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2014年3月13日木曜日

ブログのページ・ヴューが40000に到達


本日このブログが40000ページ・ヴューを達成した。うれしい。読者のみなさん、ありがとう。

前回の30000ページ・ヴュー達成から3ヶ月とちょっとかかった。ブログをはじめて、1万pvから2万pv、2万pvから3万pvへとだんだん期間が短くなって加速度がついてきたけれど、そのペースも3万pvぁたりで落ち着いた感じ。
現在のペースは、だいたい一日100pv前後といったところ。だから100日で10000pvというわけだ。こういう地味で、マニアックで、その上、長くて読みにくいブログに、毎日100pvもあると思うと、すごくうれしい。

この間は、始まって以来初のコメントをいただいた。それが私の考えに賛同してくださるものだったこともあって、すごくうれしかった。今後ともよろしく。

最近は投稿のペースがちょっと落ち気味だ。たまたまロックのライヴ・アルバムについて続けて何回か書いたせいだ。ザ・バンド、ボブ・ディラン、CSN&Yのライヴ・アルバムについて書いてきて、今はローリング・ストーンズについて執筆中。聴きながらいろいろ確認したり、聴き比べたりするので、とても時間がかかってしまう。
どれも、ずっと大好きだった人たちだ。そのそれぞれの曲について、いちいちオリジナルのヴァージョンや、別の時期のライヴ演奏と比較しながら聴くのは、この上なく楽しい。もう隅々まで頭の中に入るほど繰り返し聴いた演奏にも、新しい発見があったりする。
そういう音楽に若い頃に出会い、以後ずっと聴き続けてきて、本当によかったと思う今日この頃だ。

それから料理も相変わらず大好きで、毎日楽しんでいる。「本格」ではなく、あくまで「自分流」。自分のためだけの美味しさの追求だ。そしてもちろん安上がりにね。
いろいろな味の炒めスパゲッティを工夫し、セヴン・イレヴンの金のハンバーグのアレンジ料理をいろいろ考えては、ブログに書いてきた。
今はもっぱら100円くらいの安い魚の缶詰で、ご飯を食べている。この間、クレジット・カードのたまったポイントを、魚沼産のコシヒカリに交換した。食べてみたら、これが美味しくて、美味しくて…。
これを堪能するにはどうするかいろいろ考えた。私は、ご飯の上に何かのせたり、かけたり、あるいは混ぜ込んだりするのは本来好まない。ご飯をヨゴしたくないのだ。白いご飯の美味しさを、そのまま味わいたい。だから、天丼、カツ丼、親子丼のようなタレかけ系はこの場合だめ。ふりかけや納豆や各種のご飯のお供のような乗せ系もだめ。炊き込みやちらし寿司のような混ぜ込み系もやっぱりだめ。その他、ご飯をさしおいて、主役になってしまうような豪華系のおかずもだめだ。ということで、缶詰に行き着いたのだった。イワシ、サンマ、サバなどは100円以下。ときにはゼイタクして、ブリやニシンやサケ(の骨)。
しかい簡便、簡素というには、今の缶詰はものすごく美味しい。味もやや濃い目だったりするので、これだけでご飯1.5合くらい十分に食べられてしまう。
まあ、このへんの話は、また別稿で。

では、今後ともよろしく。


2013年12月4日水曜日

ページ・ヴュー30000回達成 うれしい


このブログのページ・ヴューが、ついに30000回を越えた。見に来てくれた延30000人のみなさんどうもありがとう。

振り返ってみると、去年の1月に初めたこのブログが、ページ・ヴュー10000回に達するのに14ヶ月かかっている。1年と2ヶ月だ。ところがその後、20000回は、6ヶ月弱で越えることができた。つまり最初の10000回に要した期間の約半分で、次の10000回が達成できたことになる。加速しているわけだ。
この割合でいくと、次の10000回は3ヶ月で達成ということになるが、まさかそれは無理だろうと思っていた。ところが、3ヶ月と約10日で、本当に30000回に達してしまったのだ。これには自分でもちょっとビックリ。そして、もちろんすごくうれしい。
この割合でさらに加速が続けば、次の10000回は、1ヵ月半後ということなるが…、それはまさか無理でしょう。

