2013年4月21日日曜日

ストロベリー・パス 『大烏が地球にやって来た日』

少し間があいてしまったが、今回はフード・ブレインのDNAシリーズの第4回ということで角田ヒロについて。
フード・ブレインの解散後、メンバー4人のうちキーボードの柳田ヒロはソロ活動に入る。ギターの陳信輝とベースの加部正義は、陳のソロ・アルバムを作った後、新バンド、スピード・グルー&シンキを結成している。この3人のアルバムについては、前回までで述べてきた。
そして今回から取り上げるのが、フード・ブレインの残る一人、ドラマー角田ヒロがその後に参加したストロベリー・パスとフライド・エッグのアルバムだ。

フード・ブレインの後、1971年に角田はギタリストの成毛滋とストロベリー・パスを結成する。ストロベリー・パスはアルバムを1枚作った後、1972年にベーシストを加えたトリオ編成となってフライド・エッグへと発展。フライド・エッグはアルバムを2枚発表して1972年に解散している。
 ストロベリー・パスとフライド・エッグ。この二つのバンドは、成毛滋の音楽的志向がより強く反映されたグループと思われる。だから、いくら角田が参加しているとはいえ、フード・ブレインとの関わりの中で取り上げることに、さほど意味はない気もするのだが、そこはまあ御容赦を…。

角田ヒロが成毛滋とストロベリー・パスを結成したのは、フード・ブレイン解散後の1971年2月のことだった。しかし、じつはそれ以前、フード・ブレインのメンバーであった頃からすでに、角田はストロベリー・パスの前身バンドを成毛と結成して活動していたのだった。
そのバンドはジプシー・アイズという。メンバーはギターが成毛滋、ヴォーカルとギター(またはベース)が柳譲治(のちの柳ジョージ)、ドラムスが角田ヒロのトリオ編成だった。
このバンド名は、もちろんジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスの曲「ジプシー・アイズ(Gypsy Eyes)」(1968年のアルバム『エレクトリック・レディランドElectric Ladyland)』に収録)にちなんだものだろう。
結成されたのは、1970年6月のこと。フード・プレインのステージ・デヴューがこの前月の1970年5月だから、角田はこの両方のバンドにふたまたをかけていたことになる。さらに、彼はこの二つの他、渡辺貞夫カルテットにも在籍していたから、三つのバンドをかけもちしていたことになる。なんともエネルギッシュというか、働き者というか。

ジプシー・アイズの三人のうち柳譲治もまた、ゴールデン・カップスとのかけもちだったため角田よりもさらに忙しかった。前々回紹介したように、柳は旧知の陳信輝のソロ・アルバム(1971年1月発表)にも大々的に参加していた。そんなわけでジプシー・アイズのスケジュールに参加できないこともしばしばだったらしい。
そのため1971年の2月に、ジプシー・アイズは柳抜きで、成毛と角田のふたりのユニット、ストロベリー・パスへと発展することになる。
なおこの間に、角田はフード・ブレイン仲間の柳田ヒロの初ソロ・アルバム『ミルク・タイム』(1970年11月発表)のセッションにも参加している。

ストロベリー・パスは1971年3月にスタジオ録音を行い、6月にアルバム『大烏が地球にやって来た日』を発表している。
6月といえば、奇しくもフード・ブレインの二分の一に当たる陳信輝と加部正義が結成したスピード・グルー&シンキのファースト・アルバム『イヴ』が発表された月でもある。

じつはこの二つのアルバムにおける二人のギタリストのプレイが、じつに好対照というか好一対というふうに私には感じられる。
『イヴ』での陳信輝が前回も書いたようにダークで重くてジミー・ペイジ風だとすれば、『大烏が地球に…』での成毛滋は、まるでジェフ・ベックだ。成毛のギターは、明快でブライトで才気にあふれている。70年代初頭、成毛滋が日本のギター小僧たちの憧れの星だったことを思い出す。

そして成毛のギターを聴いていて感じるのは、当時全盛期を迎えていた英米のロックへの強い憧憬だ。
『大烏が地球に…』のライナーで田口史人が引用しているように、成毛は日本のロックは「あくまで本物を伝えるための代用品でしかない」と語っていた。ここで言う「本物」とは、もちろん英米のロックのことである。だから成毛は自分自身についても英米ロックのいわば伝道師と考えていたわけだ。つまり自分を英米のロック・ヒーロー達と対等なミュージシャンとしてではなく、むしろアマチュアのフォロワーに近い存在として意識していたわけだ。

成毛の曲には臆面もなく本場英米ロックの「いいとこ取り」をしているようなところが見受けられる。後のフライド・エッグのアルバムで、この傾向がさらに強くなる。というか完全に元ネタのパクリみたいな曲まであったりする。このことは、成毛のどこまでもアマチュア的な英米ロックへの憧れに由来しているものと思われる。
だから彼の音楽には、ロック少年たちが本場のロックを聴いて感じるカッコよさが凝縮され再現されているのだ。ストロベリー・パスやフライド・エッグのまさにその部分に日本のロック少年たちは共感したのだと思う。

なお『大烏が地球に…』のアルバムのジャケットのクレジットでは、角田ヒロの表記は「つのだ・ひろ」となっている。この後さらに「つのだ☆ひろ」と変わっていくわけだが、ここでは便宜上これまでどおり角田ヒロでいくことにする。
角田ヒロのドラムスは、パワー・スタイルだが、スピード感もあってなかなかよい。これまで紹介してきたドラマーたち、陳信輝のソロ・アルバム・セッションの野木信一やスピード・グルー&シンキのジョーイ・スミスなどに比べると段違いのレベルだ。
このアルバム『大烏が地球に…』では、成毛のギター・ソロの場面でドラムスがスリリングに絡んでいくところがひとつの聴き所になっている。

それからこの『大烏が地球に…』から角田は、ヴォーカルも担当し、曲も提供するようになる。
角田のヴォーカルは声質はちょっとジミ・ヘンに似ていてソウルフルだが、うまいというほどでもなくまあそれなり。曲作りではいきなりあの「メリー・ジェーン」を書いて作曲家としての道に大きな一歩を踏み出している。

以下、アルバムについて。


□ ストロベリー・パス『大烏が地球にやって来た日』(1,9716

漫画家石森章太郎(当時は石ノ森ではなかった)の大烏のイラストをあしらったジャケットは、なかなか印象的。ただしアルバム・タイトルと同題のプログレ曲は収録されているものの、ジャケットの烏は視覚的インパクトを狙っただけでそれ以上の意味は、たぶんないものと思われる。

内容的にはとにかく曲調が多彩なアルバムだ。1曲目がフリー風、3曲目がプロコル・ハルム風、ラスト曲がピンク・フロイド風と、当時の英米のロックの美味しいところをいいとこ取りしている感じ。
大ヒット曲のバラード「メリー・ジェーン…」もあるが、何といってもこのアルバムの白眉は、2曲目の「イエローZ」と4曲目の「ファイヴ・モア・ペニー」だろう。どちらのギター・ソロでも成毛滋の最高のプレイが聴ける。

なお1曲目「アイ・ガッタ・シー・マイ・ジプシー・ウーマン」のみヴォーカルが柳譲治。つまりここでジプシー・アイズが再現されているわけだ。なぜこれを冒頭に持ってきたのか。ジプシー・アイズへのオマージュなのか、決別なのか。それとも1枚のアルバムも残さなかったこのバンドのメモリアルなのか。

