2014年9月25日木曜日

東京散歩 「目黒川沿いを歩く」 茶屋坂から中目黒を通って目黒天空庭園まで


9月の晴れたある日、私は恵比寿ガーデンプレイスの広場の木製のベンチに座っていた。平日の昼下がり。広場は閑散としていた。鳩がベンチの間をひょこひょこと歩き回る。それを私は所在無く目で追っていた。

久しぶりの東京だった。お昼少し前に上野に着いて、銀座で所用を済ませる。あとは、ここ恵比寿ガーデンプレイスの東京都写真美術館で、展覧会を見て午後を過ごす予定だった。
お目当ての展覧会は、『フィオナ・タン まなざしの詩学』展。
しかし、当てが外れた。私には、さっぱり面白くなくて、あっという間に見終わってしまったのだ。館内では他にもふたつ展覧会をやっていて、これも見てみたのだが、どちらもつまらなかった。というわけで、すっかり時間をもて余してしまったというわけだ。
時刻は午後2時過ぎ。今日はこの後、5時に新宿で知り合いと会う約束をしている。さて、それまでどう過ごすか…。

こういうときは、やっぱり散歩だ。いつも持ち歩いている小ぶりな東京の地図帳を開いて眺めてみた。するとガーデンプレイスから、山手線の向こう側に少し行くと、目黒川が流れているのに気がついた。そうだ、今日は目黒川沿いを歩いてみよう。以前から、一度ゆっくり歩いてみたいと思っていたのだ。よしよし、ちょうどよい機会だ。

■アメリカ橋から茶屋坂を下る

ガーデンプレイスの入り口から、アメリカ橋(正式には恵比寿南橋)を渡って山手線(とその他の線路いろいろ)を越える。
数年前まで、この橋を渡った先は目黒三田通りにぶつかる三叉路のようになっていたと思うのだが…。いつの間にかまっすぐに茶屋坂に降りて行く道ができていて、十字路の交差点になっている。
ちょっと気になって帰ってから調べたら2010年の地図ではまだ三叉路なのだが、2011年の地図から十字路になっていた。変わったのは、ごく最近のことのようだ。

その初めて通る道をまっすぐ進んでいく。左右の建物が軒並み新しくて、こぎれいで、それが逆にちょっと不思議な感じがする。
歩いていくと、防衛省の艦艇装備研究所の前を通る。以前ガーデンプレイスのホテル・ウェスティンに泊まったことがある。そのとき、上階から見下ろすと、ごちゃごちゃした住宅街の中でこの研究所の長い長い一直線の屋根が異様に目についた。この長い屋根の下には水路があって、船とか、もしかすると魚雷なんかのテストをしているんじゃないのだろうか(あくまで想像)。そんなことを考えながら、研究所の柵の前を通り過ぎる。

このあたりから坂は切通しのようになって、下りの勾配がきつくなる。坂の真正面に、ごみ処理場(目黒清掃工場)の巨大な煙突がそびえている。
この道は、本当は新茶屋坂といい、本家()の茶屋坂は左手奥の方にあるとのことだ。そのあたりが例の落語「目黒のさんま」の舞台になったというのは有名な話。茶屋坂の「茶屋」とは、あの落語の中に出てくる茶屋のことらしい。

茶屋坂と言えば思い出すのは、80年代の末にこのあたりにあったギャラリーのことだ。それはハイネケン・ギャラリー・バー茶屋坂といった。ハイネケンが運営する現代美術のギャラリーだ。バブルの余韻がまだ残っていた当時、ハイネケンも、そんな形で現代美術のサポートをしていたのだった。期間限定の仮設の建物で、ごく短期間しか存在しなかったが、私はその間に何度かそこに足を運んだ。いろいろ思い出もある。
その頃まだガーデンプレイスはできていなくて、当然、動く歩道もなかった。恵比寿の駅からずいぶん歩いて、住宅街の中のそのギャラリーにたどり着いた記憶がある。