このところの一日のページ・ヴュー数は、かなりばらつきがある。多いときで200弱、少ないときで60くらい。あまり気にしてもしょうがないのだが、30000ページ・ヴューが近づいてきたここ何日かは、やはり毎日チェックして一喜一憂してしまった。
ところで最近気がついたことなのだが、ページ・ヴュー数の多い日は、海外、とくにアメリカからのアクセス数が多いのだ。どんな人が見に来ているのだろう。もちろん日本語が読める人たちなのだろうな。ありがたいけど、それにしても不思議だ。

前回20000回達成のときの記事で、これからは落語や映画についてもっと触れたいと書いた。けれどもあれから3ヶ月、結局まだ果たせていない。まあ今後の課題ということで。ただし長く続けてきた「つけ麺 坊主」の訪問記は一応終了させた。ちょっと寂しいけど。
この3ヶ月間は、『レコード・コレクターズ』誌に気になる記事がいくつもあって、これをネタにしていろいろ書いた。関連のある手持ちのCDを聴き直して、その感想などをまとめてきた。いちいち聴き直すので、けっこう手間と時間がかかるのだが、それがとても楽しい。読んでくれた方にも、この楽しさを共有して欲しいと願って書いているのだが、果たしてうまくいったかどうか。

それから、この間ずっと炒めスパゲッティを作って食べていた。いろいろ工夫を重ねて、うまくできるとそのレシピをちょっとした苦労話と一緒に公開してきた。読み物としてのレシピを目指しているのだが、何となく中途半端かもしれない。なお今度は数々の失敗レシピについてまとめる予定だ。

20000回達成のとき、それまでの記事別のページ・ヴュー数ベスト10を紹介した。面白いことに、今回の時点でのランキングも、前回とあまり変化はなかった。やはり、ローリング・ストーン関係の記事が、上位1位と2位を占めている。強いなあ。
ちなみにここ1ヶ月間のランキングを見てみると、ライヴ・アルバムの完全版が出たザ・バンドや、来日公演が話題となったポール・マッカートニーについて書いた記事へのアクセスが上位にきている。どちらも我ながら良く書けている記事だと思っているので、多くの人に読んでもらえてうれしい。

前回も書いたけどこの私のブログは、見た目が無愛想で文章がやたらと長い。今後もとにかく実質本位で続けていきたいと思っている。相変わらず「日記」というには、間が空きすぎているけれど。
折しも時は師走。隠居しているとはいえ、この時期はわりと忙しい。大掃除や年賀状、そして帰省する身内を迎える準備など、何かとあわただしい日々が続く。いつもより多少ブログ執筆の回数も減ると思われるが、まあマイペースでがんばろう。

それではこれからもどうぞよろしく御愛読を。


2013年8月26日月曜日

ページ・ヴュー20000回突破に感謝


うれしいなあ。何がって、このブログのページ・ヴューが、とうとう20000回を越えたのだ。延20000人の人が、見に来てくれたことになる。見に来てくださった方々、どうもありがとう。

何せご覧のとおり、とにかく無愛想なヴィジュアルのブログである。写真や絵や背景はいっさいなし。文字ばかり。しかもその文章がやたらと長い。気楽に立ち寄ってはみたものの、あきれてすぐに立ち去った人も少なくないはず。そういう人もかなりページ・ヴュー数にはカウントされているんだろうな。
写真がないのは、最初はたんに面倒だったから。でもだんだんこういうスタイルもアリかなと思うようになった。体裁ばかりキレイに整っていても中身のないものが多い昨今、こんな実質本位のブログがあってもいいんじゃないかと考えたからだ。

それから見に来てもらうための宣伝というものを一切していない。知り合いにも、私がこういうブログを書いていることを全然話していない。
読者数の数字だけをむやみに増やそうという気持になれないのだ。興味のない人に読んでもらってもうれしくないし、そもそも相手が迷惑だろう。
わりとマニアックな内容の記事が多いので、本当に興味があってこのブログに辿りついた人たちだけが読んでくれればそれでいいと割り切っている。

