2012年12月22日土曜日

キング・クリムゾン『太陽と戦慄』への道のり(第3回)

<1972年末の英国国内ツアー>

1972年10月にドイツでのウォームアップ的な演奏を終えて新生キング・クリムゾンは帰国する。そして、翌11月から12月にかけて英国国内ツアーに突入した。
この英国ツアーは、11月10日のハル・テクニカル・カレッジから12月15日のポーツマス・ギルドホールまで一ヶ月ちょっとの間に27箇所を巡るという相当にタイトなスケジュールだった。
彼らはこの間ほとんど毎日のように演奏を続けたことになる。
フリップはこの時期を振り返って、「魔法のような雰囲気」が漂い「希望と可能性」に満ち溢れていた、と語っている(『レコ・コレ』誌2012年12月号p.77)。メンバーたちにとっては、おそらく緊張と陶酔の日々だったのではなかったろうか。

■ 1972年11月10日 ハル・テクニカル・カレッジ公演(Hull Technical College)

『太陽と戦慄 40周年記念ボックス』では、このツアーの初日、11月10日のハル・テクニカル・カレッジ公演が、ディスク4と5に収録されている。
コンサートのコンプリート収録ということもありぜひ聴いてみたいが残念ながら私には聴く方法がない。

このディスクの曲目表によると、アルバム『太陽と旋律』のための新曲6曲と即興曲2曲、そして注目されるのは最後に「21世紀のスキッツォイド・マン(Twenty First Century Schizoid Man)」が演奏されていることだ。
ツアー最終日のポーツマス・ギルドホール公演も曲の並びがまったく同じなので、これがこのツアーの固定的なセット・リストだったと思われる。

■ 1972年11月13日 ギルドフォード・シヴィック・ホール公演(Guildford Civic Hall)

『40周年記念ボックス』のディスク6に収録されている。内容は『コレクターズ・キング・クリムゾン』シリーズとして既発だ。

上のハル公演の後、ヨークでの公演をはさんで、ツアー3箇所めとなる公演。この音源は、コンサートのコンプリート収録ではなく、一部分のみの収録だ。「太陽と戦慄パート1(Larks' Tongues in Aspic, Part One)」、「土曜日の本(Book of Saturday)」、「放浪者(Exiles)」の3曲と即興が1曲。

『記念ボックス』のディスクの曲目表記が、私の持っている『コレクターズ・…』シリーズ盤より一曲多い。新規の音源かとちょっとどきっとした。しかし、これは「放浪者」の後に収録されていたノンクレジットの即興曲の断片を、あらためて一曲に数えただけと思われる。
というわけでセット・リストト的には不完全な音源だが、音質は『コレクターズ・…』シリーズとしては、非常に良好だ。しかも演奏の内容も素晴らしい。

「太陽と戦慄パート1」は、ズーム・クラブの演奏と同様ヘヴィかつ混沌とした印象。生々しい緊迫感があって、この曲のこの時期のライヴとしては最高の演奏ではないかと思う。

「土曜日の本」は、フリップのアナウンスで、「Dairy Games」と紹介されている。この時期にはまだこのタイトルで呼ばれていたことがわかる。

インプロヴィゼーションは、珍しくメロトロンとリズム隊による怒涛のような音の洪水から始まるパターン。
そのまま前半はリズム隊がリードしてダイナミックな空間を作る。それにのってギターも例のストローク・プレイで何度か爆発。
その後いったんヴァイオリン・ソロによる静かなパートになるが、そこにまたギターが絡んでじわじわと再び盛り上がっていく。メンバーの表現意欲がふつふつとたぎっているような充実した演奏だ。

「放浪者」は録音が途中でぶつっと途切れ、その後に即興曲の断片が入ってCDは終わる。ブートレガーに何か演出意図があったのだろうか。

というわけで現在聴くことのできるこのツアーの演奏の中ではこれが最高のできだと思う。コンサートのコンプリート収録なら最高だったのだが。

■ 1972年11月25日 オックスフォード・ニュー・シアター公演(Oxford New Theatre)

『40周年記念ボックス』のディスク7に収録されている。これまでダウンロードのみで流通していた音源とのこと。
私はブートレグで所有している。タイトルは『The Ultimate Live Rarities Volume.2』というもの。ちなみにこれの『…Volume.1』は、下の12月15日のポーツマス公演の音源だ。
このブートの音質は悲しいくらいにお粗末。LPから直接CDに起こしたいわゆる「皿落とし」もの。けっこうスクラッチ・ノイズが入る。あんまり音がひどいので、手に入れたもののあんまり聴いていなかった。

収録の曲目は上のギルドフォード音源と、どういうわけかまったく同じ。「太陽と…パート1」、「土曜日の本」、「放浪者」の3曲と即興1曲。『記念ボックス』のディスク7も曲目が同じなので、このブートと同じ音源なのだろう。どのくらい音は良くなっているのだろうか。

「太陽と戦慄パート1」は、中間部の間奏はいつもより長め。フリップがリズム隊と張り合うように終始細かいフレーズを弾き続ける。全員がもつれ合いながら突進していく壮絶な展開が聴ける。

「土曜日の本」から連続して即興曲へ。これはこれ以前の音源ではなかったつなぎ方だ。即興曲は『記念ボックス』の曲目表記で「Booiean Melody Medley」というタイトルであることがわかった。
最初はギターとヴァイオリンによる素朴で静かなメロディーから始まる。まるで「土曜日の本」の間奏のようだ。というか、これは本当に「土曜日の本」の後半部なのかも。
 やがて中盤、変則エイト・ビートのスペースが延々と続く。ミューアの打ち鳴らす音の断片を浴び、メロトロンの風にゆるゆるとあおられながらのジャム・バンド風展開は、何とも気持ちよい。
その後はテンポを落としてヴァイオリン中心のパートになるのだが、何となく収拾のつかないまま次の「放浪者」へと続いていく。

ツアー開始から2週間。このオックスフォード公演は良くも悪くもかなりこなれた演奏と言えるだろう。

■ 1972年12月1日 グラスゴー・グリーンズ・プレイハウス公演(Glasgow Green’s Playhouse)

『40周年記念ボックス』のディスク8に収録されている。これまで未発表だった音源。
私はブートレグで所有している。タイトルは『Mad King Crimson』。2枚組で、そのディスク1がこの音源だ。ちなみにディスク2は、下の12月15日のポーツマス公演。だからタイトルの「Mad」は、当然「マッド」なミューアの在籍していたクリムゾンとう意味だろう。

収録曲はこれもコンサートのコンプリートではない。アルバム『太陽と戦慄』収録の最後の2曲を除いた4曲と即興曲が2曲。これも、曲目から見て『記念ボックス』と同音源と思われる。

このブートも音はひどい。オーディエンス録音で、「太陽と…パート1」の中間部などは音がモコモコして何をやっているのかほとんどわからない状態だ。

即興曲「A Viniyl Hobby Job」は 「土曜日の本」から連続していて、しかも前曲の雰囲気を引き継いで始まる。上のオックスフォードのときと同じパターンだ。
ディレイを使った一人多重奏を含むヴァイオリン中心の長い演奏が続く。そこから全員が一丸となって盛り上がっていく中盤は見事。
後半は一転してゆっくりしたリズムになり、そこにメロトロンの無調的なひょろひょろ音が絡んだりして、ちょっと現代音楽的な雰囲気。そこから何となく盛り上がりきらないまま「放浪者」に移っていく。