以下、各曲についての感想。

1. 「アイ・ガッタ・シー・マイ・ジプシー・ウーマン(I Gotta See My Gypsy Woman)」

おずおずとミディアム・テンポで始まるこの曲は、曲調もギター・ソロも抑制が効いていてフリーのように渋い。他バンドを恐れさせたというジプシー・アイズのスーパー・プレイは、エンディングでわずかに聴けるだけだ。
柳譲治のヴォーカルがエグい。
陳信輝のソロ・アルバムで聴けるヴォーカルより、はるかにクリアに録られている。がそれゆえよけいこの人のヴォーカルの貧弱さが露呈している。この人のエグさは演歌向きだ。レイニー・ウッドで演歌(風ポップス)でブレイクしたのも納得。

2. 「イエローZ Woman Called Yellow Z)」

ジェフ・ベックのような硬質なリフがカッコいい。
曲の中盤の長いギター・ソロがとにかく素晴らしい。空間を埋め尽くしていくようなフレーズの勢いに、思わず引き込まれてしまう。成毛の生涯を通じての最高の名演。
角田ヒロのドラムミングはアグレッシヴなパワー・スタイル。ドンドコ、ドンドコとタムタム中心なのが独特だが、これはギターのトーンと対抗するためか。

3. 「ザ・セカンド・フェイト (The Second Fate)」

一転してメロウで翳りのあるプロコル・ハルムのようなオルガン中心のミディアム曲。はっきり言ってあんまり聴き所なし。

4. 「ファイヴ・モア・ペニー (Five More Pennies)」

ブギっぽい曲だがブレイクしてからのギター・ソロ前半は、ジミー・ペイジばりの無伴奏ソロ。線が細くてネバリがない分ペイジには及ばない。しかし、ドラムスとベースが入ってのソロ後半は角田のドラムスに煽られての切れ味鋭いパワフルギターが聴ける
ここでも角田はタムタム中心のドンドコとしたドラム。あまり知的ではないが、切れがいいから許す。

5. 45秒間の分裂症的安息日(Maximum Speed Of Moji Bird)」

成毛によるバロック風のオルガン・ソロ。次曲のイントロ的な小曲。成毛の多才ぶりを確認。

6. 「リーブ・ミー・ウーマン (Leave Me Woman)」

コンパクトなハード・ロック・ナンバー。途中のオルガン・ソロが地味だからというわけでもないが、曲そのものが平凡で今ひとつ印象は薄い。

7. 「メリー・ジェーン・オン・マイ・マインド(Mary Jane On My Mind)」

言わずと知れた大ヒット曲。このアルバムの中ではまったく異質で、この曲だけ完全に浮いている。
バラードだからというのではなく、作りがまったく歌謡曲だからだ。ストリングスや女性コーラスが入るアレンジもそうだし、成毛の泣きのギターも歌謡曲仕様でいかにも安っぽい。
完全にシングル前提の曲で、多少なりともアルバムの経費を回収しようとする会社の意図が見え見え(?)。これがぴったり当たったわけだけど。

8. 「球状の幻影 (Spherical Illusion)」

前後をバンド・サウンドによるテーマで挟まれたちょうどツエッペリンの「モービー・ディック」のような構成のドラム・ソロ曲。
角田のドラムスは、肉体派に見えて意外と手数も多くてキレもある。ところどころでよろめく感じもしないではないが。

9. 「大烏が地球にやってきた日 (When The Raven Has Come To The Earth)」

風の音のSE、アコースティック・ギター、フルートで静かに始まり、烏の羽音や雷鳴を挟みながらバンド・サウンドになって盛り上がっていく曲。ほとんどピンク・フロイドの世界。それ以上のものではないのが残念。

2013年4月18日木曜日

極太スパゲッティの快楽

<太麺2.2ミリ業務用を買った>

ついに思い切ってスパゲッティを通販で買った。ものは「ボルカノ・ローマン・スパゲッチ」の.2ミリ。業務用の4キロ袋だ。
配達してくれたクロネコ・ヤマトの方は、これが入ったダンボールの箱を渡してくれるとき、「重いですよ」とわざわざ声をかけてくれた。なるほど、4キロのスパゲッティはずっしりと重かった。

なんでこんなものを買ったのか。太麺のスパゲッティが食べたかったのだ。2.2ミリの太麺のスパゲッティは、ふつうのスーパーでは売っていない。置いてあるのは、1.4ミリからせいぜい1.7ミリまで。ようやく輸入食品のお店で見つけたが、また買いに行くのもたいへんだ。なにせ、田舎に住んでいるもんで。

太麺のそれも炒めたスパゲッティを食べたいと思っていた。その背景には、個人的に興味を寄せているスパゲッティをめぐる三つの事柄がある。今回は、その三つのスパゲッティの話題を御紹介しよう。


<ナポリタンの復権>

昨年2012年あたりからナポリタンのブームが続いているらしい。つい先日も読売新聞でナポリタンの話題が載っていた。鉄製のステーキ皿にナポリタンを乗せて供するメニューが人気で、女性にも受けているというのだった。

その他でもナポリタンのブームはじわじわと広がっている。この記事にもあるように、近頃はナポリタンを定番のメニューにする店が増えている。洋食屋、喫茶店はもちろん居酒屋などでも出すところがでてきたらしい。
またナポリタンを看板メニューとするジャンク系のスパゲッティ(路スパと言うらしい)のチェーン店も増加しているという。
さらにカップ麺や冷凍食品でも、ナポリタンが売れていて、新製品も出ているとのことだ。

年配の人が懐かしい味としてナポリタンを食べるだけではなく、若い人たちにも目新しいメニューとして受けているらしい。どうりで、ナポリタンをめぐるいろいろな話題を目にする機会が増えてきたと思った。

まさにナポリタンの復権である。
私が高校生だった1970年代、スパゲッティといえば、ミート・ソースとナポリタンの2種類しかなかった。私は断然ミート・ソース派だった。これに、たっぷり粉チーズとタバスコをかけて食べたものだ。高校生の私にはけっこうな御馳走だった。
しかし、80年代からイタめしのブームが広まって、本格的なパスタ料理が一般にも普及していった。それからこっち、ナポリタンは長いことさげすまれ、不遇の時代をかこってきたように思う。本場イタリアのパスタ料理を、遠く離れた極東の地で、わけもわからないまま安直化したマガイモノとして馬鹿にされてきたのだった。
 
本場では、茹でたてのパスタにソースを和えて食べる。ナポリタンのように麺を茹で置きしたりしないし、それを炒めたりもしない。さらにはアメリカ生まれのケチャップを味付けに使ったりなんてこともけっしてしない。
ケチャップについてついでに言うと、アメリカではケチャップは食べ物にかけるものであって、加熱して料理に使うというのは一般的でないらしい。

先日、本格的なナポリタンの作り方をテレビで紹介していた。麺は太麺を使う。これをいったん茹でてから、冷蔵庫でわざわざ一晩ねかすのだという。こうすると、モチモチ感が増すらしいのだ。本場のパスタのアルデンテとは、もう目指している方向がまったく違っているのだ。
こうしてナポリタンは、今や、まったく日本独自の料理として、新しく価値を与えられ復活してきたわけなのだ。


