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2013年11月14日木曜日

キング・クリムゾン最後の4日間


前回に続いて、お手軽音源で辿る『レッド』への道。
今回は、1974年北米ツアーの大詰めにしてハイライト、最後の4日間の公演を聴いてみる。
ちなみに私にとってのキング・クリムゾンは、この時期まで。『ディシプリン』以降のクリムゾンは、やっぱり別物だ。偏狭と言われようと、これが正直な気持。クリムゾン・ファンの大多数は同じ気持だと思うんだけど、どうでしょう。
だから、この4日間は、本当に私にとってのキング・クリムゾン最後のライヴなのだった。


■ 1974年6月28日 アズベリー・パーク公演

・『ザ・ロード・トゥ・レッド』ディスク15、16に収録(この2枚は曲目が同じでミックス違い)。
・ライヴ・アルバム用に録音車で録音された音源。
・この音源は、<コレクターズ・キング・クリムゾン>シリーズの1枚として日本盤が発売されている。

名演の誉れ高いこの日の演奏。今さら言うまでもないが『USA』に収録された曲の内、「21世紀の精神異常者」以外は、この日の演奏が音源。
今回、ボックスと共に『USA』の40周年記念エディションも発売された。その内容は、これまでの『USA』と大きく異なっている。「アズベリー・パーク」や「イージー・マネー」に施されていた編集作業を一切やめ、曲順もセット・リストどおりに並べ直したという。ということは結局、このアズベリー・パーク公演の記録そのままということじゃないのかな。

というわけでこの日の音源を聴いていると、どうしてもそれを元に加工した『USA』と比較してしまう。
USA』との大きな違いは、次の3点。

① 「太陽と戦慄パートⅡ」と「21世紀の…」のクロスのヴァイオリンを、エディ・ジョブソンの演奏に差し替えたこと(もっとも「21世紀の…」はこの日の演奏ではないが)。
② 「アズベリー・パーク」のクロスの演奏を削り、さらに曲の長さを短く編集したこと。
③ 「イージー・マネー」の後半、フリップのソロの途中でフェイド・アウトしていること。

でもあんまりこの比較にこだわっていると話が長くなるので、なるべく端折ります。

以下<コレクターズ・キング・クリムゾン>シリーズの『ライヴ・イン・アズベリー・パーク』を聴いての主な感想。

「太陽と戦慄パートⅡ」はパーフェクト。『USA』で、ジョブソンの演奏に差し替えられたクロスのヴァイオリンも、このままでも全然悪くないと思うのだが。

つづいて「ラメント」、「エグザイルズ」と気迫に満ちた充実した演奏が続いていく。

そして問題の「アズベリー・パーク」。 『USA』収録版の原曲で、時間は『USA』版の約2倍の12分弱の演奏。
このインプロヴィゼイションは、ほとんど終始一定のリズムがキープされている点が、彼らのインプロ曲としては逆に異色だ。何度かのブレイクがあるものの、まもなくまたビートが刻まれ始めるのだ。
全員が一体となって突き進んでいく前半から、ぐいぐいと引き込まれる。クロスがおずおずと繰り出すフレーズをかわすように、フリップが細かいパッセージで這いずり回る。フリップの絶好調ぶりが伝わってくる。
中盤のブレイクの後、今度はフリップがストロークでリズムを刻み始め、これに乗ってベースが暴れ、じわじわと盛り上がっていく。そして再びバンド全体で突撃状態へ。ここでのクロスのヴァイオリン・ソロも光っている。

『USA』版の「アズベリー・パーク」は、このオリジナルの前半部分のみの短縮版で、クロスのキーボードの音をきれいに削り、代わりにベースを前面にフィーチャーしている。フリップと、ウェットンとブラッフォードの三人で暴走しているような感じだ。これはこれで良い。結局このオリジナルと『USA』ヴァージョンは、まったく別の曲という印象だ。そう思って聴くべきなのだろう。

次の「イージー・マネー」も『ライヴ・イン・アズベリー・パーク』が出るまで問題の曲だった。
初めにヴォーカル・パートがあって、その後、間奏に入る。ここで、フリップの素晴らしいソロが展開される。ところが『USA』版では、ソロがさらに続いていきそうなままフェイド・アウトされていたのだった。いったいこの先どんな風に続いていくのか。それがクリムゾン・ファンにとっての積年の関心事だった。

ところがこのオリジナル版を聴いて、われわれがちょっとした誤解をしていたことに気づく。「イージー・マネー」は、ふつうなら間奏の後に再びヴォーカル・パートに戻って終わる。ところが、この日は、後半のヴォーカル・パートがなかったのだ。だからわれわれが間奏と思って聴いていたのは、実質的には「イージー・マネー」に続くインプロヴィゼイションだったというわけだ。『ザ・ロード・トゥ・レッド』に収められた新ミックスでは、2曲に分けて曲目がカウントされている。
「イージー・マネー」を途中で切ったと思うと腹が立つが、インプロ曲をきりのいいところで絞ったと思えば多少許せるかも。

『USA』版の「イージー・マネー」のフェイド・アウトの後、オリジナル版ではさらに4分ほど演奏が続いている。それまでのゆるやかな雰囲気からテンポ・アップしていって、メラメラと、しかしクールに燃え上がるギターとベースのソロがなかなかよい。
しかし全体にクールでありながら緊張感に満ちたこの曲でのフリップのギターは、まさに神がかり的で、ほんとうに素晴らしい。

この曲も「アズベリー・パーク」と同様、『USA』の短縮ヴァージョンには濃縮された感じがある。やはり、あくまでもオリジナル版とは別の曲と考えるべきだろう。

この後、この時期のセット・リストの定番「フラクチャー」と「スターレス」の重量級の曲の2連発。いずれも濃密な演奏で、聴いているとかなり疲れる。

そして長い拍手の後、アンコールの「21世紀の…」。これは圧倒的な演奏だ。間奏部のクロスのソロも、他の三人から浮いていると言われればそうかもしれないが、私は伸びやかな感じで悪くないと思う。
しかしこの「21世紀の…」は、この日の演奏曲目の中で唯一『USA』に採用されなかった。採用されたのは、御承知のとおり翌々日のプロヴィデンス公演のテイク。どう違うのか聴き比べてみた。
なるほどプロヴィデンスのテイクの方が、間奏のフリップのギターが破天荒というか暴力的。それに間奏の時間もアズベリー・パーク公演より短めだったので、アルバムにはあちらのテイクを取ったのだろう。一応納得。でも、アズベリー・パークでのこの曲も、名演であることに変わりはない。