「イージー・マネー」の中盤の間奏は、メロトロンに乗ったゆったりとした空間で、ほとんど即興演奏の趣(おもむき)だ。

その次の即興曲「Behold! Blond Bedlam」は東洋的な響きで、打楽器も入るがビートは刻まない。弦楽器中心の叙情性を強く感じさせる展開。後のアルバム『暗黒の世界』の「トリオ(Trio)」を思わせる曲だ。
最後の方でほんのちょっとミューアのソロ・パフォーマンスらしき音が聴こえる。

ツアーも後半に入り、毎回違う即興演奏を繰り返す中で、さまざまなインタープレイの形を模索していることが感じられる。

■ 1972年12月15日 ポーツマス・ギルドホール公演(Portsmouth Guildhall)

『40周年記念ボックス』のディスク9に収録されている。これもこれまで未発表だった音源。
私はブートレグで所有している。上にも書いたが2種あって、ひとつは、『The Ultimate Live Rarities Volume.1』。もうひとつは、『Mad King Crimson』のディスク2だ。後者の方が少しだけ音質は良い。オーディエンス録音と思われるが、オックスフォードやグラスゴーに比べると、かなりマシな音質。

収録曲はやはりコンプリートではないが、欠落はオープニングの「太陽と戦慄 パート1」一曲のみ(惜しいなあ)。2曲目以降はそのまま収録されている。即興曲2曲と最後に「21世紀のスキッツォイド・マン」が演奏される。

どの曲もほぼ完成形になっていて、この翌月に録音されるスタジオ・ヴァージョンと細かいアレンジまでほぼ同じ形で演奏されている。そのせいもあり、またツアー最終日ということもあるのかもしれないが、「土曜日の本」、「放浪者」、「イージー・マネー」など、どの曲も確信に満ちた演奏というふうに聴こえる。
とくに、「イージー・マネー」の間奏のメロトロンの音などまるで吹きすさぶ嵐のよう。

演奏はこれまでと同様「土曜日の本」から即興曲につながり、そのまま「放浪者」へと間断なく連続している。

即興曲「An Edible Bovine Dynamo」は、打楽器入りの「トリオ」といった感じの叙情性あふれるパートから始まる。その後ミディアムなテンポにのってギターが鳴り続け、どっしりと重戦車が進んでいくような展開。これまでときどきあった一丸となってつんのめっていくようなところはない。

「イージー・マネー」に続く即興曲「Ahoy! Modal Mania」はアブストラクトな現代音楽的展開。ミューアも大活躍だ。終始アグレッシヴで緊張感あふれる刺激的な演奏が続く。
 ツアーを通じて鍛えてきた集団即興演奏の極限の姿といった感じ。

次の「トーキング・ドラム」との間には、ミューアがラッパを吹きながら雄たけびをあげるヘンテコなソロ・パフォーマンスのパートもある。
「太陽と戦慄 パート2」の中盤で聴こえるたぶんミューアの発しているのであろうバンッ、バンッという爆発音(?)が何とも暴力的。

唯一の過去の曲「21世紀の…」は、アルバム『太陽と戦慄』のための新曲と意外なほどに違和感を感じさせない。
ジョン・ウェットンがグレッグ・レイクと同タイプの「大仰系」ヴォーカだからということもあるだろう。ウェットンのヴォーカルは、この曲にぴったりとはまっている。
またビル・ブラッフォードがオリジナル・ドラマーのマイケル・ジャイルスと同タイプのドラマーであるせいもある。二人は、変拍子でスイングする知的で鋭角的なドラミングという点で共通している。

このポーツマス公演は、まさにツアーの最後を締めくくるにふさわしい充実した演奏と言えるだろう。
こうして、怒涛の英国ツアーは終了し、翌月、クリムゾンはいよいよスタジオへ入ったのだった。

このツアーのまとめなどを、次回に書いてみたい。というわけで、次回につづく。

2012年12月20日木曜日

キング・クリムゾン『太陽と戦慄』への道のり(第2回)

<「アイランズ」期の終わりと「太陽と戦慄」期の始まり>

1972年の4月1日、キング・クリムゾンは北米ツアーの終点であるアラバマ州バーミンガムで最終公演を行った。そしてこれを最後に、アイランズ期のクリムゾンは、空中分解のように消滅したのだった。

ロバート・フリップは、さっそく新規のメンバーを探し始める。
そして、3ヶ月後の7月には、新メンバーのラインナップが確定。9月にはそのメンバーでのリハーサルに入っている。
次のアルバム『太陽と戦慄』の録音は、翌年1973年の1月から2月にかけてのこと。それに先立つこの時期、新生クリムゾンはライヴ活動を開始するのだ。
10月にはドイツで数回の演奏を行い、11月から12月にかけては英国国内を巡るツアーを行っている。

このときのライヴ音源を聴くと、9月のリハーサルの時点で、アルバム『太陽と戦慄』の収録曲はもうすべて完成していたことがわかる。さらに何よりも、ロバート・フリップによる新しいクリムゾンのサウンド・コンセプトが、きっちりと固まっていることもわかってくる。
翌年初頭のアルバム制作に向けて、クリムゾンはライヴの場においで新しいコンセプトによる新曲を、いわばぐつぐつと濃縮していったのだった。

今回の『太陽と戦慄 40周年記念ボックス』のライヴ音源部分(ディスク1~9)は、この1972年のリハーサルの後、翌年1月のスタジオでの録音に到るまでのライヴ音源を集成したものだ。
前回書いたように、このボックス・セットの趣旨に沿いながら、しかしあくまでこのボックスは買わずに、手元の音源で代用して、この時期のクリムゾンの足跡を辿ってみたいと思う。
なお、2012年12月号の『レコ・コレ』誌の『太陽と戦慄』特集には「40周年記念ボックス解説」という記事が掲載されている。その中で筆者の石川真一氏により、上記のライヴ音源部分についても要領よくと紹介されている。なので、ここではなるべく私なりの感想にしぼって述べていきたい。

<ドイツでのウォームアップ・ギグ>

■ 1972年10月13日 フランクフルト、ズーム・クラブ(The Zoom Club,Frankfurt)

『40周年記念ボックス』のディスク1、2に収録されている。この内容は、『コレクターズ・キング・クリムゾン』シリーズとして既に発売済み。

9月からリハーサルを行っていた新生クリムゾンは、翌10月13日から15日までの3日間、ドイツのフランクフルトにあるズーム・クラブで、初めて人前に姿を現わす。これは、その初日13日の演奏をコンプリートに収録したものとのことだ。

『コレクターズ・…』シリーズ盤のライナーには、ロバート・フリップの記録用の録音とある。しかし、客の声が手前にはっきり聴こえるので、オーディエンス録音のブートレグが元になっているのではないかと思われる。
ちなみに、私は『コレクターズ・…』シリーズ盤の他に、このときのブートレグも持っている。両者は明らかに同音源だ。
この日の『コレクターズ・…』シリーズ盤は、音質が良くないと言われているが、それでもやっぱりブートレグよりは多少ながら音質が向上している。
以下に述べる他の日の音源についても、この『40周年記念ボックス』で、ブートレグよりどの程度音が良くなっているかはかなり気にかかるところだ。

