2014年3月21日金曜日

ローリング・ストーンズ 『ラヴ・ユー・ライヴ(LOVE YOU LIVE)』


■ストーンズの来日

先日、ローリング・ストーンズの来日公演があった(2014年、2月末から3月の初め)。私もいっぱしのストーンズ・ファンのつもりではあるが、彼らの来日には全然興味がなかった。
その前の来日のときもそうだったが、今回も彼らの来日の話題が、一般のニュースやバラエティ番組でもさかんに取り上げられていた。ストーンズの存在も、ずいぶん大衆化したものだ。
しかし、どの番組も取り上げるポイントはだいたい同じ。メンバーが高齢なこと(ミックは70歳)と、そのわりに元気だったこと(広いステージの上を走り回っていたとか)のふたつだ。音楽については一言もなし。彼らの音楽そのものが大衆化した、というわけでは全然ないのだ。

私がまったく興味を感じない理由は、今のストーンズが、昔のストーンズとはまったく別物だからだ。21世紀になってからのストーンズのライヴは、サポート・メンバーを大量動員し、セットも巨大化して、バンドの演奏というより一大プロジェクトと化している。私はこれを「ストーンズのユーミン化」と呼んでいる(笑)。音は完璧だが、昔のような「熱さ」やスリルはもう望むべくもない
高いお金を出してそれを見に行くよりは、家で彼らの昔のアルバムを聴いている方がよっぽど楽しい。


■祝初紙ジャケ化

話は変わって、私にとって昨年の大きな収穫のひとつが、ストーンズの『ラヴ・ユー・ライヴ』の紙ジャケ盤だった。年末にひっそりと(?)発売されたので、もう少しで見逃すところだった。
このアルバムは、たぶんこれが初めての紙ジャケ化なのではないだろうか。ストーンズ・レーベルの主要なアルバムは、何回も繰り返し紙ジャケ化されているのに、どういうわけかこのアルバムだけは、そこからもれていたのだった。
だから今回の発売は、私にとっては「やっと」という感じ。すでにこのアルバムは手元に2枚あるのだけれど、また買ってしまった。
そこで今回は、あらためてこのアルバムについて、感想や、聴いていて気がついたことなどを書いてみることにする。


■私にとっての『ラヴ・ユー・ライヴ』

ネットでこのアルバムについてのレヴューを見ていたら、このアルバムがストーンズの最高傑作と書いている人がいた。人の感じ方はそれぞれだから、どう思おうと勝手だけれど、いくら何でもこれは言い過ぎでしょう。他にもっと良いアルバムはある。
しかし、このアルバムが、ストーンズのライヴ・アルバムの中での最高傑作というのならわかる。たしかにずっと長い間この言い方は正しかったと思う。

だが近年になってちょっと微妙なことになっている。というのも、配信のみではあるがオフィシャル・ブートレグ・シリーズが出たし、また72年ツアーの映像で、長いことお蔵入りしていた『レディース&ジェントルメン』も、正式に発売されたからだ。
つまり多くの人がストーンズのピークと考えているミック・テイラー在籍時の723年のライヴ音源が、陽の目を見つつあるのだ。残念ながらプレスCD化されていないけれど。もし、これらがCD化されれば、『ラヴ・ユー・ライヴ』は、ライヴの最高作の座から降りなければならなくなるだろう。

だがそういう近年の事情は別にしても、ライヴの最高傑作と言われるわりに、『ラヴ・ユー・ライヴ』がずっと冷遇されてきたのはたしかだ。リマスターも他のアルバムより遅かったし、紙ジャケ化もされないままだった。結局、世間的には、大して評価されていないということなのだろう。