<あんかけスパゲッティ>

あんかけスパゲッティというものがある。名古屋めしのひとつである。名古屋特有の食べ物としてメジャーな味噌煮込みうどん、味噌カツ、ひつまぶし、天むすなどには、もうそれほどの興味はない。しかし名古屋めしでも、もうちょっとB級な台湾ラーメンとか、手羽先唐揚げとか、このあんかけスパゲッティなんかは、ぜひ一度食べてみたいと思っていた。
このうちあんかけスパゲッティは、2,3年前にやっと食べることができた。東京の新橋にあるパスタ・デ・ココまでわざわざ食べに行ったのだ。パスタ・デ・ココは、カレー・チェーンのCoCo壱番屋が別展開しているあんかけスパゲッティ専門のチェーン店である。何しろCoCo壱番屋は名古屋が発祥だからね。
このチェーンも含めて、以前は東京にもあんかけスパゲッティの専門店がいくつもあったようだ。しかし、そのほとんどが閉店して、現在ではここ新橋に唯一一店舗が残っているだけだという。

あんかけスパゲッティとは、炒めた太麺のスパゲッティに、トマト・ベースの餡状のソースをかけたものである。この餡状のソースは、あくまでトマト味がベースであることと、大量の胡椒が使われていてかなり辛味が効いていることが特徴である。
ウィキペディアによると、この料理はミート・ソースを名古屋人好みの味に仕立てようとしてできたと言われているとのこと。

さらに具材がタマネギ、ピーマンなど野菜のものは「カントリー」、ウインナー等の肉類のものは「ミラネーゼ」、野菜と肉の両方を使ったものは「ミラカン」と呼ばれているという。
名古屋ではたくさんのお店で出しているのに、ちゃんと一定の定義が確立されており、調理法と名称も固定化している。そんなところからも、かなり食文化として成熟し、地域に定着している感じがある。

それからあんかけスパゲッティのもうひとつのj特徴として、その盛り付けの量が多いということもあるらしい。なので名古屋ではあんかけスパゲッティは、もっぱら若者や男性の食べ物とされている。

 では、味の方はどうなのか。
まあ、それなりに美味しい。しかしパスタ・デ・ココに限って言うと、辛さも今ひとつだし、分量も少なめでちょっと物足りなかった。
これはたらふく食べて満足し、それを何度か繰り返しているうちにやみつきになりそうな味ではある。でも、東京で専門店が次々閉店して一軒きりになってしまったのも何となくわかる。

というわけで私が食べに行ったのは一回きり。でもその後、自分の家でトマト味のスープなどが残ると、それにとろみをつけ胡椒を大量に投入して、スパゲッティにかけて食べたりしている。

なおちょっとややこしいが、名古屋めしにはもうひとつイタリアン・スパゲッティというものがある。これは熱した鉄皿に溶き卵をしいて、その上にナポリタンをのせるものだ。溶き卵は次第に固まって、ナポリタンの底部と一体になる。
前項で紹介した最近はやっている鉄皿乗せナポリタンのルーツは、この辺りにあるらしい。


<B級グルメの名店「ジャポネ」のこと>

有楽町の首都高の高架下、そのいちばん京橋よりの銀座インズ3の一画に「ジャポネ」という店がある。カウンターだけの小さな店なのだが、これがB級グルメ界でカルト的な人気を誇るスパゲッティの店なのだ。
私もB級グルメ好き&スパゲッティ好きなので、その人気を聞きつけて何度か足を運んでいる。
店にはつねに長蛇の列が出来ていて、その人気ぶりが窺われる。並んでいるのはほとんどサラリーマンだ。

この店のスパゲッティは本格パスタとは無縁の、茹で置き麺を炒めた純和式スパゲッティだ。
メニューはとにかく多彩。醤油、塩、明太子、梅のりなどの和風から、ザーサイ入りの中華風(メニュー名「チャイナ」)、カレーをかけたインド風(同「インディアン))、そしてもちろんナポリタンもある。

この店の売りはとにかく安いことと、量が多いこと。
標準のレギュラー・サイズで、値段は500円か550円ほど。安いでしょ。
麺の量は、レギュラー(350g)、ジャンボ(550g)、横綱(750g)の3段階。メニュー上ではここまでだが、さらにこの上に親方(950g)、理事長(1050g)というのがあるという。
なお、この麺のグラム数には諸説がある。ネット上でファンによって紹介されているグラム数には、数十グラムの違いがあるのだ。しかし、いずれにせよなかなかものすごい量であることはまちがいない。
ネットで見ていたら、全メニューで理事長を制覇したなどという、まさにフード・ファイターのような猛者もいて驚かされる。

カウンターに座ると調理しているのはすぐ目の前。コンロの熱でこちらまで熱いくらい。中華なべに油をしいて熱し具材と茹で置きしてある大量の麺を手づかみで投入して炒める。
ちなみにこの店の一番人気のメニューで私も何度か食べた「ジャリコ」の場合、その具材には、小松菜、トマト、しその葉、豚肉、タマネギ、しいたけ、えびが入っている。はっきりいってこれらの量は麺に比べるとほんの少量。十分炒めてから、仕上げにしょう油を回しかけると、じゅうじゅうと音がして出来上がりだ。

これらを2~3人分ずつ豪快に炒めては、皿に盛り付ける。何しろ行列が出来ているわけだから、次から次に何時間も炒め続けるわけで、なかなか大変な商売だなと感心する。

それで味の方はというと、はっきりいってびっくりするほど美味しいものではない。炒められて香ばしい醤油の香りと、太い麺のモチモチした食感、そしてとにかく満腹になれた満足感がこのお店の醍醐味だ。まさにジャンクな旨さ。
かなり油っぽいので食べていると口の中がギトギト、口の周りがベタベタになり、体調によっては食後ちょっと胃にもたれることもある。
B級グルメというものが、だいたいみんなそうであるように、ジャポネのスパゲッティもそんなにたいそうなものではない。しかし、このジャンクな旨さが人々を引き付けるのもよくわかる。それで私も何回か足を運んでしまったのである。

ところで私は、カウンターから作っている様子を見るたびに、これなら自分で作れる、いつか自分で作って見ようと思っていたのだった。


<極太スパゲティの快楽>

ナポリタン、あんかけスパゲッティ、そしてジャポネ。この三つのジャンクなスパゲッティには三つの共通項がある。
その1は、麺が太いことだ。どれも、2.2ミリを使っているらしい。
その2は、あらかじめ茹でておいたスパゲッティを炒めていること。油はかなり多めだ。これが旨さの秘訣らしい。
そしてその3は、盛りが大盛だということだ。そのために圧倒的に男性に支持されているわけだ。
 麺が太くてモチモチで、油ギトギトで、大盛。つまりこれらは、まぎれもないジャンク・フードであり、イタリアの本格パスタとは一線を画しているものなのだ。

私が、極太の麺を探したあげく通販で買ったスパゲッティは、「ボルカノ・ローマン・スパゲッチ」の.2ミリ。茹で時間は13分。
ボルカノ・ブランドでスパゲッティを作っている富山県砺波市の日本製麻株式会社の製品だ。この会社のパスタの特徴は、原料にデュラムセモリナ粉に加えて強力小麦粉を配合してあること。
この「ローマン」の原料表示を見ると、強力粉がセモリナ粉よりも前に書いてある。ということは、強力粉の比率の方がセモリナ粉よりも多いのかもしれない。このことからも本場イタリアのパスタのアルデンテ感ではなく、日本のうどんに近いモチモチとした食感を目指していることがわかる。

