2014年5月15日木曜日

レッド・ツェッペリンのリイシュー・プロジェクト開始


ついにレッド・ツッペリンのリイシュー・プロジェクトが始まってしまった。何で「始まってしまった」という言い方になるかというと、これでまたお金がかかりそうだからだ。

第一弾として、6月4日に初期3作品のリイシュー盤が発売されるとのことだ。
オリジナル・アルバムのそれぞれについて、次の3種のエディションが用意されている。
・スタンダード・エディション(リマスター盤のみの1CD)2000 円
・デラックス・エディション(コンパニオン・ディスク(つまりボーナス・ディスク)付きの2CD)2800
・スーパー・デラックス・エディション(上記2CDに、同内容の2LPやその他オマケがテンコ盛り)20000円(!

スーパー・デラックス・エディションは高いので問題外だけれど、気になるのは2CDのデラックス・エディションだ。
しかし、私は隠居生活に入るとき、リマスター盤とレア・トラックスものには、今後いっさい手を出すまい、と心に誓っている。だから、たとえば最近では、クリムゾンの『ザ・ロード・トゥ・レッド』も、またディランの『アナザー・セルフ・ポートレイト』も、我慢したのだった。今回のツェッペリンもやっぱり我慢だな、と思っていたのだった。しかし……、『レコード・コレクターズ』誌を見ていたら…。


■『レコード・コレクターズ』誌のレッド・ツェッペリン特集

今号の『レコード・コレクターズ』誌(20146月号)の特集は、レッド・ツェッペリン。もちろん今回のリイシューにちなんでのものだ。だから、内容も初期のツェッペリンと、ファーストからサードまでのアルバム3作について扱っている。

特集としてはかなり力が入っている内容だ。
まずジミー・ペイジが来日して行ったリマスター音源の試聴会レポートから始まって、初期ツエッペリン・ヒストリー、ジミー・ペイジ論、初期ツェッペリンの音楽性の分析、メンバーのツェッペリン結成以前の活動、そしてアルバム3枚分の全曲解説といった記事が並んでいる。いずれも充実した内容で読み応えがある。

とくに小野島大によるサード・アルバムまでのツェペリン・ヒストリーがよい。この筆者の文章には、独特のビート感があって、ぐいぐい読ませる。
松井功の記事「玉石混淆の荒野で曲に永遠の輝きを与えた“ロック折衷術”」は、ツェッペリンの音楽性についての分析。元ネタとの関係に触れつつ、このグループの独自な音楽性を解き明かそうとしている。独特のネチっこい文体で、やや読みにくかったりもするが、なかなかの労作。
ペイジが、ギタリストとしてよりも、むしろプロデューサー/サウンド・メイカーとしての技量において優れていると指摘して最後を締めているが、これには同感だ。

「全曲解説」は、ファースト・アルバムが小出斉、セカンドが行川和彦、サードが小山哲人の分担制。だが、いずれも、具体的な指摘を積み重ねた解説で読ませる。各楽器の演奏について具体的に触れ、歌詞やアイデアの引用元となったブルース曲なども指摘、さらにはペイジのギターのチューニングなどについてもきちんと書いてある。これまで私が知らなかった事実も満載で勉強になります。
またそうした具体性に加え、あちこちに興味深い指摘がある。
たとえばその一例。小山哲人は、サード・アルバムの「ザッツ・ザ・ウェイ」の解説中で次のように指摘する。
サード・アルバムにおいて、単にフォーク的と言われている曲も、じつはどれも複合的で一筋縄ではいかない曲ばかりである。このアルバムに対するファンの戸惑いは、「非ハード・ロック的な内容のみならず、アクースティック路線のとらえどころのなさに起因しているのかもしれない」という。なるほど、そのとおりだと思う。
いずれにしても、世間には、へんに感覚的だったり、抽象的だったり、あるいは下世話ネタに終始しているような曲解説が、まかり通っている。そんな中で、『レコ・コレ』誌のこの「全曲解説」は秀逸だと思う。

またこのツェッペリン特集には、よくあるような日本のミュージシャンが出てきて思い出混じりに語ったり、あるいは対談したりというような記事がないのもよい。そういう話は、たいてい中身が薄いからだ。

今回の特集で唯一残念なのは、言うまでもなく、今回のリイシューの肝心のコンパニオン(ボーナス)・ディスクの内容が、ほんの一部しか紹介されていないことだ。
山崎智之によるリマスター音源試聴イヴェントのリポートで、当日聴くことのできた8曲についてしか紹介されていない。編集後記によると、これ以外の音源については、特集制作段階には確認できなかったとのこと。それでも、速報性を重視したというのだ。まあしかたない、今後のレポートを期待したよう。


■69年のツェッペリンが聴きたくて

この特集で、ファースト・アルバムのコンパニオン・ディスクは、1969年のライヴ音源ということがわかった。そうきたか。レア・トラック集なら、買わないつもりだったけれど、69年のライヴということであれば、話は違ってくる。これは聴きたい。

ツッペリンが衝撃のデヴュー・アルバムを発売した年である1969年のライヴには、独特の魅力がある。荒削りでワイルドで爆発的な演奏なのだ。
これまで69年の演奏は、オフィシャルには、『BBCライヴ(BBC SESSIONS)』と、『レッド・ツェッペリンDVD』くらいでしか聴くことができなかった。
BBCライヴ(BBC SESSIONS)』は、ディスク1の14曲が69年のもの。『レッド・ツェッペリンDVD』には、ディスク1のエクストラ・トラックとして、デンマークと、フランスと、イギリスのテレビ番組での演奏が計7曲収録されていた。個人的に69年もののブートレグも数枚持っているが、どれも演奏は素晴らしい。

今回のファースト・アルバムのコンパニオン・ディスクに収録されているのは、691010日のパリ・オランピア劇場でのライヴが8曲。フランスのラジオ局によって録音された音源とのことなので音質もある程度期待できると思われる。
となればやっぱり聴きたい。

というわけで、ファーストのデラックス・エディションは買うことにした。しかし、これを買うなら、あとの2枚も買わないわけにはいかないだろう。値段も2800円。2枚組にしては、高いわけでもない。
というわけで3枚そろって発注となった次第(発注するときにわかったけど、税金入れたら1組3000円越えちゃいました(泣))。

あとは届くのを待つばかり。わくわくするなあ。
しかし、このあと第2弾、第3弾が続くわけで、楽しみだけど、金もかかりそう。



2014年5月12日月曜日

エルトン・ジョンのアルバムベスト5


<エルトン・ジョンのアルバム極私的ベスト5>

エルトンの最高傑作との定評のある『黄昏のレンガ路』ですが、私のランキングでは第1位ではありません。

第1位 『僕の歌は君の歌(Elton John)』(1970)
第2位 『マッドマン (Madman Across the Water)』 (1971)
第3位 『ホンキー・シャトー (Honky Château)』 (1972)
第4位 『エンプティ・スカイ (Empty Sky)』(1969年)
第5位 『黄昏のレンガ路 (Goodbye Yellow Brick Road)』 (1973)


