2013年7月17日水曜日

矢野顕子 『ごはんができたよ』

ごはんができたよ』は、矢野顕子の6枚目のアルバム。1980年10月リリース。個人的には矢野顕子の最高傑作だと思っている。
このアルバムは、これまで紹介してきた1982年の『愛がなくちゃね。』、81年の『ただいま。』と並んで、私が勝手にそう呼んでいる矢野顕子の「テクノ3部作」の最初の一枚である。

矢野顕子にとってテクノ3部作の時期は、言い換えると「坂本龍一」期ということになる。デヴュー以来の「矢野誠」期を終了した矢野は、1978年の『ト・キ・メ・キ』ツアー、79年の渡辺香津美のKYLYNや坂本龍一のカクトウギ・セッションへの参加を通じて、YMOのメンバーとの親交を深めていく。そうして79年10月からYMOの第1回ワールド・ツアーにサポート・メンバーとして参加することになるわけだ。
こうした坂本龍一およびYMOメンバーとの交流が、1090年から始まる矢野顕子と坂本龍一との共同プロジェクト、すなわち「坂本龍一」期の活動へと発展していくことになる。その成果として生み出されたのが、テクノ3部作なのだ。

私がいちばん好きな矢野顕子は、このテクノ3部作の頃の彼女だ。そしておそらくこの頃が、矢野にとっても音楽的なひとつのピークだったのではないだろうか。
なぜならまず矢野顕子の個性的なスタイルの音楽が、坂本龍一の作り出すサウンドによって、大きく花開いたのがこの時期だと思うからだ。坂本龍一のテクノ・マナーとニュー・ウェーヴ志向によって、矢野の音楽の自由さと奔放さが、きちんと形を与えられパワー・アップしたように見える。
たとえばその結果として、「春咲小紅」のようなヒット・チューンが生まれたし、あるいは反対に過激なまでの実験作が作られることにもなったのだと思う。プロデューサーとしての坂本龍一はこの時期本当にトンがった存在だった。
また同時に、日常的で等身大の視点から語られる彼女独自の温かい詞の世界も、この3枚のアルバムでそのスタイルを確立したように見える。

 テクノ3部作の最初の一枚である『ごはんができたよ』は、そんなこれまでとは違う新しい矢野顕子の登場を告げるエポック・メイキングな作品であった。LP2枚組の大作であり、内容的にも充実した意欲作である。一般的にも、矢野の代表作の一つに数えられている。
このアルバムが作られた1980年はとにかく彼女にとって大忙しの年だった。
前年1979年10月から11月にかけて行われたYMOの第1回ワールド・ツアーに参加。12月には中野サンプラザで「凱旋公演」もあった。
年が明けて80年の3月から産休に入り、5月に坂本龍一との間にできた長女美雨を出産。そして10月から11月にかけてYMOの第2回ワールド・ツアーに再び参加しているのだ。
『ごはんができたよ』の発売は10月だから。その制作はYMOの2度のワールド・ツアーと産休の合い間を縫って行われたことになる。しかも2枚組大作で充実作なのである。多忙の中でというより、むしろ怒涛のような勢いに乗って作ったとしか思われない。そんな勢いの良さがこのアルバムには感じられる。

テクノ3部作を全面的にバック・アップしていたのはYMOだ。ちょうどこの頃は、YMOの音楽がポップ・サウンドから『BGM』そして『テクノデリック』へと先鋭化していった時期に当たっている。これと並行するように、矢野のアルバムも『ただいま。』から『愛がなくちゃね。』へと実験色、ニュー・ウェーヴ色を強めている。
だからテクノ3部作の中で音的な興味でみれば『ただいま。』や『愛がなくちゃね。』あたりが刺激的だ。しかし、どれが好きかと言われれば、やはりこの『ごはんができたよ』ということになる。もっとも私がこのアルバムを好きなのは、アルバム全体の出来がどうこうと言うよりも、いくつかのの心に沁みる決定的な名曲があるからなのだが。