私は『スティッキー・フィンガーズ』(71年)と『イグザイル・オン・メイン・ストリート』(72年)ですっかりストーンズにノック・アウトされたクチだ。ところが、その後がいけなかった。続く『山羊の頭のスープ』(73年)と『イッツ・オンリー・ロックン・ロール』(74年)という凡作の2連発で、心底がっかり。以後のストーンズには、興味がなくなってしまった。
そんな私を、再び呼び戻してくれたのが、この『ラヴ・ユー・ライヴ』(77年)だったのだ。そのきっかけとなったのが、愛読していた『ニュー・ミュージック・マガジン』誌に掲載された中村とうようの紹介記事だ。タイトルは忘れもしない「ローリング・ストーンズは前人未到の境地を行く」(!)。『ラヴ・ユー・ライヴ』の紹介記事で、彼らの音楽が「味わい深い」境地に達したとして、このアルバムを絶賛していた。
中村とうようの文章は、ときどき大げさ過ぎるところがある。「ほんとかいな」と半信半疑で聴いてみたら、本当によかったのだ。ずいぶん繰り返し聴いたものだ。ついでに、スルーしていた前作の『ブラック・アンド・ブルー』も手に入れたりした。

『ラヴ・ユー・ライヴ』は私の個人的なストーンズ・アルバム・ランキングで、堂々第4位にランクインしている。ちなみに、この上には『ベガーズ・バンケット』と『スティッキー・フィンガーズ』と『イグザイル・オン・メイン・ストリート』が並んでいる。

ストーンズの黄金期は、1968年のシングル「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」とアルバム『ベガーズ・バンケット』から始まる10年間だ。私にとって『ラヴ・ユー・ライヴ』は、この10年間の最後の輝きを伝えるものと言える。と同時に、この10年の間に突き詰めた米南部志向から、また別の方向へ向おうとする彼らの転換の記録でもある。


1970年代中盤のストーンズ

『ラヴ・ユー・ライヴ』に収録されている音源は、1976年のヨーロッパ・ツアーのうち65日から7日にかけて行われたパリ公演のものが中心だ。これに一部、同ツアーの他の場所での公演や、前年の75年のアメリカ・ツアーからの音源、さらに翌77年に、トロントのエル・モカンボ・クラブで追加収録された音源が加えられている。

この時期、ストーンズは、音楽性の上で何度目かの大きな曲がり角にいた。
角を曲がることになった大きな原因は、何といってもミック・テイラーの脱退だ。72年から73年にかけてのツアーで、ストーンズはライヴのピークを極める。それにはミック・テイラーの貢献が大きい。
そのテイラーが、74年の末に突然バンドを脱退してしまう。制作中だったアルバム『ブラック・アンド・ブルー』のセッションは、そのまま後任のギタリストのオーディションも兼ねることになる。メディアが、これを称して「グレート・ギタリスト・ハント」と呼んだのは有名な話だ。
その結果、周知のとおりロン・ウッドが選ばれたわけだ。ロン・ウッドは、75年の北米ツアーから参加、76年の2月にストーンズの正式メンバーになっている。

ロン・ウッドの参加は、私にとって半分は「納得」で、半分は「意外」という感じだった。というのは、彼がキース・リチャードに似たタイプのギタリストだったからだ。
それまでウッドのいたフェイシズは、ほとんど小ストーンズといってもよいバンドだった。ウッドのギター・スタイルは、キース・リチャードのそれと同じように聴こえた。だから、彼がストーンズに入ったと聴いて、なるほど順当だなと思ったのだ。
しかし、そうなるとストーンズには同じタイプのギタリストが二人並ぶことになる。いわば「ふたりキース・リチャード状態」。これでいいんだろうか。その点が意外でもあったのだ。実際、『ラヴ・ユー・ライヴ』の中には、ところどころで今どっちがソロを弾いているのかわからなくなる瞬間がある。

こうして、ギタリストが交代し、それまでとはまったく違う新しいライヴ・サウンドを打ち出したのが、『ラヴ・ユー・ライヴ』に収録された、75年と76年のツアーだったわけだ。


