2012年11月1日木曜日

東京散歩「隅田川テラスを歩く」 銀座から浅草まで

10月下旬のある日、また東京に出かける機会があって、ついでにまた散歩してきた。今回は前回に続いて再び隅田川のほとりを歩くことにする。前回、勝鬨橋から佃大橋まで歩いたのだが、とても開放的な空間で快適な散歩だった。それでまた歩いてみたいと思ったのだ。
今回はその続きとして、佃大橋から浅草の吾妻橋を目指して歩いてみようと考えた。

銀座で午後2時半に用件が終了。銀座1丁目と2丁目の間の柳通りを隅田川の方に向って歩いていく。昭和通りを越え、首都高を越え、新大橋通りを越えるが、佃大橋はけっこう遠かった。今日の隅田川沿いの散歩は、かなり長い道のりになりそうなので、その前にこんなに歩いてしまって大丈夫かなと心配になる。

銀座から約20分でやっと佃大橋のたもとに到着。橋のわきの階段を川のほとりに降りていく。すると大きな空間が開ける。
空は快晴。対岸の佃島の突端には、その空に向って高層マンションがにょきにょきとそびえ建っている。岸の手すりの向こうは舗道の高さのすぐ下から川面が広々と広がっていた。
ここに来るまでにもう少しくたびれていたのだが、この気持のいい景色を見て、急に元気がわいてきた。さっそく上流に向って歩き始める。
ちなみに川の流れを上流から下流に向かってみたとき、右側を右岸、左側を左岸と言うのだそうだ。したがって私の歩いているのは、進行方向からみると川の左側なのだが、右岸ということになる。

隅田川のほとりは「隅田川テラス」と名付けられ遊歩道として整備されている。この遊歩道の設置は隅田川の堤防の整備にともなうものだそうで、水面のごく近くに舗道があってその陸地側に堤防の役割の壁がある。だから水面と壁の間を歩いていくことになる。
しかし、殺風景な感じはしない。敷石も壁も素材やデザインに工夫が凝らされていて、エリアごとに雰囲気を変えている。今回、歩き始めてすぐのあたりは、左側の壁がレンガ積みになっていたり、コンクリートのところにはツタ系の植物が這わせてあったりする。ところどころでは壁ではなく芝生の斜面になっているところもある。
舗道の面も石を幾何学的なパターンに並べたり、お城の石組みのように不規則にしてみたり、あるいは板を張ってウッド・デッキのようになっているところなんかもある。
さらに壁際に生垣風の植え込みを設けたり、フラワー・ポットが置かれていたりと緑も豊富だ。
歩いていくとこんな感じで道の様子がどんどん変化するので飽きない。

ただ、何箇所か隅田川に注ぐ支流のところで、この「隅田川テラス」は途切れてしまう。
佃大橋から歩き始めるとすぐ亀島川という支流があってここで道が行き止まりになっていた。少し引き返して階段を上り堤防の上に出る。そこはごみごみとした川沿いの裏路地のようなところだ。一般道を探し、さらにこの支流を越える橋を探す。
何とか見つけて橋を渡るが、今度はまた遊歩道に降りていく入り口がなかなかわからない。もうちょっと何とかわかりやすくして欲しいものだ。

苦労の末、無事、「隅田川テラス」に降りることが出来て散歩を再開。すぐ前に佃島と結ぶ中央大橋がかかっている。立派な橋だ。
その橋の下をくぐって進むとそのあたりは隅田川と晴海運河が合流するところで、とにかく川幅がやたら広い。まるで海みたいだ。そこを水上バスやその他の船がけっこう頻繁に往来している。行き過ぎていく船を見るというのはやはり風情があるものだ。

上流には永代橋が見える。その向こうの意外と近いところにスカイツリーが立っていた。
永代橋は何回も渡ったことがある。もう20年くらい前のある時期、日本橋からバスに乗って佐賀町まで何回も行く機会があった。あのときバスから見下ろした隅田川の風景の中を、今20年後の自分が歩いている。自分の人生の軌跡が交錯するような感じだ。あの頃の自分と自分を取り巻いていた状況を思い返す。ちょっと切ない気持になる。

永代橋の下をくぐり、支流の日本橋川を渡る。今度はわりとスムーズに越えられた。前方には隅田川大橋が見えてくる。道路が二段重ねの近代的な橋だ。高さがあるからさぞ眺望も良かろうと思われるが、車の通行も多いしわざわざ上がってみる気にはなれない。
この橋を越えると次には清洲橋が見えてくる。青い色で吊り橋型のきれいな橋だ。
あの橋を向こう岸に渡ったその先にはすぐ清澄庭園がる。この庭園は今年の春に訪れたばかりで楽しい思い出がある。
なるほど橋にはこれまでの人生につながるそれぞれの思い出がある。こうして川を遡りながら次々に橋を越えていくことは、まるで人生の航跡の縦糸を横糸でつむいでいく様なものだなと思う。

清澄橋がきれいだったので、この辺で橋に上がって向こう岸に渡ってみることにする。橋の上から見下ろす川面は、日差しが映えてきれいだった。
橋を渡るとすぐ支流の小名木川を越えるのだが、ここでもちょっと戸惑ってしまった。
小名木川にかかる萬年橋を渡り終え、遊歩道に降りていく手前に石碑がある。「ケルンの眺め」と書いてある。説明を読んでみると、清洲橋はケルンの吊り橋を模して作られたとのこと。そして、萬年橋のたもとのこの地点から眺める清洲橋の姿がもっとも美しいのだとか。そうかと思って清洲橋の方を見ると、おそらくこの碑より後にできたと思われる川べりのマンションにさえぎられて橋の全景を見ることが出来ない。何とも間抜けな石碑だ。

遊歩道に降りて、今度は左岸を歩いていく。こちらはこちらで植栽が多く、公園のように工夫されている。このあたりには芭蕉のゆかりの地があったりするのだが、今回はひたすら隅田川沿いを歩くことに専念する。
新大橋をくぐり首都高の箱崎ジャンクションの下をくぐると、そこからは頭の上を首都高が通ることになる。右側には両国国技館があるはずだが、堤防の壁と天井のように上をふさいでいる首都高のせいで何も見えない。
しばらく対岸の景色を眺めながら歩く。この風景も懐かしい。車で東京に来るときには頭の上にある首都高を必ず通った。左に国技館があり、そして右側、墨田川の向こうにこの風景があった。