さてアルバム『太陽と戦慄』の曲は、もうこの時点で出来上がっていて、収録曲6曲すべてがこの日のステージで演奏されている。しかもアルバムの曲順のとおりに。
そして、この6曲の合い間に、4曲の即興曲が演奏される。即興曲は曲名の前に「Improv(インプロヴィゼーションの略)」と表記されているものとそうでないものがある。たぶん表記なしのものは、おおまかな構成と展開がある程度事前に決められた上での即興演奏ということなのではないだろうか。ということは、あとの曲はまったく何も決めないでのぞんだ即興と言うことになるわけだが。

セット・リストで特徴的なのは、それ以前のクリムゾンの曲はいっさい演奏していないということだ。過去のクリムゾンと決別しようとするフリップの決意が感じられる。
しかしこの日ズーム・クラブに足を運んだ客たちは、当然以前のクリムゾンの曲を期待していたであろうに。
ただし、この後の11月からはじまる英国ツアーでは、コンサートの最後に「21世紀のスキッツォイド・マン(Twenty First Century Schizoid Man)」が演奏されていたようだ。

 それでは気がついたことと感じたことをいくつか。
「太陽と戦慄パート1(Larks' Tongues in Aspic, Part One)」は、最終的なスタジオ版より、かなりハードかつヘヴィな演奏。スタジオ版のようにタイトではなく、ゴツゴツとしていて混沌とした感じだが、そこがまた生々しくて魅力的でもある。
この曲はイントロにつづいて、ヴァイオリンによるメイン・テーマ(10拍子)からヘヴィなリフ(7拍子)へという展開が2回繰り返される。この時期の初期ヴァージョンでは、2回目のメインテーマは、ヴァイオリンではなくギターで激しく弾かれていて、その分よりハードな印象が増している。

「土曜日の本(Book of Saturday)」は、ドラムレスのスタジオ版と違ってドラムが入っている。ヴァイオリンの代わりにクロスが吹くフルートが軽快で、全体にフォーキーな味わいだ。

「イージー・マネー(Easy Money)」はヴァイオリンが前面に出たバッキングで、間奏でのヴァイオリンのメジャー系の響きによって、曲の印象はスタジオ版とかなり違っている。

即興曲「Zoom」では、後の「人々の嘆き(Lament)」や「ドクター・ダイアモンド(Doctor Diamond)」といった曲の断片が聴ける。
途中でウェットンのファズ・ベース&ヴォーカル主導のブルース展開になるが、リキみ過ぎでちょっと冗長。この人がこのバンドのロック的側面を担っていたことがよくわかる。
2曲目の即興曲「Zoom Zoom」は、長い演奏で、静かな冒頭から徐々に徐々に盛り上がっていく。メンバーが一体となってメラメラと燃え上がっていくような感じがたまらない。

■ 1972年10月17日 ブレーメン、「ビート・クラブ」スタジオ・ライヴ(Live In The Studio,Bremen)

『40周年記念ボックス』のディスク3に収録されている。内容は『コレクターズ・キング・クリムゾン』シリーズとして既発。

ドイツのTV番組「ビート・クラブ」のためのスタジオ・ライヴ。即興曲1曲と「放浪者(Exiles)」と「太陽と戦慄パート1」の3曲を演奏している。今回の『40周年記念エディション』ではDVDにこの映像版が収録されている。

即興曲のタイトル「The Rich Tapestry Of Life」は、翌年に失踪するミューアがその後にフリップに宛てたはがきに書き付けてあった言葉とのこと(『コレクターズ・…』シリーズ盤のフリップによるライナー・ノーツ)。

この映像には思わず引き込まれてしまう。
映像の主役は、ヴァイオリンを弾くクロスだ。端正な顔立ちと、多彩なヴァイオリン・プレイはたしかにテレビ的には絵になる。
しかし何といっても注目は狂人ジェイミー・ミュ-アだ。毛皮をまとい楽器の間をうろうろと動き回るミュ-アの異様な姿のインパクトは強烈。
また冷静なフリップが、怒涛のストローク・プレイのときに思わず体を浮かしてしまう没入ぶりも印象的だ。

演奏は、各人のテンションは高いが、それがうまく絡み合っていかずに全体としては混沌とした印象。しかし、そこが不思議に魅力的でもある。

ドイツでのギグを終えた新生クリムゾンは、翌月の11月からいよいよ英国国内ツアーに突入する。
長くなってしまったので、以下は次回。

2012年12月17日月曜日

実食「一汁無菜」 「ごはんですよ!」でご飯

今回は「ごはんですよ!」でご飯を食べる。
「ごはんですよ!」は、あらためて言うまでもないだろうけど、桃屋の海苔の佃煮の商品名。
前々回の玉子、前回の納豆に比べると、値段はそれらよりもそれなりに高いのに、微妙に地味なイメージが漂う。
玉子と納豆については、いろいろ自分なりに手間をかけたけれども、ここは初心に帰って、そのもの本来の味をじっくりと味わってみることにした。

ところで海苔の佃煮というのは、今のこの時代にそんなに需要があるものなのだろうか。生活パターンの変化や食事の洋風化などで、ご飯の消費量がどんどん減る一方の昨今。さらに加えて、誰も彼もがダイエットを気にしていて、なるべくご飯は食べないように食べないようにしている。
こんな時代に、ご飯をたくさん食べるための(違う?)海苔の佃煮や、ふりかけがそんなに必要とされているのだろうか。
桃屋は海苔の佃煮を、いろいろな料理の素材として使うレシピを紹介している。パンに塗るなんて食べ方まで勧めている。需要拡大をはかるというより、こんな時代を何とか生き抜こうとする涙ぐましい努力と見えてしまう。

まあこういう時代の事情は置いておくとして、私が海苔の佃煮というものについてどう感じているかといえば…、とくに好きでもないし、かといって嫌いというわけでもない、というところだ。
海苔の佃煮には、おかずとしての期待感がわかない。おかずとしての「華(はな)」がないと言ってもよいだろう。たぶん大半の人は、こんな感じではないのだろうか。

でも何しろ原料は海苔(けっこう高価)だし、それを旨さの王道である甘辛(あまから)味で煮ているわけだから、じっくり味わえば美味しいのはまちがいない。
というわけでスーパーで「ごはんですよ!」を買って来た。海苔の佃煮なら何でもよかったのだが、「ごはんですよでご飯」というタイトルにしたら語呂がいいかな、とつい思ってしまったもので…。
スーパーの棚にはそれなりの幅をとって海苔の佃煮コーナーが設けてあった。ちょっと意外。けっこう買う人がいるらしい。

「ごはんですよ!」は桃屋の海苔の佃煮「江戸むらさき」シリーズの一つだそうで、現在のこのシリーズの基幹商品とのこと。
ただシリーズの他の商品と、どこがどう違うのかは、桃屋のホーム・ページを見てもあまりよくわからない。そういう違いを売りにはしていないのだろうか。
ところでそのホーム・ページによると、この海苔の佃煮は、原料の海苔や製法にそれなりのこだわりがあるとのこと。
桃屋の製品には、ときどきネーミングに独特のオヤジ的なセンスを感じるものがある。この「ごはんですよ!」もそうだし、例の大ヒット商品「辛そうで辛くない少し辛いラー油」なんかもそう。でも今回ホーム・ページを見ていて、あらためてちゃんとしたまじめな会社(?)なんだなという印象を受けた。

では、今回のメニューを紹介。
お米は茨城産の「あきたこまち」。近所のスーパーでこれが一番安かった。
味噌汁の味噌は、「糀(こうじ)屋のみそ」というもの。熊本県水俣市の緒方こうじ屋製。ときどき通販で買っているお味噌だ。やや高いし、送料もかかるけれど、とにかくすごく美味しい。
今日の味噌汁の具材は白菜と油揚げ。
あとは桃屋の「ごはんですよ!」。中びんで145グラム入り。