■『ラヴ・ユー・ライヴ』の音楽性

756年のツアーの音は、723年ツアーに比べると、具体的には次の3点で大きく変わっている。

① ギタリストの交代  これは上に書いたように、ミック・テイラーからロン・ウッドに代わったことだ。テイラーの華麗で滑らかなスタイルと違って、ウッドのギターは控えめで言葉少な。このため曲の印象はだいぶ違っている。ただし、一部の曲でウッドは、テイラーのフレーズをなぞっているよう部分もある。

② ブラス・セクションがなくなったこと  723年ツアーで、ぶ厚いサウンドを作り出していたブラス・セクションがなくなった。その代わりに、キース・リチャードのサイド・ギターと、ビリー・プレストンのピアノ、そしてオリー・ブラウンのパーカッションの比重が高くなっている。が、当然全体の音の質感は変わっている。

③ 米南部志向からの転換  60年代の末から取り組んできた米南部サウンドから、都会的なソウル・ファンク志向の曲も演奏されている。しかし、それとバランスをとるかのように、『ラヴ・ユー・ライヴ』では、ブルースとロックン・ロールのカヴァーを追加録音して収録したサイドを設けてもいる。

このような違いを前提にしてストーンズが、このツアーで打ち出した新たなサウンドを私なりに一言で表現すれば、それはラフでワイルドな音のゆるくて太い束(たば)ということになる。ミック・テイラー期のツアーもラフでワイルドではあったが、ブラスも加わった厚い音が、しなやかでスリリングなアンサンブルを聴かせていた。
これに対して『ラヴ・ユー・ライヴ』は、いろいろな音が同時に鳴っている、ゆるくて太い音の束なのだ。特定の楽器が単独で前に出ることはあまりない。ロン・ウッドのギターも目立たない。バンド全体として鳴り続け、ゆるやかにうねっているのだ。
そこへサポート・メンバーによる、ピアノとパーカッションが加わったこともあり、リズムが細分化して、ところどころでポリリズミックなニュアンスも感じ取れる。
このアルバムはミックスの段階で、かなり大幅な編集とオーヴァー・ダブをしているという。だからこのようなラフな音作りは、きっちり意図されたものであることは間違いない。

ポリリズムといえば、このアルバムには、広い意味での黒人音楽のビートへの視線が、見え隠れしている。ブルースやロックン・ロールのさらにその下にあって、他の音楽とも通底する黒人音楽のビートだ。
たとえばアルバムのイントロのサンバのリズム、「ホット・スタッフ」や「フィンガープリント・ファイル」といったポリリズミックなファンクへのアプローチ、「クラッキン・アップ」でのスカ・アレンジ、「ユー・ガッタ・ムーヴ」や「マニッシュ・ボーイ」でのディープなブルース・カヴァー、そしてラストの「悪魔を憐れむ歌」におけるサンバというよりもアフロなビート。
アルバムのラストのアフロ・ビートは、再び冒頭のサンバのリズムにつながって循環しているようでもある。

ミック・テイラー期の723年のストーンズの演奏は、ブルースやR&Bをベースに生まれたロックのアンサンブルのひとつの頂点だと思う。
『ラヴ・ユー・ライヴ』の音は、またさらにその先を目指していると言えるだろう。黒人音楽の源泉であるアフロ・ビート的なものへのアプローチ。この辺が、『ラヴ・ユー・ライヴ』のキーワードと言えるのかも知れない。


■収録曲とアルバムの構成について

76年ツアーの実際のセット・リストはどうだったのか。これについてはレコード・コレクターズ増刊『ローリング・ストーンズ』(19902月)に、寺田正典作成のものが載っている。
これによると、最新アルバム『ブラック・アンド・ブルー』からの新曲コーナーや、サポート・メンバー、ビリー・プレストンのソロ曲コーナーなんかもあったようだ。しかしそれらの大半は省かれ、結局このライヴ・アルバムに収録されたのは14曲(一部前年の75年ツアーの音源も含む)。
このセット・リストの特徴は、初期の「ひとりぼっちの世界」の一曲を除いてあとはすべて68年の『ベガーズ・バンケット』以降の曲で占められていたことだ。つまり南部志向サウンド。だから収録曲目的には、723年ツアーと大差ないことになっている。