<エルトン・ジョンの名曲ベスト5>

ついでに私の選ぶ<エルトン・ジョン・ベスト・ソング5>は、こんな感じ。

第1位 「僕の歌は君の歌(Your Song)」 (アルバム『僕の歌は君の歌』に収録)
第2位 「人生の壁Border Song)」 (アルバム『僕の歌は君の歌』に収録)
第3位 「イエス・イッツ・ミー(It's Me That You Need)」 (シングル、 アルバム『エンプティ・スカイ』にボーナス収録)
第4位 「フレンズ(Friends)」 (『フレンズ〜オリジナル・サウンドトラック』に収録)
第5位 「遅れないでいらっしゃい(Come Down in Time)」 (アルバム『エルトン・ジョン3』に収録)
次 点 「マッドマン (Madman Across The Water)オリジナル・ヴァージョン」 (アルバム『エルトン・ジョン3』にボーナス収録)

70年代の初めに、上記1位から4位までの曲を収めた『エルトン・ジョン・ベスト4』というコンパクト盤(33回転のシングル・サイズ盤)が出た。私はこれを買って愛聴したものだ。ネットを見ていたら、他にもそういう人がいたのだった(ブログ「A Day In The Life~懐かしき1曲」参照)。


■アルバムごとのメモ

『エンプティ・スカイ (Empty Sky)』(1969年)

エルトン・ジョンの記念すべきデヴュー・アルバムだが、今ひとつパッとしないアルバムではある。いろんなレヴューをみると、みんなこのアルバムを、エルトンの作品系列の中でどう扱ってよいのか戸惑っているようなフシがある。

私にもこのアルバムは、最初、全然ピンとこなかった。何を狙っているのかがよくわからない。しかし、ウィキペディアの解説中に、「プログレッシヴ・ロックの影響が色濃い」という記述を見つけて、何となくふに落ちた。
このアルバムの英国的な陰影と、チェンバロやフルートによるクラシカルなサウンドは、一種のプログレッシヴ・ロックと思って聴くとしっくり来る。冒頭のタイトル曲「うつろな空(Empty Sky)」とか、ラストの「ガリヴァーの追想 (Gulliver/Hay-Chewed/Reprise)」なんかは、もろにプログレ風だしね。
エルトンが、キング・クリムゾンやジェントル・ジャイアントのヴォーカリストのオーディションを受けたこととか、もともとエルトンという名前そのものもエルトン・ディーン(のちにソフト・マシーンに参加)からとった、なんていうプログレがらみのエピソードも、符合してくるのだった。

次作『僕の歌は君の歌』のオーケストラをバックにした格調の高い英国風とは違うが、このアルバムのややアクの強い英国臭も悪くない。もともとプログレ好きなもんで。

『僕の歌は君の歌(Elton John)』(1970)

 全編にクラシカルなストリングスが入っている格調高い一作。最初聴いたときは、ロック度が薄くて物足りなかったが、今ではこれがエルトンの最高傑作だと思っている。
何より私がこのアルバムにひかれるのは、いかにも英国的なシリアスで翳りのあるサウンドと、そして内省的で孤独感の漂うトーンだ。
何といっても「僕の歌は君の歌 (Your Song)」と「人生の壁 Border Song)」は名曲。

なお末尾にボーナス収録されたシングル曲「ロックン・ロール・マドンナ (Rock and Roll Madonna)」は、ローリング・ストーンズ
の「ホンキー・トンク・ウィメン」へのオマージュないしはパロディ(たぶん)。アルバム本編の雰囲気とは全然違う曲なのだが、なかなか悪くない。

『エルトン・ジョン3 Tumbleweed Connection)』 (1970)

前作のブリティッシュ・サウンドから一転、こちらはアメリカ西部への憧れをテーマにした、エルトン流カントリー・ロック・アルバムだ。
前作とのインターバルは、わずか半年。してみると、この2作は、ひとつの作品の裏表とも見える。つまり、前作がブリティッシュ・サイドで、こちらがアメリカン・サイド。
ただしとにかく地味な内容。表現意図が何となく空回りしているような感じだ。「遅れないでいらっしゃい (Come Down in Time)」とか、「故郷は心の慰め (Country Comfort)」のようなよい曲もあるのだが、全体としては、どうにも印象の薄いアルバム。 

『マッドマン (Madman Across the Water)』 (1971)

ふたたび重厚なストリングスをメインにすえて、前々作のようなシリアスで格調高い雰囲気に戻った作品。わたし的には、『僕の歌は君の歌』に次いで好きなアルバムだ。ただし曲作りにややこなれた感じがあって、『僕の歌は君の歌』で聴けるような瑞々しさはその分薄れている。

それから「可愛いダンサー (Tiny Dancer)」とか、タイトル曲「マッドマン (Madman Across The Water)」など、よい曲もあるのだが、その他の曲の魅力がちょっと弱い感じもする。でもとにかく「マッドマン」は名曲だ。

なお「マッドマン」のオリジナル・ヴァージョンというのが、『エルトン・ジョン3』にボーナス収録されている。オーケストラなしでバンド・サウンドをバックにしたヴァージョンだ。大きくフィーチャーされているミック・ロンソンのギターが素晴らしく、これもなかなか捨てがたい魅力的な演奏だ。

『ホンキー・シャトー (Honky Château)』 (1972)

それまでの重厚な英国調からサウンドを大転換、エルトンが世界戦略を開始したアルバム、と言われている。この試みは大成功、初の全米チャート1位を獲得し、以後、彼の快進撃が始まることになる。
しかし一方、英国風味が薄まっていくにつれ、私のエルトンへの興味はなくなっていったのだった。

たしかにひげ面のエルトンのジャケットや、ストリングスの代わりにホーンを導入したことなど、大きくイメージ・チェンジをしている。全体の曲調も、ライトでポップ。まさに売れ筋の音だ。
しかし、今あらためて聴くと、これはこれでなかなか悪くない。何より、全体に漂うそこはかとない哀愁が英国的で好ましい。そういえば見開きジャケットの内側に広がる風景も、荒涼としていてイギリスっぽかった。

ところで、どうでもいいことをいくつか。
ひとつは「スレイヴ」でのエルトンのヴォーカルが、ミック・ジャガーにちょっと似ているということ。もともとこの曲の曲調が、米南部志向期のストーンズに似ている。それに乗って歌うエルトンの、とくに声質と歌い回しに注目。似てるでしょ。
それともうひとつ、シングル・カットされた「ロケット・マン」は、デヴィッド・ボウイの「スペイス・オディティ」にインスパイアされたとしか思えないんだけど、もしかしてこれって常識?
ちなみに調べてみたら、この二つの曲は、プロデューサー(ガス・ダッジョン)が共通だった。そのせいもあるのかかも。

『ピアニストを撃つな! Don't Shoot Me, I'm Only the Piano Player (1973)

