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2014年9月25日木曜日

東京散歩 「目黒川沿いを歩く」 茶屋坂から中目黒を通って目黒天空庭園まで


9月の晴れたある日、私は恵比寿ガーデンプレイスの広場の木製のベンチに座っていた。平日の昼下がり。広場は閑散としていた。鳩がベンチの間をひょこひょこと歩き回る。それを私は所在無く目で追っていた。

久しぶりの東京だった。お昼少し前に上野に着いて、銀座で所用を済ませる。あとは、ここ恵比寿ガーデンプレイスの東京都写真美術館で、展覧会を見て午後を過ごす予定だった。
お目当ての展覧会は、『フィオナ・タン まなざしの詩学』展。
しかし、当てが外れた。私には、さっぱり面白くなくて、あっという間に見終わってしまったのだ。館内では他にもふたつ展覧会をやっていて、これも見てみたのだが、どちらもつまらなかった。というわけで、すっかり時間をもて余してしまったというわけだ。
時刻は午後2時過ぎ。今日はこの後、5時に新宿で知り合いと会う約束をしている。さて、それまでどう過ごすか…。

こういうときは、やっぱり散歩だ。いつも持ち歩いている小ぶりな東京の地図帳を開いて眺めてみた。するとガーデンプレイスから、山手線の向こう側に少し行くと、目黒川が流れているのに気がついた。そうだ、今日は目黒川沿いを歩いてみよう。以前から、一度ゆっくり歩いてみたいと思っていたのだ。よしよし、ちょうどよい機会だ。

■アメリカ橋から茶屋坂を下る

ガーデンプレイスの入り口から、アメリカ橋(正式には恵比寿南橋)を渡って山手線(とその他の線路いろいろ)を越える。
数年前まで、この橋を渡った先は目黒三田通りにぶつかる三叉路のようになっていたと思うのだが…。いつの間にかまっすぐに茶屋坂に降りて行く道ができていて、十字路の交差点になっている。
ちょっと気になって帰ってから調べたら2010年の地図ではまだ三叉路なのだが、2011年の地図から十字路になっていた。変わったのは、ごく最近のことのようだ。

その初めて通る道をまっすぐ進んでいく。左右の建物が軒並み新しくて、こぎれいで、それが逆にちょっと不思議な感じがする。
歩いていくと、防衛省の艦艇装備研究所の前を通る。以前ガーデンプレイスのホテル・ウェスティンに泊まったことがある。そのとき、上階から見下ろすと、ごちゃごちゃした住宅街の中でこの研究所の長い長い一直線の屋根が異様に目についた。この長い屋根の下には水路があって、船とか、もしかすると魚雷なんかのテストをしているんじゃないのだろうか(あくまで想像)。そんなことを考えながら、研究所の柵の前を通り過ぎる。

このあたりから坂は切通しのようになって、下りの勾配がきつくなる。坂の真正面に、ごみ処理場(目黒清掃工場)の巨大な煙突がそびえている。
この道は、本当は新茶屋坂といい、本家()の茶屋坂は左手奥の方にあるとのことだ。そのあたりが例の落語「目黒のさんま」の舞台になったというのは有名な話。茶屋坂の「茶屋」とは、あの落語の中に出てくる茶屋のことらしい。

茶屋坂と言えば思い出すのは、80年代の末にこのあたりにあったギャラリーのことだ。それはハイネケン・ギャラリー・バー茶屋坂といった。ハイネケンが運営する現代美術のギャラリーだ。バブルの余韻がまだ残っていた当時、ハイネケンも、そんな形で現代美術のサポートをしていたのだった。期間限定の仮設の建物で、ごく短期間しか存在しなかったが、私はその間に何度かそこに足を運んだ。いろいろ思い出もある。
その頃まだガーデンプレイスはできていなくて、当然、動く歩道もなかった。恵比寿の駅からずいぶん歩いて、住宅街の中のそのギャラリーにたどり着いた記憶がある。

茶屋坂を下りながら、あのギャラリーはどのあたりだったのか思い出そうとしたが、まったく見当もつかなかった。思えば、今からもう25年も前、遠い昔の話だ。あの頃、あそこで作品を発表していた若いアーティストたちは、今頃どこでどうしているのだろう。「兵(つわもの)どもが夢の跡」、なんて言葉が浮かんで消えた。
そうこうしているうちに、坂を下りきり、ごみ処理場の脇を抜けると目黒川にかかる中里橋のたもとにたどり着いた。

■目黒川沿いの散歩

地図によると、この中里橋から左に曲がり、目黒川沿いに少し下ると目黒区美術館があるらしい。この美術館には何度か来たことがあるが、いつも目黒駅から歩いたので、目黒川のこちら寄りはまったく未知の領域だった。
今日は茶屋坂から右折して、目黒川の上流の方向に歩いていくことにする。
 
目黒川は、武蔵野台地を水源としていて、世田谷区の三宿と池尻の境界辺りで、北沢川と烏山川が合流したところが起点となっている。そこから南東へ向い、中目黒駅の脇をとおり、五反田駅の北側を流れて、天王洲アイルのところで東京湾に注いでいる。全長は7.82キロメートル。河口付近は古くは「品川」と呼ばれており、これがそもそも品川という地名の由来となったのだとか。

つまり由緒ある川なのだ。しかし、その実際はというと…、なんとも悲しく貧相な都会の川だった。両岸がコンクリートの高い壁になっていて、その間の底の方を、よどんだように水が流れている。先日歩いた学習院下から江戸川橋あたりの神田川の様子に似ている。ただし、こちらは水が汚い。白濁していて、ちょっと臭いもある。都会の川ってこんなもんなんだろうな、と思う。
目黒川沿いには遊歩道が整備され、桜並木が続いていて、都内有数の桜の名所として知られている。とくに近年、桜の季節には、大変な賑わいになるらしい。川面の上に大きく張り出した枝で桜が満開になっている様子は、たしかに見事だろう。でもその下の水がこれでは、かなり興ざめだ。
そんなことを思いながら川の左岸の遊歩道を歩き始める。

遊歩道とはいっても、建物の裏手と、川に挟まれた、ちょっと裏ぶれた感じの通りだ。しばらく行くと右側の眺望が開けた。中目黒公園だ。
さらに進んでいくと、アート・コーヒーの本社ビルにぶつかる。アート・コーヒーが川にはみ出しているような感じだが、じつはここからがくんと目黒川の川幅が狭くなっているのだった。
現在この辺りは川の側に工事現場を囲むような高い壁が立っていて川の様子がわからない。工事の壁とアート・コーヒーの間の狭っ苦しい空間を抜けていく。

そこを通り抜けると相変わらず路地裏っぽい雰囲気だ。のどが渇いてきたので、道端の自販機でジュースを買う。それを飲みながら立ったままひと休みする。ふと下の川面に目をやると、あれっ、水がきれいになっている。水量はごくごく少ないのだが、水は透明だ。
少し行くと、道は駒沢通りにぶつかる。ここを右に行けば代官山だ。そっちに行ってみたい気もあったのだが、今日はこのまま目黒川沿いに歩いてみることにしよう。

歩道橋を渡って駒沢通りを越える。そしてまた川沿いの道に入る。道の入り口のあたりは、やっぱり裏ぶれた感じだ。しかし、道の先の方に東横線の高架の線路と、そのちょっと左に中目黒の駅が見えてくる。この辺からこの道も、中目黒のオシャレ・エリアに突入することになる。
たしかに、道の雰囲気が変わってきた。遊歩道沿いの建物の一階に、いかにも気が利いたオープン・カフェや、おしゃれなブティックのようなお店を、ちらほらと見かけるようになる。
オープン・カフェには、外人さんの姿がやけに目につく。雑談しながら、ひどくのんびりと食べたり飲んだりしている。そしてそんなお店を巡って歩いているらしい人の姿も見かける。若い人ばかりではなく、私と同じくらいのオヤジやオバサンもけっこう歩いている。

小ぶりな川幅の川に、これまでよりも短い間隔で次々に小さな橋が架かっている。何と言ったらいいか、手頃で、人なつっこい雰囲気の界隈だ。ちょっと気取っていてオシャレであると同時に、気軽なご近所の商店街の裏通りといった感じもする。その辺が、この街の人気の秘密だろうか。

