2012年6月5日火曜日

ローリング・ストーンズ入門 「黄金の十年」を聴け

ここにローリング・ストーンズに、あらためて入門したいという若い人がいるとしよう。
ストーンズといえばロック界の超大物であり、来日時には音楽界のみならず社会をにぎわす大ニュースになる。
これまでところどころつまみ食いはしてきたけれど、そんなストーンズとは、そもそもいったいどんなバンドなのか。あらためてじっくり聴いてみたいと思うけれど、さて何から聴き始めたらいいのかわからない…。
もっともな話だ。何しろストーンズは結成50年を迎え、オリジナル・アルバムももう30枚を超えている。その間、音楽スタイルもそれなりに変遷を重ねてきた。
そんなストーンズのいちばん「おいしい」ところはどこなのか。いちばん「カッコいい」部分はどこなのか。できるだけ手っ取り早く知りたい…。なんてことを思っている若い人はたくさんいるんじゃないか(いないかな?)。
今回はそんな方々に送る「ヤング・パーソンズ・ガイド・トゥ・ローリング・ストーンズ」だ。

ストーンズの黄金時代は、1968年のアルバム『ベガーズ・バンケット』と、シングル「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」から始まる米国南部サウンド志向期だろう。
代表的な曲調のイメージとしては、「ホンキー・トンク・ウィメン」とか「ブラウン・シュガー」から、『ブラック・アンド・ブルー』の「クレイジー・ママ」とか、『サム・ガールズ』の「ホエン・ザ・ウィップ・カムズ・ダウン」なんかに連なるラインだ。
ストーンズは、じょじょに南部サウンドに加えて、ファンク、ディスコといった都会的サウンドや、レゲエなど流行の音を取り込んでいくわけだが、ぎりぎり78年の『サム・ガールズ』くらいまでが、ストーンズの一番よかった(そして、カッコよかった)時期と言えるだろう。これがすなわち「黄金の十年」だ。
ストーンズのコアなファンのおよそ85パーセント(?)くらいは、この考えに賛同してくれるんじゃないかと思う。
ただしこの十年の間には『ゴート・ヘッド・スープ』とか『イッツ・オンリー・ロックン・ロール』という凡作アルバム(ジャケット見りゃだいたいわかるよね)も作ってはいるのだが…。

ストーンズ入門者は、何をおいてもまずこの十年間のストーンズを聴くべきだ。
これ以前については何曲かの必聴曲を聴いておけば、まあ十分。「黄金の十年」以降、現在に至までのストーンズについては、とりあえず聴く必要なし。
実際これ以降の彼らのステージでつねに演奏されている曲の大半は、この「黄金の十年間」の曲なのだから。

ついでにライヴということで言っておくと、最近の彼らのライヴは、やっぱり70年代のライヴには全然かなわないと思う。
たとえば 2002,03年の演奏を収めた『ライヴ・リックス』や、2006年の『シャイン・ア・ライト』(OST)などを聴くと、音はクリアで演奏は全体にタイトで引き締まってはいる。サポート・メンバーが優秀なのと、録音やPAといったシステム面での進歩のせいなのかもしれない。
しかし私の印象としては、スリル感のない手馴れた演奏であり、音色も硬質に聴こえてしまう。70年代のルーズなノリやグルーヴ感による、ニュアンス豊かなふくらみのある演奏の魅力にはまったく及ばない。最近のライヴを聴くのなら75年の『ラヴ・ユー・ライヴ』を聴いた方が何倍もいいよ。

では「黄金の十年」(1968~78年)以前の初期の必聴曲とは何か。先ほどは後先考えずに言ってしまったけれども。あらためて考えてみると、あれあれ、結局 「サティスファクション」と「ペイント・イット・ブラック」の2曲ということになっちゃうかな。
「サティスファクション」のパンキッシュな魅力と、「ペイント・イット・ブラック」の得体の知れないまがまがしさ。これらは時代を超越して今も輝きを放っていると思う。
けれど、「ハート・オブ・ストーン」とか「レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トギャザー」など初期のポップ・チューンは、入門者が今聴いてはたして面白いのかな。ましてや「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」とか「ルビー・チューズデイ」みたいな甘々の曲は、われわれにはノスタルジックでも、世間的にはとうにカビがはえているのかも。

でとにかく初期のストーンズを聴くためには、とりあえずベスト盤で事足りる。いろいろ考えたが、やっぱりここは『ホット・ロックス』だろうか。これが2枚組でなく1枚ものならもっとよかったのだが(『ビッグ・ヒッツ』と『スルー・ザ・パスト・ダークリー』は今ひとつ)。
『ホット・ロックス』は71年に出たので、この時点までの曲から選ばれているのがよい。それから曲順がクロノジカルなのもマル。『フォーティ・リックス』は、いろいろよけいな曲が入っているのでお勧めしない。
また『ホット・ロックス』には、南部サウンド期のシングル 「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」や「ホンキー・トンク・ウィメン」が入っているのもよい。

さて本題の「黄金の十年」のアルバムについては、私が以前書いた「ローリング・ストーンズのベスト・アルバム5選」も参照して欲しい。これを選んだ時点では、「黄金の十年」というくくり方をはっきりとは意識していなかったが、結局選んだアルバムはこの時期のものだけになった。
私のストーンズのベスト5アルバムはこんな具合だ。

① 『ベガーズ・バンケット』(1968)
② 『スティッキー・フィンガーズ』(1971)
③ 『エグザイル・オン・メインストリート』(1972)
④ 『ラヴ・ユー・ライヴ』(1977、中身は75、76のライヴ)
⑤ 『レディース&ジェントルマン』(DVD、中身は72のライヴ) 
次点(同順で)
⑥ 『ブラック・アンド・ブルー』(1976)
〃 『サム・ガールズ』(1978)

