2012年3月9日金曜日

ビートルズのアルバム5選 その1

アーティスト別の私的アルバム5選を、ローリング・ストーンズとエリック・クラプトンについてやってみた。
「5枚」という枠には別に「きりがいい」以上の意味はない。その意味のない条件を自分に課して、あーでもないこーでもないと考えをめぐらしてかってに悩むわけだ。これが楽しい。
その楽しさにすっかり味をしめてしまったので、今回は大ネタ中の大ネタ、ビートルズのアルバム5選。

前提として言っておくと、私はビートルズの後期が好きだ。
リアルタイムで聴き始めたのが『ホワイト・アルバム』からだったせいかもしれない。だからビートルズのアルバムはだいたい持っているけれども、初期のものを聴く機会は少ない。そういえば、『ライヴ・アット・ザ・BBC』は、そもそも持っていなかった(唯一持っていないアルバムか)。
というわけで私のアルバム5選は、後期のアルバム中心ということになる。ただし、初期のヒット・ソングや、後期のアルバム未収録のシングルが聴けるコンピレーションは入れたいと思う。
その結果とコメントは次の通り。

1 『アビイ・ロード』
2 『ザ・ビートルズ』(通称『ホワイト・アルバム)
3 『ゲット・バック』(未発表アルバム)
4 『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』
5 『ザ・ビートルズ1962年〜1966年』 (通称『赤盤』)
〃 『ザ・ビートルズ1967年〜1970年』 (通称『青盤』)

第1位 『アビイ・ロード』

たぶん誰もが認める(認めざるを得ない)ビートルズの最高傑作だろう。
一曲目ジョン・レノンの「カム・トゥゲザー」のクールなビート感(リンゴのドラム・センスが光る)によって一気に聴くものは、『アビ・ロード』ワールドへと引きずり込まれる。これに続く名曲の数々による展開もじつに良くできている。
とくにB面の「ユー・ネバー・ギブ・ミー・ユア・マネー」から始まる有名なメドレーの素晴らしさ。私的には「ゴールデン・スランバー」~「キャリー・ザット・ウェイト」~「ジ・エンド」と続くメドレー後半部分は聴くたびに何ともいえない熱い気持ちになる。
とくに「キャリー・ザット・ウェイト」だ。メドレー冒頭の「ユー・ネバー・ギブ・ミー・……」のメロディーがリプライズしながら4人がユニゾンで歌う「キャリー・ザット・ウェイト」の次の部分には切なくなる。

Boy, you're gonna carry that weight
Carry that weight, a long time
(ボーイ、君はその重荷を背負っていくんだよ これから長い間ずっとね)

ボーイ(当時の私)は、この歌を聴きながら4人(ビートルズ)の「重荷」について、そして何より自分の「重荷」について不安を抱えつつ、励ましも受けながら思いをめぐらしたのだった。
あれから40年と少し経った。私は幸せなことにやっと「重荷」をおろせたのだったが、彼らの「重荷」はどうなったんだろう。作者のポール・マッカートニーは、1989年から翌年にかけて行われた『ゲット・バック・ツアー』で、はじめてこのメドレーを人前で歌ったのだったが……。

第2位 『ザ・ビートルズ』(通称『ホワイト・アルバム』)

現在では、ビートルズの名盤のひとつに数えられ、中には「最高傑作」とまで言う人もいるアルバム。しかし、発表当時の私の記憶では、賛否両論どころか、ほとんど「否」の評価しか聞かれなかった。「ビートルズの初めての失敗作」とまで公然と言われたりして。

前作の掛け値なしの名盤『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の次の作品、しかも彼らの設立したアップルからの初アルバム、さらに初めての2枚組ということで、世間の期待は否応なく高まった中での発売だった。ところが、完全に世間の人々は肩透かしをくらったわけだ。
そのような当時の期待感を抜きにしても、これはとりとめのないアルバムだ。曲調がばらばらで、いろいろな興味がとっちらかっていて、全体としてのまとまりがない。
ようするにこれはメンバー各自のソロ・ワークの寄せ集めである。だからもうバンドとしての一体感はあまり感じられない。しかも、それぞれの曲の出来が、均してみるとそんなによくない。というか、駄曲が多い印象。

とくに、ジョン・レノンの曲のいくつかはだらだらとしていて今ひとつ。たとえば「グラス・オニオン」、「アイム・ソー・タイアード」、「ハピネス・イズ・ア・ウォームガン」、「ジュリア」、「セクシー・セディ」などなど、みんな後の彼のソロ時代のアルバムに入っていそうな曲だ。現在ではけっこう高く評価されるようになったけど、私には今でもあまり魅力を感じない。
それにジョージの「ピッギーズ」とか「ロング・ロング・ロング」とか「サボイ・トラッフル」なんかも同様。
しかしその合間にはめ込まれた名曲達はすごい。「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」、「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」、「ブラックバード」、「バースディ」、「ヤー・ブルース」などなど。

