2012年5月24日木曜日

シカゴ 『ライヴ・イン・ジャパン』の復刻

シカゴの『ライヴ・イン・ジャパン』を買った。
12年3月発売の紙ジャケ、リマスターの復刻盤だ。私にとっては今年になって4枚目のCD購入。しかも大枚はたいての高価な買い物だ。
もうリイシューものには手を出さないつもりだったのだが、このアルバムには、私なりのやむにやまれぬ事情というのがあって…。

シカゴのアルバムに対しては、特別の屈折した思いがある。彼らのアルバムは中学から高校生だった当時の私には欲しくても高価で手が出なかった。
何しろ1969年のファースト・アルバムから、3作目まですべてLPレコード2枚組。4作目がカーネギー・ホールでのライヴで、なんとこれが驚異の4枚組。5作目にして初めてシングル・アルバムだったが、その後のこの『ライヴ・イン・ジャパン』が、またもやの2枚組ときた。
シカゴは私のまわりでもみんな好きだったが、アルバムを持っている人はめったにいなかった。とくに4枚組の『アット・カーネギー・ホール』は、当時7800円もした。高校の同級生で、これを持っているやつがたった一人いて(たしか医者の息子だった)みんなの羨望の的だった。
私は、しかたなく国内編集の安直なベスト盤で「飢え」をしのいでいたのだった。

それから30年近い月日が流れた。初期のシカゴのアルバムは、当然CDでみんなそろえた。そして、ライノから『アット・カーネギー・ホール』が紙ジャケCD化され、これも迷わず買った。
さらに2009年に残りのアルバムが、ライノ版のリマスター音源でSHM化され、しかも高精度の紙ジャケで発売されたときは、一も二もなくCD屋に走ったものだった。勢い余って、どうでもよい『Ⅵ』、『Ⅶ』、『Ⅷ』までも買ってしまったものだ。さすがに、それ以降のアルバムは買う気になれなかったが。
こんな紙ジャケへの執着は、かつて欲しくても手が届かなかったあのLP時代のシカゴのアルバムに対する思いが「トラウマ」となって背景にあるのかも。

ちなみに、私はファースト・アルバムのグループ名のロゴが、LP時代のように小さいジャケットのCDも持っている(現行はロゴが画面いっぱいの大きさ)。
それとファーストとセカンドについては、LPに準じて2枚組になっているCDも持っている(現行はCD1枚)。
どうしてもLP時代の形へのこだわりを捨てられないのだ。

2009年に一連のアルバムが紙ジャケ復刻されたとき、この『ライヴ・イン・ジャパン』だけは、権利の関係なのか発売されなかった。
一応、以前に出たテイチク版の『ライヴ・イン・ジャパン』はもちろん持ってはいる。しかし、ファースト・アルバムから『Ⅴ』まで(ついでに『Ⅷ』まで)紙ジャケでそろっているのに、このアルバムだけが欠けているのは何とも落ち着かない。
そこへ、今回の復刻という朗報だったのだ。というわけで、今回はリイシューものに手を出したというわけ。

さてシカゴといえば、「史上最大の日和見バンド」と呼ばれている。政治批判と反戦を訴えていた怒れる若者たちだった初期の彼らが、その後、軟弱バラード路線へと情けない方向転換をしたからだ。
 私もずっとそう思ってきたが、改めて初期の彼らのアルバムを順に聴いてみて、彼らの情けない方向転換について、少し違った見方をするようになった。

私の好きなシカゴはアルバムで言うとファーストからせいぜい『Ⅴ』くらいまで。彼らの絶頂期はまさにこの時期だった。そして、この『Ⅴ』をもって、方向転換をしたというよりも、端的に言えば彼らは「終わった」のだ。つまり、もう何も言いたいこと、言うべきことがなくなってしまったということ。そして、何をしたいのかもわからなくなったんだろう。
『Ⅴ』あたりからその気配は見えていた。全体に曲調がソフトになり、「ダイアログ」とか「サタディ・イン・ザ・パーク」など、曲としてはともかく、メッセージという点からみると何とも煮え切らないものになっている。

しかしこの『Ⅴ』から『Ⅵ』、『Ⅶ』、『Ⅷ』と、彼らのアルバムは連続してチャートの1位を獲得している。
古いロックを後追いで聴いている若い方々に忠告するけど、アルバムが連続してチャートの1位に昇るようになった頃には、もうそのバンドは「旬」を過ぎたと思った方がいい。
事実、『Ⅴ』はともかくとして、シカゴの『Ⅵ』、『Ⅶ』、『Ⅷ』など、今では誰も顧みる人なんていない。内容的にはそんなに悪くはないけど、とくに良いというわけでもない。可もなく不可もない中道ロックというだけのもの。

そんな状態の中で何とか光が見えたのが、軟弱バラード路線だったということなのだろう。ロックは、もうおしまい。最初から売れ筋を狙っての方向転換ではなかった、というのが今の私の見方だ。でも音楽より金儲けに走ったという事実は変わらない。
1978年に中心メンバーのギタリスト、テリー・キャスが31歳で亡くなる。ドラッグにおぼれた果て、リヴォルヴァーのロシアン・ルーレットによる死とも聞いた。志を失い、金に走ったことによる良心の呵責と退廃の結果、というふうにどうしても私には見えてしまう。

シカゴの最高傑作は、ファースト・アルバム『シカゴ・トランジット・オーソリティ』だろう。
政治的な姿勢はたしかに演出だったかもしれない。もともと明確な政治姿勢などはなかった。しかし、ここには、社会の矛盾や不合理に対するナイーヴな若者のパーソナルな怒りや疑い、不安、問いかけがある。そしてそれを表現しようという意欲があふれている。セカンド・アルバムの曲名ではないが「言いたいことがいっぱい」なのだ。
デヴュー・アルバムにしてLP2枚組というのは破格だが、2枚組でなければ収まりきらないという必然性がしっかりと伝わってくる内容だった。

そして何より私にはこのアルバムに、私の思うロックのプロトタイプを見る。とくに「ポエム58」の前半や、スタジオ・ライヴ「リヴェレーション」のやはり前半の演奏だ。ギターのアドリブを中心に延々と続いていきながら高揚していくジャム・バンド的展開。これこそ私の考えるロックそのものだ。
また、テリー・キャスの「フリー・フォーム・ギター」の爆音からは、そのようにしてしか表すことのできない、せっぱつまった内発的な表現欲求がひしひしと伝わってくる。
ウッドストック・フェスでのジミ・ヘンドリックスのアメリカ国歌は、キャスのこの演奏にインスパイアされたとしか思えない。

