2013年4月8日月曜日

スピード・グルー&シンキ 『イヴ』 『スピード・グルー&シンキ』

フード・ブレインのDNAシリーズの第3回め。前回に続いて今回も陳信輝のアルバムについて。

陳はソロ・アルバムを1971年1月に発表後、スピード・グルー&シンキを結成する。そしてソロ作の5ヶ月後に発表されたこのグループのファースト・アルバムが名作『イヴ』だ。
ここでは、ダークで重いトーンはそのままだが、しかし何か吹っ切れたようなサウンドを聴くことが出来る。

『イヴ』はあきらかにレッド・ツェッペリンと部分的にクリームにインスパイアされたサウンドで成り立っている。陳のダークなブルース志向は、初期ツェッペリンにおけるジミー・ペイジのセンスにぴったり相似している。だからツェッペリンをお手本にしたことは陳にとって必然だったのだろう。彼はここで自分のスタイルを見つけたという手応えを感じたのだと思う。
たとえばアルバム4曲目「ODE TO THE BAD PEOPLE(悪人へ捧ぐ)」のギター・ソロのじつに確信に満ちたプレイなどは、まさに自分のスタイルとしての自信を感じさせるものだ。

しかし続く2作目のアルバム『スピード・グルー&シンキ』は、2枚組ということもあり、クラシカルなチェンバロの小品から電子音楽まで、サウンドの試みの幅が広がり過ぎで意欲的ではあるが散漫なアルバムになってしまった。
もっともこのアルバムではドラムスのジョーイ・スミスとその仲間のMichael Hanopolという米人コンビが、ほとんどの曲を作るなど主導権を握っているように見える。なので陳のコンセプトがどの程度反映されているのかは定かではない。

ともあれたしかにこのアルバムでは、ギター・プレイそのものよりも、ギターがらみのサウンドの実験的な趣向の方がどちらかというと印象に残る。
たとえばディスク2の2曲目「SEARCH FOR LOVE」での「一人ディレイ二重奏」やそこにかぶさる雷鳴などのSE、また4曲目「WANNA TAKE YOU HOME(家に連れて帰りたい)」でのテープ逆回転ギターと、呪文のようなヴォーカルといったアヴァンな展開などはとくに印象的だ。

陳信輝はやはりサウンド・クリエーター的側面を強く持ったギタリストと言えると思う。ジェフ・ベックというよりジミー・ペイジ・タイプというわけだ。
だからもっともっとプレイヤーとクリエーターという二つの資質を合体させたような路線で活動して欲しかったと思う。ジミー・ペイジで言えば、ちょうどツェッペリンの中期のアルバムで聴けるような音の世界だ。
『スピード・グルー&シンキ』という何となく半端な内容のアルバムで、彼の活動が途絶えてしまったのはいかにも惜しい。
この後、彼は「伝説のギタリスト」と呼ばれることになる。

以下各アルバムについてのコメント。


□ スピード・グルー&シンキ『イヴ』(1971.6)

陳信輝がフード・プレイン後、ソロ作をはさんで結成したスピード・グルー&シンキのファースト・アルバム。フード・ブレインの『晩餐』と並ぶ日本の初期のロックの名盤だ。

まずアルバムのジャケットが素晴らしい。
セーラー服を着た3人のあどけない西洋人(たぶん?)の子供が並んでいる。セピア色の古いポートレート写真だ。ロックのアルバムとしては、なかなか強烈なインパクトがある。そしてとにかくトリオの編成であることが直感的に印象付けられる。
もしかするとこれはフード・ブレインの『晩餐』の内ジャケの集合写真のアイディアを踏襲したものか。あるいはさらに遡ればツェッペリンのセカンド・アルバムのあのセピア色の集合写真のアイディアにつながっているのかもしれない。

と思いたくなるのも中身のサウンドがそのツェッペリンを思わせるハードかつヘヴィかつダークなものだからだ。
陳がこれまで関わってきたアルバムにおけるセッション的な雰囲気はここにはない。陳が曲作りに関わっているのは全7曲中3曲のみだが、ブルースをベースにしながらも、新しいバンド・サウンドのコンセプトが彼の中で固まってきている感じがある。
ちなみに曲作りでは、ヴォーカルとドラムスのジョーイ・スミスが単独で3曲提供し、さらに共作で3曲に関わるなど大活躍している。

それぞれの曲もラフなセッションではなくリフを主体にしてちゃんと練られたものだ。アルバム全体の構成もヘヴィ曲の2連発で始まり、最後を組曲とそれに続くアコースティックな弾き語りで締めるなど、なかなか気が利いている。

サウンド的にはやはり全体にツェッペリンの影響を強く感じる。
1971年のこの時点までにすでにツェッペリンのアルバムはサードまで発表されていた。陳は十分にこの三枚を聴き込んでいたに違いない。とくにリフを主体にした曲作り、ギターの音色やフレーズなどにジミー・ペイジとの相似を感じる。また、ギター、ベース、ドラムスの音の録り方や組み立てなんかもツェッペリンを思わせるものがある。
ついでに言えば、ドラムスのドタバタした感じなどもジョン・ボーナムにそっくりだ。
ただし、リフ作りの冴えは到底ジミー・ペイジに及ばないのはいたしかたない。またヴォーカルだけは全然違う。やはりロバート・プラントみたいな人はなかなかいないのだ。
それだけでなく、ヴォーカルに関しては、前作のソロ・アルバムでも感じたことだが、イコライジングをかけて完全にサウンドの一要素として扱っている感じがする。はっきり言って、歌詞の中身なんかどうでもよかったのではないか。たぶん。

とにかくアルバム冒頭の2曲は、怒涛の和製レッド・ツェッペリン節炸裂といった感じ。
1曲目「 MR. WALKING DRUGSTORE MAN 」は、歪んだギターとベースのユニゾンによるミディアム・テンポのヘヴィなリフで始まる。
そこへ切り込んでくるギターのオブリガードなどジミー・ペイジそのものだ。ドラムスのフィル・インの感じなんかもジョン・ボーナムにそっくり。違うのは、ヴォーカルが金切り声ではなくてひしゃげた録り方をしていること。

そして2曲目が、「BIG HEADED WOMAN (冷たい女)」。これでもかとダメ押しのツェッペリン風のダークなスロー・ブルース。
ギター・ソロのイコライジングのかかった音色とフレーズ、あるいはコード・ストロークの入れ方など、やっぱりペイジだ。ドラムスも、そのよたり具合などボーナムのまねをしているとしか思えない。

この2曲、ツェッペリンに似すぎているのがまあ気になると言えば言えるかもしれない。

以下、残りの曲についての感想。

「STONED OUT OF MY MIND」
こっちはちょっとジェフ・ベック・グループか。もっと正確に言うとベック・ボガード&アピスみたいだが、BB&Aはこのときまだ存在していなかった。
あとはクリームを思い出させる。間奏部のギター・ソロのトーンはクラプトンそっくり。
ベースが太くうねるようにぐいぐい出てくるところもジャック・ブルースみたいだ。

「ODE TO THE BAD PEOPLE (悪人へ捧ぐ)」
またもやリフを前面に出してツェッペリン風。
冒頭からとばすドラムスのフィル・インなどやっぱりボーナム似だ。
間奏で粘りつくように這い回るギターが、今回の冒頭にも書いたように自信に満ちていてとりわけ印象的だ。やりたいことをやっているといった感じ。