こんな無宣伝で無愛想なブログなのに延20000人もの人が来てくれたかと思うと、うれしさがじわじわとこみ上げてくる。私なりのやり方を受け入れてくれる人が、それなりにいるんだなという気持になる。

このブログを始めたのは昨年の1月のこと。その前の年に私は隠居生活に入ったので、最初「御隠居日記」というタイトルにしようとした。ところが、同じタイトルのブログがすでにいくつもあることがわかったので、その後ろに「BTTB」をくっつけたのだ。
この「BTTB」の意味については、以前「坂本龍一のアルバム5選」という記事の中に書いておいたので、気になる人は見ていただきたい。
でもまあ「日記」というには、間が空きすぎているな。

ブログを去年の1月に初めてからその後ページ・ヴューが10000回に達したのは、今年の3月初めのことだった。1年と2ヶ月、つまり14ヶ月かかったわけだ。
それがその後20000回を越えたのが、この8月末。だから、後半の10000回は6ヶ月で達成したことになる。かなり加速度がついているのだ。これも何だかうれしい。

加速している理由は簡単だ。古い記事がけっこう読まれ続けているからだ。図書館の蔵書数が増えるのと同じで、記事の投稿数が増えれば増えるほどアクセス数も増える理屈だ。
一応毎日ページ・ヴューの内容をチェックしているけれども、読まれているページはいつも分散している。一つの記事に集中するということはまずない。古い記事が並行して読まれているのだ。
中でも長く読まれているいわば「ロング・セラー」の記事は、ローリング・ストーンズやピンク・フロイド関係、それから中島みゆきやぱっぴいえんどについて書いたものなど。また手作りのラーメンについてのレシピや苦労話などもずいぶん読まれている。

ちなみにこれまでの全期間を通じての記事別のページ・ヴュー数ベスト10を紹介してみよう。

〔順位〕 〔記 事 名〕
第1位 ローリング・ストーンズのベスト・アルバム5選
第2位 ローリング・ストーンズ『THE BRUSSELS AFFAIR ‘73』
第3位 「坊主」風激辛ラーメンのレシピ 序章
第4位 中島みゆきが少しだけ「ロック」だった頃
第5位 レコ・コレ誌のベーシスト/ドラマー・ランキングを見てあれこれ
第6位 手打ちラーメン自作に到る長い道のり
第7位 ラーメンの手打ち麺のレシピ
第8位 「坊主」風激辛ラーメンのレシピ
第9位 ピンク・フロイド 74年、ウェンブリーでの『狂気』
第10位 「ニッポンのギタリスト名鑑」

上位に入ったのは人気のあるテーマを取り上げたからということもあるだろう。しかし、これまで書いてきて感じるのは、じっくり手間をかけて検討したり資料にあたったりして書いた記事は、やはりページ・ヴューの上でもそれなりの手ごたえがあるということだ。これからも、実質本位でいこう、とあらためて思う。

ブログ全体の傾向としては当初考えていたよりもずっとロックとラーメンに偏った内容になってしまった。何しろロックの記事が全体の4割、ラーメン関係の記事が3割弱を占めている。二つあわせると7割だ。たしかにどちらも私の大好きなものであることに間違いはないのだが…。
当初はこの他やはり私の大好きな落語や映画についての感想も書こうと思っていたのだが、こちらについてはほとんど書いてこなかった。今回のページ・ヴュー20000回突破をひとつの節目として、今後はちょっと軌道修正をはかりたいと考えている。
というわけで、これまでどうもありがとう。これからもどうぞご贔屓に。


2012年2月10日金曜日

私は温泉が嫌いだ  偏屈日記その2

みんな温泉が好きだ。温泉に行ってゆっくりしたいなと言えば、みんながそうだねとうなずく。
ブームというにはもうずいぶん長いこと、温泉ブームが続いている。定番の温泉から山間の秘湯まで、毎日毎日ラジオやテレビで温泉の情報が流れない日はない。みんな温泉に行って疲れた心と体を癒したいのだろう。温泉の時代である。