先の方に両国橋が見えてきたので、これを渡ってまた向こうに戻ることにする。そうしたら、右の堤防の壁に、昔の隅田川の様子を描いた大きな浮世絵が見えた。思わず近づいて見入ってしまう。
ここからは「隅田川テラス・ギャラリー」という一画で、隅田川や両国界隈を描いた浮世絵や錦絵を、拡大して壁面に掲示しているという。今、目にしている光景と、昔の賑わいの様子が重ねて見えて興味深い。
というわけで、壁面の浮世絵を辿りながらそのまま左岸を歩き続けることになる。電車が頻繁に往来する総武線の橋を越えて歩いていくと、昔の河岸のちょっとした復元などもあったりしてなかなか面白い。

蔵前橋の下をくぐる。そろそろトイレに行きたくなってきた。遊歩道に設置してある地図を見ると、次の厩(うまや)橋の向こう側のたもとにトイレがあることがわかった。そこで、この厩橋を渡る。まだ、4時前だが、日差しがだいぶ傾いてきた。しかし、渡っている人影はまだまだ多い。
再び今度は右岸の遊歩道を歩くことにする。対岸のすぐそこにスカイツリーがある。そうか、向こう岸を歩いていたので、スカイツリーが近づいてくるのに気がつかなかった。こちらに渡ってよかったと思う。
ここからは屋形船の乗り場が続いている。当然この時間は、何艘もの屋形船が岸壁にもやってある。今夜も出番があるのだろうか。

浅草までもう少し。だいぶ足もくたびれてきた。そのままこちら側の岸を歩いてゴールしようと思ったら、なんと次の駒形橋をくぐったところで遊歩道がなくなっている。
仕方なく駒形橋を渡ってまた向こう岸に渡ることにする。
橋に上がっていくところで、手すりにもたれて川面を見ていた30歳前後の男に声を掛けられた。
この辺で野宿できるところを知らないかという。秋田から出てきて来週仕事があるはずなのだが、それまでお金がない。昨夜はそこの駒形橋の下で夜を過ごそうとしたが、ガードマンに怒られたり、ホームレスに絡まれて大変だったという。
東京にはいろんな人がいるんだなあと思う。しかし私にもどうにもならないので、自分も田舎から出てきたのでわからない、と言って別れる。
別れ際にその男はこんな事を言った。「ちゃんと話を聞いてくれてうれしいです、誰もまともに相手にしてくれなかったので。オトーサンのような人に会えてよかった」。この「オトーサン」というのは私のことらしい。まあオヤジだからしょうがないけど。

駒形橋を渡って再び左岸に下りる。ここから次の吾妻橋までは、植栽が多くてまるでミニ公園のように整備されている。またこっちに戻ってよかったと思う。
そして、終点の吾妻橋に到着。この橋を向こうに渡ると浅草だ。佃大橋から歩き始めてちょうど2時間。けっこう疲れた。

橋を渡ろうとしたら今度は60前後のおばさんに声を掛けられる。浅草橋の駅はどこかという。「浅草」とつく橋だからからすぐ近くと思っているらしい。
浅草橋の駅まではけっこう歩くこと、しかも川の向こう側にあることを教えてあげる。すると川のこちら側(左岸)を歩いて行くと何があるのかと尋ねてくる。両国の国技館があるが、やっぱりけっこうな距離があると忠告した。歩くのは平気なので行ってみると言ってその人は去っていった。日もだいぶ傾いてきたというのに、これから一人歩きで観光か。元気なおばさんだ。東京にはいろいろな人がいる。

吾妻橋を渡ると久しぶりの浅草。相変わらずの賑わいだ。
くたびれていたのに何となく田舎者の定番コースを巡ってしまう。まず神谷バーに入って、デンキブランを一杯だけ飲む(260円)。次に大黒屋に行って海老天丼(1900円)を食べた。かけ汁がものすごく黒っぽい。前から思っていることだが、これって粋な江戸風というより、思いっきり田舎っぽいんじゃないのかな。
それからせっかくなので浅草寺で観音様にお参りした。お堂を出ると境内に、スカイツリーに向って写真を撮っている人がたくさんいる。見るとまだ夕方なのにスカイツリーに月がかかっていた。なるほどいい風情だ。そう言えばたしかまもなく十三夜だったな。
最後にいいものを見た。これで今日の散歩はおしまい。いい散歩だった。

2012年10月30日火曜日

「つけ麺 坊主」訪問 「特製らーめん」 馬肥ゆる…編

10月の末の一日、用件があって水戸に出かけた。用向きは午前中に片付いたので、当然のことながら「坊主」さんへ。前回から2週間ぶり。今月はこれで2回目の訪問。まあまあのペースかな。

平日の午前11時45分に入店。昼時が近いので混んでいるかもしれないから、1時過ぎに寄ろうかとも思った。しかしまあ12時前だし何とか大丈夫だろうと踏んでのれんをくぐる。すると、なんと先客はなし(後客は6人)。
今日は何も考えずに定番の「特製らーめん」にする。ただし、トッピングに久しぶりの「ネギ」のボタンを押す。そして「白めし」と「ビール」と。

カウンターの一番奥のいつもの「指定席」に座る。いつものように麺とめしは普通盛りでお願いする。
すぐにスーパードライの中瓶とコップが出てくる。御主人はすぐに私のラーメンを作り始める。ビールをコップに注いでグビリグビリと飲む。何しろのんびり飲んでいるとすぐラーメンがでてきてしまうので…。私はラーメンを食べながらビールを飲むというのがいやなのだ。ぽかぽかと暖かい日差しの中を歩いてきたのでビールがうまい。

相変わらずの清潔な店内。厨房の金属の壁はピカピカだ。
まもなく先にまず「ネギ」登場。刻みネギが、ご飯を盛るのと同じ器に別盛りでたっぷりと入って出てくる。これで100円。
このお店のトッピングのメニューは生卵(50円)を除いてすべて100円だ。この100円メニューの中で、いちばんお得なのはなんと言っても「白めし」だが、その次がこの「ネギ」だろう。もういやというほど「ネギ」を満喫できる。
ただし、この「ネギ」はラーメン系のメニューのときのみお勧めだ。つけ麺系のときは、つけ汁の量がラーメンのスープの分量より少ない上に、もともと冷めやすいから、これだけのネギを入れるとうんと冷めて美味しさを損なってしまうのだ。

程なく「特製らーめん」と「白めし」登場。
今日もカウンター上のツボから唐辛子を少しすくってラーメンに振りかけて辛さを増量。
 例によって具材のもやしと豚肉の山がどんぶりの上で壮観だ。その上にちゃんと刻みネギものっている。とりあえずその周囲のわずかにのぞく水面からあぶらの浮かぶスープをレンゲですくって飲む。
もちろん辛いけど、甘さと旨さとコクがちょうどよいバランス。前回訪問のときと同じだ。ずっと以前はもうちょっと甘さが強かったような…。ついでに塩気がちょっと弱めなのも前回と同じ感じ。
例によって立て続けに何回もレンゲですくってスープを味わう。その合間にご飯を二口、三口。これが一段落してからおもむろに具材の山を崩してどんぶり上に広げる。どんぶりの表面にスープが見えなくなる。
さて別盛りのネギをどうするか。以前はここでネギの全量をどんぶりの全面に投入して、スープに沈めるように混ぜるのが常だった。ネギのエキスが熱いスープに溶けだして美味しくなるような気がしたからだ。しかし、今日は逆にできるだけ少しずつ加えていくことにする。