特筆されるのは、このアルバムに追加収録するために行われたと言われているトロントのスモール・クラブ、エル・モカンボでの音源だ。オリジナル曲ではなくて、ブルースとロックン・ロールのカヴァーを4曲、LPの1面を使って収録している。このサイドは、「エル・モカンボ・サイド」と一般に呼ばれている。
なぜツアー音源だけでなく、新たにこれらの曲を録音して追加収録したのか。想像はいろいろ膨らむのだが、これについては後ほど述べる。

さて『ラヴ・ユー・ライヴ』は、LP2枚組で発売された。つまり2枚のレコードの計四つのサイドからなっていたわけだが、これがじつにうまく構成されている。みごとに起承転結が整っているのだ。現在は、CD2枚になっているが、昔のサイドごとに特徴をコメントしてみる。

【ディスクⅠ】
<
サイド1>
1 庶民のファンファーレ (Intro: Excerpt From 'Fanfare for the Common Man
2 ホンキー・トンク・ウィメン (Honky Tonk Women
3 イフ・ユー・キャント・ロック・ミー/ひとりぼっちの世界 If You Can't Rock Me/Get Off of My Cloud
4 ハッピー Happy
5 ホット・スタッフ Hot Stuff

アルバム冒頭、スティール・バンド・アソシエイション・オブ・アメリカによるサンバの喧騒がいきなり聴こえてくる。お祭り騒ぎのように花火が鳴って、大げさなファンファーレの響き。観客の期待が高まる中、MCのコールに導かれて、重々しい「ホンキー・トンク・ウィメン」のイントロが始まる。
じつによくできたオープニングだ。ライヴ・アルバムの秀逸なオープニングとしては、先日記事を書いたばかりのCSN&Yの『4ウェイ・ストリート』と並ぶものだ。

それにしても、コンサートの幕開けに「ホンキー・トンク…」のようなスローな曲を持ってくるなんて、何て渋いんだろう。この1曲目から3曲目までは、実際のコンサートのオープニングのどおりだ。ただし、ここでは3はパリではなくて同じツアーのロンドンでの演奏をつないでいる。

実際のコンサートでは、このオープニング3曲の後、この時点での最新アルバム『ブラック・アンド・ブルー』からの曲の紹介コーナーとなる。テンプテーションズのカヴァー「エイント・tゥー・プラウド・トゥ・ペッグ」(これは『イッツ・オンリー・ロックン・ロール』収録)を間にはさんで、『ブラック・アンド・ブルー』から計4曲が演奏されている。
その内『ラヴ・ユー・ライヴ』に収録されたのが唯一「ホット・スタッフ」だけだったわけだ。ストーンズの新しい音楽の傾向を示す意図があったのだろう。

<サイド2>
6 スター・スター Star Star
7 ダイスをころがせ Tumbling Dice
8 フィンガープリント・ファイル Fingerprint File
9 ユー・ガッタ・ムーヴ You Gotta Move)
10 無情の世界 You Can't Always Get What You Want

このサイドには、『ブラック・アンド・ブルー』の曲紹介コーナーが終わって、コンサートの中盤で演奏された曲目が並んでいる。多少順番は前後しているものもある。
このサイド2は、いろいろな黒人音楽のヴァリエーション豊かな見本市というような趣向になっている。口直し的に始まる「スター・スター」は、軽快なチャック・ベリー・スタイルのロックン・ロール。「ダイスをころがせ」は、ゆったりした南部サウンド。「フィンガープリント・ファイル」はソウルっぽいファンク。「ユー・ガッタ・ムーヴ」はゴスペル風のブルース。そして「無情の世界」は、オリジナルは賛美歌っぽいコーラスの入った壮大なロックだった。

