2013年10月23日水曜日

レコ・コレ誌のキング・クリムゾン『レッド』特集


今月号の『レコード・コレクターズ』誌(2013年11月号)は、キング・クリムゾン『レッド』特集。言うまでもなく『レッド』の40周年記念エディションとボックスの発売に合わせて組まれたものだ。

それにしてもこのボックス『ザ・ロード・トウ・レッド』にはビックリだ。ディスク24枚組という重厚長大なヴォリューム。この内CD20枚が1974年の北米ツアーのライヴ音源とのこと。前の『太陽と戦慄 コンプリート・レコーディングズ』の15枚組ボックスにも驚かされたけど、今回はそれをはるかに上回る驚きだ。ロバート・フリップという人は、本当に次々ととんでもないことを仕掛けてくるなあ。
これでお値段は30000円也。このヴォリュームを考えれば、けっして高くはない。高くはないが、私にはやっぱり買えない。それよりなにより、中身を聴いてみたいと思う前に、内容についての話を聞いただけで満腹という感じになってしまう。

ところで『レッド』は、クリムゾンのアルバムの中では、あまり好きなアルバムではない。演奏はともかくとして、曲の出来が今ひとつで魅力が薄いのだ。
私のベスト3は、『太陽と戦慄』、『クリムゾン・キングの宮殿』、そして『アイランズ』だ。ライヴなら『アースバウンド』。
ところが今回の特集は、私的には読みどころも多く、久しぶりに楽しませてもらった。というわけで今回は、この特集そのものについての感想をいくつか書いてみようと思う。
ボックス『ザ・ロード・トゥ・レッド』については、また別項であれこれ思うことを書く予定。

やっぱりレコ・コレ誌の特集は全体に内容が深いし読ませる。ネット上にあふれている当てにならない情報や底の浅い感想(私のこのブログがそのひとつでないことを祈る)とは段違いだ。今回の『レッド』特集の中でも、特に私が感心したのは次の三ヶ所。順に紹介してみよう。


■■その1■ 「アイランズ」クリムゾンのあのやけっぱちツアーにも大きな意味があった

今回の特集のメイン原稿のひとつが、松山晋也 「トリオ編成での限界に挑戦し ついにたどり着いた“鋼鉄の塊”」だ。
この中で松山は、『太陽と戦慄』以降のいわゆるメタル・クリムゾンの背景のひとつに「アイランズ」クリムゾンのツアーがあったことを指摘している。メタル・クリムゾン結成の呼び水になったのが、「アイランズ」期のメンバーによる、「72年初頭のやけっぱちなライヴ・ツアー」であったというのだ。意表を突いているけれども、なるほどと思わせる。

フリップとグループの他の3人のメンバーとの人間関係が分裂し、フリップにとっては苦々しい思い出となった「アイランズ」期のクリムゾンのツアー。それなのに、フリップはこのツアーのライヴ・アルバム『アースバウンド』をリリースした。グループ内の人間関係も劣悪、そしてまた録音の音質も劣悪だったにもにもかかわらずだ。フリップには、この演奏によっぽど強い思い入れがあったことになる。

松山はその思い入れを、「4人の荒々しいインタープレイが放出するとてつもない熱量の大きさと美しさをフリップは気に入ったのだ」と説明している。さらにはそれを、「フリップが、初めて、自分で制御できない音に触れた瞬間ではなかったか。その忌々しさと戸惑いは、しかし彼にとってはひとつの新たな可能性の発見でもあった。」と指摘しているのだ。
そこでフリップは、次の「太陽と戦慄」クリムゾンのメンバーに、「制御できない音」を出す「野人」ジェイミー・ミューアを加えたのだという。なるほど納得。

これまで『アースバウンド』が語られるとき、つねに当時のメンバー間の人間関係の悪さばかりが注目されてきた。しかし、この演奏にフリップがポジティヴな評価をしていたからこそ、アルバムとしてリリースされたことは間違いない。このアルバムを聴いていて感じていたその辺りのモヤモヤ感を、松山のこの文章はとてもすっきりとさせてくれた。


■■その2■ 曲解説では音楽を語れ

こういうアルバム単位の特集だから、例によって「全曲ガイド」のページがある。今回の『レッド』全曲ガイドは、前回2012年12月号の『太陽と戦慄』全曲ガイドも書いていた小山哲人が書いている。

一般的に曲の解説というものは、曲の構成の説明と、曲に関する情報と、そして曲を聴いた感想の三つから成り立っている。このうち曲に関する情報と感想は、ちまたにあふれている。たいていは他人の受け売りの情報と、舌足らずの感想ばかりだけれども。ところが曲の構成についてはめったに語られることがない。音楽を言葉で表すのは難しいからだ。