ここの麺はかなり絡み合っている。これをどんぶりの上に高々と引っ張り出したりして(たいてい汁がはねる)、一生懸命ほぐしつつ食べる。ここの中太のストレート麺は、もちもちとした歯応えとコシがあって天下一品だ。
麺をひとすくいして食べると、すくったあとのどんぶり上に少しだけスープの水面が出てくる。そのあいた穴に、ネギを箸でひとつまみしては入れる。そんなふうにして食べ続けた。
ネギの強い香りとしゃりしゃり感が何とも言えないうまさ。この食感はかなり強力で、いつもの「特製らーめん」が全然別のメニューと化す。そういえば、「ネギ・ラーメン」なんていうメニューを掲げている店もけっこうある。

いつものようにだんだん無我の境地になって食べ続けている。いつも以上に鼻水が出てきて忙しくティッシュで鼻をかみ続ける。さらに今日は、顔面からけっこうな量の汗も噴き出す。ここで食べながらこんなに汗をかくのは久しぶり。いつもよりとくに辛いわけではない。もしかするとこれはネギの薬効なのだろうか。

全体の四分の三ほど食べ終える。先ほどのやり方どおり麺を食べてはそのつどネギを加えてきたが、まだ別盛りの器にかなりのネギが残っている。そこで、ここで方針を変更して残りのネギの全量をどんぶりに投入。ネギの方が麺よりも多いくらいのネギ・ラーメンの出現だ。これがまた美味しい。
これで弾みがついて残りを食べ続け、ご飯と同時にスープまで完食。いつになく満腹だ。
じつは最初、麺かご飯のどちらかを大盛にしようかという気持もなくはなかったのだが、そうしなくてよかった。

というわけで今日も身も心も満足。ごちそうさまでした。汗を拭きつつ昼時で混み始めた店内を後にした。
口の中のネギ臭は当分取れそうもない。まあしょうがないか。

2012年10月25日木曜日

公園日記 「ひたち海浜公園」

このところ公園をよく歩いている。隠居の身なので、たいていは平日に出かけて行く。地方の平日の昼間だから、ぶらぶら歩いているような暇な人はあんまりいない。ちらほら見かけるのは、お年寄りか中年の御婦人方ばかり。
そんな閑散とした場所を一人で歩いていると、やっぱりちょっと寂しい気持になる。しかし、そんなささやかな孤独を抱えながら、緑の中を歩いていくのもなかなかいいものだ。自分は本当に自由だということを実感する。

べつに植物や花に特別の興味があるわけではない。だから木や花の名前には、あまり詳しくない。虫が好きなわけでもないし、鳥に興味があるわけでもない。
歩いているときの楽しみと言えば、いい景色を眺めること。どちらかというと、広い空間や小高いところから眺める風景が好きだ。また、深い林の中にわけ行っていくときのちょっとどきどきするような怖い感じもそれはそれで悪くない。
こんな「散歩者」である私の目から見た公園の紹介を、これからしてみたい。

10月半ばのある日、ひたち海浜公園を散策してきた。目的の一つは、園内のコキアの紅葉を見ること。
園内の「みはらしの丘」という小高い丘を一面におおうコキアが、真っ赤に色づいている風景は、この公園の秋の最大の見所となっている。
一度、この時期に訪れて、この風景を見てみたいと思っていた。テレビのローカル・ニュースで、ちょうど今が見頃と紹介していたので、さっそく出かけてみたわけだった。

ひたち海浜公園は国営の公園で、茨城県ひたちなか市にある海に面した広大な公園だ。戦前は日本陸軍の水戸東飛行場があり、戦後は米軍の射爆撃場として使用されていた場所の跡地に作られた。私が若い頃は、延々と続く有刺鉄線に囲まれた得体の知れないエリアと思っていた。
それが今は見違えるような風景になっている。ウィキペディアによると公園の総面積は350haで、東京ディズニーランドの5倍の広さ。このうち現時点で実際に公園として利用されているのはまだ全体の555%とのこと。[
それでもとにかく十分に広い。私にとってのこの公園の魅力は、やはりこの広大さだ。

勝田駅からバスに乗った。いつもならがらがらのこのバスが、すでに混んでいた。お年寄りに加えて、中国人のグループなんかもいる。みんなコキアを見に行くらしい。
約20分(390円)で、公園の西口に到着。バスはこのあと終点の南口まで行くのだが、全員ここで下車する。
西口周辺もいつになく混んでいる。なるほどコキア人気は思ったよりもすごいようだ。

入り口から入った人たちは、三々五々、コキアのある「みはらしの丘」に向って歩いていく。やはり、広いのでさすがに行列にはならない。
木々の間から赤い「みはらしの丘」が見えてくると、歩いている人々が小さな歓声をあげている。15分くらいで「みはらしの丘」のふもとに到着。

「みはらしの丘」は、園内の海に面したところに人工的に作られた小山だ。この頂上がひたちなか市で一番高い場所だという。この丘を春は青いネモフィラが、秋は赤いコキアが一面をおおい、その風景がこの公園の呼び物になっている。
秋のコキアは、ホウキグサともいう背の低い植物で、箒のような細かいが特徴的。茎を乾燥して実際に箒として利用される。そして秋になると葉はもちろん茎まで真っ赤に紅葉する。

さて、コキアはもう紅葉の時期になっているのだろうけど、去年の写真などで見るより赤さが今ひとつ薄かった。たぶん今年の夏の暑さのせいなのじゃないだろうか。
赤い丘の頂上につづくジグザクの道に人の行列が続く。その様子が、そのまま絵になる風景になっているところが面白い。めったにしないのだが思わずケータイで写真を撮ってしまった。

さて時刻は12時過ぎ。何か食べたいなと思っていたら、丘のふもとに簡単なフード・コートができていた。たぶんこの時期限定なのだろうけど、プレハブ造りながらいくつかのお店が「長屋」のように入っている。
焼きハムのお店に長い行列ができていた。長い串に厚く切ったハムをいくつも刺して、煙を上げながら焼いている。いかにも美味しそうだったが、行列に並ぶのがいやなのであきらめる。
結局、「長屋」の一番左はじのカレーのお店で、「カレー屋の焼そば」と「ナン・ドーナツ」というのを買う。合計500円。
焼そばは、ふつうのソース味ではなくエスニック味。量もたっぷりだし、イカ、エビや野菜もいろいろ入っていて大当たりだった。ドーナツは、ナンの生地を丸くまとめて揚げたゲンコツ状のドーナツで、これもなかなか美味しかった。