この日の公演の全体としては、やはり素晴らしい演奏だと思う。『USA』でさんざん聴き親しんできたということもあるかもしれないが。


■ 1974年6月29日 ペン州立大学公演

・『ザ・ロード・トゥ・レッド』ディスク17に収録。
・ライヴ・アルバム用に録音車で録音された音源。
・全9曲の内の3曲を、『ザ・グレート・ディシーヴァー』のCD2と3で聴ける。曲数としては3曲だが、演奏時間(30分30秒)としては、短かったこの日のコンサートの約半分にあたる。
『ザ・グレート・ディシーヴァー』に収録されているのは、「イージー・マネー」と2曲のインプロ曲すなわち「…イット・イズ・フォー・ユー・バット・ノット・フォー・アス」と「イズ・ゼア・ライフ・アウト・ゼア?」の計3曲。

『ザ・グレート・ディシーヴァー』に添付のフリップの日記によると、この日フリップは体調を崩していたという。前夜アズベリー・パークでの演奏の後、深夜にシーフード・バーで食べたクラム(二枚貝)によって軽い食中毒になっていたのだ。そのため、このペン州立大でのコンサートは、1時間7分で打ち切り。アンコールもなしだったので、観客とプロモーターを怒らせたという。

以下『ザ・グレート・ディシーヴァー』収録の3曲を聴いての感想。

「…イット・イズ・フォー・ユー・バット・ノット・フォー・アス」は、「イージー・マネー」の後半に当たるインプロ曲。この日も前日同様「イージー・マネー」のヴォーカル・パートは、前半部だけで後半部はなし。したがって通常なら間奏部のところから、インプロ曲に入っていく構成。
前日のアズベリー・パークでの「イージー・マネー」のときと同様テンポを落とした展開。しかし、フリップのギターには、前日のような鬼気迫る緊張感はない。そのかわりに、ストイックで、かつ繊細な表情があって、そこがなかなかよい。そのトーンがそのままクロスのヴァイオリン・ソロに引き継がれて静かに終わる。

「イズ・ゼア・ライフ・アウト・ゼア?」は、珍しくドラムスの連打から始まるインプロヴィゼイション。前半部は重心が低いヘヴィーな演奏。メンバー全員が一体となってグイグイ前進していく感じがいい。フリップの体調不良など全然感じさせない。無ビートの中間パートを挟み、再び激しいビートに乗って暴走を始める終盤の展開もよい。

全体としては、フリップの体調不良を全然感じさせない密度の濃い演奏だ。やっぱり、この3曲の前後の演奏も聴いてみたくなる。が、今のところそれは、ボックス『ザ・ロード・トク・レッド』でしか聴けないのだった。


■ 1974年6月30日 プロヴィデンス公演

・『ザ・ロード・トゥ・レッド』ディスク18、19に収録。
・ライヴ・アルバム用に録音車で録音された音源。
・全10曲が『ザ・グレート・ディシーヴァー』のCD1と2にコンプリート収録されている。

この日のインプロ曲「プロヴィデンス」が『レッド』に収録、アンコール「21世紀の…」が『USA』に収録された。

以下『ザ・グレート・ディシーヴァー』収録のプロヴィデンス公演を聴いての感想。

「太陽と戦慄パートⅡ」アズベリー・パークの演奏に勝るとも劣らない圧倒的な演奏。

続いていつものように静かに始まる「ラメント」だが、中盤からのフリップのストロークなど、尋常ではないテンションの高さを感じる。

「ア・ヴォイージ・トゥ・ザ・センター・オブ・ザ・コスモス」は、15分に及ぶ長いインプロヴィゼイションで、タイトルのとおりのドラマチックな展開だ。
不穏でヘヴィ-な前半部。暴れるベースとは対照的に、フリップのギターは歪んだ音色をサステインを効かせて長く引っ張っている。何か神がかったような感じだ。ブレイクして中盤は、ビートなしの緊迫感あふれるフリー演奏。クロスのヴァイオリンが活躍。やがてクロスとフリップによるメロトロンの嵐が吹き始める中を、リズム隊がハードにビートを刻んで突進、終盤に到る。

「イージー・マネー」。前日までと違って、間奏からそのままインプロへ突入するのではなく、再びヴォーカル・パートに戻って終わる通常のパターン。
ここでもフリップのギターが異常なほどハイ・テンションだ。ヴォーカル・パートのオブリガードなど、これまでに聴いたことがないほど異様だ。そして、間奏部分。ハーモニクス音から始まるギター・ソロは、神経がきりきりと引き絞られていくような緊迫感がある。そして後半のヴォーカル・パートの後、曲の最後の最後までギターが鳴り続けるラスト。まさに、レッド・ゾーンに踏み込んでしまったかのような印象。

「プロヴィデンス」は、終始ヴァイオリンを中心としたインプロヴィゼイション。ここでのクロスのプレイは素晴らしい。
この曲については、レコ・コレ誌(2013年11月号)『レッド』特集の全曲解説の該当ページを参照のこと。小山哲人の描写が、なかなかの見ものだ。
ヴァイオリンの不安気なソロから静かに始まり、アブストラクトなフリー状態へ。ヴァイオリンのピチカート音やメロトロンによるフルートの音なども交え、さまざまなフレーズが交錯し絡み合う緊迫した空間だ。
そして後半、ドラムスのビートに乗って、歪んだベースがデカい音で暴れ、歪んだギターが這い回る。 『レッド』収録のヴァージョンは、ここへヴァイオリンが絡んできた辺りで強引にフェイド・アウトされていた。オリジナル・ヴァージョンではその後、さらに2分ほど演奏が続いている。ワウを効かせたギターのストロークにのって、ヴァイオリンの激しいソロが展開、そこへドラムスも入って盛り上がり大団円を迎える。

「フラクチャー」は前にも書いたが、あまり好きな曲ではない。だがしかし、くねくねと折れ曲がったフレーズを辿る前半部ののち、たまりにたまったエネルギーを、後半で一気に吐き出すわけだが、ここでの暴走ぶりはさすがにすごいと思った。

「スターレス」。フリップが中盤ではリズムに微妙に乗り切れていない感じがあるし、終盤ではミスタッチがあったりする。気持が入り過ぎて、冷静さを失っているのでは。この日の日記で、フリップは「「スターレス」を裏切ってしまった」と記しているのはこのことかも知れない。

「21世紀の…」は、この日の演奏が『USA』に収録された。間奏の時間はアズベリー・パーク公演のテイクより若干短い。しかしフリップのソロも暴力的で、猛烈な演奏だ。間奏終盤のストロークで盛り上がっていくところも、異様なほどの爆発力がある。まさにバンドがレッド・ゾーンへ振り切れていくような印象。
『USA』版は、ヴァイオリンをエディ・ジョヴソンに差し替えたり、全体に音を整えているためか、衝撃力はオリジナル版の方が勝っているように感じる。

公演の全体としては、各々の曲でも書いたが、バンド、とくにフリップの演奏のテンションが異様に高い。まさにレッド・ゾーンに踏み込んだクリムゾンの姿がここにある。


■ 1974年7月1日 ニューヨーク、セントラル・パーク公演

・『ザ・ロード・トゥ・レッド』ディスク20に収録。
・サウンド・ボードではなく、オーディエンス録音のブートレグ音源。
・この音源は、<コレクターズ・キング・クリムゾン>シリーズの1枚として日本盤が発売されている。