そんなことを考えながら歩き続けていたら、だいぶくたびれてきた。歩き始めてから、そろそろ1時間になる。
やがて、歩いている道は、山手通りにぶつかった。目黒川は通りの下をくぐってさらにその先に続いている。しかし、この大きな通りを渡る道がない。しかたないので、いったん右折し、少し先にある横断歩道を渡った。そして、また川のところまで戻り側道を歩き始める。
するとすぐ眼前に、巨大な建築物が現れた。目黒天空庭園だ。私は唐突に自分が散歩の終点にたどり着いたことを知った。

■天空庭園にて

目黒天空庭園は、コンクリートの高い壁に周囲を覆われた上から見ると楕円形の建造物。外壁の高さは、2,30メートルはありそうだ。まるで、城壁に囲まれた西洋のお城にそっくり。市街地の真ん中に、忽然と現れたこの建物の姿は、かなりのインパクトだ。ともかく異様というしかない。
その高い壁の上のほうにわずかに、樹木の緑がのぞいている。なるほどあそこに庭園があるらしい。それにしても、このネーミング!目黒天空庭園とは、よくもつけたものだ。何か重々しでシュールなイメージが、私の中でかってに頭をもたげてきて、わくわくしてくる。

目黒川に面した建物の南側は、ちょっとした広場になっていて、その正面に建物の入り口らしきものがあった。
正式な入り口というよりも、何となく裏口っぽいかまえだ。異様な建築物の体内に吸い込まれるように、そこから中に入っていく。中は薄暗くて、本当にここから入っていいのかと少し不安になる。奥の方が明るい。そこを目指して、おそるおそる進んでいく。
そこには、大きな窓があった。ガラス越しに見えたのは何と中庭。城壁の内側には、壁に囲われた天井のない緑の広場があったのだ。なんてシュールな光景だろう。まるでSFみたいだ。私は古いSF映画の『メトロポリス』を思い出した。
そのわきにエレベーターがあり、これに乗って上の庭園に上がった。

目黒天空庭園の正体は、首都高速道路の3号渋谷線(高架)と中央環状線(地下)を結ぶ大橋ジャンクション。この屋上を緑地化してドーナツのような楕円形の庭園にしてあるのだ。
庭園の総延長は約400メートル。ゆるやかに傾斜していて、芝生と樹木といろんな草花が植えられている。開園は2013年の3月だから、まだ1年半。比較的新しい施設だ。
わくわくしながら上に上がってみると、そこは、まあふつうの庭園だった。外壁側と中庭側のへりには安全のためのフェンスがあり、その手前に植え込みを作ってフェンスを目立たなくしてある。だから、あまり高いところにある庭園という感じはしない。ふつうのビルの屋上庭園という感じだ。銀座三越や新宿伊勢丹の屋上とそんなに変わらない。全体に勾配をつけているのが工夫といえば言えるかもしれない。
まあここは富士山と同じだ。富士山は、よく登るものではなくて、遠くから眺めるものと言われているからだ。ここも下から見上げたときが、一番ステキだった。

庭園を一応ひとめぐりして、隣接していて空中でつながっているマンションに入り、そこのエレベーターで地上に降りた。出口は玉川通りに面している。この通りを右に行けば渋谷、左に行くと三軒茶屋だ。目黒川は、この玉川通りの下をくぐってその先まで続いている。しかし、ここから先は暗渠になっている。ほんの数百メートル先が、目黒川の基点のはずだったが、地下を流れているのでは行ってもしょうがない。というわけで今回の散歩はここで終了だ。
その後は玉川通りを三軒茶屋の方に少し歩き、池尻大橋の駅から田園都市線に乗って渋谷に出た。
今回の散歩は、私にしてはわりと行き当たりばったり。その分、ワクワク感があって楽しかった。


2014年9月22日月曜日

散歩の途中でかつサンドを作って食べる


9月の天気のよいある日、水戸に出かけた。
水戸に出るのはずいぶん久しぶりのこと。今日は、夏の暑さのせいで、春以来すっかりごぶさたしていた千波湖をひとまわり散歩してみたかった。
ちょうどお昼時なので、食べるものを持っていって、千波湖のほとりで食べることにする。この頃、散歩に出かけたときのお昼は、お店に入るのではなく、野外で食べるのがマイ・ブームなのだ。

水戸駅の南口側の駅ビル(エクセルみなみ)の中のスーパー(みなみマーケット)に入って、何か美味しそうなものはないかと物色する。やっぱり揚げ物コーナー(ニュークイック)に惹かれる。よし、今日はここでとんかつを買って、パンにはさみ、かつサンドにして食べよう。
そこで思い切ってロースとんかつ(306円)を購入。ついでに、ポテト・コロッケ(62円)と、あじフライ(133円)も買う。合計501円なり。ここで大事なのは、いっしょに小袋のソースをもらうのを忘れないこと。それからレジで、箸ももらっておこう。

かつサンドのパンを買いに、駅の通路をはさんだ反対側にあるパン屋(ハース・ブラウン)に入る。ちょうど、食パンを半斤で売っていた。「香麦」という名前で、4枚に切ってある(93円)。これで、準備完了。

駅の南口から桜川のほとりに出て土手の上をぶらぶら歩いていく。のどかな風景だ。途中、美都里(みどり)橋のたもとにあるローソンで缶ビール2本を購入。何で駅ビルでなくてコンビニで買うかというと、ちゃんとわけがある。コンビニのビールは、買って持ち帰ったころちょうどよい冷たさになるように、強めに冷やしてあると聞いたからだ。たしかにそんな気がする。

さらに土手を歩いて千波大橋をくぐり、ほどなく千波湖に到着。いつものように湖畔の道を右に歩いていく。つまり、左回り。
すっきりと晴れた青空が湖面に映ってさわやかだ。白鳥さんが遊歩道の上で、日向ぼっこをしている。いかにものんびりとしていて、いい風情だ。この感じが、千波湖のいちばんよいところだと思う。

しばらく歩くと、桜川にかかる芳流橋のちょっと手前の湖岸に東屋(あずまや)がある。湖に面した東屋には、さいわい誰も座っていない。ここで、お昼を食べる心づもりをしていたのだ。
4人用の席と卓を独り占めだ。買ってきたものをテーブルの上に並べる。とりあえず、缶ビールをプシュっと開けて一人で乾杯。十分に冷たくて美味しい。ほんの2,3歩で水辺という最高のロケーションで飲むビールは格別。
まずはあじフライを取り出し、これを肴にして、ビールをぐびぐびやる。このあじフライは、肉厚でしかもふわっとしていて、冷めてもかなり美味しい。なかなかの逸品だ。
むしゃむしゃとあじフライを食べ終え、一本目のビールも飲み終える。平日の昼日中(ひるひなか)、こうして青空の下でビールを飲めるシアワセ…。

次は、いよいよ本日のメインのかつサンドだ。
食パンを1枚取り出す。薄くてふわふわ。その上にとんかつを取り出してのせる。とんかつが大きくて、パンからはみ出してしまう。このはみ出し具合に何ともわくわくしてしまう。正方形に近い食パンに、とりあえずとんかつを縦方向にしてのせる。とんかつの下の端を、パンの下のへりに合わせる。つまりパンの上の方に、とんかつがはみ出すようにする。
これに、小袋のソースをかける。一つでは足りなくて、二つかける。ポイントは、途中でとんかつをひっくり返して、両面にソースをかけること。こうすると、ソースが接着剤になってパンととんかつに一体感が出る。ここで本当はマスタードも欲しいところだがあきらめる。野外で食べるとは、そういうことだ。
この上にもう一枚パンをのせれば、かつサンド完成。左右の手の指を全部使って両手でしっかり持つ。これで準備よし。

まずパンの上方からはみ出している部分のとんかつをかじる。衣がさくさく。中身の肉は、厚くてしっとりとして柔らかい。美味いなあ。穏やかな湖面を眺めながら、かつサンドをむしゃむしゃとかじる。パンととんかつとソースの美味しさが三位一体となって口の中を満たす。ときどき2本目のビールをぐびりとやって、口中をリセット。またまたむしゃむしゃと頬を膨らませてしまう。
ゼイタクな気分だ。こんなにゼイタクなランチは、久しぶり。
ときどき、湖畔の道を通る人たちが脇からのぞいていくが、全然気にならない。