しかし、結局私がこのアルバムを好きなのは、そのような名曲があるからだけではない。強いて言うなら、これまでぐだぐだ言い連ねてきたこのアルバムの欠点が、じつはそのまま好きな点でもあるということ。つまりこのアルバム全体のだらだらしてまとまりのない空気に魅力を感じているのだ。まさに「屈折した愛情」だね。
聴いているとメンバーそれぞれの顔が次々に現れては消えていく。メンバー各人の興味、関心、愛着、そして機知、オフザケ、新たな試みがそこここに散らばっている。アルバム全体に漂っている。この自由な空気感が好きなのだ。ジョンとヨーコの「レボリューション9」なんかも、そういう点で好きだし楽しめてしまう。

それから「ホワイル・マイ・ギター…」と「ヤー・ブルース」でのエリック・クラプトンの好演も印象的。

 以下次回に続く。

2012年3月2日金曜日

ジャニス・ジョプリンの魅力の本質

 ホイットニー・ヒューストンが亡くなって、彼女の死を惜しむ声がちまたにあふれている。あちこちで特集が組まれ、その歌声を頻繁に耳にするようになった。
 私はホイットニーに何の思い入れもない。CDも一枚も持っていない。映画『ボディー・ガード』も観ているけれど、あれってそんなにたいした映画だった?急に「名画」になっちゃったけど…。
あらためて言う必要もないけど、歌がうまい人である。彼女が十代の頃吹き込んだ曲を聴いたけど、もう完全に「うまさ」が完成しているのには驚かされる。
さてしかし、今回はホイットニーの話ではなくて、ホイットニーの「うまさ」を聴いてあらためて思った「うまさ」と「魅力」とは別物と言うお話。

ジャニス・ジョプリンって何であんなに人気があるんだろう。と私が言うと、ある知人が「歌がうまいからだろ」とこともなげに答えた。わかってないなあ。そんな紋切り型の言葉で済んでしまうような話をしたいんじゃないんだよ。
そのときの私はジャニスの歌が「うまい」のは当然として、それに加えてある何かしらの魅力があって、それが彼女の人気の秘密であろうと思っていた。その魅力とは何かという話のつもりだった。
彼女の場合、美人でもないしスタイルが良いわけでもない。どう見ても田舎のお姉ちゃんだ。外見にスター性はない。人気を集める要素は歌以外にないのだが…。
しかし、そもそもジャニスの歌は「うまい」のかと今の私は思っている。

ジャニスはCDのボックスも出たけれど、買う気にはならなかった。ジャニスのアルバムで持っているのは、二枚きり。
ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーの『チープ・スリルス』と、ソロ遺作『パール』だ。『パール』は、<レガシー・エディション>という2枚組みで、おまけの一枚は例の<フェスティバル・エクスプレス・ツアー>からのライヴ音源収録というもの。

ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーは、演奏が下手ということで現在ではほとんど省みられることのない悲しいバンドである。このバンドの名前が、かろうじて後世に残ったのは、ひとえにボーカリストであったジャニスのおかげといえる。
しかし、その擬似ライヴ盤『チープ・スリルス』で聴ける彼らの演奏には、なかなか捨てがい魅力がある。60年代末のロックの空気感が初々しく新鮮だ。駄曲もあるけど、「サマー・タイム」とそれからじわじわと熱っぽい「タートル・ブルース」がいい。

そして『パール』は、やはりロックの名盤だ。「ムーヴ・オーヴァー」、「ミー・アンド・ボギー・マギー」、そして「トラスト・ミー」といい曲がそろっている。ボーカル・トラックなしの曲(インスト)でジャニスの不在を印象付けたり、反対にアカペラの曲で声の生の存在感を伝えたりといった趣向も的を射ている。
ただバックの演奏はビッグ・ブラザー…と違って、テクニックはあるけどソツがなさ過ぎていてちと味気ない。

さてジャニスの歌について。ホイットニーをうまいと言うのなら、つまり、声量があって、歌唱テクニックがあって、表現力があるのが「うまい」と言うのなら、ジャニスはけっしてうまい歌手とは言えないだろう。ジャニスの声はパワフルだが声量がたっぷりあるとは言えず、張り上げるとかすれたりしゃがれてしまう。強く歌うところは、ノー・テクニックのスクリームと化す。
それからジャニスの歌は、いつも、ゼロが全開のどちらかという感じだ。その間の引きの部分、つまりちょっと力を抜いて歌う部分が、もちろんないわけではないが、少ない。まるで石川さゆりみたい。そうすると、何だかどの歌も同じに聴こえてしまうのだ。私がジャニス・ジョプリンのCDを全部揃えようという気にならないのは、ひとえにこの理由による。

