フード・ブレインのDNAシリーズということで、第1回は柳田ヒロの初期ソロ・ワークについて。
フード・ブレインの唯一のアルバム『晩餐』が出たのが1970年10月のこと。フード・ブレインはそのまま解散することになる。そして早くもその翌月11月には、フード・ブレインのキーボーディスト柳田ヒロのソロ第1作『ミルク・タイム』が発表されたのである。
となれば当然『晩餐』のセッションで果たせなかった柳田の音楽的志向を、自分の思うとおりに実現しようとしたのがこの『ミルク・タイム』であると考えたくなる。
しかし『ミルク・タイム』は『晩餐』とけっこう似ているところがあった。強引に言えば『晩餐』の続編と言えないこともない。
インプロヴィゼーション中心のセッション風の曲があり、フリー・フォームの曲もあり、また、曲の間に短いつなぎの小曲を挟んだりする構成の仕方も似ていた。せっかくならもっと全然違うことをやればいいのに…。思えばこの辺りからすでに柳田のアーティストとしての限界が見えていたのかもしれない。
さて柳田ヒロの名前を私が最初に聞いたのは、たしか岡林信康のバック・バンドのリーダーとしてだった。
岡林の1971年7月の日比谷野音でのライヴを収録したアルバム『狂い咲き』でバックを務めているのが柳田ヒロ・グループだ。メンバーはピアノの柳田に、ベースが高中正義、ドラムスが戸叶京助のトリオ編成。高中はフライド・エッグの前にこんなところでベースを弾いていたのだった。このバンドははっぴいえんどに代わって、岡林の3枚目のアルバム『俺らいちぬけた』からバックを務めていたのだ。
しかし、しょせんここでの役割は歌伴だし、ピアノのソロも何箇所かで聴けるが、注目するほどのものではなかった。
それから長い月日が流れた。そしてだいぶ遅れてフード・ブレインを聴き、柳田のオルガン・プレイにびっくりさせられることになる。奔放でワイルド、破壊的なエネルギーを発散するそのプレイは、今聴いても十分に刺激的だ。
そこでフード・ブレイン後に出た柳田ヒロのソロ第1作『ミルク・タイム』(70年)とその数ヵ月後に出た第2作『HIRO YANAGIDA(7才の老人天国)』を聴いてみたのだ。
この2枚は日本のプログレッシヴ・ロックの先駆的作品として定評のあるアルバムである。
しかし聴いてみると良い曲もあるが、それほどでもない曲もたくさんあった。日本のロック・アルバムにありがちな「水増し感」がやっぱりあって全体としては薄味で物足りない印象だ。
とくに柳田のアルバムの場合、よく言えばヴァラエティに富んだ内容ということになるが、悪く言えばとっちらかっていて何をしたいのかよくわからない感じがある。興味の間口が広過ぎ、やりたいことが多過ぎるのだろう、たぶん。で、結局まとまらないのだ。
さかのぼれば、フード・ブレインの「M,P.B.のワルツ」あたりから何だかそんな感じはあった。
柳田ヒロはキーボード・プレイヤーとしては間違いなく卓越した才能の持ち主だ。しかしアーティストとしては、結局ポリシーに欠けていたと言うしかない。彼のその後の活動もフォークの方に行ってみたり、ジャズ・ロックに戻ったりと、ポリシーのなさを証明しているような気がする。そして早々に音楽の世界から姿を消してしまったのも、そのせいだったのでは…。
しかしもちろん、そのことで彼の残したいくつかの最高のプレイの価値が失われるわけではない。同様にこの2枚のアルバムの中で光を放っているいくつかの曲の輝きもまた薄れるわけではないのだ。
以下アルバムについてのコメント。
□ 柳田ヒロ 『ミルク・タイム』 (1970)
『ミルク・タイム』は、柳田ヒロの初ソロ・アルバム。上にも書いたようにフード・ブレインの『晩餐』発売の翌月である1970年11月に発売された。
これも上に書いたことだが、『ミルク・タイム』は『晩餐』に似ているところがある。柳田が『晩餐』でできなくて、このソロ・アルバムでやりたかったこととは何だったのか。
見たところ、それはメロディ志向とクラシカルな要素を盛り込むことだったように思われる。
メンバーはドラムスがフード・ブレインからの角田ヒロ、ベースが「プレ」フード・ブレイン(『新宿マッド』)からの石川恵樹。ギターが水谷公生。私はこのアルバムで初めてこのギタリストを知ったのだが、その異才ぶりにはまったく驚かされた。そしてヴァイオリンの玉木裕樹とフルートの中谷望。
内容的には上にも書いたとおりヴァラエティに富んでいるが、それがあまり成功しているとは思えない。その結果「水増し感」を感じてしまう。
全10曲中の4曲、すなわち「LOVE ST.」、「WHEN SHE DIDN'T AGREE」、「LOVE T」、「MILK TIME」は1分内外の短い曲。これがアルバム冒頭や曲間のつなぎの役割を果たしている。
ちょうどフード・ブレインの『晩餐』と同じ趣向だ。してみると『晩餐』でのあのアイデアは柳田によるものだったのだろうか。
このつなぎは、チェンバロやフルートやヴァイオリンによる静かでクラシカルな曲調のもの。まあ可もなく不可もないといったところだ。
この4曲に加えて「FISH SEA MILK」、「ME AND MILK TEA AND OTHERS」の2曲も2分台という短い曲だ。「ミルク」がらみの曲はみんな短いのか?