ウィキペディアによると、このアルバムのタイトルとジャケットデザインは、フランソワ・トリュフォー監督の1960年の映画『ピアニストを撃て』からインスパイアされたものとのことだ。エルトン自身がそう言っているのだろうか。もしそうなら仕方がないが、ちょっと疑問が残る。
もともとトリュフォーの(原作の)タイトルが、西部劇時代のアメリカの酒場に貼られていたという「ピアニストを撃たないで」という文句をもじったものだからだ。エルトンは、そこから直接引用しているのではないのだろうか。もちろんピアノ・プレイヤーである自分にひっかけているわけだ。

一部の曲でオーケストラが復活している。たとえば「罪人にあわれみを (Have Mercy on the Criminal)」などには、昔のようなシリアスな感じがある。しかし、全体としては、イギリス的哀愁味を残しつつ、前作よりもさらにライト&ポップ化が進んでいる。というわけで、エルトン・ジョンは、私の関心の範疇からどんどん遠いところへと離れていったのだった。

『黄昏のレンガ路 (Goodbye Yellow Brick Road)』 (1973)

私がエルトン・ジョンにすっかり興味がなくなってしまった頃に発売されたのが、このアルバムだった。
当時一応は聴いたけれども、そんなに面白いと思わなかった。ジャケットのセンスも今ひとつだし、2枚組というのも何だか無駄に重過ぎる。またオープニング曲が無意味に大仰で、聴く気が萎えてしまうのだ。
その後、これがエルトンの最高傑作ということになったが、最初の私の印象は、今もあまり変わっていない。

それでも、アルバムの前半はけっこうよい曲が並んでいる。「風の中の火のように (Candle in the Wind)」とか、「ベニーとジェッツ (Bennie and the Jets)」とか、タイトル曲「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード Goodbye Yellow Brick Road)」とか、旧作のリメイク「グレイ・シール (Grey Seal)」なんかは好きな曲だ。
しかし、この後は、だらだらと曲が続いて、どれもこれも同じに聴こえてしまう。やはり、こういうタイプの人の2枚組はダレる(私だけか?)。唯一、「土曜の夜は僕の生きがい (Saturday Night's Alright for Fighting)」は、トンガっていて好きだけど。

そんなこんなで、このアルバム以降のエルトン・ジョンとは、完全に縁が切れてしまった。
だいたいこの後のアルバムのジャケットがひどい。『キャプテン・ファンタスティック (Captain Fantastic and the Brown Dirt Cowboy)』(1975)は、まあ許せる。だけど、『カリブ (Caribou )』(1974)とか、『ロック・オブ・ザ・ウェスティーズ (Rock of the Westies)』 (1975)は、あのジャケでは手に取る気になれないよ。


エルトン・ジョンはかつて「吟遊詩人」と呼ばれていた


■「吟遊詩人」エルトン・ジョン

今月号の『レコード・コレクターズ』誌(20145月号)の第2特集は、エルトン・ジョンの『黄昏のレンガ路』特集だった。
このアルバムのスーパー・デラックス・エディションの発売にちなんでのものだ。あわせてエルトンのオリジナル・アルバムのディスコグラフィーものっていた。

そのディスコグラフィーの記事中に「吟遊詩人」なんていうなつかしい言葉を見つけた。この言葉を目にしたとたん、急に過去がよみがえってきた。
そう、エルトン・ジョンはその初期に、「吟遊詩人」と呼ばれていたのだった。「現代の吟遊詩人」とか、「ロック・エイジの吟遊詩人」というふうに。

これは今考えると、自然に生まれた形容というより、レコード会社が考えた、セールスのためのキャッチ・フレーズだったと思われる。
70年代の初頭、シンガー&ソング・ライターという言葉が、まだ一般的でなかった頃だ。ジェームズ・テイラーとか、キャロル・キングといったアメリカ勢とは、あきらかに異なるエルトン・ジョンの個性を、イメージ的にアピールするためのキャッチ・フレーズだったのだろう。
吟遊詩人とは、本来、放浪の音楽師のことらしい。しかし販促用のキャッチ・フレーズだから、きちんとした根拠もないし、意味もあいまい。何となくそういうイメージ、というだけのこと。なので、ちゃんとした音楽ライターなら、こんな言葉を安易に使うべきではないと思う。今回の『レコ・コレ』誌の特集でも、『マッドマン』のことを「吟遊詩人然とした佇まいを見せたアルバム」なんて書いているけれども、若い人には意味不明なのではないか。

しかし、初期のエルトン・ジョンを知っている人には、この「吟遊詩人」という言葉で、会社がアピールしたかった彼の独特の個性というものはよくわかる。クラシカルで重厚で格調の高い音楽性のことだ。
そして結局私が好きなエルトン・ジョンは、この「吟遊詩人」時代の彼なのだった。

その後、彼は他のイギリスの・ミュージシャンと同様、アメリカを目指すことになる。
イギリス人たちは、二つの理由でアメリカを目指す。ひとつは、アメリカは、自分たちが聴いて育ったブルースやロックン・ロールのふるさとであり、その意味で憧れの地だったからだ。そしてもうひとつは、アメリカにはイギリスとは比べものにならない巨大なマーケットがあって、とてつもない成功を手に入れることができる夢の場所だからだ。

エルトン・ジョンは、翳りのある吟遊詩人から、明るくポップなロック・エンターテイナーへと転身し、その結果、周知のように大成功を収める。それと共に、私のエルトンへの関心は、急速に失せてしまったのだった。
アルバムで言うと、71年の『マッドマン (Madman Across the Water)』 くらいまでしか、ちゃんと聴いていない。その後、今では彼の最高傑作と言われている73年の『黄昏のレンガ路 (Goodbye Yellow Brick Road)』 が出たときも、ほとんど魅力を感じなかったのだった。

■今回の特集について

それで今回の『レコ・コレ』誌の『黄昏のレンガ路』特集だけれど、読んでいたら個人的にひとつだけ大きな発見があった。タイトル曲「黄昏のレンガ路」の内容についてだ。

その前に今回の特集について。
今号の『レコード・コレクターズ』誌の『黄昏のレンガ路』特集のメイン記事は、立川芳雄の「息の合ったメンバーと作り上げたロック・バンド風のサウンドとLPならではの構成から生まれた70年代を代表する傑作」という長いタイトルの一文だ。もうほとんどタイトルだけで言いたいことがわかる内容。つまり『黄昏のレンガ路』を、①ロック・バンド風のサウンドと、②LPならではの構成という二つの点から語っている。

文中で立川は、ロック・バンドというものを、次のように定義する。すなわち、単なるミュージシャンの集合ではなく、「個性を持った何人かのミュージシャン」が集まって、「その個性の衝突や相克を通じて新しい音楽を生み出していく集団」(上記の記事から)なのだと。この定義はお見事です。感心しました。
しかし、だ。『黄昏のレンガ路』の音を、ロック・バンド「風」と「風」をつけて語ってしまっては、台無しなんじゃないの。単なるロック・バンド風のアレンジってことになってしまって、アルバムの良さの説明にはならないような…。