「フィンガープリント・ファイル」は76年ツアーではセット・リストからはずされた曲なので、わざわざ前年の75年ツアーのトロント公演の音源を持ってきている。これを見ても本当に「黒人音楽見本市」にしたかったのではないか。

【ディスクⅡ】
<
サイド3>
1 マニッシュ・ボーイ Mannish Boy
2 クラッキン・アップ Crackin' Up
3 リトル・レッド・ルースター (Little Red Rooster
4 アラウンド・アンド・アラウンド Around and Around

これが「エル・モカンボ・サイド」だ。このアルバムの起承転結の「転」に当たっている。このサイドの前後に、米南部サウンドを志向することで生み出されたたオリジナル曲が並ぶ中で、彼らのルーツ・ミュージックを紹介するコーナーになっている。
レヴューを見ていると、このサイドの評判がえらく高い。このアルバムの中で一番良いなどとまで言う人もいる。たしかにこれらのカヴァー曲によって、このアルバムの評価がおおいに高まったのは事実だろう。しかし、これらの曲を他のオリジナル曲よりも過大に評価するのは本末転倒のような気がする。
これは、ようするに余興というかお遊びであり、アルバムの中での箸休めのようなものだ。だから。もっと、気軽に接するべきだと思う。
それにしても、なぜわざわざ追加録音までして、このようなサイドを設けたのかはちょっとナゾだ。これについては以下で。

<サイド4>
5 イッツ・オンリー・ロックンロール It's Only Rock'n Roll
6 ブラウン・シュガー Brown Sugar
7 ジャンピング・ジャック・フラッシュ Jumpin' Jack Flash
8 悪魔を憐れむ歌 Sympathy for the Devil

サイド2に収録された中盤の曲のあと、ビリー・プレストン・コーナー2曲と「ミッドナイト・ランブラー」が間にはいる。そして、コンサートはいよいよエンディングへ向けての怒涛のシークエンスに突入していく。
このサイド4では、実際のコンサートのエンディング部分をほぼ再現している。ただし録音場所はまちまちで、5は前年の75年ツアーのトロント公演、8も前年のツアーのロス公演の録音を持ってきている。
また実際には、「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」の後に「ストリート・ファイティング・マン」が演奏された。この2曲でエンディングというのは、73年ツアーのセット・リストと同じだ。が、ここでは省略されたわけだ。

ここでコンサート本編は終了し、アルバム最後の「悪魔を憐れむ歌」はアンコールだった。
アルバム冒頭に登場したスティール・バンド・アソシエイション・オブ・アメリカのメンバーが演奏に参加(乱入?)。アフロなビートは、再びアルバムの頭にループしていくようだ。うまくできてるな。


■エル・モカンボ・サイドについて

エル・モカンボ・サイドの4曲は、76年ツアーの翌年77年の3月に、トロントのスモール・クラブ、エル・モカンボ・クラブで録音されたものだ。キャパ500人のこのクラブでのギグは、『ラヴ・ユー・ライヴ』への追加収録を前提に行われたらしい。
と聞けば当然このギグは、76年ツアーでセット・リストに入っていなかった、ブルースやロックン・ロールのカヴァー大会だったのではと想像してしまう。たぶん誰もがそう思ったのではないだろうか。で、エル・モカンボ・サイドのような演奏をもっともっと聴きたいと思って、このときのブートレグを手に入れたのだった。

ところが聴いてみたら全然カヴァー大会なんかではなかった。カヴァー曲はむしろ少なめで、あとはツアーの曲をやっていたのである。
エル・モカンボ・クラブでの演奏は、34日と5日の2日間行われている。『ラヴ・ユー・ライヴ』収録のテイクが録られたのは35日の方だ。
ネットで調べてみると、5日に演奏されたのは全部で23曲。このうちブルースやロックン・ロールのカヴァーは6曲しかない。モカンボ・サイド収録の4曲の他には、チャック・ベリーの「ルート66」と、ビッグ・メイシオの「ウォリード・ライフ・ブルース(Worried Life Blues)」だ。「ウォリード・ライフ・ブルース」は、クラプトンがカヴァーして比較的有名になった曲で、この間出た『アンプラグド』デラックスエディションにも収録されていた。

