2012年2月9日木曜日

私は犬が嫌いだ  偏屈日記その1

以前、初めてのスーパーに立ち寄った時のこと。店内を歩いていたら、何かお酒のつまみによさそうなものが目に入ったので、うまそうだなと手に取った。そしたら連れに「それ、犬の食べ物だよ」と言われた。よく見るとそこはペットフードのコーナー。恥ずかしかった。
スーパーのペットフード売り場が、いつの間にか充実している。散歩していると、犬を連れて歩いている人を頻繁に見かける。うちの近所には、こんな田舎なのに畑のまん中に犬のトリミングとトレーニングをするお店があったりする。
間違いなくペットブームらしい。犬は家族の一員となり、ペットのためのホテルとか、あるいはお墓まであるという。
飼い主たちは、ペットによって癒しを与えられ、孤独を慰められている。ペットの時代である。

こんな時代の風潮の中で、ものすごく言いにくいけど、じつは私は犬が嫌いです。
世間の人に知られないように、人にはなるべく言わないようにして生きてきた。しかし、ついうっかりはずみで口にしてしまうこともある。すると、一瞬の間(ま)の後、「えっ」と驚かれ、とたんに白い眼で見られ、変人扱いされることになる。
癒しの時代の犬嫌いは、禁煙の時代の喫煙者よりも、もうちょっとさらに分が悪い、というのが私の実感。

私は幼児の頃、一度、犬に追い回されて、咬まれこそしなかったが心底怖い思いをした。たぶんそれがトラウマになっているのだと思う。
いまだに少し大きな犬を見ると怖いと感じる。なるべく離れて行き過ぎることにしている。飼い主は、うちの犬に限って絶対に人に咬みついたりしないと思っている。実際にそのとおりかもしれない。が、第三者である私には、それが猛犬に見えてしまうのである。

そういうトラウマがあるから、怖いだけでなく、犬は嫌いだ。こちらが嫌いだと思っていると、向こうにもそれがわかるらしく、よく吠えられる。
ここから少し偏屈なこと書くけど、犬が吠えかかるのは人間に対して失礼だと思う(半分冗談ですよ)。
たとえば庭で遊んでいる幼児がいて、通りがかりの見ず知らずの人に、「ばかたれ」とか「向こうへ行け」とか声を挙げたとする。いくら子供のしたこととはいえ、失礼だし言われた方はいい気持ちはしないでしょ。
犬だから、動物だから、吠えかけるのはしょうがない、ということになっている。けれど、不愉快になるのは同じだ、少なくとも私には。どうか、吠える犬は人の目に触れない奥のほうに押し込んでおいて欲しい(それでは、番犬にならないか)。
それにしても、本当に犬嫌いの人って私以外にいないのでしょうか。
 
まあ冗談(半分)はこれくらいにして、ともかく愛犬家の皆さん、世の中の人全員が、あなたと同じようにあなたの犬を可愛いと思っているわけではありません。世の中には、あなたと違う感じ方の人もいるのです。そんな人もどうか許容してあげてくださいね。

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