2012年6月27日水曜日

実食「一汁無菜」 塩辛でご飯

「一汁無菜」を実践するシリーズも快調に3回目。今回は、塩辛だ。
そもそも何でこんなことをしているのか。あらためてその目的とルールを確認しておこう。

〔目 的〕  ご飯と味噌汁と、そしておかずは、いわゆる「ご飯のお供」と呼ばれるものをひと品のみ。この究極のシンプル・メニューをたらふく食べることによって、その美味しさをとことん味わい尽くしてやろうということだ。そうすることによって、お腹だけでなく心までも満足させたい。
この場合のおかずは「一汁一菜」の「一菜」(つまり、ちゃんとした料理)とはとても言えないようなささやかなものばかりだ。「一菜」とは数えられないおかずだから、題して「一汁無菜」というわけ。

〔ルール〕  ① 食べるのは、ご飯と味噌汁と「ご飯のお供」を一品。それ以外のおかずはなし。
しかも、「ご飯のお供」は一回に一種類のみ。二種類以上を取り合わせたりしない(お互いの味が邪魔をし合うので)。
② (当面のルールとして) ご飯は1.5合(私がおいしく食べられる限界の量)。味噌汁は一杯のみで、お代わりはなし。
以上。

塩辛は私の大好物だ。しかし、ご飯のおかずというよりは、お酒の肴として食べることの方が多いかな。でも最近はしばらく食べていない。やっぱりちょっと塩分が気になるということもある。
塩辛は酵素(自己消化酵素、微生物、麹などの酵素)で発酵、熟成させたものだ。りっぱな発酵食品なのだが、健康志向のこの時代に、たとえば納豆のように脚光を浴びるということはけっしてない。やはり、塩分とそれから比較的多く含まれるコレステロールのせいなのだろう。

さて酒の肴のときは、塩辛だけを単独で食べるわけだ。これをご飯のおかずにする場合、ご飯と一緒に口に入れることになる。このとき、ご飯と塩辛との触感というか固さの差かかなり大きいことが、若干、事前の心配ではある。
塩辛は何といってもイカだから、噛んでも口の中に長く残っている。まあこのとき旨さが広がるわけだ。片やご飯は比較的早々に口から胃のほうへと去っていく。そのへんうまく美味しさの点で折り合いがつくのだろうか。

今回食べる塩辛は、いただき物の瓶詰めのもの。詰め合わせの中の一つで、かわいい小瓶入り。内容量は45グラム。北海道のメーカーのものだ。
イカの塩辛に使われるイカはスルメイカが普通だが、この瓶の原材料表示を見ると「真いか」となっている。さすが北海道、珍しいものを使っているなと思ったら、「真いか」というのはスルメイカの別名とのことだった。

さて今回のメニュー紹介(というほどのものを食べるわけでもないのだが)。
ご飯はいつもどおり、安い茨城産の「あきたこまち」1.5合。あつあつの炊きたてだ。1.5合は、私のお茶碗で軽く四杯分に相当。
大好きな塩辛なら、ご飯2合は食べられる自信はある。しかし、その後で、お腹が重くなってちょっと苦しい思いをする心配もある。で、ここはぐっと自重することにする(それでも1.5合じゃ自重したことにならないか)。
 塩辛はいったんご飯の上にのせて食べる予定もあるので、いつもご飯に振っている黒ごまは今回もお休みだ。
 味噌汁は、味噌がいつものマルコメ君。今日の具材は小松菜とあぶらげ(別に塩辛を食べることとは関係ない)。

なお、気になる塩辛の塩分について調べてみた。
塩辛の塩分濃度は昔は腐敗防止のためにかなり高かったという。だいたい8~12%くらい。ちなみに桃屋の瓶詰の塩辛は現在でも17%もあるとのことだ。しかし、一般的には低塩化が進み、現在では5%あたりが平均値らしい。そのため冷蔵庫での保存の必要が生じたわけだ。
今回の瓶詰めは内容量が45グラムだから、仮に全部食べたとして、その塩分量は約2.3グラム。味噌汁の塩分が一杯で約1グラムだから、これを合計すると3.3グラム。
一日の塩分摂取量の基準は男性だと10g未満とされている。一食当たりだと3.3グラム。何とぴったり一致で、ぎりぎりセーフだ。もっとも、一瓶全部は食べないつもりだけれど。