しかし、このジャニスの「うまくなさ」が、彼女の魅力の本質なのだと思う。声を全開にしたときの後先(あとさき)考えない喉をつぶしそうな全力感。そして全開でなく抑え気味に歌うパートでの、ノー・テクニックの不安定さと、それゆえの生々しさ。「サマー・タイム」や「ミー・アンド・ボギー・マギー」が好例だ。
そこには弱さをさらけだした、痛々しい人間の生な存在感がある。そこが「うまさ」を超えた彼女の魅力なんだと思う。

2012年2月29日水曜日

エリック・クラプトンのアルバム5選

私がロック少年だった1970年代の初め頃を思い出してみると、当時のエリック・クラプトンがまさかこんなに長い間活躍し、大物になるなんて想像もできないことだった。
ギタリストとして一世を風靡していたクリームが、1968年に解散してからの活動がぱっとしなかったからだ。
クリーム解散後、ブラインド・フェイス、ソロ・アルバム、そしてデレク・アンド・ドミノスとして出したアルバムが、クリーム時代のような熱い演奏を期待する者には、どれも今ひとつだった。そしてそのうちにドラッグでリタイア。ちょうどあのころはクラプトンのそんな時期だったのである。
当時の思い入れはいろいろあるのだが、今現在のクラプトンはずいぶん遠い人になってしまった。はっきり言って、昔のクラプトンとは別人である。

2005年にロンドンとニューヨークで、クリームの再結成コンサートが開かれた。一説には、クラプトン以外のメンバーであるジャック・ブルースとジンジャー・ベイカーの経済的困窮を救うために行われたとも聞く。そういう先入観があるせいか、映像で見ると、歳をとって衰えたジャック・ブルースと、渋くはあるが元気一杯ではつらつとしたクラプトンとの対比があまりにもくっきりとしている。
このときのクラプトンのプレイは、なかなか見ものだった。手堅いのは当然としても、奏法が千変万化して、三人で演奏していることは同じなのに昔よりもかなり多彩な音の世界を作り出していて見事だった。
しかし、そこに昔のようなドキドキするインタープレイのスリルがないのも事実。やっぱり昔のアルバムを聴いていれば十分だな。

というわけでクラプトンのアルバム・ベスト5を選んでみることにした。

【エリック・クラプトンのアルバム・ベスト5<オモテ編>

『カラフル・クリーム』(クリーム)
『スーパー・ジャイアンツ』(ブラインド・フェイス)
『いとしのレイラ』(デレク・アンド・ザ・ドミノス)
461 オーシャン・ブールヴァード』
『アンプラグド』

まあこんなもんでしょうね、誰が選んでも。そこが選んでいて何とも面白くない。そこでもうひとひねりして、ごくごく私的なもうひとつのベスト5を選んでみた。

【エリック・クラプトンのアルバム・ベスト5<ウラ編>

『ブルースブレイカーズ・ウィズ・エリック・クラプトン』(ジョン・メイオールズ・ブルースブレイカーズ)
『ホイールズ・オブ・ファイア(クリームの素晴らしき世界)』(クリーム)
『ライヴ・クリーム VOL.2』(クリーム)
『ライブ・アット・ザ・フィルモア』(デレク・アンド・ザ・ドミノス)
『レインボー・コンサート』

 何だかどれも脛(すね)に傷を持っているようなアルバムばかりだな。以下はそれぞれについてのコメント。<オモテ編>は誰もが認める名盤なので、あえてひとこと悪口を書いてみる。

【クラプトンのオモテ・ベスト5 コメント】

『カラフル・クリーム』(クリーム)
 サイケデリック再評価で、いつの間にかクリームの最高傑作と言われるようになっていた。ジャック・ブルースの曲がどれも魅力なし。演奏とソング・ライティングでクラプトンが光る。

『スーパー・ジャイアンツ』(ブラインド・フェイス)
メンバーが豪華なのにひどく地味な内容。曲数が少ないうえに駄曲多し。フォーク風味が味わい深い。

『いとしのレイラ』(デレク・アンド・ザ・ドミノス)
発表当初は酷評されたのに今は名盤。前半のラブ・ソングがたるい。クラプトンのギターが丸い。

461 オーシャン・ブールヴァード』
 クラプトンのゴリゴリのギターを聴きたくて買ったのだったが……、無惨に轟沈。当時の私は全然レイド・バックしていなかったので。ヤケクソで「アイ・ショット・ザ・シェリフ」は繰返し聴いた。