2作目の『シカゴ』と3作目の『Ⅲ』では、また違った形で表現意欲が発揮されている。完成度はファーストより高いと言われているが、組曲が多く、構成がきっちり練られている分、アグレッシヴな爆発力は弱くなっている。
ただ2作目に収められた大ヒット曲「長い夜(25 or to )」はやはり永遠の名曲だ。若者の不安、時代の気分が、感覚的にうまく表現されていると思う。

そして私が『シカゴ・トランジット・オーソリティ』に次いで、2番目に好きなシカゴのアルバムが、この『ライヴ・イン・ジャパン』なのだ。
ここにはあの頃の熱かった彼らがいる。あの時期の彼らの本気の演奏を記録した最高のアルバムだと思う。
曲はスタジオ版とは違って、ライヴならでのソロ・パートが随所に聴ける。ホーン陣が疾走し、ギターが暴れまくる。「長い夜」のワウワウでよじれながら突き進むギターは快感。
とにかく全編、熱気と勢いがあって、しかもふくらみのある演奏だ。よく言われるように、カーネギー・ホールなんかよりずっと良い。

今回の復刻紙ジャケは、皮に焼印で押されたたシカゴのロゴの凹凸や皮の質感がそれなりに再現されていてうれしい(写真だけじゃどういう趣向か全然分らない)。この再現のためなのか、ジャケの紙が、ライノ版の紙ジャケと違ってかなり厚紙で豪華感があると言えばある。
それとCD2枚組なのもうれしい。CD1枚に単に収まりきらなかったからとはいえ、他のアルバムはみんなLP2枚組がCD1枚になっていて何とも寂しかったのだ。

さあ久しぶりに「本当の」シカゴの音にどっぷりとひたることにしよう。

2012年5月22日火曜日

「つけ麺 坊主」訪問 「特製つけめん」と「おやじめし」

 前々回と前回の訪問の間は2ヶ月もあったというのに、今回はその前回から中一日おいて二日後の訪問。遅れ(何の?)をお取り戻さなくちゃ、というわけではなくて、たまたま水戸に用事があったついでのこと。

平日の午前11時5分入店。開店直後で先客はなし(後客1人)。
今回は「特製つけめん」と「おやじめし」と「ビール」という組み合わせ。前回は「特製らーめん」を十分に堪能したし、そのとき「おやじめし」が気になっていたので、お店に入る前にもう頼むものを決めていた。

おととい来たばかりの店内。カウンターのいちばん端の席に着く。
今日はまず「おやじめし」を食べることが課題だったので、合わせて頼むのはラーメン系ではなくつけ麺系のメニューにした。「おやじめし」は量が多いので、つけ麺の方が汁の量が少ない分ちょうどいいのだ。なのに、食券をご主人にわたすとき、つい「麺は大盛りで」と頼んでしまった。

「特製つけめん」は、私の定番の「特製らーめん」のつけ麺版ということになる。具材は、もやしと豚バラ肉で共通している。
しかし、辛さは「特製つけめん」の方が上ということになっている。店内の「辛さランキング」によると、辛さ第1位が「特製麻婆つけめん」で、第2位がこの「特製つけめん」。そしてその次の第3位が「特製らーめん」なのだ。これはつけ麺のつけ汁の方が、ラーメンの汁よりも濃いから、辛さもその分辛くなるという理由なのだろう。
しかし、つけ麺のつけ汁をそのまま飲むわけではないから、この順位にあまり意味はないと思う。むしろ、実際には、熱いまま飲む分、「特製らーめん」の方が辛いと感じるのが普通かも。

そうこうしているうちに「特製つけめん」登場。
いかにも濃厚そうな赤い汁の様子に胸が高鳴る。次いで皿に盛られた大盛りの麺も登場。しっかり水切りされていて、つやつやしている中太のストレート麺。
さっそく3、4本、箸で挟んでさっと汁にくぐらせ口に運ぶ。このときむせるので、なるべくすすらないようにする。歯応えのあるアルデンテ感が絶妙だ。
ただ、ラーメンより具材が少なめなのは、器が違うのでやむをえないとはいえ、ちょっとさびしいかな。

すぐに今度は「おやじめし」登場。
「おやじめし」は、麻婆豆腐と肉野菜炒めを、皿のご飯に合いがけにしたもの。麻婆豆腐は、つけ麺やラーメンの上にのせるこのお店独特のもの。辛さは相当辛い(普通の人には)。
もう一方の肉野菜炒めは、豚バラ肉とキャベツ、人参、ニラを炒めたもの。なぜか、かつおだしの風味がしたが気のせいか。肉の割合がかなり多い。この肉の比率はいかにも「坊主」的。
「坊主」的とは、麺とご飯の量がもともと多い、さらに大盛りが無料、またサイド・メニューの「白めし」とか「ねぎ」の量がみっちり、といったこのお店の分量のセンスをいう。

さあ忙しくなった。
麺を3、4本ずつ汁につけては、すすらないようにすする。ときどき箸をレンゲに持ち替えて麻婆を食べる。また何度か麺をすすって、今度は肉野菜炒めを食べる。レンゲですくうご飯は最小限にして、なるべく残しておく。
やがて麺がなくなる頃、麻婆豆腐と肉野菜炒めもなくなる。残っているのは、つけ汁とご飯。さてここから次の楽しみ。
レンゲでご飯を少しすくう。これを残っている汁に浸して食べる。麺と一緒に食べるのとは、また違うつけ汁の旨さが味わえる。汁の辛さと濃厚な味が薄められることなく、ご飯でマイルドになってじっくり味わえるのだ。

ご飯がなくなる。そこで、やっとポットの熱いスープで汁をわってゆっくり味わう。超満腹だ。麺を大盛りにしたせいもある。
食器をカウンターの上の台に返し、カウンターの汚れをふきんできれいに拭いてから、席を立つ。ごちそうさま。
次はいつ来られることやら。

店を後にして、今日もまた千波湖方面に向かって歩いていく。以下は今日の散歩の報告。
千波大橋を渡って、千波湖の南側へ。今日は千波公園のそれも湖側ではなく山側の縁をずっと歩いていく。
めったに近寄ったことのない木陰の続く静かな空間。いろいろな発見があった。桜田門外の変のオープン・セットの裏を抜け、階段を上がって少年の森に入る。木々の中を抜けて、国道を渡り偕楽園の拡張部へ。やっぱり人影はほとんどなし。
おととい歩かなかった拡張部の残り四分の一周を歩いて千波湖に戻る。帰りはまた千波湖の北側を歩いて駅に戻った。