無我夢中のうちにかつサンドを食べ終えている。まだお腹には、十分余裕がある。今度は、一応予備のつもりで買っておいたコロッケを、コロッケ・サンドにして食べることにする。大食いでしょうか。
食パンの上にコロッケをのせる。コロッケは、思ったよりも大きくて、ほぼ食パンと同じくらいの大きさ。そこへ小袋のソースをかけて、もう一枚のパンではさんで完成。コロッケは厚みもあって、かつサンドと張り合うくらいのヴォリューム感だ。
そこへガブリとかじりつく。このコロッケは、カレー味でも、ひき肉入りでもないプレーンのポテト・コロッケ。やっぱりコロッケといえばこれでしょう。甘くて旨い。ジャガイモの甘さが、ソースの味で引き立っている。それがパンの甘みと絶妙の取り合わせだ。またまたむしゃむしゃ、ぐびり、むしゃむしゃ…。
それにしても、水戸駅ビルの揚げ物コーナー(ニュークイック)は、じつにレベルが高い。きょう買ったものは、どれもすごく美味しかった。また何か買ってみたい。

無事に食べ終える。お腹はさすがに満腹。
満足感に浸りながら、ゆらゆらとゆれる湖面の遠くの方を、しばらくぼんやりと眺めていた。
やがて一段落すると、ゴミをまとめ、散歩を再開。ゆっくり千波湖の周りを一周する。いつもはもっと歩くのだが、久しぶりの散歩なので、今日はこれくらいにする。そのまま駅まで戻って家に帰った。ささやかだけれど、大満足の小散歩だった。


2014年6月30日月曜日

東京散歩 「三つの『ヒルズ』を巡る」 赤坂通りと六本木通りを行ったり来たり



6月下旬のある日、東京に出かける用事があったので、ついでに久しぶりでじっくり散歩をしてみることにした。
用件があるのは南青山の骨董通りの裏手。そこで、まず赤坂を起点にして、赤坂通りをずっとたどって目的地まで行くことにした。それから用向きが終わった後は、骨董通りから今度は六本木通りに出て赤坂方面に戻る。そして、アークヒルズまで来たら、その中を通って虎ノ門方面に抜け、オープンしたばかりの虎ノ門ヒルズに寄ってみようと考えた。
なおタイトルは「『ヒルズ』を巡る」としたけれど、それぞれのヒルズそのものに関する情報は、ほとんどありません。それを期待してこのページにお越しの方は、他のページに移動されることをお勧めします。


<赤坂通りを行く>

梅雨の晴れ間の蒸し暑い日だった。曇りがちで直射日光は差さないから、取りあえずは散歩日和。
出発地点は、なぜかTBS放送センター脇のウルトラマンの前(赤坂見附の駅で降りたので、どこから出発してもよかったのだが)。TBS脇の緑の小道を抜けると、そこが赤坂通りだ。ここをどこまでもまっすぐにたどっていけば、青山の骨董通りに出るはずなのだ。

赤坂通りは、片側一車線のそれほど広くない通りだ。名前に「赤坂」がついているから、ちょっと派手&高級なイメージがある。でも実際は、地方都市のどこにでもありそうな裏通りといった感じの地味な通りだ。
たしかに高そうなマンションや、ちょっと凝った構えのレストランもある。そんな中に、いかにも昔から続いていそうな小さなお菓子屋さんや街の電気屋さんなんかもあったりする。しかしラーメン屋やファスト・フード店、居酒屋などもやけに多い。わざわざ散歩に歩くほどの街並みでもない。まあ、私もそんなところをわざわざ好き好んで歩いているわけなんだけれど。
しかし、注目すべきはその道筋がまっすぐではなくて、ゆるやかにくねっていること。昔からある古い道筋の名残りなのだろう。両側の建物は変わっても、道の筋はそのまま残っているわけだ。

出発して5分も歩くと、もう左奥に東京ミッドタウンの高い建物が見えてくる。そして、赤坂小前の変則の交差点を渡ると、右側に赤坂小学校、左手の高台の上に赤坂中学校がある。この中学校の向こうがミッドタウンの庭に接している。
こんなところの小中学校に通っている児童生徒の皆さんは、きっとみんな気の利いた典型的な都会っこなんだろうな、と田舎ものの私としては恐れをなしてしまう。

まもなく道は乃木坂に差し掛かるのだが、あまり坂の感じはしない。右側にあのジャニーズの事務所がある。意外と地味。その先に乃木会館、乃木神社と続き、そこで赤坂通りは、外苑東通りにぶつかる。というか実際にはぶつからないで、その下にもぐり込んでいる。これが乃木坂トンネルだ。
ここを左に行けば、東京ミッドタウンの前を通って、六本木の交差点だ。ここまで、歩き始めてから約10分。赤坂と六本木はすごく近い。
ちなみに左手の角のひとつとなりにSME(ソニー・ミュージック・エンタテイメント)の乃木坂ビルがある。乃木坂と言えば、今はアイドル・グループ乃木坂46の街として知られているのではないだろうか。このグループ名は、このソニーのビルに由来するらしい(詳しくは各自で)。

乃木坂トンネルの入り口の階段を上がる。ここからは、トンネルの上を歩いていく。トンネルが出来る前は、ここが赤坂通りだったのだろう。中央分離帯もある立派な道路なのだが、今はひっそりとしている。都会の真ん中の広い通りが静まり返っているのは、何だかちょっとシュールな風景だ。
それもそのはず、この通りはトンネルの向こう側の出口の上で行き止まりになっている袋小路なのだった。

車道は行き止まりになっても、歩道は続いている。進んでいくと下り坂の細い通だ。右側はトンネルが続いている。高台が終わっても、チューブ状にトンネルが続いているのだ。左側は柵があって見晴らしが悪いが、国立新美術館の裏手に当たっている。けっこうな下り坂だが、自転車に乗った外国人の若者が、何人もすいすい上ってきてすれ違った。
歩道は今度は日本学術会議の建物の裏にさしかかる。そこから先は、下が谷のようになっていて、そこを左右に大きな通りが通っている。その上にかかるこの橋は、南青山陸橋というのだそうだ。もう右側はこのあたりから南青山なのだった。

橋の向こうは青山霊園。緑が広がっている。都会の真ん中とは思えないような深い緑の一帯だ。歩道の車道側の街路樹と、墓地の敷地内の樹木が左右から枝を張り出して緑のトンネルになっている。薄陽が差してきたので、この木陰がありがたい。快適な散歩道だ。
左手奥には、林立する墓石の向こうに六本木ヒルズがそびえたっているのが見える。墓石と近代的な高層ビル。なかなか面白い取り合わせだ。
墓地中央の交差点には、自販機とトイレがある。飲み物を買って、汗を拭きながらここで小休止。出発してからまだ15分も経っていないのだけれど。

再び緑のトンネルの中を歩いていくと、また橋に出る。これは、青山橋だ。この下を左右に通っているのが、外苑西通り。橋の向こうには、青山霊園の飛び地がある。墓地を見下ろしながら通り過ぎると、いよいよ青山のオシャレ・エリアに入る。気が利いたお店がぽつぽつと増えてくるが、まあ私には関係ないなあ。
ほどなく根津美術館前の交差点。ここを、右に進むと表参道の交差点だ。根津美術館は、5年ほど前にリニューアルしたのだが、新しくなってからまだ中に入ったことがない。いずれ入ってみたいものだ。

そのまままっすぐ進んでやっと骨董通りに到着。出発してから30分経過。あれ、私の持っている地図では、ここで赤坂通りは終わっているのだが、実際は交差点になっていて、まだ先に続いている。どうやらここ何年かの間に道が出来て、少し先の六本木通りにこのまままっすぐ直結したらしい。


<六本木通りを行く>

青山で用件終了後、散歩を再開。骨董通りを青山通りとは反対方向に歩いていく。この通りもごちゃごちゃとした地方都市にもよくあるような街並みだ。たしかに、オシャレなブティックやレストランもちらほらあるにはある。しかし、全体としては殺風景。それにしても、骨董屋はあまり見ない。