茶屋坂を下りながら、あのギャラリーはどのあたりだったのか思い出そうとしたが、まったく見当もつかなかった。思えば、今からもう25年も前、遠い昔の話だ。あの頃、あそこで作品を発表していた若いアーティストたちは、今頃どこでどうしているのだろう。「兵(つわもの)どもが夢の跡」、なんて言葉が浮かんで消えた。
そうこうしているうちに、坂を下りきり、ごみ処理場の脇を抜けると目黒川にかかる中里橋のたもとにたどり着いた。

■目黒川沿いの散歩

地図によると、この中里橋から左に曲がり、目黒川沿いに少し下ると目黒区美術館があるらしい。この美術館には何度か来たことがあるが、いつも目黒駅から歩いたので、目黒川のこちら寄りはまったく未知の領域だった。
今日は茶屋坂から右折して、目黒川の上流の方向に歩いていくことにする。
 
目黒川は、武蔵野台地を水源としていて、世田谷区の三宿と池尻の境界辺りで、北沢川と烏山川が合流したところが起点となっている。そこから南東へ向い、中目黒駅の脇をとおり、五反田駅の北側を流れて、天王洲アイルのところで東京湾に注いでいる。全長は7.82キロメートル。河口付近は古くは「品川」と呼ばれており、これがそもそも品川という地名の由来となったのだとか。

つまり由緒ある川なのだ。しかし、その実際はというと…、なんとも悲しく貧相な都会の川だった。両岸がコンクリートの高い壁になっていて、その間の底の方を、よどんだように水が流れている。先日歩いた学習院下から江戸川橋あたりの神田川の様子に似ている。ただし、こちらは水が汚い。白濁していて、ちょっと臭いもある。都会の川ってこんなもんなんだろうな、と思う。
目黒川沿いには遊歩道が整備され、桜並木が続いていて、都内有数の桜の名所として知られている。とくに近年、桜の季節には、大変な賑わいになるらしい。川面の上に大きく張り出した枝で桜が満開になっている様子は、たしかに見事だろう。でもその下の水がこれでは、かなり興ざめだ。
そんなことを思いながら川の左岸の遊歩道を歩き始める。

遊歩道とはいっても、建物の裏手と、川に挟まれた、ちょっと裏ぶれた感じの通りだ。しばらく行くと右側の眺望が開けた。中目黒公園だ。
さらに進んでいくと、アート・コーヒーの本社ビルにぶつかる。アート・コーヒーが川にはみ出しているような感じだが、じつはここからがくんと目黒川の川幅が狭くなっているのだった。
現在この辺りは川の側に工事現場を囲むような高い壁が立っていて川の様子がわからない。工事の壁とアート・コーヒーの間の狭っ苦しい空間を抜けていく。

そこを通り抜けると相変わらず路地裏っぽい雰囲気だ。のどが渇いてきたので、道端の自販機でジュースを買う。それを飲みながら立ったままひと休みする。ふと下の川面に目をやると、あれっ、水がきれいになっている。水量はごくごく少ないのだが、水は透明だ。
少し行くと、道は駒沢通りにぶつかる。ここを右に行けば代官山だ。そっちに行ってみたい気もあったのだが、今日はこのまま目黒川沿いに歩いてみることにしよう。

歩道橋を渡って駒沢通りを越える。そしてまた川沿いの道に入る。道の入り口のあたりは、やっぱり裏ぶれた感じだ。しかし、道の先の方に東横線の高架の線路と、そのちょっと左に中目黒の駅が見えてくる。この辺からこの道も、中目黒のオシャレ・エリアに突入することになる。
たしかに、道の雰囲気が変わってきた。遊歩道沿いの建物の一階に、いかにも気が利いたオープン・カフェや、おしゃれなブティックのようなお店を、ちらほらと見かけるようになる。
オープン・カフェには、外人さんの姿がやけに目につく。雑談しながら、ひどくのんびりと食べたり飲んだりしている。そしてそんなお店を巡って歩いているらしい人の姿も見かける。若い人ばかりではなく、私と同じくらいのオヤジやオバサンもけっこう歩いている。