お腹か満たされるとまた歩き始める。じつはここからが、今日の本当の目的。「みはらしの丘」の北側に広がる森の中を歩く予定なのだ。
丘の海側を回り込むように北へ歩いていく。丘のふもとはあんなににぎわっていたというのに、こちらへ来るといきなり人影がなくなる。
「みはらしの丘」の頂上に登ると丘の北側に森が広がっているのが見える。そこには何の建物もない。前からあの中を歩いてみたいと思っていたのだ。園内マップで見ると、その一帯は「樹林エリア」と名付けられていて道も通じているようだ。

森の中の道は園内の他のエリアの道と同じくけっこう幅が広くてちゃんと舗装されている。自然の中に、ちょっと場違いな感じだ。ここもいずれシーサイド・トレインが走る予定なのだろうか。
このあたりは公園が出来る以前の植生をそのまま残してあるようだ。ひとっこ一人いない森の中の道を歩いていく。これが楽しいのだ。

しばらく歩いていくと道端に簡易トイレがあり、その左右に森の中に入っていく入り口があった。「散策路」の看板がある。
深い森の中に入っていっても大丈夫かな、とちょっと心配になる。多少ためらいながらも踏み入っていく。木々の間を小道が通っている、両側に低く紐が張ってあって、ちゃんと道が示してあるので安心だ。もし、この紐の外に出たら方向もわからなくなって、もう森の外に出られなくなるだろうな、などと想像する。
小道は大きな円のコースになっていて、けっこうな距離を歩いてもとの場所に戻った。面白い散策だった。森の空気を満喫した感じ。

再び、舗装された道を歩いていくと、西口わきの駐車場に出る。少し柵に沿って歩くとまた森の中に続く道。
ここを入っていくと、池を中心とした「ひたちなか自然の森」というエリアになっている。ここも人の気配はまったくなくて、深閑としている。池のほとりには、うち捨てられたように木製のデッキや橋があってなかなか風情のある空間だ。

ここからはすぐ西口前の池のステージがある広場に出る。約1時間の森の中の楽しい散歩だった。
池のわきのレイクサイド・カフェで、生ビールとたこ焼きを買って池を見ながら休憩する。たこ焼きはたぶん冷凍物だと思うけれど、外側がパリッとしてものすごく美味しい。今日は、ジャンク・フード三昧のおいしい散歩でもあった。

2012年10月22日月曜日

レッド・ツェッペリンのアルバム5選(後編)

前編では私のレッド・ツェッペリンのアルバム5選を発表した。そしてツェッペリンの10枚のアルバムのうち、このベスト5に入らなかった残りのアルバムについて、その落選理由を述べた。
この後編では、ベスト5に選んだアルバムについて、私なりにコメントしてみたい。

 一応、私の選んだベスト5を再度ここに紹介しておこう。

<レッド・ツェッペリンのアルバム極私的5選>

第1位 『レッド・ツェッペリン ILED ZEPPELIN)』
第2位 『レッド・ツェッペリン III (LED ZEPPELIN III)
第3位 『聖なる館 (Houses of the Holy)
第4位 『レッド・ツェッペリン II (LED ZEPPELIN II)
第5位 『永遠の詩(The Song Remains the Same)』
次 点 『プレゼンス (Presence)

<ベスト5アルバムについてのコメント>

第1位 『レッド・ツェッペリン I (LED ZEPPELIN)

歪んだギターの音色とカッコよくて印象的なリフ。そして悪夢の中で聴こえるような濃密で熱っぽいヴォーカル。さらに、グルーヴ感のない重く人工的なビート。初期ツェッペリンの魅力のすべてがここに詰まっている。
思えばハード・ロックの歴史は、クリームでもなくジミ・ヘンでもなく、まさにここから始まったのだった。もうちょっと細かく見れば、この前年のジェフ・ベック・グループの『トゥルース』と、ツェッペリンのこのアルバムの間あたりに、ハードなブルースとハード・ロックの境界線があると言える。

ジミー・ペイジはかなりベックの『トゥルース』の音作りを参考にしたと思われるが、両方のアルバムに入っているブルース「ユー・シュック・ミー」を聴けば、ペイジの独創性は明らかだ。
ツェッペリンのこのアルバムは、いろいろ元ネタの曲が指摘されていて、流用とか盗用とかいう批判も多い。しかいジャズと同じで、そのアレンジと演奏は完全に独創的。その自信があるからこそ、元ネタのある曲にも自分たちの名前をクレジットしたのではないか、とさえ想像したくなる。

A面の冒頭は「グッド・タイムズ・バッド・タイムズ (Good Times Bad Times)」。ユニゾンの分厚いリフ。邪悪に歪むギター・ソロ。いきなり衝撃的なツェッペリン・サウンドで、アルバムの幕が開く。
2曲目は一転してアコースティカルなサウンドの「ゴナ・リーヴ・ユー (Babe I'm Gonna Leave You)」。微熱に浮かされているような熱っぽいヴォーカル。サビがアコースティックながらヘヴィーで、ちゃんとハード・ロックになっている。
続く3曲目がダークでダウナーなツェッペリン流ブルース「ユー・シュック・ミー (You Shook Me)」。濃密で浮遊感のある音空間は、悪夢にうなされているよう。
曲間なしで始まる次の「幻惑されて (Dazed And Confused)」はさらに悪夢の世界に踏み込んでいく感じだ。
 こうしてA面が終わる。曲のヴァラエティが豊かなことにあらためて驚く。

この後B面でもさらに多彩な曲が展開される。
インド風味のサイケなアコースティック・ギター・ソロ「ブラック・マウンテン・サイド (Black Mountain Side)」。
硬直したたてノリビートが炸裂する「コミュニケイション・ブレイクダウン (Communication Breakdown)」。
そして再びひしゃげた暗黒ブルース「君から離れられない (I Can't Quit You Baby)」。そこに再び連続する悪夢「ハウ・メニー・モア・タイムズ (How Many More Times)」。

このバンドのその後の展開を予感させる幅広い音楽性がすでにこのデヴュー・アルバムには意欲的に盛り込まれている。同時にそれらが、重く歪んだサウンドの感触と、人工的な硬直ビートによって統一感を持ってまとめられているところが見事だ。
この感触こそが当時の世界の若者達の、そしてロック少年だった私自身の心を、しっかりと捉えたのだった。

第2位 『レッド・ツェッペリン III (LED ZEPPELIN III)