この日の公演は、北米ツアー最終公演であると同時に、キング・クリムゾンの最後のライヴでもある。そのこととたぶん関係があると思われるが、この日は、ツアー終盤のセット・リストで、アンコールにやっていた「21世紀の…」を冒頭に持ってきている。そしていつも1曲目だった「太陽と戦慄パートⅡ」を「トーキング・ドラム」つきでラストにもってきた。

以下<コレクターズ・キング・クリムゾン>シリーズの『ライヴ・イン・セントラル・パーク』を聴いての主な感想。

「21世紀の…」は、前日もすごかったが、この日の演奏はさらにすごい。間奏では、フリップのギターが、よじれながらのた打ちまわる。後を受けたクロスのヴァイオリンも、同じようにのた打っている。まさに壮絶。コンサートの1曲めからこれでは聴衆はたまらない。

『TRTR』の曲目表では、「エグザイルズ」の前に「インプロ」があるが、これは「エグザイルズ」の長めのイントロといった程度の1分くらいの演奏。

インプロ曲「ケルベロス」は無ビートのフリー状態からスタート。東洋的な響きも聴こえる濃密な空間だ。
やがてベースのリフでビートが刻み始められる。ここでクロス
のメロトロンが嵐のように吹き荒れる。この嵐を縫うようにフリップのギターが轟音をあげ、やがて鋭角的で刺激的なストロークを繰り出す。クロスがヴァイオリンに持ち替えてギターと短く切り結んだ後、ようやく収束を迎える。ラスト・コンサートにふさわしい充実した内容だ。

「イージー・マネー」は、間奏から再びヴォーカル・パートに戻って終わる通常のパターン。
間奏は、クロスのメロトロンが終始緊張感を高め、それにのってウェットンのベースがかなり前面に出ている。フリップのギターは、いつもどおりのポキポキしたフレーズだが、前日の方が異常度は上だ。しかし間奏部終盤の全員が一丸となっての盛り上がり方はやはりすごい。

そして、曲間をおかずそのまま連続して「フラクチャー」へ。「フラクチャー」は、音質が悪いせいなのかもしれないが、やや大雑把な印象。そのため爆発力も弱め。

「スターレス」は、中盤からじわじわとゆっくりゆっくり盛り上がっていき、ついに爆発した後の終盤のフリップの暴走ぶりがすごい。こちらは、音質の悪さゆえに凶暴な印象を増した感じだ。

そしてアンコールに「トーキング・ドラム」と「太陽と戦慄パートⅡ」。前日までのセット・リストでは、アンコールは「21世紀の精神異常者」だった。また「トーキング・ドラム」は、しばらくセット・リストから、はずされていた。
しかしツアーの最終ステージを、この2曲で締めようとしたのには、フリップなりの思いが、おそらくあったはずだ。この2曲が、このメンバーで演奏するために作られたものであり、そしてこの日がこのエメンバーで演奏する最後の機会だったからなのではないか。
ここでの「太陽と戦慄パートⅡ」は、まさに力尽きたような演奏だ。しかし、最後の曲目としてこの曲を選んだフリップの胸中を考えながら聴いていると、何だかほろっとしてくるのだった。

この公演の後、ホテルに戻ったフリップは、次のように日記に記している。「ものすごいエネルギーの高まり。かなり強烈。演奏を楽しんだ。」


■ 最後の4日間のまとめ

クリムゾン最後の4日間の演奏は、まさにレッド・ゾーンに足を踏み入れたような様相を呈している。
そのピークは、6月30日のプロヴィデンス公演だと思う。まさに手に汗握る、スリリングな演奏だ。レッド・ゾーンで振り切れて、バランスを崩す寸前(部分的には崩れている)という感じを受ける。

翌日の最終日のセントラル・パークでの演奏は、屋外での演奏ということもあり、音源の音質も悪いせいか、壮絶度という点では、前日のプロヴィデンスでの演奏に、一歩を譲る印象だ。それにしても、この日の演奏が、録音車でライヴ・レコーディングされなかったのは、本当に惜しい。

結局、高密度でしかもバランスの取れた演奏という点から、アズベリー・パークの演奏が選ばれて、ライヴ・アルバム『USA』に収録されたのだと思う。しかし、一部手を加えられ編集された『USA』に比べると、その元となった音源は、より生々しい迫力を感じさせてくれるのは確かだ。

この時期の日記を見ると、フリップは疲労困憊しきっていたことがわかる。しかもメンバー間の人間関係も、ギクシャクしていた。しかし、そのような事情を越えて、バンドの演奏は限りない高みへと昇りつめていったわけなのだ。
それが可能だったのは、そうしたメンバー個々や相互の事情があったにせよ、少なくとも音楽への志(こころざし)というものを、彼らが共有していたからなのだと思う。良い演奏によって良い音楽を実現しようとするシリアスな志。言い換えれば、損得抜きのミュージシャンシップということでもある。
お金や名声を目差したバンドはたくさんある。プログレ界には、とくに多いかもしれない。そんな中、最後までシリアスに音楽を志したバンドとして、キング・クリムゾンは天然記念物とも言える。
そんな稀有なバンドの稀有な音楽に触れる喜びを、この4日間の音源はたっぷりと味あわせてくれたのだった。


〔『ザ・ロード・トゥ・レッド』関連記事4部作〕


2013年11月12日火曜日

6日間で辿る『レッド』への道(ザ・ロード・トゥ・レッド)


先日発売されたキング・クリムゾンのボックス・セットのタイトルは、『ザ・ロード・トゥ・レッド』。つまり、『レッド』への道。このボックスでは、74年北米ツアーから16公演の音源を収録し、アルバム『レッド』へと到る道を辿っている。
この内12公演については、既発の音源があり、ボックスを買わなくても聴くことができる。さらにその内の6公演については、とりあえず日本盤で入手可能だ(全曲収録でないものもあるのだが)。これなら私の手元にもそろっている。

ボックスを買うのはなかなかたいへんだ(コアなマニアなら平気なんだろうけど)。そこで、手元にあるこの6日間のステージの音源だけで、お手軽に『レッド』へと到る道を辿ってしまおう、というのが今回の趣旨である。
『ザ・ロード・トゥ・レッド』を買わない人も(そして買えない人も)、これらをじっくりと聴けば、「キング・クリムゾンの真実の姿」に迫れる…かも?


