2012年12月22日土曜日

キング・クリムゾン『太陽と戦慄』への道のり(第3回)

<1972年末の英国国内ツアー>

1972年10月にドイツでのウォームアップ的な演奏を終えて新生キング・クリムゾンは帰国する。そして、翌11月から12月にかけて英国国内ツアーに突入した。
この英国ツアーは、11月10日のハル・テクニカル・カレッジから12月15日のポーツマス・ギルドホールまで一ヶ月ちょっとの間に27箇所を巡るという相当にタイトなスケジュールだった。
彼らはこの間ほとんど毎日のように演奏を続けたことになる。
フリップはこの時期を振り返って、「魔法のような雰囲気」が漂い「希望と可能性」に満ち溢れていた、と語っている(『レコ・コレ』誌2012年12月号p.77)。メンバーたちにとっては、おそらく緊張と陶酔の日々だったのではなかったろうか。

■ 1972年11月10日 ハル・テクニカル・カレッジ公演(Hull Technical College

『太陽と戦慄 40周年記念ボックス』では、このツアーの初日、11月10日のハル・テクニカル・カレッジ公演が、ディスク4と5に収録されている。
コンサートのコンプリート収録ということもありぜひ聴いてみたいが残念ながら私には聴く方法がない。

このディスクの曲目表によると、アルバム『太陽と旋律』のための新曲6曲と即興曲2曲、そして注目されるのは最後に「21世紀のスキッツォイド・マンTwenty First Century Schizoid Man)」が演奏されていることだ。
ツアー最終日のポーツマス・ギルドホール公演も曲の並びがまったく同じなので、これがこのツアーの固定的なセット・リストだったと思われる。

■ 1972年11月13日 ギルドフォード・シヴィック・ホール公演(Guildford Civic Hall

『40周年記念ボックス』のディスク6に収録されている。内容は『コレクターズ・キング・クリムゾン』シリーズとして既発だ。

上のハル公演の後、ヨークでの公演をはさんで、ツアー3箇所めとなる公演。この音源は、コンサートのコンプリート収録ではなく、一部分のみの収録だ。「太陽と戦慄パート1Larks' Tongues in Aspic, Part One)」、「土曜日の本(Book of Saturday」、「放浪者(Exiles」の3曲と即興が1曲。

『記念ボックス』のディスクの曲目表記が、私の持っている『コレクターズ・…』シリーズ盤より一曲多い。新規の音源かとちょっとどきっとした。しかし、これは「放浪者」の後に収録されていたノンクレジットの即興曲の断片を、あらためて一曲に数えただけと思われる。
というわけでセット・リストト的には不完全な音源だが、音質は『コレクターズ・…』シリーズとしては、非常に良好だ。しかも演奏の内容も素晴らしい。

「太陽と戦慄パート1」は、ズーム・クラブの演奏と同様ヘヴィかつ混沌とした印象。生々しい緊迫感があって、この曲のこの時期のライヴとしては最高の演奏ではないかと思う。

「土曜日の本」は、フリップのアナウンスで、「Dairy Games」と紹介されている。この時期にはまだこのタイトルで呼ばれていたことがわかる。

インプロヴィゼーションは、珍しくメロトロンとリズム隊による怒涛のような音の洪水から始まるパターン。
そのまま前半はリズム隊がリードしてダイナミックな空間を作る。それにのってギターも例のストローク・プレイで何度か爆発。
その後いったんヴァイオリン・ソロによる静かなパートになるが、そこにまたギターが絡んでじわじわと再び盛り上がっていく。メンバーの表現意欲がふつふつとたぎっているような充実した演奏だ。

「放浪者」は録音が途中でぶつっと途切れ、その後に即興曲の断片が入ってCDは終わる。ブートレガーに何か演出意図があったのだろうか。

というわけで現在聴くことのできるこのツアーの演奏の中ではこれが最高のできだと思う。コンサートのコンプリート収録なら最高だったのだが。

■ 1972年11月25日 オックスフォード・ニュー・シアター公演(Oxford New Theatre

『40周年記念ボックス』のディスク7に収録されている。これまでダウンロードのみで流通していた音源とのこと。
私はブートレグで所有している。タイトルは『The Ultimate Live Rarities Volume.2』というもの。ちなみにこれの『…Volume.1』は、下の12月15日のポーツマス公演の音源だ。
このブートの音質は悲しいくらいにお粗末。LPから直接CDに起こしたいわゆる「皿落とし」もの。けっこうスクラッチ・ノイズが入る。あんまり音がひどいので、手に入れたもののあんまり聴いていなかった。

収録の曲目は上のギルドフォード音源と、どういうわけかまったく同じ。「太陽と…パート1」、「土曜日の本」、「放浪者」の3曲と即興1曲。『記念ボックス』のディスク7も曲目が同じなので、このブートと同じ音源なのだろう。どのくらい音は良くなっているのだろうか。

「太陽と戦慄パート1」は、中間部の間奏はいつもより長め。フリップがリズム隊と張り合うように終始細かいフレーズを弾き続ける。全員がもつれ合いながら突進していく壮絶な展開が聴ける。

「土曜日の本」から連続して即興曲へ。これはこれ以前の音源ではなかったつなぎ方だ。即興曲は『記念ボックス』の曲目表記で「Booiean Melody Medley」というタイトルであることがわかった。
最初はギターとヴァイオリンによる素朴で静かなメロディーから始まる。まるで「土曜日の本」の間奏のようだ。というか、これは本当に「土曜日の本」の後半部なのかも。
 やがて中盤、変則エイト・ビートのスペースが延々と続く。ミューアの打ち鳴らす音の断片を浴び、メロトロンの風にゆるゆるとあおられながらのジャム・バンド風展開は、何とも気持ちよい。
その後はテンポを落としてヴァイオリン中心のパートになるのだが、何となく収拾のつかないまま次の「放浪者」へと続いていく。