それではいよいよ実食。
味噌汁を汁椀につける。今回も味噌汁はこの一杯きりで、お代わりはない。ご飯をお茶碗によそう。かなり軽め(120g)で、ちょうど四杯分になる。
塩辛は、一応瓶の半量くらいを、小皿に出しておくことにした。塩辛を見ているだけで、口の中にはもう唾液が…。見ているだけで、ご飯何口かは食べられそう。
食卓の上にはご飯のお茶碗と味噌汁のお椀と塩辛の小皿のみが、ひっそりと肩を寄せ合っている。「粗食」を絵に描いたらこうなるだろうというような景色だ。しかしその先には、奥深い世界が待っているはず。わくわくするなあ。

味噌汁を一口、二口、三口と飲む。そしてご飯を一口、二口。味噌汁の味で三口食べられる。
そしていよいよ塩辛だ。小皿から箸であつあつのご飯の上にのせる。少なめに小片を四、五片くらい。そして、ご飯と一緒に口の中へ。
塩辛のしょっぱくてねっとりとした独特の味が口中に広がる。久しぶりだ。思ったよりも甘口。これなら塩分は5パーセントより低いだろう。麹も入っているらしいが、形は見えない。

例によってさらに二口、三口と白いご飯を口へ運ぶ。塩辛の熟成した濃厚な旨みと、ご飯の甘い旨さが混じり合う。こんな美味しいものなかなかない。
もぐもぐと噛んでいると、ご飯のかさが少しずつ減っていく。が、イカは噛まれながらいつまでもイカの旨みを放出し続けている。そこで、さらにご飯を四口、五口と追加。ご飯の旨みもどんどん引き出され広がっていく。ご飯てこんなに甘かったんだなあ、とあらためて思う。
一段落すると、また最初に戻って塩辛をご飯にのせて一口。たちまち白いご飯を三口、四口、五口。塩辛の「おかず力」(定食評論家 今柊二の表現)は予想通りやっぱり相当のものだ。

ここで、ちょっと手を変えて、塩辛をご飯にのせずにそのまま少し食べてみる。当然ご飯と一緒に食べるより、濃い味が味わえる。しかし、量が少なくて、食べ応えという点で物足りない。
しかもそこに後追いでご飯を入れても、今度は塩辛の味が散ってしまっていて「手遅れ」といった感じ。やっぱりご飯と一緒の方が、いろいろな点で手応えがあるな。しかもその方が塩辛単独で食べるより、かえって塩辛本来の味のデリケートなところまでちゃんと感じられるような気がする。

これは塩辛の場合に限らないが、食べるおかずの分量はなるべく少なくしようと思っている。そうしないとその味を、じっくり味わえないと思うからだ。
たとえば塩辛の場合、一度にたくさん口に入れては、塩味が強すぎて、かえって十分に本来の味を楽しむことができないだろう。もちろん、塩分の点でもその方がよいにこしたことはないわけで。

梅干のときもそうだったけど、ご飯はおかずの強い味のあとの口直しの働きもしている。塩辛のしょっぱくて濃厚な味が、甘いご飯の旨みを引き出し、それが交じり合いながらしだいに入れ替わって、最後は口の中がさっぱりとリセットされるのだ。そこで、また新鮮な気持で塩辛を食べることなる。
そういうわけで、ご飯がどんどん進むこと、進むこと。

ときどき思い出して味噌汁をすすり、その味でご飯を食べる。が、あとは何だか無心になってご飯を口に運び、お代わりしているうちに、気がついたら四杯食べ終えていた。しばし呆然。そして、じわじわと満足感。

食べる前に瓶ごと重さを量っておいた塩辛は。食べ終えたときに30グラムほど減っていた。これがつまり食べた量で、小瓶の約三分の二を食べてしまったことになる。この瓶は本来一食分だったのかな。食べた分の塩分は1,8グラム、カロリーは約30キロ・カロリーだ。なかなかヘルシーではないの(もっとも、ご飯の量を考えなければだけど)。

濃厚な味のものを食べたわりには、すっきりと気持ちよい満腹感が残る。美味しいものを堪能したことで精神的にも十分に満ち足りた気分。
今回の結論は、えーと…。強いて言うなら、やっぱり旨みの強いおかずは、同時にご飯の旨みも強力に引き出すということかな。
それともうひとつ。塩辛の本当の美味しさは、お酒の肴としてではなく、ご飯のおかずとして食べたときに味わえるということだな。

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