このアルバムには、ミステリアスで不穏で不安を掻き立てるようなところがある。そして、それこそが聴く者の心を引きつける不思議な魅力になっているのだ。
このアルバムの曲は、ウェールズのコテジ、ブロン・イ・アーに滞在しながら、リラックスした状態で作られたという。しかしながら、穏やかで健全な感じはあんまりしない。

1曲目は「移民の歌 (Immigrant Song)」。デヴィッド・フィンチャーの映画『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年)で使用されたことも記憶に新しい。昔、リアル・タイムでこの曲がラジオから流れてきたときは、相当にヘンテコな曲だと思った。今聴いても、ギター・ソロのないリフ一本やりの作りで、やっぱりちょっとヘンな曲だ。
10世紀にアメリカ大陸に渡ったヴァイキングの伝説を歌ったということだが、その異様な野性味が印象的で、ちょっとコワい。
そして続く「フlレンズ(Friends)」。アコースティック・ギターの不安な響きと落ち着かないボンゴの音。そこにTレックスのような不穏なストリングスがからむ。
曲が終わっても怪しいシンセの音が鳴り続け、そのまま次の曲「祭典の日(Celebration Day)」へとつながっていく。せわしないスライド・ギターのリフ。明るいというより狂騒的な感じの曲だ。
この冒頭3曲の不穏な雰囲気が何とも強烈。で、かつ魅力的。この印象は、ラスト曲の「ハッツ・オフ・トゥ・ロイ・ハーパー (Hats off to Roy Harper)」で、リプライズのようによみがえる。

ところでこれに続く4曲目の「貴方を愛しつづけて (Since I've Been Loving You)」は、ツェッペリン流ブルースの傑作だ。ヴォーカルもギターもニュアンスに富む演奏。中間のペイジのソロは珍しく叙情味にあふれている。またジョン・ポール・ジョーンズのオルガンがいい味を添えている。

発表当時は評判の悪かったアコースティック・サウンドのB面だが、ボーナムの重いドラムスとプラントのハイ・テンションのかん高いヴォーカルがある限り、どう転んでもやっぱりヘヴィーなロックになってしまう。
B面1曲目の「ギャロウズ・ポウル (Gallows Pole)」がその典型。内容はブリチィッシュ・トラッド的だが、ビートが強烈でアコースティックなハード・ロックだ。
ペイジとプラントは二人ともCSNYが好きらしいが、プラントの濃い歌唱では、CSNYのようなさわやかさは出るはずもない。唯一ウエスト・コースト風なのが「ザッツ・ザ・ウェイ (That's The Way)」だ。ドラムスが入ってないせいもある。

ドラムスの入っていないもう一つの曲がラストの「ハッツ・オフ・トゥ・ロイ・ハーパー」。異様にスライドし続けるアコースティック・ギターと過剰にイコライジングされたヴォーカルだけのシュールで、まるで妄想と狂気にとらわれたような曲。先に触れたように、ここでアルバム冒頭の不穏な雰囲気がよみがえる。
こんな後味のすっきりしないラスト曲も珍しい。で、また頭から聴きたくなるのだ。

ところで、1作目、2作目でハード・ロック路線を切り開いた彼らが、この3作目ではソフトなアコースティック・サウンドに振れ、4作目の「天国への階段」で両方の要素が統合された、という言い方がされる。
けれど、これはいかにも紋切り型の見方だ。1作目にも2作目にも印象的なアコースティック・サウンドはあった。また一方、この3作目には全体として十分にハードな感触がある。つまり、このアルバムがハード・ロック路線の例外というわけではけっしてないということだ。

第3位 『聖なる館 (Houses of the Holy)

密室的で陰湿で不健全で、それがこの上ない魅力だったそれまでのツェッペリンだったが、ここで「更正」して、一応、前向きな音作りに転換したアルバムと言えるだろうか。

そんな転換を象徴するのが1曲目の「永遠の詩 (The Song Remains the Same)」だ。とにかく冒頭からいきなりやる気満々、元気一杯だ。肯定的でポジティヴなエネルギーを感じさせる確信に満ちた演奏が展開される。
ギターの音が幾重にも重ねられ絡み合ういくつかのパートが、めまぐるしく入れ替わるプログレ的構成。肯定的であることもあわせて、そのめまぐるしい展開はイエスの曲に近い感じがある。

続く「レイン・ソング (The Rain Song)」は、曲調的に1曲目と対になっているような感じ。ちょうどクラプトンの「レイラ」の前半部と後半部のように。
しっとりとした叙情味にあふれたメロウな曲だ。ジョン・ポール・ジョーンズのピアノとメロトロンが印象的。こんなふうに、ノーマルでストレートな叙情を感じさせる曲は、これまでのツェッペリンにはなかった。以前の彼らなら、もっと閉鎖的で病的な感じがしたはずだ。

「丘のむこうに(Over the Hills and Far Away)」は、ちょっとした口直し。その後、A面最後の「クランジ」からB面の全体(「ノー・クォーター」を除いて)にかけて耳に残るのは、メタリックでソリッドな音色と変拍子、そして凝ったクセのあるリフだ。

「クランジ (The Crunge)」は変拍子のソリッドなファンク。[更正]したわりにはかなり異常。で、やっぱりそこがカッコいい。トーキング・ブルース的なエンディングもグッド。
「ダンシング・デイズ (Dancing Days)」は、何となくノスタルジックな歌の内容に対し、延々と繰り返される重くてメタリックなリフがミスマッチで、そこがヘンに印象的。
「デジャ・メイク・ハー (D'yer Mak'er)」。これはたぶん半分冗談なんだろうけど、50年代のロックン・ロール風なレゲエ、あるいはその逆。いずれにしても、その軽くてアメリカン・ポップな雰囲気が、ドッスン、ドッスンの重たいビートとこれもまたミスマッチ。で、やっぱりヘンに印象に残る。

[クランジ]から「デジャ・メイク・ハー」までの3曲は、何だか調子が外れている。
このアルバムのためのセッションでは、他に「流浪の民」とかタイトル・ソングの「聖なる館」など、もっとちゃんとした曲も録音されている。にもかかわらず、それらをアウト・テイクにして(結局、次作の『フィジカル・グラフィティ』に収録)この3曲をあえて選んだことになる。
 ストレートに前向きな「永遠の詩」や「レイン・ソング」とバランスをとるために、ちょっとお遊びを入れてみたたかったということなのか。

そして、格調高く神秘的な「ノー・クォーター (No Quarter)」がきて、さらに締めが変拍子リフの強力な「オーシャン (The Ocean)」だ。この曲のラスト、締めの締めはいきなりリズムが変わってドゥーワップで終わる。なるほど、これで全体が丸く収まったという感じ。恐れ入りました。