カヴァー以外でちょっと珍しいところでは、初期のオリジナル・ヒット「Let's Spend The Night Together」とか、『ブラック・アンド・ブルー』のアウト・テイクで、後に「刺青の男」に収録された「Worried About You」なんかもやっている。

結局この演奏は、これらのカヴァー6曲から出来のよいのを選んでアルバムに収録しよう、というつもりだったのだろう。まああとの曲はおまけというわけだ。

それにしてもなぜ追加録音までして、これらの曲をアルバムに入れたかったのだろう。もしかして数あるストーンズ本のどこかに、その答がすでに書いてあるのかもしれない。が、私は知らないので、とりあえず自分なりに想像してみる。

どうして追加録音までして…、と思うかというと、76年ツアーの音源をわざわざオミットしているからだ。上にも書いたように『ブラック・アンド・ブルー』の曲のほか、「ミッドナイト・ランブラー」と「ストリート・ファイティング・マン」もカットしている。
しかし、もしかするとこれらの曲をカットしたために、曲数が足りなくなったということも考えられるかもしれない。『ブラック・アンド・ブルー』の曲は、あきらかにアルバムが出たばかりだからカットしたのだろう。
「ミッドナイト・ランブラー」と「ストリート・ファイティング・マン」は、もしかして以前のライヴ・アルバム『ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト』(70年)とかぶるので、はずしたのではないだろうか。
そうしたら、曲数が足りなくなったとか…。

もうひとつの可能性は、アルバムの内容に変化をつけるためであり、またバランスをとるためである。
76年ツアーで演奏されアルバムに選ばれているのは、1曲を除いて68年の『ベガーズ・バンケット』以降の曲ばかりだ。南部サウンドを志向したオリジナル曲が中心で、さらに「ホット・スタッフ」や「フィンガープリント・ファイル」のようなファンク系の新しい試みが付け加えられている。
そこで、このバンドの原点であり、初期にさかんにやっていたブルースやR&Bのカヴァー曲を入れて、アルバムに変化をつけ、バランスをとろうとしたのではないだろうか。変化という点では、先にも触れたがアルバムの全体の構成の中で、起承転結の「転」の役割を見事に果たしていると思う。

それともうひとつ、大規模なコンサート会場における観客の反応だけではなく、もっと小さな会場における観客との間の親密な空気感や雰囲気を、アルバムに盛り込みたい気持もあったのではないか。しだいに大規模化する自分たちのコンサートに対して、彼らは何らかの不満を感じていたのかもしれない。でなければエル・モカンボ・クラブのような小さな場所を選ばなかったとも思うのだが。


■各曲についてのコメント

Disc 1

1 庶民のファンファーレ (Intro: Excerpt From 'Fanfare for the Common Man

サンバの喧騒から、花火とファンファーレ。そしてMCのコールに導かれて「ホンキー・トンク・ウィメン」のイントロへ。じつによくできたアルバムの幕開けだ。

2 ホンキー・トンク・ウィメン (Honky Tonk Women

重く沈むイントロのギター・リフ。73年のヨーロッパ・ツアーでもやっていたが、そのときよりもテンポを落とし、じっくりと地を這うような重心の低い演奏だ。73年ツアーのブラスも入ったニギニギしい演奏に比べると、ぐっと渋い。オープニング曲がこんなに渋いというのも逆にすごい。
最初にこれを聴いたとき、注目のロン・ウッドが全然目立たないのにちょっと驚いた。