こんな時代の風潮の中で、ものすごく言いにくいけど、じつは私は温泉が嫌いです。
世間の人に知られないように、人にはなるべく言わないようにして生きてきた。しかし、ついうっかりはずみで口にしてしまうこともある。すると、またまた周囲から白い眼で見られ、変人扱いされることになる。

近場の温泉で、泊りがけの宴会があったりする。そういう場合、私はいつも温泉には入らないまま帰ることになる。お酒を飲んでお風呂に入ると体に良くないから(これは本当らしい)などと言ってごまかしながら。

でも本当は、もともと風呂が嫌いなのだ。嫌いというより、まず、とにかく面倒。服を脱いで、体を濡らし、その体を拭いて、また服を着る。これが面倒。……あきれてますね。
そして、あの湯ぶねにつかっている時間が、何とも退屈というか、手持ち無沙汰というか、何をしたらいいのかわからないというか、とにかく時間をもてあましてしまう。皆さんそういうときどうしているのでしょう。そんなこと感じないんでしょうね、風呂好きの方は。……そうとうあきれてますね。
ただ唯一例外があって、家族で旅行したとき、風呂上りのあのビールが飲みたいばっかりに、自らすすんで風呂に入る、ということはまあある。
というようなわけで、私は風呂が嫌いなのだ。

それでも不潔になるから仕方なく日常的には風呂に入っている。私の場合は、朝風呂。仕事をしている頃から一年を通じていつも朝風呂だ。この頃のような厳寒の時期も、もちろん朝に入っている。その分早く起きているが、一日を始める段取りの一部になっている。
ちなみに北大路魯山人も朝風呂派で、その後「湯から出れば間髪を入れずビールの小壜を数本痛飲する」のだそうだ(「小生のあけくれ」1959年)。なんとうらやましいこと。
当然、朝風呂については、家族からエネルギーの無駄だからやめろと言われている。たしかにその通りです、スミマセン。
しかし、夜、さああとは寝るだけ、というくつろいだ時間に、この面倒臭いことをするのはいやなのだ。すぐ布団に入って安らかに眠ってしまいたい。

というわけで風呂は、入らなくてよいなら入らないで済ませたい。だから風呂に入るために、入ることを目的として、どこかに出かけていくなんてことは、私にはとても考えられないのでした。
これは私だけなのでしょうか。そうかもしれない。でも、今、一人暮らしの若い人には、バスタブに湯をはってつかることをせず、シャワーだけで入浴を済ます人が増えているという。こういう人たちには、私の気持ちがわかってもらえるのではないかな。

ともかく温泉が大好きな皆さん、世の中の人全員が、あなたと同じように温泉が好きなわけではないのです。世の中には、あなたと違う感じ方の人もいるのです。そんな人もどうか許容してあげてくださいね。

2012年2月9日木曜日

私は犬が嫌いだ  偏屈日記その1

以前、初めてのスーパーに立ち寄った時のこと。店内を歩いていたら、何かお酒のつまみによさそうなものが目に入ったので、うまそうだなと手に取った。そしたら連れに「それ、犬の食べ物だよ」と言われた。よく見るとそこはペットフードのコーナー。恥ずかしかった。
スーパーのペットフード売り場が、いつの間にか充実している。散歩していると、犬を連れて歩いている人を頻繁に見かける。うちの近所には、こんな田舎なのに畑のまん中に犬のトリミングとトレーニングをするお店があったりする。
間違いなくペットブームらしい。犬は家族の一員となり、ペットのためのホテルとか、あるいはお墓まであるという。
飼い主たちは、ペットによって癒しを与えられ、孤独を慰められている。ペットの時代である。

こんな時代の風潮の中で、ものすごく言いにくいけど、じつは私は犬が嫌いです。
世間の人に知られないように、人にはなるべく言わないようにして生きてきた。しかし、ついうっかりはずみで口にしてしまうこともある。すると、一瞬の間(ま)の後、「えっ」と驚かれ、とたんに白い眼で見られ、変人扱いされることになる。
癒しの時代の犬嫌いは、禁煙の時代の喫煙者よりも、もうちょっとさらに分が悪い、というのが私の実感。