一応おさらい。このアルバムの聴き所は結局、二つ。
アルバム冒頭のメドレーのようにつながる2曲、「永遠の詩」と「レイン・ソング」における肯定的で確信に満ちた演奏がひとつ。
ふたつめが、アルバム全体の随所で光るメタリックなリフ、それと変拍子に特徴的な非黒人的で人工的なノリの冴えだ。
このツェッペリン・サウンドの最大の特徴が、究極の形でここに展開されていると言ってよいのではないか。

第4位 『レッド・ツェッペリン II (LED ZEPPELIN II)

初期のツェッペリンのアルバムの中では、一般的には最も評価の高いアルバム。つまり1作目よりも、3作目よりも良いアルバムとされている。
じつは私が初めて買ったツェッペリンのアルバムがこれだった。ずいぶん何回も聴いたから、それなりに愛着のあるアルバムではあるのだが、結局、私にとってはこのくらいの順位ということになる。

このアルバムのハイライトは、何といってもB面1曲目の「ハートブレイカー(Heartbreaker)」だ。
重低音サウンド、ひねったリフ、歪んだギターの音。初期のツェッペリン・サウンドの魅力を集約したような曲だ。
そして何といってもペイジの必殺の「無伴奏」ソロのカッコよさ。あまりたいしたことをしているようでもないのだが、大見得がぴったりと決まったという感じ。
 
 しかし、他の曲がわりと地味なのだ。
シングル・カットされてツェッペリンの最初のヒット曲となった「胸いっぱいの愛を(Whole Lotta Love)」。ツェッペリンの代表曲のように言われているけど、私はこの曲の中間部のフリー・フォームになるところが気に入らない。約1分半にもわたって、初期ピンク・フロイドのようなサイケ風のパートが展開される。聴いていると、ここでいつも手持ち無沙汰になってしまうのだ。

この曲もそうだが、このアルバムでペイジが重視したのは、「極端な強弱のめりはり」ではないかと思われる。
「強き二人の愛(What Is And What Should Never Be)」、「レモン・ソング(The Lemon Song)」、「ランブル・オン(Ramble on)」、「ブリング・イット・オン・ホーム(Bring It on Home)」など、みんなそういう作りだ。
 その「弱」の部分のせいで」何となく全体としてすっきりとした爽快感がない。もっとも「レモン・ソング」で聴かれるようなジョン・ポール・ジョーンズのベース・ラインの上で、ギターとヴォーカルがねちっこく絡むところなんかは、なかなか素敵なんだけど。

このアルバムの聴き所は、曲単位でどうこうというよりも、アルバム全体でのギターの音の歪み具合と、あちこちでキラリと光るリフの魅力だろう。「モビー・ディック(Moby Dick)」のリフなんか、ツェッペリンの曲の中でも一二を争うカッコよさだと思う。それに続くドラム・ソロは最悪だけど。

第5位 『永遠の詩(The Song Remains the Same)』

私はこのアルバムを、映画のサウンド・トラックとしてではなく、また彼らのライヴの迫力を伝える記録としてでもなく、どちらかと言えばもうひとつのオリジナル・アルバムとして聴いてきた。
ここで聴ける曲の多くが、オリジナルのスタジオ・ヴァージョンよりも優れているような気がする。
たとえば「ロックン・ロール」。オリジナルでは単調でめりはりのなかったこの曲が、ここでは勢いのあるめりはりを効かせた演奏で、こんなに良かったっけ、と思わせるような曲になっている。
その他「ノー・クォーター」なんかも、オリジナルよりずっと魅力的な曲に生まれ変わっている。
さらに、「幻惑されて」や「胸いっぱいの愛を」なんかは、元とは全然別の曲と言った方がいい。
LPの片面全部を使って30分近く続く「幻惑されて」は、映像なしではつらいなんて言われている。しかし私には、このゆるやかなプログレ的展開がけっこう楽しめてしまう。映画だと、この曲のところでペイジの魔法使いの映像がでてくるけど、そんなの別に見たくないよね。

そしてこのいアルバムは、全体としての作りもよく出来ている。曲数は2枚組で9曲と多くはないが、配列もよくてまとまりがある。
後年このアルバムの内容に、未収録曲6曲を追加し、曲順も実際のコンサートにあわせた「最強盤」というのが出た。もちろんこちらの方が当日のコンサートに近いことは間違いない。しかし、長くオリジナルの9曲収録盤に親しんできた耳には、何だか違和感を感じてしまう。それに時間が長過ぎて集中力を持続できない。

それにしてもギター多重録音の曲の数々、たとえば「永遠の詩」なんかを、ライヴだとギター一本で演奏してしまうところが何とも凄い。テクニックはもちろんとして、演奏しきってしまうその勢いがアッパレだ。

というわけで、以上がベスト5アルバムについてのコメント。

ところで、近々2007年のツェッペリン再結成ライヴの映像とCDが発売されるとかで、今、大きな話題になっている。でも私にはまったく興味なし。
何年か前のクリームの再結成ライヴで、がっかりさせられたということもある。結局どんなにがんばってみても、またテクニック的に上達したとしても、脂ののった往年のオーラに満ちた演奏にかなうはずもない。
このベスト5アルバムをはじめとして、昔のアルバムさえあれば、それで私は十分満足なのだ。

2012年10月14日日曜日

レッド・ツェッペリンのアルバム5選(前編)

いよいよレッド・ツェッペリンのアルバム5選をやってみることにした。
何で「いよいよ」なのか。ツェッペリンは私の大好きなバンドだ。このブログを始めてすぐの今年の1月に、さっそく2回ほどこのバンドについての話題を書いた。そのときツェッペリンについてはまだまだ書きたいことがある、と書いたのにそれっきりになってしまっていた。それで今回が「いよいよ」というわけだ。

ツェッペリンのアルバムは、後年の発掘ライヴ(BBCライヴ (BBC Sessions)』と『伝説のライヴ(How the West Was Won)』)を除けば、たった10枚しかない。
これまでにアルバム・ベスト5を選んできたストーンズやディランやクラプトンのように、何十枚もあるアルバムの中から5枚を選ぶというのなら、それなりの意味があるような気もする。しかし、そもそも10枚しかないアルバムから5枚を選ぶことにどれほどの意味があるのか、という疑問はある。
結局これは、私にとっての「おさらい」なのだ。ツェッペリンとは私にとって何だったのかを考えるための「おさらい」。だから、ツェッペリン入門者(そんな人いるのか?)のためのディスク・ガイドにはならないと思うので、あらかじめ御了承を。ツェッペリン入門者は、四の五の言わず10枚のアルバムを端から全部聴くべきだろう。