やがて道は高樹町交差点で、六本木通りに斜めにぶつかる。角にあるのが、富士フィルムの本社ビル。社名はフィルムだが、通りに面する看板で宣伝しているのは化粧品ばかりだ。
六本木通りは、さらに殺風景な通りだ。片側3、4車線の大きな通りで、しかもその上を首都高3号線の高架が通っている。田舎の人間にとっては、高架下の道路という場所は、何となく場末感が漂うイメージがある。しかし、ここはまぎれもなく東京の繁華街のひとつなのである。そんなイメージと現実のギャップがどうにも埋まらない。

道はゆるやかに下っている。ちょっと先の西麻布の交差点が谷底のようだ。六本木通りが外苑西通りと交わるのが、西麻布の交差点。オシャレで高級な夜のお店が集まっているらしいが、昼間だから全然わからない。まあわかってもべつに関係ないけど。

交差点を越えると、今度はゆるい上り坂。蒸し暑くてくたびれてきた。やがて巨大な六本木ヒルズのふもとに到着。ビルを見上げながらエスカレーターで一段あがり、クモのオブジェのある広場で休憩。ここは、幅広い滝があり、風も通り抜けて涼しい。
ここに来るのは、ずいぶん久しぶりだ。でも、ヒルズの中には別に用事もないので、少し休憩してから再び舗道に下りて歩き始める。

六本木はやっぱり人が多い。六本木の交差点は、東京ミッドタウンの方に行く人と来る人でいっぱいだ。そのミッドタウンを左手に見ながら、まっすぐ歩いていく。道はまた下り坂になる。この坂は市三坂というらしい。このあたりは本当に坂が多いことを実感する。
六本木に来ても、交差点よりこちらの方面に来る機会はなかった。六本木交差点の向こうの六本木ヒルズのある側に比べると、こちらは古いビルが多くて何だかくすんだ感じ。やはり高架の下の場末感が漂う。

やがて首都高3号線と都心環状線が分岐する谷町ジャンクションに到着する。名前のとおり、谷底のような場所だ。
上り下りの高架の道路が空中で複雑に入り組んでいる。地上では道路がトライアングル状態になっている。どこをどう渡れば、向こうに行けるのかよくわからない。が、横断歩道を渡って、うろうろしながらなんどか歩道橋にたどり着く。
その歩道橋を歩いていくと、道の向こうのアークヒルズに直結していた。ここで、六本木通りとはお別れだ。


<アークヒルズから虎ノ門ヒルズへ>

アークヒルズには、ほとんど縁がない。中にあるサントリー・ホールに一度だけ来たことがある。ショップも飲食中心だし、周辺に立ち寄るようなところもないから、こんなことでもなければ近寄る機会もなかった。
建物の中を抜けて施設の中ほどの広場に出る。ビルの狭間にあるがらんとした空間だ。人影もほとんどなくて、オープン・カフェで憩っている人たちが数組いるだけ。
六本木通りの喧騒から離れて落ち着いた気分になる。ぶらぶらしながら、左手のちょっとこった池をのぞいてみたりする。それから、中央の階段を上がって裏手の方へ。
このあたりはマンションのエリアなのか、緑が多くて小さな庭園風に整備されている。ここも人気(ひとけ)がなく、涼しげでさわやか。

そのままアークヒルズの裏手に抜けると、そこには短い路地。レンガの茶色と植え込みの緑が落ち着いた雰囲気を醸し出している。たしかこの右手の奥にはスペイン大使館があるはずだ。
この短い路地の突き当りの正面がホテル・オークラの別館。その前の道を左に曲がる。ここをまっすぐ行くと霊南坂だ。近くには有名な霊南坂教会もあるはず。
アークヒルズからこのあたり一帯は、静かで落ち着いた雰囲気だ。今度はこの辺をじっくり散歩してみることにしよう。

別館の隣にホテル・オークラの本館がある。この本館と別館の間の道を右に曲がって進んでいく。その道は左に曲がりながらホテルの裏手に回りこんでいる。そのあたりが、かなり急な下り坂で、江戸見坂という名前が付いている。あちこちにある富士見坂の反対で、ここからは江戸が見渡せたということなのだろうか。今は坂の向こうに虎ノ門ヒルズの巨大な姿が見える。先日オープンしたばかりのピカピカの新品だ。

坂下の交差点を右に曲がる。そんなに広くない昔ながらの道だ。これを少し進んで、広い桜田通りをわたると風景は一変。そこはもう虎ノ門ヒルズのふもとエリアだった。見上げても高過ぎて様子がよくわからない。

エスカレーターがあったので昇っていく。しゃれた緑のエリアを見ながら建物の中へ。外の庭園を大きなガラス越しに取り込んだ建物内の空間に、オープン・カフェ風のお店がいくつも続いている。飲食のお店ばかりだから、きょろきょろしながら中を素通りするしかない。まあだいたい様子はわかった。
ともかくこれで目的地到着。青山からの散歩は、所要約1時間。けっこうくたびれた。

事前にはまったく考えていなかったのだが、結果的に今日の散歩は、三つの「ヒルズ」、つまり六本木ヒルズ、アークヒルズ、虎ノ門ヒルズを巡るコースということになってしまった。あまり建物の中身に興味がないので、それぞれそのふもとを通り抜けただけなのではあるが。
ちなみに、日本で1番高いビルは、東京ミッドタウンで、虎ノ門ヒルズがこれに次いで2番目なのだという。六本木ヒルズは6番目で、アークヒルズはもっとずっと下位だった。
とにかく、どれもみんな大きなビルでした。おわり。


2013年5月22日水曜日

東京散歩 「懐かしい仮想の東京を歩く」 江戸東京たてもの園訪問

ゴールデン・ウイークの一日、家族と連れ立って小金井公園の中にある江戸東京たてもの園を訪ねた。
江戸東京たてもの園は、都内に建っていた歴史的に貴重だが現地での保存が難しい建築物を、移築・復元して集めた野外展示施設だ。愛知県にある明治村の東京都版と言ったらいいか。
集められた建物は、江戸時代から昭和までのもので、全部で30棟。ここは都立の施設で江戸東京博物館の分館になっている。
私は、神社仏閣などよりも、実際に人が住んでいた昔の家を訪ねて見学するのが好きだ。それで以前からこのたてもの園を訪ねてみたいと思っていたのだ。

JR武蔵小金井駅からバスに乗って小金井街道を北へ進むと、5分ほどで小金井公園の西口に到着。
小金井公園は広々とゆったりしていて、木立も多いきれいな公園だ。昼時なので、まずベンチを見つけてお昼を広げる。さっき駅前の西友で調理パンやお稲荷さんを買い込んできておいたのだ。もうすっかりピクニック気分。お天気のよい公園は、のんびりとのどかで気持がよかった。

少し歩いてたてもの園の入り口に着く。園の入り口になっている建物が、もう光華殿という由緒ある歴史的建造物だ。中に入るとチケットのカウンターやショップがあるが、休日とはいえ混み方はそこそこといった感じ。
建物奥の敷地内への入り口脇には展示室があって、園内に建っている建物の設計図面や建築家の資料などが展示してある。ここで予習をして、いよいよ園の中へ。

園内は思ったより緑が多くて広々としている。「展示」というと何となく展示物がぎっちりと並んでいるような印象を持ってしまうが、このあたりは建物と建物の間にけっこう緑がある。
入り口でいただいた園内マップを見て、まず西ゾーンの方へ歩いていく。

このたてもの園が興味深いところは、ただ古い建物を集めただけではなく、それらを下町と山の手の街並みを再現するように配置してあることだ。西ゾーンが下町、東ゾーンが山の手、そしてその先が武蔵野の農村といった構成になっている。
ちょうど昔の東京をそのままミニチュア化したような配置だ。つまり、昔の東京をテーマにしたテーマ・パークとも言える。そう考えると、何だかちょっとワクワクしてくる。

西ゾーンは、下町中通りという通りが中心にあって、その通りの両側に建物がいろいろと並んでいる。なかなか良い風情。通りの突き当たりには、りっぱな銭湯の建物がある。まずはこの銭湯の中に入る。
この銭湯は、宮崎駿の『千と千尋の神隠し』に出てくる風呂屋のモデルになったとか。あれはたしか道後温泉もモデルにしているはずだけど。
靴を脱いで脱衣場からその奥のタイル張りの浴場まで入れるようになっている。本来は裸で入るところに、服を着て入るのはちょっとだけ違和感を感じる。でもとにかく何だか懐かしい。