『アンプラグド』
高品質AORアルバム。オシャレ過ぎで聴いているのが気恥ずかしい。でもやはり「ティアーズ・イン・ヘブン」はしみる。

【クラプトンのウラ・ベスト5 コメント】

『ブルースブレイカーズ・ウィズ・エリック・クラプトン』(ジョン・メイオールズ・ブルースブレイカーズ)
クラプトンのというより、ブリティッシュ・ブルースの名盤。
クラプトンが独自のギター奏法を確立したアルバム。今彼のやっているブルースはぐっとマイルドだけど、この頃のクラプトンの演奏はやる気満々で鋭角的でガッツがあった。

『ホイールズ・オブ・ファイア(クリームの素晴らしき世界)』(クリーム)
すっとクリームの最高傑作と言われてきたが、最近は『カラフル・クリーム』にその座を奪われてしまった。がんばれ。
曲のできは、でこぼこ。ライヴ盤のB面「トレインタイム」とその後のジンジャー・ベイカーのドラムソロなんて勢いのみの迷演だ。
しかし、クラプトンの「クロスロード」は掛け値なしの名演。何度聴いても4分間の魔法だ。

『ライヴ・クリーム VOL.2』(クリーム)
クリーム解散後に出たアルバム。なので「余りもの」の寄せ集め?と思われがちで世間的な印象は薄い。しかし、ファンにはうれしい有名曲がいっぱいのライヴ・アルバム。
クリームのライヴはメンバー三人の演奏がどんどんばらばらに分解していって、曲としての形がよくわからなくなる感がある。しかしこのアルバムの大半の曲は、一体感のあるグループとしての魅力にあふれた演奏だ。
しかし、5曲目「サンシャイン・オブ・ユア・ラブ」の終盤で助走を始めたクラプトンは、最後のブルース曲「ステッピン・アウト」でついに爆発。13分半のこの曲の最初から最後まで延々と弾きまくる。たぶんクラプトンの生涯の名演の一つに数えられるだろう。そして、この曲がクリームの最後の作品となったのだった。悲しい。

『ライブ・アット・ザ・フィルモア』(デレク・アンド・ザ・ドミノス)
ドミノスのライヴ・アルバムだ。先に出た『イン・コンサート』の拡大盤。ビートを細かく刻むソウル・ファンク的な展開が印象的。

『レインボー・コンサート』
ピート・タウンゼンド、スティーヴ・ウィンウッド、ロン・ウッド、ジム・キャパルディといったブリティッシュ・ロックのスターたちがバックをつとめる。彼らが、麻薬のためにリタイアしていたクラプトンの復帰を支援するために開いたコンサートのライヴ。
豪華メンバーのわりに当のクラプトンが不調で、世間的にはあまり評判のよくないアルバムだ。だが、私は好きですね。
寄せ集めメンバーゆえのルーズでゆるい演奏には、ブリティッシュ風味がある。それがクラプトンの(不調のせいの?)哀愁あふれる歌と演奏とにぴったりマッチしていると思う。「プレゼンス・オブ・ザ・ロード」は泣ける。

次点『ノー・リーズン・トゥ・クライ』
AOR歌手と化したソロ時代のクラプトンにはもう何の興味もない。このアルバムの次の『スローハンド』以降のソロ・アルバムはみんな処分した。
このアルバムを捨てなかったのは、ひとえにザ・バンドとディランが参加しているから。クラプトンというよりは、ディラン/ザ・バンドのアルバムとして聴いている。

2012年2月28日火曜日

「つけ麺 坊主」訪問 「極辛麻婆らーめん」を食べる

久しぶりに「つけ麺 坊主」を訪問。もう何度も書いたけれど、「つけ麺 坊主」は私の大好きな水戸の激辛ラーメンのお店だ。数えてみると前回訪問からまたまた一ヵ月以上も経っている。3ヶ月に2回くらいのペースということになるか。ちょっとさびしい。

今日はラッキーなことが二つあった。
一つは、月曜日なのにこのお店が開いていたこと。一応「不定休」ということになっているのだが、月曜日に休みのことが多い。だから半ばあきらめながら向かったのだが、近づいていくと、あの開店を示す店頭ののぼりがはためいているのが見えて、ついうれしくて足が速くなってしまう。われながら大人気(おとなげ)ないなあ。

平日の11時半に入店。先客一人。
食券販売機と向き合う。ざっと見ていくと、何と「極辛麻婆らーめん」のボタンのランプが点灯している。つまりアベイラブルということだ。
このメニューは期間限定らしく、今までタイミングが悪くてどうしても食べられなかった。店内にはこのメニューの貼紙がずっと貼ってあるし、券売機にはボタンがそのまま設けてある。見るたびそれがほんのちょっと恨めしかった。そう今日のもう一つのラッキーは、このメニューが頼めたことだ。
おずおずとそのボタンを押す。そして、もちろんいつものように「白めし」と「ビール」のボタンも忘れずに押す。
カウンターで中ビンのアサヒ・スーパードライをゴクゴクと飲みながら(そうしないとラーメンが出てくるまでに飲み終わらないのだ)製作中の様子を眺める。何やらいろいろ掬いながら鍋に入れ火にかけている。ご主人の段取りを見ていると、期待がどんどん膨らんでくる。わくわくするなあ。