「M Glue (M グルー)」
M グルーというのは加部のことらしい。フリー・フォームのベース・ソロ。次の曲のイントロになっている。

「KEEP IT COOL」
シンプルでクールなリフがクリームっぽい。 
フラットでジャズっぽいドラミングはジンジャー・ベイカーみたいだし、ワウ・ギターはクラプトン風。そもそも曲そのものがクリーム的だ。

「SOMEDAY WE'LL ALL FALL DOWN (滅亡の日)」
ジョーイ・スミスのアコースティック・ギター弾き語りのソロ曲。
曲が始まる前に喋りながらギターのペグを締めているが、これは変則チューニングをアピールしているのか?
どうということもないシンプルな曲だが、終わるとまた1曲目から聴きたくなる。


□ スピード・グルー&シンキ『スピード・グルー&シンキ』(1972.3)

スピード・グルー&シンキのセカンド・アルバムは怒涛の2枚組だ。
これはビートルズで言えばホワイト・アルバムに相当するアルバム。たんに2枚組であるからだけではない。いろいろなタイプの曲がゴタゴタと並んでいて、遊びや実験的な試みがあちこちに散りばめられている点が似ているのだ。そのために全体としては、よく言えば豊かな厚み、悪く言うと散漫な感じを与えている。

このアルバムでは、メンバー以外に3人のゲストミュージシャンを迎えている。この内のひとり Michael Hanopol(「ハノポル」と読むのだろうか)という人がかなり大きな役割を果たしている。ベース、ヴォォーカル、キーボードを弾いているほか、曲も書いているのだ、それも大量に。アルバム全14曲中、この人が単独で5曲、ジョーイ・スミスとの共作で2曲、合計7曲を書いている。
にもかかわらずこのMichael Hanopolはナゾの人物で、ライナーの中でもまったく触れらていない。ネットのある記事によると、ジョーイ・スミス人脈のアメリカ人らしい。

さらにジョーイ・スミスがこのHanopolとの共作2曲の他に単独で5曲書いているから、結局全14曲中12曲はこの二人の曲ということになる。とくにアナログD面全部を占める電子音楽にいたっては、演奏もこの二人だけでやっていると思われる。
相変わらず陳は曲作りを丸投げしているわけだが、これでよかったのだろうか。庇(ひさし)を貸して母屋を取られたようにも見えるのだが。よくわからん。

さてアルバムの内容について。
冒頭ドジョーイ・スミスのドラッグがらみのギミックがあって、1曲目はミディアムのブギーから始まる。ツェッペリンの呪縛から離れたことが宣言されているかのようだ。
以後、立て続けにディープなブリティッシュ・ロック風の曲が並んでいる。曲調としては、ブラック・サバス、ユーライア・ヒープ、フリーのようなラインだ。
しかし、ディスク1の6曲目「SNIFFIN’&SNORTIN’op.2(鼻歌Op.2)」のアウトロのテープ早回しの辺りから様子が変わってくる。
続く7曲目「DON’T SAY NO」は、それまでとは一変してスキャットとフルートとオルガンがメインのモンド風のゆるい曲。
さらに次のディスク1のラスト曲「CALM DOWN」ではタイトなリフで始まるも、途中からドラム・ソロになり、ちゃらんぽらんに終わってしまうというお遊び的な仕掛けがある。

これがディスク2では、この多様でときにエキセントリックな志向性がどんどん強くなっていく。
たとえば1曲目「DOODLE SONG」は、ジョーイ・スミスがドラムスを叩きながら怒鳴っているだけのソロ曲だし、3曲目の「CHUPPY」は。ゲストの渡辺茂樹によるチェンバロ・ソロの小曲といった具合だ。
とくにディスク後半、アナログD面全部を使っての2曲「SUN~PLANETS~LIFE~MOON」と「SONG FOR MY ANGEL(天使へ捧げる歌)」はムーグ・シンセサイザーによる電子音楽の世界でかなり実験的。バンドによる演奏ではない。

その他では2曲目の「SEARCH FOR LOVE」のインストゥルメンタル・パートが面白い。ギターのディレイによる「一人二重奏」や、風や鐘や雷雨のSEが効果的に使われている。
また、4曲目「WANNA TAKE YOU HOME(家に連れて帰りたい)」では、曲の中盤ベースが前面に出てきて始まるサイケ的展開がなかなか印象的だ。テープ逆回転のようなギター音、呪文のような、ポエトリー・リーディングのようなヴォーカル、何かを細かく叩いているようなSE。かなり前衛的でよい。

アルバム全体としてはこのような意欲的な試みが懐の深い音楽性という印象を与えている。こんな感じを与える2枚組のアルバムというのは、当時から今に到るまで日本のロックのアルバムにはめったにない。
ただそれが同時に散漫な感じになってしまっているのもまた事実。ビートルズのホワイト・アルバムもちょうどそんな感じだった。そのせいで全体としてのスケール感のようなものは感じられないし、ちょっと薄味な感じだ。
スピード・グルー&シンキのアルバムとしては、集中力のある前作『イヴ』の方が優れていると言えるだろう。

さらに難点としては、やはり演奏以前に曲の出来がどれも今ひとつなこととだ。とくに、ディスク1の曲があんまり面白くない。それと電子音楽もはっきり言ってお粗末。
ついでに言うとヴォーカルに魅力がないのも致命的。ジョーイ・スミスのヴォーカルは、BB&Aのアピスと同程度にしか聴こえないのだがどうだろう。
- DON'T SAY NO -

以上の文中で、すでに主な曲については触れてしまった。残りの曲についての感想は省略するので、各曲ごとの感想はなしということにする。

〔フード・ブレインのDNA関連記事〕

2013年4月7日日曜日

陳信輝 『SHINKI CHEN』

フード・ブレインのDNAシリーズの第2回め。前回の柳田ヒロに続いて今回から2回にわたって陳信輝を取り上げる。今回はフード・ブレインの解散後に出た陳信輝のソロ・アルバムについて。次回はその後に結成したスピード・グルー&シンキのアルバムについての予定。

フード・ブレインの唯一のアルバム『晩餐』が出たのが1970年10月のこと。フード・ブレインはそのまま解散してしまう。そして翌月11月には早くもメンバーのひとり柳田ヒロのソロ作『ミルク・タイム』が発表されたことは前回に書いた。

柳田のソロが出た翌々月、年が明けた1971年1月に今度はギタリストの陳信輝がソロ・アルバム『SHINKI CHEN』を発表している。一応名義は陳信輝&HIS FRIENDSとなっていた。
この「HIS FRIENDS」のクレジットの中には、柳田ヒロ(キーボード)や加部正義(ベース、ただし1曲のみの参加)といったフード・ブレイン組の名前も見える。
またこのアルバムでとくに目に付くのは、柳譲治(のちの柳ジョージ)が大きくフィーチャーされていることだ。柳はヴォーカルとベースを担当している他、曲作りにも参加している。アルバム収録全7曲のうち、柳は単独で2曲を提供、さらに1曲を陳と共作している。かなり大きな比重で、このアルバムに関わっていると言えるだろう。