約2時間、歩数でいうと1万2千歩。今日も充実した散歩だった。しかし、まだ満腹感は消えない。やっぱり食べすぎた。

次回訪問はこちら

2012年5月21日月曜日

「つけ麺 坊主」訪問 「特製らーめん」 五月晴編

 天気がいいのでラーメンを食べに出かけた。

行き先はもちろん水戸の「つけ麺 坊主」。前回の訪問は3月下旬のことだったから、じつに丸2ヶ月ぶりの訪問。長かったなあ。
じつはその間に2回ほど、お店の前までは行ったのだ。
しかし一回目は、あいにくの休業日。二回目は、昼時で当然のことながら満席。その後予定があったため、やむなくパスしたのだった。縁が薄いなあと嘆いた。
ちなみに休業日のときは、エクセルの「つけ麺TETSU 壱の木戸」に行ってみた。前から気になっていた評判の店だ。
豚骨魚介のスープもストレートの固めの麺もたしかに美味しかったが、私には行列してまで食べるほどのものとは思えなかった。
初め珍しいうちは混むかもしれないけど、だんだんマイムの「青葉」と同じような運命を辿るのではないかと思うな。

それはともかくとして、今回の「つけ麺 坊主」だ。2回ふられているから、近づいていって店の前ではためいている「超激辛」ののぼりが見えたときはほっとした。無事開店しているぞ。
店に入ろうとすると、自動ドアがセンサー式からタッチ式になっている。たしかに以前はこのセンサーが、今ひとつ調子よくなかった。これで快適にはなったが、直すのにお金かかったんだろうな。店を構えてるとたいへんだな、なんてことを思った。

土曜日の11時15分、先客2人、後客2人。
券売機に向うと迷わず私の定番「特製らーめん」と「白めし」と「ビール」のボタンを押す。
12席あるL字型のカウンターの両端には先客がいたので、中ほどに座る。水を持ってきたご主人に麺とめしの量は「普通盛りで」とお願いする。
休日の昼前。のんびりとした空気が店内に漂っている。

扇風機の前に座ったので涼しい。
先客の一人は、つけ麺系と一緒に「親父めし」を食べている。「親父めし」というのは、皿に盛ったご飯の上に、この店の売りの麻婆豆腐と、もう一種類、肉野菜炒めとをいわゆる合いがけにしたもの。私もこれまで2,3度食べたことがある。間違いなくおいしくて私は大好きだ。
しかしながらヴォリュームがるので、ラーメン系のメニューと一緒に食べるのはなかなかきつい。何しろ私はラーメンの場合、スープまで完食する主義なので。つけ麺系となら何とかいける。

相変わらずてきぱきとしたご主人の段取りを眺めながらビールを飲む。久しぶりの「坊主」なので、いよいよ期待は高まる。
麺茹で二分半。ジャストで麺を上げ、しゃっきりと湯切りして丼へ。雪平のスープを手早く麺の上にあければ、もういい形ができている。トッピングをぱっぱと散らして出来上がり。さっと自分の前に運ばれてきた。

久しぶりに目の前にするそのお姿。丼のスープの表面には、赤い脂の層が渦を巻いている。丼の中央に盛り上がるもやしと豚バラ肉の小山が壮観。そこに魚粉と刻みネギがパラリと。
さて、まずいつものようにレンゲでスープをすくってひと口。アツッ。いつものとおり脂が旨くて甘い。そのあとから辛さが来る。でも今日はたいしたことないな。ふた口、三口、四口…、十回くらいすくっては飲んで、やっとご飯を一口。
最近の自作ラーメンは、ウェイパー・ベースなので、鶏ガラ・スープがあらためて美味しい。以前も感じたことだが、味に奥行きがあってまろやか。とてもまねができない。

それからおもむろに麺をほぐしにかかる。麺は意外とからみあっている。テボから丼にあけたあと、箸で麺をひとさばきしてくれるといいのでは。
中太ストレートの麺は、私の好みのど真ん中。この麺ともやしを少しずつすする。が、あまり強くすするとむせるので注意。もやしのしゃきしゃき感がほどよい。ときどき豚バラをかじり、スープを飲んでは、ご飯で「口直し」をする。

「坊主」のラーメンのスープは、塩分が控えめだ。ネットのあるレヴュワーは、この塩気の薄さを、何かを入れ忘れたのではないか、といぶかしんでいたほどだ。たしかに、一般のラーメンのスープと比較するとかなり薄味かもしれない。でも、このスープの辛さと旨さを存分に味わうためには、ちょうど良い塩加減になっていると思う。だから私はスープはいつも完食だ。
で今日も、麺を食べては、どんどんスープも飲んでいく。今日の出来は、いつもよりちょっとあっさりめかな。いつもほどの辛さも感じない。私の体調が良いせいか。それとも悪いのか。

しかしいつものとおり、だんだん鼻水は出てくる。そして、やっぱり徐々に無我の境地へ突入。至福のひとときがやってくる。
気がつくと、いつのまにか麺を食べ終わり、丼を両手で抱えて最後のスープをひとすすりしている。ああ今日も旨かった。
だが今回は、扇風機が近いためかあまり汗はかかなかった。大汗をかいてすっきりするのも気持よくて好きなのだが。
お腹も満腹で満足だが、心も満足している。肉体的に満足するのとはべつの精神的な満足。この心の満足というのが、他の店ではなかなか味わえないのだ。

考えてみると、私にとって、待ちながらビールを飲み始めるところからもう「ラーメンを食べる」という事が始まっている。店内を見回したり、期待が高まってきたり…、そして実際に食べ始め、食べ終わるまでの店内でのすべての出来事が、私にとっての「ラーメンを食べる」ということなのだ。その全体が私を満足させてくれるとき、お腹だけでなく心も満足するのである。そういう店はなかなかない。単に美味しいものを食べさせる店はあっても。

店を出て例によって千波湖方面に向かう。以下は、食後の散歩の報告。
線路沿いに歩き、千波大橋の下をくぐり、梅戸橋を渡ると桜川にかかる芳流橋のたもとに出る。いつもはこれを渡って千波湖のほとりに出るのだが、今日は渡らないで桜川の左岸を歩いていくことにする。
桜川ごしに望む千波湖の風景もなかなかよいものだ。常磐陸橋を右に見てから、偕楽橋の下をくぐり田鶴鳴橋の下をくぐると偕楽園の拡張部だ。

土曜日なのに園内にはあまり人影がない。広々とした空間をひとり歩いていくのは何とも気持ちがよい。拡張部をぐるっと四分の三周ほど歩いた。
そこから蛍橋のたもとの木道に入る。そこまでの広々とした空間から、一転して涼しい樹幹の間を縫って歩く。そこから国道をわたって、少年の森に抜ける。樹木の間に芝生の広場が、ぽかっと開けている。ここにもほとんど人影がない。心も静まるひと時。
森の奥の階段を降りて再び千波湖畔に出た。
帰りは千波湖の北側のほとりを歩いていく。湖面を渡ってくる風が清清しい。途中湖畔のベンチで一休みしてから水戸駅に戻った。