私は幼児の頃、一度、犬に追い回されて、咬まれこそしなかったが心底怖い思いをした。たぶんそれがトラウマになっているのだと思う。
いまだに少し大きな犬を見ると怖いと感じる。なるべく離れて行き過ぎることにしている。飼い主は、うちの犬に限って絶対に人に咬みついたりしないと思っている。実際にそのとおりかもしれない。が、第三者である私には、それが猛犬に見えてしまうのである。

そういうトラウマがあるから、怖いだけでなく、犬は嫌いだ。こちらが嫌いだと思っていると、向こうにもそれがわかるらしく、よく吠えられる。
ここから少し偏屈なこと書くけど、犬が吠えかかるのは人間に対して失礼だと思う(半分冗談ですよ)。
たとえば庭で遊んでいる幼児がいて、通りがかりの見ず知らずの人に、「ばかたれ」とか「向こうへ行け」とか声を挙げたとする。いくら子供のしたこととはいえ、失礼だし言われた方はいい気持ちはしないでしょ。
犬だから、動物だから、吠えかけるのはしょうがない、ということになっている。けれど、不愉快になるのは同じだ、少なくとも私には。どうか、吠える犬は人の目に触れない奥のほうに押し込んでおいて欲しい(それでは、番犬にならないか)。
それにしても、本当に犬嫌いの人って私以外にいないのでしょうか。
 
まあ冗談(半分)はこれくらいにして、ともかく愛犬家の皆さん、世の中の人全員が、あなたと同じようにあなたの犬を可愛いと思っているわけではありません。世の中には、あなたと違う感じ方の人もいるのです。そんな人もどうか許容してあげてくださいね。

2012年1月10日火曜日

私のダイエット体験 (後編)

私はダイエットを実行して、当初の目的の8キロ減を,、めでたく達成できたのだった。
これでダイエットは終わった、と思った。まあ誰でもそう思うでしょう。それまであまり無理はしてこなかったが、それでもいつもダイエットしていることを意識していた。そんな状態から解放されて、これからは何も考えずに普通に食べてもいいのだ。

ところが、である。普通に好きなように食べ始めると、ただちに体重は増えるのである。少し多めに食べたりすると、1キロくらいはすぐ増えてしまう。しかもこの1キロを元に戻すためには、3日も4日もかかる。
私はここでようやく気が付いた。減った体重を維持するためには、やっぱりダイエットを続けなければならないことを。つまりダイエットに終わりはなかった。がっかりだ。

しかもこの体重を維持するためのダイエットは、減らすときのダイエットよりある意味ずっと難しい。減らすときは、体重が減っていくことが何より励みになった。努力すれば努力した分だけ、結果がはっきり現れる。それがうれしいし楽しい。
ところが体重維持のダイエットには、そういう楽しさがない。時間が経てば気持ちもゆるんでしまう。なるほど世にリバウンドが絶えないわけだ。

では私はどうやってこれを乗り切ったか。
そのころ私は二つのものに出会った。ひとつは例の「レコーディング・ダイエット」、もうひとつが消費カロリー計という器具だ。
「レコーディング・ダイエット」はひところずいぶん話題になり流行した。しかし、今はあまり聞かない。ほとんどすべてのダイエット法が、一時的に流行して消えていくが、これもそのひとつだったということなのか。
私は今もこの「レコーディング」を続けている。食べたものとそのカロリーをメモして、毎食ごとに合計し、さらに一日の合計も出している。だいたいの食べ物は、いちいち本を見なくてもそのカロリー数がわかる。慣れてしまったので、今はそんなに面倒を感じない。
この方法がいいのは、自分がどのくらいのカロリーを摂ったかが、はっきりわかることだ。食べることにブレーキをかけ続けていなくてもよいことになる。
いつもいつも頭の隅で「食べ過ぎないように、食べ過ぎないように」と思い続けているのは、うっとうしいしストレスにもなる。いつ襲ってくるともしれない見えない敵に、おびえている状況にちょっと似ている。しかも、少し食べ過ぎたと思うと自責の念にとらわれてしまう。
食べたカロリーを記録することは、「敵」を見えるようにすることである。無用な警戒をしなくてもいいので気持ちが楽になる。
まだカロリーに余裕があれば、がっつり食べたりもする。反対に食べ過ぎて予定値を超えることがあっても、後で減らせばいいので無駄に自分を責めたり後悔したりしないですむ。