その曲とは「ひとつだけ」と「また会おね」とアルバム・タイトル曲の「ごはんができたよ」だ。
これらの曲では、等身大の日常感覚による易しい言葉で、生活や人間や社会について温かく語られている。まさに矢野顕子の音楽を特徴付ける独特の詞の世界だ。このような詞作の方法を確立したのも、このアルバムからである。むしろこちらの方がテクノ/ニュー・ウェーヴ的な音の採用より重要かもしれない。
このような矢野独特の詞の世界を持つ曲として、次作の『ただいま。』では「ただいま」や「いつか王子様が」が、また次々作の『愛がなくちゃね。』では「愛がなくちゃね」や「女たちよ 男たちよ」や「どんなときも どんなときも どんなときも」が、とりわけ印象的だ。その独特の詞の世界に、カラフルなテクノ・サウンドがうまくマッチしている。
本当はもっともっとそんな矢野顕子の詞の世界に浸りたいのだが、なかなか彼女は歌ってくれない。例のわらべ歌や童謡や児童詩や古い歌謡曲のカヴァーなんかをやっているからだ。彼女の曲のうち自作の詞は、全体の半分くらいしかないらしい。そんな不満があるから、彼女の童謡のカヴァーとかは一般的には定評があるけれど、私はあまり好きではない。

さてそんな矢野独自の詞の世界の中で、ラヴ・ソング系の原点がこのアルバム『ごはんができたよ』の「ひとつだけ」だ。そして、もうひとつ「母性の包容力」系の原点にして最高傑作が、同じくこのアルバムのタイトル曲「ごはんができたよ」だと思う。
「ごはんができたよ」は、湯浅学に言わせると、次のアルバム収録曲「ただいま」と並んで「家庭のにおいもの」なんてくくられている(『レコード・コレクターズ』199611月号p.82)。しかし、これは幸せな子供時代を懐かしむだけの歌ではない。母性による救済をテーマにした曲である。

「ごはんができたよ」の詞の内容は前半と後半に分かれている。前半は幸福な子供時代の回想だ。「ごはんができたよ」というお母さんの声で一日が終わる。楽しいいこと、悲しいこと、いろいろあったけれど、夜になればもうおしまい。誰の上にも静かに夜がやってくる、というノスタルジックな『3丁目の夕日』の世界だ。
そして後半は大人になった今の話。寂しいことや悲しいことがいっぱいある。それでもやっぱりみんなの上に、誰の上にも、静かに夜が来る。
最後の「つらいことばかりあるなら、泣きたいことばかりなら 帰っておいで」という一節は、本当に心に沁みてホロリとなる。温かく包み込んでくれる世界がそこにある。

この歌のクレジットには、新約聖書の「マタイによる福音書」(第544 - 46節)に対しての謝辞がある。
聖書のこの部分には「天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さる」という一節がある。「ごはんができたよ」の歌詞の次の部分は、この聖書のイメージを引用しているわけだ。

義なるものの上にも不義なる者の上にも
静かに夜は来る みんなの上に来る
いい人の上にも 悪い人の上にも
静かに夜は来る みんなの上に来る
(「ごはんができたよ」)

ちなみに聖書のこの部分には、有名な「汝の敵を愛せ」という言葉が出てくる。天の父は、よい者にも悪い者にも公平だ。だからその天の父の子となるために、「敵を愛し、迫害する者のために祈れ」と説いているのだ。
この聖書の内容を思い合わせると、この歌のもう一つの側面が見えてくる。つらいことがあったら帰っておいで、という母性による癒しを歌った歌ではあるけれど、同時に自分を苦しめるものをも愛しなさい、愛することによって乗り越えなさい、という励ましの歌でもあるのではないかと思うのだ。


以下各曲についてのコメント。

1 ひとつだけ 

矢野顕子の全キャリアを通じての代表曲だろう。
愛らしく、そして一途で無垢で切ないラヴ・ソングだ。

その後、数々のカヴァー・ヴァージョンがあるが、その中ではやはり2006年の忌野清志郎とのデュエットによるセルフ・カヴァーが印象的。

2 ぼんぼんぼん(LES PETIT BONBON)

