にした。しかし、今となってはアルバムでじっくり聴くほどのものでもないのでは…。

3 カット・マイ・ヘア(Almost Cut My Hair

クロスビーの傑作だ。歌詞は難しくてよくわからないけれど、「髪を切る」とは徴兵に応じること、型にはめられて個性を奪われることを意味しているのだろうか。
スティルスとヤングがギターを弾いているが、やはり引き絞るようなニール・ヤングのギターは、クロスビーの緊張感あふれるヴォーカルにぴったりだ。

ボックス・セット『CSN』収録のこの曲のオリジナル・ヴァージョンでは、ヴォーカル・パートの後、延々とスティルスとヤングのギター・バトルが展開される(途中で倍テンポになる)。こちらでは、スティルスのほうが優勢だった。

ちなみにニール・ヤングは『デジャ・ヴ』の中で、この曲がいちばん好きだという(と、クロスビーが書いていた)。

〔追記〕 20131013
2、3日前に出た今月号の『レコード・コレクターズ』誌(201311月号)の連載記事「ロックの歌詞から見えてくるアメリカの風景」の第41回で、たまたまこの曲が取り上げられていた。何というタイムリーな偶然。
ジョージ・カックルという人が、「長い髪の毛が意味するもの」というサブ・タイトルのもとに、この歌の歌詞を解説していた。髪を長く伸ばしていた自身の思い出を交えてのなかなか味のある文章だ。
それで髪を切ることが直接的には徴兵制に関係していないことがわかった。ただし長い髪の毛は、反戦、反人種差別を唱えるカウンター・カルチャー世代のアイデンティティであり、それを捨ててはいけない(切ってはいけない)という内容とのこと。徴兵制の連想は、当たらずとはいえそれほど遠いわけでもなかったようだ。
いずれにしてもこの記事で、クロスビーの詞がすごく深いということがあらためてよくわかった。


4 ヘルプレス(Helpless

ニール・ヤングの代表曲という人もいるが、私はそれほどの曲とは思わない。『4ウェイ・ストリート』での弾き語りや、ソロ・アルバムの中にもっとよい曲がある。
上にも書いたが『デジャ・ヴ』の中でニール・ヤングが浮いているという印象を持つ人が多いのは、曲そのものが今ひとつだからではないかという気もしないでもない。

5 ウッドストック(Woodstock

オープニングの「キャリー・オン」とともに、このアルバムでCSNYのイメージを象徴する曲だ。私は、『デジャ・ヴ』の中でこの曲がいちばん好きだ。
前面にフィーチャーされたニール・ヤングのリード・ギターがすごい。例によって引きつったような無骨で強引なフレーズ。イントロなんて、あれミス・タッチなんじゃないの。奥に聴こえるスティルスの流麗なギターのフレーズと比べると、よけいそのバランスの悪さが際立つ。
ジョニ・ミッチェルの曲で、スティルスが抑制の効いたリード・ヴォーカルをとっている。これに斬新なコーラス・ワーク(ちなみにヤング抜き)がかぶさる。聴き所は、まさにこのきっちりと決まった曲本体に、ヤングの破壊的なギターがどう絡むかという点だろう。じつに絶妙で、スリリングなマッチング具合だと思う。

6 デジャ・ヴ(Déjà vu

これもクロスビーの傑作。
この曲についての次のコメントがじつに秀逸なので引用させてもらう(敬意を表してのことなので御了承を)。

一拍三連のリズムで繰り返されるギターのアルペジオに乗って(ここで冒頭の歌詞が引用されているが省略)と歌われるAパートの3人(ヤング抜き)のハモリの凄絶さにはもう言葉が出てこない。

Bパートのラスト。"We have all been here before" の箇所で、「びふぉーーーっ」と長く伸ばされたコーラスが途絶えた瞬間ジャラーンと鳴らされるギターのストローク、さらにその直後に聞こえるハーモニクス音。すべてが完璧な計算のもとに作り込まれているのだとしたら(おそらくそうなのだろうけれど)恐ろしい。これはもう完全なプログレだ。

(アマゾンHPWhoopZeekさんによるカスタマー・レヴュー)

私もまったく同感だ。
それからジョン・セバスチャンのハーモニカの墨絵のような淡い音色も印象的。あの能天気野郎にこんなハーモニカを吹かせたのは誰だ。

クロスビーによるとこの歌は輪廻転生について歌っているという。つまりここでいう既視感(デジャ・ヴ)とは、前世の記憶のことなのだ。輪廻転生は東洋的な思想であり、反キリスト教的な考え方だ。だからこの曲には、キリスト教的な価値観に対する否定が込められていることになる。