3 イフ・ユー・キャント・ロック・ミー/ひとりぼっちの世界 If You Can't Rock Me/Get Off of My Cloud

オリジナルよりテンポ・アップしてスタート。間奏ではパーカッションが大活躍して存在をアピール。これまでのライヴとはだいぶ様子が違うことを知る。

4 ハッピー Happy

いきなりハイテンションのヴォーカル。いつになく涸れ気味の声を張り上げているようなキース・リチャードのヴォーカルだ。何でもこの公演の直前に、身内に不幸があったとか。…と聞くと何だか壮絶な歌いぶりとも聴こえてくる。
ブラス・セクションもなし、ピアノもなし。ロン・ウッドがスライドで奮闘しているが、かつてのミック・テイラーと違って空間を埋めていくようなフレージングではない。その結果、ワイルドさがむき出しになっている感じ。で、そこがよい。

5 ホット・スタッフ Hot Stuff

むきだしのワイルドの後は洗練。

6 スター・スター Star Star

『山羊の頭のスープ』のオリジナルは、チャック・ベリー・スタイルのリズム・カッティングと、ギター・ソロが聴ける軽快なロックン・ロールだった。73年ツアーでは、ブラスが大々的にフィーチャーされてぶ厚くコッテリした音になっていた。
今回は楽器は減ってシンプルなわけなのだが、ギターの比重が大きくなって、かなりラフな演奏だ。これはこのアルバムの全体に言える特徴でもある。 

7 ダイスをころがせ Tumbling Dice

ゆったりしたテンポの南部サウンド。以前のライヴでは、華麗なブラスとミック・テイラーの濃密なフレージングのギターで厚みのあるサウンドを作っていた。
今回はそれがないわけだが、代わりにオルガンとパーカッションとダブルのリズム・ギターで、やっぱりぶ厚い音を作り出している。
ロン・ウッドも、彼らしいちょっとネバっこいソロを弾いていて、曲調にぴったりマッチしている感じ。

8 フィンガープリント・ファイル Fingerprint File

オリジナルは『イッツ・オンリー・ロックン・ロール』収録。ソウル・ファンクっぽい曲で、ストーンズが米南部志向から方向転換していくのを象徴する曲だった。なので、私はあまり好きな曲ではなかった。…のだが、しかし、ここではまたちょっと違ったニュアンスを感じさせる演奏になっている。パーカッションも入ってポリリズミックな混沌を感じさせるのだ。
オリジナルでは当時のギタリストのミック・テイラーがベースに持ち替えてかなり前面に出ていた。ここでは、やっぱりギタリストのロン・ウッドがベースを弾いている。フレーズはテイラーをなぞっているのだが、やはり個性の違いが出ていて面白い。

9 ユー・ガッタ・ムーヴ You Gotta Move)

もとのフレッドマクダウェルのヴァージョンよりも、『スティッキー・フィンガーズ』収録のスタジオ・ヴァージョンよりも、さらに重くて粘り気のある演奏だ。本来は米南部のトラディッショナルなスピリチュアル・ソングらしいとのことだが、その本質により近づいた演奏と言えるのかもしれない。ストーンズ、えらいっ。
2コーラス終わっていったん拍手が入る。しかし曲はここで終わらずに、ギターとピアノの絡む渋い間奏の後、ミックとビリー・プレストンのコール・アンド・レスポンスによるワン・コーラスがさらに続いている。この間奏と3コーラスめは、丸ごと後からスタジオで演奏してくっつけたように聴こえるのだがどうだろう。そのセンスは、お見事。

10 無情の世界 You Can't Always Get What You Want

『レット・イット・ブリード』のスタジオ・ヴァージョンは、ロンドン・バッハ合唱団のコーラスが入る何とも大仰なアレンジ。この大仰さによる後味の悪さのために、私はこのアルバムがあまり好きになれなかった気がする。
しかしライヴでのこの曲は淡々としていて悪くない。「ユー・ガッタ・ムーヴ」と続いて聴くと、ホワイト・スピリチュアルな趣きさえ感じてしまう。そういえば実際のセット・リストでもこの2曲は連続していた。