それからLPならではの構成という点についても、「アルバム全体の構成や楽曲の流れ、イメージなどを大事にする」(上記の記事から)というのが70年代の常識であり、このアルバムの魅力もそれによる、という説明だけでは、何だかよくわからない。
LPならではの構成については、むしろ、特集の「全曲ガイド」の中の若月眞人の次のような言葉がわかりやすかった。
「スウィート・ペインテッド・レディ」について、若月はこう語る。このナンバーを単にトラック9として聴くと印象が薄いが、「サイド3のオープニング・トラックとして捉えると俄然魅力的に聴こえてくる」と。なるほど、これなら「よく練られた構成/曲順」ということが納得できる。

■イエロー・ブリック・ロードについて

さて、メインの記事の最後の方で、立川はタイトル曲「黄昏のレンガ路(Goodbye Yellow Brick Road)」について解説している。
この歌のイエロー・ブリック・ロード(Yellow Brick Road)とは、「黄昏のレンガ路」という邦題につられて想像していたような、夕陽の色に黄色く染まったレンガ路ではないというのだ。そうではなくて、これは『オズの魔法使い』に出てくる、黄金で舗装されたレンガの道のことなのだという。へえー。
調べてみると、オズの物語では、マンチキン・ランドから魔法使いオズのいるエメラルド・シティへと続く道として、このイエロー・ブリック・ロードが出てくる。主人公たちは、オズに会うためにこの道を辿るのだ。
エルトンの歌では、その道をショウ・ビジネスの成功へと続く道になぞらえているわけだ。そーだったのか。

ウィキペディアで調べたら、この歌がそういう内容であることは、すでに一般常識として知られていることらしい。知らなかったー。
しかし、ウィキペディア(アルバム『黄昏のレンガ路』の説明)では、この歌は、芸能界への出世街道への訣別を歌った内容であり、「さようならカネまみれの芸能界」と解釈することもできる、としている。たしかに「グッバイ」と言っているわけからね。

ところが、上の特集記事で、この点についての立川の解釈はウィキと微妙に違っている。立川は、長い下積みの時代を経て「スターの座に登りつめようとしていたエルトンの複雑な内面」が反映されているという。すなわち、黄金の路への一方的な訣別ではなく、「黄金の路に訣別したいが、そこから逃れられないという悲哀」を歌っているというのだ。秀逸な解釈だと思う。シニカルな内容にもかかわらず、この歌が哀感の漂う叙情的な雰囲気を持っているのも、これで良く納得できる。

そのような目であらためて見てみると、このアルバムのそこここに内省的で沈鬱な音を見て取ることが出来る。たとえば、「風の中の火のように (Candle in the Wind)」とか。

というような発見もあって、久しぶりに初期のエルトンのアルバムをひと通り聴いてみたのだった。
アメリカ進出を大々的に開始した『ホンキー・シャトー』(72年)からのシングル・ヒット「ホンキー・キャット」や「ロケット・マン」は、当時は完全にアメリカナイズされた曲という印象があったが、今聴くとしっとりとした落ち着いた陰影のある曲だった。
『ピアニストを撃つな! 』(73)の「クロコダイル・ロック」は、もろアメリカだけど、「ダニエル」はいい曲。
他の曲も含めて、アメリカっぽい曲とだけ思っていた曲にも、内省的な陰影があって、意外にどれも良かったのだった。でもまあ、やっぱり吟遊詩人時代の曲の方がいいのは変わらないのだけれど。

ところで、アメリカ人は、イギリスのミュージシャンが漂わす、かすかな英国的翳りに、魅力を感じるというようなことを聞いたことがある。たとえばかつてのピーター・フランプトンのアメリカでの大ブレイクなんかも、日本人の私にはまったくのナゾだが、フランプトンの英国風味によるものと説明している人がいた。
エルトン・ジョンのアメリカでの大成功も、その要因のひとつとして、ポップで明るいだけではなく、彼の歌の持つ英国的な陰りがあるのかもしれない。

でまあ、エルトン・ジョンは、やっぱり黄金の道を離れられなかったわけだ。エメラルド・シティに辿り着き、オズの魔法使いに出合って願いをかなえてもらうことが出来たのだった。めでたし、めでたしと。
あらためて今回エルトン・ジョンのアルバムを聴き直したので、私なりのアルバム・ベスト5を選んでみることにした。結果は、次回に。



2014年4月26日土曜日

ボブ・ディラン 『激しい雨』(紙ジャケ)


というわけで(417日の記事参照)、発注していたボブ・ディランの『激しい雨』の紙ジャケ盤が到着。

これで、私のボブ・ディラン主要アルバム紙ジャケコレクションが、コンプリートになった。めでたし、めでたし。
ちなみに私にとっての「ディランの主要アルバム」とは、1962年のデヴュー・アルバムから、76年の『激しい雨』までの全アルバムから、例の三バカ・アルバムを除いたものだ。
もうちょっと詳しく説明すると、全アルバムとは、デヴュー・アルバム『ボブ・ディラン』(1962年)から『激しい雨』(1976年)までの全スタジオ・アルバム(17枚)と、ライヴ・アルバム(2枚)、そしてベスト・アルバム(『グレーテスト・ヒット』と『同vol.Ⅱ』の2枚)の計21枚。ここから除く三バカ・アルバムとは、『セルフ・ポートレイト』と『ビリー・ザ・キッド』と『ディラン』の3枚(ゴメンな)のこと。これを除くと合計18枚となる。ごく順当でしょ。


ところで、今回の紙ジャケ化のウリのひとつは、新規のライナーがついていることだった。
他のアルバムは知らないが、『激しい雨』のパンフには、クリントン・ヘイリンという人の解説と、菅野ヘッケルの補足が、いずれも書き下ろしで掲載されている。これに加えて76年のアルバム発表当時に書かれた菅野ヘッケルの解説も収録されている。
菅野の補足は、収録曲に関連するローリング・サンダー・レヴューのデータなどが中心で、まさにかゆいところに手が届くような内容。
ところが、クリントン・ヘイリンの本論がひどい。内容がピントはずれな感じなのだが、とにかくそれ以前に翻訳がひど過ぎ。日本語として成立していないので、何を言っているのかよくわからない。翻訳者名が明記されていないけど、翻訳ソフトでも使ったのか、それとも学生アルバイト?せっかく菅野ヘッケルがいい仕事しているのに残念。まあ私はこの一枚だけなので、被害は少ないけど、全部買った人はお気の毒。


ところで『激しい雨』は、私のボブ・ディラン・アルバム・ランキングでは、堂々4位のアルバムだ。ちなみに以前選んだ私のベスト5は、次のとおり。

<私の選ぶボブ・ディランのアルバム極私的5選>

第1位 『ブラッド・オン・ザ・トラックス(血の轍)』
第2位 『プラネット・ウェイヴズ』
第3位 『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』
第4位 『ハード・レイン(激しい雨)』
第5位 『ボブ・ディラン』
<次点> 『ボブ・ディランズ・グレーテスト・ヒッツ Vol.Ⅱ』
<次点の次点>『ニュー・モーニング(新しい夜明け)』