アルバム・ジャケットのメンバーの写真は、セピア色の古色が付いていて、いかにも回顧的な雰囲気が漂っている。何となく南北戦争の軍服っぽいスティルスの服、クロスビーのライフルやダラス・テイラーの弾帯、そしてそれぞれのファッションなど、みな時代を感じさせる。これらはこのタイトル曲の前世のイメージからインスパイアされたものなのではないのだろうか。

7 僕達の家(Our House

これも「ティーチ・ユア・チルドレン」と同じ。甘ったるくて、まともに聴く気にはなれない。

8 4+20

スティルスのギター弾き語りの小曲。バラッド風の翳りのある落ち着いた曲調が悪くない。が、コーラスなしなので、むしろソロ・アルバムにふさわしいような曲だ。

9 カントリー・ガール(Country Girl  Medley: Whiskey Boot Hill / Down, Down, Down / "Country Girl" (I Think You're Pretty

バッファロー時代のニール・ヤングを思わせる曲。組曲形式で、ティンパニーが鳴り響くドラマチックな構成。大仰なばかりで曲にあまり魅力を感じない。ニール・ヤングってもっとシンプルで内省的な曲か、あるいはストレートに激しい曲で真価を発揮する人だと思うのだが。

10 エヴリバディ・アイ・ラブ・ユー(Everybody I Love You

スティルスとヤングの共作とのことだが、ほとんどスティルスの曲。ビートが効いていて、コーラスも強力。短い曲なのに途中でテンポを変えたりして構成にも工夫がある。前曲からバッファロー・モードが続いている感じ。
ただ、スティルスのノリは上滑りしているし、ヤングのギター・ソロも爆発しないまま。ということもあってどうにも面白味のない曲だ。アルバムの最後を、景気よく締めようとしたのだろうけれど、結局ただそれだけの曲。


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クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング ゆるやかな集合体として


ハード・ロック&プログレ少年だった私が、間違ってクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングの『4ウェイ・ストリート』を買ってしまったのだ。
だから、レコードに針を落として流れてきたアコースティック・サウンドを耳にしたときには、ひどくがっかりした。大枚はたいた2枚組だというのに大ハズレ。レコード盤を裏返しても、どこまでも軟弱なサウンドが続いている。しかし、2枚目からはエレクトリック・サイドなので、少し気を取り直したのだった。1970年代の初めのことだ。

しかしその後何回も聴き込むにつれて、私はどんどんこのアルバムに引き込まれていった。それもエレクトリックの2枚目よりも、アコースティックの1枚目の方が断然好きになった。当時の私の周りにいたハード・ロック少年たちもレッド・ツェッペリンを聴く一方で、みんなCSNYが好きだった。このグループには、何か特別の魅力があったにちがいない。
ちなみにレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジとロバート・プラントもCSNYのファンだったことは有名だ。

クロスビー、スティルス&ナッシュのファースト・アルバム『クロスビー、スティルス&ナッシュ』は1969年の6月に発表された。このアルバムは、チャートの6位まで上がるヒットを記録し、彼らは一躍人気グループとなる。
アルバムの発表後、さらにニール・ヤングをメンバーに加えて、7月にニューヨークのフィルモア・イーストでステージ・デヴューし、8月にはあの伝説的なウッドストック・フェスに出演、その後も欧米を巡るツアーを行うなど、精力的にライヴ活動を行っている。
そしてその翌年1970年の3月にリリースされたのが『デジャ・ヴ』だった。このアルバムは、発売前の予約だけで200万枚を突破するという大ヒットとなった。

このグループが、登場と同時にたちまち人気を集め、熱狂的に支持されたのはなぜだろう。
もちろんよく言われるように、それぞれバーズ、バッファロー・スプリングフィールド、ホリーズという有名バンドのメンバーだった3人が、新たに結成した「スーパー・グループ」という話題性もあったろう。しかし、その人気の最大の要因は、彼らの音楽スタイルと音楽性によることは明らかだ。
アコースティック・ギターにのせて歌われる美しく力強いコーラスは、まったく斬新で画期的なものだった。またそれは、さわやかであると同時に、ときおり内省的な陰影も感じさせた。そのような彼らの音楽性が、時代の気分にぴったりと一致したのではないかと思う。