さてその6公演とは次のとおり。

<> 4月29日 ピッツバーグ公演 (『ザ・ロード・トゥ・レッド(以下TRTRと略)』ディスク2、3に収録)
1974年北米ツアー前半の中盤。ラジオ番組「キング・ビスケット・フラワー・アワー」用の録音が音源。

<> 6月24日 トロント公演 (『TRTR』ディスク11、12)
1974年北米ツアー終盤の「最高の瞬間」へと向かってバンドにスイッチが入った日。

<> 6月28日 アズベリー・パーク公演 (『TRTR』ディスク15、16)
バンドがレッド・ゾーンへと振り切れる怒涛の4日間の始まり。
ライヴ・アルバム『USA』の曲の大半はこの日の演奏。

<> 6月29日 ペン州立大学公演 (『TRTR』ディスク17)
フリップが体調を崩してアンコールなしだったが、それを感じさせない演奏。

<> 6月30日 プロヴィデンス公演 (『TRTR』ディスク18、19)
ツアー最後の屋内ステージ。この日のインプロ曲「プロヴィデンス」が『レッド』に収録、アンコール「21世紀の…」が『USA』に収録された。

<> 7月1日 ニューヨーク、セントラル・パーク公演 (『TRTR』ディスク20)
ツアー最終日。クリムゾン最後のライヴ。メンバーが、このツアーで最高と振り返る演奏。


<各公演についてのコメント>

■ 1974年4月29日 ピッツバーグ公演

・『ザ・ロード・トゥ・レッド』ディスク2、3に収録。
・ラジオ番組「キング・ビスケット・フラワー・アワー」用の録音が音源。
・ダウンロード版で入手可能。
・全15曲の内の11曲を『ザ・グレート・ディシーヴァー』のCD3で聴くことができる。ただし「太陽と戦慄パートⅡ」は、あっという間に終わる短縮版。割愛されているのは「ラメント」、「フラクチャー」、「イージー・マネー」とアンコールの「21世紀の…」の4曲。

この日のセット・リストはやたらと曲数が多い。ラジオ番組収録のための録音だから、番組の尺に合わせているのかもしれない。

以下『ザ・グレート・ディシーヴァー』収録の11曲を聴いての主な感想。

「ザ・グレート・ディシーヴァー」。当時のセット・リストでは、コンサートの幕開けが、この曲だった。開幕と同時にいきなり変拍子で目まぐるしく畳み掛けてくる。聴衆はいっきにクリムゾンの世界に連れていかれるにちがいない。
フリップは、ライヴでのこの曲の演奏は満足の出来るものではなかった、と語っている。しかし、この日の演奏はスタジオ版に勝るとも劣らない出来に聴こえる。

「バートリー・バッツフォード」。クリムゾンのメンバーたちは、ひとつのコンサートで、2曲のインプロヴィゼイションを演奏することをポリシーとしていた。この日の曲目には、この曲とは別に2曲のインプロ曲がある。だから、この曲は「インプロ」と標記されているけれども、次の「エグザイル」のためのほんのちょっとした前奏として聴くべきだろう。

インプロヴィゼイション「ダニエル・ダスト」は、ヴァイオリンを前面にフィーチャーした穏やかで牧歌的な曲。『暗黒の世界』の「トリオ」にかなり近い曲調だ。
ディスク1に収められた前日の公演でも、この位置のインプロ曲は同じような曲調であったらしい。次の「ナイト・ウォッチ」のイントロへ向けて収束していくことを前提にしているためだろう。

「ドクター・ダイアモンド」は、ブートレグでおなじみの曲だ。スタジオ盤には未収録のヴォーカル曲として、ずいぶんありがたがって聴いていたものだった。
しかし、これは何度聴いてもバランスの悪いヘンな曲だ。ヴァイオリンとギターの切れ味の悪いリフ、ウェットンの字あまりヴォーカル、テンポを落としてからの意味のない間奏などなど。フリップもこの曲について「一つの曲としてぴったりと納まることは決してなかった」と述懐している。
『ザ・グレート・ディシーヴァー』への収録は、一つの「記念」みたいなものだったのだろう。そういえば、今回のボックスでも、この曲が入っているのは唯一このディスク3のみだ。

「ウィルトン・カーペット」は、『暗黒の世界』の「ウィール・レット・ユー・ノウ」を思わせる不穏なトーンのインプロ曲。同じリズムが繰り返されて、まるで「ボレロ」のようにクレッシェンドしていく。その間、クロスのエレピとフリップのギターがくねくねと絡み合いながら濃密な空間を作り出す。これがかなりスリリングだ。
しかし、ついに「ウィール・レット…」のようには爆発しないままに終わる。「トーキング・ドラム」につながる設定だからだろう。つまり「トーキング・ドラム」の前のインプロは、「トーキング・ドラム」とセットというか一体のものとして聴くべきなのではないか。

コンサートの全体としては(といっても4曲は聴いていないのだが)、なかなか充実した演奏だと思う。
しかし、フリップ自身はこの日の演奏の出来について、まったく悲観的だ。フリップは、この日の日記に次のように書いている。「私の演奏は最低だった。くじけてしまい、誰とも話すことができなかった。」(『ザ・グレート・ディシーヴァー』のパンフレットに掲載)
なぜ彼がそう思ったのかはわからない。しかし、そのことよりもむしろ、いつも冷静な印象のフリップが、思わず見せた心の弱さの方がより興味深い。ああ、彼もやっぱりわれわれと同じような人間なんだなと安心させてくれる。今日の演奏も、なかなか良かったぜ。


■ 1974年6月24日 トロント公演

・『ザ・ロード・トゥ・レッド』ディスク11、12に収録。
・ライヴ・アルバム用に録音車で録音された音源。
・全11曲の内の4曲を、『ザ・グレート・ディシーヴァー』のCD4で聴ける。収録されているのは2曲のインプロヴィゼイションと「ナイト・ウォッチ」と「フラクチャー」。
・この公演のコンプリート音源は<キング・クリムゾン・コレクターズ・クラブ>からも出ているが、日本盤にはなっていないようだ。なので、私は持っていない。

今号のレコ・コレ誌(2013年11月号)『レッド』特集の坂本理の記事によると、この日がクリムゾンに「スイッチが入った」日ということになる。「スイッチ」とは、ツアー終盤のアズベリー・パークやセントラル・パークでの「最高の瞬間」に向って上昇を始める「スイッチ」ということだ。
その指摘の中で坂本が例として言及していた「イージー・マネー」と「21世紀の…」の2曲が、よりによって『ザ・グレート・ディシーヴァー』の4曲では聴けないのは何とも残念。たまたま私はこの日のブートも持っているのだが、それも全曲収録ではなくて、やっぱりこの2曲が入っていない。無念。

以下それでもめげずに『ザ・グレート・ディシーヴァー』収録の4曲を聴いての主な感想。

「ゴールデン・ウォールナット」は、坂本の記事の中でも言及されていたインプロ曲。いきなりハイテンションのインタープレイが聴ける。まさに爆発的な演奏。フリップのギターが、ときには痙攣的によじれ、ときには伸びやかに、自由自在に宙を舞う。クロスのエレピはその陰で、まったく存在感がない。
後半は一転して「ウィール・レット・ユー・ノウ」を思わせるスカスカの展開に。しかし各人の繰り出す断片的な音の応酬が、爆発しそうでしない異様な緊張感を作り出している。