消費カロリー計は、私の持っているのはタニタ製の「カロリズム」というものである。出始めの頃だったと思うが週刊誌の広告で知り、即入手した。
これは。歩数計をもう少し発展させたもので、歩数計のように上下の動きだけではなく、体の3D(上下前後左右)の動きを検知してその消費カロリーを表示してくれる。座っているときでも、人は上半身を動かしているわけだから、その動きによって消費されるエネルギーもカウントしてくれるのだ。
そして、これがいいのは、体重や年齢などから推定して一日の代謝によるカロリーを算定してくれるところである。これを、さっきの運動によるカロリーと合算して、一日の総消費カロリー数が表示される。しかも、消費カロリー量の変化を一日のグラフで見せてくれたりして、なかなか楽しい。

というわけで現在は、摂取したカロリーと消費したカロリーと、毎朝計っている体重を手帳に記入している。もちろん、カロリーがプラスマイナスゼロになるよう心掛けるわけだ。もう習慣化しているので、ダイエットしているという意識はあまりなくなった。
それと運動は大体毎日1時間半くらい自転車で走ってくる。ちなみにこのくらいの散歩で消費できるのは180キロカロリーくらい。御飯一杯分にもならないので、カロリー消費的にはあまり意味はない。

昨年の4月に仕事を辞めて「専業主夫」になった。辞める前から続けていた上のような習慣をそのまま続けていただけだが、すぐにさらに2キロやせた。ストレスがなくなったせいと、自分の生活をコントロールしやすくなったためかもしれない。ダイエット開始時から、二段階にわかれたが合計10キロやせたことになる。
今はあまり我慢している意識はない。お昼は以前書いたように平日はほとんど毎日、自家製激辛ラーメンとライスを食べている。私の計算だと、約1000キロカロリー。心置きなくたべられるのは、本当にしあわせだ。あ、また自慢になっちゃった。

2012年1月9日月曜日

私のダイエット体験 (前編)

自慢するけど私はダイエットに成功した人です。始める前にくらべると10キロほどやせた。今日はその体験を少し書いてみよう。

始める前の私は、たんに太っていたというよりも、毎年毎年どんどん太り続けていた。
前の年に買ったズボンが、次の年にはかなりきつくなり、その次の年には完全にはけなくなった。次々にズボンを買い、それが次々にはけなくなっていく。
そこでついに意を決してダイエットをすることにした。今から数年前、私が40歳代後半の頃のことである。そのときは、始めて4ヶ月で8キロほど減らすのに成功した。

始める前ネットでダイエット関係の情報を見てみた。するとあるわあるわ、いろいろの方法と体験談があり、しかもそのうちのいくつかは食い違っていたり、ときにまったく正反対のことを言っていたりで、わけがわからない。
ただとにかく次のような根本原理はよくわかった。すなわち、人が太るのは、消費カロリーより摂取カロリーが多いため。だから摂取するカロリーを消費カロリーより少なくすれば、体にたまっている脂肪が消費されてやせるというわけだ。なんだ簡単じゃないの。

 結局とりあえず次の四つを実行してみた。
①ヘルシア緑茶を飲む(一日一本)
②ところてんを食べる(一日一パック、その分食事を減らす)
③お昼は盛りそばにする。
④一日一万歩歩く(ことを目標にする)。
⑤毎朝体重を量る。
 