ある程度の長さの曲は結局、残る4曲のみ。というようなわけで「水増し」な感じはいや増すのであった。
その中でメインとなる曲はインプロ主体の「RUNNING SHIRTS LONG」jと「FINGERS OF A RED TYPE-WRITER」の2曲。それと短いながらフリー・フォームの「FISH SEA MILK」が良い演奏だ。
このアルバムは日本のプログレッシヴ・ロックの先駆と言われているようだが、私にはあまりピンと来ない。おそらく、キーボード主体のハードな曲と、チェンバロやフルートのクラシカルな曲が同居しているので、プログレと呼んでいるだけではないのか。
以下いくつかの曲について印象を。
「RUNNING SHIRTS LONG」
フード・ブレインにつながるパワフルなセッションだ。このアルバムのベスト・トラック。
水谷公生のギターはエグい。海外の誰にも似ていない独自のスタイルだ。柳田のソロのときのサイドの入れ方もエキセントリック。
エレクトリック・ヴァイオリンのソロも個性的だ。
そして柳田のオルガンも熱い。
角田ヒロのドラム・ソロは珍しく空間を生かした知的なソロだ。
「HAPPY, SORRY」
ポップなインプロ曲だが、フード・ブレインの「M.P.B.のワルツ」にも通じるような面白くない曲。
各自何とか演奏でがんばっているが、いかんせん曲そのものがつまらない
「FISH SEA MILK」
一転して『晩餐』の「穴のあいたソーセージ」につながるフリー・フォームの曲。これがなかなか充実した演奏。もっと長く聴きたい。
「FINGERS OF A RED TYPE-WRITER」
やっと2曲目のハード・エッジな曲。ウォーキング・ベースやロールを効かせたドラムなどリズム隊がジャジーなジャズ・ロック。
ギターがオルガンと絡みながら白熱のソロを展開するが、ブレイクの後、エフェクトをはずしてねじれたソロへ。続くエレクトリック・ヴァイオリンのソロも、粘着質でユニーク。フランク・ザッパを思わせるこの「ねじれ感」は悪くない。
意外にも柳田のオルガンは、サイドに徹したままて前面に出てこない。
「MILK TIME」
アルバムのタイトル曲は意表をついたヴァイオリンによるクラシカルな27秒の小曲。
□ 柳田ヒロ 『HIRO YANAGIDA(七才の老人天国)』(1971)
前作をプログレと呼ぶのは疑問があるが、こちらのアルバムなら日本のプログレの先駆と呼ぶことに異論はない。
アナログA面の全部を占める3曲がとりわけ素晴らしい。「屠殺者」から「真夜中の殺人劇」、そして「夢幻」へと、ハードなプログレ魂が16分にわたって炸裂している。
しかし、あとがいけない。前作同様、今作もヴァラエティに富む内容だが、B面は「高層ビル42F」を除いて残りの曲はみな魅力の乏しい中途半端な曲ばかり。だからやはりアルバム全体としては「水増し感」のする内容になってしまっている。
せめてもう1曲くらいA面に匹敵するテンションの曲があれば名盤になれたのになあ。
メンバーはドラムスが前作の角田ヒロから田中清司に代わり、ヴァイオリンが抜けただけで、あとは前作と同じ。ギターの水谷公生が、ここでも個性的ないい仕事をしている。
以下、各曲についてコメント。
「屠殺者」
必殺のオープニング・ナンバー。せわしなくたたみかけるように迫る冒頭のオルガン、そしてロールするドラムスとエッジのはっきりしたベースなどまるでEL&Pそのものだ。
フード・ブレインからふっ切れて、目まぐるしい展開を作り込んだ柳田の意欲が伝わってくる。
押し寄せるようなテーマの繰り返しの合間で、歪みまくるギターと金切り声で叫ぶフルート・ソロがすごい。
「真夜中の殺人劇」
続くこの曲も冒頭部はやはりベースとドラムスがEL&P風。
リズムがワルツ・タイムに変わってインプロヴィゼーション・パートに突入。ひしゃげた音でうねるベース音に乗って、ファズ・ギターがよじれ、オルガンが咆哮を続ける。
この「邪悪」で「暗黒」な感じは『アースバウンド』のキング・クリムゾンを思い起こさせる。
「夢幻」
一転してフルート中心のアコースティカルな曲が始まり、後半エレクトリック・ギターとドラムが入って盛り上がっていく展開。まさにこれぞ哀愁のブリティッシュ・プログレ。
ロビン・トロワーのような水谷のギターソロを満喫できる。
「グッド・モーニング・ピープル(Good Morning People)」
ここからアナログB面。やっぱりまたやてる。柳田って人はこういう曲が好きなんだねえ。フード・ブレイン時代の「M.P.B.のワルツ」、前作の「HAPPY, SORRY」につながるポップでライトなだけの取りえのない曲。
「オールウェイズ(Always)」
フォークっぽい柳田のヴォーカル曲。どうしても歌いたかったのだろうな。曲に魅力がないし、とにかく彼のヴォーカルは「ヘタウマ」というより「ヘタヘタ」。
「高層ビル42F」
これはすごい。坂本龍一がやりそうなアンビエント曲。このセンスは時代のずいぶん先を行っていたことになる。
クールなフルートとアヴァンで破壊的なピアノの対比が見事。
「愛しのメリー」
オールド・タイミーなポップ・ソング。EL&Pにならってのお遊び曲なんだろうけど、シャレのピントがずれている。なので意味不明の一曲。
ヴォ^カルはこの後スピード・グルー&シンキに参加するジョーイ・スミス。
「憂うつ」
プロコル・ハルムばりのオルガン・サウンドは重厚。しかし、結局それが延々と続くだけの曲。歌もつまらないし面白みなし。
0 件のコメント:
コメントを投稿