それでは、実食。
いつものようにご飯を1.5合炊いて、これをお茶碗に四杯で食べることにする。しかし、これだけのご飯を食べるのに、このいかにも地味なおかずだけで飽きないか、ちょっと心配にはなる。まあこの試みは、一つの味をとことん味わいつくすというのが本来の目的なのだが。

ご飯と味噌汁をそれぞれの椀によそう。
テーブルの上には、ご飯茶碗と、汁椀と「ごはんですよ!」のびんのみ。質素を絵に描いたような風景だ。しかし、シンプル・メニューは、逆に私の食欲をそそるのだ。だんだん私の気持はアガッてくる。

まず味噌汁をすすってから、ご飯だけ一口、二口食べてみる。この「あきたこまち」はこの間買ってきたばかり。やはり、コシヒカリに比べるとちょっとネバリ気が足りない。銘柄のせいだけでなく、値段が安いせいもあるのだろう。
いよいよ海苔の佃煮を瓶から箸でひとすくいして、お茶碗のご飯の中ほどに乗せる。佃煮は思ったよりもけっこう粘度がある。ご飯の白と海苔のつやつやした濃い黒が、じつにいいコントラスト。
海苔の佃煮をできるだけご飯の上に広げて、その端の方からご飯と一緒にすくって口に運ぶ。
海苔の風味と濃厚な甘辛味が口の中に広がっていく。思ったより美味しいじゃないの。ただけっこうしょっぱい。保存料を使ってないので、塩分がそれなりに強くしてあるのだろう。
しょっぱいので、ご飯の上で佃煮をさらに細かく散らしつつ少しずつご飯に乗せては食べる。噛んでいると、甘辛の味が口の中でご飯の甘さを引き出してくれる。ご飯が美味しい。これは「ご飯のお供」の優等生と言えるだろう。
おかげでどんどんご飯が進んでいく。

二杯目、三杯目とおかわりするが、意外に佃煮の味に飽きるということはない。味が単調ではなく、豊かで濃厚な風味があるからなのかもしれない。こういうのを本来の「おかず力」というんだろうな。たんにしょっぱいだけでは、ご飯は進むけれども満足感は薄い。
そして難なく四杯目も完食。これでご飯は終了。最後まで、美味しく味わえた。

食べる前後の海苔の佃煮のびんの重さを比較する。食べた量は、21グラムだった。ご飯一杯では約5グラム。
びんに記載の栄養成分値では、一食分を10グラムとしている。たぶんご飯1.5合は2食分くらいではないだろうか。とすると10グラム×2食分で20グラムだから、だいたん標準量どおりに食べたことになる。
この量だと塩分は合計で約1.5グラム。これだけ食べても余裕で許容範囲内ということになる(詳細は省略)。

お腹はちょうどいい具合に満たされている。そして美味しいものを食べたという満足感もある。海苔の佃煮をあらためて見直してしまった。桃屋さんはエラい。
でもやっぱりおかずとしての「華」はないなあ。
「ごはんですよ!」のびんのデザインがカラフルなのは、もしかして明るいイメージにするため?

2012年12月13日木曜日

実食「一汁無菜」 納豆でご飯

今回は納豆でご飯を食べる。
前回の「玉子でご飯」のときにも書いたように、私はご飯に納豆をかけるのは、あんまり好きではない。でも「好きなごはんのお供ランキング」(gooランキング、2011年5月)で、納豆は辛子明太子に続いて第2位。みんな納豆が大好きなのだ。
ということで今回は生玉子に続いて「みんなは大好きだけど、私はあまり好きじゃないので、ちょっとだけ手を加えて食べてみる」シリーズ(?)の第2回目。純粋納豆主義者のみなさんは御容赦を。

私がなぜご飯に納豆をかけるのがいやかというと、それはご飯を汚したくないからだ。ご飯はあくまで白いままで食べたい。
ネットを見ていると、同じようなことを感じている人はたくさんいるようだ。納豆は嫌いではないけれど、ご飯を汚すのがイヤで、納豆だけを別に食べる、という人がかなりの割合でいるらしい。私だけじゃなかったのだ。

しかし、こんなことを口に出すのは非常にはばかられる。何しろ私の住んでいるこの水戸を中心とする一帯は、言わずと知れた「納豆王国」だからだ。納豆を食べる量は全国で一位。その上にこの地方が全国に誇れるアイテムといったら「水戸黄門」とこの納豆くらいしかない。その意味でも納豆様々(さまさま)なのだ。
こんな土地で、もし「納豆はあんまり好きじゃない」なんてことを言ったらたいへんなことになる(…わけないか)。

納豆というのは、言うまでもないが強烈な個性を持った食べ物だ。ねばねばの食感とあの独特の発酵臭。人によって好き嫌いの差が激しいのも当然だ。何とか私が納豆を嫌いにならずに済んだのは、ひとえに「納豆王国」の住人であったからかもしれない。
とところでここで話は少し横道にそれる。「納豆料理」というものについてだ。
「納豆王国」に住んでいるせいで、いろいろな「納豆料理」というものを見聞きしてきたし、また実際に食べてもきた。何しろ当地には納豆料理の専門店まであるくらいだ。
たとえば、納豆チャーハン、納豆オムレツ、納豆の天ぷら、納豆のから揚げ、納豆餃子、納豆カレーなどなど。変わったところでは納豆の酢の物。さらに和え物系として、イカ納豆、タコ納豆、マグロ納豆、キムチ納豆等々とさまざまある。
また、茨城県北部はそばの産地でもあるのだが、この辺のそば屋には、ざるそばのツユに納豆を入れる「納豆そば」といメニューがある。さらに水戸駅のホームの立ち食いそば屋では、かけそばに納豆をのせた「納豆そば」というのも見かけた。
ついでにこれは料理ではないが、お土産品として、納豆飴、納豆せんべい、納豆スナック(うまか棒)なんかもある。

しかしこうした納豆料理についてつねづね感じていることがある。それは、納豆を料理するのは、そもそも無駄なんじゃはないかということだ。
納豆料理が美味しくないというわけではない。そうではなくて、たとえどんなふうに調理しようと、またどんなものと混ぜようと、ひと口食べれば、納豆の味が前面に出てきてしまうからだ。口の中はネバネバになり、あの独特の風味が口いっぱいに広がる。
納豆は個性が強烈過ぎるのだ。他の味はその陰にすっかりかくされてしまう。つまりは何を食べても同じ味。これじゃあ手間をかけても、あんまり意味がないのでは。

納豆料理としてではなくて、納豆単品のときも同じようなことが起こる。何品かあるおかずの中に納豆があると、その納豆を食べたとたん、口の中はネバネバでヌルヌル、ついでに箸もヌルヌル。食事は納豆の味だけになってしまう。
だから、私は納豆がある場合は、食事のいちばん最後に食べることにしているのだ。
納豆の食感というのは、そういう意味で他の食材と協調しない。だから結局、納豆はあくまでそのままで食べるべき、というか食べるしかないものなのだと思う。

納豆についてそんなことを感じている私が、ちょっと興味をそそられる話題が最近あった。今回もラジオなのだが、ちょっと面白いレシピを聴いたのだ。
日曜日の夕方のTBSラジオの番組「食卓応援隊」でのこと(11月25日放送)。この日のゲストの「幸せ料理研究家」相田幸二さんが次のようなレシピを紹介していた。番組のホーム・ページからそのまま引用してみる。

<塩納豆丼>

【作り方】
   ① 熱々ご飯の上に納豆を混ぜずに乗せる
   ② その上にゴマ油と"こだわりの塩"をお好みの量かける
   ③ ブラックペッパーと白い煎りゴマをかけて出来上がり!