ツアー開始から2週間。このオックスフォード公演は良くも悪くもかなりこなれた演奏と言えるだろう。

■ 1972年12月1日 グラスゴー・グリーンズ・プレイハウス公演(Glasgow Greens Playhouse

『40周年記念ボックス』のディスク8に収録されている。これまで未発表だった音源。
私はブートレグで所有している。タイトルは『Mad King Crimson』。2枚組で、そのディスク1がこの音源だ。ちなみにディスク2は、下の12月15日のポーツマス公演。だからタイトルの「Mad」は、当然「マッド」なミューアの在籍していたクリムゾンとう意味だろう。

収録曲はこれもコンサートのコンプリートではない。アルバム『太陽と戦慄』収録の最後の2曲を除いた4曲と即興曲が2曲。これも、曲目から見て『記念ボックス』と同音源と思われる。

このブートも音はひどい。オーディエンス録音で、「太陽と…パート1」の中間部などは音がモコモコして何をやっているのかほとんどわからない状態だ。

即興曲「A Viniyl Hobby Job」は 「土曜日の本」から連続していて、しかも前曲の雰囲気を引き継いで始まる。上のオックスフォードのときと同じパターンだ。
ディレイを使った一人多重奏を含むヴァイオリン中心の長い演奏が続く。そこから全員が一丸となって盛り上がっていく中盤は見事。
後半は一転してゆっくりしたリズムになり、そこにメロトロンの無調的なひょろひょろ音が絡んだりして、ちょっと現代音楽的な雰囲気。そこから何となく盛り上がりきらないまま「放浪者」に移っていく。

「イージー・マネー」の中盤の間奏は、メロトロンに乗ったゆったりとした空間で、ほとんど即興演奏の趣(おもむき)だ。

その次の即興曲「Behold! Blond Bedlam」は東洋的な響きで、打楽器も入るがビートは刻まない。弦楽器中心の叙情性を強く感じさせる展開。後のアルバム『暗黒の世界』の「トリオ(Trio)」を思わせる曲だ。
最後の方でほんのちょっとミューアのソロ・パフォーマンスらしき音が聴こえる。

ツアーも後半に入り、毎回違う即興演奏を繰り返す中で、さまざまなインタープレイの形を模索していることが感じられる。

■ 1972年12月15日 ポーツマス・ギルドホール公演(Portsmouth Guildhall

『40周年記念ボックス』のディスク9に収録されている。これもこれまで未発表だった音源。
私はブートレグで所有している。上にも書いたが2種あって、ひとつは、『The Ultimate Live Rarities Volume.1』。もうひとつは、『Mad King Crimson』のディスク2だ。後者の方が少しだけ音質は良い。オーディエンス録音と思われるが、オックスフォードやグラスゴーに比べると、かなりマシな音質。

収録曲はやはりコンプリートではないが、欠落はオープニングの「太陽と戦慄 パート1」一曲のみ(惜しいなあ)。2曲目以降はそのまま収録されている。即興曲2曲と最後に「21世紀のスキッツォイド・マン」が演奏される。

どの曲もほぼ完成形になっていて、この翌月に録音されるスタジオ・ヴァージョンと細かいアレンジまでほぼ同じ形で演奏されている。そのせいもあり、またツアー最終日ということもあるのかもしれないが、「土曜日の本」、「放浪者」、「イージー・マネー」など、どの曲も確信に満ちた演奏というふうに聴こえる。
とくに、「イージー・マネー」の間奏のメロトロンの音などまるで吹きすさぶ嵐のよう。

演奏はこれまでと同様「土曜日の本」から即興曲につながり、そのまま「放浪者」へと間断なく連続している。

即興曲「An Edible Bovine Dynamo」は、打楽器入りの「トリオ」といった感じの叙情性あふれるパートから始まる。その後ミディアムなテンポにのってギターが鳴り続け、どっしりと重戦車が進んでいくような展開。これまでときどきあった一丸となってつんのめっていくようなところはない。

「イージー・マネー」に続く即興曲「Ahoy! Modal Mania」はアブストラクトな現代音楽的展開。ミューアも大活躍だ。終始アグレッシヴで緊張感あふれる刺激的な演奏が続く。
 ツアーを通じて鍛えてきた集団即興演奏の極限の姿といった感じ。

次の「トーキング・ドラム」との間には、ミューアがラッパを吹きながら雄たけびをあげるヘンテコなソロ・パフォーマンスのパートもある。
「太陽と戦慄 パート2」の中盤で聴こえるたぶんミューアの発しているのであろうバンッ、バンッという爆発音(?)が何とも暴力的。

唯一の過去の曲「21世紀の…」は、アルバム『太陽と戦慄』のための新曲と意外なほどに違和感を感じさせない。
ジョン・ウェットンがグレッグ・レイクと同タイプの「大仰系」ヴォーカだからということもあるだろう。ウェットンのヴォーカルは、この曲にぴったりとはまっている。
またビル・ブラッフォードがオリジナル・ドラマーのマイケル・ジャイルスと同タイプのドラマーであるせいもある。二人は、変拍子でスイングする知的で鋭角的なドラミングという点で共通している。

このポーツマス公演は、まさにツアーの最後を締めくくるにふさわしい充実した演奏と言えるだろう。
こうして、怒涛の英国ツアーは終了し、翌月、クリムゾンはいよいよスタジオへ入ったのだった。

このツアーのまとめなどを、次回に書いてみたい。というわけで、次回につづく。

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