五月晴(ごがつばれ。「さつきばれ」と読むと梅雨の晴れ間のことで違う意味になる)の下を、満たされたお腹と心で、約2時間の散策。歩数では1万3千歩。とってもぜいたくな時間を過ごせた。
このぜいたくな時間も含めて私にとっては「ラーメンを食べる」ということにしたいな。


2012年5月15日火曜日

レコ・コレ誌のベーシスト/ドラマー・ランキングを見てあれこれ

 愛読している『レコード・コレクターズ』誌の2012年6月号が発売された。特集は「20世紀のベスト・ベーシスト/ドラマー100」。前号のギタリスト・ランキング特集の続きとはいえ、やっぱりかなり地味な内容。これで売り上げの方は大丈夫なんだろうか。

前号のギタリスト・ランキングについて、あれこれ思いつくままに感想を書いてみた。これが意外と好評だったので(?)、今回も同様に、ランキングを見て思いついたことを書いてみようと、発売を待っていたのだが…。地味すぎて、あんまり書くこともないかな。

ベーシストとドラマーのランキングということで思い出すのは、私がロックを聴き始めた70年前後の頃に愛読していた『ミュージック・ライフ』誌だ。同誌では、ときどきバンドやミュージシャンの部門別ランキングというのをやっていた。
ヴォーカリストやギタリスト部門のランキングは、たしかに人気と実力をそれなりに反映しているように見えた。しかし、ベーシストやドラマー部門なんかは、結局、バンドのランキングからそれぞれのベーシストやドラマーを抜き出して、バンドの順番のまま並べただけみたいなものだった。つまり、プレイヤーの個人評価ではなくて、バンド本位のランキング。これじゃ、あんまり意味ないなと思ったことを思い出す。

さて、今回のレコ・コレ誌のランキングだが、ベーシスト第1位がポール・マッカートニーで、ドラマー第1位がジョン・ボーナムときた。さらに、ドラマー第2位が、リンゴ・スターで、ベーシストのちょっと下がった第8位にジョン・ポール・ジョーンズがいる。
ビートルズとレッド・ツエッペリン!あれあれ、これってさっき紹介した往年の『ミュージック・ライフ』誌とおんなじ個人ではなくてバンド人気本位のランキングじゃないの?
各人に添えられたコメントを見ると、テクニック的に優れている点や、影響関係について語られているけど、他の人がみんな同じ認識で票を投じたとは限らない。「バンド本位ランク」疑惑が、ちょっともやもやする。

しかし、ちなみにローリング・ストーンズ勢を見てみると、ビル・ワイマンがベーシスト15位、チャーリー・ワッツがドラマー8位と、意外にふるわない。
そしてそれより上位にザ・フーの二人が(意外な?)大健闘。キース・ムーンがドラマー3位で、ジョン・エントウィッスルがベーシスト4位だ。たしかにキース・ムーンのパワー全開のドラミングは、他にないスタイルだし私もすごいと思う。
ただ残念ながら私はフーが苦手。『フーズ・ネクスト』は好きだけど、『トミー』とか『四重人格』みたいなオペラ・スタイルは、聴いていてダレる。

それはともかくとして、世間的な人気はフーよりストーンズの方があきらかに上(でしょ?)。ということは、私の「バンド本位ランク」疑惑は、まとはずれであったか。
そしてこのあたりから、いきなりレコ・コレ誌カラーが満開となる。
ドラマー2位、ジェイムズ・ジェイマスン、同4位、アル・ジャクスンJR.、同5位、アール・パーマー、同6位、ハル・ブレインと続く。この人たちはみんな、50年代、60年代のソウル界やポップス界の実力派セッション・ミュージシャンとのこと。「ロックの人」である私には、正直なじみのない名前ばかりだ。
それと、ジャズ畑の人が多いのが気になる。前回同様、今回も「ロック/ポップスの世界に大きな影響を与えた人」と前説にはあるのだが、それにしては…。
ベーシスト7位のジャコ・パストリアスはまあ、ジョニ・ミッチェルとのコラボ・プレイがあったりするからしょうがないだろう。それと、ドラマー41位のトニー・ウィリアムスも、一応ジャズ・ロックをやっているから許そう。
しかし、たとえばベーシストでは、チャールズ・ミンガス(29位)、チャーリー・ヘイデン(47位)、ロン・カーター(54位)、ドラマーでは、エルヴィン・ジョーンズ(47位)なんかはどう転んでもジャズの人でしょう。
というようなわけで、前回同様今回のランキングも私には「ロック度」が薄めで、いまひとつ物足りないなあ。

それでも内容的には、巧い人も下手な人も、いろんなタイプの人が偏らずにうまくミックスされているとは思う。実力だけでみたら、セッション・ミュージシャンたちがきっとすごいはずだ。
たとえば、チャック・レイニー(ベーシスト3位)、ウィリー・ウィークス(ベーシスト12位)、スティーヴ・ガッド(ドラマー16位)、アンディー・ニューマーク(ドラマー22位)みたいな人たちだ。でも、チャック・レイニーは3位だけれど、そういう人たちがこぞって上位を占めているというわけでもない。

 それから、バランスという点で言うと、プログレ系の人の名前がけっこう目に付く。
 たとえばベーシストでは、クリス・スクワイア(11位)、トニー・レヴィン(21位)、ジョン・ウェットン(26位)、グレッグ・レイク(32位)、ヒュー・ホッパー(56位)、ロジャー・ウォーターズ(60位)など。あれれ、クリムゾン関係者のレヴィン、ウェットン、レイクの3人は、肝心のフリップ師のギタリスト・ランキング順位(38位)より上だぞ。
 ドラマーでは、ビル・ブラッフォード(7位)、カール・パーマー(25位)、フィル・コリンズ(27位)、チェスター・トンプソン(29位)、ロバート・ワイアット(34位)、マイケル・ジャイルズ(46位)、ニック・メイスン(51位)など。ブラッフォードもフリップ師よりだいぶ上だ。
 プログレ系の人はテクニシャンが多いから名前が挙がるのは当然とも言える。それと曲のつくりが、ブルース・ベースではないので、個性的なプレイが目に付きやすいからではないかとも思う。
あとはやっぱり実力はないけど「バンド本位ランク」かな。EL&Pのあの人とか、ピンク・フロイドの2人とかね。