待つことしばし、やがてカウンターの天板にどんぶりが置かれる。お初にお目にかかります。どんぶりの上にトッピングが盛り上がって山をなしていて、なかなか素晴らしい景色だ。
 トッピングはもやしと豚バラと麻婆豆腐。その上に多めに魚粉が振りかけてあって、どんぶりのふちには海苔が一片。スープの赤い表面に、麻婆のあんが流れ込んでつくる赤い濃淡の取り合わせが心をときめかせる。スープの量もたっぷりで、トッピングの小山を崩すと、「海面」が上昇してどんぶりからこぼれてしまいそう。
「海面」上昇を心配しながら慎重に小山を上からそおっと崩しながら食べ始める。あれあれ、今までこの店ではお目にかかったことのない、メンマとニラがもやしの間にあるぞ。
そして、「海面」を低下させるため、ときどきスープをレンゲですくってはふうふうしながら飲む。いつもながら表面の脂が熱い、けどふわっと旨い。そしてそのつど「白めし」を一口ずつ食べる。今度は、麻婆豆腐をはしで二つにして、口に運びふうふうしながら食べる

内容的には、この店の定番「麻婆辣」と「特製らーめん」を合体させた感じだ。この店のメニュー構成は「つけめん系」と「らーめん系」に別れている。そして、それぞれの系列に、この店の売りである麻婆豆腐トッピングのものと、もやしバラ肉トッピングのものとがあるのだ。
たとえば「つけめん系」には、「つけめん」(辛さランキング5位、麻婆のせ、デフォルト・メニュー)と「特製つけめん」(辛さ2位、もやしのせ)がある。これを合体したものが「特製麻婆つけめん」で、これが堂々の辛さランキング第1位の座を占めている。
「らーめん系」でこれに対応しているのが、「麻婆辣」(辛さ4位、麻婆のせ)と「特製らーめん」(辛さ3位、もやしのせ)ということになるのだが、これを合体した、「つけめん系」でいうと「特製麻婆つけめん」にあたるものが、どういうわけかないのである。
今回の「極辛麻婆らーめん」は、「麻婆辣」と「特製らーめん」を合体させ、しかもさらに辛さをアップさせたと思われる「らーめん系」の最高峰メニューということになる。私にとっては大変うれしくも完璧なメニューなのだ。それにしても、このネーミングはなかなかすごいね。私はもはや何も感じないが、初心者はひくかも。

ハウハフと麺を食べ、ハフハフと具材を食べ、レンゲでスープを飲み、そのつどご飯を一口食べる。いつものようにこの作業の回転がだんだんと加速していき、しだいに私は無我と陶酔の境地に突入していく。
そのうち汗と鼻水がとめどなく流れ出してくる。汗は顔面から、頭皮から、首筋から噴き出す。鼻水はあとから後から湧き出してくる。一口、二口、おはしを使っては、ハンカチで汗をぬぐい、ティッシュで鼻をかむ。とにかく忙しい。しかしそうしないと顔を伝った汗が顎からカウンターに滴り落ち、鼻水はどんぶりの中にたれ落ちてしまう。

やがていつの間にか、どんぶりとご飯の茶碗が空になり、私はこちらの世界に戻ってきた。完食。気がつくとそこには汗まみれで、鼻がぐしょぐしょになった私がいた。体内の不浄な物質がすべてきれいに排出されたようなすっきりした気分だ。
汗と鼻水が落ち着いたところで、私はコートを抱えたまま、寒空の下に出て行った。珍しく今回は、この辛さがジャブのように胃に効いてきた。
でもまたすぐに来たくなるんだよよなあ

<関連記事>
「つけ麺 坊主」訪問 「極辛」月間 第一回戦

2012年2月26日日曜日

ローリング・ストーンズのベスト・アルバム5選

今回は私の好きなローリング・ストーンズのアルバム・ベスト5のお話。

1970年前後からロックを聴いてきたロック・オヤジたち(私を含む)にとっては、ビートルズと、ストーンズと、ボブ・ディランの三組はとにかく別格の存在である。つまり、嫌いな人はいないということ。あるいは嫌いかもしれないが、その気持ちは表には出さないで、いちおう奉(たてまつ)っておく。
その上で、ハード・ロックがどうの、プログレがどうの、南部がどうのと言っているわけだ。もしかして違う人もいるかな?
だから聴いている守備範囲の違う人とでも、この別格大物三組の話題を出せば、たいていは話が通じて共通点を見出すことができる。
ただし、注意しなければならないのは、この年配のオヤジの中に少なからずいるストーンズのコアなファン、すなわちストーンズ・フリークの人たちである。この方たちは、他人の話に耳を貸さないばかりか、自分と違う意見をけっして許容しないので、深入りしないにこしたことはない。