さっそくこの極太麺で炒めスパゲッティを作って食べてみた。
麺の量は乾麺で250gにした。これは茹でると600gになる。ジャポネのジャンボ(550g)と横綱(750g)の間くらいの量だ。
13分という茹で時間はけっこう長いが、出来上がりを待つ楽しい時間だ。
茹で上がるとフライパンで炒める。フライパンには、先に炒めておいた具材がそのまま入っている。具材は基本的にありあわせのものを使っている。タマネギ、ピーマン、キャベツなどは定番だろうが、長ネギやブロッコリーなんかを入れたこともある。
そして油は思い切ってかなり多めに入れた。大さじ2杯くらい。オリーブ・オイルとかバターなんかを使うとパスタになってしまうから、ここは当然、サラダ・オイルだ。

ケチャップでナポリタンも作ってみたが、いちばん気に入っているのはしょうゆ味だ。塩と胡椒を加えた上で、最後にしょう油を回しかける。和えるのではなく、じゅうじゅうと香ばしくしっかり炒めて出来上がり。
なお前に作った野菜炒めなどが残っていたら、これも麺と一緒に混ぜて炒め直すと美味しい。炒め物の味は、塩味、しょうゆ味、味噌炒め、中華風など何であってもかまわない。あのジャポネの何でもありのメニューを想起せよ。
これまで実際、白菜の旨煮や回鍋肉(ホイコーロー)を混ぜてみたが、最高に美味しかった。

極太炒めスパゲッティは、作っているときにとてもおおらかな気持になれる。本格パスタを作っているときは、麺の茹で加減やら、茹で上がりにジャストなタイミングで和えられるようにソースに気を配ったりで、かなり神経質にならざるをえなかった。
しかし、炒めスパの場合は、茹で時間もかなりルーズでいいし、具材もあり合わせでOK。残った炒め物を投入しても可。とにかくそれで美味しくできるのである。だから、作っているときからゆったりした気分でいられるのだ。

出来上がったスパゲッティを大皿に盛る。山盛りのスパゲッティというのは、なかなか見事な景色だ。熱々の麺をふうふうしながら食べ始める。このモチモチ感からは、パスタ料理とはまったく違う世界が広がっている。どんどんのめり込んでいくような快楽の世界だ。
そして、この油としょう油の香り。炭水化物と塩気と油の合体こそやっぱりジャンク・フードの旨さの真髄だ。まあアンチ・ヘルシーだけど。
しょうゆ味ではあるが、粉チーズとタバスコをたっぷりかけて、ハフハフと食べ進む。麺だからすいすいとお腹に入っていく。さすがに、最後の頃はペースが落ちるが、なんなく食べ終えてしまう。このときの満腹感には、この上ない幸福感がある。

今日は具材にあれを入れようかな、とか、きのう残ったあのおかずを一緒に炒めたら美味しいんじゃないかな、などと毎日楽しんでいる。こうして4キロのスパゲッティはみるみる減っていくのであった。

2013年4月10日水曜日

「つけ麺 坊主」訪問 「つけめん」と「おやじめし」 2013

ひたちなか市に出かけるついでに水戸で途中下車して「つけ麺 坊主」を訪ねた。一週間ぶりの訪問、4月になってこれで2回目。なかなかいいペースだ。
前回水戸に来たとき満開だった桜は、この土日に吹き荒れた春の嵐ですっかり散ってしまっていた。

平日の11時5分入店。先客1人(早いなあ)。後客は2人。
券売機に向い、今日は「つけめん」と「おやじめし」と「ビール」にする。席は券売機のすぐわき、カウンターのいちばん端に座った。御主人に「麺は大盛、めしは普通盛で」とお願いする。

この間から思いついた「激辛」以上の全メニュー制覇シリーズの流れで今回は「つけめん」を選んだ。
次回に「特製らーめん」を食べて全制覇達成の予定だった。しかし、よく考えてみると今年の1月にすでに一回「特製らーめん」は食べている。だから順番にこだわらないことにし、ちょうど「今年になってから」といういい形でくくれるので、今回をもって全制覇完了ということにした。
他の人にはまったく意味のないこだわりだろうけど、やっている当人としては、張り合いがあってちょっと楽しい。それに、ふつうだとどうしてもいつも同じものを頼みがちになるので、たまにこういうことをやって見ると、めったに食べなくなってしまったメニューの美味しさをあらためて発見したりなんてこともある。

一応、制覇した「激辛」以上のメニューを振り返ってみる。
辛い方から次のようになっている。カッコ内の辛さの表示はメニューに記載のもの。

・極辛麻婆つけめん (超極辛、2月・8月限定)
・極辛麻婆らーめん (超極辛、2月・8月限定)
・特製麻婆つけめん (極辛)
・特製麻婆らーめん (極辛)
・特製つけめん (超激辛)
・特製らーめん (超激辛)
・麻婆辣麺 (激辛)
・つけめん (激辛)
・麻婆めし(激辛)
・おやじめし(辛いよ!)

「麻婆めし」は麺類ではないので当初念頭になかったが、結果的には食べていた。「おやじめし」の「辛いよ!」というのは、メニューの表示どおり。激辛ではないけどオマケとして挙げておく。

ところで、これより下のランクの辛さのメニューは、ほとんど食べたことがない。たしか「らーめん」(やや辛)を一度食べたきりだ。
やはりこのお店の旨さは辛さあってのものだと思う。だから辛くないメニューは食べる気になれない。辛さだけを弱くして味のバランスがちゃんととれるのだろうか。ちょっと疑問だ。食べた事がないのでなんとも言えないけれど。

ちなみにこのお店の辛さランキングでは、「つけめん」(激辛)の下が「味噌つけめん」(やや辛)で、さらにその下が「坊主つけめん」(ちょい辛)となっている。最近店内に貼り出された人気ランキングを見てみると、人気の第一位は、この「坊主つけめん」なのだった。そういうもんなのだなあ。

そうこうしているうちに、「つけめん」と「おやじめし」が到着。
「つけめん」を食べるのは相当久しぶり。どうしてももっと辛い方のメニューを頼んでしまうからだ。
「つけめん」の構成内容は、このお店の通常期の最上級メニューである「特製麻婆つけめん」とほぼ同じ。海苔が乗っていないだけだ。
スープの中の具材は、もやしと豚バラ肉。これに麻婆豆腐がかかり、その上に刻みネギと赤い粉末(魚粉+唐辛子?)がトッピングされている。
そして当然辛さは「特製麻婆…」よりぐっと控えめ。たぶん何分の一かになっている。しかしそれだけではなく、もしかすると具材とトッピングの量も「特製麻婆…」より少なめなのかもしれない。あるいは、単に麺を大盛で頼んだので、器が大きい分、具材が少なく見えただけかもしれないが。

見た目はつけ汁の水面が器の中でけっこう広めだ。「特製」のときはたしか水面の上にトッピングが盛り上がっていたような気がするのだが。
で、まず辛さが物足りないことはわかっているので、カウンター上のツボから唐辛子を大盛でひとすくいして投入する。そしてつけ汁に軽く混ぜる。
そこへ麺を4,5本すくって浸し、口へ運ぶ。むせるので、スルスルとはすすらない。もちもちでプリプリとした麺のアルデンテな歯応えがいい。これが何といっても、つけめん系メニューの醍醐味だ。