小ぶりな川幅の川に、これまでよりも短い間隔で次々に小さな橋が架かっている。何と言ったらいいか、手頃で、人なつっこい雰囲気の界隈だ。ちょっと気取っていてオシャレであると同時に、気軽なご近所の商店街の裏通りといった感じもする。その辺が、この街の人気の秘密だろうか。

そんなことを考えながら歩き続けていたら、だいぶくたびれてきた。歩き始めてから、そろそろ1時間になる。
やがて、歩いている道は、山手通りにぶつかった。目黒川は通りの下をくぐってさらにその先に続いている。しかし、この大きな通りを渡る道がない。しかたないので、いったん右折し、少し先にある横断歩道を渡った。そして、また川のところまで戻り側道を歩き始める。
するとすぐ眼前に、巨大な建築物が現れた。目黒天空庭園だ。私は唐突に自分が散歩の終点にたどり着いたことを知った。

■天空庭園にて

目黒天空庭園は、コンクリートの高い壁に周囲を覆われた上から見ると楕円形の建造物。外壁の高さは、2,30メートルはありそうだ。まるで、城壁に囲まれた西洋のお城にそっくり。市街地の真ん中に、忽然と現れたこの建物の姿は、かなりのインパクトだ。ともかく異様というしかない。
その高い壁の上のほうにわずかに、樹木の緑がのぞいている。なるほどあそこに庭園があるらしい。それにしても、このネーミング!目黒天空庭園とは、よくもつけたものだ。何か重々しでシュールなイメージが、私の中でかってに頭をもたげてきて、わくわくしてくる。

目黒川に面した建物の南側は、ちょっとした広場になっていて、その正面に建物の入り口らしきものがあった。
正式な入り口というよりも、何となく裏口っぽいかまえだ。異様な建築物の体内に吸い込まれるように、そこから中に入っていく。中は薄暗くて、本当にここから入っていいのかと少し不安になる。奥の方が明るい。そこを目指して、おそるおそる進んでいく。
そこには、大きな窓があった。ガラス越しに見えたのは何と中庭。城壁の内側には、壁に囲われた天井のない緑の広場があったのだ。なんてシュールな光景だろう。まるでSFみたいだ。私は古いSF映画の『メトロポリス』を思い出した。
そのわきにエレベーターがあり、これに乗って上の庭園に上がった。

目黒天空庭園の正体は、首都高速道路の3号渋谷線(高架)と中央環状線(地下)を結ぶ大橋ジャンクション。この屋上を緑地化してドーナツのような楕円形の庭園にしてあるのだ。
庭園の総延長は約400メートル。ゆるやかに傾斜していて、芝生と樹木といろんな草花が植えられている。開園は2013年の3月だから、まだ1年半。比較的新しい施設だ。
わくわくしながら上に上がってみると、そこは、まあふつうの庭園だった。外壁側と中庭側のへりには安全のためのフェンスがあり、その手前に植え込みを作ってフェンスを目立たなくしてある。だから、あまり高いところにある庭園という感じはしない。ふつうのビルの屋上庭園という感じだ。銀座三越や新宿伊勢丹の屋上とそんなに変わらない。全体に勾配をつけているのが工夫といえば言えるかもしれない。
まあここは富士山と同じだ。富士山は、よく登るものではなくて、遠くから眺めるものと言われているからだ。ここも下から見上げたときが、一番ステキだった。

庭園を一応ひとめぐりして、隣接していて空中でつながっているマンションに入り、そこのエレベーターで地上に降りた。出口は玉川通りに面している。この通りを右に行けば渋谷、左に行くと三軒茶屋だ。目黒川は、この玉川通りの下をくぐってその先まで続いている。しかし、ここから先は暗渠になっている。ほんの数百メートル先が、目黒川の基点のはずだったが、地下を流れているのでは行ってもしょうがない。というわけで今回の散歩はここで終了だ。
その後は玉川通りを三軒茶屋の方に少し歩き、池尻大橋の駅から田園都市線に乗って渋谷に出た。
今回の散歩は、私にしてはわりと行き当たりばったり。その分、ワクワク感があって楽しかった。


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