去年の12月にローリング・ストーンズの『サム・ガールズ(女たち)』のデラックス・エディションが出た。内容はアルバム本編+ボーナス・ディスクの2枚組。たまたま通りかかったタワーレコードでは、かなり大々的にキャンペーンをやっていた。
前回書いたように、最近ではピンク・フロイドのデラックス・エディションのシリーズにも心を動かされたのだったが、ストーンズのこれにもちょっとそそられた。けれど、結局がまんして、買わなかったけど。
ちなみに私は『サム・ガールズ』も、ピンク・フロイドもすべて通常盤では所有している。ここで言っているのは、それに加えて、さらに買うか買わないかという話。
その前に出たストーンズの『エグザイル・オン・メインストリート(メイン・ストリートのならず者)』のデラックス・エディションは、とにかく何をおいても買った。通常盤はすでに2枚持っていたのだったが…(さいわいボーナス・ディスクはかなり良かった)。
しかし『サム・ガールズ』に対しては、そこまでの気持ちにはならなかったわけだ。悪くないアルバムだが、そんなに思い入れがあるわけでもない。「ひいき」の度合いが違うということだ。
というわけで、私はストーンズのどのアルバムが好きなのか、自分のストーンズ・アルバム・ベスト5を選んでみることにした。

まず結果は以下のとおり。
① 『ベガーズ・バンケット』
② 『スティッキー・フィンガーズ』
③ 『エグザイル・オン・メインストリート』
④ 『ラブ・ユー・ライヴ』
⑤ 『レディース&ジェントルマン』(DVD) 
次点(同順で)
⑥ 『ブラック・アンド・ブルー』
〃 『サム・ガールズ』

⑤はアルバムではなくて映画だからちょっと反則だけど、単なる記録映像ではなく、彼らが作品として作ったものだから、まあアルバムに準じるものということで。72年のライブはCDになっていないし。

これは厳密に言うと好きな順番に並べたのではなく、好きな盤5枚を発表年代順に並べたわけだったのだが、結果的には好きな順ということにしてもいいかな。
なんとなくわかると思うけれど、私はミック・テイラー在籍時の米国南部サウンド志向の時期のストーンズが好きなのだ。そういうファンはたくさんいると思う。というかたぶんそれがストーンズ・ファンの多数派なのでは?
最近のアルバム『ア・ビガー・バン』も良かったけれど、「昔の音に戻った」と言って評価するなら、昔の音そのものを聞いたほうがよいのでは?
以下ベスト5について一言コメント。

① 『ベガーズ・バンケット』
 とにかく渋いアルバムだ。
 初期の「サティスファクション」も「黒く塗れ」もたしかに良かった。けれどもそんな初期ストーンズは前作で終わり、まさにこのアルバムとシングル「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」からストーンズの黄金時代が始まったのだ。
音作りはシンプルで、アコースティックな音が耳に残る。その分、米国南部を志向する彼らの骨太な骨格がごつごつと見える。
 今はトイレ・ジャケットが標準仕様になって、以前の文字だけのジャケットがレアになってしまった。だが、あれにはあれで長い間眺めてきて愛着がある。なので、私は以前のデザインの紙ジャケ盤を大事に保有している。

② 『スティッキー・フィンガーズ』
 私が、リアルタイムで買った最初のストーンズのアルバムで思い出深い。高校1年生のいたいけない少年は、このアルバムでストーンズに完全にヤラれたのだった。
 「…ヒア・ミー・ノッキン」とか「ムーンライト・マイル」とか、変な曲があったり、何となくバランスの悪いアルバムだが、そこもまたストーンズらしいと思えてしまう。でもそもそもストーンズにバランスのいいアルバムなどあったか。

③ 『エグザイル・オン・メインストリート』
 ジャケも中身も混沌としていて、どろどろしたエネルギーに満ちたアルバム。今はストーンズの最高傑作なんていう人もいるが、出た当時の評価はあまりよくなかったと思う。
出た時は不評だったのに、その後「最高傑作」と言われるようになった2枚組3大アルバムというのを思いついた。ストーンズのこれと、ビートルズの『ホワイト・アルバム』、そしてクラプトンの『レイラ』。
それにしてもこのアルバムは、もともとLP二枚組だった。それが現行紙ジャケのようにCD1枚で、インナー・スリーブの片方が、ペラの紙というのでは、あまりにも寂しい。二枚組仕様の紙ジャケを出してくれないかな、即、買うけど。