 なあーんだと思うでしょうね。そしてたしかに、これだけではなかなかそう簡単に体重は減らない。人間の体はよくできていて、なるべく現状を維持しようと抵抗するものらしい(そんなら太る方にも抵抗してほしいものだ)。
 私のイメージとしては、おぼれかけている人が助けに行った人に、夢中でしがみついてくる感じ。この「おぼれかけている人」というのがつまり太っている体そのものだ。そういう場合、助けに行った人は蹴飛ばしてでも何でも、とにかくいったん突き放す必要があるらしい。そうしないと自分も一緒におぼれてしまうから。
 そこで、私も太った体を蹴飛ばしたのだ。ときどき食事を抜いたり、ヘルシア緑茶やところてんだけで一食分を済ませたりなどなど。ダイエット法では当然よくないとされている。が、このくらいして私の場合やっと減量に向かうスイッチが入ったのだった。

 やってみてわかったのだが、食事を抜くというのは、身体的には別にどうということもない。それよりもむしろ精神的にこたえる。食べないとさみしいし、物足りないし、みじめな気持ちになるし、少しいらいらしたりする。しかしまあ最初の頃だったから、やせることに対するモチベーションがとにかく高かったので、何とか耐えることができた。

しかしいったんスイッチがはいると、あとはそこまでしなくてもどんどん減っていく。体重計に乗るのが楽しみになる。心がけていてその結果がはっきりと数字で見えるのは楽しいものだ。
ただところてんを食べるのはすぐやめた。体の中で大量の水分を吸うとのことで、たしかに便秘になってしまったからだ。
ヘルシア緑茶に、はたしてやせる効果があったかどうかはよくわからない。ただ、ヘルシアの値段は、普通のペットボトルの倍くらいする。そんな高いものをせっかく飲んでいるのだから、あまり食べ過ぎないようにしよう、といつも心にかけていた(ちょっとせこい話だけど)。つまり、ヘルシアのおかげで食べ過ぎのセーブをつねに意識するようにはなった。

このとき身をもって感じたのは、あまりにも我慢が必要なことは誰だって結局続かないということ。ひと月、ふた月と時間が経つと当然モチベーションは下がってくる。なるべく我慢しなくていいようにもっていくことを考えた。
私のダイエット法を一言で言えば、いつも少なめ少なめに食べるというだけのこと。三食食べていると毎回少なくても、我慢している感じはしない。しかもそれでもときどきは、思いっきり好きなだけ食べて一息つくのである。
当時の一日のメニューはざっとこんな感じ。朝は御飯一杯と味噌汁をきちんと食べ、おかずは2~3品程度。お昼は盛りそばのみ。夕食はお酒を飲みながらおかずを普通に食べるが、お米は食べない。
それから歩くことはつねに心がけたが、エネルギー消費的にはほとんど意味はない。ただ、体を動かすことで、多少なりとも気持ちが晴れて、その分だけ食べることを考えなくなるという効果はあったかもしれない。

そんな調子で6キロくらいまでは順調に減っていった。が、このあたりで減少は止まってしまうのである。バランスがとれたのかもしれない。
これでいいかとも思ったのだが、ちょうどその頃、ひどい風邪をひいてしまった。高熱が出て3日間ほとんど何も食べられなかった。やっぱり栄養状態が悪かったせいで重症になったのかと少し後悔もした。それでもとにかく回復し、久しぶりに体重を計ったら病前よりも2キロほど減っていたのである。
その後様子を見ながら、さっきのような食生活に戻ったが、体重は減ったままで、結局つごう8キロ減の状態で安定したのだった。これぞネットでも誰も書いていなかった「風邪ダイエット(?)」である。

こうして当初目的としていた8キロ減を達成したのであった。体は軽くなり、足取りは軽やかで、上りの階段も苦もなく駆け上がっていける。久しぶりに会った人からは、異口同音に「やせたね」と言われ(中には病気のせいかと心配してくれる人までいた)、昔の服も着られるようになった。見た目だけでなく、コレステロール値や中性脂肪も通常圏内に下がった。めでたし、めでたし…。

しかし、これで終わったわけではなかった。じつはここからがある意味本当のダイエット生活の始まりだったのである。
長くなったので以下次回へつづく。