銭湯の隣に仕立て屋と居酒屋がある。居酒屋の中は狭いカウンターの前に桶で作った椅子が並んでいて、なかなかいい感じだ。こんなところで飲んでみたいな。
下町中通りをぶらぶらとあっちへ行ったりこっちへ行ったりしながら、建物を一軒ずつのぞいていく。
お醤油&酒屋、宿屋、和傘の問屋、乾物屋、文房具屋、花屋、荒物屋、小間物屋といったお店が並んでいる。
それぞれの建物は外観や内装まで再現してあるのはもちろんだが、そこで売っていた商品まで並べて店内の様子を再現している。

とにかく、どれも懐かしい、というか懐かしいような気がする。
売り場の面積は、どこもそんなに広くない。その売り場の空間を天井の方まで上手に工夫して使って品物を収めている。
それにしても現在に比べたら扱っている品物の種類はすごく少ない。でもこれで人々の生活には十分だったのだろうし、その生活は幸せだったのだろうと思えてくる。今だって、本当はここに並んでいるくらいの品物で十分なのだとも思う。

売り場の裏の居住部分ものぞくことが出来た。お醤油屋や和傘の問屋は、やっぱり金持ちだったらしく、部屋も広いし部屋数も多い。たぶん使用人を使っていたせいもあるのだろう。
しかし、その他の個人商店の居住スペースはどこも狭い。商いをしながらのつましい生活がしのばれた。ここにも『三丁目の夕日』に描かれているような、夢と希望と幸せがあったのだろうな、などと想像してしまう。

その他このゾーンで印象に残ったのは、万世橋交番の建物。小さいながら石造りの立派な造りだ。この構えにはたぶん国家権力を誇示する意図があるのだろうが、それと対照的に中の空間がとにかく狭くて、いかにも窮屈。ここで任務を果たしていたおまわりさんはお気の毒でした。

そこから木々の間を抜けながら、高橋是清邸(2.26事件の暗殺現場!)や、まるでミニ日光東照宮のような旧自証院霊屋などを巡る。
そして今度は東ゾーンの山の手通りへ。ここには、写真館の他、有名無名の個人の邸宅が並んでいる。それぞれその中に上がって見学ができる。靴を脱いだり履いたりしながら順番に見てまわった。
蔵も併設された財閥三井家のお屋敷はさすがに豪邸。さっき見てきた高橋是清邸も立派な邸宅だった。しかし結局いちばん印象的で、住んでみたいなと思ったのは、そんな豪邸ではなく、もっと小さな家だ。
中でも、建築家前川國男の自邸と「田園調布の家」と呼ばれている家が良かった。けっして広くはないが、センスが感じられて、住んでいて心地よさそうだ。しかし、こういう家をきれいに住みこなすには、そこに住む人の暮らし方にもセンスが求められるんだろうな。私は大丈夫かな、ちょっと自信がない。

くたびれてきたので、デ・ラランデ邸を見学したところで、その中にある武蔵野茶房というお店で休憩することにする。
デ・ラランデ邸は、デ・ラランデというドイツ人建築家の洋館で、今年の4月20日から公開されたばかり。そのせいもあってか、けっこう混んでいる。
こんな貴重な建物の中で、お茶なんて飲んでいいのだろうかと思いつつコーヒーを注文。オープン直後で段取りがよくないのか、出てくるまでだいぶ待たされたが、おかげでゆっくりと座って休憩することが出来た。

休憩後、山の手エリアのさらに先にある武蔵野の農家を見てまわる。どれも立派な造りだ。茅葺で、土間があって、上がると広い畳の部屋がいくつもつながっている。こんなに立派ではなかったが、私が子供の頃、何度か泊まった祖父の家を思い出して懐かしかった。
しかし、日本人はこういう暮らし方がイヤで、洋風の快適な暮らしにあこがれた。そしてその結果、現在のような家の形になったわけだ。だから、今さらこんな暮らしもいいなんてのんきに言ってはいけないような気もする。

こうして園内を巡り終える。ゆっくりと半日かけて、懐かしい昔の日本を堪能することが出来た。昔の人々の地味で慎ましい暮らしにぶりを肌で感じて、自分の生活を振り返るよい機会にもなったような気がする。
ともかく家族と過ごした楽しい連休の一日だった。

2013年5月18日土曜日

公園日記 「新宿御苑」

ゴールデン・ウイーク後半の5月4日に新宿御苑に散歩に出かけた。
ここを訪ねるのはこれで2度目。新宿にはよく行くのに、この公園はなかなか訪ねる機会がなかった。そのうちゆっくり歩いてみたいとずっと思っていたのだ。

新宿三丁目の駅を降りて新宿通りを四谷方面に1ブロックほど歩き、画材の世界堂の角を右に曲がる。すると、もうその先に新宿御苑の一画が見えている。そちらに向って歩いている人もけっこういる。
新宿門から園内に入った。知らなかったが今日はみどりの日なので、入園料(200円)は無料とのこと。ちょっと得した気分になる。
時間はお昼ちょっと前。やはり休日なので、ゲート付近はかなりにぎわっている。
とりあえず園内をぐるりと一周してみようと思い、門からそのまま左方向へぶらぶら歩いていく。樹木の数が多くて、密に植えてある。さっきまで都会の真ん中を歩いていたのに、急に深い森の中に入ったような感じだ。

歩き出してすぐに、そういえば園内に貴重な洋館があることを思い出した。私は洋館を見るのが好きで、あちこち見て回っている。しかし、今日は事前によく調べてきていなかった。うろ覚えだが、その洋館はたしか昔の休憩所の建物だったような記憶がある。
そこで園内のマップを見て、「中央休憩所」と書いてあるのがそれではないかと思った。マップを頼りに木々の間を抜け、レストランの前を通り、翔天亭という茶室のわきを抜けて、そこにたどり着く。しかしそれはコンクリートの本当の休憩所。洋館などでは全然ない。あらためてマップをよく見てみると、「旧洋館御休所」というのがちゃんと別にある。早とちりだった。

しかし、この中央休憩所の前はじつに気持の良い一画だった。緩やかな起伏があるのがいい。そこに木立と芝生がほどよく配されている。奥には日本庭園の池と深い林が見える。芝生のそこここにシートを広げて幾組もの人々がのんびりと座っている。いかにもゆったりとした時間が流れていた。

洋館をめざしてそこから北の方向へ歩いていく。途中イギリス風景式庭園というのを横切った。高い木々に囲まれて芝生が広々と広がっている。まあ、ただそれだけの場所だ。だから最初そこがイギリス式の庭園とは思わなかった。しかし、マップをよく見ると「イギリス式」ではなく「イギリス風景式」と書いてある。なるほど、これがイギリス風景なのかと納得がいく。
ここにも広々とした芝生の上にシートを広げて座っている人たちがたくさんいる。しかし、かなりの広さなので、混みあっている感じはない。

そして目的の「旧洋館御休所」に無事到着。
ここも今日は無料で公開しているとのこと。うれしい。
この建物は、昔この公園が皇室の庭園だった時代に、皇族方が休憩する場所として建てられたものとのことで、現在は重要文化財に指定されている。
靴を脱いで上がり、中をひとわたり見学する。タイル張りのバスルームが幾つもある。内部の細かい造りや装飾に、ここを利用した当時の人々の息遣いを感じる。これが洋館ウォッチの醍醐味だ。

洋館に漂う雰囲気を十分に味わって外に出ると、先のほうにガラス張りの大きな現代的な建物が見える。あれは温室らしい。ついでにこれも見ていくことにする。
近づいていくと、総ガラス張りで曲線を生かした超現代的なピカピカの建物だ。中に入ると温かい地方の植物がぎっしり植えられている。
私は、洋館に加えて温室とか水族館も好きなのだ。べつに熱帯の植物や魚に特別の興味があるわけではない。そのワクワクするような雰囲気が好きなのだ。
この温室の建物は、外も中も新品なので帰ってから調べてみたら、長らくの休館のあと、昨年の11月にリニューアル・オープンしたばかりとのこと。ちっとも知らなかった。
よく整備されていて、池があったり滝があったりと中の順路もよく出来ている。建物の外に細長い堤を作って、内側から見える景観もうまく整えてあった。
ここの内部の空間の仕切りの壁がちょっと変わっている。鉄筋のような金属を荒い格子状に組んで壁の表面を作り、その中に石を入れているのだ。モダンでしかも自然な感じがいい。
 ゆっくり南方の植物を堪能して外へ出る。