④ 『ラブ・ユー・ライヴ』
上記『エグザイル・オン…』の次に、さらに期待を高まらせたわれわれに届けられたのが、あの『ゴート・ヘッド・スープ(山羊の頭のスープ)』だったのだ。私はがっくりし、しばらくストーンズから離れてしまう。
そんな私を再び引き戻したのが、このライブ・アルバムだ。
ちょうどこの頃からロック批評のイディオムとして「グルーブ」という言葉が使われるようになった記憶がある。このアルバムは、まさに濃いグルーブ感覚が大きくうねりながら持続していた。
ブルースとロックンロールをカヴァーしたLPのC面エル・モカンボ・サイドも、シンプルでルーズなパワーが素晴らしい。

⑤ 『レディース&ジェントルマン』(DVD) 
ストーンズのライブの絶頂期は、1972年の米国ツアーだろう。
残念ながらこのときのライブ録音はCDになっていない。しかし、約40年後、やっとこのツアーの映像(テキサス2daysから編集)がDVD化された。
暗いステージの上で、体を異様にくねらせながら歌うミック・ジャガー。妖しく強烈なオーラを放出し続けるその姿には、時代をねじ伏せる圧倒的な存在感がある。
その一方、直立不動のままギターからブライトで流麗なフレーズを繰り出すミック・テイラーもまた印象的だ。
ニッキー・ホプキンスのピアノと二人のホーンセクションをサポート・メンバーに加えたぶ厚い音の米国南部サウンドは、今聴いても完璧。

次点 『ブラック・アンド・ブルー』&『サム・ガールズ』
いったん離れたストーンズに『ラブ・ユー・ライヴ』で、再び回帰した頃聴いたアルバム。やっぱり全体のバランスは多少へんてこだが、どちらもそれなりによい内容だ。ずいぶん聴いた。
時流にあわせて方向を変えながらも自分たちの世界を展開していくこの人たちのしぶとさはすごい。


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2012年2月22日水曜日

EL&Pのライブ盤とグループの評価

  ずいぶん久しぶりに新譜のCDを買った。
エマーソン、レイク&パーマー(以下EL&P)の『Live At The Mar Y Sol Festival』(輸入盤)だ。

ずっと買わないでいたのは、第一にお金がないせいもあるが、そもそもほんとうに欲しいと思わせるブツがなかったためだ。強いて言うなら、例のピンク・フロイドのデラックス・エディションのシリーズ(「狂気」、「炎」、「ウォール」と続いている)には、ちょっと心を動かされた。けど、かなり高いしね。

それで、今回EL&Pを買ったわけだが、先日NHK大河ドラマの「タルカス」について書いたこととは全然関係ない。
このアルバムは、昨年末に発売されたらしい。別に大河ドラマとは関係なしに…、輸入盤だから関係ないのは当然か。

アルバムの内容は、1972年4月にプエルトリコで開催された国際音楽祭に出演した時のライブ演奏を収録したもの。72年の演奏ということで聴きたくなった。
ジャケットはプエルトリコのイメージからトロピカルでチープ。内容を知らないで、これだけ見たらちょっと購買意欲は萎える。
このプエルトリコでのロック・フェスは、『海と太陽の祭典』という邦題で当時ライブ盤も出たが、私の記憶では同時代的にはたいして話題にならなかったと思う。
ユー・チューブで、このフェスのムービー・クリップという映像を観た。フェス周辺の様子をとらえたもの。降り注ぐ陽光、波の打ち寄せる砂浜、水着か、ジーンズに上半身裸の若者たち。能天気な「裸天国」だ。

このときのEL&Pの演奏はじつに素晴らしい。こんな場違いな状況下で、自分たちの世界を堂々と展開している。
しかし、ダークな世界観の「タルカス」や、内省的でセンシティブな「テイク・ア・ペブル(石を取れ)」(「ラッキー・マン」とピアノ・インプロヴィゼーションを間に挟んでいる)を演奏する彼らの姿は、陽光の下の「裸天国」とはまったくのミスマッチで、相当シュールな光景が目に浮かぶ。こんな踊れない、さらには体を揺らすこともできない音楽を、裸の人たちはどんなふうにして聴いていたんだろう。

1972年のこの頃が、たぶん彼らの絶頂期のではないだろうか。
デビュー時のセカンド・ギグである1970年のワイト等のライブはまだ生硬な感じがある。1974、75年の3枚組ライブ『レディース&ジェントルマン』で聴ける演奏は、かなりこなれ過ぎの感もある。