つけ汁は今日もやはり味噌の風味を強く感じる。で、旨い。以前はこんなに味噌を感じたっけかなあ。本来は温かいスープと麺が一体となったラーメンが好きなのだが、つけめん系のこの濃厚な味噌の風味も、けっこう病みつきになりそうだ。
しばらく麺だけを食べ続ける。だんだんすすってもむせなくなる。

一方「おやじめし」である。これは、皿にもったご飯に麻婆豆腐とそれから野菜炒めを合いがけしたものである。
麻婆豆腐だけをかけたものが前回食べた「麻婆めし」だ。その麻婆豆腐を半量にして、その代わりに野菜炒めをかけてある。野菜炒めの中身は、キャベツとニンジンとニラと豚バラだ。これで、「麻婆めし」より100円高くなるのは、ちょっとアン・リーズナブル感がなきにしもあらず。
野菜炒めは、塩ベースの何のこともない炒め物である。そうなのではあるが、しかしなぜかときたま食べたくなる。麻婆豆腐との合いがけというのがいいのだろうか。
なぜこれが「おやじめし」という名前なのかはわからない。野菜不足のおやじ世代のための野菜増量メニューという意味なのだろうか。それとも、「おやじ」を自称するここの御主人のまかないからできたのだろうか。

さて麺をすすり込み、ときどき豆腐をつつく。麺をつけ汁にひたし引き上げると、ときどきもやしや豚肉も一緒についてくる。
そして今度は「おやじめし」へ。豆腐や麻婆の餡と一緒にご飯をレンゲですくい、次は野菜炒めをのせてご飯を食べる。この野菜炒めの旨みは何でつけているのだろう。美味しい。
味が次々に変化するので、どんどん食べ続ける。勢いが止まらない。辛さは追加で投入した唐辛子の分だけ辛いといった程度。鼻水もあまり出ないし、汗もほとんどかかない。そこが、物足りないのだが。

「おやじめし」は、麻婆豆腐と野菜炒めのかかった部分だけ先に食べ終える。皿には、汚れていない白いご飯が三分の一ほど残っている。ほぼ同時にめんを完食。つけ汁をたっぷり麺に絡めるようにして食べたので、残っているつけ汁は少なめ。
今度は残った白いご飯をレンゲで少しずつすくい、残ったつけ汁にちょこっと浸しては食べる。ちょうどスープ・カレーを食べる要領だ。これがまた美味しいい。つけ汁は冷たい麺のせいですっかり冷めてしまっていたのだが、温かいご飯に触れて、また旨さと辛さが復活するのだ。そして、あっという間にご飯も完食。
最後にほんのちょっと残ったつけ汁をポットの熱いスープでわって美味しく完食した。
かなり満腹。辛さはまあまあだった。
というわけで、今日もごごちそうさま。

その日は、ひたちなかの海浜公園へ足を延ばした。
大量のスイセンと大量のチューリップを見て、またまた満腹になってしまった。

2013年4月8日月曜日

スピード・グルー&シンキ 『イヴ』 『スピード・グルー&シンキ』

フード・ブレインのDNAシリーズの第3回め。前回に続いて今回も陳信輝のアルバムについて。

陳はソロ・アルバムを1971年1月に発表後、スピード・グルー&シンキを結成する。そしてソロ作の5ヶ月後に発表されたこのグループのファースト・アルバムが名作『イヴ』だ。
ここでは、ダークで重いトーンはそのままだが、しかし何か吹っ切れたようなサウンドを聴くことが出来る。

『イヴ』はあきらかにレッド・ツェッペリンと部分的にクリームにインスパイアされたサウンドで成り立っている。陳のダークなブルース志向は、初期ツェッペリンにおけるジミー・ペイジのセンスにぴったり相似している。だからツェッペリンをお手本にしたことは陳にとって必然だったのだろう。彼はここで自分のスタイルを見つけたという手応えを感じたのだと思う。
たとえばアルバム4曲目「ODE TO THE BAD PEOPLE(悪人へ捧ぐ)」のギター・ソロのじつに確信に満ちたプレイなどは、まさに自分のスタイルとしての自信を感じさせるものだ。

しかし続く2作目のアルバム『スピード・グルー&シンキ』は、2枚組ということもあり、クラシカルなチェンバロの小品から電子音楽まで、サウンドの試みの幅が広がり過ぎで意欲的ではあるが散漫なアルバムになってしまった。
もっともこのアルバムではドラムスのジョーイ・スミスとその仲間のMichael Hanopolという米人コンビが、ほとんどの曲を作るなど主導権を握っているように見える。なので陳のコンセプトがどの程度反映されているのかは定かではない。

ともあれたしかにこのアルバムでは、ギター・プレイそのものよりも、ギターがらみのサウンドの実験的な趣向の方がどちらかというと印象に残る。
たとえばディスク2の2曲目「SEARCH FOR LOVE」での「一人ディレイ二重奏」やそこにかぶさる雷鳴などのSE、また4曲目「WANNA TAKE YOU HOME(家に連れて帰りたい)」でのテープ逆回転ギターと、呪文のようなヴォーカルといったアヴァンな展開などはとくに印象的だ。

陳信輝はやはりサウンド・クリエーター的側面を強く持ったギタリストと言えると思う。ジェフ・ベックというよりジミー・ペイジ・タイプというわけだ。
だからもっともっとプレイヤーとクリエーターという二つの資質を合体させたような路線で活動して欲しかったと思う。ジミー・ペイジで言えば、ちょうどツェッペリンの中期のアルバムで聴けるような音の世界だ。
『スピード・グルー&シンキ』という何となく半端な内容のアルバムで、彼の活動が途絶えてしまったのはいかにも惜しい。
この後、彼は「伝説のギタリスト」と呼ばれることになる。

以下各アルバムについてのコメント。


□ スピード・グルー&シンキ『イヴ』(19716

陳信輝がフード・プレイン後、ソロ作をはさんで結成したスピード・グルー&シンキのファースト・アルバム。フード・ブレインの『晩餐』と並ぶ日本の初期のロックの名盤だ。

まずアルバムのジャケットが素晴らしい。
セーラー服を着た3人のあどけない西洋人(たぶん?)の子供が並んでいる。セピア色の古いポートレート写真だ。ロックのアルバムとしては、なかなか強烈なインパクトがある。そしてとにかくトリオの編成であることが直感的に印象付けられる。
もしかするとこれはフード・ブレインの『晩餐』の内ジャケの集合写真のアイディアを踏襲したものか。あるいはさらに遡ればツェッペリンのセカンド・アルバムのあのセピア色の集合写真のアイディアにつながっているのかもしれない。

と思いたくなるのも中身のサウンドがそのツェッペリンを思わせるハードかつヘヴィかつダークなものだからだ。
陳がこれまで関わってきたアルバムにおけるセッション的な雰囲気はここにはない。陳が曲作りに関わっているのは全7曲中3曲のみだが、ブルースをベースにしながらも、新しいバンド・サウンドのコンセプトが彼の中で固まってきている感じがある。
ちなみに曲作りでは、ヴォーカルとドラムスのジョーイ・スミスが単独で3曲提供し、さらに共作で3曲に関わるなど大活躍している。

それぞれの曲もラフなセッションではなくリフを主体にしてちゃんと練られたものだ。アルバム全体の構成もヘヴィ曲の2連発で始まり、最後を組曲とそれに続くアコースティックな弾き語りで締めるなど、なかなか気が利いている。