このソロ・アルバムは、はっきり言ってあまり出来の良いアルバムとは言えない。そしてフード・ブレインを解散した陳信輝がここで何をしようとしていたのかもよく見えてこない。
とりあえず昔からの仲間とやりたかっただけなのかもしれない。しかし、それならフード・ブレイン残党組を呼ぶ必要はなかったような気もする。
またふつうに考えるなら自作の曲を中心にアルバムを作りたかったのではと思いたくなるのだが、彼の場合はそうでもないようだ。陳自身の単独曲はこのアルバムで実質2曲のみ(フリー・フォームの曲がさらに1曲あるがこれは作曲とは言えないだろう)。代わりに上にも書いたように、柳譲治に曲を提供させている。
陳という人は曲作りそのものにはあまり興味がなかったようで、この後に結成したスピード・グルー&シンキのアルバムでも、けっして積極的に自分の曲を提供していない。

では陳信輝はこのソロ・アルバムで何をしようとしたのか。もともとフード・ブレインの解散は、彼が望んだことではなかったのかもしれないから、無理やりソロ・ワークの意図を探ることに意味はないのかもしれない。
しかし強いて言うならば、一(いち)プレイヤーであることを越えて、自分の思うように全体のサウンド・プロダクションをしてみたかったのではないだろうか。

ソロ作『SHINKI CHEN』に漂う暗くて重く沈んだようなトーンは、フード・ブレイン時代にはなかったものだ。ドラッギーともサイケデリックとも言われているが、このトーンは陳の意図によるものであったと思うのだ。
しかし、そのためにフード・ブレインのアルバムで聴かれたような疾走感はなくなり、すっきりしないよどんだ感じのアルバムになってしまっている。柳譲治のヴォーカルも一本調子で、すっきりしないイメージをさらに倍加させている。

以下アルバムについてのコメント

□ 陳信輝&HIS FRIENDS『SHINKI CHEN』(1971.1)

フード・ブレイン解散後のソロ作ということで、陳信輝が思う存分弾きまくっているかと思いきや、全然そんなことはない欲求不満の一枚。
全体に悪夢のように混沌としていて重苦しい。本来そういう傾向の音が私は好きなのだが、ここではそれがよどんでいてすっきりしないのだ。フード・ブレインの『晩餐』のところどころで聴かれた暴走していくような快感はどこにもない。1曲目のタイトル「THE DARK SEA DREAM」が象徴的に示すように、まるで海の底で聴こえるようなサウンドだ。
この音のイメージはあきらかに意図して生み出されたものなのなのだろうが、陳がここで作りたかったのは、サイケでドラッギーな世界だったのだろうか。少なくとも重く湿ったブリティッシュ・ヘヴィ・サウンドを狙っていることだけはわかるのだが。

メンバーは陳の昔のバンド仲間のミュージシャンたち。
大雑把に分けるとふたつのセッションから成っている。
曲数としては1曲のみだが収録時間的にはアルバムの三分の一を占める、ベースが加部正義、ピアノとヴォーカルがジョニー山崎のセッションがひとつ。そしてもうひとつが、それ以外の6曲(実質は5曲)で、ベースが柳譲治、キーボードが柳田ヒロのセッションだ。ドラムスはどちらも野木信一。
柳田ヒロが参加しているから、フード・ブレインの解散はとりあえずケンカ別れではなかったらしい。本当のところはわからないけど。

目につくのは陳の旧友柳譲治の大幅起用だ。上にも触れたように、柳はここでヴォーカルとベースに加えて曲も3曲提供している(内1曲は陳との共作)。しかし、このコラボははっきり言って失敗だと思う。
柳はその後、柳ジョージ&レイニーウッドを結成して「雨に泣いている‥」でブレイクし、先年亡くなって話題になった。私もレイニーウッド時代の演歌のようなヒット曲のいくつかはわりと好きだった。
しかし、このアルバムでの若き日の柳は、いいところが全然ない。ヴォーカルは一本調子だし、提供した曲もつまらない。ついでに言うと、彼のベースも今ひとつ。ギタリストの弾くベースがしばしばそうであるように、弾き過ぎていて軽いのだ。ヘヴィ・ロックのはずなのに。

それにしても柳を曲作りに起用した分、陳は自分であまり曲を書いていない。ギタリストであるだけでは収まりきらず、全体のサウンド・プロダクトに興味があるはずなのに、曲作りは他人まかせとは何とも不思議な人だ。
なお曲の出来が良くないのは、柳提供以外の曲もだいたい同じで、それが結局このアルバムの致命傷になっている。

以下、各曲についての感想。

「THE DARK SEA DREAM(海の底)」
アルバムのオープニングはいきなりのアヴァンギャルド曲。深海をイメージさせるようなフリー・フォームの演奏、サウンド・コラージュ、テープ逆回転などが延々5分弱にもわたって続く。
アルバム冒頭にこういう曲をもってくる商業性無視の根性がいい。フード・ブレイン時代の「穴のあいたソーセージ」から続く陳信輝のアヴァン魂に脱帽だ。
ところでアルバムのクレジットで、陳はギターの他にベースとドラムスとピアノを弾いていることになっている。このアルバム中、ジョニー山崎が弾いている以外でピアノの音が聴こえるのはこの曲のみ。だからこのピアノは陳が弾いているのだろう。さらにおそらくはここでのベースとドラムスも彼が一人で弾いているのではないかと思うのだが。
それにしてもこの曲は、この後に続くこのアルバムのダークでディープな音の世界の入り口としてじつにぴったりだ。

「REQUIEM OF CONFUSION(混乱の葬儀)」
もやもやとして重くよどんだ音の中で響くダークなブルース。
ヴォーカルはイコライジングされて遠くから聴こえるような感じになっている。
このイメージはこの後アルバム全体にわたって続くことになる。

「FREEDOM OF A MAD PAPER LANTERN」
柳譲治作のブルース・ベースの曲。で、つまらない。
単純なリフがループのように執拗に続いてパラノイアック。

「GLOOMY REFLECTIONS」
空間を満たすように鳴り続けるオルガンが悪夢のよう。

「IT WAS ONLY YESTERDAY 」
サウンド全体にジェット・マシーンがかけてあって、よじれまくっている。まあそれだけの曲。

「CORPSE(屍)」
これも柳譲治作。で、やっぱり駄曲。

「FAREWELL TO HYPOCRITES (偽善者からの訣別)」
4分半のヴォーカル曲のあとに強引に8分半のジャム・セッション・パートをくっつけた構成。ジョニー山崎のヴォーカルもやっぱりひどい。
セッション・パートでは、陳のギターのトーンがブリリアントで、ドミノス時代のクラプトンを思わせる。ただ全体に密度に欠けていてユルイ。繰り返しのフレーズが多かったり、シンセのような音が入ったりで、『オール・シングス・マスト・パス』のアップル・ジャムみたいな感じだ。それなりに面白いのだが。

〔フード・ブレインのDNA関連記事〕

2013年4月2日火曜日

「つけ麺 坊主」訪問 「麻婆辣麺」 2013

4月になってすぐのある日、桜に誘われて2週間ぶりに水戸に出かけた。で、まずは「つけ麺 坊主」へ。
 平日の午前11時5分入店。開店直後で先客なし。私が一番乗りだった。珍しいことだ。後客1人。