しかし小山哲人の曲の説明の語り口はかなり具体的で独特なものだ。たとえばアルバムのタイトル曲「レッド」についてはこんな調子だ。
「イントロ部、フリップのギターが5+5+5(+1)のシークエンスを跨いで上昇していく。17泊目から8分の8となるブリッジの後、メタリックなリフが鳴り響いてメイン・テーマが始まる。…」。
この後コード進行を示して説明は続いていくのだが、その辺は私にはちょっと難し過ぎる。が、とにかくこういう具体的な曲の描写の仕方はとても好ましいと思う。
というのもメディアの曲解説には、曖昧な印象と強引な解釈ばかりが、あまりにもはびこり過ぎているからだ。曲解説はあくまでまず音楽そのものから語ってほしいのだ。

そしてもちろん小山の解説には、トリビア情報も満載だ。たとえば「レッド」は、「最後の北米ツアー中の6月15日、ソルトレイク・シティでのリハーサル時にフリップが弾いたリフが原型」といった具合に。ネタ元はフリップの日記なのかな。どうでもいいトリビアではあるが、とにかく興味深い。

ただこの人には、若干ドラマチックに語り過ぎてしまうきらいがある。たとえば「プロヴィデンス」の解説のしめの部分はこうだ。
「ロードアイランドの州都プロヴィデンスの地名を冠した演奏で、クリムゾンは“神の摂理(Providence)”に従ったのか、それとも背いたのか?」。書きながら酔っていないか。
またラスト曲「スターレス」ではこんな調子。
「プログレッシヴ・ロックの共同幻想が世界中で広まるのは…(中略)…「スターレス」がこれ以外ありえないかたちでグループの歴史を自己完結させたからだろう。」ホンマかいな。

もうちょっと地道に感想に徹した方がいいと思うけれど まあこれもこの人の「芸」なのだろうな。


■■その3■ クリムゾン最高の瞬間へと至るスイッチが入った日 

そして今回の特集の目玉は何といっても、24枚組ボックス『ザ・ロード・トゥ・レッド』の詳細解説だ。今回は坂本理が、「『レッド40thアニバーサリー・ボックス』徹底解説」と題して書いている。相手が相手だけに大変な労作だ。
メインはもちろん24枚のディスクの内、1974年のライヴ音源を収めたCD20枚についての解説だ。

収録された個々のコンサートついて要領よくコメントしている。
その上で注目されるのは、ツアーの日程をこなしていく中で、しだいに進化していくこのグループの変化にも触れている点だ。
坂本はこの20枚のCDを説明のために三つのセクションに区切っている。①ディスク1~3と②ディスク4~10と③ディスク11~20の三つだ。
最初のディスク1から3までの区切りは、北米ツアーの前半の音源で、この後ツアーはいったん小休止に入るわけだから妥当だろう。
この中断の後、北米ツアーは再開して後半へ。6月4日から7月1日の最終日までの後半日程をこなしていくことになる。坂本はこの間の音源を二つのセクションに区切っているのだ。すなわちディスク4から10(6月5~23日)までと、ディスク11から20(6月24~7月1日)までの二つにだ。注目すべきは日にちが連続しているのに、6月の23日の公演と翌24日の公演との間に一線を引いたことだ。それはなぜか。

この一連のツアーの中でキング・クリムゾンの最高の瞬間は、6月28日のアズベリー・パークと最終日7月1日のセントラル・パークのステージだと言われている。この最高の瞬間に向けてバンドの上昇にスイッチがはいったのが、この6月24日の演奏だと、坂本は聴き取ったのであった。
「ここにはバンドとして歯車が噛みあい、それまでに到達し得なかった領域にまで踏み出した瞬間が封印されている。」と坂本は述べる。何だか読んでいるだけでわくわくしてくる。実際に自分の耳で聴いて確認したくなる。これが解説記事の醍醐味というものだ。今回はこの記事でたっぷり味あわせてもらった。

しかしこの記事のためにCD20枚にわたるライヴ音源を聴きとおすのはさぞや大変なことだったろう。それも、相互に比較したり、フリップの日記と丹念に対照しながらだから、なおさらだ。この記事を読んでいるだけで、いけないことだけど何だか満腹になってしまった。
自分のCD棚を調べてみたら、このボックスのCD20枚に収められている16公演の内、大体半分くらいは手元のCDで聴けそうだ。ボックスはとても買えないけれど、今回の記事を参照しながら手元のCDをあらためてじっくり聴いてみたいと思っている。その感想はまた後で。


〔『ザ・ロード・トゥ・レッド』関連記事4部作〕




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