サウンド的にはやはり全体にツェッペリンの影響を強く感じる。
1971年のこの時点までにすでにツェッペリンのアルバムはサードまで発表されていた。陳は十分にこの三枚を聴き込んでいたに違いない。とくにリフを主体にした曲作り、ギターの音色やフレーズなどにジミー・ペイジとの相似を感じる。また、ギター、ベース、ドラムスの音の録り方や組み立てなんかもツェッペリンを思わせるものがある。
ついでに言えば、ドラムスのドタバタした感じなどもジョン・ボーナムにそっくりだ。
ただし、リフ作りの冴えは到底ジミー・ペイジに及ばないのはいたしかたない。またヴォーカルだけは全然違う。やはりロバート・プラントみたいな人はなかなかいないのだ。
それだけでなく、ヴォーカルに関しては、前作のソロ・アルバムでも感じたことだが、イコライジングをかけて完全にサウンドの一要素として扱っている感じがする。はっきり言って、歌詞の中身なんかどうでもよかったのではないか。たぶん。

とにかくアルバム冒頭の2曲は、怒涛の和製レッド・ツェッペリン節炸裂といった感じ。
1曲目「 MR. WALKING DRUGSTORE MAN 」は、歪んだギターとベースのユニゾンによるミディアム・テンポのヘヴィなリフで始まる。
そこへ切り込んでくるギターのオブリガードなどジミー・ペイジそのものだ。ドラムスのフィル・インの感じなんかもジョン・ボーナムにそっくり。違うのは、ヴォーカルが金切り声ではなくてひしゃげた録り方をしていること。

そして2曲目が、「BIG HEADED WOMAN (冷たい女)」。これでもかとダメ押しのツェッペリン風のダークなスロー・ブルース。
ギター・ソロのイコライジングのかかった音色とフレーズ、あるいはコード・ストロークの入れ方など、やっぱりペイジだ。ドラムスも、そのよたり具合などボーナムのまねをしているとしか思えない。

この2曲、ツェッペリンに似すぎているのがまあ気になると言えば言えるかもしれない。

以下、残りの曲についての感想。

STONED OUT OF MY MIND
こっちはちょっとジェフ・ベック・グループか。もっと正確に言うとベック・ボガード&アピスみたいだが、BB&Aはこのときまだ存在していなかった。
あとはクリームを思い出させる。間奏部のギター・ソロのトーンはクラプトンそっくり。
ベースが太くうねるようにぐいぐい出てくるところもジャック・ブルースみたいだ。

ODE TO THE BAD PEOPLE (悪人へ捧ぐ)」
またもやリフを前面に出してツェッペリン風。
冒頭からとばすドラムスのフィル・インなどやっぱりボーナム似だ。
間奏で粘りつくように這い回るギターが、今回の冒頭にも書いたように自信に満ちていてとりわけ印象的だ。やりたいことをやっているといった感じ。

M Glue M グルー)」
M グルーというのは加部のことらしい。フリー・フォームのベース・ソロ。次の曲のイントロになっている。

KEEP IT COOL
シンプルでクールなリフがクリームっぽい。 
フラットでジャズっぽいドラミングはジンジャー・ベイカーみたいだし、ワウ・ギターはクラプトン風。そもそも曲そのものがクリーム的だ。

SOMEDAY WE'LL ALL FALL DOWN (滅亡の日)」
ジョーイ・スミスのアコースティック・ギター弾き語りのソロ曲。
曲が始まる前に喋りながらギターのペグを締めているが、これは変則チューニングをアピールしているのか?
どうということもないシンプルな曲だが、終わるとまた1曲目から聴きたくなる。


□ スピード・グルー&シンキ『スピード・グルー&シンキ』(19723

スピード・グルー&シンキのセカンド・アルバムは怒涛の2枚組だ。
これはビートルズで言えばホワイト・アルバムに相当するアルバム。たんに2枚組であるからだけではない。いろいろなタイプの曲がゴタゴタと並んでいて、遊びや実験的な試みがあちこちに散りばめられている点が似ているのだ。そのために全体としては、よく言えば豊かな厚み、悪く言うと散漫な感じを与えている。

このアルバムでは、メンバー以外に3人のゲストミュージシャンを迎えている。この内のひとり Michael Hanopol(「ハノポル」と読むのだろうか)という人がかなり大きな役割を果たしている。ベース、ヴォォーカル、キーボードを弾いているほか、曲も書いているのだ、それも大量に。アルバム全14曲中、この人が単独で5曲、ジョーイ・スミスとの共作で2曲、合計7曲を書いている。
にもかかわらずこのMichael Hanopolはナゾの人物で、ライナーの中でもまったく触れらていない。ネットのある記事によると、ジョーイ・スミス人脈のアメリカ人らしい。

さらにジョーイ・スミスがこのHanopolとの共作2曲の他に単独で5曲書いているから、結局全14曲中12曲はこの二人の曲ということになる。とくにアナログD面全部を占める電子音楽にいたっては、演奏もこの二人だけでやっていると思われる。
相変わらず陳は曲作りを丸投げしているわけだが、これでよかったのだろうか。庇(ひさし)を貸して母屋を取られたようにも見えるのだが。よくわからん。

さてアルバムの内容について。
冒頭ドジョーイ・スミスのドラッグがらみのギミックがあって、1曲目はミディアムのブギーから始まる。ツェッペリンの呪縛から離れたことが宣言されているかのようだ。
以後、立て続けにディープなブリティッシュ・ロック風の曲が並んでいる。曲調としては、ブラック・サバス、ユーライア・ヒープ、フリーのようなラインだ。
しかし、ディスク1の6曲目「SNIFFIN’&SNORTIN’op.2(鼻歌Op.2)」のアウトロのテープ早回しの辺りから様子が変わってくる。
続く7曲目「DON’T SAY NO」は、それまでとは一変してスキャットとフルートとオルガンがメインのモンド風のゆるい曲。
さらに次のディスク1のラスト曲「CALM DOWN」ではタイトなリフで始まるも、途中からドラム・ソロになり、ちゃらんぽらんに終わってしまうというお遊び的な仕掛けがある。

これがディスク2では、この多様でときにエキセントリックな志向性がどんどん強くなっていく。
たとえば1曲目「DOODLE SONG」は、ジョーイ・スミスがドラムスを叩きながら怒鳴っているだけのソロ曲だし、3曲目の「CHUPPY」は。ゲストの渡辺茂樹によるチェンバロ・ソロの小曲といった具合だ。
とくにディスク後半、アナログD面全部を使っての2曲「SUNPLANETSLIFEMOON」と「SONG FOR MY ANGEL(天使へ捧げる歌)」はムーグ・シンセサイザーによる電子音楽の世界でかなり実験的。バンドによる演奏ではない。

その他では2曲目の「SEARCH FOR LOVE」のインストゥルメンタル・パートが面白い。ギターのディレイによる「一人二重奏」や、風や鐘や雷雨のSEが効果的に使われている。
また、4曲目「WANNA TAKE YOU HOME(家に連れて帰りたい)」では、曲の中盤ベースが前面に出てきて始まるサイケ的展開がなかなか印象的だ。テープ逆回転のようなギター音、呪文のような、ポエトリー・リーディングのようなヴォーカル、何かを細かく叩いているようなSE。かなり前衛的でよい。