券売機で押したボタンは、かなり久しぶりの「麻婆辣麺」。それといつもの「白めし」と「ビール」。
カウンター一番奥の指定席に座って、「麺とめしは普通盛で」とお願いしながら御主人に食券を渡す。

「激辛」以上の全メニュー制覇シリーズの6回目だ。詳細は前回訪問の記事を参照。辛い方から順に下がってきたので、今回は本来は「特製らーめん」のはずだった。しかし、「特製らーめん」は私の定番メニューで特別の愛着もあるから、このシリーズの最後にシメとして食べたいと思ったのだ。で、今日は「特製」より辛さが一段階下の「麻婆辣麺」にしたというわけ。まあ他の人にはどうでもいいことだけど。「麻婆辣麺」はもう一年以上ぶりに食べることになる。

ビールがすぐ来る。ぐびぐびと飲む。何せ一番客だから、すぐにラーメンが来てしまう。その前に飲み終えておきたい。
麺の茹で上がりを待つ間、御主人はいつになく手が空いている様子。今日は昼時の段取りが全部済んでしまっているようだ。
このところここに来たときはいつも満席に近い状態で、厨房も緊張感にあふれていた。こういうのんびりした御主人の様子を見るのは久しぶり。今日の店内はお昼前とはいえずっと私一人で、後客もなかなか来なかった。こういうときもあるのだなあ。

麺が茹で上がると湯切りして丼にあける。雪平鍋からスープをついで、その上にジャーから麻婆豆腐をお玉で2杯すくって乗せる。そこへ刻みネギを散らして出来上がり。
丼が到着する。久しぶりにお目にかかります。脂の浮いた赤いスープの中央に、スープより少し薄い色の餡の麻婆豆腐が広がっている。餡の中には直方体の大ぶりの豆腐が、4,5個ゴロリ。その上に白い刻みネギがのっている。

まずは赤いスープのところをレンゲですくって口に運ぶ。あつッ。今日はいつもより野菜の甘みを強く感じる。それと脂も多めな感じ。旨いなあ。ここのラーメンのスープを味わうのは久しぶりだ。たて続けに何回も何回もすくっては味わう。
それから今度は麻婆の餡が広がっているあたりをすくって飲んでみる。スープよりも辛さが弱いのでマイルドな感じだ。
この餡の混じったスープと混じっていないスープを交互に飲む。味が変わるので、いつまでも互い違いに飲み続けてしまう。

やっと人心地がついたところで、ご飯を食べる。まだお箸を使っていなかった。勢いがついているので、ご飯を一口、二口、三口ともりもり食べてしまう。スープの味が残る口の中に入ってくるご飯がこれまた美味しい。
今度はしばらくスープ→餡→スープ→ご飯のサイクルが続く。

やがてやっと本体の麺へ。
沈んでかたまっている麺を、箸を突っ込んで少し揺すぶるようにしてほぐす。
そして、丼中央の麻婆餡のあたりの底から引っ張り出してすする。熱い。麺が口に入ると、その熱さで辛さが口の中でちょっと暴れる。これがいい。こうこなくちゃね。
麺は熱いので、つけ麺のときのような締まったもちもち感はもう弱くなっている。これは、やむをえない。
それにしてもスープととろみのある餡がダブルで麺に絡むと、旨いこと旨いこと。ここの麻婆豆腐の最高の味わい方はこれだと思う。
ここから今度は麺をいつまでも食べ続ける。

麺もかなり減ったところで、はじめて豆腐と具材の豚肉に箸を出してみる。なおこの「麻婆辣麺」の具材は豚肉のみ。「特製らーめん」のようにもやしはないので、ちょっと寂しい。
麻婆の餡はスープと混じってとろみが弱くなっているから、豆腐にはあまりからまない。豆腐だけで食べる感じになる。味はしみていないが熱いので、やっぱり口の中は辛い。いいぞ。
豚肉はちょうど良い味の変化になる。

ほどほどに鼻水が出て、汗もかく。鼻水をティッシュでかみ、汗をハンカチで拭いながら食べ続ける。でもさらに卓上の唐辛子をひとすくい入れてもよかったかな。
そしてかなり満腹になりながらスープまで飲み干して完食した。
今日は麻婆の餡とスープが合体したときの旨さをあらためて堪能することができた。
私の一番好きな「特製らーめん」には残念ながら麻婆豆腐は乗っていない。「麻婆辣麺」もなかなかに捨てがたいと思った。
と、他愛もないことを考えながら席を立つ。ご馳走様でした。
次回は「つけめん」の予定。

そこから三の丸のお堀の桜を見に行った。桜はまさに満開。
その後、駅の反対側に出て桜川の土手の桜並木をくぐり、千波湖のほとりを桜を見ながら半周、さらに偕楽園を通って桜の名所の桜山を一巡りしてから帰った。
お腹はラーメンで満腹の上に、さらに心は桜ですっかり満腹になった。

2013年3月25日月曜日

豆腐丸ごと一丁丼

「豆腐丸ごと一丁丼」というものがある。名前からして何とも豪快である。漫画家でエッセイストの東海林さだお氏がエッセイの中で紹介している丼である。その文章はその名も「豆腐丸ごと一丁丼」(『ホルモン焼きの丸かじり』朝日新聞出版 2009年)。
東海林氏は次のようにこの食べ物を描写している。
「飴色に染まって、いかにもようく味がしみ込んでいそうな丸々一丁の豆腐が、ずしんと丼のゴハンの上にのっかっている」

これは日本橋にあるおでんの老舗「お多幸本店」の名物メニューだそうだ。それがグルメ雑誌の丼物特集のグラビアで紹介された。東海林氏はそのいかにも旨そうな姿を見てどうしてもこれを食べたくなり、自分で作ってしまったのだという。店に食べに行かないで、自分で作ってしまうというところがいい。

それにしてもこのグラビアを見たときの東海林氏の感想が例によって可笑しくも素晴らしい。東海林氏はこう書いている。
「異様であり、素朴であり、存在感があり、迫力があって、しかし見ているとつい笑ってしまうという丼」
さらに一丁の豆腐が丼の上に少しはみ出すようにのっている様子を見て次のようにも語る。
「ただそれだけの丼なのだが、“ただそれだけ”というところがおかしい。(中略) “はみ出している”というところもおかしいが“それでもかまわぬ”としているところもおかしい」
私は東海林さだお氏の食べ物エッセイを愛読している者だが、つねに独自の視点と表現法で語っている点にいつも敬服させられる。上の描写などはまさにそんな彼の面目躍如といった感じだ。

さっそく「豆腐丸ごと一丁丼」をネットで検索してみたが、そういう名前のメニューは見当たらない。後で知ったが、「お多幸本店」におけるこのメニューの正式名称は「とうめし」というのだった。「とうふめし」から「ふ」を省力したとものと思われる。
つまりこれが「豆腐丸ごと一丁丼」となったのは、東海林氏がエッセイのタイトルとしてちょっとひねってみたものらしい。このセンス、うまい。

そこで当然私も自分で作ってみることにした。
東海林氏の見たグルメ特集のグラビアの横にはこんな解説があったという。「喉が渇くほど甘じょっぱいおでんのつゆが、淡白な特注の木綿豆腐と好相性」云々。おでんのつゆは甘じょっぱくないから、この説明はどう考えてもヘンだ。たぶん煮物で使う甘辛の煮汁が使われているのだろう。
東海林氏はこの説明文の「甘じょっぱい」という表現や、グラビアの豆腐が色濃く煮上がっている様子から、蕎麦つゆに砂糖や調味料を足してかなりしょっぱめの煮汁を作っている。ただしその配合の割合は記されていない。