10枚から5枚を選ぶのはなかなか大変だ。5枚を選ぶというより、選ばない5枚を切り捨てることがつらい。
もっともこのバンドの場合、10枚の内の発表順で最後の2枚は、即、捨てても問題はないだろう。10作目のラスト・アルバム『最終楽章 (コーダ)』は、旧録のアウト・テイク集だし、9作目の『イン・スルー・ジ・アウト・ドア』は誰もが認める(?)駄作だから。
で、残りが8枚。この8枚からどの3枚を捨てるか。
結果を先に言うと、私のベスト5アルバムは次のとおりになった。

<レッド・ツェッペリンのアルバム極私的5選>

第1位 『レッド・ツェッペリン ILED ZEPPELIN)』
第2位 『レッド・ツェッペリン III (LED ZEPPELIN III)
第3位 『聖なる館 (Houses of the Holy)
第4位 『レッド・ツェッペリン II (LED ZEPPELIN II)
第5位 『永遠の詩(The Song Remains the Same)』
次 点 『プレゼンス (Presence)

変わりばえしないように見えるかもしれない。あるいは「なんじゃこれは」、と驚かれる方も絶対いるだろう。
第5位のライヴ盤『永遠の詩』は、5作目の聖なる館』発表後のツアーのライヴだから、強いて言えば5作目の関連作品。
つまり、私のベスト5枚は、1作目、2作目、3作目ときて4作目をとばし、次の5作目とその間連作を選んだということになる。
4作目の『レッド・ツェッペリン IV』をなぜとばしたのか。そして6作目以降の『フィジカル・グラフィティ』と『プレゼンス』はなぜ入らなかったのか。
選からもれたこの3枚は、ファンなら承知のとおり、3枚ともツェッペリンの最高傑作の座を争っているアルバムである。それを全部はずすとは、何たるへそ曲がりなランキングなのだろうか。
以下落選の理由を説明してみよう。

<ベスト5落選の理由>

『レッド・ツェッペリン IV (LED ZEPPELIN IV)

一般的にはツェッペリンの最高傑作と言われているアルバム。
たしかに「ブラック・ドック(Black Dog)」と「天国への階段Stairway To Heaven」」は文句なしの名曲だ。
しかしこのアルバムの残りの曲の大半は、ひねりが効いていなくて聴き所のない平板で単調な曲ばかり。
まずボーナムのどたばたドラムのせいで、テンポは速いがスピード感のない「ロックン・ロール(Rock And Roll)」がそうだ。そして「ミスティ・マウンテン・ホップ(Misty Mountain Hop)」も、「フォア・スティックス(Four Sticks)」も、「レヴィー・ブライクス(When The Levee Breaks)」なんかもみな平板。
これでは代表作というにはちょっと苦しいのでは。

『フィジカル・グラフィティ(Physical Graffiti)

このアルバムもしばしば代表作と呼ばれる。
新録8曲に、旧録のアウト・テイクを7曲加えた2枚組。いい曲もあるけどそうでない曲も多い。
LP1枚目のA面冒頭が「カスタード・パイ (Custard Pie)」。続く2曲目が「流浪の民 (The Rover)」。どちらも名曲だ。お、これはいいぞ、と最初に聴き始めたとき思った。しかし、その次がドタバタの「死にかけて (In My Time of Dying)」。ロバート・プラントはこの曲をひどく気に入っているらしいけれど、重苦しくてやたらと長い。

新録の曲だけで新譜にしなかった理由は何となくわかる。シングル・アルバムに収まりきらなかったというが、理由はそれだけではないだろう。
新録の曲は、「死にかけて」もそうだけど概して重ったるくてスピード感がなくて、しかも長大な曲が多いのだ。これだけでは、重苦しすぎる。
「カシミール(Kashmir)」がそうだし、「イン・ザ・ライト (In the Light)」、「テン・イヤーズ・ゴーン (Ten Years Gone)」、「シック・アゲイン (Sick Again)」なんかもそう。もっとも「トランプルド・アンダー・フット (Trampled Underfoot)」みたいに、軽いけど安っぽい曲もあるにはあるが。

これに対して私の好きな曲、たとえば、さっきの「流浪の民」や「聖なる館 (Houses of the Holy)」や「夜間飛行 (Night Flight)」などはみんな旧録のアウト・テイクだ。コンパクトな魅力にあふれている。
というわけでアルバム全体としては散漫な印象になっている。旧録のような曲がもっとたくさん入っていれば、5位以内入選もあり得たのだが。

『プレゼンス (Presence)

渋谷陽一が絶賛するとおり、何か吹っ切れて前向きの姿勢を感じさせるアルバム。これまでになかったような硬質でシンプルかつストイックな音作りだ。まるでジョン・レノンにおける『ジョンの魂』を思わせる。
しかしそれはあくまで「良く言えば」の話。悪い言い方をすれば、硬直していてニュアンスに乏しい演奏ということになる。
音にふくらみがない。ラストのブルースっぽい「一人でお茶を (Tea for One)」なんかも味わいの薄い面白味のない曲になっている。
でも、ベスト5からはもれたが、一応次点ということで。

『イン・スルー・ジ・アウト・ドア (In Through the Out Door)

これ駄作でしょ(?)。ジョン・ポール・ジョーンズ主導のアルバムらしいが、この人「職人」ではあっても、けっしてクリエーターではなかったということだ。
いったい誰がツェッペリンの演るサンバやカントリー&ウエスタンやラブ・バラードを聴きたいと思うだろう。まあそれには目をつぶるとしても、そもそもどの曲もあんまり出来が良くない。このアルバムには、これまでにない多様な音楽性があるというが、肝心の曲がだめだったら意味がないんじゃないの。
ボーナムの死とは関係なく、もうこの時点でツェッペリンは終わっていたということだ。

『最終楽章 (コーダ)(Coda)

アトランティックとの契約を果たすために旧録曲を集めて間に合わせで作ったアルバム。曲数も少なく作りも雑。できのいいアウト・テイクはみんな『フィジカル・グラフィティ』に使っちゃったんだから、いいものが残っているはずもない。

以上が落選理由についてのコメント。順番が逆になった気もするが、ベスト5アルバムについてのコメントは項を改めて、次回「後編」で述べる。

2012年10月13日土曜日

「つけ麺 坊主」訪問 「特製らーめん」 天高く…編

秋晴れのある日、天気が素晴らしくいいので千波湖周辺を散歩したくなって水戸へ出かける。で、当然その前に「坊主」さん訪問ということになる。前回から二週間ぶりの訪問。

前回、前々回と麻婆入りのラーメンとか、つけ麺とか食べたわけだが、そのたびに次はいつもの「特製らーめん」を食べたいと思った。やっぱり私の定番は「特製らーめん」だなとしみじみ思う。つけ麺だとどうしても麺が主役という感じだが、ラーメンなら麺とスープをたっぷり味わえる。それに「特製」は具材が、もやしと豚肉のみとシンプルで、それをじっくり堪能できるところがよい。