「ひとつだけ」と連続して始まるこの曲、一見ポップで可愛らしい。しかし、歌詞の内容や、ハモリのコーラスには、ダークで妖しい雰囲気が漂っている。シンセの間奏も地下に吸い込まれそうで不穏な雰囲気。魔女の世界に飲み込まれてしまいそう。

3 COLOURED WATER

内省的な曲。

4 在広東少年

広東の少年のナイーブさによって、素朴な感性を失ってしまった自分に気づくという内容。内省的であると同時に、日本の現代社会に対する批評も併せ持っていることになる。

しかし、かつてのこの広東少年も、その後、日本と同様の文化的生活に汚染されて、この歌の「わたし」と同様、今は眼は見えなくなり耳は壊れてしまったことだろうな。

この曲は矢野も参加した渡辺香津美率いるKYLYNの『KYLYN LIVE』(1979年)ですでに演奏されていた。そのライヴ・ヴァージョンでは、シン・ドラムが鳴りまくっていたが、『ごはんができたよ』ではそれも控えめ。その他のアレンジはほとんど同じだ。
『ごはんができたよ』の制作をはさむようにしてYMOの第1回と第2回のワールド・ツアーが行われ、矢野顕子もサポート・メンバーとしてこれに参加。そしてどちらのツアーでも、この「在広東少年」が演奏されている。
第1回ワールド・ツアーでのこの曲は、テンポ・アップしてかなりハードな演奏だ。社会批評の面が強く出ているような印象だ(私の聴いたのは『フェイカー・ホリック』収録のもの)。
第2回ワールド・ツアーでは、ハードな点はそのままだが、バックに坂本の弾く東洋的な音階のフレーズを付け加えたアレンジになっていた(『ライヴ・アット・武道館1980』収録のヴァージョン)。

5 HIGH TIME

作詞のフラン・ペイン(Fran Payne)は、リトル・フィートのキーボード奏者ビル・ペインの奥さんとのこと。リトル・フィートといえば、矢野のファースト・アルバムのときのご縁があるが、でもあのセッションのときにはキーボードは必要なかったからビル・ペインはいなかったはずだよね。

6 DOGS AWAITING

平坦なテクノ・ビートにのって呪文のようにつぶやく不気味なヴォコーダー・ヴォイス。呪術的空間がどこまでも続く。坂本好みのアヴァンな曲。

7 TONG POO

YMOのデヴュー・アルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』(1978年)収録の曲「TONG POO」に、矢野が歌詞をつけてカヴァーしたもの。
シン・ドラムによってビートを強調したダイナミックなアレンジになっている上に、原曲にあったスカスカの中間部を省いたために、全然違う印象の曲になっている。

8 青い山脈

デヴュー・アルバムの「丘を越えて」につながる古い歌謡曲(どちらも藤山一郎)のカヴァー曲。

9 げんこつやまのおにぎりさま

これも童謡シリーズの一曲。いくつかの童謡をもとにした組曲仕立てになっている。例によって歌詞はどうでもよいようなものだが、いつものような弾き語りではなくバンド演奏なので聴かせる。
ひばり児童合唱団+テクノ+アコースティックによる演奏は、壮大でスリリングで手に汗握る展開だ。

ギター・ソロで鮎川誠(シーナ&ザ・ロケッツ)が好演。とくに中盤で曲調が一変、不穏なパートでのソロはツボを得ていてニクイ。

10 ごきげんわにさん (作詞: 作曲:小森昭宏)

前曲に連続して始まる。中川李枝子作詞のこれも童謡風の曲。坂本龍一とのピアノ連弾が小粋で微笑ましい。

11 また会おね

これもこのアルバム中の名曲のひとつだと思う。力強く、そして希望をつなぎつつも離れていく。泣かせる切ないさよならの歌。

12 てはつたえる→てつだえる

内容的には前の曲に続いていている。遠くで思う「あなた」の歌。
谷川俊太郎の詩にインスパイアされた曲とのことだが、たぶんそのせいで詞も曲も今ひとつ迫ってこない。

13 ごはんができたよ

じぃーんとくる名曲。上記の本文参照。

14 YOU'RE THE ONE

曲に添えられている「全世界の子どもたちに」という献辞からもわかるように、子供への愛がテーマの曲。崇高。

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