ネットで「お多幸本店」の「とうめし」の画像を見ると、なるほどけっこう濃い色に染まっている。これはやはりおでんなんかじゃない。
なおクック・パッドにこの東海林氏の作り方をレシピに落としたものがあった。そこで紹介されている煮汁の配合は、めんつゆ(3倍濃縮)30cc、水 90cc、醤油大さじ1、本みりん 大さじ1 となっている。しかし、これだと煮汁の分量は合わせて150ccにしかならない。これでは豆腐が煮汁に浸りきらないだろう。
 私の場合は、試行錯誤の末次のような配合になった。
めんつゆ(2倍濃縮)カップ1と1/4(250cc)、水 カップ1(200cc)、砂糖大さじ2、みりん 50ccといった感じだ。
めんつゆ250ccというともったいないようだが、豆腐を煮た後、捨てずに煮物などに使っているのでまったく無駄にはならない。

この煮汁で丸ごと一丁の豆腐を煮るのだが、形が崩れるので途中でひっくり返すことが出来ない。となると煮汁に豆腐が完全に浸っている必要がある。しかもここが問題なのだが、煮上がった豆腐を崩さないように取り出すため、フライ返しのようなものを差し込まなければならない。そのために豆腐よりひとまわり大きめの鍋を使う必要がある。そのためかなり大量の煮汁が必要になるのだ。
東海林氏はフライ返しを使ったようだが、私は取り出し方を工夫して豆腐が入るぎりぎりの大きさの鍋で煮ることにした。それでも、上記のように500cc近い煮汁が必要なのだ。

さてこの煮汁で、豆腐を煮るわけだが、これがまたなかなかに手間のかかる作業なのだ。
東海林氏は、10分煮ては火を止めて温度を下げ、また火をつけては冷ますということを五回ほど繰り返したという。御承知のとおり煮物の味は、火を止めて温度が下がっていくときにしみこむものだからである。
こうしてついに豆腐の全体が飴色に染まったということだ。

私もこれにならい10分ほど煮ては冷ましてみた。しかし、小鍋とはいえ、いったん煮立った鍋の煮汁の温度はなかなか冷めないものである。完全に冷めるまでだと2時間はかかる。
そこまで冷ます必要はないのだろうが、できるだけ味をよくしみこませて美味しい豆腐にしたい。
そうなるとと単純計算で2時間×5回、つまり完成まで10時間はかかることになる。私の場合、一回煮立てるとその後半日くらい放置したりするから、何のかんので完成に1日半はかかってしまう。簡単、単純にして何と壮大な料理なのだろう。

そしていよいよ煮上がった豆腐を取り出すことになるわけだが、これがかなり難しい。せっかくここまで豆腐の形を崩さないできたというのに、フライ返しで取り出そうとすると端が欠けたりしてしまうのである。
何回かの失敗の結果、思いついたのが以下のような方法である。木製の取っ手のある落し蓋を使うのだ。この落し蓋で豆腐を押さえながら鍋を傾けて大きなボールないしは鍋に煮汁をあける。さらにそのまま鍋を完全に逆さにして、その落し蓋の上に豆腐を乗せてしまうのだ。それを丼によそったご飯の上にそっと乗せる。
木製の落し蓋は豆腐のすべりが悪いので、いったん平らなお皿に移し、その上で丼の上に滑らせるようにのせてもよい。これでできあがりだ。
なお先に書いたように、ボールにあけた煮汁は煮物などに再利用可能だ。

丼のご飯の上にのった丸ごと一丁の豆腐という景色は、何とも壮観だ。東海林氏の言うとおりまさに「異様であり、素朴であり、存在感があり、迫力がある」
私は米を1合炊いてそれを中くらいのラーメン丼に全部よそい、その上に豆腐をのせている。米1合を炊いたご飯は約320グラムで、豆腐の重さが300グラム。ご飯とそこにのっているものとがほぼ同じ重さということになる。

なお私はご飯をなるべく汚したくない反ツユダク派なので、煮汁はかけない。またこれは「お多幸本店」や東海林氏のレシピにもないのだが、私は豆腐の上に薬味として刻みネギと七味を散らしている。
ではいよいよ食べ始める。ラーメンの丼を使っているのは手頃な丼物用の丼がないためだが、結果的にこの器の上が開いた形がとても具合がいい。豆腐が完全にご飯をふさいでしまわずに、豆腐の横からご飯がのぞいているからだ。この場所を利用して豆腐を少しずつ崩しては、ご飯と一緒に口に運ぶのである。

煮汁はかなり濃厚だが、豆腐はそれをふんわりと受け止めてじつにふくらみのあるマイルドな旨さになっている。豪快な見かけとはうらはらだ。食感は、意外としっかりしていてほろほろと崩れていくようなことはない。箸で崩しては、ご飯と一緒にほおばる。
東海林氏も指摘しているように、煮汁のしみ込みが中心にいくほど薄いので、味の変化が楽しめる。
それでも味が一様に感じられるころ、薬味のネギと七味がピリッと口内を刺激し、味覚をリセットしてくれるのだ。

だんだん夢中になってかっ込んでいる。至福のひと時だ。そしてあっという間に食べ終わってしまう。ようし、また作ろっと。

2013年3月23日土曜日

「二年後。自然と芸術、そしてレクイエム」展

茨城県近代美術館で2013年2月5日から3月20日まで開かれていた展覧会「二年後。自然と芸術、そしてレクイエム」展を見てきた。
開会直後から気にはなっていたのだが、このタイトルに気持が萎えてしまい、ついつい行きそびれていた。結局、閉幕直前ぎりぎりに駆け込みで見ることになってしまった。
それにしてもこの展覧会タイトル、句読点を含んでいてひどく散文的だ。そして、展示の中身の方も、このタイトルにみごとに(?)対応して散文的な内容だった。何となくまとまりがなく雑然とした感じ。

受付でこの展覧会のチラシをいただいた。裏面の説明文が、なかなかスバラしい。最近ではめったに目にしなくなった哲学的とも言えるような内容の文章である。
たとえば「自然とのあいだに想定していた遠近法の世界が崩壊する恐怖」とか、「私たちは、死者たちと共に在ることで、生かされている」といった難しい言い回しが並んでいる。知的な刺激を感じる反面、抽象的過ぎてこの展覧会の解説にはなっていないことも事実。
結局何だかよくわからないまま展示室に足を踏み入れた。

後で美術館のホームページを見て、この展覧会の趣旨と概要を何とか理解することができた。
この展覧会は、次の三つのグループの作品から成っているとのこと。すなわち、(1)震災(関東大震災、阪神淡路大震災、東日本大震災)に関わる作品、(2)それぞれの作家が独自の視点で自然の本質を捉えようとした作品、そして(3)死者を思う作品。
言うまでもなく芸術にとって「自然」も「死」も古くから問い続けられてきた大きなテーマのはずである。ここでこの三つのグループの作品をくくるのが東日本大震災の体験ということになるらしい。
その前提として、「突然おこった大地震は私たちのものの見方に影響を与えていると思われる」(茨城近美HPより)とあるように、今回の震災によりわれわれの自然と死者に対する認識が大きく変化したことが指摘されている。
その新しい認識をもとにして「震災」と「自然」と「死者」をひとくくりにしようというわけだ。