さて私の好きなベーシストたちの気になる成績はどうか。
フリーのアンディ・フレイザーが第10位。ご立派。
フレットレスの二人、パーシー・ジョーンズ(ブランドX)が48位で、ミック・カーン(ジャパン)が31位と。ちゃんと入っていてよかった。
あと私は、フェリックス・パパラルディ(49位)のような、重厚で太い音のベースが好きだ。そのような特徴ある音色と言えば、私の中ではまず何をおいてもグランド・ファンク・レイルロードのメル・サッチャーの名が思い浮かぶのだが、もうさすがに過去の人ということで入らなかったか。無念。

私の好きなドラマーのタイプは、知的で、細かい一打一打まで神経が行き届いていて、メリハリがきっちりあるドラミングをする人だ。具体的には、どちらもクリムゾン関係者だが、マイケル・ジャイルズとビル・ブラッフォード。ブラッフォードは第7位と健闘したが、ジャイルズが46位に留まったのはちょっと残念。
こういうタイプと正反対なのが、肉体派のジョン・ボーナム(1位)やカール・パーマー(25位)だ。ボーナムのドタバタぶりや、パーマーの勢いまかせのロールを思い起こすと、「バンド本位ランク」疑惑がまたもや頭をもたげて…。まあいいか。

なお今号で私が特集よりも注目した記事が、シカゴの『ライヴ・イン・ジャパン』の紙ジャケ復刻の話題だった。さっそく発注してしまった

そういえばもう一人、好きなドラマーを忘れていた。
シカゴのダニエル・セラフィンだ。今回のランキングには陰も形もないけど。

2012年5月11日金曜日

ピンク・フロイド 74年、ウェンブリーでの『狂気』

前回、ピンク・フロイドのアルバム『ザ・ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン(狂気)』はつまらない。しかし、その発表前にライヴで演奏していたこの曲の初期ヴァージョンは、なかなか良いという話を書いた。
 その流れで、今回はアルバム発表以降の『ザ・ダーク・サイド…(狂気)』のライヴでの演奏はどうなのか、という話をしたい。

前回私がほめた初期ヴァージョンは、最終的にアルバムとしてまとめていくための試行錯誤の過程のものであった。だから。当然のことながら1973年2月のアルバム完成、3月のアルバム・リリースとともに、初期ヴァージョンは封印されてしまう。代わりにアルバム発売後のライヴでは、アルバム・ヴァージョンを再現する演奏が行われることになる。まあ当たりまえの話だ。
では、前回私がケチをつけた『ザ・ダーク・サイド…(狂気)』のアルバム・ヴァージョンを、ライヴの場で再現した演奏は、はたしてどうなのか。いいのか悪いのか。また初期ヴァージョンと比べてどうなのか。というあたりのことについて語ってみたい。

 今回発売された『ザ・ダーク・サイド…(狂気)』のデラックス・エディションは2枚組。ディスク1は、オリジナル・アルバムのリマスター。そして、ディスク2には、この曲の1974年のロンドン、ウェンブリーでのライヴ音源が収められている。
ということなので、私もブートレグでこのときの演奏を聴き直してみたわけなのだ。私の持っているのは、1974年11月16日のロンドン、ウェンブリー・エンパイア・プール公演のBBC音源だ。一応ブートの定番らしい。
ちなみにデラックス・エディションのディスク2に収録されているのは、この会場で11月14日から17日まで4日間行われた公演からセレクトしたものとのこと。

久しぶりに聴いたウェンブリーでの『ザ・ダーク・サイド…(狂気)』。これがそこそこ良かった、ちょっと聴いたときは。これならデラックス・エディションを買ってもいいなと思ったくらいだ。

オリジナルのちんまりとまとまった演奏に比べると、このライヴは全体にハードでラフな印象。ソロは全体に長めで、ギターが全面で活躍しているのは当然として、私のブートではベースもかなり前に出てきている。それから、ヴォーカルもコーラス陣で厚くして盛り上げようとしている。
あのつまらん「オン・ザ・ラン(走り回って)」は、例の退屈なループする電子音に極端に強弱をつけたり、SEを効かせて一応メリハリを出している。
「ザ・グレート・ギグ・イン・ザ・スカイ(虚空のスキャット)」も途中で、ジャズのビートをはさんだりしてひと工夫。でも、やっぱりスキャットは間延びしているけど。
「エニイ・カラー・ユー・ライク」のキーボードのディレイ効果はさすがになし。ここでのギルモアのギターは、何となく不発のまま終わってしまっている。

しかし何回か聴いていると、何だか物足りない。煮え切らない感じがする。そこで、あらためて初期ヴァージョンを思い起こしてみる。初期ヴァージョンには、実験精神があった。それに、これからまだどう変わっていくか知れない緊張感と、自由度があったような気がする。
それに対して、アルバム発売後のこちらの演奏は、出来上がった曲(しかも大ヒットして誰もが周知している曲)を、できるだけメリハリつけて、激しく、ノリよく、派手に演奏しているだけで、スリル感がないことに気づく。つまり、そこにあるのはエンターテインメントであり、ショーなのだ。
後のウォーターズ抜きの時代のピンク・フロイドの音楽、つまり、中身のないエンターテインメントと同質のものを、ここにも感じてしまう。

この11年後、コンセプト・メーカーだったロジャー・ウォーターズが抜けて、3人のミュージシャン集団となるピンク・フロイド。彼らの音楽は、それまでのフロイドの音のうわべだけをなぞった空疎で中身のないものだった。音楽の内実の空洞化と反比例してステージも巨大化し大仕掛けになった。
『ザ・ダーク・サイド…(狂気)』のモンスター・ヒットの渦中、74年のこのライヴの「今ひとつ」感は、後の彼らの行く末の予兆であったのかもしれない。

しかし、彼らは『ザ・ダーク・サイド…(狂気)』の呪縛から、いったんは立ち直るのだ。ウェンブリーの同じステージで披露された「シャイン・オン・ユー・クレイジー・ダイアモンド」と、『アニマルズ』の軸となる2曲。まだ彼らは創作意欲を失ってはいなかった。これらの曲が収められた2枚のアルバム(最初はこの3曲で1枚にする予定だったらしい)、『ウィッシュ・ユー・アー・ヒア』と『アニマルズ』は、私が最も好きなピンク・フロイドのアルバムだ。

なおグループ脱退後のウォーターズのソロ活動はあまりぱっとしなかった。同じコンセプト・メーカーでも、ジェネシスを抜けたピーター・ガブリエルや、ポリスの後のスティングのように、自分の世界を花開かせることはできなかった。フロイドがあってのウォーターズだったのではないか。
一人のコンセプト・メーカーと三人のミュージシャン。フロイドの輝きは、この四人のケミストリーによって生み出されたものだったのだろう。