アルバム全体としてはこのような意欲的な試みが懐の深い音楽性という印象を与えている。こんな感じを与える2枚組のアルバムというのは、当時から今に到るまで日本のロックのアルバムにはめったにない。
ただそれが同時に散漫な感じになってしまっているのもまた事実。ビートルズのホワイト・アルバムもちょうどそんな感じだった。そのせいで全体としてのスケール感のようなものは感じられないし、ちょっと薄味な感じだ。
スピード・グルー&シンキのアルバムとしては、集中力のある前作『イヴ』の方が優れていると言えるだろう。

さらに難点としては、やはり演奏以前に曲の出来がどれも今ひとつなこととだ。とくに、ディスク1の曲があんまり面白くない。それと電子音楽もはっきり言ってお粗末。
ついでに言うとヴォーカルに魅力がないのも致命的。ジョーイ・スミスのヴォーカルは、BB&Aのアピスと同程度にしか聴こえないのだがどうだろう。
- DON'T SAY NO -

以上の文中で、すでに主な曲については触れてしまった。残りの曲についての感想は省略するので、各曲ごとの感想はなしということにする。

〔フード・ブレインのDNA関連記事〕

2013年4月7日日曜日

陳信輝 『SHINKI CHEN』

フード・ブレインのDNAシリーズの第2回め。前回の柳田ヒロに続いて今回から2回にわたって陳信輝を取り上げる。今回はフード・ブレインの解散後に出た陳信輝のソロ・アルバムについて。次回はその後に結成したスピード・グルー&シンキのアルバムについての予定。

フード・ブレインの唯一のアルバム『晩餐』が出たのが1970年10月のこと。フード・ブレインはそのまま解散してしまう。そして翌月11月には早くもメンバーのひとり柳田ヒロのソロ作『ミルク・タイム』が発表されたことは前回に書いた。

柳田のソロが出た翌々月、年が明けた1971年1月に今度はギタリストの陳信輝がソロ・アルバム『SHINKI CHEN』を発表している。一応名義は陳信輝&HIS FRIENDSとなっていた。
この「HIS FRIENDS」のクレジットの中には、柳田ヒロ(キーボード)や加部正義(ベース、ただし1曲のみの参加)といったフード・ブレイン組の名前も見える。
またこのアルバムでとくに目に付くのは、柳譲治(のちの柳ジョージ)が大きくフィーチャーされていることだ。柳はヴォーカルとベースを担当している他、曲作りにも参加している。アルバム収録全7曲のうち、柳は単独で2曲を提供、さらに1曲を陳と共作している。かなり大きな比重で、このアルバムに関わっていると言えるだろう。

このソロ・アルバムは、はっきり言ってあまり出来の良いアルバムとは言えない。そしてフード・ブレインを解散した陳信輝がここで何をしようとしていたのかもよく見えてこない。
とりあえず昔からの仲間とやりたかっただけなのかもしれない。しかし、それならフード・ブレイン残党組を呼ぶ必要はなかったような気もする。
またふつうに考えるなら自作の曲を中心にアルバムを作りたかったのではと思いたくなるのだが、彼の場合はそうでもないようだ。陳自身の単独曲はこのアルバムで実質2曲のみ(フリー・フォームの曲がさらに1曲あるがこれは作曲とは言えないだろう)。代わりに上にも書いたように、柳譲治に曲を提供させている。
陳という人は曲作りそのものにはあまり興味がなかったようで、この後に結成したスピード・グルー&シンキのアルバムでも、けっして積極的に自分の曲を提供していない。

では陳信輝はこのソロ・アルバムで何をしようとしたのか。もともとフード・ブレインの解散は、彼が望んだことではなかったのかもしれないから、無理やりソロ・ワークの意図を探ることに意味はないのかもしれない。
しかし強いて言うならば、一(いち)プレイヤーであることを越えて、自分の思うように全体のサウンド・プロダクションをしてみたかったのではないだろうか。

ソロ作『SHINKI CHEN』に漂う暗くて重く沈んだようなトーンは、フード・ブレイン時代にはなかったものだ。ドラッギーともサイケデリックとも言われているが、このトーンは陳の意図によるものであったと思うのだ。
しかし、そのためにフード・ブレインのアルバムで聴かれたような疾走感はなくなり、すっきりしないよどんだ感じのアルバムになってしまっている。柳譲治のヴォーカルも一本調子で、すっきりしないイメージをさらに倍加させている。

以下アルバムについてのコメント

□ 陳信輝&HIS FRIENDS『SHINKI CHEN』(1971.1)

フード・ブレイン解散後のソロ作ということで、陳信輝が思う存分弾きまくっているかと思いきや、全然そんなことはない欲求不満の一枚。
全体に悪夢のように混沌としていて重苦しい。本来そういう傾向の音が私は好きなのだが、ここではそれがよどんでいてすっきりしないのだ。フード・ブレインの『晩餐』のところどころで聴かれた暴走していくような快感はどこにもない。1曲目のタイトル「THE DARK SEA DREAM」が象徴的に示すように、まるで海の底で聴こえるようなサウンドだ。
この音のイメージはあきらかに意図して生み出されたものなのなのだろうが、陳がここで作りたかったのは、サイケでドラッギーな世界だったのだろうか。少なくとも重く湿ったブリティッシュ・ヘヴィ・サウンドを狙っていることだけはわかるのだが。

メンバーは陳の昔のバンド仲間のミュージシャンたち。
大雑把に分けるとふたつのセッションから成っている。
曲数としては1曲のみだが収録時間的にはアルバムの三分の一を占める、ベースが加部正義、ピアノとヴォーカルがジョニー山崎のセッションがひとつ。そしてもうひとつが、それ以外の6曲(実質は5曲)で、ベースが柳譲治、キーボードが柳田ヒロのセッションだ。ドラムスはどちらも野木信一。
柳田ヒロが参加しているから、フード・ブレインの解散はとりあえずケンカ別れではなかったらしい。本当のところはわからないけど。

目につくのは陳の旧友柳譲治の大幅起用だ。上にも触れたように、柳はここでヴォーカルとベースに加えて曲も3曲提供している(内1曲は陳との共作)。しかし、このコラボははっきり言って失敗だと思う。
柳はその後、柳ジョージ&レイニーウッドを結成して「雨に泣いている‥」でブレイクし、先年亡くなって話題になった。私もレイニーウッド時代の演歌のようなヒット曲のいくつかはわりと好きだった。
しかし、このアルバムでの若き日の柳は、いいところが全然ない。ヴォーカルは一本調子だし、提供した曲もつまらない。ついでに言うと、彼のベースも今ひとつ。ギタリストの弾くベースがしばしばそうであるように、弾き過ぎていて軽いのだ。ヘヴィ・ロックのはずなのに。

それにしても柳を曲作りに起用した分、陳は自分であまり曲を書いていない。ギタリストであるだけでは収まりきらず、全体のサウンド・プロダクトに興味があるはずなのに、曲作りは他人まかせとは何とも不思議な人だ。
なお曲の出来が良くないのは、柳提供以外の曲もだいたい同じで、それが結局このアルバムの致命傷になっている。