温室を出たところで、隣を歩いていたグループから「バラを見に行こうよ」という声が聴こえてきた。園内にバラの咲いているところがあるらしい。マップを見ると、一番奥のフランス式整形庭園というというところにバラの花壇があることがわかる。

そこへ向って大木戸休憩所から玉藻池を渡る。暗い木立の間を抜けると急に大きく空間が開けた。そこにプラタナスの並木にはさまれて広大なフランス式整形庭園があった。幾何学的に整形された庭園の周囲が、バラの花壇になっている。
ぐるっと一周しながら見て回る。いろいろな品種のバラが植えてあったが、時期的にはまだちょっと早い感じだった。それでも早咲きのものは満開に近い状態で、その前には人が集まっていた。

そこから南側の日本庭園に入り、長く続いている池のほとりを歩いていく。木立が深くて、日陰に入るとちょっと涼しいくらいだ。
池のほとりにある中国風の旧御涼亭から景色を眺めた。この向かい側に、さっきまちがえた中央休憩所がある。先ほどよりさらに芝生の人が増えている。
そこを出たところにある藤棚の前のベンチで少し休憩した。

そして、樹木の間をくぐって、再び入ってきた新宿門に戻った。約一時間半の気持の良い散歩だった。洋館から温室、そしてバラ園と行き当たりばったりだったけれど、そこがまた楽しかった。そして何より、広々とした空間でみんながのんびりと過ごしている。この何とも平和で穏やかな雰囲気がよかった。

公園を出て新宿3丁目の交差点辺りまで来ると、街はいつものように人の波であふれていた。やっぱり休日は公園に限るな。

2012年11月30日金曜日

公園日記 「水戸市七ッ洞公園」

11月も終わりに近いある日、水戸市の七ツ洞公園に散歩に出かけた。
七ツ洞公園は、かなりユニークというかヘンテコな公園だ。園内に何ともおかしな珍風景、オモシロ景観が展開されている。
この公園はイギリスの設計事務所によって設計されたイギリス式の庭園とのこと。だから谷の上下の端にある建物(パヴィリオンというらしい)をはじめ、園内のあちこちには、西洋風の構築物が設置してある。谷の隣には「秘密の花苑(はなぞの)」という花壇なんてのもある。
日本のごく普通の田舎の風景の中に、いきなり昔の西洋風の建物が場違いにあるところが何とも突飛でヘンテコなのだ。

七ツ洞公園は,水戸市の北西部、那珂市に接するあたりにある。このあたりは那珂川の両岸に広がる平地を見下ろすように那珂台地のへりが川と平行して続いている。この台地に深く切れ込んだ谷のような地形を生かして作られているのがこの公園だ。
このあたりには横穴式の古墳が七つあったとのことで、それが「七ツ洞」の地名の由来とか。このうち四つの横穴が現在は池に水没しているそうで、水が少なくなると見えるらしい。
広さは約8ヘクタール。細長い谷には、湧き水をダムでせき止めて大小五つの池が並んでいる。この池を囲むようにして両側に森がある。水と緑が豊かな公園だ。

けっして山奥ではないが、公共交通機関によるアクセスはかなり不便。最寄りのバス停からは20~30分は歩かなくてはならない。そういう意味ではかなりへんぴな場所と言える。そんなところに、さっき紹介したようにいきなり場違いの西洋風の庭園が現れるのだから面白い。
今年はこの公園にまつわる大きな話題があった。今年の4月に公開された映画『テルマエ・ロマエ』という映画のロケ地として使われたのだ。
私は見ていないが、この映画は古代ローマのお風呂の設計者が古代ローマと現代日本との間をタイプ・スリップして往復するという話とのこと。その古代ローマのシーンのいくつかが、この公園でロケされたのだ。イギリス式のはずだが、古代ローマのシーンとして使えたわけだ。

この日もいつものように台地の側から公園に入っていった。
例によって人影はほとんど見えない。『テルマエ・ロマエ』の効果で、最近は来園者が増えていると聴いたが、あまりそんな実感はない。まあ今日は平日だしね。
この公園は池の周りを周回するようには出来ていない。南北に並んでいる池の東側のほとりに沿ってずっと木道が続いている。そこを歩いていきながら、それぞれのダムのところで対岸に渡り、また引き返すのが私なりの歩き方だ。渡ったその先に、何がしかのオブジェが建っている。

ダムは谷の上流から順に、「ダムA」、「ダムB」…「ダムD」と名前がつけられている。いかにもお役所式の工夫のないネーミングだねえ。
「ダムA」は、自然の岩が崩れて流れをせき止めたような雰囲気(実際にせき止めているわけではない)になっている。次の「ダムB」は水の中の島に両岸から木の橋を掛けたもの。だから、これも本当はダムではない。
「ダムC」は土の堤。「ダムD」は土手だけど一応、石造りの橋のような様子になっている。つまり上流から下ってくるに連れて、ダムの造りが、太古から近代へと時代を下ってくるようになっている。なかなか凝った趣向だ。それに連れて、池も大きくなってくる。

木道を歩いていって「ダムA」を飛び石のように渡る。その先には、森の中にちょっと奥まって石の門のようなものがある(「フォーリー」と言うらしい)。ところどころ門の石が崩れている。去年の地震で崩れたのか、廃墟を演出するためにもともとそんな風に作ってあるのかは私には判別がつかない。
また木道に戻って下っていく。落ち葉が木道の上にたくさん散っている。次に「ダムB」を渡る。中の島には東屋がある。床にタイルで模様が作ってあり、これが西洋風ということなんだろうな。
またまた木道に戻る。森が池にせまり、木々の下に木道が続いている。自然を満喫だ。池もだんだん大きくなってくる。
「ダムC」に出ると視界が開ける。上流の側にも下流の側にも水面が開け木々の緑が移り込んでいる。左右には森が迫っている。
樹木で囲まれた閉じた空間の底に水があり、その上には空の青だけ。この静かで閉じている感じがとてもいい。まるで、別世界。この公園の中でここが私の一番気に入っている場所だ。穏やかで静かな時間が過ぎていく。

またまた木道に戻る。今度は石の橋の「ダムD」を渡る、今度は引き返さずに向こう岸の東屋のわきから通じている山道に入る。池のほとりの細い道を辿りながら谷の一番下の「ダムE」まで歩いていった。
いつ見てもここにある丸屋根のパビリオンの姿は唐突感があるなあ。そこから少し西側の坂を上がっていくと「秘密の花苑」だ。
 上から見ると円形で十字に通路がある完全に幾何学的な形の西洋式花壇だ。こんな田舎の一画にあるのが何とも「秘密」っぽい、とは言えるだろう。今の季節は花がちょっと寂しい。

ここをささっと抜けて突き当たりの左の出口を抜けると、道は林の中の細道に続いている。ちょっと寂しい気分になる。こんなディープな道を歩く人なんているんだろうか。たぶん月に一人いるかいないかくらいじゃないのかな。
林を抜けると子供の広場がある。遊具が少し置いてある小さな広場だ。この広場と駐車場の間が野原になっている。本当に何もない原っぱで、端の方にちらほらベンチがあるだけ。意図してのことなのかはわからないが、この「何にもない」感がなかなかよい。
誰もいないこの野原を雑草と落ち葉をがさがさと踏みながらぐるっと一周する。

ここからまた池の方に降りていき、森の中の展望台からまた木道に戻った。今度は、上流の方へ戻っていく。
もう一度「ダムA」を渡って向こう岸に渡る。そして、池の向こう側の山道のような道に入る。湧き水で湿った地面に板をおいただけのなかなかワイルドな道だ。板はところどころ腐食してボロボロになっていてあぶなっかしい。
やがて出発した台地の上に帰ってきた。一時間弱のミニ散歩だった。そのヘンテコさも含めて自然が豊かでとてもよい公園だと思う。