しかし、その点に関して私は実感として納得できない。また来るかもしれない自然の脅威を恐れつつも、結局はこれまでとあまり変わることなく自然と向き合っているのが現実ではないのか。死者についても同様だ。
何しろ、あのような被害をもたらした原発に対してさえ、何ごともなかったかのように再稼動を容認し、今後も依存していこうとする「懲りない」人たちが世の主流を占めているくらいなのだから。

というわけで、この三つのグループの作品をひとつに関連付けることには無理を感じた。
さらに(1)の震災に関わる作品のグループも、①作品そのものが震災をくぐり抜けたという作品(横山大観「生々流転」や木村武山の杉戸絵など)と、②震災を描いた作品(萬鉄五郎「地震の印象」など)ないし震災をきっかけとして制作された作品(河口龍夫の作品など)とに分かれる。
前者①は来歴は震災に関連しているものの、作品の内容は当然震災とは無関係だ。だからこの二つを一つのグループとしてまとめるのもおかしな気がする。

会場ではこれら三つのグループの作品がコーナー分けされることなく混在して展示されている。これも一定の意図があってのことなのだろう。しかし私は関連のないいろいろなテーマの作品がばらばらに並んでいるような印象を受けた。

ここまで展覧会の趣旨そのものについてゴタクを並べてしまった。しかし本来私の持論としては、展覧会全体のコンセプトはどうあれ、その中に良い作品があれば、それは良い展覧会ということになる。ちなみに良い作品はないけれども、コンセプトだけは良い展覧会というものもあり得ないと思う。
さて今回の展覧会ではどうか。
何といっても牧島如鳩(まきしま・にょきゅう)の「魚籃観音像」と橋本平八「石に就て」の印象が強烈だ。この美術の既成概念を逸脱したヘンテコな迫力。久しぶりに美術館で理屈抜きのセンス・オブ・ワンダーを味わった。
それからあとは、現代作家たちの作品がどれも充実していた。とりわけ井上直、野沢二郎、間島秀徳らの作品には、深い内省と沈思が感じられて良かった。
中でも井上の描く世界は震災後のわれわれの心象風景を象徴的に示していて心打たれた。もっともっとこの作家の他の作品も見たい気がした。

それから横山大観の「生々流転」と河口龍夫の作品が向かい合うように並んでいたのも印象的だった。
河口は一定のコンセプトをもとにして作品を生み出す作家だ。一種のコンセプチュアル・アートなのだが、それを造形としてまとめるデザイン・センスが非常に優れている。
しかしややもするとそのデザイン・センスが、コンセプトを超えてしまっているようなところがある。コンセプトが骨太に迫ってこないのだ。今回もそんな感じをちょっと受けた。

片や大観の「生々流転」は何しろ重要文化財であるから、近代絵画の最高峰ということになっている。
しかし、これは結局、人の一生を水の流れになぞらえるというコンセプトを、優れたデザイン・センスで視覚化した絵解き画なのだと思う。
しばしば行われているようにこの作品をその造形性ではなく精神性という観点で語るのは、一見、的外れのようでいて、じつはこの作品のコンセプチュアル・アートとしての本質を抑えた当を得た発言なのかもしれない、とさえ思えてくる。
 というわけで、大観と河口の向き合う配置は、その対比から(たぶん)期せずして大観のコンセプチュアル性を思い起こさせるという点でとても面白いものだった。

美術館はこの展覧会を、「3.11の震災から二年後の時期にあたり、自然の不条理という現実に対して美術と美術館が何をなしえるかを問う企画展です」(茨城近美HPより)と謳う。しかし、その一方で「芸術が震災後の社会に力になれるなどとは申しません」(展覧会チラシ)とも語っている。もちろん後者が正しい。
悲惨な現実を前にして美術は無力だ。しかし、人間が生きていくためにやはり美術は不可欠なものだと思う。
だから美術館は直接に不条理な現実にコミットしていく必要はない。なすべきは良い作品を見せること、見せ続けることなのだ。ひたすらそのことに専心して欲しいと願う。それがつまり震災に打ちひしがれた人を含むすべての人々が生きていくことを支えていることになるのだから。

2013年3月21日木曜日

「つけ麺 坊主」訪問 「特製つけめん」と「麻婆めし」 2013

3月半ばの初夏のように暖かいある日、また水戸の「つけ麺 坊主」を訪ねた。前回訪問から1週間ぶり。3月になってこれで3回目となる。なかなかいいペースだ。

所要を済ませて店の前に着いたのが12時40分。すると平日なのに入り口の前に行列が出来ている。高校生の5人組。念のため確認すると、やはり中に入れるのを待っているとのこと。好きなもの食べるのって、やっぱり大変だなあ。
並ぶのは嫌いなので、駅方面で時間をつぶすことにする。30分後の1時10分に再度店に行ってみた。今度は中に入れたが、券売機の前にはオバさん二人が並んでいる。店内にはこの二人を含めて先客11人。ほぼ満員だ。しかも、そのうち食べているのは4人で、あとは全部注文したものが出来るのを待っている状態。これはちょっと時間がかかりそう。まあべつにかまわないんだけど。後客は5人だった。

券売機の前のオバさんは、あーでもない、こーでもないとなかなか押すボタンが決まらない。
やっと順番が回ってきて券売機の前へ。今日は「特製つけめん」と「麻婆めし」にする。あと当然「ビール」。
券を取ってさてどこに座ろうかなと見回すと、ちょうどタイミングよくカウンターの一番奥の客が立ち上がった。ラッキーだ。これでいつもの指定席に座れる。

御主人に「めんは大盛、めしは普通で」とお願いする。
 ビールがすぐ到着。なかなか出てこないこともあるので、これはとにかくうれしい。私の場合これで、あとはいくら待たされても大丈夫という気分になる。
さっそくぐびりとやる。今日は外が暑いくらいの陽気だったので、特別にビールがうまい。ま、寒い日は寒い日なりにうまいんだけど。

厨房の中は当然かなり忙しそうだ。
さて今日の私の注文は、「特製つけめん」と「麻婆めし」。先月「極辛麻婆」のつけ麺とラーメンを食べ、今月はこれまで「特製麻婆」のつけ麺とラーメンを食べた。それならこのまま順番に、このお店の激辛メニューの総ざらいをしてやろうと思い立ったのだ。べつにもうそれぞれ何回も食べてはいるわけだが。
その順でいくと今回が「特製」のつけ麺で次回がラーメンということになる。

今回はこれに「麻婆めし」をプラス。これは、このお店の売りのひとつである麺類のトッピングの麻婆豆腐を、お皿に盛ったご飯にかけたもので、ときどき食べたくなるのだ。
これを頼むならやっぱり「特製つけめん」のときに限る。なぜかというと、「特製つけめん」には麻婆が乗っていないからだ。上の辛さの「特製麻婆つけめん」にも下の辛さの「つけめん」にも麻婆が乗っている。これらと「麻婆めし」を組み合わせると、両方とも麻婆なので味が同じになってつまらない。
振り返ってみると「麻婆めし」を食べたのはちょうど1年前。ずいぶん久しぶりだ。