この時期のベスト盤なんかにお金を使うなら、悪いことは言わないからこの①から④までのオリジナル・アルバムを買って繰り返し聴くことをお勧めする。ストーズというバンドの本質的な部分、多様性、そして猥雑なカッコよさのすべてがここにある。

ここで上のベスト5選出の補足を。
上のベスト5には、『レット・イット・ブリード』(1969)の姿が見えない。
『レット・イット・ブリード』といえば、しばしばストーンズの代表作として名前の挙がる傑作アルバムのはずだ。それがなぜ?
ストーンズの「黄金の十年」の内、60年代の英デッカ時代に作られた2枚のオリジナル・アルバム、すなわち『ベガーズ・バンケット』と『レット・イット・ブリード』は、対をなす内容を持つ作品だ。
たとえば冒頭にストーズ・スタイルの名曲「シンパシー・フォー・ザ・デヴィル」と「ギミー・シェルター」がある。2曲目にスローな「ノー・エルスペクテーションズ」と「ラヴ・イン・ヴェイン」がきて、その後にカントリーぽい曲やブルースが挟まって、ラストがどちらもコーラス隊が加わる壮大な曲「ソルト・オブ・ジ・アース」と「ユー・キャント・オールウェイズ・ゲット…」で終わるといった具合だ。
当然両方のアルバムを比較してしまうが、そうすると私は断然『ベガーズ・バンケット』の方を選んでしまう。
なぜなら『レット・イット・ブリード』は、曲の出来が今ひとつだからだ。「リヴ・ウィズ・ミー」とか「モンキー・マン」なんかはやや単調。「ミッドナイト・ランブラー」はやや冗長で、「ユー・キャント・オールウェイズ・ゲット…」はやや大仰。
それに「カントリー・ホンク」を入れるなら「ホンキー・トンク・ウィメン」を入れてほしかった。
というわけで、『ベガーズ・バンケット』が、この2枚を代表していると思ってほしい。

「黄金の十年」のコア中のコアは、言うまでもなく『スティッキー・フィンガーズ』と『エグザイル・オン・メインストリート』ということになる。
しかし、実際のところこの2枚は入門者には、多少のとっつきにくさがあるかもしれない。全然ポップではないし、多少クセのあるアルバムだからだ。そこで、この2作の聴き所についてひとこと。

『スティッキー・フィンガーズ』は、あらためて聴いてみると、曲の出来がすべてよいというわけでもない。というか、完璧なのは、「ブラウン・シュガー」と「ビッチ」くらいか。あとは、あっちにも、こっちにも隙がある。
たとえば「キャント・ユー・ヒア・ミー・ノッキン」の後半のセッション風展開などは、ちょっと間が抜けていて無駄に長い。
次の「ユー・ガッタ・ムーブ」なんか、これではまるで冗談ソング。ライヴのときのように(『ラヴ・ユー・ライヴ』で聴ける)粘っこくやってくれれば、超カッコいいブルースなんだけど。
それに前のセッションからひっぱり出してきた「シスター・モーフィン」。わざわざここに持ってくるほどの良い曲か。
 そしてラストの「ムーンライト・マイル」の意味不明の東洋風アレンジ…などなど。
このようにイマイチの部分はたくさんある。しかし、そうした隙やバランスの悪さもそのままに、ぐいぐいと押し切っていく勢いがこの時期のストーンズにはあった。
たとえば「スウエイ」。完璧なストンーズ・チューンである「ブラウン・シュガー」の余韻の中で、もたもたと始まるこの曲。ぱっとしないと思われたメロディーを、ミック(ジャガー)が強引に歌い回す。バックのギターとピアノによる音の壁が、しだいしだいにストリングスまで加わって厚みを増していく。その前でミック(テイラー)のギターがうねるように上昇。やがて怒涛のような音の大波が押し寄せてきて、圧倒的な幕切れとなる。やられた。
こういうのがぐいぐいと何でも押し切ってしまうこの時期のストーンズの勢いなのだ。
このマジカルな「勢い」は、前作の『レット・イット・ブリード』にはそれほど感じなかったし、次々作の『ゴート・ヘッド・スープ』ではもう失われている。まさにこの時期限定のものなのだ。

次作の『エグザイル・オン・メインストリート』も、今はストーンズの最高傑作という声もあるが、出たときは不評だった。だから白紙で聴き始める入門者にも聴きづらいかもしれない。
全体にモコモコとしたダンゴ状の音色で、ねっとりとした粘り気があり、またときに呪術的でもある曲調。その後の彼らの都会的サウンドとはだいぶ様子が違っている。やっぱりとつきやすいはずはないかな。
だがこのアルバムは、この混沌としていて、どろどろしたエネルギーに身を浸して味わうべきアルバムだ。
何だか難しそうなことになってしまった。まあ四の五の言わずにまずは聴いてみることだ。何がしか感じるものがあれば、繰り返し聴き込めばよい。もし万一、なんにもピンと来るものがなかった人は、無理をせずにあきらめ、今後はストーンズには近寄らない方がいいと思うよ。
これじゃあんまりガイドになってなかったかな。

この時期のストーンズのマジカルな「勢い」は、72年のライヴを収めたDVD『レディース&ジェントルマン』で目の当たりにすることができる。
『スティッキー・フィンガーズ』と『エグザイル・オン・メインストリート』を聴いてその気になった人は、ぜひ自分の目で確認して欲しい。
 

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