ディランのアルバムとしては、わりとマイナー評価のものが並ぶので、あえて「極私的」とつけた次第。

ついでに、このときのランキングに添えたコメントも再録しておく。

第4位 『ハード・レイン(激しい雨)』

1975年から76年にかけて行われた米国ツアー<ローリング・サンダー・レヴュー>のライヴ録音。このツアーの録音は、その後<ブートレッグ・シリーズVol.>として、拡大版が出たために先発のこの『ハード・レイン』の方は、存在価値が薄いと思われあまり顧みられなくなってしまったようだ。

<ローリング・サンダー・レヴュー>は、ディランを中心にたくさんの出演者が入れ替わり立ち代り出てくるというトータルで4時間にも及ぶショウだったという。だからこのアルバムに、そのショウのダイジェストを求めるのはそもそも無理がある。これは独自のアルバムとして聴くべきだ。
すなわちこれは1970年代のディラン充実期のエレクトリック・サウンドがコンパクトに聴けるという意味で意義のあるアルバムなのだ。ラフでかつワイルドな勢いのある歌と演奏が詰まっている。

古い曲、たとえば「ワン・トゥー・メニー・モーニング」や「アイ・スリュウ・イット・オール・アウェイ」などが印象深い名曲としてよみがえっている。また、近作の「オー・シスター」は『ディザイア(欲望)』のオリジナル・テイクよりもずっとよい。


2014年4月22日火曜日

ジャパン/D・シルヴィアンのアルバム・ベスト5


 今年ももう4月。今頃になって、何だけど、昨年(2013年)の話を少し。
昨年の私の紙ジャケの収穫として、CS&Nの『クロスビー・スティルス・アンド・ナッシュ』と、ローリング・ストーンズの『ラヴ・ユー・ライヴ』を手に入れた話を、これまで紹介した。どちらも昨年になって初紙ジャケ化されたアイテムだった。
じつは昨年もうひとつ、個人的な紙ジャケの収穫があった。それは、ジャパン関連のアルバム計5枚。ただしこれはみんな中古盤だ。そこで今回は、ジャパンとデヴィッド・シルヴィアンについてのお話。


■ジャパンの音楽性

 ジャパンは私にとって特別に思い出が深く、また今でも大好きなバンドだ。
1970年代の黄金時代のロックを聴いて育ったロック少年(つまり私)にとって、80年代のロックは、何だか「金まみれ」のオシャレな商業主義音楽に聴こえた。
そんな中にあって、時代にも金にも流されず、非商業主義に徹して、自分たちのやりたいコトをやるという、トンガった志を持つグループが、ほんのひとにぎりだがあった。そういう心意気が私は好きだ。それが、たとえばパブリック・イメージ・リミテッドであり、トーキング・ヘッズであり、ザ・ポップ・グループであり、そしてこのジャパンだったのだ。

ところでジャパンについて語った文章の中で、何といっても印象深いのは市川哲史のジャパン解釈だ。市川は元『ロッキン・オン』のライターらしいが、なかなかの才人で、その文章にはつねに「芸」があって読み手を引きつけた(内容の妥当性はともかくとして)。
彼はジャパンを「洋服をきた憂鬱たち」と名付け、その中心人物D・シルヴィアンを「世界一のモラトリアム男」と呼んだ。市川によると、シルヴィアンが「超内向的性格」であるがゆえに、「現実生活からの逃避願望をそのまま作品化した」のがジャパンのアルバムであり、その作品の中でシルヴィアンは「自閉症状態に安住しているかのように振舞う」ということになる。この市川の解釈と物言いは説得力があった。これをそのままなぞったような文章を、今でもネット上でけっこう見かける。
私も当初は、市川の文章にずいぶん感化されたものだ。今では、まあ話半分に聞いておこうと思うようになったのだけれど。

もちろんそんな解釈よりも、ジャパンの魅力は何といってもその音楽性だ。言うまでもないけど、ここで言うジャパンとは、『苦悩の影』以降の後期ジャパンのことだ。
一聴すると音数はシンプルなのだが、複雑な要素を持った高度な音楽に聴こえる。D・ボウイやロキシー・ミュージックが具現化したヨーロッパ的な感性と、アフリカン・ビートやオリエンタルなサウンド、そしてテクノが、強引にねじれながらより合わさった音楽、といったらよいだろうか。しかも、その音作りのセンスは、超個性的だ。
そして特筆すべきは、そのように超個性的で内省的で特異な音楽であるにもかかわらず、十分に大衆的でもあることだ。それは彼らの音楽が、エスノ&テクノによるポリリズム的展開という点で、きちんと時代の流れを見据えていたからだろう。


■ジャパンの紙ジャケを入手

ジャパンとD・シルヴィアンのアルバムのおいしいところは、2003年に出たリマスター盤でひととおりそろえてはいた。
 このリマスター盤は、アート・ワークがなかなかこっていた。デジパック仕様で、ジャケのデザインもオリジナルから一新し、インナーには新しくポートレイト写真を使用。全体にシックな仕上がりになっていた。とくに『錻力の太鼓(TIN DRUM)』は豪華版のBOX仕様で、ボーナス・ディスクと写真集が同梱されている。
もうこれで、ジャパンのアルバムは十分だと思ったのだった。

しかし、問題点があった。コピー・コントロールCDだったので、パソコンで聴けないのだ。これはかなり不便。
 それからアート・ワークもオリジナルと違うのはどうか、とだんだん思うようになった。オリジナルのデザインが、どれもかなり繊細で、こったものだったからだ。

そんなおり、久しぶりに東京に出て、ディスク・ユニオンをのぞいたら、ジャパンのコーナーに紙ジャケが並んでいるのを見かけた。ジャパンの紙ジャケ化は2008年。それからもう5年も経っているから、中古盤でたくさん出回っていたわけだ。1枚がだいたい1000円から1200円程度。さっそくみつくろって5枚ほど購入した。

買ったのは次の5枚。

<ジャパン>
『孤独な影(GENTLEMEN TAKE POLAROIDS)』(1980年)
『錻力の太鼓(TIN DRUM)』(1981年)
『オイル・オン・キャンヴァス(OIL ON CANVAS)』(1983年)
 
<デヴィッド・シルヴィアン>
『ブリリアント・トゥリーズ(BRILLIANT TREES )』(1984年)
『シークレット・オブ・ザ・ビーハイヴ(SECRETS OF THE BEEHIVE)』(1987年)

『孤独な影』と『錻力の太鼓』は、ジャパンの4作目と5作目で、後者はラスト・スタジオ・アルバムとなった。どちらも後期ジャパンの傑作だ。『オイル・オン・キャンヴァス』は、ジャパンのラスト・ツアーを収録したライヴ・アルバム。LP2枚組をCD1枚に収録している。
『ブリリアント・トゥリーズ』は、ジャパン解散後のD・シルヴィアンのソロ第1作。『シークレット・オブ・ザ・ビーハイヴ』は、同じくソロ3作目にあたる。この2枚は、現在に至るまでのシルヴィアンのソロ・アルバムの中でも、一二を争う傑作だと思う。