以下、各曲についての感想。

THE DARK SEA DREAM(海の底)」
アルバムのオープニングはいきなりのアヴァンギャルド曲。深海をイメージさせるようなフリー・フォームの演奏、サウンド・コラージュ、テープ逆回転などが延々5分弱にもわたって続く。
アルバム冒頭にこういう曲をもってくる商業性無視の根性がいい。フード・ブレイン時代の「穴のあいたソーセージ」から続く陳信輝のアヴァン魂に脱帽だ。
ところでアルバムのクレジットで、陳はギターの他にベースとドラムスとピアノを弾いていることになっている。このアルバム中、ジョニー山崎が弾いている以外でピアノの音が聴こえるのはこの曲のみ。だからこのピアノは陳が弾いているのだろう。さらにおそらくはここでのベースとドラムスも彼が一人で弾いているのではないかと思うのだが。
それにしてもこの曲は、この後に続くこのアルバムのダークでディープな音の世界の入り口としてじつにぴったりだ。

REQUIEM OF CONFUSION(混乱の葬儀)」
もやもやとして重くよどんだ音の中で響くダークなブルース。
ヴォーカルはイコライジングされて遠くから聴こえるような感じになっている。
このイメージはこの後アルバム全体にわたって続くことになる。

FREEDOM OF A MAD PAPER LANTERN
柳譲治作のブルース・ベースの曲。で、つまらない。
単純なリフがループのように執拗に続いてパラノイアック。

GLOOMY REFLECTIONS
空間を満たすように鳴り続けるオルガンが悪夢のよう。

IT WAS ONLY YESTERDAY
サウンド全体にジェット・マシーンがかけてあって、よじれまくっている。まあそれだけの曲。

CORPSE(屍)」
これも柳譲治作。で、やっぱり駄曲。

FAREWELL TO HYPOCRITES (偽善者からの訣別)」
4分半のヴォーカル曲のあとに強引に8分半のジャム・セッション・パートをくっつけた構成。ジョニー山崎のヴォーカルもやっぱりひどい。
セッション・パートでは、陳のギターのトーンがブリリアントで、ドミノス時代のクラプトンを思わせる。ただ全体に密度に欠けていてユルイ。繰り返しのフレーズが多かったり、シンセのような音が入ったりで、『オール・シングス・マスト・パス』のアップル・ジャムみたいな感じだ。それなりに面白いのだが。

〔フード・ブレインのDNA関連記事〕

2013年4月2日火曜日

「つけ麺 坊主」訪問 「麻婆辣麺」 2013

4月になってすぐのある日、桜に誘われて2週間ぶりに水戸に出かけた。で、まずは「つけ麺 坊主」へ。
 平日の午前11時5分入店。開店直後で先客なし。私が一番乗りだった。珍しいことだ。後客1人。

券売機で押したボタンは、かなり久しぶりの「麻婆辣麺」。それといつもの「白めし」と「ビール」。
カウンター一番奥の指定席に座って、「麺とめしは普通盛で」とお願いしながら御主人に食券を渡す。

「激辛」以上の全メニュー制覇シリーズの6回目だ。詳細は前回訪問の記事を参照。辛い方から順に下がってきたので、今回は本来は「特製らーめん」のはずだった。しかし、「特製らーめん」は私の定番メニューで特別の愛着もあるから、このシリーズの最後にシメとして食べたいと思ったのだ。で、今日は「特製」より辛さが一段階下の「麻婆辣麺」にしたというわけ。まあ他の人にはどうでもいいことだけど。「麻婆辣麺」はもう一年以上ぶりに食べることになる。

ビールがすぐ来る。ぐびぐびと飲む。何せ一番客だから、すぐにラーメンが来てしまう。その前に飲み終えておきたい。
麺の茹で上がりを待つ間、御主人はいつになく手が空いている様子。今日は昼時の段取りが全部済んでしまっているようだ。
このところここに来たときはいつも満席に近い状態で、厨房も緊張感にあふれていた。こういうのんびりした御主人の様子を見るのは久しぶり。今日の店内はお昼前とはいえずっと私一人で、後客もなかなか来なかった。こういうときもあるのだなあ。

麺が茹で上がると湯切りして丼にあける。雪平鍋からスープをついで、その上にジャーから麻婆豆腐をお玉で2杯すくって乗せる。そこへ刻みネギを散らして出来上がり。
丼が到着する。久しぶりにお目にかかります。脂の浮いた赤いスープの中央に、スープより少し薄い色の餡の麻婆豆腐が広がっている。餡の中には直方体の大ぶりの豆腐が、4,5個ゴロリ。その上に白い刻みネギがのっている。

まずは赤いスープのところをレンゲですくって口に運ぶ。あつッ。今日はいつもより野菜の甘みを強く感じる。それと脂も多めな感じ。旨いなあ。ここのラーメンのスープを味わうのは久しぶりだ。たて続けに何回も何回もすくっては味わう。
それから今度は麻婆の餡が広がっているあたりをすくって飲んでみる。スープよりも辛さが弱いのでマイルドな感じだ。
この餡の混じったスープと混じっていないスープを交互に飲む。味が変わるので、いつまでも互い違いに飲み続けてしまう。

やっと人心地がついたところで、ご飯を食べる。まだお箸を使っていなかった。勢いがついているので、ご飯を一口、二口、三口ともりもり食べてしまう。スープの味が残る口の中に入ってくるご飯がこれまた美味しい。
今度はしばらくスープ→餡→スープ→ご飯のサイクルが続く。

やがてやっと本体の麺へ。
沈んでかたまっている麺を、箸を突っ込んで少し揺すぶるようにしてほぐす。
そして、丼中央の麻婆餡のあたりの底から引っ張り出してすする。熱い。麺が口に入ると、その熱さで辛さが口の中でちょっと暴れる。これがいい。こうこなくちゃね。
麺は熱いので、つけ麺のときのような締まったもちもち感はもう弱くなっている。これは、やむをえない。
それにしてもスープととろみのある餡がダブルで麺に絡むと、旨いこと旨いこと。ここの麻婆豆腐の最高の味わい方はこれだと思う。
ここから今度は麺をいつまでも食べ続ける。

麺もかなり減ったところで、はじめて豆腐と具材の豚肉に箸を出してみる。なおこの「麻婆辣麺」の具材は豚肉のみ。「特製らーめん」のようにもやしはないので、ちょっと寂しい。
麻婆の餡はスープと混じってとろみが弱くなっているから、豆腐にはあまりからまない。豆腐だけで食べる感じになる。味はしみていないが熱いので、やっぱり口の中は辛い。いいぞ。
豚肉はちょうど良い味の変化になる。

ほどほどに鼻水が出て、汗もかく。鼻水をティッシュでかみ、汗をハンカチで拭いながら食べ続ける。でもさらに卓上の唐辛子をひとすくい入れてもよかったかな。
そしてかなり満腹になりながらスープまで飲み干して完食した。
今日は麻婆の餡とスープが合体したときの旨さをあらためて堪能することができた。
私の一番好きな「特製らーめん」には残念ながら麻婆豆腐は乗っていない。「麻婆辣麺」もなかなかに捨てがたいと思った。
と、他愛もないことを考えながら席を立つ。ご馳走様でした。
次回は「つけめん」の予定。

そこから三の丸のお堀の桜を見に行った。桜はまさに満開。
その後、駅の反対側に出て桜川の土手の桜並木をくぐり、千波湖のほとりを桜を見ながら半周、さらに偕楽園を通って桜の名所の桜山を一巡りしてから帰った。
お腹はラーメンで満腹の上に、さらに心は桜ですっかり満腹になった。