2012年5月7日月曜日

ピンク・フロイド『狂気』の初期ヴァージョン


ピンク・フロイドの最高傑作と言われている『ザ・ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン(狂気)』というアルバムがある。そればかりかプログレの名盤、さらにはロックの名盤とも言われるこのアルバム。しかも、モンスター的な売り上げを実際に記録してもいる。
でもこのアルバム、私にはどうしてもそんなたいした内容のアルバムとは思われないのだ。この圧倒的な世間の高評価と、自分の「低評価」の食い違い。そんな食い違いに戸惑っている人って、私の他には本当にいないのだろうか。

私が好きなピンク・フロイドのアルバムは、現代音楽的で実験精神が刺激的な(同時に牧歌的でもある)『ウマグマ』と『アトム・ハート・マザー(原子心母)』。そしてピンク・フロイド流のブルース感覚が魅力的な『ウィッシュ・ユー・ワー・ヒア(炎)』と『アニマルズ』だ。
アルバム・ベスト5ということなら、これにもう一枚、『メドル(おせっかい)』かな。それとも『ザ・ウォール・ライヴ』(スタジオ版ではなく)か。おやおや、いつもの調子でアルバム5選になってしまったぞ。
ともかくいずれにしても『ザ・ダーク・サイド…(狂気)』は、私のベスト選びには絶対入らない。

アルバム『ザ・ダーク・サイド…(狂気)』の何がそんなにだめかと言えば、まず個々の曲がつまらない。
延々とお粗末なミニマル電子音を聴かされる「オン・ザ・ラン(走り回って)」。スキャットがだらだらと続く「ザ・グレート・ギグ・イン・ザ・スカイ(虚空のスキャット)」。フロイドの曲として、このスキャットはソウルフル過ぎて違和感がある。そして、場違いにメロウなサックスが彩りを添えている(?)「アス・アンド・ゼム」。しかもこの曲は無駄に長い。またキーボードのディレイが子供だましの「エニイ・カラー・ユー・ライク(望みの色を)」(ただしギター・ソロは良い)、などなど。
手放しで良いのは、ヴォーカルもギターもアグレッシヴな「マネー」くらいか。
それに、トータルなコンセプト・アルバムのわりには、歌詞はともかくとして、曲の構成にトータリティーを感じない。「タイム」の終盤に「ブリーズ」をリプライズさせたり、曲のつなぎにテープのエフェクト音を入れたりなどして、それ風な作りにはしているけれども…。

さてこのところのピンク・フロイドのアルバムのリイシューと、とりわけ一連のコレクターズ・ボックスの発売に合わせて、レコード・コレクターズ誌でも何回かピンク・フロイドの特集が組まれてきた。
そのうち昨年2011年10月号の特集「ピンク・フロイド『狂気』の真実」は、いろいろと勉強になった。とくに赤岩和美氏と石川真一氏の文章のおかげで、『ザ・ダーク・サイド…(狂気)』の初期ヴァージョンについて、それまで私が断片的に知っていた情報をすっきりと整理することができた。

1971年の末から72年の初めにかけて組曲として大まかな構想と楽曲が作られた「ザ・ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン」。この組曲は、その後一年間かけて、国内、国外のライヴ・ツアーの場で全曲演奏されながら徐々にアレンジが修正されていった。ほんとは「磨き上げた」と言いたいところだが、だんだん良くなっていったとは言いかねるので。
そして、72年6月からはライヴの合間を縫って断続的にスタジオ入りして録音を開始。ライヴの場での修正をさらに続けながら、最終的に73年の1月までかかって録音を終えた。そして2月にはアルバム『ザ・ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン(狂気)』として完成させ、3月にリリースしたというわけだ。

さてこの最終のアルバムの形になる前のライヴの場で展開された『ザ・ダーク・サイド…』のいわゆる初期ヴァージョンが、なかなか良いのである。アルバム・ヴァージョンよりもかなり良いと言える。
これまで、初期ヴァージョンはブートレグでしか聴けなかったが、今回のコレクターズ・ボックスのボーナス音源として、この初期ヴァージョンの一部がオフィシャル収録されているという。私は買っていないのだけれど。
私がもっぱら聴いているのはブートレグである。1972年の『ザ・ダーク・サイド…』の演奏で、私が持っているのは以下の3種。
まず1972年2月の英国ロンドン、レインボー・シアター公演、それから3月の来日時の札幌、中島体育センター公演、そして9月の米国ロス・アンジェルス、ハリウッド・ボウル公演での演奏だ。いずれもこの時期のピンク・フロイドのブートの定番ということになっている。

 これらで聴ける『ザ・ダーク・サイド…』の初期ヴァージョンは、最終的なアルバムと、具体的には次の点で大きく異なっている。
 まず「オン・ザ・ラン」の代わりに、その原型と言われる(?)「トラヴェル・シークエンス(Travel Sequence)」が入っている。
これは、カッティング中心の緊迫感のあるギターと、エレクトリック・ピアノがからむ長尺のインプロヴィゼイションだ。浮遊するようなピアノのフレーズが心地よい。
それから「ザ・グレート・ギグ・イン・ザ・スカイ」の代わりに、これもその原型の「モータリティ・シークエンス(Mortality Sequence)」が入っている。
オルガンによる背景音に、朗読や演説や子供の声などのさまざまな人の声のコラージュがかぶさる実験的な曲で、なかなか刺激的。キーボードはだんだん不安な和音を奏でながら高鳴っていき、最後に例のキャッシュ・レジスターの音が出てきて、次曲「マネー」へとつながっていく。
72年の9月のライヴでは、スキャットはないもののピアノが入り、最終の「ザ・グレート・ギグ…」のアレンジにやや近づいている。
それから「エニイ・カラー・ユー・ライク」のエコーが効いてゆったりしたギター・ソロも、ここでは延々と続いていく感じだ。この初期ヴァージョンでは、ライヴということもあるだろうが、「マネー」をはじめどの曲もギター・ソロが長めで、たっぷりと楽しめる。
またこれも全体的なことだが、随所でテープによるエフェクト音が聴こえてくる。

結局、アルバム『ザ・ダーク・サイド…』で、私がつまらない曲として列挙した「オン・ザ・ラン」も、「ザ・グレート・ギグ・イン・ザ・スカイ」も、「エニイ・カラー・ユー・ライク」も、ことごとく最初はそれなりにフロイドらしい良い曲だったのだ。
さらに『ザ・ダーク・サイド…』初期ヴァージョンの全体について言えることは、スリリングな展開と実験的な面白さがそこここにのぞいていたということだ。