紙ジャケットのデザインを眺めてみると、2003年のリマスター盤が、かなりオリジナルと違っていたことがあらためてわかる。
『孤独な影』は同じフォト・セッションの別カットだし、『オイル・オン・キャンヴァス』と『ブリリアント・トゥリーズ』は、オリジナルの画面の一部をトリミングし拡大して使っている。かなり印象が変わってしまっている。やっぱりオリジナルのデザインをいじるのはよくない。
とは言っても紙ジャケ盤を入手したとはいえ、2003年リマスター盤も手放すわけにはいかないだろうな。関連アイテムとしてやっぱり持っていたい。ちなみに『ブリリアント・トゥリーズ』は、これで私の手元に4枚もそろってしまった。


■ジャパンとD・シルヴィアンのアルバム・ベスト5

さて店頭でとっさに選んだのではあるが、結果的にこの5枚が、ジャパンとD・シルヴィアンをあわせた中での個人的ベスト5だとあらためて思った。それを、CCCDではなく通常CDでいつでも不自由なく聴けるようになったわけだから、これはめでたい。
ところで以前このブログで、D・シルヴィアンのアルバム・ベスト5というのを選んだことがある。そのときの結果は、以下のとおり。

<デヴィッド・シルヴィアンのアルバム・ベスト5>(以前のもの)

 第1位 『シークレット・オブ・ザ・ビーハイヴ』
 第2位 『ブリリアント・トゥリーズ』
 第3位 『錻力の太鼓』(ジャパン)
 第4位 『デッド・ビーズ・オン・ア・ケイク』
 第5位 『ブレミッシュ』

では、今回紙ジャケで買ったベスト5の5枚に、あらためて順位をつけるとどうなるか。

<ジャパン/D・シルヴィアン オールタイム・ベスト5>

第1位 『錻力の太鼓』
第2位 『孤独な影』
第3位 『オイル・オン・キャンヴァス』
第4位 『ブリリアント・トゥリーズ』
第5位 『シークレット・オブ・ザ・ビーハイヴ』

以前のランクで3位だった『錻力の太鼓』が今回は1位。今回4位と5位のソロ作の順位も、以前の順番と逆になってしまった。これは、今回のランキングが、ジャパン目線で選んでいるため、ということにしよう。どうしてもリズム重視になってしまうので。


■ベスト5アルバムについてのメモ

□ 『孤独な影(GENTLEMEN TAKE POLAROIDS)』(1980年)

このアルバムは、前作の3作目『クワイエット・ライフ』との連続性の中でしばしば語られる。しかし、私は赤岩和美(紙ジャケ版のライナー)が言っているように、まさにジャパンは、このアルバムから「突然変異」したというふうにしか考えられない。
『孤独な影』は、『クワイエット・ライフ』の20倍(?)くらい良い。リズムが全然違っている。前作では、ドラムスもベースもまだふつうなので、音の構造も単純だった。それがこの『孤独な影』では、リズムが複雑に入り組みポリリズム化しているのだ。

躍動的なリズムに対し、キーボードとギターはあくまでメランコリックで、ヴォーカルはベチャっとしてねっとり。それに、ところどころで木管やブラスを入れるセンスの良さなど、ジャパン独特の音楽スタイルが一気にここで確立されているのだ。
強烈なリズムの曲とめりはりをつけるように、リズムのないアンビエント曲「バーニング・ブリッジズ」とか「ナイト・ポーター」なども収められている。しかし、やはりリズム隊が前面に出てくる次の3曲が、何と言ってもこのアルバムの聴きどころだ。

「スウィング」は、ドラムスとベースとブラスによるねじれたリズム感覚が印象的。
「メソッヅ・オブ・ダンス」は、エレ・ポップ・ビートと、ドラムスとベースによるやはりねじれたビート。さらにサム・ピアノ風の音やブラスのリフなどが幾重にも重なり合うポリリズムがすごい。
とくにこのポリリズム状態が空中に放り出される間奏部は快感。思わず引き込まれてしまう。
「エイント・ザット・ペキュリアー」は、マーヴィン・ゲイの変態的なカヴァー。これもアフロなドラムスとベースの歪んだコンビネーションのリズムに、シンセのビートがからんで、気持ちよいポリリズムを作り出している。

なおタイトル曲「孤独な影Gentlemen Take Polaroids」について、以前の盤のライナーに「珍しくストレートなラヴ・ソング」と解説してあったけれど、これはトンチンカンだ。恋に落ちた紳士たちがポラロイドで彼女の写真を撮る。ここに漂っているのは、かなりフェティッシュで退廃的なイメージでしょ。

また「テイキング・アイランド・イン・アフリカ」は、坂本龍一との共作で話題になるが、シンセの感じなど坂本色がやや強過ぎる。


□ 『錻力の太鼓(TIN DRUM)』(1981年)

ジャパンの最高傑作。数々の奇怪な音響と、空間を埋め尽くそうとするリズムに、音の意匠に対するなみなみならぬ決意を感じる。
ところで前作の4作目『孤独な影』のアフロ・ビートから一転して、5作目のこの『錻力の太鼓』では、オリエンタルなビートを導入した、という言い方がよくされる。
しかし、この時期のジャパンが目指していたのは、エスニックな要素とテクノの融合だ。エスノという観点から観れば、4作目から5作目へと、彼らの試みは一貫していて、それが進化&深化したと見るべきだろう。いろいろな試みや、やりたいことが行き着いた先に、この『錻力の太鼓』があると言える。

このアルバムで特筆されるのは、スティーヴ・ジャンセンのタムを中心にしたドラミングと、ミック・カーンの異様にうねるフレットレス・ベースのコンビネーションだ。ねじれながら絡み合うこのリズム隊のラインを軸に、ブラスやシンセのパーカッシヴなフレーズが重なって随所で厚くて魅力的なポリリズムが生み出されている。

このアルバムは、中国をテーマにしたコンセプト・アルバムと言われている。しかし、音的には全部が中国的というわけではない。「外国人によってイメージされたエキゾティックな中国」という線をねらったためかもしれないが、結果的に中国というよりももっと広いオリエンタル・サウンド、あるいはさらにあいまいな「異国」をイメージさせるサウンドになっている。
たとえば「ジ・アート・オブ・パーティーズ」のリズムはアフリカン・ビート的だし、「トーキング・ドラム」のヴァイオリンは、ジプシーというか中近東風、そしてこの曲と「スティル・ライフ・イン・モービル・ホームズ」でコラージュされている女声の歌舞伎風ヴォイスは、もちろん日本風だ。
純粋に中国風に聴こえる部分は。むしろ少ない。インストクルメンタル「カントン」のメロディーの音階と音色、「スティル・ライフ・イン・モービル・ホームズ」の間奏のシンセのフレーズ、「ヴィジョンズ・オブ・チャイナ」の笛の音(シンセ?)、そして「カントニーズ・ボーイ」のチャルメラ風の音と後半のシンセのフレーズくらいだ。
だから、このアルバムを、単純に中国をテーマにしたコンセプト・アルバムと言い切ってしまうのは、私にはちょっと違和感がある。