ゆったりとした流れに乗って、ソロが展開されていく。73年ツアーのときは、ミック・テイラーが、空間を埋めるようなフレージングを見せ、またサックスのメロウな長いソロも続いていた。ここではギターに代わって、ピアノとパーカッションが空間を埋めている。

今回はロン・ウッドが、じっくりとかなり長いギター・ソロを展開している。しかし、テイラーのギターと違って、ロン・ウッドのソロは、言葉少な。とつとつとしていてキース・リチャードと同じタイプだ。ときどき、どちらが弾いているのかわからなくなるときがある。

Disc 2

1 マニッシュ・ボーイ Mannish Boy

マディ・ウォーターズのカヴァー。じつに粘っこいミックのヴォーカルと、粘りつく演奏。ナットウみたいだ
ミックのハーモニカも渋い。

2 クラッキン・アップ Crackin' Up

ボー・ディドリーのカヴァー。ボー・ディドリーの原曲を聴いてみたら、もうかなりカリブ海っぽかったのが、ここでのストーンズは、さらにその元にさかのぼって、スカ風アレンジでやっている。
こういうアイデアってどこから来るのだろう。素晴らしい。

3 リトル・レッド・ルースター (Little Red Rooster

ハウリン・ウルフのカヴァー。ダブルのスライド・ギターが渋い

4 アラウンド・アンド・アラウンド Around and Around

チャック・ベリーのカヴァー。

5 イッツ・オンリー・ロックンロール It's Only Rock'n Roll

ここからエンディングに向っての怒涛のラスト・シークエンス。
『イッツ・オンリー・ロックン・ロール』収録のオリジナルは、かなり地味に始まるが、ここでのイントロはチャック・ベリー風で、いきなり最初からテンションが高い。
オリジナルのスタジオ・ヴァージョンのベイシック・トラックは、1973年の12月に、ソロ・アルバム製作中だったロン・ウッドの家の地下室で録られたとのこと。もともとロンと因縁の深い曲だったわけだ。

6 ブラウン・シュガー Brown Sugar

アルバム『スティッキー・フィンガーズ』や723年ツアーでは、鮮やかにオープニングを飾っていたのがこの曲だった。
ちなみに68年の「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」から始まったストーンズの米南部志向。「ブラウン・シュガー」は、それが、ついに頂点を極めたという高らかなアンセムのように、私には聴こえる。考え過ぎか。

ここではエンディングに向けてのスパートの2曲目に置かれている。勢いに乗ってのオープニング。リズムも、オリジナルや73年ツアーのときよりアップ・テンポで飛ばしている。終始ピアノが跳ね回り 後半はヒート・アップしてリズムがつんのめりながら暴走。
ロン・ウッドがミック・テイラーの影をなぞるようにしてスライドでがんばっている。伸びがないのだが、その心意気に拍手。

7 ジャンピン・ジャック・フラッシュ Jumpin' Jack Flash

キース・リチャードは、73年のツアーではリフを崩して弾いていたが、ここでは終始シンプルなリフに徹している。そして、鋼(はがね)のようなチャーリー・ワッツのドラミング。これに、オリー・ブラウンのパーカッソンが加わって、それまでのどのライヴより、リズムが強力な「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」になっている。

8 悪魔を憐れむ歌 Sympathy for the Devil

スティール・バンド・アソシエイション・オブ・アメリカのメンバーが参加して、リズムがポリリズム化し、『ベガーズ・バンケット』のオリジナル・ヴァージョンでのアフロ・ビート感を、さらに推し進めた感じだ。まさにカオス。
ロン・ウッドのギターはほとんどキースと同じ感じで「ふたりキース状態」。そこもまたカオス。
このビート感が、ふたたびアルバム冒頭のサンバへと循環していく。


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