それが何で最後にああいうことになってしまったんだろう。
最終の『ザ・ダーク・サイド…』アルバム・ヴァージョンは、とにかく、わかりやすくシンプルで、実験性はまったくなし。そこにいかにもアメリカ受けしそうなスキャットと、メロウなサックスを付け加えたというわけだ。
それゆえに全然つまらなくなったが、またそれゆえに「売れた」ということだろう。まあ、売れれば、オッケーということなんだろうな。

2012年5月5日土曜日

「靉嘔展」と「田中敦子展」を観る

連休の一日、東京都現代美術館を訪ねて「靉嘔展」と「田中敦子展」を観てきた。

この二つの展覧会、なかなかよくできた取り合わせだ。二人とも日本を代表する前衛美術家であることはもちろんとして、それぞれ著名な前衛美術集団「フルクサス」と「具体美術協会」に属していたという点でも共通している。
さらに実際に展覧会を観て、美術家としての二人のあり方が、次のような点でパラレルであると私には感じられた。

すなわち二人の共通点としてまず第一に、①従来の美術表現に対する批判、あるいは否定を制作の出発点としていること。
次に、②その結果、それまでにないまったく独自の表現を作り出したこと。靉嘔ならレインボーの作品、田中なら電気服。
そしてここからが私見だが、③その表現が自身にとっての大きな「呪縛」となり、そこから逃れようともがくことが、その後の表現の軌跡となったこと、である。

 靉嘔展の会場に入ると、暴走する表現主義とキュビズム的表現があり、その合間に深化する孤独感が垣間見え、やがてパフォーマンスの嵐の中へと突入していく。そうして至り着いたのがレインボー・カラーによるミニマル形態という表現だったことがわかる。
レインボーの作品の意義は、何よりもまず美術史や美術についての既存の価値観(美術は高級なものという価値観)に対する批評であったろう。外界を構成する事物のミニマル的な表現という作家の言い分は、後でくっつけたもののような気がする。
 しかし、このシンプルで強い表現のスタイルは、たちまち作者自身を縛りつけることになる。何を描いてもみんな同じになってしまうからだ。どうやってこの呪縛から逃れるか。その後の靉嘔の歩みは、ほとんどこのための試行錯誤であったように見えた。

田中敦子にも同様のことを感じた。
誰も行なったことのない表現をモットーに、新しい表現に挑戦した「具体美術協会」の作家たち。田中の「ベル」や「電気服」もそうした独自性の追求の結果として生み出されたものだ。
当然そこには、それまでの美術表現、美術の価値観に対する批評、否定、批判が内包されている。いくら「電気服」の電球の点滅が美しいといっても、この作品の意義は、新しい美の創出よりもむしろその批評性の方にあると私は思う。
しかしそれはともかくこの強烈な「電気服」に、田中は縛られ、その呪縛の中で、その後の画家としての活動は終始したといってもよいだろう。どこまでいっても画面に現れるのは電球のイメージである丸と、配線コードのイメージである線のみなのだった。

「前衛」とは既成の価値を否定し、新しい何ものかを生み出していくことだろう。靉嘔も田中敦子も、そのような強烈な意思によって、まったく新しい表現を創出した点は素晴らしいと思う。
しかし、それが「呪縛」となって以後、その「呪縛」から逃れる過程においては、自分自身が戦う相手になってしまっていて、初めにあったような既成の価値に対する強い批評性は失われてしまっているように見えて、私には残念だった。
その意味で、とくに靉嘔の展示作品の数の膨大さと、近作の巨大さは、ちょっとばかり虚しくも見えたのだった。

2012年5月2日水曜日

D.シルヴィアンと元ジャパンたちのアルバム5選+5選

今回は、元ジャパンのメンバーたちのアルバムから私の好きな5枚を選んでみる。
といっても、デヴィッド・シルヴィアンの5枚と残りの3人をひとくくりにしての5枚という2本立て。この分け方は3人の方のファンには申し訳ないけど、誰しも納得だよね。

前回デヴィッド・シルヴィアンの新作ベスト盤『ア・ヴィクティム・オブ・スターズ』について書いた。よいベスト盤を聴くと、オリジナルのアルバムを無性に聴きたくなる。ベスト盤にチョイスされた曲が新しい輝きを放っていて、「これが入っていた元のアルバムって、こんなに良かったっけ」と思わせるからだ。
で、シルヴィアンのオリジナルのアルバムをひと通り聴き返した。そうしたらさらに他の3人関連のアルバムも聴きたくなり、結局このところ彼らの音楽の世界にどっぷりとひたって日々を過ごしている。

デヴィッド・シルヴィアンのアルバムを5枚選ぶのは私の場合わりと簡単だ。
今回のベスト盤『ア・ヴィクティム・オブ…』の方法論、つまりインストはすっぱりとはずす、を私も適用。その上で、まず6枚のソロ・アルバムを見てゆく。
2ndの『ゴーン・トゥ・アース』は散漫なので落選、6thの『マナフォン』は難解なので落選。あとは、どうしてもはずせない。ということで、もう4枚決定。
残りのひと枠をどうするか。レイン・トゥリー・クロウか、シルヴィアン/フリップか、ナイン・ホーセズか、このいずれかのグループのアルバムから1枚というのが順当なんだろうな。しかし、ここで私は変則技で、ジャパンの『ティン・ドラム(錻力の太鼓)』を選ぶことにする。これで決まりと。
というわけで、以上に順位をつけると以下のとおりとなる。

<デヴィッド・シルヴィアンのアルバム・ベスト5>

 第1位 『シークレット・オブ・ザ・ビーハイヴ』
 第2位 『ブリリアント・トゥリーズ』
 第3位 『ティン・ドラム(錻力の太鼓)』(ジャパン)
 第4位 『デッド・ビーズ・オン・ア・ケイク』
 第5位 『ブレミッシュ』

スティーヴ・ジャンセン、リチャード・バルビエリ、ミック・カーンは、いろいろなくくりでアルバムを出している。3人のJBK,ジャンセンとバルビエリの二人ユニット、それぞれのソロ、さらにジャパンOB以外の人とのコラボといった具合だ。ここではそれらのアルバム全体の中から、私の好きなアルバムを5枚選んでみることにしよう。

この人たちの音楽はとにかく地味だ。「ポップ度」はかなり低めで、しかもインスト・ミュージックが中心。もうほとんどロックとは言えない。あまりジャンル分けに詳しくないのだが、アンビエント、エレクトロ、テクノ的な要素が強い音楽と言えると思う。ヨーロピアン・コンテンポラリー・ミュージックとでも呼べばよいか。
ともかくこんなに地味な音では、大きいセールスは絶対望めないのはあきらかだ。この人たちが、それでもこんな音楽を演っているのは、シリアスなミュージシャン・シップによって、よい音楽を作りたい一心からのような気がする。
そしてとにかくその音楽は耳に優しく、控えめで、押し付けがましさがない。感性の鋭さ、センスの閃きは感じるものの、多くのテクノ系インスト・ミュージックがそうであるように、「煮え切らなさ」感もないではない。
だが、日常的に聴いていると、これがハマるのである。