「フラクチャー」は、ここでの演奏がとくにどうということではなく、もともと私は好きではない曲。ディシプリン期のような曲調で、曲そのものに魅力を感じない。

もうひとつのインプロ曲「クルーレス・アンド・スライトリー・スラック」(「スターレス・アンド・バイブル・ブラック」の駄ジャレ?)は、終始クロスのヴァイオリンを中心にしている点で異色の曲。
前半はほとんどクロスのソロ。ヴァイオリンが静かに空間をつむいでいく。不穏な空気が流れ始めると、ヴァイオリンが、ベースやパーカッションと細かいフレーズを応酬して、それなりにドラマチックに展開。
後半は重いビートにのって、不協和音のヴァイオリンが不気味に舞う。そしてくるくると舞い降りるフレーズで幕。デヴィッド・クロスもがんばっている。何もクビにしなくても…。

全体の印象としては、緊張感があってよい演奏だと思う。
しかし、はっきり言ってこの4曲だけでは、上昇に向い始める「スイッチ」がバンドに入ったかどうかは、私にはわからない。ブートレグで、11曲中の9曲を聴いてもやっぱりわからない。この日の前後の公演と比較してないのだから当然か。


残りの4公演については、次回に続く。

2013年11月2日土曜日

キング・クリムゾン『ザ・ロード・トゥ・レッド』の攻略法


ロバート・フリップが、クリムゾンのファンにまたまた爆弾を落とした。『ザ・ロード・トゥ・レッド』のことだ。みんな無事かな。私も吹き飛ばされて一時気を失ったけれど、今は何とか意識を取り戻したところだ。
『ザ・ロード・トゥ・レッド』とは、キング・クリムゾンのアルバム『レッド』の40周年記念として今回発売されたボックス・セットだ。『レッド』関連音源を集めたディスク24枚組という壮大な内容。これで値段は30000円。
今号の『レコード・コレクターズ』誌(2013年11月号)は、この発売に合わせた『レッド』特集だ。この特集で、ボックス・セットの内容の詳細を知ることができた。


<これは『USA』のコンプリート・レコーディングだ>

24枚のディスクの内CD20枚は『レッド』制作に到る1974年の北米ツアーのライヴ音源を収めたものだ。20枚のライヴ音源、しかも74年のものばかり、と聴けばクリムゾン・ファンなら、頭がクラクラするはずだ。まさに魅力的な爆弾。…まあ値段も「爆弾」だけど。
この爆発の衝撃でいったん意識を失ったわけだが、あらためてじっくりと『レコ・コレ』誌のページをめくってみる。

この20枚のCDに収められているのは、全部で16公演。いずれも1974年の北米ツアーからのものだ。ここで、ちょっと不思議に感じたのは、この年の北米ツアーの前に行われたヨーロッパ・ツアーからの音源が入っていないこと。
1974年の3月に、アルバム『暗黒の世界』をリリースしたクリムゾンは、これと同時にヨーロッパ・ツアーを開始。3月19日から4月2日にかけて13公演を行っている。
その後4月11日から5月5日までが第1期の北米ツアーで、17公演。この後少し間を置いて6月4日から7月1日までが第2期の北米ツアーで、21公演を行った。よく働く人たちだなあ。
ツアー終了後、アルバム『レッド』の制作に入り、これがこの年の11月にリリースされた。そして、これと同時にクリムゾンは解散したのだった。

このボックスに収められているのは、第1期北米ツアーからの2公演と、第2期北米ツアーからの14公演だ。文字通り「ザ・ロード・トゥ・レッド」つまり『レッド』への道、ということであれば、前作『暗黒の世界』以後、『レッド』制作までの間のライヴ音源のすべてが対象となるはずだろう。ところが、ヨーロッパ・ツアーの音源は、まったく採用されていないのだ。録音された音源が、ないわけではない。マインツやハイデルベルクやカッセル公演など<キング・クリムゾン・コレクターズ・クラブ>のシリーズに入っているものもけっこうある。
どうしてヨーロッパ・ツアーの音源は入れなかったのか。ここでひらめいた。北米公演のみということはつまり、このボックスは「ロード・トゥ・レッド」であると同時に、『USA』コンプリート・レコーディングズということなのだ。たぶん。

よし、ここでひとつ予言しよう。
新生クリムゾンの結成から『太陽と戦慄』の録音に到るまでの1972年のライヴ音源は、昨年『太陽と戦慄 ザ・コンプリート・レコーディングズ』としてボックス化された。そして今回『暗黒の世界』から『レッド』に到るまでのライヴ音源の内、後半の北米ツアーの音源が『ザ・ロード・トゥ・レッド』としてボックス化されたわけだ。
となると残るは1973年の『太陽と戦慄』以降、『暗黒の世界』をはさんで、その後の1974年初めのヨーロッパ・ツアーまでのライヴ音源だ。これがやがてボックス化されるに違いない。タイトルは、もちろん『暗黒の世界 ザ・コンプリート・レコーディングズ』。
『暗黒の世界』は、実質的にこの時期のライヴ音源集だから、この前後のライヴ音源の集成は大いに意義があるはずだ。ただしこの間の彼らの公演数は相当な数にのぼる。したがって、このボックスは、かつてない巨大なものになるだろう。以上が私の予言。


<箱がファンに求めていること>

今号の『レコード・コレクターズ』誌の『レッド』特集のボックス紹介記事(「『レッド40thアニバーサリー・ボックス』徹底解説」)で、筆者の坂本理は、ライヴ音源を収録したCDについて、次のように語っている。
「何よりこの20枚を聴き切ること。これこそ、このボックス・セットの求めていることであり、それによって鮮明に浮かび上がってくるキング・クリムゾンの真の姿を読み取ることにこそ意味がある。」
坂本はさらに次のようにこの文章をしめくくっている。
「時系列で日々の演奏を音と日記で辿るということは、キング・クリムゾンをまるごと追体験することだ。(中略)…バンドが急速に成長し、途轍もない高みに登り詰めていった時間をつぶさに検証する。(中略)ファンにとってこれ以上の至福はない。」

何ともストイックな態度である。まるで修行のような言い方だ。まさに求道的なクリムゾン・ファンの姿がここにある。私だっていっぱしのクリムゾン・ファンのつもりだから、やはりそんな「至福」を味わいたい。
しかし、この「求道」を極めるためには、この3万円のボックスを買う必要がある。ストイックであるためには、まずお金が必要なのか。
何とか買わないで済む方法はないものか…。


<箱の攻略法>

あらかじめお断りしておくが、この文章はこのボックス・セットのカスタマー・レヴューではない。このボックスを買った人のレヴューを期待している人は、どうかよそでご覧下さい。

『ザ・ロード・トゥ・レッド』に収録されている16公演のデータを見てみた。するとこれまで未発表だった音源が意外に少ないことに気づいた。初公開音源は4公演のみ。ヒューストン(6月5日)、エル・パソ(6月8日)、デンヴァー(6月16日)、グランド・ラピッズ(6月23日)の4公演だ。
これらの公演は、内容をちょっと見ただけで、なるほどこれまで未発表だった理由が何となくわかる。曲の一部が欠落していたりして、いわゆる「キズモノ」というか「ワケあり」の音源なのだ。
たとえばエル・パソ公演では「スターレス」の真ん中部分が欠落していて、曲の初めと終わりだけの収録。さらにデンヴァー公演にいたっては、「トーキング・ドラム」の途中に会場の電源トラブルのせいで録音はぶっつり中断、そのままコンサートも中止になっているのだ。このあとに「太陽と戦慄パートⅡ」が来るはずだったのにね。