以下、各曲の特に印象的な部分についてコメントしておこう。

1 ジ・アート・オブ・パーティーズ

タムを中心としたドラムスとブラスによるめくるめくようなポリリズム。そして、その間をのた打ち回るギター。たまらん。

この曲は、アルバムに先行してシングルとして発売された(ヴァージョンは、アルバム収録のものとは異なる)。このシングルについての田山三樹の評言(『レコード・コレクターズ』誌2004年1月号「ジャパン/デヴィッド・シルヴィアン特集」)を引いておこう。適格な表現だと思うので。「神経症的なメロディー」と「せわしなく連打されるアフリカン・タッチのドラム」、そして「メル・コリンズなどによるブラス・セクションも加わる異様な迫力を持った音の壁」。

2 トーキング・ドラム

何と言ってもここでは異様にうねるフレットレス・ベースが主役。ジプシー風というかアラブ風のヴァイオリンのフレーズと歌舞伎っぽいヴォイスのコラージュが面白い。

3 ゴウズツ

アンビエントなシンセ・サウンドとヴォーカルのみによる深遠で幽玄な魅力。これがシングルでヒットするとはすごい。

4 カントン

インストゥルメンタル。メロディーは中国風な音階と音色だが、あくまでエキゾティックなイメージとしての中国という感じ。
リズムはいろいろなノリが複雑に交錯するポリリズム。中でもベースが変態的。で、もちろん良い。

5 スティル・ライフ・イン・モービル・ホームズ

これもベースのラインが超個性的で強力。タム中心のドラムスとベースとハンド・クラッピング(サンプリング音)とシンセによるポリリズムが気持ちよい。
間奏部に歌舞伎風のヴォーカルをコラージュするセンスが素晴らしい。
特異なギター・ソロ。エイドリアン・ブリューのエレファント・ギターを思わせる。これ、誰が弾いているのだろう。シルヴィアンなのか。

6 ヴィジョンズ・オブ・チャイナ

タム中心の跳ねるような強烈なドラムスとベースとシンセによるポリリズム。無言で後ずさりするという歌詞と、中国風の笛の音(シンセ?)と、竹を叩いているようなシン・ドラム(シンセ?)の音とがあいまって、コミカルに聴こえてしまうのだが、まあ読み違いかな。

7 サンズ・オブ・パイオニアーズ

単純なタムのフレーズとくねるベース音による呪術的な音響が延々と続く。奇怪、で気持ちよい。

8 カントニーズ・ボーイ

これもかなり複雑なリズム。あまり中国風な感じはしない。途中のチャルメラ風の音とか、後半のシンセのフレーズなどにオリエンタル風味はあるが、むしろ正解は坂本龍一風。


□ 『オイル・オン・キャンヴァス(OIL ON CANVAS)』(1983年)

本来LP2枚組だったものが、当初のCD化のときは、曲数を減らして1枚モノのCDにされてしまった(がっかり)。その後、曲目をオリジナルどおりにコンプリート収録して、CD2枚組になったのだが、今回の紙ジャケ化では、何と全曲が1枚のCDに収まっている。技術の進歩なのか。でも、2枚組のままにして欲しかった。なぜならこのアルバムは、2枚組を前提として、それぞれのディスクのオープニング曲とエンディング曲が配置してあるからだ。

このアルバムは1982年のジャパンのラスト・ツアーの音源を収録したライヴ・アルバム。しかし通常のライヴとは、だいぶ様子が違っている。
汗と熱狂はなし。観客とのやり取りもなし(一回だけ「サンキュー」が聞こえる)。そして観客の歓声もほんの少しだけ。演奏は基本的にスタジオ版と同じアレンジで淡々と進んでいく。ウィキペディアによると、ジャパンのステージでは、生で再現できないパートは、テープを流していたとか。なるほどそのせいもあるのか。ともかく聴いていても、ライヴであることを、しばしば忘れそうになる。
ところどころ、サポート・ギタリストの土屋昌巳のエレファント・ギターの咆哮がフィーチャーされているが、これもまあ控えめ。
というわけで、じつに渋いライヴ・アルバムなのだ。

ライヴ音源に加えて、さらにスタジオ録音のインスト曲が3曲収録されている。これらの曲調と配置がじつに絶妙。

まずアルバム冒頭に、シルヴィアンによるエリック・サティ風のピアノとシンセによる「オイル・オン・キャンヴァス」が置かれている。静かにアルバムの幕があけられるわけだ。
ちなみにこれに続く、コンサート本編の1曲目は、何と「サンズ・オブ・パイオニアーズ」。タムの呪術的なループとベース主体の曲。これでいったい盛り上がるのか(笑)。祝祭の始まりを告げるおまじないといったところ。

LPの1枚目B面の最後が、2曲目のスタジオ新曲「歓迎の叫び、祈りの手」。インドネシアのガムラン風の穏やかな曲で、最後の方で、現地のものと思われるコーラスがサンプリングされている。癒される。
そして、2枚目のB面の最後がスタジオ新曲3曲目「暁の寺」。曲名は三島由紀夫の小説によるという。 鐘の音をモチーフにしたアンビエント曲だ。この曲によってアルバムは深い余韻の中で終わることになる。
ライヴ音源を、こうしたスタジオ録音の静謐なインスト曲で挟んで、このアルバムを単なるライヴの記録ではなく、新たな作品として構成していることがわかる。だからこれは、ジャパンの集大成的作品ということになる。

その意味で、ジャパンの最高傑作にもなれそうだったのだが…。残念ながら、私にとっては、そうはならなかった。
リズムのねじれ感が、スタジオ版より若干弱くて物足りないのだ。演奏がこなれているためと思われるが、ねじれがストレート方向にややほぐれて、風通しが良くなってしまったのだろう。本来ならいいことなんだけどね。


□ 『ブリリアント・トゥリーズ(BRILLIANT TREES )』(1984年)

 ソロ1作目。このベスト5に選んだ、シルヴィアンのソロ2枚は、どちらも甲乙つけがたい傑作だが、感触は両者でかなり違う。
この1作目は、まだかなりロック色が残っているが、3作目は脱ロック的だ。いずれにせよ、どちらのアルバムも、ジャパンの音からずいぶん遠いところに来たという印象がある。

このアルバムは、どの曲もよいが、中でも「ノスタルジア」のせつなさは心にしみる。成熟したロック、もしくは本当の意味でのモダン・ポップ・ミュージックだ。


□ 『シークレット・オブ・ザ・ビーハイヴ(SECRETS OF THE BEEHIVE)』(1987年)

ソロ3作目(当初カセットのみの『錬金術』をカウントすれば4作目)。
サウンドは、静謐で重厚でかつ繊細。これはまさに幽玄の世界だ。ポップスから遠く離れ、独自の道を進みながら仙人化していくシルヴィアンの姿がある。

全体としてアコースティックなサウンドが耳に残る。中でも「詩人が天使を夢見る時」のジプシー的なリズムに乗って展開するアコースティック・ギターのスリリングなソロが印象的。