2012年11月6日火曜日

公園日記 「笠松運動公園」

11月の初めの秋晴れの一日、笠松運動公園に散歩に出かけた。
この公園は名前に「運動」とつくことからもわかるように、各種のスポーツ施設が集合しているところだ。陸上競技場や体育館やテニスコートや野球場、その他いろいろある。
ここは今から38年前の1974年、茨城県で国体が開かれたときにそのメイン会場として作られたものだ。その後、2002年に全国高校総体が開かれた際に、さらに拡張して屋内プール(兼アイススケート場)も作られている。

 さすがに県営の施設だけあってかなり広い。面積は約33ヘクタール。つい比較したくなるけど、やっぱり東京ディズニーランドには負ける。ディズニーランドのだいたい五分の三の広さ。
 茨城県のひたちなか市、那珂市、那珂郡東海村にまたがって位置している。

基本的にはスポーツ施設なのだが、敷地内には緑も多く、小さいながらいくつかの広場や公園が設けてあり楽しい散歩ができる。
園内には四つの「ヘルス・ロード」」というのが設定してある。これは、散歩というよりウォーキングのコースだ。距離は、Aコースが2km、Bコースが1.3km、Cコースが0.8km、それと周回コースが4kmといった具合。
それぞれのコースに設定された路面に線が引いてあり、これを辿って歩いていくわけだ。わりやすいし、途中ところどころにスタート地点からの距離が表示されている。けっこうこの線に沿って歩いている人を見かける。

私はあんまりこの線にはこだわらないで、気ままに歩いている。この日もいきなりコースを逆行。陸上競技場の前からまず補助競技場の裏手に歩いていく。今日は何かの催しがあるらしく、中学生の姿が補助競技場の中に見える。
公園の敷地の端を体育館の裏手の方へ進んでいく。敷地の周辺付近は、道の両脇に並木のように木が植えてあって、緑の中を歩いていく感じがなかなか気持ちよい。とくに体育館の裏手は小さな林があって静かだ。
その先のテニスコートの裏手には、「児童スポーツ広場」という小さな野原があって風景がちょっとだけ開ける。この変化もなかなかよい。

テニスコートをぐるりと回ると地下道の入り口がある。
この公園は、一般道を挟んで東西に二つのエリアに分かれている。この地下道はそれを結ぶ通路なのだ。これを通って東側のエリアに入る。
こちら側には野球場が2面と「水の広場」というのがある。
ここまで歩いてきた西側はわりと立派な施設が多いのだが、こちらの野球場は、それと対照的にごく素朴な仕様だ。誰もいないいがらんとした野球場は、のどかで何となく間が抜けている。
その周囲をぐるっと散歩する。この辺は東海村で敷地の外ものどかな景色が続いている。

「水の広場」は、水が流れる浅いプールのような池を中心にした子供向けの広場。しかし今、水はない。震災の影響なのだろう。プールの周囲のタイルのように規則正しく敷かれた敷石の間からは、規則正しく雑草が伸びている。
あるはずのところに水がなく、雑草が盛大にはびこっている様子は、打ち捨てられたような感じで、ちょっと寂しい。それでも、いつも幼児を連れた家族の姿が何組か見られる。

地下道を通ってもとのエリアに戻る。
テニスコートの向かいにある木立の中の「子供の広場」に入っていく。お決まりの遊具の他に、県産品なのだろうか、大きな石がごろごろ転がっていたりする。
ここを抜けるとその先が「日本庭園」。木立の中になかなか立派な池があって、その周囲にあまり手入れはされていないが、たしかに庭園風に回遊路が設けてある。池を渡る飛び石があったり、木道があったり、ほとりには水面を眺めるベンチ代わりの石が置かれている。
この池には鯉が100匹いるとのことだが、本当なのだろうか。
ここは、この公園の真空地帯だ。歩いている人に出会ったことがない。静かでいい場所だ。遠くから競技場の中学生たちの声援の声が聞こえてくる。

「日本庭園」の木立の間を抜けると、ぱあっと視界が開ける。公園の南側のエリアが広がっている。
そこへ向う前に駐車場の横を通って「中央広場」をぐるっと巡ってみる。文字通りこの公園の中央にあるけっこうな広さの公園なのだが、今はまるで廃墟のようだ。池の水は涸れ、中央の大きな噴水は止まっている。周囲の敷石はところどころはがれていたりする。
体育館やプールが震災の被害を受け、未だに使用できない状態(体育館は今月再開予定)だ。こんなところまで手が回らないということなのだろう。

そこから隣の「花壇広場」抜けて、投てき場のわきを南のエリアに向って歩いていく。明るく開けた草原のような風景だ。なだらかな草地の谷があってその底には葦の生えた池がある。その向こうの高台の上に屋内プールの近代的で巨大な建物がそびえている。
ここまで樹木の中を歩いてきたので、この明るさと開放感をよけいに強く感じる。このコントラストが私は気に入っている。

このエリアの西側、駐車場に隣接するところは「自由広場」というかなりの広さのただの草原がある。けっこうな背丈の草が一面をおおい、一部には湿地のようなところもある。「広場」といっているものの、何かに使っているとは思えないワイルドさだ。
ここをがさがさと歩いて横切るのが気持いい。まあけっこう靴は汚れるが…。もちろん誰も他に歩いている人はいない。

 草原から出てメインの陸上競技場のわきに戻ってくる。
競技場の前の敷地のはずれに変電施設がある。そのわきに「県の木園」(園内マップでは「県木園」)というのがある。これがじつにナゾの一画だ。入り口に看板があり、それらしく道があるのだが、歩いているうちに道はなくなりがさ藪の中に紛れ込んでしまう。結局くもの巣だらけになって入り口に引き返すことになる。いったいあれは、どういう場所なのだろう。

とにかくこうして園内を一巡りして元のところに戻った。約1時間の気持のよい散歩だった。樹木あり草原あり起伏ありと歩いていくと景色に変化があって、そこがなかなか楽しい散歩コースだ。

2012年11月1日木曜日

東京散歩「隅田川テラスを歩く」 銀座から浅草まで

10月下旬のある日、また東京に出かける機会があって、ついでにまた散歩してきた。今回は前回に続いて再び隅田川のほとりを歩くことにする。前回、勝鬨橋から佃大橋まで歩いたのだが、とても開放的な空間で快適な散歩だった。それでまた歩いてみたいと思ったのだ。
今回はその続きとして、佃大橋から浅草の吾妻橋を目指して歩いてみようと考えた。

銀座で午後2時半に用件が終了。銀座1丁目と2丁目の間の柳通りを隅田川の方に向って歩いていく。昭和通りを越え、首都高を越え、新大橋通りを越えるが、佃大橋はけっこう遠かった。今日の隅田川沿いの散歩は、かなり長い道のりになりそうなので、その前にこんなに歩いてしまって大丈夫かなと心配になる。

銀座から約20分でやっと佃大橋のたもとに到着。橋のわきの階段を川のほとりに降りていく。すると大きな空間が開ける。
空は快晴。対岸の佃島の突端には、その空に向って高層マンションがにょきにょきとそびえ建っている。岸の手すりの向こうは舗道の高さのすぐ下から川面が広々と広がっていた。
ここに来るまでにもう少しくたびれていたのだが、この気持のいい景色を見て、急に元気がわいてきた。さっそく上流に向って歩き始める。
ちなみに川の流れを上流から下流に向かってみたとき、右側を右岸、左側を左岸と言うのだそうだ。したがって私の歩いているのは、進行方向からみると川の左側なのだが、右岸ということになる。

隅田川のほとりは「隅田川テラス」と名付けられ遊歩道として整備されている。この遊歩道の設置は隅田川の堤防の整備にともなうものだそうで、水面のごく近くに舗道があってその陸地側に堤防の役割の壁がある。だから水面と壁の間を歩いていくことになる。
しかし、殺風景な感じはしない。敷石も壁も素材やデザインに工夫が凝らされていて、エリアごとに雰囲気を変えている。今回、歩き始めてすぐのあたりは、左側の壁がレンガ積みになっていたり、コンクリートのところにはツタ系の植物が這わせてあったりする。ところどころでは壁ではなく芝生の斜面になっているところもある。
舗道の面も石を幾何学的なパターンに並べたり、お城の石組みのように不規則にしてみたり、あるいは板を張ってウッド・デッキのようになっているところなんかもある。
さらに壁際に生垣風の植え込みを設けたり、フラワー・ポットが置かれていたりと緑も豊富だ。
歩いていくとこんな感じで道の様子がどんどん変化するので飽きない。