<斬新な音楽性>

では彼らのハーモニーはどのようにして生まれたのか。
グループ結成の有名なエピソードがある。
9686月のある日、ジョニ・ミッチェルの家(またはママス&パパスのキャス・エリオットの家とも言われている)に遊びに来ていたデヴィッド・クロスビーとスティーヴン・スティルスが、気まぐれに二人で「ユー・ドント・ハフ・トゥー・クライ」をコーラスしたのだという。
このときたまたまそこにイギリスから来ていたグレアム・ナッシュが居合わせた。二人の歌を聴いていたナッシュが、第三のコーラス・パートを思いついて一緒に歌ってみたところ、そこに生まれたハーモニーの素晴らしさに彼ら自身も驚いたというのだ。何だか、にわかには信じ難い話だ。ともかくこれが発端となって、グループが結成されたのだという。
ナッシュって作る曲は単純で内容も軽いから、私的にはあまり高く評価していないのだが、CSNのサウンド面では意外な貢献をしていたというわけだ。

1968年の12月に行われたCSNとしての初めて録音で、この「ユー・ドント・ハフ・トゥー・クライ」が歌われている。その後1991年に発売されたボックス・セット『CSN』で、このときの録音を聴くことができる。ファースト・アルバムに収められたヴァージョンに比べるとデモ的だが、その分リード・ヴォーカルなしで歌われる3声のハーモニーの繊細な美しさと力強い張りが際立っている。その意味で、このグループの音楽の魅力の全てが、すでにここにあると言えるだろう。

CSNのファースト・アルバム『クロスビー、スティルス&ナッシュ』は、CSNの3人がそれぞれ持ち寄った曲を、コーラスによって展開した曲集と言うことができる。アルバムの全体は、コーラス・ハーモニーの響きと、アコースティック・ギター・サウンドの大幅な導入によって、きちんとした統一感を持っている。
それをまとめあげたスティーヴン・スティルスの音楽的な貢献度はとても高い。スティルスはマルチ・プレイヤーとして、ドラムス以外のほとんどすべての楽器を演奏している。特に、オルガンとベースのプレイが独特で、軽快で明るい音色のトーンでアルバム全体をうまくまとめている。


<自由な個人の集合体というイメージ>

CSNYが、登場と同時に大きな支持を集めた背景には、これまで述べてきた彼らの斬新な音楽性の他に、もう一つ理由がある。それは、彼らのグループ・イメージの魅力だ。彼らは、従来のバンドとは全然違っていた。お互いを束縛したり拘束したりしない自由な個人の集合体なのだ。そしてそのことをいわばひとつの売りにもしていた。今で言えば「ユニット」という考え方だ。そのようなグループのあり方が、当時の人々に強く支持されたのだ。

『レコード・コレクターズ』誌19922月号のCSNY特集で、小林慎一郎は、ウッドストックとの関係で、彼らのそんなグループ・イメージにつて述べている。
1968年の8月にウッドストック・フェスが開かれた。そしてその翌年1970年に、この歴史的な音楽イヴェントを記録した映画『ウッドストック』が公開される。この映画においてCSNYの扱いが他の出演グループと比べて別格であり、CSNYがこのイヴェントのイメージ・シンボルとして位置づけられていたことを小林は指摘している(小林「ウッドストック世代の精神を象徴した4人組」)。

たしかに映画『ウッドストック』でのCSNYの扱いは特別だ。演奏シーンそのものは「組曲;青い眼のジュディ」1曲のみだが、その他にCSNYの曲が4曲も使われている(ディレクターズ・カット版)。
まず冒頭近くの会場の準備をしているシーンのバックで、「ロング・タイム・ゴーン」と「木の舟」が流れる。そして、最後のエンド・ロールでは、エンディング・テーマとして「ウッド・ストック」と「自由の値」が使われているのだ。
「ロング・タイム・ゴーン」と「木の舟」と「ウッドストック」の3曲は、ライヴではなくスタジオ・ヴァージョン。オリジナル・アルバム収録のものとは別テイクのようにも聴こえる。とくに「ウッドストック」のニール・ヤングのギターはかなり違う印象だ。しかしあるいはミックスが違うだけなのかもしれない。「自由の値」は、たぶんこのイヴェントでのライヴ・テイクだと思う。