ポイントは絶対に混ぜないこと。
ごはんの上に納豆とゴマ油と塩を乗せてたべること。
ゴマ油の風味を黒胡椒が引き締めて、新たな味わいが口の中に広がります。
納豆が苦手な方にもオススメですよ~! 

引用は以上。

ポイントとして「絶対に混ぜないこと」を強調しているのに注目だ。ネバリとか糸引きをなるべく抑えようという意図がわかる。
ネットで調べてみたらクック・パッドにもほぼ同様のレシピが紹介されていたが、そちらはこれらの材料をよく混ぜ合わせることになっていて、そこが決定的に違っている。

これならご飯の旨ささを損なうことなく納豆を美味しく食べられそうだ。というわけで、さっそく試してみることにした。
勢い込んだ私は、わざわざこのために新しく塩とごま油を買ってきた。いつも使っているものより少し値段が高めのものだ(上のレシピには「こだわりの塩」と書いてあったので)。
しかし、この二つは近所のスーパーでも上を見るとけっこういい値段のものがある。ふだんはあまり注目していないので、そんな「高級品」がスーパーに置いてあることにちょっと驚いた。

では、今回のメニューを紹介。
お米は富山産のコシヒカリ。近所のスーパーで売っていたもの。一番安い茨城産のコシヒカリが売り切れだったので、その次に安かったこれを買った。
味噌汁は、このところおなじみの「無添加・円熟こうじみそ」という名前のもの。長野県下諏訪町のひかり味噌製の信州味噌。近所のスーパーで安売りしていた。
今日の味噌汁の具材は小松菜とお豆腐。
かんじんの納豆は、「天狗納豆 大粒」という名前のもの。天狗納豆と言えば、水戸では有名な納豆メーカー(「総本家」と「水戸元祖」の2社あり)。てっきりそその製品かと思ったら、茨城県土浦市のひげた食品㈱の製品だった。
水戸のメーカーにそっくりな天狗の絵も描いてあって紛らわしい。商標上の問題はないのだろうか。
ちなみに水戸納豆と言えば「小粒」が特徴の一つ。なのに、「大粒」とうたっていて何か変だなあとは思ったのだ。50グラムのパックが2個のセット。当然安売りしていたもの。

塩は「和の豊塩(てしお)」(㈱日本海水製)。国産原料100パーセント使用が売りらしい。いつもはもっと安いものを使っているのだが、上に書いたように、ちょっといいものというつもりで買ってきた。
ごま油は「九鬼純正ヤマ七胡麻油」(三重県四日市市の九鬼産業㈱製)。いつもは「かどやの純正ごま油」を使っているのだが、これよりちょっとだけ値段が高めのものを選んでみた。
瓶のラベルを見ると九鬼産業は創業明治19年を誇っている。ついでに見てみたら、いつもの「純正ごま油」のメーカーであるかどや製油の方は、何とさらに古い安政5年創業とのこと。堂々たる老舗だったのだ。恐れいりました。

それではいよいよ実食。
ご飯は前回と同様に1.5合炊いてそれを二等分する。一回分のご飯は約240グラム。
納豆は40グラムのパックを三つセットにして売っているのが普通だが、今回買ったのは50グラムが2パックのセット。ご飯240グラムに納豆40グラムではちょっと少ないと思ったからだ。これでもまだややさびしい量かもしれない。

ただ前回の玉子のときにも感じたことだが、この場合の「おかず力」は結局、塩加減次第。
例によって事前に塩の分量を決めておこうと思った。前回の学習によると、ご飯のどんぶり一杯分として塩1グラムくらいまでなら許容範囲。
そこで、キッチン・スケールで試しに計ってみたら、1グラムの塩というのは見た目では相当の量だ。こんなにはいらないだろうと思ったので、様子を見て適宜にかけることにする。ごま油も同様に適宜ということに。

今日も前回に使ったちょっと大き目の深型の器をどんぶり代わりに使用する。
この器にご飯を盛りつける。キッチン・スケールで、1.5合のちょうど半分、240グラムをちゃんと計る。
ご飯の表面を平らにならし、そこへ、パックから納豆をあける。パックの形のまますっぽりと四角い納豆をご飯の上にのせるつもりだった。ところが粘り気が強くてパックからはがすようにしないと離れない。ご飯の上にぐずぐずと散った納豆をまん中辺に集める。名前のとおりかなりの大粒納豆だ。
その納豆にまずごま油をたらす。ご飯には直接かからないようにする。ご飯にかかると、たんなる「油めし」になってしまいそうなので。
次にその納豆の上に、塩を指でつまんで三回ほどまわしかけた。
さらにその上に、黒コショウと白ゴマをふりかける。この二つは、多少ご飯にかかっても気にしないでたっぷりとかける。納豆が、コショウとごまにまぶされて見えなくなるくらい。

では食べ始める。味噌汁をひとすすり。
納豆の周囲の白いご飯の部分から箸を入れ、納豆部分をそれにのせようとする。しかし粘り気が強力で、なかなかうまくのらない。
そこで納豆を少しずつほぐしてご飯と一緒に口に運ぶ。
まあ当然だけど、やっぱりこれは納豆だった。
たしかにごま油の風味が効いている。荒挽きの黒コショウと白ゴマの香りと食感が、プチプチ、サクサクとよいアクセントになっている。そして塩にはほのかな旨みを感じる。
でも結局、納豆の風味がそれらに勝ってしまっている。やっぱりこれは納豆ご飯だ。

たぶんごま油は風味を付け加えるだけではなく、納豆の匂いとネバネバをコーティングするはずなのだろう。だが、今回のこの納豆にはかなわなかったようだ。ネバネバに加えて、口の中はベタベタになる。
ただこの油は、ごま油にしては、かなりさらっとしている(少し高級品だからか?)。そして、やっぱり油と塩気のコンビには、ジャンク的な旨さがある。
結局、納豆ご飯の美味しさに、油と塩の旨みを足して食べている感じになった。

いつものようにどんぶり飯のペースはどんどん加速してしまう。何しろ油で口の中は滑らかになっているからなおさらだ。
食べ進んでいくと、やはり納豆が先になくなってしまった。
あとはご飯と器の底のほうごま油が少したまっているだけ。仕方がないので、この「油めし」にコショウをかけて、味噌汁をおかずに食べる。まあ、これもなかなかオツな味ではあるのだが。
ちなみにこちらもTBSラジオ「食卓応援隊」で以前に聞いた話だが、あるシェフが「ご飯のお供」のひとつとして、コショウを挙げていた。ご飯にかけると、ご飯の甘みが引き立つのだとか(私はあんまり感じないけど)。
そうこうしながら一杯目は完食。

さっそく炊飯器から残りのご飯を全部よそって二杯目を作成。
一杯目と同じに作った後、その上に刻みネギを散らしてみる。
納豆とごま油のせいでもたっとしている口の中を、少しでもシャッキリさせたかったのだ。