この4公演以外の12公演については、その音源がすでに世に出ているということになる。『レコ・コレ』誌の特集の「1974年の全公演スケジュール」の表を見ると、残る12公演のうち11公演の音源については、DGMのホーム・ページからダウンロードで購入可能とのこと。どういうわけか配信されていないトロント公演は、DGMの通信販売アイテム<キング・クリムゾン・コレクターズ・クラブ>シリーズの1枚として入手可能だ。

それらを入手していれば、今回のボックスのライヴ音源については、四分の三はカヴァーできることになる。これくらい聴ければ十分のような気もするが…。
しかしじつは私はダウンロードも海外通販もやらない(本当は出来ない)人なのである。何しろ今時珍しい旧式人類なもので…。
そこでさらに入手が容易な国内盤で、どこまでこのボックスの内容に迫れるか調べてみたのだ。

74年のライヴ音源と言えば、まず4枚組のボックス『ザ・グレート・ディシーヴァー』だ。そして、DGMの通販アイテム<キング・クリムゾン・コレクターズ・クラブ>の日本版である<コレクターズ・キング・クリムゾン>シリーズの内にも何枚かある。
これらで聴くことができる『ザ・ロード・トゥ・レッド』収録音源は以下のとおり。

・4月29日 ピッツバーグ公演(今回のボックスのディスク2、3に収録)
全15曲の内の11曲を『ザ・グレート・ディシーヴァー』のCD3で聴くことができる。

・6月24日 トロント公演(ディスク11、12)
全11曲の内の4曲を、『ザ・グレート・ディシーヴァー』のCD4で聴ける。
この公演の音源は<キング・クリムゾン・コレクターズ・クラブ>からも出ているが、日本盤にはなっていないようだ。

・6月28日 アズベリー・パーク公演(ディスク15、16)
<コレクターズ・キング・クリムゾン>シリーズとして日本盤が発売されている。

・6月29日 ペン州立大学公演(ディスク17)
9曲の内の3曲(演奏時間にするとコンサートの半分にあたる)を、『ザ・グレート・ディシーヴァー』のCD2と3で聴ける。

・6月30日 プロヴィデンス公演(ディスク18、19)
全10曲が『ザ・グレート・ディシーヴァー』のCD1と2にコンプリート収録されている。

・7月1日 ニューヨーク、セントラル・パーク公演(ディスク20)
<コレクターズ・キング・クリムゾン>シリーズとして日本盤が発売されている。

以上のとおり日本盤アイテムで一応ボックスの16公演の内、6公演の音は聴くことができる。コンプリート収録でないものもあるが、ざっと見てボックスの三分の一くらいがこれでカヴァーできるのではないだろうか。
三分の一ではあるが、これらの音源の中に、このツアーのハイライト、坂本理が言うところのこのバンドが「途轍もない高み」に登り詰めた瞬間が含まれている。その瞬間とは、6月28日のアズベリー・パーク、6月30日のプロヴィデンス、そしてツアー最終日7月1日のニューヨーク、セントラル・パーク公演だ。これらを、いずれもコンプリートで聴くことができる。
ちなみにこの間に挟まれた6月29日のペン州立大学公演は、3曲のみしか聴けないが、この日は日記によるとフリップが体調をひどく崩していたとのことなので、一部しか聴けなくてもあきらめがつく。

というわけでこれらの手持ちの音源に、あらためてじっくりと耳を傾けてみようと思う。
これだけでは、坂本のようにクリムゾンの急速な成長を検証し「まるごと追体験すること」はできないかもしれない。しかし坂本の言う「キング・クリムゾンの真の姿を読み取ること」は、不可能ではないと思っている。「ファンとしての至福」のかけらを手に入れられんことを…

各コンサートについての感想は、また別項で書く予定。

2013年10月23日水曜日

レコ・コレ誌のキング・クリムゾン『レッド』特集


今月号の『レコード・コレクターズ』誌(2013年11月号)は、キング・クリムゾン『レッド』特集。言うまでもなく『レッド』の40周年記念エディションとボックスの発売に合わせて組まれたものだ。

それにしてもこのボックス『ザ・ロード・トウ・レッド』にはビックリだ。ディスク24枚組という重厚長大なヴォリューム。この内CD20枚が1974年の北米ツアーのライヴ音源とのこと。前の『太陽と戦慄 コンプリート・レコーディングズ』の15枚組ボックスにも驚かされたけど、今回はそれをはるかに上回る驚きだ。ロバート・フリップという人は、本当に次々ととんでもないことを仕掛けてくるなあ。
これでお値段は30000円也。このヴォリュームを考えれば、けっして高くはない。高くはないが、私にはやっぱり買えない。それよりなにより、中身を聴いてみたいと思う前に、内容についての話を聞いただけで満腹という感じになってしまう。

ところで『レッド』は、クリムゾンのアルバムの中では、あまり好きなアルバムではない。演奏はともかくとして、曲の出来が今ひとつで魅力が薄いのだ。
私のベスト3は、『太陽と戦慄』、『クリムゾン・キングの宮殿』、そして『アイランズ』だ。ライヴなら『アースバウンド』。
ところが今回の特集は、私的には読みどころも多く、久しぶりに楽しませてもらった。というわけで今回は、この特集そのものについての感想をいくつか書いてみようと思う。
ボックス『ザ・ロード・トゥ・レッド』については、また別項であれこれ思うことを書く予定。

やっぱりレコ・コレ誌の特集は全体に内容が深いし読ませる。ネット上にあふれている当てにならない情報や底の浅い感想(私のこのブログがそのひとつでないことを祈る)とは段違いだ。今回の『レッド』特集の中でも、特に私が感心したのは次の三ヶ所。順に紹介してみよう。


■■その1■ 「アイランズ」クリムゾンのあのやけっぱちツアーにも大きな意味があった

今回の特集のメイン原稿のひとつが、松山晋也 「トリオ編成での限界に挑戦し ついにたどり着いた“鋼鉄の塊”」だ。
この中で松山は、『太陽と戦慄』以降のいわゆるメタル・クリムゾンの背景のひとつに「アイランズ」クリムゾンのツアーがあったことを指摘している。メタル・クリムゾン結成の呼び水になったのが、「アイランズ」期のメンバーによる、「72年初頭のやけっぱちなライヴ・ツアー」であったというのだ。意表を突いているけれども、なるほどと思わせる。