彼らの音楽を聴いていると、結局彼らは良くも悪くもミュージシャンなのだということがわかる。これに対し、デヴィッド・シルヴィアンは、やはりミュージシャンを超えた、かなり強烈な表現者なのだ。つねにアーティスティックで、ときに文学的な世界を自分の音楽で表現しようとしている。それゆえに彼の音は重いのだ。
そんな表現欲求のかたまりのようなシルヴィアンが、ぐいぐいと前進していき、他のメンバーがそれに否応なく引きずられていったのが、ジャパンというグループのありようだったのだろう。
グループが解散し、シルヴィアンという重石がとれたとき、他の3人は自由を味わっただろうが、さて何を演ったらいいのかわからない、というのが正直なところだったのではないかと想像する。

ところで、話は変わるがシルヴィアンや元ジャパン・メンバーのアルバム(それとクリムゾン関係でも)で忘れられないのは、ライターの市川哲史の存在だ。アルバムのライナーに頻繁に登場していた人だ。
個人的なことは何も知らず、文章だけを目にしていたが、なかなかの才人で巧い書き手だと思っていた。この人の文章が優れている点は二つあった。ひとつは往年の渋谷陽一ばりに、そのアーティストについての自分なりの批評的ストーリーを読み取っていたこと。ときにいくぶん強引な感じもないではなかったが、個々のアルバムがそのストーリーを背景に位置づけられて、単なる感想文を越えたちゃんとした批評になっていた。
それともう一つこの人は、読み取ったストーリーを元に秀逸なレッテルを作るのがうまかった。曰く「洋服をきた憂鬱たち」(ジャパン時代の4人のこと)、曰く「世界一のモラトリアム男」(シルヴィアンのこと)…。
元ジャパンのメンバーたちの世界の「普及」と「啓蒙」に、この市川の果たした役割は小さくないと思うのだがどうだろう。
いつの間にか市川の名前を聞かなくなったと思っていたら、ブランクの後、また活動しているとのこと。彼に続くような、ロックの批評の出現に期待したい。

というわけでベスト5アルバムを選ぼうと思うわけだが、これがかなり難しい。
まず3人が対等に組んだ『レイン・トゥリー・クロウ』や、JBKの『イズム』などは、私にはあんまりピンとこないのだ。なにか、お互いに気を使って、ばらばらなまま小さくまとまってしまった感じ。
それと、いくらテクノ的要素があるとはいえ、テクノの人と組んだコラボ作、ジャンセン、バルビエリと竹村延和の『チェンジング・ハンズ』や、カーンと半野喜弘の『リキッド・グラス』なんかは、あまりにも冷たい感じがして、これもいまひとつ。
思うに元ジャパン・メンバーたちの音楽の美点は、インストではあっても、温もりの残った中庸のヒューマン・タッチにあるのではないのだろうか。

あとは聴くほどに、どれも同じといえば同じという気もしてきて、選ぶのに難渋したが、とりあえず5アルバムは以下の通り。

<ジャンセン、バルビエリ、カーンのアルバム・ベスト5>

第1位 『インディゴ・フォールズ』(インディゴ・フォールズ)
第2位 『ストーリーズ・アクロス・ボーダーズ』(ジャンセン、バルビエリ)
第3位 『シード』(ジャンセン、バルビエリ、カーン)
第4位 『ストーン・トゥ・フレッシュ』(ジャンセン、バルビエリ)
第5位 『ドリームズ・オブ・リーズン・プロデュース・モンスターズ』(ミック・カーン)
次 点 『スロープ』(スティーヴ・ジャンセン)

『インディゴ・フォールズ』(インディゴ・フォールズ)

インディゴ・フォールズはリチャード・バルビエリと奥さんのスザンヌ・J・バルビエリによるユニット(昔はジ・オイスター・キャッチャーズと名乗っていた)。
スザンヌの澄んだ高音ヴォイスが素敵。ケイト・ブッシュの声質とちょっと似ているが、もっとソフトで浮遊感がある。以前のアルバム『ビギニング・トゥ・メルト』にも収められていた「ザ・ワイルダネス」は名曲。ドラマチックでしかも癒される。

『ストーリーズ・アクロス・ボーダーズ』(ジャンセン/バルビエリ)

非常にこなれた感じがするコンビ3作目。自然体の曲作りも堂に入ってきて、ぐっとまとまりを感じさせるアルバム構成。後半は坂本龍一似の曲が並び、ライトで「微」ポップ。そこがよい。

『シード』(ジャンセン、バルビエリ、カーン)

『ビギニング・トゥ・メルト』の次に出たおまけのようなミニ・アルバム。ではあるが、前作が寄せ集め的アルバムなのに対し、こちらはすっきりとした内容で、とくにリズムが明快に強調されていて気持ちよい。

『ストーン・トゥ・フレッシュ』(ジャンセン、バルビエリ)

アンビエント色が強まった静謐なアルバム。その分ややだるいところもある。しかし、一曲目「マザー・ロンドン」のハーモニカと、何曲かで聴ける兄シルヴィアン似のジャンセンのヴォーカルが泣かせる。

『ドリームズ・オブ・リーズン・プロデュース・モンスターズ』(ミック・カーン)

ミック・カーンのソロ・アルバム第2作。この人はフレットレス・ベースのプレイヤーとしては大好きなのだが、アルバム・アーティストとしては今ひとつ。表現したいものが自分でも見えていないのだと思う。そんなところは、同じフレットレスの巨匠ジャコ・パストリアスと似ている。
その中では、このアルバムが一番よくできていると思う。世評では、次作の『ベスチャル・クラスター』の方が上かもしれないけど、私はこちらを推す。それにこちらは2曲で、シルヴィアンのヴォーカルが聴けるし。
何といってもプレイヤーであることを超えた表現者としてのミックがここにいる。ミニマルっぽい「ランド」、永遠にループし続けるような「ドリームズ・オブ・リーズン」、そしてわけのわからんラストの合唱曲「アンサー」などなど、ごつごつしたカーンの表現意欲が伝わってくる。

『スロープ』(スティーヴ・ジャンセン)
 意外(?)とよいアルバム。兄シルヴィアンをはじめいろいろな人のヴォーカルが聴けるが、これがそろいもそろってみんな渋い。渋いヴォーカル・アルバムとしてお勧め。