思ったほど待つこともなく、20分くらいで、「特製つけめん」と「麻婆めし」があいついで到着。
「特製つけめん」のつけ汁は、やはりこれの上位メニューの「特製麻婆つけめん」よりは質素だ。麻婆豆腐が乗っていないだけではなく、海苔や山盛りの赤い粉末の姿もない。赤いスープの上に刻みネギと魚粉が少々といったところ。汁の中の具材はもやしと豚肉だ。
 今日はこのつけ汁に躊躇なくカウンター上のツボから唐辛子の粉末をひとすくい投入する。それほど辛くないことがわかっているからだ。

さっそく麺を四、五本箸ですくってつけ汁にどぶんと浸す。今日は麺にたっぷりと汁を絡ませて食べる方針だ。
麺をすすりこまないようにして口の中に入れる。今日のつけ汁は、脂多めで味噌味濃厚、それからニンニク風味がいつもよりやや強めな感じ。で、もちろん美味しい。
最近つけ麺のとき、この味噌味に気が付くようになったのだが、ずっと以前からこんなに濃厚だったっけ…。とにかくこれがもちもちの中太麺とじつによく合う。

麺をしばらく食べ続ける。一段落したところで今度は麻婆めしだ。
 あんの中に直方体の豆腐がごろごろと転がっている。この豆腐はアコガレレなのだ。ラーメンでもつけ麺でもその上でお目にかかれる麻婆豆腐はせいぜい2,3個。こんなにごろごろしている豆腐の姿を見ると、それだけでうれしくなってしまう。
レンゲで豆腐を割ろうとしたらけっこう堅め。こんなに堅かったっけ。麻婆のあんを絡めて食べる。麻婆のあんは、やはりこの店の麺のスープの味が豊かなだけに、それに比べるとちょっと単調に感じてしまう。でも、麺にトッピングとしてかかっているときは、無性にこの麻婆だけを食べたくなるのだった。

 「麻婆めし」は、いつもの「白めし」と違って麺を食べているときの口直しにはならないが、つけ麺と交互に食べていく。
ご飯はなるべくあんがかかっている部分しか食べないようにする。やがて麻婆豆腐部分を食べ終わる。皿の上には、最初に盛られていたご飯のだいたい三分の一が白いまま残っている。

やがて麺の方も食べ終える。麺にたっぷり絡めながら食べたので、最後の頃はやはりつけ汁が冷たくなってしまったのがちょっと残念。かといって「あつもり」にすると麺の食感が物足りない。でもとにかく、つけ汁の旨さを十分に味わうことは出来た。

器に残ったつけ汁は少し。今度は、「麻婆めし」の残ったご飯をレンゲで少しずつすくい、それをつけ汁にちょっとずつ浸しては食べる。ちょうどスープ・カレーを食べる要領だ。こうするとまた違う美味しさが味わうことができる。底の方に沈んでいた味噌成分が濃厚なので、ご飯が進む。あっという間にご飯完食。
ほんの少し残ったつけ汁を、最後にポットのスープで割って飲み干した。ああ満足だ。

結局今日も辛さは今ひとつ。鼻水も汗もそれほど出なかった。自分の体調がよいせいなのだろうか。
もうちょっと唐辛子を投入したいが、そうすると粉っぽくなって食感が悪くなる。やっぱり「極辛」食べたいなあ。

というわけで今日もご馳走様でした。

2013年3月14日木曜日

柳田ヒロ 『ミルク・タイム』 『HIRO YANAGIDA』

フード・ブレインのDNAシリーズということで、第1回は柳田ヒロの初期ソロ・ワークについて。

フード・ブレインの唯一のアルバム『晩餐』が出たのが1970年10月のこと。フード・ブレインはそのまま解散することになる。そして早くもその翌月11月には、フード・ブレインのキーボーディスト柳田ヒロのソロ第1作『ミルク・タイム』が発表されたのである。
となれば当然『晩餐』のセッションで果たせなかった柳田の音楽的志向を、自分の思うとおりに実現しようとしたのがこの『ミルク・タイム』であると考えたくなる。
しかし『ミルク・タイム』は『晩餐』とけっこう似ているところがあった。強引に言えば『晩餐』の続編と言えないこともない。
インプロヴィゼーション中心のセッション風の曲があり、フリー・フォームの曲もあり、また、曲の間に短いつなぎの小曲を挟んだりする構成の仕方も似ていた。せっかくならもっと全然違うことをやればいいのに…。思えばこの辺りからすでに柳田のアーティストとしての限界が見えていたのかもしれない。

さて柳田ヒロの名前を私が最初に聞いたのは、たしか岡林信康のバック・バンドのリーダーとしてだった。
岡林の1971年7月の日比谷野音でのライヴを収録したアルバム『狂い咲き』でバックを務めているのが柳田ヒロ・グループだ。メンバーはピアノの柳田に、ベースが高中正義、ドラムスが戸叶京助のトリオ編成。高中はフライド・エッグの前にこんなところでベースを弾いていたのだった。このバンドははっぴいえんどに代わって、岡林の3枚目のアルバム『俺らいちぬけた』からバックを務めていたのだ。
しかし、しょせんここでの役割は歌伴だし、ピアノのソロも何箇所かで聴けるが、注目するほどのものではなかった。

それから長い月日が流れた。そしてだいぶ遅れてフード・ブレインを聴き、柳田のオルガン・プレイにびっくりさせられることになる。奔放でワイルド、破壊的なエネルギーを発散するそのプレイは、今聴いても十分に刺激的だ。

そこでフード・ブレイン後に出た柳田ヒロのソロ第1作『ミルク・タイム』(70年)とその数ヵ月後に出た第2作『HIRO YANAGIDA(7才の老人天国)』を聴いてみたのだ。
この2枚は日本のプログレッシヴ・ロックの先駆的作品として定評のあるアルバムである。

しかし聴いてみると良い曲もあるが、それほどでもない曲もたくさんあった。日本のロック・アルバムにありがちな「水増し感」がやっぱりあって全体としては薄味で物足りない印象だ。
とくに柳田のアルバムの場合、よく言えばヴァラエティに富んだ内容ということになるが、悪く言えばとっちらかっていて何をしたいのかよくわからない感じがある。興味の間口が広過ぎ、やりたいことが多過ぎるのだろう、たぶん。で、結局まとまらないのだ。
さかのぼれば、フード・ブレインの「M,P.B.のワルツ」あたりから何だかそんな感じはあった。

柳田ヒロはキーボード・プレイヤーとしては間違いなく卓越した才能の持ち主だ。しかしアーティストとしては、結局ポリシーに欠けていたと言うしかない。彼のその後の活動もフォークの方に行ってみたり、ジャズ・ロックに戻ったりと、ポリシーのなさを証明しているような気がする。そして早々に音楽の世界から姿を消してしまったのも、そのせいだったのでは…。

しかしもちろん、そのことで彼の残したいくつかの最高のプレイの価値が失われるわけではない。同様にこの2枚のアルバムの中で光を放っているいくつかの曲の輝きもまた薄れるわけではないのだ。

以下アルバムについてのコメント。


□ 柳田ヒロ 『ミルク・タイム』 (1970)