フリップとグループの他の3人のメンバーとの人間関係が分裂し、フリップにとっては苦々しい思い出となった「アイランズ」期のクリムゾンのツアー。それなのに、フリップはこのツアーのライヴ・アルバム『アースバウンド』をリリースした。グループ内の人間関係も劣悪、そしてまた録音の音質も劣悪だったにもにもかかわらずだ。フリップには、この演奏によっぽど強い思い入れがあったことになる。

松山はその思い入れを、「4人の荒々しいインタープレイが放出するとてつもない熱量の大きさと美しさをフリップは気に入ったのだ」と説明している。さらにはそれを、「フリップが、初めて、自分で制御できない音に触れた瞬間ではなかったか。その忌々しさと戸惑いは、しかし彼にとってはひとつの新たな可能性の発見でもあった。」と指摘しているのだ。
そこでフリップは、次の「太陽と戦慄」クリムゾンのメンバーに、「制御できない音」を出す「野人」ジェイミー・ミューアを加えたのだという。なるほど納得。

これまで『アースバウンド』が語られるとき、つねに当時のメンバー間の人間関係の悪さばかりが注目されてきた。しかし、この演奏にフリップがポジティヴな評価をしていたからこそ、アルバムとしてリリースされたことは間違いない。このアルバムを聴いていて感じていたその辺りのモヤモヤ感を、松山のこの文章はとてもすっきりとさせてくれた。


■■その2■ 曲解説では音楽を語れ

こういうアルバム単位の特集だから、例によって「全曲ガイド」のページがある。今回の『レッド』全曲ガイドは、前回2012年12月号の『太陽と戦慄』全曲ガイドも書いていた小山哲人が書いている。

一般的に曲の解説というものは、曲の構成の説明と、曲に関する情報と、そして曲を聴いた感想の三つから成り立っている。このうち曲に関する情報と感想は、ちまたにあふれている。たいていは他人の受け売りの情報と、舌足らずの感想ばかりだけれども。ところが曲の構成についてはめったに語られることがない。音楽を言葉で表すのは難しいからだ。

しかし小山哲人の曲の説明の語り口はかなり具体的で独特なものだ。たとえばアルバムのタイトル曲「レッド」についてはこんな調子だ。
「イントロ部、フリップのギターが5+5+5(+1)のシークエンスを跨いで上昇していく。17泊目から8分の8となるブリッジの後、メタリックなリフが鳴り響いてメイン・テーマが始まる。…」。
この後コード進行を示して説明は続いていくのだが、その辺は私にはちょっと難し過ぎる。が、とにかくこういう具体的な曲の描写の仕方はとても好ましいと思う。
というのもメディアの曲解説には、曖昧な印象と強引な解釈ばかりが、あまりにもはびこり過ぎているからだ。曲解説はあくまでまず音楽そのものから語ってほしいのだ。

そしてもちろん小山の解説には、トリビア情報も満載だ。たとえば「レッド」は、「最後の北米ツアー中の6月15日、ソルトレイク・シティでのリハーサル時にフリップが弾いたリフが原型」といった具合に。ネタ元はフリップの日記なのかな。どうでもいいトリビアではあるが、とにかく興味深い。

ただこの人には、若干ドラマチックに語り過ぎてしまうきらいがある。たとえば「プロヴィデンス」の解説のしめの部分はこうだ。
「ロードアイランドの州都プロヴィデンスの地名を冠した演奏で、クリムゾンは“神の摂理(Providence)”に従ったのか、それとも背いたのか?」。書きながら酔っていないか。
またラスト曲「スターレス」ではこんな調子。
「プログレッシヴ・ロックの共同幻想が世界中で広まるのは…(中略)…「スターレス」がこれ以外ありえないかたちでグループの歴史を自己完結させたからだろう。」ホンマかいな。

もうちょっと地道に感想に徹した方がいいと思うけれど まあこれもこの人の「芸」なのだろうな。


■■その3■ クリムゾン最高の瞬間へと至るスイッチが入った日 

そして今回の特集の目玉は何といっても、24枚組ボックス『ザ・ロード・トゥ・レッド』の詳細解説だ。今回は坂本理が、「『レッド40thアニバーサリー・ボックス』徹底解説」と題して書いている。相手が相手だけに大変な労作だ。
メインはもちろん24枚のディスクの内、1974年のライヴ音源を収めたCD20枚についての解説だ。

収録された個々のコンサートついて要領よくコメントしている。
その上で注目されるのは、ツアーの日程をこなしていく中で、しだいに進化していくこのグループの変化にも触れている点だ。
坂本はこの20枚のCDを説明のために三つのセクションに区切っている。①ディスク1~3と②ディスク4~10と③ディスク11~20の三つだ。
最初のディスク1から3までの区切りは、北米ツアーの前半の音源で、この後ツアーはいったん小休止に入るわけだから妥当だろう。
この中断の後、北米ツアーは再開して後半へ。6月4日から7月1日の最終日までの後半日程をこなしていくことになる。坂本はこの間の音源を二つのセクションに区切っているのだ。すなわちディスク4から10(6月5~23日)までと、ディスク11から20(6月24~7月1日)までの二つにだ。注目すべきは日にちが連続しているのに、6月の23日の公演と翌24日の公演との間に一線を引いたことだ。それはなぜか。

この一連のツアーの中でキング・クリムゾンの最高の瞬間は、6月28日のアズベリー・パークと最終日7月1日のセントラル・パークのステージだと言われている。この最高の瞬間に向けてバンドの上昇にスイッチがはいったのが、この6月24日の演奏だと、坂本は聴き取ったのであった。
「ここにはバンドとして歯車が噛みあい、それまでに到達し得なかった領域にまで踏み出した瞬間が封印されている。」と坂本は述べる。何だか読んでいるだけでわくわくしてくる。実際に自分の耳で聴いて確認したくなる。これが解説記事の醍醐味というものだ。今回はこの記事でたっぷり味あわせてもらった。

しかしこの記事のためにCD20枚にわたるライヴ音源を聴きとおすのはさぞや大変なことだったろう。それも、相互に比較したり、フリップの日記と丹念に対照しながらだから、なおさらだ。この記事を読んでいるだけで、いけないことだけど何だか満腹になってしまった。
自分のCD棚を調べてみたら、このボックスのCD20枚に収められている16公演の内、大体半分くらいは手元のCDで聴けそうだ。ボックスはとても買えないけれど、今回の記事を参照しながら手元のCDをあらためてじっくり聴いてみたいと思っている。その感想はまた後で。


〔『ザ・ロード・トゥ・レッド』関連記事4部作〕




2012年12月25日火曜日

キング・クリムゾン『太陽と戦慄』への道のり(第4回)


<『太陽と戦慄』への道から見えてくるもの>

この1972年年末の英国ツアーのセット・リストは、アルバム『太陽と戦慄』のための新曲6曲と過去の曲「21世紀のスキッツォイド・マン」、そして2曲の即興曲から成り立っていた。
『太陽と戦慄』収録曲と即興曲とは、何となく別ものというイメージが私にはあった。アルバム収録曲の細部まで緻密に練り込まれた音と、ライヴの場で成り行きにまかせて演奏された即興の曲とでは、成り立ち方が全然違うような気がしたからだ。