でもこのときにライヴで演奏した曲は、なぜそのライヴ・テイクを使わなかったのだろう。映画冒頭の「ロング・タイム・ゴーン」と「木の舟」の間には、キャンド・ヒートの「ゴーイング・アップ・ザ・カントリー」が流れるのだが、これはちゃんとこのときのライヴ・テイクをそのまま使っていた。
CSNYの曲のライヴ・テイクを使わなかったのは、一説には、演奏の出来がよくなかったので、とくにニール・ヤングが反対したためとも言われている。しかし最初に出たウッドストックのオムニバス・アルバムで聴ける「木の舟」の演奏なんかは、なかなかの名演だと私は思っているのだが。

因習や形式にとらわれたり、束縛されることを否定し、人間本来の生き方に帰るというのがヒッピー・ムーヴメントの考え方である。それはまたウッドストックというイヴェントの背景にある考え方でもあった。
個人を尊重し互いに束縛しあわないゆるやかな集合としてのCSNYは、まさにそんなウッドストック世代の精神のシンボル的な存在であり、だからこそこの映画でもイメージ・リーダーとして扱われていたというわけだ。


<ニール・ヤング加入のナゾ>

CSNYのファンにとって、CSNへのニール・ヤングの加入は永遠のナゾだ。バッファロー・スプリングフィールド時代に幾度も自分と対立を繰り返してきたニール・ヤングを、スティルスはなぜあえてグループに迎え入れたのだろうか。
いろいろな説があるらしい。一般的にはライヴでの演奏面とコーラス面の強化をはかるためだったと言われている。しかし、この解釈に私はまったく納得できない。

演奏面での不安はたしかにあったはずだ。
『クロスビー、スティルス&ナッシュ』では、スティルスが一人でいろいろな楽器を弾いて音を重ねていた。これをライヴの場で再現するのには無理がある。しかし、それならベーシストとしてグレッグ・リーヴスを起用したように、ギタリストもサポート・メンバーを補充すればすむ事ではないのか。新たにCSNという主要メンバーのワクを拡大する必要まではなかったはずだ。
追加メンバーとしてエリック・クラプトンやスティーヴ・ウィンウッドやジョージ・ハリソンを誘ったが断られたというウワサ(本当かよ)もある。しかしライヴのための補強ということであれば、そんな大物でなくとも無名のプレイヤーで十分だろう。

またコーラス面の補強という理由もヘンだ。『クロスビー、スティルス&ナッシュ』の曲は、もともと3声のハーモニーだ。ライヴだからといって補強の必要がそもそもあるのか。
それにヤング加入以降の録音でも、彼がコーラスに参加していない曲はたくさんある。「キャリー・オン」とか「ティーチ・ユア・チルドレン」とか「デジャ・ヴ」とか…、どれもコーラスはニール・ヤング抜きだ。

もしニール・ヤングを入れる必要性があったとすれば、それはライヴがどうこうということではなくて、自分たちの音楽性そのものの幅を広げるためだったのではないのだろうか。そのためにスティルスは、もうひとつの強い個性をメンバーに加えようと考えたのではないのか。
スティルスは、音楽的な天性の面でニール・ヤングに対して強いコンプレックスを抱いていたという(前出の小林慎一郎「ウッドストック世代の…」での指摘)。バッファロー時代に対立したニール・ヤングを、あえてグループに迎えたのは、スティルスがヤングの才能を高く評価していたからとしか思えない。

ニール・ヤングのギターは、超個性的だ。ワイルドといえばワイルドだが、要するに手クセだけで弾いている感じもする。正直言って上手いんだかヘタなんだかよくわからない。テクニック的な面でみれば、スティルスの方が数段上だろう。
ただニール・ヤングのギターには、感情がむき出しにされているような迫力がある。破天荒ゆえの強い表現力。同じことがギターだけではなく、ニール・ヤングの音楽そのものについても言えるだろう。
スティルスはそのような点で、自分にないものをヤングに感じていたにちがいない。ヤングの才能をきちんと評価し、確執を越えてグループに迎え入れたスティルスの判断は、ミュージシャンとしてやはりエラいと思う。
しかし、そのことが、このグループを短命に終わらせることにつながったこともまちがいないのだが…。

個人を尊重し互いに束縛しあわないゆるやかな集合体としてのCSNY。それはヒッピー・ムーヴメントの、そしてウッドストック世代の理想のシンボルであった。
しかし、CSNYは、個人のエゴや自己主張の衝突によって、あっという間に崩壊してしまう。しかしそれもまたウッドストック世代の理想の崩壊を、そのまま象徴していたのだった。
CSNYの音楽は、そんなもの悲しい気分とともに、私の中に生きている。

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