ただ、何箇所か隅田川に注ぐ支流のところで、この「隅田川テラス」は途切れてしまう。
佃大橋から歩き始めるとすぐ亀島川という支流があってここで道が行き止まりになっていた。少し引き返して階段を上り堤防の上に出る。そこはごみごみとした川沿いの裏路地のようなところだ。一般道を探し、さらにこの支流を越える橋を探す。
何とか見つけて橋を渡るが、今度はまた遊歩道に降りていく入り口がなかなかわからない。もうちょっと何とかわかりやすくして欲しいものだ。

苦労の末、無事、「隅田川テラス」に降りることが出来て散歩を再開。すぐ前に佃島と結ぶ中央大橋がかかっている。立派な橋だ。
その橋の下をくぐって進むとそのあたりは隅田川と晴海運河が合流するところで、とにかく川幅がやたら広い。まるで海みたいだ。そこを水上バスやその他の船がけっこう頻繁に往来している。行き過ぎていく船を見るというのはやはり風情があるものだ。

上流には永代橋が見える。その向こうの意外と近いところにスカイツリーが立っていた。
永代橋は何回も渡ったことがある。もう20年くらい前のある時期、日本橋からバスに乗って佐賀町まで何回も行く機会があった。あのときバスから見下ろした隅田川の風景の中を、今20年後の自分が歩いている。自分の人生の軌跡が交錯するような感じだ。あの頃の自分と自分を取り巻いていた状況を思い返す。ちょっと切ない気持になる。

永代橋の下をくぐり、支流の日本橋川を渡る。今度はわりとスムーズに越えられた。前方には隅田川大橋が見えてくる。道路が二段重ねの近代的な橋だ。高さがあるからさぞ眺望も良かろうと思われるが、車の通行も多いしわざわざ上がってみる気にはなれない。
この橋を越えると次には清洲橋が見えてくる。青い色で吊り橋型のきれいな橋だ。
あの橋を向こう岸に渡ったその先にはすぐ清澄庭園がる。この庭園は今年の春に訪れたばかりで楽しい思い出がある。
なるほど橋にはこれまでの人生につながるそれぞれの思い出がある。こうして川を遡りながら次々に橋を越えていくことは、まるで人生の航跡の縦糸を横糸でつむいでいく様なものだなと思う。

清澄橋がきれいだったので、この辺で橋に上がって向こう岸に渡ってみることにする。橋の上から見下ろす川面は、日差しが映えてきれいだった。
橋を渡るとすぐ支流の小名木川を越えるのだが、ここでもちょっと戸惑ってしまった。
小名木川にかかる萬年橋を渡り終え、遊歩道に降りていく手前に石碑がある。「ケルンの眺め」と書いてある。説明を読んでみると、清洲橋はケルンの吊り橋を模して作られたとのこと。そして、萬年橋のたもとのこの地点から眺める清洲橋の姿がもっとも美しいのだとか。そうかと思って清洲橋の方を見ると、おそらくこの碑より後にできたと思われる川べりのマンションにさえぎられて橋の全景を見ることが出来ない。何とも間抜けな石碑だ。

遊歩道に降りて、今度は左岸を歩いていく。こちらはこちらで植栽が多く、公園のように工夫されている。このあたりには芭蕉のゆかりの地があったりするのだが、今回はひたすら隅田川沿いを歩くことに専念する。
新大橋をくぐり首都高の箱崎ジャンクションの下をくぐると、そこからは頭の上を首都高が通ることになる。右側には両国国技館があるはずだが、堤防の壁と天井のように上をふさいでいる首都高のせいで何も見えない。
しばらく対岸の景色を眺めながら歩く。この風景も懐かしい。車で東京に来るときには頭の上にある首都高を必ず通った。左に国技館があり、そして右側、墨田川の向こうにこの風景があった。

先の方に両国橋が見えてきたので、これを渡ってまた向こうに戻ることにする。そうしたら、右の堤防の壁に、昔の隅田川の様子を描いた大きな浮世絵が見えた。思わず近づいて見入ってしまう。
ここからは「隅田川テラス・ギャラリー」という一画で、隅田川や両国界隈を描いた浮世絵や錦絵を、拡大して壁面に掲示しているという。今、目にしている光景と、昔の賑わいの様子が重ねて見えて興味深い。
というわけで、壁面の浮世絵を辿りながらそのまま左岸を歩き続けることになる。電車が頻繁に往来する総武線の橋を越えて歩いていくと、昔の河岸のちょっとした復元などもあったりしてなかなか面白い。

蔵前橋の下をくぐる。そろそろトイレに行きたくなってきた。遊歩道に設置してある地図を見ると、次の厩(うまや)橋の向こう側のたもとにトイレがあることがわかった。そこで、この厩橋を渡る。まだ、4時前だが、日差しがだいぶ傾いてきた。しかし、渡っている人影はまだまだ多い。
再び今度は右岸の遊歩道を歩くことにする。対岸のすぐそこにスカイツリーがある。そうか、向こう岸を歩いていたので、スカイツリーが近づいてくるのに気がつかなかった。こちらに渡ってよかったと思う。
ここからは屋形船の乗り場が続いている。当然この時間は、何艘もの屋形船が岸壁にもやってある。今夜も出番があるのだろうか。

浅草までもう少し。だいぶ足もくたびれてきた。そのままこちら側の岸を歩いてゴールしようと思ったら、なんと次の駒形橋をくぐったところで遊歩道がなくなっている。
仕方なく駒形橋を渡ってまた向こう岸に渡ることにする。
橋に上がっていくところで、手すりにもたれて川面を見ていた30歳前後の男に声を掛けられた。
この辺で野宿できるところを知らないかという。秋田から出てきて来週仕事があるはずなのだが、それまでお金がない。昨夜はそこの駒形橋の下で夜を過ごそうとしたが、ガードマンに怒られたり、ホームレスに絡まれて大変だったという。
東京にはいろんな人がいるんだなあと思う。しかし私にもどうにもならないので、自分も田舎から出てきたのでわからない、と言って別れる。
別れ際にその男はこんな事を言った。「ちゃんと話を聞いてくれてうれしいです、誰もまともに相手にしてくれなかったので。オトーサンのような人に会えてよかった」。この「オトーサン」というのは私のことらしい。まあオヤジだからしょうがないけど。

駒形橋を渡って再び左岸に下りる。ここから次の吾妻橋までは、植栽が多くてまるでミニ公園のように整備されている。またこっちに戻ってよかったと思う。
そして、終点の吾妻橋に到着。この橋を向こうに渡ると浅草だ。佃大橋から歩き始めてちょうど2時間。けっこう疲れた。

橋を渡ろうとしたら今度は60前後のおばさんに声を掛けられる。浅草橋の駅はどこかという。「浅草」とつく橋だからからすぐ近くと思っているらしい。
浅草橋の駅まではけっこう歩くこと、しかも川の向こう側にあることを教えてあげる。すると川のこちら側(左岸)を歩いて行くと何があるのかと尋ねてくる。両国の国技館があるが、やっぱりけっこうな距離があると忠告した。歩くのは平気なので行ってみると言ってその人は去っていった。日もだいぶ傾いてきたというのに、これから一人歩きで観光か。元気なおばさんだ。東京にはいろいろな人がいる。

吾妻橋を渡ると久しぶりの浅草。相変わらずの賑わいだ。
くたびれていたのに何となく田舎者の定番コースを巡ってしまう。まず神谷バーに入って、デンキブランを一杯だけ飲む(260円)。次に大黒屋に行って海老天丼(1900円)を食べた。かけ汁がものすごく黒っぽい。前から思っていることだが、これって粋な江戸風というより、思いっきり田舎っぽいんじゃないのかな。
それからせっかくなので浅草寺で観音様にお参りした。お堂を出ると境内に、スカイツリーに向って写真を撮っている人がたくさんいる。見るとまだ夕方なのにスカイツリーに月がかかっていた。なるほどいい風情だ。そう言えばたしかまもなく十三夜だったな。
最後にいいものを見た。これで今日の散歩はおしまい。いい散歩だった。