一杯目を反省して納豆が最後まで足りなくならないよう配分を考えながら食べる。ネギは香りはもちろん、歯応えのシャキシャキ感がなかなかよい。
もちろんご飯と納豆は出来るだけ混ぜないように心掛けているのだが、食べ進むと納豆がご飯の上に散ってしまう。無駄な抵抗はやめて、後半は「かっこむ」ことにする。
そして最後は口の周りまで油で汚しつつ二杯目も完食。

今回の結論。納豆は煮ても焼いても、どう転んでもやっぱり納豆だということ。
とにかく納豆は美味しくいただけた。とくに塩味なので、ストレートに豆の旨さを感じることができた。
ただこの食べ方、ご飯は納豆で汚さなかったものの、結局は油で汚してしまったことになる。まさに「塩油めし」状態。でもそれはそれで美味しかったので、ょしということにしよう。

2012年12月4日火曜日

実食「一汁無菜」 玉子でご飯(後編)

前回紹介した二つのきっかけがあって、今回は二つの方法で玉子かけご飯を食べてみることにした。魯山人風とカルボナーラ風だ。

ご飯はこれまでどおり1.5合。このシリーズでは、いつもならはこれをお茶碗四杯に分けて食べている。しかし、ご飯一杯に玉子一個で、計四個というのではいくら何でも多過ぎる。三個でもちょっと多いような気がする。そこで、玉子は二個ということにした。
したがってご飯は二等分にする。そうすると一回分のご飯は約240グラム。
ちなみに吉野家の牛丼並盛のご飯の量は260グラムとか。それよりはちょっと少ないが、これを玉子一個で食べるのはちょっとさびしいかもしれない。

レンジで加熱するカルボナーラ風玉子かけご飯については、じつは事前に何回か実験を繰り返した。その結果ベストと思われる作り方が次のようなものだ。

〔カルボナーラ風玉子かけご飯のレシピ〕

① 玉子(1個)は黄身と白身に分ける。
② 白身をボールに入れて、箸でよく溶いて出来るだけサラサラにしておく。
③ どんぶりに盛り付けたご飯(240グラム)のまん中にくぼみを作り、そこへ白身をそっと流し入れる。
その白身をくぼみの周りに箸で広げながら表面に近い部分のご飯と軽く混ぜてなじませる。
④ ここへしょう油(小さじ1)をかける。
⑤ この後、どんぶりごと電子レンジに入れて加熱する。
500ワットで30秒ほど(短時間なのでラップは不要)。
⑥ 加熱後、その上に黄身を落とす。
これで完成。

なお、しょう油の量はいくつかのレシピで、ご飯一杯、卵一個につき小さじ1となっていたのでこれに従うことにした。しかし、今回の場合ご飯の量が多いので、このしょう油の量ではもの足りないかもしれない。
塩分的にはしょう油小さじ1は塩分0.9グラム。これを二杯食べるわけだから塩分は合計1.8グラム。みそ汁と合わせて一食で2.8グラム。一日の塩分の基準値は10グラム以下(男性の場合)だから、十分一食分の許容範囲内ということになる。

では、今回のメニューを紹介。
お米は富山産のコシヒカリ。近所のスーパーで売っていたもの。一番安い茨城産のコシヒカリが売り切れだったので、その次に安かったこれを買った。
味噌汁は、前回同様味噌が「無添加・円熟こうじみそ」という名前のもの。長野県下諏訪町のひかり味噌製。いわゆる信州味噌で米味噌。近所のスーパーで安売りしていたものだが、けっこう美味しい。
今日の味噌汁の具材は長ネギと油揚げ。
玉子は やっぱり安売りしていた10個160円くらいのもの。
しょう油はヤマサの「有機丸大豆の吟選しょうゆ」。これもスーパーで安売り。全部安売りばかりだったな。

それではいよいよ実食だ。
まずは魯山人風玉子かけご飯から。
今日はちょっと大き目の深型の器をどんぶり代わりにする。ちょうどいいどんぶりは、去年の地震で割れてしまってないのだ。 
この器にご飯を盛りつける。分量の感じが分らないのでキッチン・スケールでご飯をちゃんと計った。1.5合のちょうど半分は240グラム。
ご飯の表面を平らにならし、さらにお箸で中央に玉子を入れるくぼみを作っておく。

お湯を沸かして沸騰させておいた鍋の火を止めて、お玉にのせた玉子をそっとお湯の中に入れる。玉子はあらかじめ室温に戻しておいたので、入れるのは50秒ほど(冷蔵庫から出したばかりの場合は1分間とのこと)。
引き上げた玉子を、ご飯のくぼみに割り入れた。殻に接していたあたりの白身は熱で少し白っぽくなっている。

箸で玉子をそっと崩し、くぼみの周囲に少しだけ広げる。あんまりご飯と混ぜたくないのだ。
しょう油を玉子の真ん中に注ぐ。ご飯にかかるとそのまま下にしみていってしまいそうだからだ。
上から見るとどんぶりの周囲に白いご飯がそのままあり、玉子があるのは真ん中あたりだけ。このままなるべく混ぜないようにして食べていくことにする。

周囲の白いご飯からまん中にむけて箸を入れる。白いご飯と玉子混じりのご飯を一緒にすくって口に運ぶ。
ふんわりした感じ。黄身がややとろっとしている。白身は混ぜていないのに、箸にのせたご飯から逃げていかない。なるほどなかなかおいしい。
玉子ご飯を白いご飯にのせるようにして食べ続ける。あえて混ぜないので、そのつど味が微妙に違って飽きない。かなり濃厚なねっとり感が口の中に広がる。ときどきすする味噌汁が、ちょうどいい口直しになる。
しかし、どんぶり飯というのは、やっぱりいつの間にか食べるペースが早くなってしまうな。あっという間に残り少なくなる。玉子が先になくなるのがちょっと心配だったが、底の方にしょう油が少したまっていて、この塩気できれいに食べきってしまった。

続いて二杯目。今度はカルボナーラ風玉子かけご飯だ。炊飯器から残りのご飯を全部器によそう。
ご飯の表面を平らにならし、まん中にくぼみを作るのは前と同じだ。
そこへあらかじめ黄身と分けてボールで溶いておいた白身を流し込む。白身はにょろにょろがないように、かなりしつこく切るように混ぜておいた。そうしておかないと、この後ご飯とよくなじまない。
いったんくぼみに収まった白身を、箸で周囲に広げながら表面のご飯と混ぜる。こうしないと、加熱したとき白身がまとまったまま固まってしまうことがある。かといって、ご飯全体と混ぜ合わせてしまうと、ご飯がひとつに固まってしまう心配がある。

それから広げた白身の部分に、しょう油を小さくまわしかける。ご飯にはかけないようにする。こうすると、加熱したときしょう油の香ばしい香りがたつのだ。
先にしょう油を白身と混ぜてしまうとこの香りがしないし、加熱後にかけると香りのたち方が弱い。
なお先に紹介した「たまごソムリエ」の小林さんは、この香りを楽しむためには、先に熱いご飯に直接しょう油をかけることを推奨しているが、私の場合そうするとご飯がべちゃべちゃになるのでいやなのだ。

そして、器ごと電子レンジで30秒加熱する。取り出すとしょう油の香りが香ばしく漂ってくる。白身は部分的にやや白くなりかけているが、全体としてはとろっとした感じになっている。
 ここへ、分けておいた黄身を落とす。そしてそれを箸でそっと割って少し広げる。こうするとご飯も加熱して熱くなっているので、黄身がやや半熟状態になっていくのだ。