というわけで、今日は迷わず券売機の「特製らーめん」のボタンを押す。そしていつものように「白めし」と「ビール」。
例によってカウンターの一番奥に座る。麺とめしの量は普通でお願いする。

前回同様に土曜日の11時4分に入店。開店直後だというのに、もう先客5人(後客7人)。
先客は、若い夫婦と子供3人の家族づれ。小さい子供たちはにぎやかだ。こういう店で子供の声が響くのは珍しい。昼時になると混み合う店に、まだ客の少ない開店直後の時間に来たのは、お店や他の客へ迷惑を掛けないためなのかな。だとしたらあの夫婦はえらい。
そんなわけで、今日も自分のが出来るまでに時間がかりそうだ。と思ったらあの一家の注文は5人で3人前だった。子供がいるからまあそのくらいの量しか食べられないだろうけど…。

私の後から入ってきた客は、だいたいが一人客でマニアっぽい様子。きっちり食べたい人は午前中に来るということなのだろうか。
エルヴィスとかを聴きつつ、ビールを飲みながら、こんなふうに店内をウォッチングしているうちに「特製らーめん」登場。
ちょっと久しぶり。例によってどんぶり中央のもやしと肉の山のわきから、レンゲで赤い脂の浮いた赤いスープをすくう。一口、二口…。ここのお店で、ラーメンを食べるときの最高に幸せな瞬間だ。
うん、今日は甘さ、旨さ、コクのバランスが最高にいい。なかなかこういう日はない。ただ塩気がちょっと弱いか。
何回も何回も夢中でスープを口に運び、その味を堪能する。ときどき一休みしてご飯を食べる。こういうときのご飯がまた美味しい。そしてまたスープへ。こうしてしばらくの間、麺と具材は手付かずのまま。

やっと一段落してから刻みネギのかかったもやしと肉の山を崩し始める。唐辛子も自分でちょっとだけ増量。そして箸を底の方まで伸ばして麺を少しほぐしておく。あまり放置時間が長いと、延びながら絡まりあってしまいがちだからだ。
もやしと麺を一緒に手繰る。麺がやっぱり美味しいなあ。つけ麺で食べるともっと美味しい食感なのだが、今はやむをえない。

それなりに辛いが私にはちょうど良いくらい。けれど、夏に食べた「極辛」もまた食べてみたい。このお店はこの辛さと旨さが一体になっているところが真似のできないところ。
例によって鼻水をティッシュで忙しくかみながら夢中で食べ続ける。至福の時間が流れる。
しかし、夏の頃より汗はかかない。大汗かきながら食べたいなあ。あの食後のすっきり感がたまらないのだが。

いつものように汁まで完食する。ほどよく(?)満腹になって、幸せな気分だ。ごちそうさまでした。
それから青空の下、水戸市内を2時間ばかり散歩して帰った。

2012年10月10日水曜日

「与えられた形象 辰野登恵子/柴田敏雄」展

国立新美術館の「与えられた形象 辰野登恵子/柴田敏雄」展を見てきた。
自分から進んで見ようとは思っていなかった。ところが薦めてくれる人がいて招待券までもらってしまった。それで思い切って見に行ったのだったが、思いのほか良い展覧会だった。

もともと辰野登恵子は良い画家だとは思っていた。しかし、今回の展覧会を見に行く気になれなかったのは、柴田敏雄との二人展だったからだ。
抽象の画家と社会派(とこれまで私は認識していた)写真家、何ともちぐはぐな取り合わせに思えた。それで見に行く気持を殺がれてしまっていたのだ。
くわえてこの二人は東京芸大の油画科の同級生だったとのこと。新聞には「同級生2人展」なんていう見出しもあった。そういう作品とは関係ないくくりの二人展と聞くと、よけいばかばかしくなってしまった。

柴田敏雄には、もともとあまり興味がなかった。写真集までは手に取ったことはなかったが、写真雑誌でよく作品は目にしていた。彼の作品は、つねに山奥の土木工事による構築物の写真だった。土砂崩れを防ぐためにコンクリートで固めた崖とか、ダムの写真だ。
私はそれらの写真を、自然対人間の対立、あるいは日本社会の発展の裏にある自然破壊、といったような社会派的視点から撮られたものとてっきり思っていたのだった。

今回の展覧会を見て、それがまったくの誤解であることがわかった。
柴田が撮っていたのは、もっぱらそうした土木的構築物が見せる造形的な面白さだったのだ。今回の展覧会を見る限り、初期から近作まで、この視点はまったく変わっていない。むしろ、この造形性への興味は、どんどん深化していっているようにも見えた。
ただそうだとすると、そのような造形的な美をなぜ都市やその周辺ではなく(「ナイト・フォト」シリーズのような例外もあるが)、もっぱら山野の中に求めるのかが今ひとつよく伝わってこない。

さて会場は辰野と柴田の展示室がほぼ交互に配置されている。各展示室の構成は単純にクロノジカルではなく、時代を前後させたりテーマや素材によってくくったりと、なかなか工夫が凝らされている。
辰野の展示では、1980年代の作品を並べた一番目の展示室「1980年代」と二番目の展示室「円と丸から」がやはり素晴らしかった。私にとってはこの展覧会全体の中でも白眉といってよい。

この頃の辰野の作品に特徴的なのは、タイルや建築物に見られる装飾の文様のパターンを、非具象の空間に描き込むことだった。
繰り返される文様の導入は、とりとめのない抽象空間に装飾性をもたらして一定の秩序を与える。また同時に、その文様のパターンは、見るものに一種の既視感を引き起こし、過去の記憶のシーンを呼び覚まそうとする。
しかし、この時期の辰野の作品の素晴らしさは、そのような単なるモチーフのアイデアにあるのではない。何といっても彼女の色彩が放つ瑞々しい叙情性と画面にあふれる躍動感にあると思う。
「円と丸から」のシリーズは、その意味でこの作家の頂点を示す作品群だろう。こんなに豊かで軽やかな情感と浮遊感のある自由な動きに満ちた抽象絵画は、少なくとも同時代の日本にはなかった。

1990年代以降、辰野はまた違う方向へと進んでいく。より現実感のある造形を描く方向とでも言ったらいいか。情感は深化し、造形性は堅固なものとなっていく。
二人の展示室を次々に進んでいくにつれ、両者の作品がどんどん接近しているように見えてくる。造形の重厚さをしだいに増す辰野の絵画と、モノクロからカラーに変わり対象の造形性にさらに集中していく柴田の写真。その距離はもうそんなに遠くない。
なるほど、この二人展の本当のオチは、「同級生云々」ではなく、ここにあったか。と、あらためて企画者の意図を了解した次第。お見事。

でもやっぱり辰野登恵子の個展として見たかった、というのが本音ではある。