ラプエルトリコ・フェスの演奏には欠点もないではない。グレッグ・レイクの三味線ベース、カール・パーマーの軽音ドラム。「ロンド」でのドラム・ソロも蛇足だ。
しかし、そんな三人が絡み合い一体となってたたみかけてくるスリリングな音が、はつらつとしていて素晴らしい。
それとアコースティック・ピアノから、アコースティック・ギター、そしてまたアコースティック・ピアノへと展開していく「テイク・ア・ペブル」の瑞々しさも沁みる。

ここで話は少し変わるけれど、EL&Pの世間的な評価は、下落の一途を辿っているように思える。かつてその一つに数えられていた「プログレ5大バンド」に、今もちゃんと入れてもらえているのだろうか?(笑)
評価下落の原因もなんとなくわかる。ひとつは、その過剰なエンターテイナーぶり。そしてこれと表裏だが、思想性のないことだ。「思想性」というと大げさだが、ようするに表現したいことがないのだ。
原因のもう一つは、才能の枯渇を露呈したぶざまなグループの終焉ぶりである。『ワークス・ボリューム1』、『同2』、『ラブ・ビーチ』、『イン・コンサート』と人々を次々にがっかりさせながら、グループは分解していって幕を閉じたのだった。しかも、あろうことか、懲りずに再結成までしたというのだから…。

しかし、先日書いた『「情けない」ロックバンド』には、私はEL&Pを入れなかった。イエスやジェネシスといった「プログレ5大バンド」の中のお仲間を入れたにもかかわらず。
それは、EL&Pが、他の人たちのようにお金に走らず、あくまでミュージシャンシップに殉じたように見えるからだ。
グループの末期、アルバム『ワークス』の音を再現するために、多額の費用をものともせずオーケストラを帯同して行ったツアー。グループは、このツアー途中でかさむ費用のため経済的に破綻し、多額の借金を背負うことになる。ツアー後半は、オーケストラなしでスケジュールをこなし、借金の回収をはかることになる。
オーケストラの帯同を、ミュージシャンの(というかキース・エマーソンの)エゴと言うなかれ。金儲けしたければ、そもそも最初からそんなことはしない。
 だから私には彼らが、ミュージシャンシップに殉じたように見えるのだ。ただしことわっておくと、この末期のEL&Pは、音楽的には全然ダメです。演奏以前に曲がどれもつまらない。表現したいことがもう何もなくなってしまったのだろうね。
 またファーと・アルバム聴こうっと。

2012年2月15日水曜日

奈良の冬の旅

奈良へ行くのは、じつに二十数年ぶり。今回は奈良公園周辺と西の京を巡った。
以前に訪れたことのある場所も、今回再度訪ねてみると前回の仔細をほとんど忘れてしまっていて(情けないけれど)、あらためて新鮮な思いで観ることが出来た。

奈良には,何かのんびりとした空気がある。同じ「古都」でも、都会の京都とはその辺が違う。畑がそこここに見える西の京はもとより、町の中心に近い奈良公園周辺にも、ひなびていてのどかな感じがあった。

今回の奈良で印象に残ったものランキング

その1 興福寺の阿修羅像……「人気者」はやっぱり不思議な魅力を放っていた。

その2 東大寺の大仏……やっぱりそのすごい大きさにびっくり。大仏殿の前の回廊に囲まれた空間の壮大なスケール感もすごい。

その3 お水取りの松明を担ぐ人(東大寺ミュージアムの映像で)……火の粉を浴びながら重い松明を舞台に運ぶ人たち。下で歓声を挙げる観客と対照的に、その姿が黙々としていて、つい引き込まれてしまった。

その4 仏像たちの姿……たくさんの仏像を見た。興福寺の国宝館、東大寺ミュージアム、奈良国立博物館、薬師寺、唐招提寺。仏像のことは何もわからないが、この世のものではない姿がどれも印象的。

その5 近くに鹿のいる風景(奈良公園)……非日常的な光景には、神聖さと同時に癒しも感じる。

その6 薬師寺の伽藍の彩色……創建当時を再現したという麗々しさ、きらびやかさが刺激的

その7 唐招提寺の裏手の風情……埋め込まれた瓦が見える独特の築地塀の連なる風情と鑑真御廟の周辺の静かな佇まい。

その8 奈良墨の製造の工程 (西ノ京「がんこ一徹長屋」の映像で)……気の遠くなるような手間と段取り、大変な労力と熟練の技に唸らされた。

その9 奈良ホテルの風格(今回の宿泊先)……歴史を感じさせる雰囲気があり、大きな池に挟まれ緑豊かな周囲の環境も含めてゆったりとした空間だった。

その10 春日大社の石灯籠……ものすごくいっぱいあって迫力

寒かったけれど、思い出深い旅だった。
お世話になった奈良のO御夫妻。いろいろとお気遣い、おもてなし大変ありがとうございました。