これも周囲の白いご飯に、中央の玉子と混じったご飯を乗せるようにして箸ですくいながら口に運ぶ。あつあつで美味しい。黄身がとろっとして、かなり濃厚なコクがある。ちょっと温めるだけで、こんなに豊かで濃厚な風味になるのだなあと感心する。
玉子混じりのご飯をおかずに、白いご飯を食べている感じ。これでしょう油が高級品ならもっともっと美味しいだろうけど…。
どんぶり飯はあいかわらずするすると進んでいく。器の底の方にたまりかけていたしょう油と黄身のしみたご飯を、かき込むようにしてあっという間に二杯目も完食してしまった。美味しかった。
私としては、加熱度が高くてその分とろみの強い二杯目のカルボナーラ風の方がより美味しいと感じた。
とにかく玉子の濃厚でねっとりしたコクをとことん堪能した感じだ。口の中がけっこうべっとりする。でもとにかく満足。

2012年12月3日月曜日

実食「一汁無菜」 玉子でご飯(前編)

今回は玉子でご飯だ。
ただし私は生玉子が少し苦手。だから、玉子をご飯にかけて食べるのだけれども、ごくフツーの玉子かけご飯とはほんのちょっと趣向を違えてある。「純粋」玉子かけご飯フアンの方は、あらかじめその辺は御了承を。

<玉子かけご飯についての話題あれこれ>

前回、辛子明太子でご飯を食べたとき、「好きなごはんのお供ランキング」(gooランキング、2011年5月実施)を紹介した。このランキングで玉子は、第1位の辛子明太子、第2位の納豆についで、堂々の第3位に入っている(以下の順位が気になる方は前回の記事をどうぞ)。
玉子の人気度はかなり高いわけだ。しかも玉子をご飯にかける食べ方には、「玉子かけご飯」という名前が付いている。つまりひとつのちゃんとした料理として一般に認知されているということだ。
玉子には単なる「ご飯のお供」と言ってしまっては申し訳ないような「特別」感というか「豪華」感がある。となると玉子で食べるご飯を「一汁無菜」(つまりちゃんとしたおかずはないということ)と言ってしまっては、ちょっと失礼なのかな。

それはともかくとして、ためしにウィキペディアの「卵かけご飯」の項を見てみたら、その説明の分量の多いことにまずびっくり。こんなに書くことがあったのか。とくにその作り方の微妙な差異についての分類には唖然とするほどだ。
たとえば、ご飯に玉子をかけるにあたって、玉子を先に別の器で溶いておく方法と、直接ご飯に割り入れる方法があること。またそのとき、ご飯の表面にくぼみを作っておくか作らないかという二通りのやり方があること。
さらにその際、しょう油を先に玉子に混ぜておくか、それともご飯に玉子をのせた後からかけるか、あるいは玉子の前にご飯にかけておくかという三つの選択肢があること。
また、そもそも最初に茶碗に玉子を入れておいて、そこへご飯を入れる方法もあること等々…。
さらに、これらの手順において、ご飯の上に作るくぼみの大小や、その後のご飯とかき混ぜる際の速さ・強さ・時間などによって、食感が変化するという。そのこだわりたるやあきれるばかりだ。 こういう記述の背景にある情熱とは、いったいどこから来るものなのだろう。

しかし、さんざんこんな手順の微妙な差異について紹介した挙句に、ウィキペディアはそれを次のようにくくって爆笑を誘うのだった。
「その作り方は好みによって各種存在する。しかし、どれも結果として味には大差が無く、個人のやり方の問題である。」

なおウィキペディアのアドバイスの中に、炊きたての飯を使うと玉子が半熟状態になりやすいので、これを嫌う人は、炊き上がったご飯を茶碗によそって、ある程度冷ましてから使うとよい、なんてことが書いてあった。玉子が半熟になることを嫌う人がいるのだということを、私は初めて知った。

<生玉子嫌いの弁>

こんなに人気のある「玉子かけご飯」だが、じつはこれが苦手という人も案外多いのではないだろうか。冒頭に書いたように私もその一人であり、あまり好んで食べようとは思わない。

私の場合、とにかくご飯は白いままで食べたいのだ。せっかくのおいしい白いご飯を、他の味の汁などで汚したくない。その食感と甘さを、それだけでじっくり味わいたいと思ってしまう。
だから牛丼の「ツユだく」なんてのは、私に言わせればもってのほかだ。天丼やカツ丼なども、ご飯の中にしみていったツユが、どんぶりの底にたまっているのはイヤ。底に届く手前で止まるくらいがぎりぎり許容範囲だ。
 私はカレーも大好きだが、ルーとご飯はあくまでスプーン上で混じるべきであって、皿の上でぐちゃぐちゃになっているのはよろしくない。
あと雑炊というものがあるが…、あれはもうご飯とは別の食べ物と思うことにして許すことにしている。

さらについでに言うと、同じような理由で私は納豆もあまり好きではない。これもさっきの「ごはんのお供ランキング」では、第2位と高位につけているわけなのだが。
私が納豆を食べる場合は、ご飯にかけないで、そのまま単独で食べたりしている。

そんなわけで玉子かけご飯も、ご飯と玉子がぐちゃぐちゃに混じりあうという点で好きになれないのだ。
しかし、玉子そのものはきらいではない。半熟の玉子のとろっとした黄身は、誰かも言っていたように最高の「ソース」(フランス料理で言うところの「ソース」)だと思う。あれならご飯にかけて食べてもいい。あくまで混ぜないようにしてだが…。
それから生玉子をご飯にかける場合、何と言ってもあの白身のにゅるにゅるがいやだ。ご飯をぐちゃぐちゃにしつつも、なお食べようとすると逃げていってしまうつかみどころのなさ。

だからこれまで玉子でご飯を食べることになった場合は、まず黄身と白身に分け、黄身だけをご飯にのせていた。白身は器にからそのままズルッと飲み込んでしまう。
調べてみたら、玉子かけご飯として黄身だけ食べる食べ方も実際にあるとのこと。こんなことしているのは私だけではなかったらしい。その場合、中にはなんと白身を捨ててしまう人もいるのだとか。

<魯山人の「究極の玉子かけご飯」>

そんな私が今回は玉子でご飯を食べてみようと思ったのである。きっかけは二つあった。
ひとつは北大路魯山人の「究極の玉子かけご飯」というものを知ったこと。もうひとつは、玉子かけご飯をちょっとだけ加熱して食べるという話を聞いたことだった。

順に紹介しよう。ネットを見ていたらたまたま美食家として有名な北大路魯山人が、「この世で最もうまい食べ物」と評したという究極の玉子かけご飯についての記事を見つけた。一昨年、NHKテレビで紹介されて話題になったらしい。
そう言えば、このことと直接関係あるのかどうか知らないが、ちょうどその頃、玉子かけご飯がちょっとしたブームになっていた。いろいろなアレンジ・レシピを紹介した本なんかも出ていたことを思い出す。

私も魯山人の食に関する随筆は大半読んだつもりだが、この玉子かけご飯の話は知らなかった。その魯山人の「究極の玉子かけご飯」とは、いったいどんなものなのか。
それは、作り方にコツがあった。ご飯にかける前に、その玉子を自らの掌(たなごころ)で30分間温めるというのだ。こうすれば、玉子本来の美味しさを引き出せる温度になるということなのだろう、たぶん。なるほどっ…、でも簡単過ぎてちょっとがっかり。だがこの段取りには、さらに精神的な深い意味合いが込められているのかもしれない。
しかし簡単だけど、実際にこのとおりやろうとすればは大変な手間ではある。そこで「たまごのソムリエ」小林さんという方が、この魯山人のやり方を簡略化した方法を紹介していた。
それは、玉子をホンの少しだけ茹でるという方法だ。おタマに乗せて、そっと熱湯に入れる。冷蔵庫から出したばかりなら一分、常温なら50秒弱とのことだ。これならちょっとやってみようかなという気持になる。