『ミルク・タイム』は、柳田ヒロの初ソロ・アルバム。上にも書いたようにフード・ブレインの『晩餐』発売の翌月である1970年11月に発売された。
これも上に書いたことだが、『ミルク・タイム』は『晩餐』に似ているところがある。柳田が『晩餐』でできなくて、このソロ・アルバムでやりたかったこととは何だったのか。
見たところ、それはメロディ志向とクラシカルな要素を盛り込むことだったように思われる。

 メンバーはドラムスがフード・ブレインからの角田ヒロ、ベースが「プレ」フード・ブレイン(『新宿マッド』)からの石川恵樹。ギターが水谷公生。私はこのアルバムで初めてこのギタリストを知ったのだが、その異才ぶりにはまったく驚かされた。そしてヴァイオリンの玉木裕樹とフルートの中谷望。

内容的には上にも書いたとおりヴァラエティに富んでいるが、それがあまり成功しているとは思えない。その結果「水増し感」を感じてしまう。
全10曲中の4曲、すなわち「LOVE ST.」、「WHEN SHE DIDN'T AGREE」、「LOVE T」、「MILK TIME」は1分内外の短い曲。これがアルバム冒頭や曲間のつなぎの役割を果たしている。
ちょうどフード・ブレインの『晩餐』と同じ趣向だ。してみると『晩餐』でのあのアイデアは柳田によるものだったのだろうか。
このつなぎは、チェンバロやフルートやヴァイオリンによる静かでクラシカルな曲調のもの。まあ可もなく不可もないといったところだ。

この4曲に加えて「FISH SEA MILK」、「ME AND MILK TEA AND OTHERS」の2曲も2分台という短い曲だ。「ミルク」がらみの曲はみんな短いのか?
ある程度の長さの曲は結局、残る4曲のみ。というようなわけで「水増し」な感じはいや増すのであった。

その中でメインとなる曲はインプロ主体の「RUNNING SHIRTS LONG」jと「FINGERS OF A RED TYPE-WRITER」の2曲。それと短いながらフリー・フォームの「FISH SEA MILK」が良い演奏だ。

このアルバムは日本のプログレッシヴ・ロックの先駆と言われているようだが、私にはあまりピンと来ない。おそらく、キーボード主体のハードな曲と、チェンバロやフルートのクラシカルな曲が同居しているので、プログレと呼んでいるだけではないのか。

以下いくつかの曲について印象を。

「RUNNING SHIRTS LONG」
フード・ブレインにつながるパワフルなセッションだ。このアルバムのベスト・トラック。
水谷公生のギターはエグい。海外の誰にも似ていない独自のスタイルだ。柳田のソロのときのサイドの入れ方もエキセントリック。
エレクトリック・ヴァイオリンのソロも個性的だ。
そして柳田のオルガンも熱い。
角田ヒロのドラム・ソロは珍しく空間を生かした知的なソロだ。

「HAPPY, SORRY」
ポップなインプロ曲だが、フード・ブレインの「M.P.B.のワルツ」にも通じるような面白くない曲。
各自何とか演奏でがんばっているが、いかんせん曲そのものがつまらない

「FISH SEA MILK」
一転して『晩餐』の「穴のあいたソーセージ」につながるフリー・フォームの曲。これがなかなか充実した演奏。もっと長く聴きたい。

「FINGERS OF A RED TYPE-WRITER」
やっと2曲目のハード・エッジな曲。ウォーキング・ベースやロールを効かせたドラムなどリズム隊がジャジーなジャズ・ロック。
ギターがオルガンと絡みながら白熱のソロを展開するが、ブレイクの後、エフェクトをはずしてねじれたソロへ。続くエレクトリック・ヴァイオリンのソロも、粘着質でユニーク。フランク・ザッパを思わせるこの「ねじれ感」は悪くない。
意外にも柳田のオルガンは、サイドに徹したままて前面に出てこない。

「MILK TIME」
アルバムのタイトル曲は意表をついたヴァイオリンによるクラシカルな27秒の小曲。


□ 柳田ヒロ 『HIRO YANAGIDA(七才の老人天国)』(1971)

前作をプログレと呼ぶのは疑問があるが、こちらのアルバムなら日本のプログレの先駆と呼ぶことに異論はない。
アナログA面の全部を占める3曲がとりわけ素晴らしい。「屠殺者」から「真夜中の殺人劇」、そして「夢幻」へと、ハードなプログレ魂が16分にわたって炸裂している。

しかし、あとがいけない。前作同様、今作もヴァラエティに富む内容だが、B面は「高層ビル42F」を除いて残りの曲はみな魅力の乏しい中途半端な曲ばかり。だからやはりアルバム全体としては「水増し感」のする内容になってしまっている。
せめてもう1曲くらいA面に匹敵するテンションの曲があれば名盤になれたのになあ。

メンバーはドラムスが前作の角田ヒロから田中清司に代わり、ヴァイオリンが抜けただけで、あとは前作と同じ。ギターの水谷公生が、ここでも個性的ないい仕事をしている。

以下、各曲についてコメント。

「屠殺者」
 必殺のオープニング・ナンバー。せわしなくたたみかけるように迫る冒頭のオルガン、そしてロールするドラムスとエッジのはっきりしたベースなどまるでEL&Pそのものだ。
フード・ブレインからふっ切れて、目まぐるしい展開を作り込んだ柳田の意欲が伝わってくる。
押し寄せるようなテーマの繰り返しの合間で、歪みまくるギターと金切り声で叫ぶフルート・ソロがすごい。

「真夜中の殺人劇」
続くこの曲も冒頭部はやはりベースとドラムスがEL&P風。
リズムがワルツ・タイムに変わってインプロヴィゼーション・パートに突入。ひしゃげた音でうねるベース音に乗って、ファズ・ギターがよじれ、オルガンが咆哮を続ける。
この「邪悪」で「暗黒」な感じは『アースバウンド』のキング・クリムゾンを思い起こさせる。

「夢幻」
  一転してフルート中心のアコースティカルな曲が始まり、後半エレクトリック・ギターとドラムが入って盛り上がっていく展開。まさにこれぞ哀愁のブリティッシュ・プログレ。
ロビン・トロワーのような水谷のギターソロを満喫できる。

「グッド・モーニング・ピープル(Good Morning People)」
ここからアナログB面。やっぱりまたやてる。柳田って人はこういう曲が好きなんだねえ。フード・ブレイン時代の「M.P.B.のワルツ」、前作の「HAPPY, SORRY」につながるポップでライトなだけの取りえのない曲。

「オールウェイズ(Always)」
 フォークっぽい柳田のヴォーカル曲。どうしても歌いたかったのだろうな。曲に魅力がないし、とにかく彼のヴォーカルは「ヘタウマ」というより「ヘタヘタ」。

「高層ビル42F」
 これはすごい。坂本龍一がやりそうなアンビエント曲。このセンスは時代のずいぶん先を行っていたことになる。
クールなフルートとアヴァンで破壊的なピアノの対比が見事。

「愛しのメリー」
オールド・タイミーなポップ・ソング。EL&Pにならってのお遊び曲なんだろうけど、シャレのピントがずれている。なので意味不明の一曲。
ヴォ^カルはこの後スピード・グルー&シンキに参加するジョーイ・スミス。

「憂うつ」
 プロコル・ハルムばりのオルガン・サウンドは重厚。しかし、結局それが延々と続くだけの曲。歌もつまらないし面白みなし。