またこのアルバムでは、坂本龍一がピアノとストリングス・アレンジでいい仕事をしている。中でも「オルフェウス」でのふくらみのあるピアノ伴奏と、「母と子」でのアヴァンなピアノ・ソロが良い。なかなか見せない坂本のアヴァン魂のほとばしりを見ることが出来る。
 

■おまけの一言

ジャパンについて語られている文章の中で私が納得できないのは、初期のアルバムについての評価だ。
彼らのファーストとセカンド・アルバムは、世間からもまったく省みられず(日本を除いては、だけど)、メンバー自身も駄作と認めている。しかし、たいていのライターは、この2枚を「なかなかよいアルバム」とほめているのだ。
例えば 「ファンクとハード・ロックの合体」とか、「レゲエとヨーロッパ感覚の斬新な組み合わせ」みたいな言い方がされる。でも、曲調は分析できても、質の良さとは別問題のはず。

やっぱり私はこの2枚は、ダメなアルバムだと思うよ。別に売れなかったからとか、当人たちが駄作と決めつけているから、とかいうわけではない。どう聴いても、やっぱりつまらない。
その後のジャパンは、あまりにも素晴らしいグループに変身した。それに引っ張られて、初めの頃もじつは良かったよ、と言っているんじゃないの、とかんぐりたくなる。

それから、彼らのサード・アルバム『クワイエット・ライフ』が、傑作と言われているのも、私にはふに落ちない。しかもこのアルバムの路線を発展させたのが4作目の『孤独な影』だ、とも言われたりする。これも全然納得できない。

D・シルヴィアンは、このサードが、本当の意味でのジャパンのファースト・アルバムと言っているとか。つまり、自分たちのやりたいことが出来たはじめてのアルバム、ということなんだろう。けど、だとしてもいきなり傑作というわけにはいかないだろう。
このアルバムは、私には凡庸にしか聴こえない。たしかにそれまでの2枚とは大きく違ってはいる。が、それでもまあふつうの出来。

それにこの後の『孤独な影』とは、あんまり連続性を感じない。何が違うといって、上にも書いたように、リズムの質が全然違う。
『クワイエット・ライフ』が『孤独な影』につながっているように見える点といえば、わずかに次のふたつ。
「絶望(Despair)」のリズム・ボックスのようなビートの上に、ピアノとシンセとサックスと薄いコーラスの響きが乗って、D・ボウイの『ロウ』のような陰鬱でダウナーなヨーロピアン憂愁サウンドを作り出しているところ。
もうひとつは「異国人(Alien)」で、ブラスも絡んでリズムを刻んでいるところだ。

初期のジャパンが理屈抜きで好きな人がいたらゴメンね。


2014年4月17日木曜日

ボブ・ディランの初紙ジャケ・アイテム


この間(2014年)3月末から4月にかけてボブ・ディランが来日して公演を行った。しかし、一般のマスコミには、あまり取り上げられなかったようだ。その前に来日したローリング・ストーンズとは、だいぶ扱いが違う。まあ、結局、日本ではその程度のポピュラリティーしかない存在ということなのだろうな。

この来日を記念して「ディラン祭り」(どうにもベタなネーミング)という企画が行われている。

その1は、『ボブ・ディラン30周年記念コンサート』関連のDVDCDなどのアイテムの発売。これにはまったく興味なし。このCDは、一応持っているが、こういうトリビュート・イヴェントって、面白かったためしがない。

その2は、昨年(2013年)末に出た47枚組の『ザ・コンプリート・アルバム・コレクションVOL1』のボーナスCDだった『サイド・トラックス』の単体での発売。アルバム未収録音源の2枚組とのこと。
これにはちょっと興味をひかれたが、アマゾンのレヴューを見たら、収録曲の大半は、『バイオグラフ』や『ブートレグ・シリーズ』などで既発の音源とのこと。それならいらないな。

そして何といっても私の注意を引きつけたのが、「ディラン祭り」その3の、アルバム43作品の紙ジャケ化だ。これまで、ディランのアルバムで紙ジャケ化されていないものがいくつかあったが、それが今回ついに紙ジャケ化されるというわけだ。
とくにうれしいのは、『激しい雨(Hard Rain)』(1976年)の紙ジャケ化。前作『欲望(Desire)』のライヴ盤だが、この前作を越える名盤だと思う。が、どういうわけかこれまで紙ジャケ化されていなかったのだ。『欲望』は、ちゃんと紙ジャケ化されたというのに。

個人的に長く紙ジャケ化を待望していたアルバム・ベスト3というのがあった。それはこのディランの『激しい雨』と、ストーンズの『ラヴ・ユー・ライヴ』と、CSNYの『4ウェイ・ストリート』だ。ストーンズの『ラヴ・ユー・ライヴ』も昨年末に紙ジャケ化されたから、これで残るは『4ウェイ・ストリート』のみということになった。

今回の紙ジャケ化は、60年代から90年代まで、アルバムの発表年代ごとに、4回に分けて発売されるとのことだ。
このうち、60年代の10枚については、326日に発売済みだ。これらについては、以前発売された紙ジャケ盤を、それもモノとステレオの各2種ずつ持っている。なので、今回は手を出さないことにした。
そして、まもなく423日に、70年代分の14枚が発売される。

ちなみに、私にとってのディランは、76年の『激しい雨』で終わっている。78年の『ストリート・リーガル』以降、現在までのディランは、私にはもうディランであって、ディランではない。一応リアル・タイムでアルバムは買ってきたが、先日全部処分してしまった。
先年『レコード・コレクターズ』誌の「ディラン・ベスト・ソングズ100」の特集でも、大半の曲がデヴューから『激しい雨』の頃までの曲で占められていた。だから、ディランについてこういう見方をしているのは、私だけではなくファンのごく一般的な見方だと思う。

というわけで、76年以前のアルバムについてだけ語らせてもらうが、ここまでのアルバムで今回初紙ジャケ化されるのは、計4枚。
『激しい雨』の他に、『セルフ・ポートレイト』(1970年)と、『ビリー・ザ・キッド』(1973年)と、『ディラン』(1973年)。アマゾンをのぞいてみたら、やはり、この4枚の初紙ジャケ化アイテムに、注目が集まっている感じだ。誰も考えることは同じらしい。

しかし『激しい雨』を除いた3枚は、これまで紙ジャケになっていなかったのも、まあ当然といえば当然のものばかりだ。ディラン・ファンなら御承知のとおり、どれもボンクラなアルバムです。だから『セルフ・ポートレイト』と『ビリー・ザ・キッド』は、通常盤(プラ・ケース)で持っているからそれで十分。『ディラン』は、ボンクラ過ぎて通常CDも出ていないようだけど、これは持つ必要なし。昔リアル・タイムで、このLPを買って、悔しい思いをしたことが今でも思い出される。

というわけで、今回は『激しい雨』だけ発注だ。

ところで、話は変わるけれど、今度はレッド・ツェッペリンのアルバムが順次「スーパー・デラックス・エディション」化されるとのこと。金がないのに、どうすべえ。