しかし、それは我々がすでにアルバム『太陽と戦慄』を先に聴いた上で、それに先立つこのツアーの音源を聴いているためなのだろう。
あらためてこれらのライヴ音源を白紙に戻って聴いてみると、アルバム収録曲と即興曲との間にはそれほど大きな隔たりはないということがわかる。

このツアーに足を運んだ観客の立場になってみよう。アルバム『太陽と戦慄』はこの時点ではまだ発表されていない。だからステージで演奏されるのは、「21世紀の…」を除いてすべて未知の曲ばかりだ。
とくにツアー後半からつながって演奏されるようになった「土曜日の本」~即興曲~「放浪者」のパートなど、どこからが即興でどこからが事前に出来上がっている曲なのか、観客はわからないまま一つの流れとして聴いていたことだろう。
「イージー・マネー」~即興曲のパートも同じ。「イージー・マネー」の間奏部など、観客はたぶん即興として聴いていたに違いない。

そんなことを考えていたら、『太陽と戦慄』というアルバムのそこここに即興的な要素が聴かれることにあらためて気がついた。
もちろんこのアルバムにライヴでやっていたような即興の曲そのものは収録されていない。しかし、それぞれの曲の中に即興的な要素があるのだ。きっちり構成されている中に、いわば即興的な要素を内包しているように見える。
たとえば、「太陽と戦慄 パート1」の動から静へと展開する中間部や「イージー・マネー」のじわじわと迫る間奏部分、そして「トーキング・ドラム」の全体だ。そこでは、ライヴの場で鍛えられた即興演奏のエネルギーが、一定の枠の中で噴出している。

このような練り上げられた構成の中での生々しいパワーの発露こそ、新生クリムゾンでフリップが実現したかった音なのではなかろうか。
手堅いテクニシャンぞろいのメンバーに加えて、破天荒なミューアを起用したのは、こうした生なパワーの実現の意図によるものであったと思われるのだ。

このツアーの音源を聴いていると、ミューアの演奏が必ずしもいつも前面に出ているわけではない。それを期待して多くの人はこの時期のブートレグに手を出したわけだが、その期待は裏切られたはずだ。
しかしミューアは、自分が発する音だけではなく、インプロヴィゼーション全体を煽(あお)るという点で、サウンドに貢献していたのではないかと思われる。

今回このツアーの音源を順に通して聴いてみてあらためて思うのは、彼らの即興演奏におけるインター・プレイというものが、どんどん進化&深化していることだ。
ズーム・クラブでの混沌とした世界から、即興演奏は次第に一体感を増してゆく。リズムを軸としたインタープレイは、ときどきジャム・バンド的な様相を見せることもあった。
それが、さらにツアー終盤には、現代音楽あるいは、フリー・ジャズ的にも聴こえるフリー・フォームな即興へと進化している。リズムに頼らない、無調、無ビートのフリーな展開は、緊迫感のみで成立しているより高次なインタープレイと言えるだろう。
ちなみに、ジェイミー・ミューアがクリムゾンの前に参加していたザ・ミュージック・インプロヴィゼーション・カンパニーは、まさにそのようなフリー・フォームのインタープレイを追及していたバンドだった。

<『太陽と戦慄』というアルバム>

このアルバムの曲は、基本的なアレンジは、ここまでのライヴでの演奏と同じだ。ただ、たとえば次のような点が新たにスタジオで付け加えられている。
「太陽と戦慄パート1」では、ラストにドラマの台詞のような人の声が多重に重ねられたSEが入っている。長くドラマティックな展開の曲の終盤に不思議な余韻を添えている。
「土曜日の本」では、テープの逆回転による奇妙なギターのメロディが聴こえる。あっさりしたヴォーカル・チューンに不思議な陰影が付け加えられている。最後の方でヴォーカルにコーラスも重ねられている。
「イージー・マネー」では冒頭からジェイミー・ミューアが大活躍だ。とくに間奏では、ミューアの奇抜でかつデリケートなプレイをじっくり聴くことができる。

ツアーのライヴ音源と比較するために、久しぶりに何度も繰り返しこの『太陽と戦慄』を聴きなおした。
『クリムゾン・キングの宮殿』とはまったく違ったコンセプトであることが、あらためてよくわかった そして、ここからが現在に続くフリップのクリムゾンの始まりであったことも。
さらにそれまでのサウンドと大きな隔たりを感じたディシプリン期のクリムゾンが、フリップにとってはそれ以前から連続しているものであったことも何となくわかったような気がする

ところで、今回の『ボックス』や、それに先立つ『コレクターズ・キング・クリムゾン』シリーズによって、この過去のライヴ音源がオフィシャル化された際に、それぞれの即興曲にタイトルが付されている。
ビート・クラブのときの即興曲につけられた「The Rich Tapestry Of Life」のように、特別のいわくのあるもの(ミューアからフリップに宛てた葉書の一節による)もある。しかし、大半はたぶんちょっとした言葉遊びといった感じのものだ。

そこから想像するに、ミューアのアイデアによるという曲タイトル(アルバム・タイトルでもある)「Larks' Tongues in Aspic」も、そんな言葉遊び的なノリでつけられたものと思えてくる。
ロックのライターたちが昔からしたり顔で引用してきたこのタイトルについてのブラッフォードのコメントがある。すなわち「ひばりの舌=優美さ、繊細さ」、「アスピック=荒々しさ」の象徴という絵解きだ。これはまあ話半分くらいに聞いておけばいいのではないか。
この辺のニュアンスについて触れた『レコ・コレ』誌2012年12月号『太陽と戦慄』特集の木下聡「英国人の言語感覚から再考する」が。舌足らずのまま、尻すぼみに終わっているのは残念だ。

<おわりに>

今回私は『太陽と戦慄 40周年記念エディション』CD+DVD版を手に入れた。このCDの方には、3曲のボーナス・トラックが入っている。「太陽と戦慄 パート1」と「トーキング・ドラム」のオルタネート・ミックス、そして「土曜日の本」のオルタネート・テイクだ。
ボーナス・トラックというのは面白かったためしがない。所詮は「おまけ」だからね。しかし今回のこの3曲は、意外にもどれも素晴らしく良かった。

「太陽と戦慄 パート1」と「トーキング・ドラム」は、フリップのギターとミューアのプレイが強調されている感じ。
「土曜日の本」は、ヴァイオリンと逆回転ギターの入っていない、ヴォーカルとギターだけのシンプルな演奏。繊細さが際立っている。
どれもオリジナルの曲に新しい光を当てると同時に、それぞれのテイク自体もオリジナルに匹敵するくらいの良い出来だと思う。

それにしても1972年年末ツアーの音源を良い音で聴きたい。ほとぼりが冷めた頃、こっそりとこの『40周年記念ボックス』のディスクがバラ売りされる、なんてことはないのだろうか。そうなることを心から祈っている。