2014年11月25日火曜日

理想形のジャズ  マイルスの60年代クインテット

この夏、久しぶりに古くからの友人に会ってゆっくり話をした。彼はジャズ好きで、話題はいつのまにかマイルス・デイヴィスのことになった。マイルスがいちばん良かったのは、どの時期か?というような話である。
私は原則的には「ロックの人」なのだが、ロックおやじの多くがそうであるように、ジャズもそれなりには聴いてきた。中でもマイルスは基本だから、ひととおりアルバムは手元にある。

さて友人は、ハード・バップ期のマイルスがいちばん好きだと主張した。これに対し私は、エレクトリック・マイルスもなかなかいいよ、と言った。私は『オン・ザ・コーナー』が、かなり気にいっている。
友人は、エレクトリック化してからのマイルスは、『イン・ア・サイレント・ウェイ』と『ジャック・ジョンソン』はいいと思うけど、あとは聴いたことがないなあ、と言う。聴いたことがないんじゃ、話はかみ合わないわけで…。
しかし、マイルスのいちばん良いのは、やっぱり60年代クインテットだな、ということで両者の意見は無事に一致したのだった。

60年代クインテットとは、サックスがジョン・コルトレーンではなく、ウエイン・ショーターになった頃のマイルス・グループのことだ。「黄金のクインテット」とも言われている。ピアノがハービー・ハンコックで、ベースがロン・カーター、そしてドラムスがトニー・ウィリアムスだ。
このグループは、スタジオ録音のアルバムを4枚残している。『E.S.P.(1965)と、『マイルス・スマイルズ(Miles Smiles)』(1966)と、『ソーサラー(Sorcerer)』(1967)と、『ネフェルティティ(Nefertiti)』(1967)だ。この4枚がとにかく素晴らしい。
このスタジオ4部作こそが、結局マイルス生涯の最高傑作ではないかと思う。たしかに『バグス・グルーブ(Bags Groove)』(1954)も、『ラウンド・アバウト・ミッドナイト(Round About Midnight)』195556)も、『カインド・オブ・ブルー(Kind of Blue)』(1959)もいい。どれも名盤だ。ついでに『ビッチェズ・ブリュー(Bitches Brew)』(1969)もすごいとは思う。しかし、それらよりも60年代クインテットの4部作の方が上だ。さらに大げさなことを言えば、マイルスのアルバムの中だけでなく、数あるジャズのアルバムの中でも最高峰に位置すると思う。

一般にジャズと一言で呼んでいるが、そこに含まれる音楽は多岐にわたる。スウィング・ジャズのようなクラシックなものから、モダン・ジャズ、前衛ジャズ、フュージョン、それにヴォーカルものなどなど…。そんな中で、ジャズという言葉から思い浮かぶ私にとってのもっともスタンダードなジャズが、マイルスの60年代クインテットの音ということになる。言い方を変えると、これが私にとっての理想形のジャズとも言える。
ちなみにこのクインテットと、その周辺の人たちがやっていたジャズは、その昔「新主流派」と呼ばれていた。それまで主流であったハード・バップに対する新しい流れという意味だ。しかし、今は「新主流派」という言葉もすっかり死語になってしまった。それは、このマイルスたちのスタイルこそが、完全にジャズの主流そのものになったからだ。

では当時「新主流派」と呼ばれたマイルス・クインテットの音とは、どんなものだったのか。それを一言でいえば、ハード・バップに「モードの技法やポリリズム、さらにはフリー・ジャズ的な要素も取り込んだ」音楽(村井康司「マイルス・デイヴィスという“巨大な謎”」『マイルス・デイヴィス・ディスク・ガイド』レコード・コレクターズ増刊2011年)ということになる。
特徴的なのは、ショーターの書くいびつで、幾何学的ななメロディーだ。メンバーそれぞれのソロのフレーズも、歪(ゆが)んでいる。ハンコックのピアノ・ソロなど、まるで傾いた床の上で弾いているような感じ。そして、打楽器であることを越えてシャープに突っ込んでくるトニー・ウィリアムスの天才的なドラム・サウンドの見事さ。
その上、ソロのバックでピアノがほとんどコードを弾かなかったりとか、トランペットとサックスがソロなしで、テーマのメロディを繰り返すだけの曲があったりなど、かなり奇抜なこともやっている。フリー・ジャズになる一歩手前で、ぐっと踏みとどまっているようでもある。つまり新しい表現に向かって、やる気満々なのだ。そんな精神的なテンションの高さを感じる演奏だ。

友人と4部作の話をしたあと、家に帰ってこの4枚のCDを聴いたら、やっぱりすごく良かった。聴き始めると止まらなくなって、今年の秋はこの4枚を繰り返し聴いて過ごした。
そこで、この機会にこの4枚をリマスター&紙ジャケ盤に買い替えることにした。もちろん中古で、だけど。
たいしたシステムで聴いているわけではないので、あまりリマスター盤にはこだわらないのだが、聴いてみるとやはりよい音だった。買い替えて良かったと思った。

それにしても当時まだ若手だったこのクインテットのメンバーたちは、その後いずれもジャズ界の巨匠となった。ソロや自分のグループで数々のアルバムも出している。しかし、彼らそれぞれの最良の演奏は、このマイルス・クインテットにいた時のプレイだったのではないかという気がする。私の友人もこれに同意してくれた。若い才能を見抜き、そして使いこなしたマイルス。やっぱりマイルスってすごいなあ。


2 件のコメント:

  1. こんばんは、お邪魔いたします。
    私は中年のROCK好きのJAZZもかじっているという音楽おじさんです。
    初めてこのブログを拝見させていただきました。
    感動しました。
    わかりやすい文章と的をついた意見にはいちいちうなずいて読ませていただきました。
    実は私も最近マイルスは、この時期だなと思い始めていましたので思わずコメントしました。
    またお邪魔いたします。

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    1. コメントありがとうございました。
      ブログをお褒めいただいて、とてもうれしいです。
      何しろあんまりコメントの来ないブログなもので。
      さらに、マイルスについて同意見の方がいたのもうれしい限りです。

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