玉子でご飯を食べようと思ったもう一つのきっかけは、玉子かけご飯をレンジでちょっと加熱するという食べ方を耳にしたことだ。
あるラジオ番組で玉子かけご飯が話題になっていたときのことだ。それぞれ自分の食べ方を紹介していた中で、ある人が、玉子をご飯にかけた後、お茶碗ごと電子レンジでちょっとだけ加熱すると言っていたのだ。なるほど。こうすれば、あのべちゃべちゃした状態が、カルボナーラのようにとろとろとした食感に変わるのではないか。これなら美味しそうだ。

結局どちらも生の玉子をほんの少し加熱して食べるという点が共通している。ちょっととろっとなった玉子を想像すると、さっそく食べてみたい気持になったのである。

 では、その制作と実食は次回後編で。

2012年11月30日金曜日

公園日記 「水戸市七ッ洞公園」

11月も終わりに近いある日、水戸市の七ツ洞公園に散歩に出かけた。
七ツ洞公園は、かなりユニークというかヘンテコな公園だ。園内に何ともおかしな珍風景、オモシロ景観が展開されている。
この公園はイギリスの設計事務所によって設計されたイギリス式の庭園とのこと。だから谷の上下の端にある建物(パヴィリオンというらしい)をはじめ、園内のあちこちには、西洋風の構築物が設置してある。谷の隣には「秘密の花苑(はなぞの)」という花壇なんてのもある。
日本のごく普通の田舎の風景の中に、いきなり昔の西洋風の建物が場違いにあるところが何とも突飛でヘンテコなのだ。

七ツ洞公園は,水戸市の北西部、那珂市に接するあたりにある。このあたりは那珂川の両岸に広がる平地を見下ろすように那珂台地のへりが川と平行して続いている。この台地に深く切れ込んだ谷のような地形を生かして作られているのがこの公園だ。
このあたりには横穴式の古墳が七つあったとのことで、それが「七ツ洞」の地名の由来とか。このうち四つの横穴が現在は池に水没しているそうで、水が少なくなると見えるらしい。
広さは約8ヘクタール。細長い谷には、湧き水をダムでせき止めて大小五つの池が並んでいる。この池を囲むようにして両側に森がある。水と緑が豊かな公園だ。

けっして山奥ではないが、公共交通機関によるアクセスはかなり不便。最寄りのバス停からは20~30分は歩かなくてはならない。そういう意味ではかなりへんぴな場所と言える。そんなところに、さっき紹介したようにいきなり場違いの西洋風の庭園が現れるのだから面白い。
今年はこの公園にまつわる大きな話題があった。今年の4月に公開された映画『テルマエ・ロマエ』という映画のロケ地として使われたのだ。
私は見ていないが、この映画は古代ローマのお風呂の設計者が古代ローマと現代日本との間をタイプ・スリップして往復するという話とのこと。その古代ローマのシーンのいくつかが、この公園でロケされたのだ。イギリス式のはずだが、古代ローマのシーンとして使えたわけだ。

この日もいつものように台地の側から公園に入っていった。
例によって人影はほとんど見えない。『テルマエ・ロマエ』の効果で、最近は来園者が増えていると聴いたが、あまりそんな実感はない。まあ今日は平日だしね。
この公園は池の周りを周回するようには出来ていない。南北に並んでいる池の東側のほとりに沿ってずっと木道が続いている。そこを歩いていきながら、それぞれのダムのところで対岸に渡り、また引き返すのが私なりの歩き方だ。渡ったその先に、何がしかのオブジェが建っている。

ダムは谷の上流から順に、「ダムA」、「ダムB」…「ダムD」と名前がつけられている。いかにもお役所式の工夫のないネーミングだねえ。
「ダムA」は、自然の岩が崩れて流れをせき止めたような雰囲気(実際にせき止めているわけではない)になっている。次の「ダムB」は水の中の島に両岸から木の橋を掛けたもの。だから、これも本当はダムではない。
「ダムC」は土の堤。「ダムD」は土手だけど一応、石造りの橋のような様子になっている。つまり上流から下ってくるに連れて、ダムの造りが、太古から近代へと時代を下ってくるようになっている。なかなか凝った趣向だ。それに連れて、池も大きくなってくる。

木道を歩いていって「ダムA」を飛び石のように渡る。その先には、森の中にちょっと奥まって石の門のようなものがある(「フォーリー」と言うらしい)。ところどころ門の石が崩れている。去年の地震で崩れたのか、廃墟を演出するためにもともとそんな風に作ってあるのかは私には判別がつかない。
また木道に戻って下っていく。落ち葉が木道の上にたくさん散っている。次に「ダムB」を渡る。中の島には東屋がある。床にタイルで模様が作ってあり、これが西洋風ということなんだろうな。
またまた木道に戻る。森が池にせまり、木々の下に木道が続いている。自然を満喫だ。池もだんだん大きくなってくる。
「ダムC」に出ると視界が開ける。上流の側にも下流の側にも水面が開け木々の緑が移り込んでいる。左右には森が迫っている。
樹木で囲まれた閉じた空間の底に水があり、その上には空の青だけ。この静かで閉じている感じがとてもいい。まるで、別世界。この公園の中でここが私の一番気に入っている場所だ。穏やかで静かな時間が過ぎていく。

またまた木道に戻る。今度は石の橋の「ダムD」を渡る、今度は引き返さずに向こう岸の東屋のわきから通じている山道に入る。池のほとりの細い道を辿りながら谷の一番下の「ダムE」まで歩いていった。
いつ見てもここにある丸屋根のパビリオンの姿は唐突感があるなあ。そこから少し西側の坂を上がっていくと「秘密の花苑」だ。
 上から見ると円形で十字に通路がある完全に幾何学的な形の西洋式花壇だ。こんな田舎の一画にあるのが何とも「秘密」っぽい、とは言えるだろう。今の季節は花がちょっと寂しい。

ここをささっと抜けて突き当たりの左の出口を抜けると、道は林の中の細道に続いている。ちょっと寂しい気分になる。こんなディープな道を歩く人なんているんだろうか。たぶん月に一人いるかいないかくらいじゃないのかな。
林を抜けると子供の広場がある。遊具が少し置いてある小さな広場だ。この広場と駐車場の間が野原になっている。本当に何もない原っぱで、端の方にちらほらベンチがあるだけ。意図してのことなのかはわからないが、この「何にもない」感がなかなかよい。
誰もいないこの野原を雑草と落ち葉をがさがさと踏みながらぐるっと一周する。

ここからまた池の方に降りていき、森の中の展望台からまた木道に戻った。今度は、上流の方へ戻っていく。
もう一度「ダムA」を渡って向こう岸に渡る。そして、池の向こう側の山道のような道に入る。湧き水で湿った地面に板をおいただけのなかなかワイルドな道だ。板はところどころ腐食してボロボロになっていてあぶなっかしい。
やがて出発した台地の上に帰ってきた。一時間弱のミニ散歩だった。そのヘンテコさも含めて自然が豊かでとてもよい公園だと思う。